クリシュナ・ジャヤンティ

占星術が重要視されるインドの生活の中で、現在はヒンドゥー暦の特に神聖であるとされるシュラーヴァナ月にあたります。この神聖な時に誕生したのが、神の詩・バガヴァッドギーターの中で教えを説きながら人々を魅了してやまないクリシュナ神です。
満月から新月へと向かうその8日目、星宿がローヒニーであった夜にクリシュナ神は誕生しました。クリシュナ・ジャヤンティ、クリシュナ・ジャンマーシュタミー、ゴークラーシュタミーなど言い方は様々でも、クリシュナ神の誕生祭として、この日はインドの至る所で多くの人々が盛大にクリシュナ神の誕生を祝福します。広大なインドの中で文化や地域によって差はありながらも、今年は8月22日にそのお祝いの日を迎えます。
この日、多くの家庭の庭や玄関周りは、小さな白い足跡で彩られます。子どものクリシュナ神が、誕生のその日に家の中へと入ってくる様子が描かれるのです。粉を水で溶いたペーストで描かれたその可愛らしい足跡は、玄関から家の中へ、そしてプージャ(お祈り)の部屋へと続きます。前日からの断食に続き、真夜中にはプージャが行われ、神への讃歌であるバジャンが夜通し続きます。そして欠かせないものの一つが、クリシュナ神の好物だと言われるバターやミルクの甘いお菓子です。
ヒンドゥー教の三大神であるヴィシュヌ神の8番目の生まれ変わりであるとされるクリシュナ神は、いたずら好きで美しく、牛飼いの乙女たちに囲まれながら、時にはフルートを奏でる魅惑的な姿で描かれることもあります。叙事詩マハーバーラタの中でも、知識の具現としてだけではなく、多くの喜びを享受する様が示されています。これらは、彼自身が喜びの象徴であることを意味し、その喜びの表れである甘く色鮮やかな人生が常に人々を惹きつけてやみません。
神が人間のような姿を見せるのは、人々がいつも神を近くに感じられるようにするためだと言われます。クリシュナ神は偉大な教えを説きながら、子ども、兄弟、友人、恋人、弟子として、その生の中で多くの役割を持ちながら、どの姿にいてもいつの時も今という瞬間に幸福でありました。自身の生を通してその教え示すクリシュナ神が生まれたこの日、人々はそれぞれの生活の中で、それぞれの資質を見つめながら幸福を祈り、クリシュナ神に想いを捧げる夜を過ごします。
(文章:ひるま)

ラクシャ・バンダン

 インドではこの時期になると、色とりどりの紐を並べるお店で街中が溢れかえります。姉妹が大切な兄弟の手首に、彼らの幸せを祈ってその紐を結ぶ、ラクシャ・バンダンと呼ばれるお祭りが近づいてきた証拠です。兄弟姉妹の絆をきつく結ぶ大切な日のために、女性たちがラキと呼ばれるその紐を一生懸命に探している姿があちらこちらに見られます。
 一般には、ヒンドゥー暦の中でも神聖であるとされるシュラヴァナ月(7月下旬から8月にかけて)の満月の日に、ラクシャ・バンダンは祝われます。ラクシャは「守る」を、バンダンは「結ぶ」を意味するこのお祝いの日に、姉妹たちは兄弟のためにご馳走を準備し、甘いものを口へと運び、そして祈りを込めてラキを彼らの手首に結びます。家族が共に過ごすその日、ラキを贈られた兄弟たちはそのお返しとして一生姉妹を守ることを約束します。
 インドの人々にとって、家族という存在は何にも代えがたいものです。都市では核家族化が進む中でも大家族の概念がまだまだ根強く残り、大変な生活環境の中で、歳老いた祖父母、そして家族のために尽くしながらも弱い立場にある女性を守ることは、兄弟たちにとって当然の役目だとされています。そんな兄弟たちを思う女性たちの心が、ラキという神聖な紐を通して祈りとなり、兄弟たちを守ります。
 ラクシャ・バンダンの背景には様々な諸説がありますが、叙事詩マハーバーラタの中にも辿ることができます。クリシュナが負った傷からの出血を止めるために、王の妻であるドラウパディという女性が自ら着ていた絹のサリーを割いて、クリシュナの手首に巻きつけました。クリシュナはその行いに心を打たれ、彼女を一生守ることを誓ったといいます。
 ラキは家族や親せきの間だけではなく、女性たちが守ってほしいと思う男性に贈るとも言われています。大切な人々を、当然のごとく家族のように受け入れるインドの人々。一人でインドに滞在していても決して寂しい思いをしなかったのは、どんな人でも大切な存在として受け入れるその心の大きさにいつも温かさを感じていたからに違いありません。
 今年のラクシャ・バンダンは8月13日。愛情と信頼に溢れた一日が近づいています。インドではこうして、家族を愛する気持ちを表したり、それを神へと捧げるお祝いが今でも多く行われています。伝統に従いながら、見失われがちな人と人の絆をこうして深めていくことに心を捧げるインドの文化、いつまでも失われることなく続くことを願ってやみません。
(文章:ひるま)

グル・プールニマー

インドでは、グル(師)に対しては、とても大きな尊敬が払われます。日本では、グルというと、一連の事件などがあり、一般には悪いイメージが先行してしまいがちですが、インドでは決してそのようなことはありません。家庭にあっては親、学校にあっては先生、会社にあっては上司など、グルの指導のもと、人は大きく成長していくことができます。インドでは、グルは神と同一のものと見なしなさいといわれています。それは、太陽の光が反射して月が輝いて見えるように、グルの英知に照らされて、人々が輝きだすといわれるからです。
今月15日(金)は、グルに感謝の意を捧げるグル・プールニマー(師への満月祭)です。
グル・プールニマーの起源は、聖仙ヴィヤーサの誕生日にあたります。
聖仙ヴィヤーサは、ヴェーダ・ヴィヤーサ(ヴィヤーサは編者の意味)とも呼ばれ、ヴェーダ聖典を編纂したことで知られています。彼は、後の時代に、人々の心が醜くなり、すべてのヴェーダを学ぶ能力がなくなることを見通して、莫大なヴェーダを現在の4部(リグ、ヤジュル、サーマ、アタルヴァ)に編纂したといわれています。
さらに、彼はプラーナを記述し、物語や寓話を通じてヴェーダと同様の霊的英知をやさしく説き、それによって多くの人々がヴェーダの英知に触れることができるようになりました。また彼は、ヴェーダンタの本質をなすブラフマー・スートラの作者としても知られています。このような偉業を残したグル・ヴィヤーサを祝福するため、彼の誕生日がグル・プールニマーとして祝われることになりました[1]。
グル・プールニマーの日には、新しい誓いを立て、それを実行することが慣例的に行われています。
例えば、霊的な師がいれば、師からマントラを授かり、それを毎日唱える誓願を立てます。
あるいは毎日瞑想をする、肉食をしないなど、その他の霊的な誓願を立て、実行するのもよいでしょう。
グルの役割について、スワミ・シヴァーナンダは次のように語っています[2]
「人が成長するために、あなたはグルの重要さと神聖な意義について理解していますか。インドがいままでグルを大切にし、グルの意識の光の中で生き続けているのには理由があります。理由もなく、毎年この古くからの伝統を祝い、度々グルへ敬意を払い、信義と忠誠を再確認しているのではありません。グルは、悲しみと死の束縛から脱却させ、真理を体験させる、人々にとっての唯一の保証人なのです。」
またスワミ・シヴァーナンダは、グル・プールニマーの日に行うべきことについて次のように語っています。
「このもっとも神聖な日は、ブラフマームフルタ(午前4時)に起床しなさい。そして、グルの蓮華の御足を瞑想するのです。心の中で、彼の恩寵を祈りなさい。こうしてはじめて、あなたは成就に至ることができます。早朝には、熱心にジャパや瞑想を行いなさい。」
「沐浴したあと、グルの蓮華の御足を礼拝しなさい。また彼の絵や写真に、花やフルーツを供え、お香や樟脳を焚くのもよいでしょう。この日は、断食をするか、食べても牛乳やフルーツだけにするべきです。午後は、あなたのグルの信奉者たちと一緒になり、彼の栄光や教えについて話し合うとよいでしょう。」
「夜は、信奉者たちが集まり、神の御名やグルの栄光を歌いなさい。グルを礼拝するもっともよい方法は、彼の教えに従うことです。彼の教えの顕現としてあなた自身が輝き、彼の栄光とメッセージを伝えなさい。」
グル・プールニマーの日からは、チャトルマースとよばれる神聖な時期が4ヶ月間続き、インドではこの期間に多くのお祭りが行われます。特に2011年7月31日から2011年8月29日までの期間(地域により、満月を月の区切りとみる場合は2011年7月16日から8月13日となります)は、シュラヴァナと呼ばれ、チャトルマースの中でも特に神聖な期間とされています。
この時期は、シュラヴァナ(聞くこと)と呼ばれるように、聴聞等による学習に適した期間です。師の教えを聞き、それを実行に移せるよう努力すれば、きっと大きな実りがあることでしょう。
[1]”Guru Purnima”, http://www.amritapuri.org/cultural/guru/purnima.php
[2]Subhamoy Das, “The Guru Purnima”, http://hinduism.about.com/od/festivalsholidays/a/gurupurnima.htm

マハー・シヴァラートリ

2011年3月3日(木)(インド、アメリカ、ヨーロッパ等では3月2日)は、シヴァラートリの祭日です。
シヴァラートリとは「シヴァの夜(ラートリ)または吉兆の夜」という意味です。シヴァラートリは、毎月、満月から14日目の夜にあたります。しかし、特にパールグナ月(2月〜3月)のシヴァラートリは、マハー・シヴァラートリと呼ばれ、一年の内でもっとも神聖な夜として知られています。
この夜、シヴァ神の信者たちは、断食をし、睡眠を絶ち霊性修行に励みます。シヴァラートリは、月が満月から新月へと変化する境目です。充ち満ちた欲望(月)がやがて消滅していくように、満月から新月へと変化するシヴァラートリの日に霊性修行に励むことで、欲望を滅し、解脱へと至る精神力が獲得できると信じられてきました。
シヴァラートリの日は、シヴァ神を崇めるもっとも神聖な日です。この日には、シヴァリンガムを崇めたり、あるいは、シヴァ神の御名やルドラムを唱えたり、バジャンを歌ったり、瞑想を行うことがすすめられています。またルドラークシャを身に着けるのにもっとも適した日であるとも言われています。
シヴァ・パンチャクシャラ・マントラ(オーム・ナマ・シヴァーヤ)も、この日に唱えることで、大きな功徳をもたらすといわれます。
シヴァラートリの日には、さまざまな言い伝えが残されています。
パールヴァティー女神とシヴァ神が結婚した日は、このマハー・シヴァラートリの日であるとも言われています。
またシヴァ神がタンダヴァの踊りを舞い、宇宙を創造したのも、この日であると言われています。
猛毒ハーラーハラが世界を焼き尽くそうとしたとき、神々の願いに応え、シヴァ神はハーラーハラの猛毒を飲みほし、世界を救いました。ハーラーハラは、シヴァ神にとっても強大な猛毒であったため、シヴァ神の首が猛毒で青くなり、このためにシヴァ神は、ニーラカンタ(ニーラ[青]カンタ[首])と呼ばれるようになった話は有名です。
シヴァ神を祀る寺院が多いインドでは、マハー・シヴァラートリはとりわけ大きな祭典です。しかし、宗教にとらわれず、全人類にとっての吉兆の日として、どうぞこの神聖な夜をお過ごしください。
2011年度シヴァラートリ(日本国内)
1月3日(月)
2月2日(水)
3月3日(木)(マハー・シヴァラートリ)
4月2日(土)
5月2日(月)
6月1日(水)
6月30日(木)
7月30日(土)
8月28日(日)
9月26日(月)
10月26日(水)
11月24日(木)
12月24日(土)

インド人とディワリ

 さまざまな民族や宗教が入り混じり、神様がたくさんいる国だけあって、インドではそのお祭りの数も半端ではありません。去る11月5日、ヒンドゥー教最大のお祭りとも言われるディワリが祝われました。これに合わせ、インドの友人からも多くのメッセージが届きました。やはり今年も凄かったようです。
 新年を祝うこのお祭りですが、さすがヒンドゥー教最大のお祭りともあって、その様子には凄まじいものがあります。大人だろうが子どもだろうが、皆あちこちで巨大な花火を打ち上げ、路上で爆竹を鳴らし合います。いつもは我が物顔であたりをうろついている牛たちも、この日ばかりは居場所がありません。ディワリの日に日本へ電話をかければ、電話口に聞こえる花火や爆竹音、人々の雄叫びから紛争が始まったのだと間違われたこともありました。でも実際、あたりはちょっとした紛争地のように様変わりします。初めてのディワリでは、巨大な花火がなんの警備もなく突然打ち上げられる中、爆竹とはしゃぐ子どもたちに追いかけられながら、アシュラムのプージャから必死の思いで帰ったのを覚えています。翌日の新聞には、手足を失ったり失明したりする人々のニュースがでるほどでした。
 インドの一年はお祭りに始まり、お祭りに終わります。そして皆お祭りが大好で、その祝いっぷりと言ったら右に出るものはいないでしょう。とにかく派手に街中を電飾で彩って、花火や爆竹を鳴らし、一晩中歌って踊ってご馳走をみなでシェアします。日常の生活を忘れ、ただがむしゃらに歌って踊る人々の姿は思わず微笑んでしまうほど。たまにはこうして、いえ、また!?というくらいのかなりの頻度で、我を忘れてはしゃげる時があるのもいいなぁなんて、恐れいていたお祭りも最近は楽しめるようになりました。そして欠かしてはならないのが、お祈りです。信仰心の厚いインドの人々だから、神様を崇拝することは最優先で、お祭りの日にはあちこちでプージャが行われ火が灯されます。ガンジス川に浮かぶろうそくの小さな灯りが、周りの喧騒とは対照的で、本当に美しいんです。そして、春の訪れ、夏の始まり、収穫といった自然の暦とも深く結についているお祭り。それぞれを祝う瞬間を通して、インドでは季節の移ろいをはっきりと感じます。
(文章:ひるま)

ガネーシャ・チャトゥルティ

インドの霊的指導者であり、シヴァーナンダ・ヨーガで知られるスワミ・シヴァーナンダ氏は、解脱にいたるためのもっともシンプルな方法として、次の3つの方法を挙げています[1]。
1.否定的で不道徳な性質を取り去り、肯定的で霊的な性質を養うこと。
2.あらゆる活動の最中に、常に神のことを思うこと。
3.すべての活動を、神のおみ足に捧げること。
否定的で不道徳な性質には、さまざまなものがありますが、聖ラーマクリシュナの霊性のパートナーであるサーラダー・デーヴィーは、この性質の一例として、他人の欠点を見ることを挙げて、次のように述べています。
「愛しい子よ、他人の欠点を見るのは止めなさい。人生はとても短いもので、自身の欠点を取り除くにも十分な時間はありません。自身の内面を見つめ、悪い性質を省みれば、とても多くの欠点に気がつき、それだけで時間がなくなってしまいます。人生のすべての時間を費やしても、私たち自身の欠点を取り除くのに十分ではありません。あなた自身の家の掃除を始めずに、他人の欠点を拾い集めるならば、あなたは何も変わることはないでしょう。」
では、このような性質を取り除くためには、どのような方法があるでしょうか。サーラダー・デーヴィーは次のような祈りを提案しています。
「神よ、私は他人の欠点に目がいってしまいました。今までは、それが自身の性格に染みついていたため、障壁の原因となっていることに気がつきませんでした。私は、この習慣を改めて、神聖な性質を身につけます。今日から、誰の欠点も見ないようにします。私は、自身の崇高な目標から、心をそらさないようにします。私は古くから心に染みついたこの習慣を改めます。今後は、このような過ちを犯すことはありません。霊的な成長を阻害するマーヤー(幻力)に、私は心を許しません。神よ、どうかこのための力をお授けください。」
ガネーシャは、障害を取り除き、不正な性質を正す神さまとして知られています。
そのため、このような悪習や不道徳な性質を取り除くために、大きな力を貸してくれる神さまとなります。
明日2010年9月11日は、ガネーシャ・チャトゥルティ(ガネーシャ聖誕祭)です。
ガネーシャ・チャトゥルティは、新たなものごとの始まりに、願を立てて祈りを捧げるのに最適な吉日です。高い志をもって祈りを捧げれば、ガネーシャ神は、きっと祝福してくれるでしょう。
ガネーシャ・チャトゥルティの吉日、ガネーシャ神があらゆる障害を取り除く助けとなって、皆さまがより良い人生を歩めますように、心よりお祈り申し上げます。
参考
[1]Sri Swami Chidananda, “A Good Beginning”, http://www.dlshq.org/religions/ganeshchatur.htm

クリシュナ降誕祭

2010年9月1日(地域によっては2日)は、クリシュナ神の降誕祭です。
クリシュナ降誕祭には、クリシュナ・ジャヤンティ、クリシュナ・ジャンマーシュタミー、ゴークラーシュタミー、クリシュナーシュタミーなどさまざまな名称があります。
クリシュナ降誕祭は、南インドやインド西部、インド東部では9月1日に、北インドの多くでは9月2日に行われるなど、地域や教派によって行われる日程が異なります。
これは、伝統的なインド占星術によると、クリシュナ神の誕生日が、シュラヴァナ月の2回目の満月から新月に向かう8日目(アシュタミー)で、月の星座(ラーシ)がヴリシャバ(牡牛座)、ナクシャトラがローヒニーであることに由来します。
クリシュナ降誕祭は、上記すべての条件が揃う必要がありますが、多くのヒンドゥー教派の暦では、すべてが一致することがほとんどありません。
教派によっては、満月から新月に向かう8日目(アシュタミー)を重視するところもあれば、ナクシャトラがローヒニーであることを重要視する教派もあります。
そのため、ヒンドゥー教派ごとに、独自の基準を設けて、クリシュナ神の降誕祭を祝うため、地域や教派によって、日程に違いが生じるようです[1]。
ところで、クリシュナ降誕祭の日に、もっとも重要とされるマントラは、「オーム ナモー バガヴァテー ヴァースデーヴァーヤ」といわれます[2]。
この日は、バジャンやキールタン、また瞑想や断食を行い、クリシュナを念想しながら神聖な1日を過ごします。
またこの日にできるもっとも簡単で偉大なクリシュナ神への礼拝は、バガヴァッド・ギーターを読むことであるといわれます。
バガヴァッド・ギーターを読むことは、クリシュナの偉大な教えを私たちに思い起こし、クリシュナを讃える最高の礼拝方法であるとされています。
また以下のような簡潔なクリシュナ・プージャーを行う事もできます[3]。
1.身体を洗い清め、静かで清浄な場所を用意します。
2.クリシュナ神とガネーシャ神の像や絵画を設置します。
3.ランプと花・果物・お菓子をお皿に用意します。
4.ガネーシャ神に祈りを捧げます。
5.心を落ち着かせるために、数分間瞑想します。
6.ランプに火を灯します。
7.クリシュナ神への瞑想または祈りを捧げます。
8.花を捧げ、お香を焚きます。トゥラシーの葉があればベストです。また花を捧げるときに、ベルを鳴らしても良いでしょう。
9.「オーム・ナモー・バガヴァテー・ヴァースデーヴァーヤ」あるいは「オーム・ナモー・ヴァースデーヴァーヤ・ナマハ」のマントラを唱えます。
10.このとき、用意した果物やお菓子、食物を捧げます。その後、聖水をふり撒いても良いでしょう。
11.この後、数分間瞑想するか、バガヴァッド・ギーターを読んだりして、神聖な時を過ごします。
プージャーの後は、果物やお菓子は、プラサード(神のお下がり)として、皆でいただくことができます。
クリシュナは、ギーターの中で、行為のすべてを彼に捧げ、彼を信愛することの大切さを説いています。魅力溢れる彼の人生を学び、クリシュナへの想いで、この神聖な1日を過ごすことができれば、クリシュナはきっとその想いに応えてくれるに違いありません。
皆さまにクリシュナ神の祝福がありますように。
[1]”Why is Sri Krishna Jayanti celebrated on two different days?”, http://www.hindu-blog.com/2007/08/why-is-sri-krishna-jayanti-celebrated.html
[2]”Significance of Sri Krishna Jayanti”, http://www.hindu-blog.com/2007/09/significance-of-sri-krishna-jayanti.html
[3]”How to do a Simple Shri Krishna Puja?”, http://www.hindu-blog.com/2008/08/how-to-do-simple-shri-krishna-puja.html

ラクシャ・バンダン(愛の紐)

2010年8月24日は、ラクシャ・バンダンの祝日です。
ラクシャ・バンダンについての簡単な解説を、以下Raksha-Bandan.comよりご紹介させていただきます。
ラキ:愛の紐
ラキは、兄弟・姉妹の愛情で彩られた神聖な紐のお守りです。ラクシャ・バンダン(守護を結ぶの意味)として知られるこの日は、ヒンドゥー暦におけるシュラヴァナ月の満月の日に祝われます。一筋の紐に過ぎないラキは、 愛と信頼の固い絆の中でもっとも美しい関係を結ぶとき、鉄の鎖より強いとみなされます。 また、誰もが助け合い、仲良くするべきという概念を広めるために、ラキの祝日は社会的な意義があります。
伝統と習慣
ラクシャ・バンダンの祝日は、兄弟・姉妹間で分かち合う愛情に捧げられます。 この日、姉妹たちは、兄弟の長寿と祝福を神に祈ります。 姉妹たちは兄弟たちに美しいラキを贈り、兄弟たちはこの世界の悪から姉妹たちを守ることを約束します。この習慣は古くからあり、ここで行われる儀式は地域によって異なりますが、その美しい意義はどこにおいても変わることはありません。
ラキの意味
調和をもたらし、家族をひとつにまとめるために、ラキの祝日には大きな意味があります。ラキは、兄弟・姉妹間の愛、すなわち彼らが子供の頃から共有している愛の絆を表しています。 ラクシャ・バンダンを祝う習慣は遙か昔に遡り、今なお、人々は伝統的な方法でその愛情を表現しようとしています。ラキは、古い時代から、兄弟・姉妹間の愛の絆を強く結びつけてきたのです。
ラキのお祝い
ラクシャ・バンダンのお祝いは、兄弟・姉妹間の穢れのない愛を表す祝日です。 古くから、この祝日は歓喜をもって祝福されてきました。ラキは兄弟・姉妹間の無条件の愛の証です。 女性たちは、少なくとも祝日の2週間前から準備を始めます。その一日を特別な日にするために、人々はラキや贈り物、ラキ・プージャーのプレート、お菓子などを買います。 これはまた、この神聖な祝日を祝うために家族が集まるという一つの機会にもなります。愛する人々の間での贈り物は、この特別な日を心に残る美しい思い出にしてくれます。
出典:Raksha Bhandan, http://www.raksha-bandhan.com/
より翻訳転載

ラーマ・ナヴァミ

2007年3月27日は、ラーマ・ナヴァミ(誕生祭)です。
インドの家庭では、ラーマ・ナヴァミのこの日、ラーマとその妃シーターの小さな神像を並べ、結婚式の儀式を執りおこないます[1]。そしてまた、敬虔なヒンドゥー教徒は、断食をし、寺院では叙事詩「ラーマーヤナ」が詠まれます。
ラーマは、この叙事詩の主人公として、正義、寛容、忍耐、そして犠牲など、わたしたちが失いかけている美徳の大切さを示しています。
ラーマーヤナでラーマが示されている理想は、現代のわたしたちからすると、あまりにもかけ離れていて、現実味がないかもしれません。しかし、ラーマは実在の人物ともいわれていますので(およそ紀元前5000年の人物といわれています)、ラーマーヤナで語られている物語も、まったくの作り話ということではないかもしれません。
便利・快適になった今ですが、その反面、さまざまなものに囚われ、心にゆとりがなくなってきています。いじめや社会的な問題もさまざま表面化していますが、決定的な対処法がなく、何を拠り所としたらよいか分からないのが現状ではないでしょうか。
しかし、ラーマーヤナには、このような問題に対する対処法が、随所に見て取れます。
新しいものに目を向けるのは、現代人が仕事をこなし、生活していく上で必要不可欠ですが、しかし同時に、古き良き文化にも、この上ない価値が散りばめられていることを忘れてはならないかもしれません。
ラーマーヤナは、国内でも本が出版されておりますので、この機会にお目を通されてみてはいかがでしょうか。またインターネット上でも、簡約版等が閲覧できます[2]。
[1] Wikipedia, “Rama Navami”, http://en.wikipedia.org/wiki/Rama_Navami
[2] 簡約ラーマーヤナ, http://www.geocities.jp/jayramayana/

ヴァサント・パンチャミー(サラスワティー女神の御生誕)

明日1月23日は、ヴァサント・パンチャミーの日です。ヴァサントとは、「春」の意味で、このお祭りは、春の到来を祝うお祭りです。光の祭典であるディーワリーは富の女神ラクシュミーを祀り、ナヴァラトリーはドゥルガー、そしてヴァサント・パンチャミーは、学問と芸術の女神であるサラスワティーを祀るお祭りにあたります。
ヒンドゥー教では、サラスワティー女神は、このヴァサント・パンチャミーの日に生まれたとされ、この日、盛大に祝福されます。
このお祭りでは、黄色が特に重要な意味を持ちます。黄色は、春の作物がたわわに実ることをあらわしています。この日、サラスワティー女神は黄色の衣装を装い祝福されます。またそれを祝う人々も黄色の服を着て、人々にふるまわれるお菓子なども黄色、食べ物もサフランなどで黄色に色づけがされています。
またインドの子供たちにとっても、この日は重要な意味をもつ日となります。
読み書きを学び始めるのに最適な日であるとされていることから、この日、子供たちは「あいうえお」を習い始めます。
この日を創立記念日とする教育機関も珍しくありません。
ヴァサント・パンチャミーを境に、自然が春の到来をつげることから、太陽の女神、大地の女神、そしてガンジスの女神に対してはとくに真摯な祈りを捧げます。
ヴァサント・パンチャミーは、作物の豊作を願う季節的なお祭りであるとともに、弁財天としてしられるサラスワティーの誕生を祝福し、より豊かな精神的・物質的教養を身につけるための重要な日です。
春の到来を祝い、今年も実り豊かな一年をお過ごしくださいませ。
参考:
“Birthday of the Goddess of Wisdom”, http://hinduism.about.com/library/weekly/aa020700.htm
“Vasant Panchami”, http://www.hinduism.co.za/vasant.htm