シーターとラーマの愛

sitarama6

霊的叡智が溢れるインドの地において、人々の心に深く刻まれた物語があります。
ヒンドゥー教の聖典のひとつにも数えられる、「ラーマーヤナ」です。
そのヒロインとして描かれるシーター女神の降誕祭が、2019年は5月13日に祝福されようとしています。
シーター女神は一説に、ヴァイシャーカ月(4月~5月)の新月から9日目に降誕したと信じられます。

純粋の象徴であるシーター女神は、ラーマーヤナにおいて、王子であるラーマ神の妃として描かれます。
シーター女神をめぐるラーマ神の行状記が書かれたラーマーヤナは、私たちに霊性を育む多くの教えを示すとともに、さまざまな問いを投げかけます。
そのひとつが、正義に秀でた最高の人格者とされるラーマ神が、自分の子を身ごもっていたシーター女神を追放した理由かもしれません。

魔王ラーヴァナに誘拐されたシーター女神は、ハヌマーン神の助けもあり、悪の手から救い出されます。
その後、ラーマ神と共に王国へ戻るも、国民はシーター女神の貞潔を疑い続け、秩序が乱れようとしていました。
王となったラーマ神は苦渋の末に、純潔を守り通していた最愛のシーター女神を追放します。
その時、シーター女神はラーマ神の子を宿していたといわれます。

夫として妻の身を守る義務。王として世の平和を守る義務。
社会の中で生きる私たちは、ラーマ神のようにさまざまな役割を持ち、義務や責任を負っています。
その人生においては、苦渋の決断を迫れることも少なくありません。
その過程では沸き起こる感情に突き動かされ、ダルマに沿った道から外れてしまうことも往々にあります。

王としての義務を果たすために、最愛の妻を追放し、世の平和を守ったラーマ神。
しかし、シーター女神との別離後も、ラーマ神はシーター女神を思い続けました。
シーター女神は追放された後、ラーマ神が統治する平和な王国の森の中で、聖仙の保護を得ながら子どもを育てたといわれます。
シーター女神の自己犠牲とラーマ神への愛は、現代においても広く崇められています。

人生においては、時に進むべき道が見えない時もあります。
そんな時、こうした霊的叡智に触れると、そっと答えが与えられるように感じます。
そうして真実を理解しながらダルマの中で生きる時、どんな苦難に見舞われようと、私たちは強く歩みを進めることができるに違いありません。
そこには、何よりも大きな愛と平和が満ちるはずです。

(文章:ひるま)