衆生の叫びを聞く仏陀の耳

インドの地で深い苦悩を経験し、悟りを開いた仏陀。
心の平安がにじみ出るその静謐な表情からは、苦悩を経て得るものの究極の美しさをうかがい知ることができます。
そんな仏陀の姿には、私たちが幸せに生きるための教えが多く秘められています。
その一つが、仏陀の大きな耳かもしれません。

釈迦族の王子として、ネパールの南部に位置するルンビニで生まれたと伝えられる仏陀。
その地では、富の印として、さまざまな貴金属を耳飾りとして身につけていたといわれます。
王子であった仏陀も、多くの貴金属を耳飾りとして身につけていたのかもしれません。
肩にまで届きそうな大きく伸びた耳が、優雅な生活を放棄し、悟りの道を歩む仏陀の姿を際立たせます。

仏陀は、その大きな耳で、衆生の叫びを聞くといわれます。
生きとし生けるものの叫びに耳を傾け、その苦しみを救おうとする仏陀は、私たちに慈悲を説きました。
仏陀が説いたその慈悲は、一切の生命に幸福を与えるとともに、一切の生命の苦しみを取り除くことを意味します。

仏陀の大きな耳は、世界の苦しみに耳を傾け、その苦しみを救おうとする、慈悲そのものです。
その慈しみ憐れむ心は、私たち自身も、他者を思うことで実践することができます。
何よりもその行為は、自分自身への執着心が生み出す煩悩を滅し、心に平安を生み出す術としても伝えられてきました。

他者の幸福を望む心。そして、他者の苦しみを救う心。
他者だけでなく、自分自身の苦しみをも取り除くその慈悲を実践する時、私たちの心は深い平安に包まれていきます。
そうして一人ひとりの心が平安に満ちる時、この世界は大きな幸せに包まれるに違いありません。

人生は苦であると、仏陀は説きました。
自分自身が苦悩を持つように、誰もが、その内に苦悩を抱えています。
その理解の中で、仏陀のようにあらゆる人々の苦しみに耳を傾ける時、私たちは悟りの境地に達した者になれるはずです。
仏陀の姿を見つめ、他者を思うことの大切さに常に気づきながら、世界の平安を築く者でありたいと感じます。

(文章:ひるま)