161、アーユルヴェーダ音楽療法入門23(心に届く音)

古今東西で、「思い、想い、心、魂」のあり場所は、「心は気持ち(感情)より深いところにある」など、おおよその定義はあれど、日常的・習慣的にはかなりいい加減に用いられています。その理由や実態について、この連載のVol.152~157で「恣意作為論」「精神論」などを元に解いてきました。

ここで、今一度一般的な語法に見られる「おおよその観念」を、特に「音楽と言葉」に焦点を当てて振り返ってみます。
音楽も言葉も、今の時代でさえ以下のように表現されます。
「心に届く(音楽/言葉)」「心に響く(音楽/言葉)」「心に染みる(音楽/言葉)」「心からの(音楽/言葉):感謝、謝罪、労い、弔い、など」。

また、古い言い回しでも「心の琴線に触れる」などと言います。
ちなみに、同様の古い言葉の「心頭滅却」を近年では、「心と頭(感情志向)を滅却すれば『火もまた涼し』」と解かれますが、正しくは「心と頭の中で、火(暑さ~痛み・苦しみ)を滅却すれば、涼しい心持に至る」であるとも言われます。この言葉の出典に関しても諸説あるようです。が、いずれにしても明治時代以前のようでもあります。
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予断な上に私事で恐縮ですが、
福岡に越してから、母屋は丘の上で日当たりが良い上に古い建物で壁に断熱材が無く、少し離れたシェルターは、四六時中様子を見れないので、保護猫のための冷暖房は節約したくても出来ない辛さがありますが、都下吉祥寺の借家では、三年以上、真夏も真冬もエアコンを使いませんでした。

勿論、真夏の35度前後の日は、流石に意識も朦朧と仕掛けましたが、「自己暗示」で、真冬をイメージしたり、真冬の寒さを思い出して「それと比べれば何と暖かく在り難いことよ」と思い込ませて乗り切りました。「気の持ちよう」で5度は優にコントロール出来ると実体験したものです。

逆に、そのような生活の後に、季節の巡り代わりで早々にエアコンや電熱毛布などを用いると、「寝覚めが物凄く悪い」ということを強烈に体験しました。
心身の内側からの「対応作用」が働かず、外の世界(心身の側近の環境)で問題を解決してしまうことで、人間が本来持っている機能が変調する怖さを思い知ったのです。

これは「化学製剤による対処療法」から、「言葉や音楽のより好み」にも通じる、この連載で最も訴えたいテーマに深く関わることと考えています。

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「心に関する語彙」に話を戻しますと、
近年の若い人々は、古い言い回しを殆ど知らなかったり、自分たちで勝手に語法を解釈していることが少なくありません。
私のカウンセリングで、思うように効果が得られない人の殆どに、この「語法の誤用」が顕著に見られます。それに始めて気づいた二十年ほど前。「その語法はおかしいよ」と言ったら「私にとってこの言葉は、そういう意味なんです」と返されて愕然としました。

しかし、そのような世代でさえも、「心に刺さる(音楽/言葉)」などと言い。「心は気分感情・気持ちより深いところにある」と認識していることは明らかです。

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今回の図では、
「本来の人間の精神構造」と「近現代の人間の変調した精神構造」を比較しながら、「雑音(雑言)」と「楽音(良語・格言)」がどのように「心や論理思考領域に届くか?」を示しています。

変調した人々の場合、「気分感情領域/論理思考領域/心」の境界(Kosha)が、破壊されつつあるため、本来三分されている領域が混沌と交じり合ってしまいかねない傾向にあります。
つまり「心に届く」も「心から発する」もなく、「心と気分感情」を、そもそも分別・自覚出来ないということです。その結果が「悲しいと哀しい」「思うと想う」などの多くの語彙を混同・誤用するに至る訳です。「観念と概念の混同・誤用」も同様と言えます。

その結果、
「雑音(雑言)」は、「境目を失い混沌とした気分感情・思考・心の領域」を自在に巡り回り、いやおうが無しに「負担で苦しいもの」になるのは当然です。

一方、「本来の精神構造」を保っている人の場合は、「雑音(雑言)」は、気分感情を掻き乱したとしても、論理思考領域のフィルターで排除、または解毒されますから、「心を痛める」ことさえないのです。
それどころか、そもそも「論理思考領域」の最も外側で遮断されますから、「論理思考」の邪魔にさえならないのです。

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これを誠に端的に示す事例であり、皆さんが簡単に体験し納得出来る事例が、
「今考え事をしているんだから、静かにして!」という、ありふれたことに見ることが出来ます。
この言葉(意識)によって、
その人は「気分感情領域で思考していることが習慣になってしまっている」ことが明らかになります。

逆に、「論理思考領域で思考することが出来る人」は、「雑音(雑言)」に思考が邪魔されることはないのです。
私のカウンセリングで実践している訓練法は、「論理思考が求められるテーマ」を、あえてTVやラジオを着けっ放しにして行う、というものです。かなり精神構造が壊れた人でも、丹念に頑張ると、かなりの効果が見られます。

予断ですが、私がこの力を鍛えられたのは、保護猫たちの存在のお陰と思われます。
今、この原稿を書いている最中でも、「サカリのメス猫」が、ケージから「出せ出せ」と鳴き続けています。
しかし、それに呼応したように思える他の子の声に、「少しでも異なるニュアンス」を感じた時は、即座に手を止めて様子を見ます。「トイレを綺麗にして欲しい!」「お水が無い!」だったりがあるからです。

つまり、原稿を書くのは、殆ど「論理思考領域」でありながら、常に「気分感情領域」で、猫たちの声を理解しているのです。

この精神構造の原点は、中学二年生の時、「深夜放送を聞きながらの受験勉強」で培ったものかも知れず、それは多くの人に経験があるに違いありません。私の場合、程なく深夜放送からインド音楽に変わり、その結果、「職員室に呼び出されて担任に説教される」に至りました。ひと夏で偏差値を20近く上げてしまい「受験指導する教師が困惑させられて迷惑だ!どうせ気まぐれだろ!?」と言われたのです。

つまり、殆どの人々が。もしかしたら、まだ中学生位ならば、デフォルトが維持されているからでしょう。「深夜放送を気分感情領域で聞き、教科書参考書を論理思考領域で理解し記憶する」ことが出来た筈なのです。言い換えれば、「論理思考領域を分化活性化するために、気分感情思考が出来ない状況に追い込む」ということでしょう。

従って、
「今考えごとをしているのだから!静かにして!」は、言語道断であり、むしろ
「今考えごと(論理思考)をしたいから、その辺りで騒がしくしてくれる?」が本来なのです。

しかし、この一方で、
現代社会からは比べようがないほどの静寂と自然音の世界であったであろう、紀元前のウパニシャドの時代にも「森林書」と言われるように「山篭りで悟る」ということが行われて来ました。

今回述べたことは、「外の世界の音や言葉」をどう受け止めるか?がテーマでしたから、前述のような話になりますが、ウパニシャドの話は、(宇宙とリンクした)魂・心の声(音)を聞く」という内面からのものを受け止め覚醒するということですから、必然的なのでしょう。

言い換えれば、「外からのもの」を上手く受け止められない人間が、果たして「内からのもの」を上手く受け止められるのだろうか? というテーマでもあります。

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何時も最後迄ご高読をありがとうございます。

福岡市南区の自宅別棟楽器倉庫の教室では、インド楽器とVedic-Chant、アーユルヴェーダ音楽療法の「無料体験講座」を行っています。詳しくは「若林忠宏・民族音楽教室」のFacebook-Page「Zindagi-e-Mosiqui」か、若林のTime-Lineにメッセージでお尋ね下さい。 九州に音楽仲間さんが居らっしゃる方は是非、ご周知下さると幸いです。

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是非ご参考にして下さいませ。

Hindu Chant講座Vol.1

Hindu Chant講座Vol.2

Hindu Chant講座Vol.3

Hindu Chant講座Vol.4

Vedic Chant入門講座(基本理解編)

Ayurveda音楽療法紹介(基礎理解編)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編1)

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アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編3)

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(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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