髑髏の首飾り

ヒンドゥー教の神々の中には、ムンダマーラーと呼ばれる複数の髑髏が結びついた首飾りを身につける神格がいます。
シュラヴァナ月において、熱心な祈りが捧げられるシヴァ神もそのひとりです。
シヴァ神が身につける首飾りの髑髏は、いったい誰のものなのでしょうか。
その意味を見つめていくと、シヴァ神の深い愛と、私たちの生きる意味が見えてきます。

シヴァ神の最初の妃であるサティーは、父親であるダクシャの反対を押し切り、シヴァ神と結婚をしました。
ある時、父親のダクシャが重要な祭祀にシヴァ神を招かなかったことに傷ついたサティーは、自らを火に投げ入れ命を断ちます。
シヴァ神はひどく悲しみ、その後、長く深い瞑想に耽るようになりました。

一方で、サティーはシヴァ神と結ばれることを願い続けます。
そして、サティーは再び姿をあらわすも、シヴァ神と結ばれることはなく、何度も何度も生まれ変わりを繰り返しました。
厳しい苦行を続け、やがてパールヴァティー女神の姿となった時、ようやくシヴァ神と結ばれたのだといわれます。
一説に、シヴァ神が身につける髑髏の首飾りは、何度も生まれ変わりを繰り返したこの女神のものであると伝えられます。

サティーが何度も生まれ変わったのは、強欲や執着、嫉妬や愛憎、怒気や慢心といった心の働きが、シヴァ神との結びつきを邪魔したからでした。
何度も生まれ変わり、厳しい苦行を続け、それらを克服した時、ようやくシヴァ神と結ばれることができたと伝えられます。

それは、日々を生きる私たちに重なります。
さまざまに生じる心の働きに揺れ動く私たちは、シヴァ神という自分自身の本質を見失うことが往々にあります。
そうして生まれ変わりを繰り返す私たちは、まるでサティーのようです。

シヴァ神は、生まれ変わりを繰り返す愛しいサティーの髑髏を、ひとつひとつ受け入れ、身にまといました。
死を象徴する髑髏を身につけるシヴァ神は、時を超越した存在です。
そんなシヴァ神が身につける髑髏の首飾りは、サティーのものであり、私たちのものであるに違いありません。

肉体の中でもがき苦しむ私たちを、ありのままに受け入れるシヴァ神。
そんなシヴァ神に心を定めながら生きる時、必ずシヴァ神と結ばれることができるはずです。

(文章:ひるま)