ブッダ・プールニマ(ウエサク祭)

2012年5月6日(日)は、ブッダ・プールニマです。ブッダ・プールニマは、仏陀降誕の日として世界中で祝われている盛大なお祭りです。
以下に、Wikipediaよりブッダ・プールニマ(ヴェーサーカ)の記事をご紹介します[1]。

ヴェーサーカ(パーリ語;サンスクリット語ではヴァイシャーカ)は、ネパール、シンガポール、ベトナム、タイ、カンボジア、スリランカ、ミャンマー、バングラデシュ、インドネシア、インドなどの南アジア、東南アジアの仏教徒による伝統的な年間行事です。
通常は、仏陀の降誕日とされていますが、実際には仏陀の降誕日、悟りの日(ニルヴァーナ)、成仏を包括する日とされています。
ヴェーサーカの正確な日にちは、各国に伝統的な太陰暦によって変化します。テーラワーダ(上座部仏教)の国々では、満月のウポーサタ日(仏教徒の安息日;不浄な心を清める日)に行われます。中国のヴェーサーカ日は、中国の太陰暦における第4月の8日目に行われます。西洋のグレゴリオ暦では、年によって異なりますが、毎年4月か5月に行われます。
●歴史
ヴェーサーカを仏陀の降誕会とする決議は、1950年にスリランカで行われた第一回世界仏教徒連盟(WFB)の会議で採択されましたが、仏教国における当時の祭典は、各国の古い伝統に基づいて行われていました。
ヴェーサーカにおいては、世界中の仏教徒は、仏陀の誕生日、悟りの日、成仏日を含む重要な行事として祝します。インドから仏教が伝来して、多くの外国文化に同化したように、ヴェーサーカは世界各国において独自の方法で祝されています。
●ヴェーサーカの祭典
ヴェーサーカにおいては、敬虔な仏教徒や信奉者たちは、祝典のために夜明け前に各地の寺院に集合し、仏旗を掲げ、仏・法・僧の三宝を讃える讃歌を歌います。帰依者たちは、師の御御足に捧げるための花、ろうそくや線香を持参します。これらの象徴的な捧げ物は、美しい花はすぐに萎れ、ろうそくや線香はすぐに燃え尽きるように、人生は儚く短いことを意味しています。帰依者たちは、あらゆるものの殺傷を避けるために、特別な努力を行い、この日は精進料理(ベジタリアン・フード)を摂ることが勧められています。特にスリランカなどのいくつかの国では、ヴェーサーカを祝するための2日間は、酒屋や食肉処理施設は、閉店するように政府の法令によって定められています。また、意に反して捕らわれていたおびただしい数の鳥、昆虫、動物が自由の象徴として放たれます。敬虔な仏教徒の中には、簡素な白装束をまとい、八正道に対する新たな決意を胸に、一日中寺院で過ごす人もいます。
敬虔な仏教徒は、教えに基づく五戒を遵守する誓約をし、高潔な日々を過ごしていますが、特に新月と満月の特別な日には、道徳、簡素、謙虚を実践するために八正道を遵守します。
またある寺院では、小さな幼児の仏陀像を祭壇の前にまつり、花で飾りつけられた小さなたらいに水を張り、帰依者が像に水をそそぐことができるようにしています。これは、悪い業(カルマ)を洗い清め、神々や精霊の祝福のもと、仏陀の降誕を再現する象徴的な行為になります。
帰依者たちは、僧侶による説法を聴きます。この日は、国や国民の繁栄と平和を願い、僧侶たちは仏陀によって語られた詩句を詠唱します。仏教徒たちは、仏陀が説いたように、他人を信頼し、他人の信条を尊敬し、調和を持って生活することを思い起こされます。
●他の人々に幸せを運ぶ
ヴェーサーカの祝日は、高齢者、障がい者、病人のような人々に幸せを運ぶ特別な努力をする日を意味します。この日には、仏教徒は贈り物を贈ったり、奉仕活動をしたりします。ヴェーサーカは、大きな幸せや喜びの時であり、自分の欲望を満たすのではなく、寺院での奉仕活動や、仏陀の教えを世間に示すために専念する時でもあります。また、敬虔な仏教徒たちは、仏陀を礼拝するために寺院に足を運んだ信奉者たちに、軽食や精進料理(ベジタリアン・フード)を提供する腕を競い合います。

ブッダ・プールニマ(ヴェーサーカ)は、日本ではウエサク祭(または花祭り、降誕会など)として親しまれています。京都の鞍馬寺では、明日5月17日(火)にウエサク祭の行事(五月満月祭)が行われるようです。興味ある人は、足を運んで、仏陀の教えを学び、瞑想する良い機会にするとよいでしょう。
[1]Vesākha, http://en.wikipedia.org/wiki/Vesak

アクシャヤ・トリティヤ

今インドは一年に一度の大吉日と言われる日が近づいています。毎年4月〜5月にかけて迎える、太陽と月の明るさがピークに達する日、それが今迎えようとしている「アクシャヤ・トリティヤ」です。
「アクシャヤ」がサンスクリット語で「不滅の」という意味を持ち合わせるように、この日に願われ祈られた物事は終わることなく永遠に続いていくと言われます。また、太陽と月の輝きが最も強くなるように、物事の輝きと成功を願って、人々は事業や建設、ビジネスなど、ありとあらゆる物事をこの時に始めます。
金や価値のあるものを購入するのにも最も良い日であり、数日前から新聞や広告はアクシャヤ・トリティヤの特集が組まれ、街ではこの吉日セールが催されほど、高価なものが飛ぶように売れ街は大盛況となります。特にこの日のゴールドショップの賑わいは目を見張るほどで、金を入手しようとしても、あまりの混みように手にすることすら難しい日本の歳末のような雰囲気に包まれます。
一方で、幸運を運ぶ日としても知られるこの日は、寄付を施した人々にも恩寵が与えられると、貧しい人々や寺院など、人々は寄付をすることも忘れません。特に北インドでは4月も中旬を過ぎると45度を超える日も珍しくはない、一年中で一番暑い夏を迎えます。その夏の始まりとも言えるこの日、人々が寺院へ土でできた水甕(マットカ)を寄付する姿を見かけます。不思議なことに入れておくだけで水が冷たく保存されるこの土でできた水甕は、現在でも大切に利用され続け、暑い夏を乗り切れるよう願いと共に、古くからの伝統がしっかりとここに伝えられていると感じたことを覚えています。
そして欠かせないのが結婚式です。この日に誓われた願いは永遠に朽ちることがないと、何をするにも大変な酷暑の時であってもこの日を選ぶカップルは非常に多く、街中で結婚式が執り行われお祝いムードに包まれます。
そんな賑わいを見せる日でも、断食をし静かに祈り続ける人がいます。富の象徴であるラクシュミー女神のプージャも欠かすことができません。華やかに賑わうその瞬間の中にも、生活の礎である祈りはこの時も失われることなく続いています。今年は4月24日がその吉日です。今この時世において、一人一人が朽ちることのない永遠の世界の至福を願うべく日が近づいていると、そう感じています。
(文章:ひるま)

ラーマナヴァミ(ラーマ降誕祭)

正義や美徳である「ダルマ」の象徴として崇められている神、それがインドの叙事詩ラーマーヤナの主人公であり、ヴィシュヌ神の化身でもあるラーマです。今、そんなラーマが誕生した日が近づいています。ヒンドゥー教の暦でチャイトラ月(3月から4月にかけて)の新月から9日目がその誕生の日として知られ、今年は4月1日がその日にあたります。
この降誕祭は、新月から9日間に渡り寺院やアシュラムにおいて叙事詩ラーマーヤナが読み上げられ、あちらこちらでサットサンガ(講和)が開かれます。人々がラーマの名を詠唱し、バジャンやキルタンが響きるこの9日間、敬虔な信者たちの多くは断食をして過ごします。
感覚を制御し、自分自身を見つめ直すことでもある断食は、神との一体を強めるばかりでなく、この時期に特定の食物(そば粉、じゃがいも、乳製品など)だけを限られた時間に取る断食を行うことで、冬の間にため込んだ毒素が抜かれ、酷暑の夏に向けた体へと整えられます。神が生み出す自然のサイクル、それが、インドの生活にはいつの時も共にあります。
また、この誕生の日はラーマとシーターが結婚をした日としても知られ、多くの家庭は二人の像を飾り、日中の間断食をして過ごした人々が夜には家族一緒になって愛らしい像を囲んで祈り祝福します。これがまさに、今日失われているラーマの象徴を表していると気づかされます。
正義や美徳といったダルマそのものでもあるラーマは、この日に家族を繋ぎ合わせます。社会福祉を誰もが存分に享受できるとは限らないインドでは、人と人との繋がりがとりわけ重要な意味を持ち、家族からそれは社会へと、生きていく上で何よりも必要なものとして、その絆を人々は深く信じています。
日本を離れここインドに一人で身を置きながらも孤独だと感じることがないのは、どんな時も人々が助けの手を伸ばし側にいてくれるからであり、不安や恐れを抱くことがないのも、その存在があるからだと感じます。困難が生じた時に支えとなるのも人であり、幸福を共に喜びあえるのも人の他にないと、その最も大切な事実を教えてくれたのも、ここインドの人々と共に過ごす日々でした。
人々のお互いを思う気持ちは、一人一人の自我を鎮め、全体との間に一体を生み出していきます。その正義や美徳が与える波が、家族から社会へと大きく響いていく事実を目の前にしながら、あらゆる絆が薄まり不安定な社会である今、私たちはその重要さに気づくべきなのだとここで実感しています。
このラーマ・ナヴァミを迎えるまでの9日間は本当に美しいものです。響き渡るラーマを讃える讃歌、その神の名、家族が共に過ごす夜。忘れてはならない一番大切なことを、インドではこうして、いつの時も神々が私たちに教えてくれるような気がします。
(文章:ひるま)

マハー・シヴァラートリ

2012年2月20日(月)(アメリカ、ヨーロッパ等では2月19日)は、シヴァラートリの祭日です。
シヴァラートリとは「シヴァの夜(ラートリ)または吉兆の夜」という意味です。シヴァラートリは、毎月、満月から13日夜/14日目にあたります。しかし、特にパールグナ月(2月〜3月)のシヴァラートリは、マハー・シヴァラートリと呼ばれ、一年の内でもっとも神聖な夜として知られています。
この夜、シヴァ神の信者たちは、断食をし、睡眠を絶ち霊性修行に励みます。シヴァラートリは、月が満月から新月へと変化する境目です。充ち満ちた欲望(月)がやがて消滅していくように、満月から新月へと変化するシヴァラートリの日に霊性修行に励むことで、欲望を滅し、解脱へと至る精神力が獲得できると信じられてきました。
シヴァラートリの日は、シヴァ神を崇めるもっとも神聖な日です。この日には、シヴァリンガムを崇めたり、あるいは、シヴァ神の御名やルドラムを唱えたり、バジャンを歌ったり、瞑想を行うことがすすめられています。またルドラークシャを身に着けるのにもっとも適した日であるとも言われています。
シヴァ・パンチャクシャラ・マントラ(オーム・ナマ・シヴァーヤ)も、この日に唱えることで、大きな功徳をもたらすといわれます。
シヴァラートリの日には、さまざまな言い伝えが残されています。
パールヴァティー女神とシヴァ神が結婚した日は、このマハー・シヴァラートリの日であるとも言われています。
またシヴァ神がタンダヴァの踊りを舞い、宇宙を創造したのも、この日であると言われています。
猛毒ハーラーハラが世界を焼き尽くそうとしたとき、神々の願いに応え、シヴァ神はハーラーハラの猛毒を飲みほし、世界を救いました。ハーラーハラは、シヴァ神にとっても強大な猛毒であったため、シヴァ神の首が猛毒で青くなり、このためにシヴァ神は、ニーラカンタ(ニーラ[青]カンタ[首])と呼ばれるようになった話は有名です。
シヴァ神を祀る寺院が多いインドでは、マハー・シヴァラートリはとりわけ大きな祭典です。しかし、宗教にとらわれず、全人類にとっての吉兆の日として、どうぞこの神聖な夜をお過ごしください。
2012年度シヴァラートリ
1月21日(土)
2月20日(月)(マハー・シヴァラートリ)
3月20日(火)
4月19日(木)
5月19日(土)
6月17日(日)
7月17日(火)
8月16日(木)
9月14日(金)
10月13日(土)
11月12日(月)
12月11日(火)

ヴァサント・パンチャミー2012

本日1月28日(土)は、ヴァサント・パンチャミーの祝日です。
 ヴァサントとは、「春」の意味で、このお祭りは、春の到来を祝うお祭りです。光の祭典であるディーワーリーは富の女神ラクシュミーを祀り、ナヴァラトリーはドゥルガー、そしてヴァサント・パンチャミーは、学問と芸術の女神であるサラスワティーを祀るお祭りにあたります。
 ヒンドゥー教では、サラスワティー女神は、このヴァサント・パンチャミーの日に生まれたとされ、この日、盛大に祝福されます。
 このお祭りでは、黄色が特に重要な意味を持ちます。黄色は、春の作物がたわわに実ることをあらわしています。この日、サラスワティー女神は黄色の衣装を装い祝福されます。またそれを祝う人々も黄色の服を着て、人々にふるまわれるお菓子なども黄色、食べ物もサフランなどで黄色に色づけがされています。
 サラスワティー女神は、ブラフマー神と同じように、インドでは寺院の数も少なく、あまり大々的に礼拝されることのない女神です。しかし、この祭日には、インドの学生はペンやノートをサラスワティー女神の像の前に置いて、学業の成就を祈願します。またこの祭日を設立日としている教育機関も少なくありません。
 日本ではこの時期、受験シーズンにあたりますが、受験を控えた方々は、この祭日にあわせて弁財天に合格祈願されるのもよいかもしれません。
 ここでは、ヴァサント・パンチャミーについて、アーチャーリヤ・サティヤム・シャルマ・シャーストリ氏の解説をご紹介いたします[1]。

 『ヴァサント・パンチャミーは、学問の女神であるサラスワティーに捧げられるお祭りです。マーガ月(1月〜2月)の新月から5日目が、ヴァサント・パンチャミーにあたります。世界中のヒンドゥー教徒は、熱心にこの祭日をお祝いします。この祭日は、サラスワティーの誕生日だと信じられています。
 この祭日では、黄色が特別な意味を持つことになります。サラスワティーの女神像は、黄色の衣服で飾り付けられて礼拝されます。また人々も、この日は黄色の衣服を着るようにしています。親類や友人の間では、黄色のお菓子などが贈られます。
 中には、この日は僧侶に食事を与える人もいます。また先祖供養(ピトリ・タルパン)を行ったり、愛の神であるカーマ・デーヴァを礼拝する人もいます。
 子どもたちにとっては、学習を始めるのに最適な日であることから、アルファベットを学ぶ初日になります。そして、学校、大学などの教育機関は、サラスワティー女神への特別な礼拝を行います。パンディット・マダン・モーハン・マラヴィヤ氏は、バナーラス・ヒンドゥー大学をこの日に創設しました。今では、世界的に有名なトップクラスの教育機関となっています。
 ヒンドゥイズムでは、マカラ・サンクラーンティや、ヴァサント・パンチャミーのように、宗教的な祭事を季節に織り込むことを特に重要視しています。人々は、個人の信条や願望に応じて、家庭の主宰神(イーシュタ・デーヴァータ/デーヴィー)を礼拝する傾向があります。また一般に人々は富や権力を求める傾向にあります。カリ・ユガ(現在)の時代では、お金(富、権力、名声)の追求が、ほとんどの人々の主目的になっています。まるでお金が神のように崇められています。
 しかし、分別のある人々は、霊的な啓蒙のために、サラスワティー女神を礼拝します。彼らによると、王と学識ある人(霊的に優れた人)との間には何の違いもありません。王は、王国の中では敬意を払われますが、学識ある人は、どこに行っても敬われます。高徳の人、霊的な進歩に邁進する人々は、サラスワティー女神への礼拝を非常に重視します。
 サラスワティー、ラクシュミー、ドゥルガーの三女神に割り当てられた乗り物は、彼女たちの特別な力を象徴しています。サラスワティー女神の乗り物である白鳥は、サットヴァ・グナ(清浄と識別の要素)を象徴します。ラクシュミー女神のフクロウ、そしてドゥルガーのライオン(虎)は、それぞれタマス(暗質)とラジャス(激質)を象徴しています。
 ヴァサント・パンチャミーは、これに続くお祭りであるホーリー(2012年3月8日)の前兆になっています。季節は次第に変化し、春の到来が感じられてきます。木々は新芽を出し、森や草原では新しい生命が息吹き始めます。自然は、マンゴーの木に花を咲かせ、小麦や作物は、新しい生命に活力を与えます。
 ヴァサント・パンチャミーは、季節感、社会的意義と敬虔さに満ちた祭日です。新しい季節の到来を胸に、世界中のすべてのヒンドゥーによって盛大に祝福されます。』

サラスワティー女神の祝福のもと、霊的知識に恵まれ、豊かな時間を過ごすことができますよう、お祈り申し上げます。

参考:
[1]Vasant Panchami, http://www.hinduism.co.za/vasant.htm

インドのクリスマス

さまざまな宗教が入り混じり、それぞれの伝統に合わせてお祝い事が欠かせないインドでは、クリスマスもまた祝福を忘れてはならない大切な一日の一つです。大都市では、年を追うごとにその盛大さも大きくなるばかりと伝えられています。
ヒンドゥー教徒が大多数を占めるインドの中で、クリスチャンの占める割合は約2.3%(外務省HPより)ほどですが、12億人を超える人口の中においてその規模は決して少なくはありません。聖トーマスが寄港したと言われる南インドのケララ州などは特にクリスチャンの人口が多く、ポルトガルの植民地であったゴアなど、街でも美しい教会をよく目にします。
クリスマスが近づくと、大都市ではまず美しい装飾がなされ、きらびやかに彩られた街の中でクリスマスマーケットが始まります。ディワリというインドの三大祭りである「光の祭典」には敵いませんが、お祭り好きなインドの人々の心がそのまま表されるかのように、このクリスマスから新年にかけてまた賑やかなひと時を迎えます。
どんなお祝い事の時でも、神様からの贈り物であるミルクを使ったとても甘いお菓子を捧げるのが恒例のインドでは、このクリスマスの日に限って、特別なケーキが振舞われたりもします。夜には教会へ出かけ、クリスマスキャロルを歌い、インドらしい楽しく賑やかな楽器部隊に囲まれて盛大な祝福を捧げ、家族が集まってひと時を過ごします。
変わらないクリスマスのようであっても、家庭から聞こえてくる讃歌がどことなくマントラのように聞こえてしまうのはインドの人々とその土地柄のせいかもしれません。しかし、神を想い祈る言葉の持つ美しさは、どんなものにも代えられない澄んだ響きを心の奥深くまで伝えてくれるものであり、あの清らかな思いの中にやはり引き込まれていくようでした。
北インドはクリスマスを迎えるころからぐっと寒さが厳しくなります。世界中から人々が集まる大きなアシュラムでは、クリスマスの催し物が行われ、人種や宗教を越え人々が一体となった温かさを体と心で感じたのも、そんな寒い夜のことでした。
世俗化し、商業主義に進んでしまう事実があるにせよ、対立が止まない宗教という垣根を越え、私たちが一体となれるその瞬間があることを大切にしたいと、今ここにいて感じます。この生活に見せられる、一つ一つの存在を自分の中の大切なもののよう抱くその穏やかな優しさが、この世界を包み込むことを、聖なる夜が近づく今、心から願ってやみません。
(文章:ひるま)

ディーワーリー

秋の夜空に延々と打ち上がる花火と子どもたちが鳴らし合う爆竹、そして祝福の声が木霊する喧騒の中で、人々は甘いお菓子を分かち合いながら光を灯し、神を待ちます。雑多な生活の中の聖域は言葉にならないほど美しいものでした。
10月に入ると、インドでは街も人もいつも以上に忙しなく活気が溢れるように感じます。インド全体が一年中で最も熱気に包まれる、宗教を超えた最大のお祭り「ディーワーリー」が待ち受けているからです。
宗教が混在するインドでも、このディーワーリーは新たな年の始まりとして多くの人が共に祝福し合います。日本の師走がそうであるように、インドでもこの新年を迎えるにあたり人々はまず家の大掃除に取り掛かります。外壁や屋根までもが塗り替えられ、靴や洋服など全てを新調し、知人や友人、お世話になった人への贈り物を準備します。ディーワーリーに欠かせない甘いお菓子に至っては、何十キロという単位で購入するなど、この時期のインドに溢れる活気にはいつも驚かされるばかりです。
ディーワーリーは文化や地域によって違いはありながらも、ヴィシュヌ神の化身であるラーマが14年間の追放を経て王国へと戻ることを祝福する日です。また、秋の収穫にも重なり、富と幸運の女神であるラクシュミを盛大に称えます。
「光の祭典」と呼ばれるように、このディーワーリーの日ほど光を感じることはありません。王国へと戻るラーマが道に迷わぬよう、それぞれの家庭は明かりを灯してその道筋を照らします。新調された家々は美しく装飾がなされ、神を迎える灯し火で街はいつも以上に明るく、そして何より喜びを共有する人々の明るい笑顔が溢れています。光に包まれた家々は、ラクシュミーを招き入れるためにこの日ばかりは扉を閉めません。神のために光が灯り、扉が開かれ、人々が喜びを分かち合っています。
新月の夜に祝福されるディーワーリーの日は、完全なその暗闇の中で、ディヤと呼ばれる器の中で灯る無数の小さな灯りが世界を照らします。この日ばかりは、どんな人の顔にも悲嘆や苦難を見ませんでした。神という光を自分の内に見出し、そこから溢れ出る喜びによって照らし出された世界、そしてその真実の姿に、究極の教えを見たような気がします。
悪に対する善の勝利を祝福する日でもあるこの夜に、暗闇から光へと、そして幻想から真実へと、私たちが進むべく道筋が照らされます。その道を見失わぬよう、神そのものである光を灯す祭典が今年ももうすぐやってきます。
(文章:ひるま)
※2011年は10月26日がディーワーリーとなります。

ガネーシャ・チャトゥルティ

神様がたくさんいるインドの中で、商売繁盛、学問の神様などとして、とりわけ人気なのが象の顔を持つガネーシャ神です。物質的、そして精神的な面でも障害を取り除く神様として、物事の始まりにはこのガネーシャ神への祈りが欠かせません。
シヴァ神と女神パールヴァティーの子であるガネーシャ神は、ヒンドゥー暦でバドラパーダ月(西暦で8月から9月)の新月から数えて4日目(チャトゥルティ)に生誕しました。ガネーシャ・チャトゥルティとして盛大に祝福されるこの日、人々は街の中心に置かれた巨大なガネーシャ神の像を囲み、歌や踊りでそこらじゅうが大騒ぎとなります。そしてこの日から10日間、ガネーシャ神の像を祀りながら祈りを捧げるお祝いが続きます。
それぞれの家庭において、このガネーシャ・チャトゥルティの日に欠かせないものに、土でできたガネーシャ神の像があります。10日間続くお祝いの最後の日、その締めくくりとして、人々がガネーシャ神の像を川や海へと流します。土のガネーシャ神が人々のカルマを吸収し、自然へと帰る際にそのカルマを溶かしていくと信じられているからです。
悪いものを取り去る神様として崇められるガネーシャ神について多くの言い伝えがある中でも、特に興味深いものが、大きな体を持つガネーシャ神が小さなねずみの上に乗って描かれるその姿です。このねずみは、ガネーシャ神が退治した悪魔であり暗闇を象徴していると言われています。暗闇の中をすばやく動き回り、掴むことが困難なそのねずみは、私たちの感覚器官の象徴でもあり、人々の中にある欲望や無知、怒りや驕りという暗闇そのものを現しています。
ヨーガの世界においても、大きな体でそのねずみを乗り物として操るこのガネーシャ神は、スピリチュアルな道を歩む上での心の暗闇や障害を取り除き、光を与えてくれるものだと人々は信じて止みません。
ガネーシャ神の生誕の日を今年は9月1日に迎えます。学問の神様とも言われるように、英知を秘めるガネーシャ神を思い、暗闇を取り払って誰もが持つ真実に近づくよう人々は祈りを捧げます。象の顔に大きなお腹、手には甘いお菓子を持った親しみやすいガネーシャ神でも、全ての障害を取り去る心強い守りです。いつも心に思い、その存在に感謝をする、ガネーシャ神の生誕を祝う日が近づいています。
(文章:ひるま)
‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥
8月から10月までの毎週火曜日に、Body&foot salon Hatiにおいて、ヨーガ・クラスとSeeds-Indiaの絵はがきの販売を行っております。
日時:8月から10月までの毎週火曜日の限定のクラスです。
講師:ひるま
時間:10:00-11:30, 17:00-18:30, 19:00-20:30
料金:各1500円(クラス費の一部をSEEDS−INDIAへ寄付させて頂きます)
人数:各クラス5人
場所:【Body&foot salon Hati】埼玉県入間市河原町1-25 和田ビル1F
西武池袋線 入間市駅徒歩1分(南口ロータリーの左手 ブックオフさんの隣のビル1階)
*インドの伝統的なハタヨガに従い、深い呼吸法を取り入れます。
*クラスは日本語と英語で行われます。(英語のお勉強にもどうぞ!)
*5人までの少人数のクラスのため、事前予約をお願いいたします。
詳しくは以下のホームページをご覧ください↓
http://shanti-rupa.com/
‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥

クリシュナ・ジャヤンティ

占星術が重要視されるインドの生活の中で、現在はヒンドゥー暦の特に神聖であるとされるシュラーヴァナ月にあたります。この神聖な時に誕生したのが、神の詩・バガヴァッドギーターの中で教えを説きながら人々を魅了してやまないクリシュナ神です。
満月から新月へと向かうその8日目、星宿がローヒニーであった夜にクリシュナ神は誕生しました。クリシュナ・ジャヤンティ、クリシュナ・ジャンマーシュタミー、ゴークラーシュタミーなど言い方は様々でも、クリシュナ神の誕生祭として、この日はインドの至る所で多くの人々が盛大にクリシュナ神の誕生を祝福します。広大なインドの中で文化や地域によって差はありながらも、今年は8月22日にそのお祝いの日を迎えます。
この日、多くの家庭の庭や玄関周りは、小さな白い足跡で彩られます。子どものクリシュナ神が、誕生のその日に家の中へと入ってくる様子が描かれるのです。粉を水で溶いたペーストで描かれたその可愛らしい足跡は、玄関から家の中へ、そしてプージャ(お祈り)の部屋へと続きます。前日からの断食に続き、真夜中にはプージャが行われ、神への讃歌であるバジャンが夜通し続きます。そして欠かせないものの一つが、クリシュナ神の好物だと言われるバターやミルクの甘いお菓子です。
ヒンドゥー教の三大神であるヴィシュヌ神の8番目の生まれ変わりであるとされるクリシュナ神は、いたずら好きで美しく、牛飼いの乙女たちに囲まれながら、時にはフルートを奏でる魅惑的な姿で描かれることもあります。叙事詩マハーバーラタの中でも、知識の具現としてだけではなく、多くの喜びを享受する様が示されています。これらは、彼自身が喜びの象徴であることを意味し、その喜びの表れである甘く色鮮やかな人生が常に人々を惹きつけてやみません。
神が人間のような姿を見せるのは、人々がいつも神を近くに感じられるようにするためだと言われます。クリシュナ神は偉大な教えを説きながら、子ども、兄弟、友人、恋人、弟子として、その生の中で多くの役割を持ちながら、どの姿にいてもいつの時も今という瞬間に幸福でありました。自身の生を通してその教え示すクリシュナ神が生まれたこの日、人々はそれぞれの生活の中で、それぞれの資質を見つめながら幸福を祈り、クリシュナ神に想いを捧げる夜を過ごします。
(文章:ひるま)

ラクシャ・バンダン

 インドではこの時期になると、色とりどりの紐を並べるお店で街中が溢れかえります。姉妹が大切な兄弟の手首に、彼らの幸せを祈ってその紐を結ぶ、ラクシャ・バンダンと呼ばれるお祭りが近づいてきた証拠です。兄弟姉妹の絆をきつく結ぶ大切な日のために、女性たちがラキと呼ばれるその紐を一生懸命に探している姿があちらこちらに見られます。
 一般には、ヒンドゥー暦の中でも神聖であるとされるシュラヴァナ月(7月下旬から8月にかけて)の満月の日に、ラクシャ・バンダンは祝われます。ラクシャは「守る」を、バンダンは「結ぶ」を意味するこのお祝いの日に、姉妹たちは兄弟のためにご馳走を準備し、甘いものを口へと運び、そして祈りを込めてラキを彼らの手首に結びます。家族が共に過ごすその日、ラキを贈られた兄弟たちはそのお返しとして一生姉妹を守ることを約束します。
 インドの人々にとって、家族という存在は何にも代えがたいものです。都市では核家族化が進む中でも大家族の概念がまだまだ根強く残り、大変な生活環境の中で、歳老いた祖父母、そして家族のために尽くしながらも弱い立場にある女性を守ることは、兄弟たちにとって当然の役目だとされています。そんな兄弟たちを思う女性たちの心が、ラキという神聖な紐を通して祈りとなり、兄弟たちを守ります。
 ラクシャ・バンダンの背景には様々な諸説がありますが、叙事詩マハーバーラタの中にも辿ることができます。クリシュナが負った傷からの出血を止めるために、王の妻であるドラウパディという女性が自ら着ていた絹のサリーを割いて、クリシュナの手首に巻きつけました。クリシュナはその行いに心を打たれ、彼女を一生守ることを誓ったといいます。
 ラキは家族や親せきの間だけではなく、女性たちが守ってほしいと思う男性に贈るとも言われています。大切な人々を、当然のごとく家族のように受け入れるインドの人々。一人でインドに滞在していても決して寂しい思いをしなかったのは、どんな人でも大切な存在として受け入れるその心の大きさにいつも温かさを感じていたからに違いありません。
 今年のラクシャ・バンダンは8月13日。愛情と信頼に溢れた一日が近づいています。インドではこうして、家族を愛する気持ちを表したり、それを神へと捧げるお祝いが今でも多く行われています。伝統に従いながら、見失われがちな人と人の絆をこうして深めていくことに心を捧げるインドの文化、いつまでも失われることなく続くことを願ってやみません。
(文章:ひるま)