ナヴァラートリ祭

ナヴァラートリとは、ドゥルガー、ラクシュミー、サラスワティー女神をお奉りするヒンドゥー教の三大祭典のひとつです。「ナヴァ」はサンスクリット語で9をあらわし、「ラートリ」は夜を意味します。したがって、ナヴァラートリとは、9日間の夜となります。この祭典は、春と秋の年2回、9日間にわたって行われます。ヒンドゥー教のカレンダーでは、月齢にしたがっているために毎年開催時期が多少前後しますが、2014年は9月25日から10月3日まで行われます。
ナヴァラートリの9日間は、礼拝する神さまに応じて、3日間ずつに分けられます。はじめの3日間は、わたしたちの心の中に潜む不純物や悪徳、欠点を破壊するため、強力な戦士でもあるドゥルガー女神を礼拝します。次の3日間は、すべての帰依者に尽きることのない富と幸福を授けるといわれるラクシュミー女神を礼拝します。そして、最後の3日間は、創造主ブラフマーの妻であり、学問と芸術、そして叡智を授ける女神であるサラスワティー女神を礼拝します。わたしたちは人生のさまざまな局面で、神々からの祝福を求めて、3つの側面をもつそれぞれの女神さまにお祈りを捧げます。そのために、この祭典には9日間が費やされます。
ナヴァラートリの期間中、真摯な帰依者の中には、断食をしながら、健康や繁栄を願って祈りを捧げる人々もいます。じぶん自身の日々の生活を見つめ直して、人生の向上につながる新しい習慣をはじめるには、昔からナヴァラートリはこの上ない吉祥の日であるといわれています。
10月4日に行われるナヴァラートリの第10日目は、ダシャラー(Dussehra)と呼ばれる吉日です。この日には、ラーヴァナという悪魔をかたどった像が燃やされ、ラーマに主導される善の勢力が、悪に打ち勝った日として盛大に祝われます。
ナヴァラートリは、自身の内面に潜む不浄な傾向を克服するために、非常に重要な期間とされています。この神聖な期間を活かして、かつてラーマが悪鬼ラーヴァナに勝利したように、わたしたちの内面に潜む悪魔を討ち滅ぼすことができるよう日々を過ごされてみるとよいでしょう。
参照
[1] “Navaratri” from Wikipedia, Free encyclopedia, http://en.wikipedia.org/wiki/Navratri

オーナム祭

2014年9月7日はオーナム祭です。南インド・ケーララ州において祝福される、年に一度の盛大な祝祭です。
オーナム祭は、王国を追われたマハーバリ王が、愛する国民たちの下へ戻る日、またそのマハーバリ王が解脱を得た日として祝福されるものです。
遠い昔、言い伝えによれば、マハーバリ王の下で人々は幸せで平等であったと言われています。それでも王が国を追われたのは、彼がアスラだからでした。しかし、王の信心深さや献身さが神の心に留まり、命を奪われることなく今でも下界で密やかに暮らし、年に一度、愛する国民の下へと戻ると信じられています。
様々な言い伝えがある中で、人々のために尽くし、人々からも愛されたマハーバリ王が神によって王国から追放されたのは、アスラであるということと共に、大きな自我があったからだと述べられています。独占欲や誇りの下では、誰も真の至福を得ることはできないと神は見抜いていたのかもしれません。
しかし、マハーバリ王は年に一度、愛してやまない国民の下へ戻ること条件に、自らを犠牲とし国民を守りこの世界を去っていきます。自我を捨て、全体と一つになることを最後に望んだのです。それはまさに王の解脱です。
精神性を説く教えの中で、全体である神との一体は究極の至福です。人は小さな個人の自我に生きているのではありません。私たちが生涯で理解すべくこととはただ一つ、自分は神という全体と一つであるということに他はなく、その事実を理解するために、私たちは今、この世に生を受け歩みを続けています。
「私」から始まり「全体」で終わる旅路を、マハーバリ王は辿りました。万物が生まれ、万物が戻る場所。至福を感じ、安らぎを得る場所。神の他にないその場所は、永遠でいて真の住まいです。 マハーバリ王はその住処を見つけたに違いありません。そしてその歩みはまさに、人が歩むべく道のりを示しているのだと気づかされます。
マハーバリ王が今年も愛する国民の下へ無事に戻れるよう、そして人々の道が真の住処へと向かうものであるよう祈りながら、このオーナム祭を祝福したいと感じています。
(文章:ひるま)

ガネーシャ降誕祭

2014年8月29日は、障害を取り除き、不正な性質を正す神さまとして知られるガネーシャ神の降誕祭(ガネーシャ・チャトゥルティ)です。
インドの霊的指導者であり、シヴァーナンダ・ヨーガで知られるスワミ・シヴァーナンダ氏は、解脱にいたるためのもっともシンプルな方法として、次の3つの方法を挙げています[1]。
1.否定的で不道徳な性質を取り去り、肯定的で霊的な性質を養うこと。
2.あらゆる活動の最中に、常に神のことを思うこと。
3.すべての活動を、神のおみ足に捧げること。
否定的で不道徳な性質には、さまざまなものがありますが、聖ラーマクリシュナの霊性のパートナーであるサーラダー・デーヴィーは、この性質の一例として、他人の欠点を見ることを挙げて、次のように述べています。
「愛しい子よ、他人の欠点を見るのは止めなさい。人生はとても短いもので、自身の欠点を取り除くにも十分な時間はありません。自身の内面を見つめ、悪い性質を省みれば、とても多くの欠点に気がつき、それだけで時間がなくなってしまいます。人生のすべての時間を費やしても、私たち自身の欠点を取り除くのに十分ではありません。あなた自身の家の掃除を始めずに、他人の欠点を拾い集めるならば、あなたは何も変わることはないでしょう。」
では、このような性質を取り除くためには、どのような方法があるでしょうか。サーラダー・デーヴィーは次のような祈りを提案しています。
「神よ、私は他人の欠点に目がいってしまいました。今までは、それが自身の性格に染みついていたため、障壁の原因となっていることに気がつきませんでした。私は、この習慣を改めて、神聖な性質を身につけます。今日から、誰の欠点も見ないようにします。私は、自身の崇高な目標から、心をそらさないようにします。私は古くから心に染みついたこの習慣を改めます。今後は、このような過ちを犯すことはありません。霊的な成長を阻害するマーヤー(幻力)に、私は心を許しません。神よ、どうかこのための力をお授けください。」
ガネーシャは、障害を取り除き、不正な性質を正す神さまとして知られています。そのため、このような悪習や不道徳な性質を取り除くために、大きな力を貸してくれる神さまとなります。
ガネーシャ・チャトゥルティは、新たなものごとの始まりに、願を立てて祈りを捧げるのに最適な吉日です。高い志をもって祈りを捧げれば、ガネーシャ神は、きっと祝福してくれるでしょう。
ガネーシャ・チャトゥルティの吉日、ガネーシャ神があらゆる障害を取り除く助けとなって、皆さまがより良い人生を歩めますように、心よりお祈り申し上げます。
参考
[1]Sri Swami Chidananda, “A Good Beginning”, http://www.dlshq.org/religions/ganeshchatur.htm

クリシュナ降誕祭

2014年8月17日、18日はクリシュナ神の降誕祭です。
クリシュナ降誕祭には、クリシュナ・ジャヤンティ、クリシュナ・ジャンマーシュタミー、ゴークラーシュタミー、クリシュナーシュタミーなどさまざまな名称があります。
クリシュナ降誕祭は、南インドやインド西部、インド東部では8月17日に、北インドの多くでは8月18日に行われるなど、地域や教派によって行われる日程が異なります。
これは、伝統的なインド占星術によると、クリシュナ神の誕生日が、シュラヴァナ月の2回目の満月から新月に向かう8日目(アシュタミー)で、月の星座(ラーシ)がヴリシャバ(牡牛座)、ナクシャトラがローヒニーであることに由来します。
クリシュナ降誕祭は、上記すべての条件が揃う必要がありますが、多くのヒンドゥー教派の暦では、すべてが一致することがほとんどありません。
教派によっては、満月から新月に向かう8日目(アシュタミー)を重視するところもあれば、ナクシャトラがローヒニーであることを重要視する教派もあります。そのため、ヒンドゥー教派ごとに、独自の基準を設けて、クリシュナ神の降誕祭を祝うため、地域や教派によって、日程に違いが生じるようです[1]。
ところで、クリシュナ降誕祭の日に、もっとも重要とされるマントラは、「オーム ナモー バガヴァテー ヴァースデーヴァーヤ」といわれます[2]。この日は、バジャンやキールタン、また瞑想や断食を行い、クリシュナを念想しながら神聖な1日を過ごします。
またこの日にできるもっとも簡単で偉大なクリシュナ神への礼拝は、バガヴァッド・ギーターを読むことであるといわれます。
バガヴァッド・ギーターを読むことは、クリシュナの偉大な教えを私たちに思い起こし、クリシュナを讃える最高の礼拝方法であるとされています。
また以下のような簡潔なクリシュナ・プージャーを行う事もできます[3]。
1.身体を洗い清め、静かで清浄な場所を用意します。
2.クリシュナ神とガネーシャ神の像や絵画を設置します。
3.ランプと花・果物・お菓子をお皿に用意します。
4.ガネーシャ神に祈りを捧げます。
5.心を落ち着かせるために、数分間瞑想します。
6.ランプに火を灯します。
7.クリシュナ神への瞑想または祈りを捧げます。
8.花を捧げ、お香を焚きます。トゥラシーの葉があればベストです。また花を捧げるときに、ベルを鳴らしても良いでしょう。
9.「オーム・ナモー・バガヴァテー・ヴァースデーヴァーヤ」あるいは「オーム・ナモー・ヴァースデーヴァーヤ・ナマハ」のマントラを唱えます。
10.このとき、用意した果物やお菓子、食物を捧げます。その後、聖水をふり撒いても良いでしょう。
11.この後、数分間瞑想するか、バガヴァッド・ギーターを読んだりして、神聖な時を過ごします。
プージャーの後は、果物やお菓子は、プラサード(神のお下がり)として、皆でいただくことができます。
クリシュナは、ギーターの中で、行為のすべてを彼に捧げ、彼を信愛することの大切さを説いています。魅力溢れる彼の人生を学び、クリシュナへの想いで、この神聖な1日を過ごすことができれば、クリシュナはきっとその想いに応えてくれるに違いありません。
皆さまにクリシュナ神の祝福がありますように。
[1]”Why is Sri Krishna Jayanti celebrated on two different days?”, http://www.hindu-blog.com/2007/08/why-is-sri-krishna-jayanti-celebrated.html
[2]”Significance of Sri Krishna Jayanti”, http://www.hindu-blog.com/2007/09/significance-of-sri-krishna-jayanti.html
[3]”How to do a Simple Shri Krishna Puja?”, http://www.hindu-blog.com/2008/08/how-to-do-simple-shri-krishna-puja.html

ラクシャ・バンダン

2014年8月10日は、ラクシャ・バンダンの祝日です。ラクシャ・バンダンについての簡単な解説を、以下Raksha-Bandan.comよりご紹介させていただきます。
ラキ:愛の紐
ラキは、兄弟・姉妹の愛情で彩られた神聖な紐のお守りです。ラクシャ・バンダン(守護を結ぶの意味)として知られるこの日は、ヒンドゥー暦におけるシュラヴァナ月の満月の日に祝われます。一筋の紐に過ぎないラキは、 愛と信頼の固い絆の中でもっとも美しい関係を結ぶとき、鉄の鎖より強いとみなされます。 また、誰もが助け合い、仲良くするべきという概念を広めるために、ラキの祝日は社会的な意義があります。
伝統と習慣
ラクシャ・バンダンの祝日は、兄弟・姉妹間で分かち合う愛情に捧げられます。 この日、姉妹たちは、兄弟の長寿と祝福を神に祈ります。姉妹たちは兄弟たちに美しいラキを贈り、兄弟たちはこの世界の悪から姉妹たちを守ることを約束します。この習慣は古くからあり、ここで行われる儀式は地域によって異なりますが、その美しい意義はどこにおいても変わることはありません。
ラキの意味
調和をもたらし、家族をひとつにまとめるために、ラキの祝日には大きな意味があります。ラキは、兄弟・姉妹間の愛、すなわち彼らが子供の頃から共有している愛の絆を表しています。 ラクシャ・バンダンを祝う習慣は遙か昔に遡り、今なお、人々は伝統的な方法でその愛情を表現しようとしています。ラキは、古い時代から、兄弟・姉妹間の愛の絆を強く結びつけてきたのです。
ラキのお祝い
ラクシャ・バンダンのお祝いは、兄弟・姉妹間の穢れのない愛を表す祝日です。 古くから、この祝日は歓喜をもって祝福されてきました。ラキは兄弟・姉妹間の無条件の愛の証です。 女性たちは、少なくとも祝日の2週間前から準備を始めます。その一日を特別な日にするために、人々はラキや贈り物、ラキ・プージャーのプレート、お菓子などを買います。 これはまた、この神聖な祝日を祝うために家族が集まるという一つの機会にもなります。愛する人々の間での贈り物は、この特別な日を心に残る美しい思い出にしてくれます。
出典:Raksha Bhandan, http://www.raksha-bandhan.com/
より翻訳転載

ナーガ・パンチャミー

神聖なシュラヴァナ月における祝祭の一つに、ナーガ・パンチャミーと呼ばれる蛇神を讃える祝祭があります。蛇にまつわる神話は世界に広く存在しますが、インドでもまた、その存在が深遠な意味合いを映し出しています。
インドでは広く、蛇は多産や豊穣の象徴とされ、また脱皮を繰り返す姿が輪廻と不死の象徴として崇められてきました。宇宙を維持するヴィシュヌ神は、永遠を意味する「アナンタ」という大蛇に横たわり眠っています。私たちの内に存在する根源的な生命エネルギーもまた、尾てい骨に蛇のようにとぐろを巻いて眠っていると言われます。「クンダリニー」と称されるそのエネルギーは、古代より、多くの探求者がその覚醒に努めてきたものに他ありません。
一方で、シヴァ神もまた蛇と共に描かれます。一説には、シヴァ神の首にぐるりと三周巻きついた蛇の姿が、過去、現在、未来の三つのサイクルを象徴していると伝えられています。それは、心の動きによって生じる過去や未来という「時」を超越した、永遠の存在であることを示しているのだと言います。心を克服し、本質である崇高でいて永遠の存在と一つになるというヨーガの究極の目的を、最大のヨーガ行者であるシヴァ神が静謐に物語っています。
この時期に祝福されるナーガ・パンチャミーは、モンスーンに入り水かさが増え、さ迷い出る蛇の被害を受けないよう祈りを捧げたことが始まりだとも伝えられます。蛇は神聖視される一方で、くねくねと動き回る姿、また毒を持つ危険性が、人々の心のように映ります。そんな蛇を自身に巻きつけるシヴァ神は、心に打ち勝ち、永遠の真実に定まる至福を私たちに示しています。
自身の内に眠るとぐろを巻く真のエネルギーの覚醒は、その内を克服し脱皮した時に初めてあらわれるのかもしれません。この神聖な時、古代の叡智が示す象徴を通じ、改めて求めるものを見つめ直す瞬間にいるような気持ちです。叡智は常に、人々を導き続け、真実を明るく照らしています。その光の下で、心のあるべく場所をしっかりと示し、永遠の至福を自分自身の存在に映し出していきたいと感じています。
※ナーガ・パンチャミーは地域によって差異が生じますが、主な地域では2014年8月1日に祝福されます。
参照:http://en.wikipedia.org/wiki/Nag_Panchami

シュラヴァナ月

シュラヴァナ月がとりわけ神聖な月とされるのには、ヒンドゥー教の天地創造神話である「乳海撹拌」が起こったからであると一説に信じられています。
この乳海撹拌には、シヴァ神が別名「ニーラカンタ:青い喉」と呼ばれるようになった理由が存在しています。
大昔、不死の霊薬アムリタを得るため、神々と悪魔たちが協力し海を撹拌したという話がインドには伝わります。これが乳海撹拌です。
この創造神話において、さまざまな財宝が生み出されます。後にヴィシュヌ神の妻となるラクシュミー女神、またアーユルヴェーダの神であるダンヴァンタリ神は、この時に霊薬アムリタを持って登場します。
このような財宝が生み出されながらも、同時に、世界を焼き尽くす猛毒ハーラーハラも吐き出されてしまいます。その猛毒が世界に広まらないよう全て飲み干したのが、シヴァ神でした。
猛毒がシヴァ神の喉へと流れ込むも、妻のパールヴァティー女神がシヴァの首を絞めたため、猛毒はシヴァの身体に入ることはありませんでした。しかし、猛毒が喉に留まったために、シヴァ神は青くなってしまったと伝えられています。シヴァ神が別名ニーラカンタ(青い喉)と呼ばれる理由です。
そして、シュラヴァナ月に熱心に行われるのが、シヴァリンガムへのアビシェーカ(神像に聖水を浴びせる供養)です。
シヴァリンガムは、シヴァとシャクティの結合を示す神聖なシンボルです。太古の昔からシヴァ神はリンガ、またはリンガムとして崇拝されてきました。
このシヴァリンガムの最も一般的な供養が、神聖な沐浴(アビシェーカ)です。牛乳や水、また、ヨーグルト、蜂蜜、澄ましバターなどを、シヴァリンガムへと降り注ぎます。
ここには、乳海撹拌において猛毒を飲み干したシヴァ神の熱を下げるためという一説があります。
リンガムが祀られる寺院などでは、リンガムの真上に吊るされた壺から絶え間なく聖水が降りかけられている光景も目にします。
リンガムは、家庭に置くこともとても吉兆な行いとして広く行われています。シヴァとシャクティの結合をリンガムが象徴するように、夫婦の繋がりを深め、家族の団結と調和をもたらし、いずれは霊的な道へと導くと信じられています。
シヴァ神は破壊神として知られますが、非常に慈悲深い神でもあります。そんなシヴァ神を讃える神聖なひと月が始まっています。この神聖な時、シヴァ神の偉大なる姿を賛美し、吉兆な時をお過ごしください。
参照:http://en.wikipedia.org/wiki/Shiva_Puja
http://en.wikipedia.org/wiki/Samudra_manthan

グル・プールニマー2014

インドでは、グル(師)に対しては、とても大きな尊敬が払われます。家庭にあっては親、学校にあっては先生、会社にあっては上司など、グルの指導のもと、人は大きく成長していくことができます。インドでは、グルは神と同一のものと見なしなさいといわれています。それは、太陽の光が反射して月が輝いて見えるように、グルの英知に照らされて、人々が輝きだすといわれるからです。
2014年7月12日は、グルに感謝の意を捧げるグル・プールニマー(師への満月祭)です。
グル・プールニマーの起源は、聖仙ヴィヤーサの誕生日にあたります。
聖仙ヴィヤーサは、ヴェーダ・ヴィヤーサ(ヴィヤーサは編者の意味)とも呼ばれ、ヴェーダ聖典を編纂したことで知られています。彼は、後の時代に、人々の心が醜くなり、すべてのヴェーダを学ぶ能力がなくなることを見通して、莫大なヴェーダを現在の4部(リグ、ヤジュル、サーマ、アタルヴァ)に編纂したといわれています。
さらに、彼はプラーナを記述し、物語や寓話を通じてヴェーダと同様の霊的英知をやさしく説き、それによって多くの人々がヴェーダの英知に触れることができるようになりました。また彼は、ヴェーダンタの本質をなすブラフマー・スートラの作者としても知られています。このような偉業を残したグル・ヴィヤーサを祝福するため、彼の誕生日がグル・プールニマーとして祝われることになりました[1]。
グル・プールニマーの日には、新しい誓いを立て、それを実行することが慣例的に行われています。
例えば、霊的な師がいれば、師からマントラを授かり、それを毎日唱える誓願を立てます。
あるいは毎日瞑想をする、肉食をしないなど、その他の霊的な誓願を立て、実行するのもよいでしょう。
グルの役割について、スワミ・シヴァーナンダは次のように語っています[2]
「人が成長するために、あなたはグルの重要さと神聖な意義について理解していますか。インドがいままでグルを大切にし、グルの意識の光の中で生き続けているのには理由があります。理由もなく、毎年この古くからの伝統を祝い、度々グルへ敬意を払い、信義と忠誠を再確認しているのではありません。グルは、悲しみと死の束縛から脱却させ、真理を体験させる、人々にとっての唯一の保証人なのです。」
またスワミ・シヴァーナンダは、グル・プールニマーの日に行うべきことについて次のように語っています。
「このもっとも神聖な日は、ブラフマームフルタ(午前4時)に起床しなさい。そして、グルの蓮華の御足を瞑想するのです。心の中で、彼の恩寵を祈りなさい。こうしてはじめて、あなたは成就に至ることができます。早朝には、熱心にジャパや瞑想を行いなさい。」
「沐浴したあと、グルの蓮華の御足を礼拝しなさい。また彼の絵や写真に、花やフルーツを供え、お香や樟脳を焚くのもよいでしょう。この日は、断食をするか、食べても牛乳やフルーツだけにするべきです。午後は、あなたのグルの信奉者たちと一緒になり、彼の栄光や教えについて話し合うとよいでしょう。」
「夜は、信奉者たちが集まり、神の御名やグルの栄光を歌いなさい。グルを礼拝するもっともよい方法は、彼の教えに従うことです。彼の教えの顕現としてあなた自身が輝き、彼の栄光とメッセージを伝えなさい。」
グル・プールニマーの日からは、チャトルマースとよばれる神聖な時期が4ヶ月間続き、インドではこの期間に多くのお祭りが行われます。特に2014年7月13日から2014年8月10日までの期間は、シュラヴァナと呼ばれ、チャトルマースの中でも特に神聖な期間とされています。(地域によって異なります)
この時期は、シュラヴァナ(聞くこと)と呼ばれるように、聴聞等による学習に適した期間です。師の教えを聞き、それを実行に移せるよう努力すれば、きっと大きな実りがあることでしょう。
[1]”Guru Purnima”, http://www.amritapuri.org/cultural/guru/purnima.php
[2]Subhamoy Das, “The Guru Purnima”, http://hinduism.about.com/od/festivalsholidays/a/gurupurnima.htm

ラタ・ヤートラー

神聖な存在をより身近に感じる瞬間が、インドで過ごす日常には溢れています。偉大すぎて掴みがたいその存在も、インドの世界の中では不思議と親しみやすいものとして際立ち、人々を優しく迎え入れます。そんな神様の一人が、これから盛大な祝祭を迎えようとしているジャガンナータ神でした。
極彩色に彩られた姿、真ん丸とした大きな目、そして愛らしい表情が、一目見ただけで心の奥深くまでぐっと入り込み、大きな存在感を放っていたことを思い出します。ジャガンナータ神は、主に東インドで崇拝される、ヴィシュヌ神、もしくはクリシュナ神の化身とされる神様であり、最も盛大な祝祭が、6月29日に迎える「ラタ・ヤートラー」です。
ラタ・ヤートラーは、東インドに位置するオリッサ州の聖地プリーにて、豪華な山車が街を練り歩くお祭りとして知られています。一説に、悪行を働いていたカンサを打ち破ったクリシュナ神が、兄のバララーム神と妹のスバドラー神と共に山車に乗り帰還したことを祝福するお祭りであるといわれ、豪華絢爛な山車と共に進むジャガンナータ神の姿が多くの人々を惹きつけます。
そんな山車は馬車とも捉えられ、精神性を学ぶ上で多くの例えに用いられるものです。カタ・ウパニシャッドにおいては、「真我(アートマン)は車主であり、肉体は馬車、理性が御者、そして意思が手綱である。」(カタ・ウパニシャッド第3章3〜4節)と、人の体、心、そして精神のあり方が述べられています。
苦楽を生み出す感覚器官に操られる肉体を、意志と言う手綱を持って導くことは、精神性を向上させるための道において、最も強調される努めるべく行いの一つです。その先にあるものは、体、心、そして精神の統一であり、乱れのないその小さな世界の中において、誰もが偉大な存在に気づくに違いありません。
ジャガンナータ神を乗せた一つの大きな山車が、集まった個々の手によって真っ直ぐに導かれる様子こそ、一人一人が偉大な存在の下に一つであることを物語っています。心が主に定まる時、そこにはいつの時も平安があることを私たち自身が証明しているかのように映ります。
祝祭を通じ、そうした精神性を向上させる教えが、一瞬一瞬に溢れているのがインドでの生活です。ラタ・ヤートラーは9日間に渡る祝祭です。インドの各地から、また世界の多くの場所で、この愛らしい神の下に人々が歩み寄り一体となります。そのエネルギーが生み出す平安が、世界を包み込むことを心から願っています。
(文章:ひるま)
参照:https://en.wikipedia.org/wiki/Ratha-Yatra

ブッダ・プールニマ(ウエサク祭)

2014年5月14日(日本時間では15日未明)は、ブッダ・プールニマです。ブッダ・プールニマは、仏陀降誕の日として世界中で祝われている盛大なお祭りです。
以下に、Wikipediaよりブッダ・プールニマ(ヴェーサーカ)の記事をご紹介します[1]。
ヴェーサーカ(パーリ語;サンスクリット語ではヴァイシャーカ)は、ネパール、シンガポール、ベトナム、タイ、カンボジア、スリランカ、ミャンマー、バングラデシュ、インドネシア、インドなどの南アジア、東南アジアの仏教徒による伝統的な年間行事です。
通常は、仏陀の降誕日とされていますが、実際には仏陀の降誕日、悟りの日(ニルヴァーナ)、成仏を包括する日とされています。
ヴェーサーカの正確な日にちは、各国に伝統的な太陰暦によって変化します。テーラワーダ(上座部仏教)の国々では、満月のウポーサタ日(仏教徒の安息日;不浄な心を清める日)に行われます。中国のヴェーサーカ日は、中国の太陰暦における第4月の8日目に行われます。西洋のグレゴリオ暦では、年によって異なりますが、毎年4月か5月に行われます。
●歴史
ヴェーサーカを仏陀の降誕会とする決議は、1950年にスリランカで行われた第一回世界仏教徒連盟(WFB)の会議で採択されましたが、仏教国における当時の祭典は、各国の古い伝統に基づいて行われていました。
ヴェーサーカにおいては、世界中の仏教徒は、仏陀の誕生日、悟りの日、成仏日を含む重要な行事として祝します。インドから仏教が伝来して、多くの外国文化に同化したように、ヴェーサーカは世界各国において独自の方法で祝されています。
●ヴェーサーカの祭典
ヴェーサーカにおいては、敬虔な仏教徒や信奉者たちは、祝典のために夜明け前に各地の寺院に集合し、仏旗を掲げ、仏・法・僧の三宝を讃える讃歌を歌います。帰依者たちは、師の御御足に捧げるための花、ろうそくや線香を持参します。これらの象徴的な捧げ物は、美しい花はすぐに萎れ、ろうそくや線香はすぐに燃え尽きるように、人生は儚く短いことを意味しています。帰依者たちは、あらゆるものの殺傷を避けるために、特別な努力を行い、この日は精進料理(ベジタリアン・フード)を摂ることが勧められています。特にスリランカなどのいくつかの国では、ヴェーサーカを祝するための2日間は、酒屋や食肉処理施設は、閉店するように政府の法令によって定められています。また、意に反して捕らわれていたおびただしい数の鳥、昆虫、動物が自由の象徴として放たれます。敬虔な仏教徒の中には、簡素な白装束をまとい、八正道に対する新たな決意を胸に、一日中寺院で過ごす人もいます。
敬虔な仏教徒は、教えに基づく五戒を遵守する誓約をし、高潔な日々を過ごしていますが、特に新月と満月の特別な日には、道徳、簡素、謙虚を実践するために八正道を遵守します。
またある寺院では、小さな幼児の仏陀像を祭壇の前にまつり、花で飾りつけられた小さなたらいに水を張り、帰依者が像に水をそそぐことができるようにしています。これは、悪い業(カルマ)を洗い清め、神々や精霊の祝福のもと、仏陀の降誕を再現する象徴的な行為になります。
帰依者たちは、僧侶による説法を聴きます。この日は、国や国民の繁栄と平和を願い、僧侶たちは仏陀によって語られた詩句を詠唱します。仏教徒たちは、仏陀が説いたように、他人を信頼し、他人の信条を尊敬し、調和を持って生活することを思い起こされます。
●他の人々に幸せを運ぶ
ヴェーサーカの祝日は、高齢者、障がい者、病人のような人々に幸せを運ぶ特別な努力をする日を意味します。この日には、仏教徒は贈り物を贈ったり、奉仕活動をしたりします。ヴェーサーカは、大きな幸せや喜びの時であり、自分の欲望を満たすのではなく、寺院での奉仕活動や、仏陀の教えを世間に示すために専念する時でもあります。また、敬虔な仏教徒たちは、仏陀を礼拝するために寺院に足を運んだ信奉者たちに、軽食や精進料理(ベジタリアン・フード)を提供する腕を競い合います。
ブッダ・プールニマ(ヴェーサーカ)は、日本ではウエサク祭(または花祭り、降誕会など)として親しまれています。京都の鞍馬寺では、5月14日にウエサク祭の行事が行われます。
興味ある人は、足を運んで、仏陀の教えを学び、瞑想する良い機会にするとよいでしょう。
[1]Ves?kha, http://en.wikipedia.org/wiki/Vesak