ブッダ・プールニマ(ウエサク祭)

2013年5月25日は、ブッダ・プールニマです。ブッダ・プールニマは、仏陀降誕の日として世界中で祝われている盛大なお祭りです。
以下に、Wikipediaよりブッダ・プールニマ(ヴェーサーカ)の記事をご紹介します[1]。

ヴェーサーカ(パーリ語;サンスクリット語ではヴァイシャーカ)は、ネパール、シンガポール、ベトナム、タイ、カンボジア、スリランカ、ミャンマー、バングラデシュ、インドネシア、インドなどの南アジア、東南アジアの仏教徒による伝統的な年間行事です。
通常は、仏陀の降誕日とされていますが、実際には仏陀の降誕日、悟りの日(ニルヴァーナ)、成仏を包括する日とされています。
ヴェーサーカの正確な日にちは、各国に伝統的な太陰暦によって変化します。テーラワーダ(上座部仏教)の国々では、満月のウポーサタ日(仏教徒の安息日;不浄な心を清める日)に行われます。中国のヴェーサーカ日は、中国の太陰暦における第4月の8日目に行われます。西洋のグレゴリオ暦では、年によって異なりますが、毎年4月か5月に行われます。
●歴史
ヴェーサーカを仏陀の降誕会とする決議は、1950年にスリランカで行われた第一回世界仏教徒連盟(WFB)の会議で採択されましたが、仏教国における当時の祭典は、各国の古い伝統に基づいて行われていました。
ヴェーサーカにおいては、世界中の仏教徒は、仏陀の誕生日、悟りの日、成仏日を含む重要な行事として祝します。インドから仏教が伝来して、多くの外国文化に同化したように、ヴェーサーカは世界各国において独自の方法で祝されています。
●ヴェーサーカの祭典
ヴェーサーカにおいては、敬虔な仏教徒や信奉者たちは、祝典のために夜明け前に各地の寺院に集合し、仏旗を掲げ、仏・法・僧の三宝を讃える讃歌を歌います。帰依者たちは、師の御御足に捧げるための花、ろうそくや線香を持参します。これらの象徴的な捧げ物は、美しい花はすぐに萎れ、ろうそくや線香はすぐに燃え尽きるように、人生は儚く短いことを意味しています。帰依者たちは、あらゆるものの殺傷を避けるために、特別な努力を行い、この日は精進料理(ベジタリアン・フード)を摂ることが勧められています。特にスリランカなどのいくつかの国では、ヴェーサーカを祝するための2日間は、酒屋や食肉処理施設は、閉店するように政府の法令によって定められています。また、意に反して捕らわれていたおびただしい数の鳥、昆虫、動物が自由の象徴として放たれます。敬虔な仏教徒の中には、簡素な白装束をまとい、八正道に対する新たな決意を胸に、一日中寺院で過ごす人もいます。
敬虔な仏教徒は、教えに基づく五戒を遵守する誓約をし、高潔な日々を過ごしていますが、特に新月と満月の特別な日には、道徳、簡素、謙虚を実践するために八正道を遵守します。
またある寺院では、小さな幼児の仏陀像を祭壇の前にまつり、花で飾りつけられた小さなたらいに水を張り、帰依者が像に水をそそぐことができるようにしています。これは、悪い業(カルマ)を洗い清め、神々や精霊の祝福のもと、仏陀の降誕を再現する象徴的な行為になります。
帰依者たちは、僧侶による説法を聴きます。この日は、国や国民の繁栄と平和を願い、僧侶たちは仏陀によって語られた詩句を詠唱します。仏教徒たちは、仏陀が説いたように、他人を信頼し、他人の信条を尊敬し、調和を持って生活することを思い起こされます。
●他の人々に幸せを運ぶ
ヴェーサーカの祝日は、高齢者、障がい者、病人のような人々に幸せを運ぶ特別な努力をする日を意味します。この日には、仏教徒は贈り物を贈ったり、奉仕活動をしたりします。ヴェーサーカは、大きな幸せや喜びの時であり、自分の欲望を満たすのではなく、寺院での奉仕活動や、仏陀の教えを世間に示すために専念する時でもあります。また、敬虔な仏教徒たちは、仏陀を礼拝するために寺院に足を運んだ信奉者たちに、軽食や精進料理(ベジタリアン・フード)を提供する腕を競い合います。

ブッダ・プールニマ(ヴェーサーカ)は、日本ではウエサク祭(または花祭り、降誕会など)として親しまれています。京都の鞍馬寺では、5月24日(25日の夜では満月を過ぎてしまうため、24日に行われます。)にウエサク祭の行事が行われます。
興味ある人は、足を運んで、仏陀の教えを学び、瞑想する良い機会にするとよいでしょう。
[1]Vesākha, http://en.wikipedia.org/wiki/Vesak

アクシャヤ・トリティヤ

本日、5月13日はアクシャヤ・トリティヤの吉日です。サンスクリット語でアクシャヤは「不朽の、不滅の」を、トリティヤは「3日目」を意味し、新月から3日目がこの時にあたります。
アクシャヤ・トリティヤは、毎年4月〜5月にかけて迎える、太陽と月の明るさがピークに達する日であると伝えられます。その明るさのように、物事の輝きと成功を願って、人々は事業や建設、ビジネスなど、ありとあらゆる物事をこの時に始めます。また、アクシャヤが「不滅の」という意味を持ち合わせるように、この日に願われ祈られた物事は終わることなく永遠に続いていくと言われ、多くの結婚式も執り行われます。
また、この吉日に身につけた貴重品は、朽ち果てることなく、幸運や成功を運び続けてくれると信じられ、多くの人々が金や銀を買い求めます。ヒンドゥー暦によると、この日は1年でもっとも吉兆な日のひとつにあたるため、新しい事業を始めたり、高価な買い物をする人々でインド中が溢れます。
アクシャヤ・トリティヤにおいては、何らかの寄付や贈与などの善行を行った場合、それが決して廃れることのない点で、重要な意味を持つとされます。そして、この大吉日にも神々との深い繋がりが多く存在しています。
アクシャヤ・トリティはトレーター・ユガ(悪が世界の4分の1を支配する時代)の開始日にあたるとされ、ヴィシュヌの第6の化身であるパラシュラーマの誕生日ともいわれます。
この日はヴィシュヌ神の崇拝がとりわけ熱心に行われます。ヴィシュヌ神のマントラを唱えること、プージャーを執り行うこと、これらによって、妃である富を授ける女神ラクシュミーが喜び、その恩恵が多くもたらされると強く信じられています。
また、富の神であるクベーラは、ラクシュミー女神と共にこの日、富と財を守る者としての地位をシヴァ神より授けられたとも言われます。
あらゆる障害を取り除き多くの恵みをもたらす神であるガネーシャ神は、叙事詩マハーバーラタをこの日に書き始めました。
本日は、一年の内でも最も吉兆な時にあたります。神々からの多くの祝福が皆さまのもとにも注がれますことを心よりお祈りしております。どうぞ吉兆な一日をお過ごしください。

ナヴァラートリ祭

祝祭が日常の中心にあるインドでは、これから春のナヴァラートリ祭を迎えようとしています。ドゥルガー、ラクシュミー、サラスワティーの3女神を、3夜に渡って祈り讃える「9日間の夜」は、毎年2度、夏と冬を迎える前に訪れます。自然の移り変わりと共に現れる心身の変化を見つめ、そして浄化をしながら、崇高な存在に心を定める神聖な時です。月齢に従うインドの暦では、2013年は4月11日から19日にあたります。
数ある祝祭の中でも、このナヴァラートリはとても好きな祝祭の一つにあたります。春から酷暑期へと移り変わる中で夜風を浴びる最も気持ちの良いひと時、自然と心は静まり、崇高な存在へと定まっていきます。そんな寂静の夜の中で、新月の次の日より始まるこの祝祭から、だんだんと月が満ちる変化を見つめることは、不変のものとそうでないものの境目をくっきりと描き出してくれるような神聖な瞬間であることを思い返します。
この9日間は毎夜、祈りと女神を讃える賛歌が響き渡ります。多くの人々が菜食となり、また敬虔な人々は食を断ちます。こうした感覚の統制は心身を浄化する手法の一つであり、また神と繋がる上で欠かすことのできない行いです。時に困難でもある感覚の統制は、心を神に定めることでいとも容易いものとなり、感覚は主の下に差し出された時、正しく機能を始めることを理解します。この9日間の祈りや断食は、まさに自己を主の下に捧げる行いであり、女神たちは偉大な力を使い私たちを正や善へと導きます。
こうして9日間が女神たちに捧げられるように、インドの社会において女性の持つ力は偉大です。正しい知識の欠如により、女性の立場が軽視される風潮が目立つ昨今であっても、古くからその偉大すぎる力は時に恐れられるほどに、女性たちの存在を崇めるものとしてきました。男神たちも、女神なしにその存在は完成しません。
女神たちは様々な姿をとって現れます。うっとりするほどの美しさから、時にはぞっとするほどの恐ろしさを見せる姿は、人々の内に潜む様々な心を表しています。女神たちを通じ見るものは、自分自身の心であるのかもしれません。
事実、ナヴァラートリの最初の3日間では、強力な戦士であり恐ろしく醜いほどの姿にも化身するドゥルガー女神を礼拝することによって自身の心の内に潜む不浄な要素を浄化します。その後の3日間、富や幸福、美といった恵みを授けるラクシュミー女神を礼拝し、自身の内を美徳で満たします。そして最後の3日間、叡智を授ける女神であるサラスワティー女神を礼拝することにより、無知を破り真実へと向かいます。
9日間を通じ、女神の様々な姿を見つめ自身の心と向き合った後、訪れるのがラーマ・ナヴァミ、ラーマ神の降誕祭です。ヴィシュヌ神の化身でもあるラーマ神は、正義や美徳の象徴であり、悪を倒す為に弓を持ち戦いに赴きます。9日間の夜を通し自身の内に気づきという光を灯すことによって、人は無知である暗闇、悪を倒します。そして、この正義の誕生という日に盛大なる祝福を捧げます。
そんな神聖な時がこのナヴァラートリ祭です。物が豊かになり、そして利便性が増した一方、現代社会において私たちは時間を欠き、幸せを見失っています。こうして自己と向き合い至福を探る時間が豊かにある社会、そして神と共に生きることが何よりも大切な行いであるこの文化には、やはり心を惹かれてなりません。これから迎える9日間が皆さまにとっても神聖な時となりますよう心からお祈りしております。
(文章:ひるま)

ホーリー祭

ホーリー祭はパールグナ月(2月から3月)の満月前夜から2日間に渡って祝福されます。その定義には様々な説がありますが、第一に、春の心地よい陽気な季節の中で作物が豊かに実り始め、人々が喜びに満ちているこの時、より良い収穫を迎えることができるよう祈りを捧げるための祝祭であると伝えられます。大自然とともに生きる人々の喜びと感謝の念が、このホーリー祭でも大きく示されています。
ホーリー祭にあたる満月の前夜には、街角や広場など、様々な場所で見上げるほどの大きな焚き火が熾され、そして翌朝の満月においては、色粉・色水の掛け合いに見られる喜びのクライマックスを迎えます。この日ばかりは、カーストも、貧富も、男女も、年齢も、いかなる差も存在しません。友人であろうと通りすがりの人であろうと、誰であっても平等に、外に出ればどこからともなく色粉・色水がかけられ、「ハッピー・ホーリー!」と言い祝福し合います。インドのニュースでは、多くの政治家たちの色粉にまみれた姿もまた映し出されるほど、老若男女、熱気と喜びに満ちた祝祭です。
そんなホーリー祭は、他の祝祭に比べあまり多くの伝説はなく、定められた儀式なども存在しないと言われています。しかし、精神性を育む言い伝えがやはり広く存在しています。有名な言い伝えでは、ヴィシュヌ神を心から崇拝するプラフラーダと、神から炎に焼かれないという恩寵を受けたホーリカーの話があります。
悪の手によって様々な災難に見舞われていたプラフラーダでしたが、ヴィシュヌ神からの強い加護を受け、ある時炎に入れられるも焼かれることはありませんでした。そしてプラフラーダと共に炎に入り、焼かれたのがホーリカーです。プラフラーダを守るために犠牲となったと神聖視される一方、自らに与えられた恩寵を利用しプラフラーダを焼き殺そうとした故、神の怒りに触れ炎に焼かれたと伝える説もあります。
満月の前夜に行われる大きな焚き火は、このホーリカーの勇敢な犠牲を讃える一方、別のホーリカーに見られる悪を焼き尽くす意味があるとも言われています。また、プラフラーダの神を思い続けるその信仰は、焼き尽くすようにいかなる悪をも寄せ付けません。この、悪に対する善の勝利を祝福する火が、この夜に大きく燃え上がります。
そして焚き火を終えた翌朝に行われる色粉・色水の掛け合いは、クリシュナとラーダーの戯れの中で生じたものと広く知られています。また、古典のラトナーヴァリーの中では、クリシュナ神につけられる情熱を意味する朱色粉が人々の間でもつけられるようになったことが始まりだとも言われ、クリシュナ神にまつわる神話が多く存在します。
また、シヴァ神にまつわる神話も存在します。世界を救うシヴァ神の子どもを授かるために、ヒマラヤで長い間深い瞑想に浸っていたシヴァ神の目を、愛の神であるカーマデーヴァが愛の矢を放ち開かせようと試みます。それを怒ったシヴァ神がカーマデーヴァを焼き殺した日がこのホーリーの日であったと言われます。南インドでは、シヴァ神の目を開かせたこのカーマデーヴァを、ホーリーの日に讃える慣習もあります。
どんな形であっても、この美しい春の時に人々の喜びが盛大に表されるのがこのホーリー祭です。人生とはカラフルで喜びに満ちていること、クリシュナ神の象徴がそのままに表されるこの祝祭では、憎しみも悲しみも見られることはありません。家族が共に集まり、悪が焼き尽くされた後の正しさや善の下であらゆるものが平等となるこの時は、どんなものにも代えがたい大いなる至福に包まれるように感じます。
2013年のホーリー祭は3月26日から3月27日にかけて祝福されます。日本でも、厳しい寒さの冬が終わり新しい季節が始まろうとしている吉兆な時、皆さまにも多くの祝福がありますことを心よりお祈りしております。
(文章:ひるま)




その他の動画
参照:http://www.holifestival.org/
http://en.wikipedia.org/wiki/Holi

マハー・シヴァラートリー

2013年3月10日(日)(日本時間では3月11日)は、マハー・シヴァラートリーの祭日です。
シヴァラートリーとは「シヴァの夜(ラートリー)または吉兆の夜」という意味です。シヴァラートリーは、毎月、満月から13日夜/14日目にあたります。しかし、特にパールグナ月(マーガ月となる地域もあります。2月〜3月)のシヴァラートリーは、マハー・シヴァラートリーと呼ばれ、一年の内でもっとも神聖な夜として知られています。
この夜、シヴァ神の信者たちは、断食をし、睡眠を絶ち霊性修行に励みます。シヴァラートリーは、月が満月から新月へと変化する境目です。充ち満ちた欲望(月)がやがて消滅していくように、満月から新月へと変化するシヴァラートリーの日に霊性修行に励むことで、欲望を滅し、解脱へと至る精神力が獲得できると信じられてきました。
シヴァラートリーの日は、シヴァ神を崇めるもっとも神聖な日です。この日には、シヴァリンガムを崇めたり、あるいは、シヴァ神の御名やルドラムを唱えたり、バジャンを歌ったり、瞑想を行うことがすすめられています。またルドラークシャを身に着けるのにもっとも適した日であるとも言われています。シヴァ・パンチャクシャラ・マントラ(オーム・ナマ・シヴァーヤ)も、この日に唱えることで、大きな功徳をもたらすといわれます。
シヴァラートリーの日には、さまざまな言い伝えが残されています。
この日、シヴァ神はパールヴァティー女神と結婚をしたと言われています。シヴァとシャクティとの永遠の合一である非常に吉兆な日です。シヴァ神はエネルギーの原始であり、シャクティと共に創造者として、そしてマハーカーラとしては破壊者でもあります。
またシヴァ神が保護と維持、そして破壊のダンス「タンダヴァの踊り」を舞い、宇宙を創造したのも、この日であると言われています。
猛毒ハーラーハラが世界を焼き尽くそうとしたとき、神々の願いに応え、シヴァ神はハーラーハラの猛毒を飲みほし、世界を救いました。ハーラーハラは、シヴァ神にとっても強大な猛毒であったため、シヴァ神の首が猛毒で青くなり、このためにシヴァ神は、ニーラカンタ(ニーラ[青]カンタ[首])と呼ばれるようになった話は有名です。
シヴァ神にはさまざまな特性があり、マハーヨーギーとして、チャンドラシェーカラとして、ガンジス河の始まりとして、そして彼こそがこの宇宙のタントラ(テクニック)を理解する唯一のアゴーラ(シヴァの別名)でもあるとして知られています。彼は、マハーデーヴァなのです。
深い献身と共に、このマハー・シヴァラートリーの夜にマハーデーヴァを崇拝する信者たちに、シヴァ神はその至福から信者たちが望む結果を与えます。従って、あらゆる面での障害や苦難を取り除くため、この吉兆な夜に、人々は信心深くシヴァ神を崇拝するべきだと言われています。
多くの人々はこの日、早朝に体を清め、シヴァ神に心を定め一日を過ごします。断食を行う人々も少なくありません。未婚の女性たちはシヴァ神のような夫を授けられるよう、また既婚の女性たちは夫の健康と至福を願い、断食を行います。人々は夜にはシヴァ神を祀る寺院を訪れ、夜通しで賛歌を捧げ、祈り、シヴァ神を讃え瞑想します。家庭においても、夜には家族が集まりシヴァ神を讃えるプージャーが執り行われます。
この最も吉兆な夜が、皆さまにとっても祝福に満ちたものとなりますようお祈りしております。

ヴァサント・パンチャミー2013

2013年2月15日にインドはヴァサント・パンチャミーを迎えます。
ヴァサントとは、「春」の意味で、このお祭りは、春の到来を祝うお祭りです。光の祭典であるディーワーリーは富の女神ラクシュミーを祀り、ナヴァラトリーはドゥルガー、そしてヴァサント・パンチャミーは、学問と芸術の女神であるサラスワティーを祀るお祭りにあたります。
 ヒンドゥー教では、サラスワティー女神は、このヴァサント・パンチャミーの日に生まれたとされ、この日、盛大に祝福されます。
このお祭りでは、黄色が特に重要な意味を持ちます。黄色は、春の作物がたわわに実ることをあらわしています。この日、サラスワティー女神は黄色の衣装を装い祝福されます。またそれを祝う人々も黄色の服を着て、人々にふるまわれるお菓子なども黄色、食べ物もサフランなどで黄色に色づけがされています。
サラスワティー女神は、ブラフマー神と同じように、インドでは寺院の数も少なく、あまり大々的に礼拝されることのない女神です。しかし、この祭日には、インドの学生はペンやノートをサラスワティー女神の像の前に置いて、学業の成就を祈願します。またこの祭日を設立日としている教育機関も少なくありません。
日本ではこの時期、受験シーズンにあたりますが、受験を控えた方々は、この祭日にあわせて弁財天に合格祈願されるのもよいかもしれません。
ここでは、ヴァサント・パンチャミーについて、アーチャーリヤ・サティヤム・シャルマ・シャーストリ氏の解説をご紹介いたします[1]。

 『ヴァサント・パンチャミーは、学問の女神であるサラスワティーに捧げられるお祭りです。マーガ月(1月〜2月)の新月から5日目が、ヴァサント・パンチャミーにあたります。世界中のヒンドゥー教徒は、熱心にこの祭日をお祝いします。この祭日は、サラスワティーの誕生日だと信じられています。
 この祭日では、黄色が特別な意味を持つことになります。サラスワティーの女神像は、黄色の衣服で飾り付けられて礼拝されます。また人々も、この日は黄色の衣服を着るようにしています。親類や友人の間では、黄色のお菓子などが贈られます。
 中には、この日は僧侶に食事を与える人もいます。また先祖供養(ピトリ・タルパン)を行ったり、愛の神であるカーマ・デーヴァを礼拝する人もいます。
 子どもたちにとっては、学習を始めるのに最適な日であることから、アルファベットを学ぶ初日になります。そして、学校、大学などの教育機関は、サラスワティー女神への特別な礼拝を行います。パンディット・マダン・モーハン・マラヴィヤ氏は、バナーラス・ヒンドゥー大学をこの日に創設しました。今では、世界的に有名なトップクラスの教育機関となっています。
 ヒンドゥイズムでは、マカラ・サンクラーンティや、ヴァサント・パンチャミーのように、宗教的な祭事を季節に織り込むことを特に重要視しています。人々は、個人の信条や願望に応じて、家庭の主宰神(イーシュタ・デーヴァータ/デーヴィー)を礼拝する傾向があります。また一般に人々は富や権力を求める傾向にあります。カリ・ユガ(現在)の時代では、お金(富、権力、名声)の追求が、ほとんどの人々の主目的になっています。まるでお金が神のように崇められています。
 しかし、分別のある人々は、霊的な啓蒙のために、サラスワティー女神を礼拝します。彼らによると、王と学識ある人(霊的に優れた人)との間には何の違いもありません。王は、王国の中では敬意を払われますが、学識ある人は、どこに行っても敬われます。高徳の人、霊的な進歩に邁進する人々は、サラスワティー女神への礼拝を非常に重視します。
 サラスワティー、ラクシュミー、ドゥルガーの三女神に割り当てられた乗り物は、彼女たちの特別な力を象徴しています。サラスワティー女神の乗り物である白鳥は、サットヴァ・グナ(清浄と識別の要素)を象徴します。ラクシュミー女神のフクロウ、そしてドゥルガーのライオン(虎)は、それぞれタマス(暗質)とラジャス(激質)を象徴しています。
 ヴァサント・パンチャミーは、これに続くお祭りであるホーリー(2013年3月26日〜27日)の前兆になっています。季節は次第に変化し、春の到来が感じられてきます。木々は新芽を出し、森や草原では新しい生命が息吹き始めます。自然は、マンゴーの木に花を咲かせ、小麦や作物は、新しい生命に活力を与えます。
 ヴァサント・パンチャミーは、季節感、社会的意義と敬虔さに満ちた祭日です。新しい季節の到来を胸に、世界中のすべてのヒンドゥーによって盛大に祝福されます。』

サラスワティー女神の祝福のもと、霊的知識に恵まれ、豊かな時間を過ごすことができますよう、お祈り申し上げます。


参考:
[1]Vasant Panchami, http://www.hinduism.co.za/vasant.htm

マカラ・サンクラーンティ

本日1月14日はマカラ・サンクラーンティです。マカラ・サンクラーンティは、春の到来を告げる収穫祭であり、インドに限らず、東南アジアの国々でもお祝いされる盛大なお祭りです。
マカラとは「山羊座」、サンクラーンティとは「変遷」のことであり、この日より太陽が山羊座に入ることから、マカラ・サンクラーンティと呼ばれています[1]。
マカラ・サンクラーンティは日本でいう冬至にあたり、昼がもっとも短い日であり、この日から太陽は北方への回帰を始めます(ウッタラーヤナ)。
緯度の違いから、日本では例年12月22日頃がそれにあたります。
インドの聖典「バガヴァッド・ギーター」では、ウッタラーヤナについて次のように述べられています[2]。
「火、光明、昼、白月、太陽が北に向かう六ヶ月。そこにおいて、逝去したブラフマンを知る人々はブラフマンに達する。(8.24)」
インドでは太古よりウッタラーヤナの期間中に肉体を去ることは、成就に至るために重要であると考えられてきました。
そのためマハーバーラタの英雄として知られるビーシュマは、この吉兆の時に死ぬことを望み、ウッタラーヤナが訪れるまで、矢でできた臥床で死を待ったといわれます。
マカラ・サンクラーンティの吉日では、インド各地において、朝早くから沐浴をし、祈りを捧げ、太陽の恵みに感謝し、豊作を祈願します。
また精神的な恵みを得るためにも重要な吉日であると考えられています。
プラーナ文献では、マカラ・サンクラーンティから1ヶ月間、太陽神スーリヤが息子である土星神シャニの家を訪れると述べています。
山羊座は、インド占星術における土星神シャニが支配する星座です。
父スーリヤとその息子シャニは、いつもはあまり仲が良くありませんが(敵対星座)、父スーリヤが1ヶ月間、息子シャニの家に来ることにより、お互いの関係を確かめ合います。
これは占星術的には、一般の父と息子の関係にとっても重要な意味があるととらえられています。
息子にとっては、父を快く受け入れることで、よりよい家族関係を築くのに重要な時期であるといわれます[3]。
また太陽が北へ向かう6ヶ月の間(冬至から夏至の間)、ここから神々の昼が始まるとして、多くの祭事はこの期間を中心に行われることになります。
太陽が南へ向かう6ヶ月の間(夏至から冬至の間)は、神々の夜にあたる時期と考えられ、ギーターでは、「そこにおいて、逝去したヨーギンは月光に達してから回帰する。(8.25)」と、忌み嫌われている時期であることが窺えます。
しかし、ガンディーが「無執着ヨーガ」の中で、「信愛に従い、ひたすら無執着の行為を行い、真理を見た者は、いつ死のうとも解脱を勝ち得る。」と述べているように[4]、真理とともに生きている人々にとっては、毎日がマカラ・サンクラーンティのような吉日であるといえるのかもしれませんね。
太陽の恵みを感じやすくなるこの時期、皆さまに大きな恵みがありますように。
Reference
[1] Sankranthi, Wikipedia, http://en.wikipedia.org/wiki/Makar_Sankranti
[2] 上村勝彦訳,バガヴァッド・ギーター,岩波文庫,1992
[3] Makar Sankranti Festival, http://www.vmission.org/hinduism/festivals/sankranti/
[4] 赤松明彦著,『バガヴァッド・ギーター』神に人の苦悩は理解できるのか?,岩波書店,2008

光の祭典−ディーワーリー(ディーパーヴァリー)

2012年11月13日(インド時間。日本時間では14日)は、ヒンドゥー教の三大祭のひとつであるディーワーリーの祝日です。このお祭りは、別名ディーパーヴァリーともよばれ、サンスクリット語では「光の列、夜のイルミネーション」を意味します。
この祭典期間中は、ろうそくや煌びやかな照明がインド全国の街中で灯され、その美しさはおおくの人々を魅了します。
このお祭りは、以下のように解説されています[1]。
「ディーパーヴァリーは「光の祭典」として知られ、正義が悪に打ち勝った象徴である。ランプには、その勝利の祝福と人類の希望の記として、灯が点される。ディーワーリーまたはディーパーヴァリー(陶器製のランプの列)を祝う理由は、ラーマが宮殿から追放され14年間を森で暮らす間に、シーターを奪った羅刹王ラーヴァナを殺し、凱旋したラーマを祝福するためである。ラーヴァナを殺した日は、ダシャラー(ディーワーリーの19〜21日前日)として祝われる。祭典は、光とランプに焦点がおかれ、地域によっては、花火が打ち上げられるところもある。
ディーパーヴァリーは、ヒンドゥー暦のアーシュヴィン月に6日間連続で祝われる。おおよそ10月あるいは11月に行われるが、インドでは、もっとも人気があり、待ち望まれている祭典のひとつである。ヒンドゥー教徒、ジャイナ教徒、シーク教徒は、この祭典を、人生の祝福、そして家族と社会の絆を深めるために祝う。ジャイナ教徒にとっては、もっとも重要な祭典であり、ジャイナ教暦では新年にあたる。またシーク教徒にとっても、信仰上重要な祭典である。
・ヒンドゥー教における意義
祭典は、悪に対する正義の勝利を象徴する。サンスクリット語のディーパーヴァリーは、光が暗闇に勝利したことをあらわす光の列を意味する。サンスクリット語の知識が廃れるにしたがい、特に北インドでは、名称が一般にディーワーリーと変化した。
ディーワーリーの日は、多くの人は新しい服を身につけ、お菓子を分け合い、爆竹を鳴らす。北インドの経済界では、事業年度はディーワーリーの日に開始され、新しい商業帳簿はこの日から付けられる。
ヒンドゥーでは、この祭典を祝う理由を、次のようにいくつか挙げている。
・スカンダ・プラーナによると、女神シャクティは、シヴァ神の半身を手に入れるために、シュクラ・パクシャのアシュタミー(月が満ちる時)から21日間の苦行を行った。この誓願(ヴラタ)は、ケーダラ・ヴラタとして知られる。ディーパーヴァリーは、この苦行が完了した日である。この日、シヴァ神は左半身にシャクティを受け入れ、アルダナーリーシュヴァラとして顕現した。熱心な帰依者は、空間を意味するカラシャと呼ばれる容器に21本の紐を入れ、35日間21種類の供養を行う。最終日はケーダラ・ガウリー・ヴラタとして祝われる。
・ディーワーリーは、アヨーディヤの王ラーマが羅刹王ラーヴァナを殺し、シーターと弟のラクシュマナとともに、アヨーディヤへと凱旋した祝いでもある。道に沿ってオイルランプに灯りを点すことで、暗闇にある人々の道を照らすと信じられている。北インドでは、祭典はヴィクラム暦の最終日に行われる。次の日は北インドの新年にあたり、アンナクットと呼ばれる。
・クリシュナの妻のひとりであるサティヤバーマーによって、大破壊をもたらした悪鬼ナラカースラ(地獄のアスラの意味)が倒された祝日。クリシュナのアヴァターの時代であるドゥヴァーパラ・ユガにもたらされた。別の解釈では、悪鬼はクリシュナ自身に倒されたともいわれる。南インドでは、シャリヴァハナ暦にしたがうため、ディーワーリーの新年は一致しない。
(以下略)」
地方によっては、女神ラクシュミーをお祀りするところなどもあるようです。この日はインドの習慣にならって、ランプに灯を点し正義の復興を願ったり、日頃お世話になっている人々に贈り物をしてみるのもよいかもしれませんね。
※新月と重なるディーワーリーは、インドでは11月13日となりますが、日本時間では11月14日となります。
出典
[1] Wikipedia “Diwali”, http://en.wikipedia.org/wiki/Diwali

ナヴァラートリ祭

ナヴァラートリとは、ドゥルガー、ラクシュミー、サラスワティー女神をお奉りするヒンドゥー教の三大祭典のひとつです。「ナヴァ」はサンスクリット語で9をあらわし、「ラートリ」は夜を意味します。したがって、ナヴァラートリとは、9日間の夜となります。この祭典は、春と秋の年2回、9日間にわたって行われます。ヒンドゥー教のカレンダーでは、月齢にしたがっているために毎年開催時期が多少前後しますが、今年は10月16日から10月23日まで行われます。
ナヴァラートリの9日間は、礼拝する神さまに応じて、3日間ずつに分けられます。はじめの3日間は、わたしたちの心の中に潜む不純物や悪徳、欠点を破壊するため、強力な戦士でもあるドゥルガー女神を礼拝します。次の3日間は、すべての帰依者に尽きることのない富と幸福を授けるといわれるラクシュミー女神を礼拝します。そして、最後の3日間は、創造主ブラフマーの妻であり、学問と芸術、そして叡智を授ける女神であるサラスワティー女神を礼拝します。わたしたちは人生のさまざまな局面で、神々からの祝福を求めて、3つの側面をもつそれぞれの女神さまにお祈りを捧げます。そのために、この祭典には9日間が費やされます。
ナヴァラートリの期間中、真摯な帰依者の中には、断食をしながら、健康や繁栄を願って祈りを捧げる人々もいます。じぶん自身の日々の生活を見つめ直して、人生の向上につながる新しい習慣をはじめるには、昔からナヴァラートリはこの上ない吉祥の日であるといわれています。
10月24日に行われるナヴァラートリの第10日目は、ダシャラー(Dussehra)と呼ばれる吉日です。この日には、ラーヴァナという悪魔をかたどった像が燃やされ、ラーマに主導される善の勢力が、悪に打ち勝った日として盛大に祝われます。
ナヴァラートリは、自身の内面に潜む不浄な傾向を克服するために、非常に重要な期間とされています。この神聖な期間を活かして、かつてラーマが悪鬼ラーヴァナに勝利したように、わたしたちの内面に潜む悪魔を討ち滅ぼすことができるよう日々を過ごされてみるとよいでしょう。
参照
[1] “Navaratri” from Wikipedia, Free encyclopedia, http://en.wikipedia.org/wiki/Navratri
※文化や慣習によってインドでは暦に少しずつ差が生じ、今年2012年は、グジャラート州とマハーラーシュトラ州では3日目と4日目が同じ日に、北インドや他地域におきましては、4日目と5日目が同じ日となります。ティティ(インドやチベットにおける時間の単位)が現行の太陽暦において同じ日に生じるためとされています。このため、数えでは8日間となっています。

ガネーシャ降誕祭

2012年9月19日は、障害を取り除き、不正な性質を正す神さまとして知られるガネーシャ神の降誕祭(ガネーシャ・チャトゥルティ)です。
インドの霊的指導者であり、シヴァーナンダ・ヨーガで知られるスワミ・シヴァーナンダ氏は、解脱にいたるためのもっともシンプルな方法として、次の3つの方法を挙げています[1]。
1.否定的で不道徳な性質を取り去り、肯定的で霊的な性質を養うこと。
2.あらゆる活動の最中に、常に神のことを思うこと。
3.すべての活動を、神のおみ足に捧げること。
否定的で不道徳な性質には、さまざまなものがありますが、聖ラーマクリシュナの霊性のパートナーであるサーラダー・デーヴィーは、この性質の一例として、他人の欠点を見ることを挙げて、次のように述べています。
「愛しい子よ、他人の欠点を見るのは止めなさい。人生はとても短いもので、自身の欠点を取り除くにも十分な時間はありません。自身の内面を見つめ、悪い性質を省みれば、とても多くの欠点に気がつき、それだけで時間がなくなってしまいます。人生のすべての時間を費やしても、私たち自身の欠点を取り除くのに十分ではありません。あなた自身の家の掃除を始めずに、他人の欠点を拾い集めるならば、あなたは何も変わることはないでしょう。」
では、このような性質を取り除くためには、どのような方法があるでしょうか。サーラダー・デーヴィーは次のような祈りを提案しています。
「神よ、私は他人の欠点に目がいってしまいました。今までは、それが自身の性格に染みついていたため、障壁の原因となっていることに気がつきませんでした。私は、この習慣を改めて、神聖な性質を身につけます。今日から、誰の欠点も見ないようにします。私は、自身の崇高な目標から、心をそらさないようにします。私は古くから心に染みついたこの習慣を改めます。今後は、このような過ちを犯すことはありません。霊的な成長を阻害するマーヤー(幻力)に、私は心を許しません。神よ、どうかこのための力をお授けください。」
ガネーシャは、障害を取り除き、不正な性質を正す神さまとして知られています。そのため、このような悪習や不道徳な性質を取り除くために、大きな力を貸してくれる神さまとなります。
ガネーシャ・チャトゥルティは、新たなものごとの始まりに、願を立てて祈りを捧げるのに最適な吉日です。高い志をもって祈りを捧げれば、ガネーシャ神は、きっと祝福してくれるでしょう。
ガネーシャ・チャトゥルティの吉日、ガネーシャ神があらゆる障害を取り除く助けとなって、皆さまがより良い人生を歩めますように、心よりお祈り申し上げます。
参考
[1]Sri Swami Chidananda, “A Good Beginning”, http://www.dlshq.org/religions/ganeshchatur.htm