自らの身体を神殿とし、そこに宿る魂を礼拝するヨーガのアーサナ。
現代では心身に健康をもたらす術として愛されるそのヨーガのアーサナは、古代では神々と一体となる術として用いられてきました。
そんなヨーガのアーサナの中に、賢者であるカウンディニャに捧げるポーズがあります。
ヴェーダを会得した偉大な賢者として崇められるカウンディニャは、ガネーシャ神を心から崇拝していたことで知られます。
そんなカウンディニャに捧げるポーズは、両腕で全身を支えながらバランスを取る、難しいポーズの一つに数えられます。
その実践の過程では、全身を通じて、献身のあり方を学ぶ大きな意義があります。
賢者のカウンディニャには、ある神話が伝わります。
カウンディニャが礼拝時に、ガネーシャ神が好むドゥールヴァーの草を捧げていた時のことでした。
妻は、「そのような草にどのような価値があるのか」と疑問を投げかけます。
カウンディニャは、「このドゥールヴァーに等しい量の金を探しなさい」と、妻に述べました。
妻は神々のもとへ行き、等しい量の金を確かめようとするも、どんなに金を天秤にかけても、ドゥルーヴァーの方が重くなります。
最後には、あらゆる神々が天秤に乗るも、ドゥルーヴァーの方が重いままでした。
そこで妻は、献身とともに捧げられたものの価値に気づきます。
それは、どんなものよりも価値があるものとなって、私たちを導くものでした。
カウンディニャに捧げるポーズは、全身を通じて、その献身の価値を教えてくれるものです。
このポーズでは、何よりも、バランスの取り方を学ぶ必要があります。
自ら生み出した拠り所のない不安定さの中でバランスを取ることは、天秤を釣り合わせるように容易ではありません。
その不確実な安定の中では、カウンディニャの妻のように、疑いや迷いを抱き、混乱することも多くあります。
しかし、バランスを取るポーズの実践を通じては、眉間のあたりにあるとされるアージュニャー・チャクラが活性化されるといわれます。
第三の眼ともいわれるこのチャクラが活性化される時、私たちは感覚や思考に揺さぶられることのない、崇高な存在を知ることが可能となります。
このポーズを自分自身の奥深くで輝くその崇高な存在に捧げる時、その献身は、疑いや迷いのない心を生み出すはずです。
それは、何よりも価値あるものとなって、時に不安定になる人生という歩みに、大きな気づきをもたらしてくれるに違いありません。
(文章:ひるま)
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