クンダリニー・ヨーガの重要性について2

私のところでやっているクンダリニーヨーガは、師に学んだ方法を忠実に受けついでいます。
私自身も、もう18年ほど、一日も休まず修練しています。
この私のところのクンダリニーヨーガには、たくさん技法があるのですが、基礎としては腰の回転とムーラバンダ(肛門の締め付け)を重要視しています。
腰の回転は、腰を繊細に回すことを実践するのですが、正しく回すのは相当難度が高い技法です。
またムーラバンダに関しては以前「コラム上ヨーガ講座・ムーラバンダ」でご紹介させていただいたのですが、420万回の回数を積むことを目標にしています。
もちろん回数をこなすことも重要ですが、繊細に実践するということも非常に重要になります。
よくお見受けするのですが、ムーラバンダの修行を相当積んできたという方であっても、実際は、ほとんどムーラバンダがかかっていないということがあります。
これは、腹部や上半身の力を使って締めており、実際は肛門はほとんど締まっていないのです。
それをご指摘申し上げると、衝撃を受かられる方もおられるのですが、これは大抵の場合その人に責任があるわけでなく、指導者の問題であることが多いのかもしれません。
しかしその指導者はまた同じ技法を、その指導者の指導者に教わってきたのですから、結局責任?の所在は明確ではないのですが、いずれにせよ、ムーラバンダに限らず、技法を繊細に観察して掘り下げるべき重要性に、気付きます。
特にハタヨーガ、クンダリニーヨーガには繊細さが求められます。
よくクンダリニーが準備が出来ていない状態で中途半端に目覚め、体内に留まり心身の障害に苦しむ話を聞きますが、繊細な観察力があり、普段から繊細に技法を実践することにより、体内に残ったエネルギーを抜くことができる個所がたくさんあることに気付くことができます。
クンダリニーヨーガはハタヨーガと同じく、霊性面・健康面ともに卓効がありますが、クンダリニーの一部が動き出したのが原因で不調に悩む方には特に効果が高いのだと思います。
クンダリニーヨーガは非常に重要だと思います。
(文章:ガネーシャ・ギリ)
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「ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定」
http://sitarama.jp/?pid=27375902
「ガネーシャ・ギリによるヨーガクラス」
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クンダリニー・ヨーガの重要性について1

一口にクンダリニー・ヨーガといっても、ハタ・ヨーガ同様、様々なやり方が存在します。
ハタ・ヨーガ以上にそれぞれのやり方の違いが大きいのも特徴です。
これは古来より、きちんとした形で、クンダリニーの覚醒に成功した行者が非常に少なく、そのためその数少ない行者のやり方を弟子達が金科玉条のごとく守った結果そういうことになったのだと思います。
私のところでは、クンダリーを目覚めさせるということより、目覚めても大丈夫な心身をつくるということに、重点を置いています。
これはもちろん私独自の考えというわけではなく、ヨーガの師より18年の時間をかけて教えていただいた行法なのですが、私自身はこのクンダリニー技法を実践することにより、心身の状態が非常に良くなった経験を持っています。
実はクンダリニーは、事故やちょっとしたきっかけで、わりと簡単なきっかけで目覚めてしまうものだと、私は思います。
もちろん100%ということではなく、クンダリニーの一部が目覚めて、漏れ出してくるということです。
しかしその程度の状況でも、体の準備が出来ていないと、心身に障害をもたらすことが往々にしてあります。
私のところにいらして下さった方々の中にも、一目拝見して、クンダリニーの一部が目覚めてそれが障害をもたらしていると思われる方が、わずかですがおられました。
そのような方にお会いした時には、私はクンダリニーヨーガをお勧めすることにしています。
クンダリニーヨーガをやることにより、徐々に制御できるようになっていくのです。
今考えると私自身も、ヨーガを学び始める前にクンダリリーの一部が何かのきっかけで動き出して、わずかながら心身に障害をもたらしていたのかもしれません。
ヨーガを始めて数年経ったころ、師匠筋にあたる女性に「○○君(私のこと)、ヨーガに来たばかりのころは、エネルギーが漏れ出してたからね。今は見事によく制御できるようになったね。」と言われた経験があります。
制御することを重要視したクンダリニーヨーガを実践することにより、心身の調子が良くなったのは、当然と言えば当然なのかもしれません。
次号も続きます。
(文章:ガネーシャ・ギリ)
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ヨーガと喩伽

先日、合宿で高野山に行ってきました。いわずと知れた真言密教の中心地です。
頻繁にインドを訪れる私も、インドから伝わった密教の聖地である高野山を訪れるのは、実に23年ぶりになります。
ケーブルカーで高野山駅に到着し、バスで宿坊に向かいました。
途中の山道は短いものの、インドのリシケーシュからウッタルカーシーに向かう道を彷彿とさせるものがあり、なかなか良い感じでした。
しかし、到着したした途端、結構カルチャーショックを受けました。
日本では普段お寺などに行かない私にとって、初詣がその年の年末に訪れたインドの寺院だったりすることもありました。
20年近く定期的に訪れている、インドのヒンドゥー教寺院の方が私にとっては、馴染みがあったのです。
また唱えられるお経も、普段私が自分で唱えているサンスクリット語のマントラとは、エネルギーの種類が違うと感じました。
さすが真言密教の聖地ですから、エネルギーはとりわけ強力で、私は普段身の周りにあるのは異なったエネルギーを受けて、一時的に体調を崩してしまいました。
(高野山のエネルギーが悪いと申し上げているわけではありません。自分にあまり馴染みがなかったからです。初めて日本に来た非菜食のインド人が、刺身を食べてお腹を壊すのと似ていると思います。慣れればやみつきになると思います。)
しかし、護摩壇を見た時に気付きました。護摩壇(ホーマの窯)の構造の中には、僧侶でもおそらく気付いていない、密教(タントラ)の本質を表す仕掛けがあります。
それはインドで発祥したもので、私はそれについてヨーガの師から、説明的な口伝を受けたことがあります。
(当然のことかもしれませんが)高野山の護摩壇には、その仕掛けがきちんとした形であったのです。
また、今回の合宿の企画実施をして下さった尼僧の方から、サンスクリット経典にその名がない愛染明王の胎内(下)には、実はインドの神様が鎮座しているという話もお聞きしました。
古来インドで発生した密教は、一方でインド亜大陸の中でヒンドゥー文化の中に取り入れられ、また一方では、中国を経てはるばる日本にまで伝わってきました。
そして日本にもそのエッセンスは、きちんと伝わっているのです。
密教は別名「喩伽(ゆが)」といいます。
これはヨーガのことです。
日本には1200年も前にヨーガが伝わっていたのです。
(蛇足ですが東京・世田谷の「用賀」も、かつて密教=喩伽の道場があったためその名がついたと言われています。)
そう考えると、日本はインドのスピリチュアルなエッセンスを受け継いだ、長い歴史を持つヨーガ大国ですね。
(文章:ガネーシャ・ギリ)
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コラム上ヨーガ講座・腹部と喉のバンダ

以前、コラム上ヨーガ講座でムーラバンダ(肛門の締め付け)の記事を書かせていただきましたが、ウッディーヤナ・バンダ(腹部の締め付け)とジャーランダラ・バンダ(喉の締め付け)も非常に重要です。
この2つのバンダもムーラバンダと同じく、拝見する限りはヨーガの指導者であっても、一般的には、実際は数十%位のかかり具合で、100%のバンダをかけていると思っておられるケースが多いと感じます。
まずウッディーヤナ・バンダですが、完全な陰圧をかけるために、完全に息を吐き切る必要があります。ここが不完全ですと、かかり方も不完全になります。
空のペットボトルを何回も振って、中に残った水分を振り出すように何度も息を吐き切るようにします。指導者の考え方にもよりますが、一般的には鼻から吐いた方が上手くいきやすいです。
完全に息を吐き切ってウッディーヤナ・バンダをかけると、喉の方にも陰圧がかかって、外側からみて喉も凹むはずです。
一般的にハタヨーガの技法をやる場合、体の他の部分に影響が行かない方が完成度は高いのですが、この技法に関しては例外です。体の構造上そうなります。
喉の凹みがない場合は、まだ息が吐き切れておらず体の中に残っている可能性があるのです。
ウッディーヤナ・バンダの状態から、腹直筋を立てて回転させる「ナウリ・クリヤー」という技法がありますが、これもきちんとバンダが出来ていないときれいに腹直筋が立ちません。したがってそのままナウリを実践しても効果は限定的になります。
ジャーランダラ・バンダに関しても、単に顎を体(首の下部)につけるという形でかける場合が、多いですが、内部をきちんと締め付けるには、ある種の繊細な操作が必要になります。具体的には、顎をある軌道を描くように動かすのですが、紙面での説明は少し難しいです。東京都のマークを横にしたような軌道で、顎を動かし試してみていただきたいです。
バンダは、非常に重要でハタヨーガの根幹になる技法です。
またバンダ・トラヤ(3つのバンダを同時にかけること)は、健康問題に卓効が期待できます。
4大アーサナ(ポーズ)の一つと言われるシンハ・ムドラー(ライオンのポーズ)もこの3つのバンダがきちんとした形で実践できてこそ効果があがります。
ぜひバンダを高い完成度でマスターしていただきたいです。
(文章:ガネーシャ・ギリ)
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シヴァの聖地、ヴィシュヌの聖地

インドで、サドゥに会った場合、その人の所属する宗派によって性格的なものに違いがあるように見受けられます。
シヴァ派系のサドゥは、性格が荒々しい方が多い気がしますし、逆にヴィシュヌ派系の人は穏やかな方が多い気がします。
(同じシヴァ派などでも、その中の宗派によって、さらに性格的なものに違いがあるように感じます。)
もちろん、個々人の性格の違いは大きく、一概には言えませんが、ざっくり言うとそのような違いを感じます。
聖地にも似たような違いを感じます。
チャ―ルダーム(ヒマラヤの四大聖地)のケダールナート(シヴァ系の聖地)に行った時のこと。
ガウリークンド(麓の沐浴場)から登っていくと、だんだん体調が悪くなってきたました。
何といいますか、「荒々しく強力な気」が満ちているのです。
ケダールナートに到着する頃には、すっかり体調を崩してしましました。頭もぼーっとして正確に物事を考えられなくなっていました。
酸素が薄い高地のせいだけではない、と思いました。
ケダールナート寺院の中の「ご神体(地面から突きでた黒い石)」に額を着ける許可(とても幸運なことです)を僧侶からいただいたにも関わらず、額をつけることができませんでした。あまりに強烈だったからです。仕方なく両手だけを着きました。
一方、その隣のバドリナート(ヴィシュヌ系の聖地)に行った時のこと。あいにくの悪天候でひどく寒かったのですが、眠たくなるような非常に穏やかなエネルギーに満ちていたのを体験しました。
ヒマラヤの四大聖地の沐浴場は全て温泉なのですが、浸かっていると意識が飛びそうなくらい気持ち良かったことを覚えています。
ヒマラヤの四大聖地でも、シヴァ系かヴィシュヌ系かによって上記のような違いがあるように感じます。
シヴァ系の聖地は、もちろん内側には繊細な波動を秘めています。
しかし、表面的には荒々しさを感じるように思います。
逆にヴィシュヌ系の聖地はとても穏やかさを感じます。
私個人が今までやってきた修行は、シヴァ派的なものだと思います。またインド占星術的に見てもシヴァや息子のガネーシャが恩恵を与えてくれる神です。
でも個人的には、ヴィシュヌ的な聖地も大好きです。
破壊神シヴァと維持神ヴィシュヌの性格の違いは、その聖地もにダイレクトに表れるように感じます。
日本の神道などに通ずる興味深い現象だと思います。
(文章:ガネーシャ・ギリ)
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「場」について

少し前日本でも一時的なパワースポットブームがありましたが、パワースポットというのは、いわゆる場のいいところ、ということになるのだと思います。
たしかに場の問題は重要だと思います。いい場を訪れ、そこからエネルギーを受け取ったり、そこに住んだりすることは、たしかに人生に大きなよい影響を及ぼすのは間違いないと思います。
私は、ヨーガ行者のわりには鈍い方だと思いますが、それでも場の良しあしは結構わかります。
私が人生で初めて場の良さを感じたのは、インドでした。初めてインドを訪れた私は、有名なアジャンターでそれを感じたのです。
車から降りた時、「なんて優しい風が吹いているのだろう。」と思ったのです。ご存知の方が多いと思いますが、アジャンターは昔はヒンドゥー教や仏教の修行者たちが生活したところですが、今は「観光地」になっています。
しかし、修行者たちがいた2000年ほど前の場の波動が残っているのです。それが優しい風になっていたのでした。
私はそれ以来、場の良さをを計る基準が自分の中に出来ました。
その後すぐ訪れた、聖地ナースィクでも同じような場の良さを感じ、自分の中の感覚が確たるものになったのです。
ちなみに当然のことながら、世の中には国を問わず、場の悪いところも存在します。
しかし面白いのは、そのような場の悪いところに聖者たちが大勢集まって、良い場に変えてしまいそこが聖地になるというケースもあるということです。
実は私は場の良くない土地に住んでいます。場が悪いといっても私の家(マンション)の建っている狭い範囲です。
ここは昔(明治時代よりも昔と思われます)長期にわたりあるネガティブな儀式に使われた場所であるらしいことはわかっています。
住み始めて10年になるのですが、最初はかなり荒れた波動を持つ場所でした。
一般的に日本で場の悪いところに行う処方を試してみましたが、全く効き目がありませんでした。
しかし、ヨーガの師に「君には、ここに住んで場を良くする役割がある」と言われたのをきっかけにここに住み続けることに決めました。
以来瞑想やハタヨーガ、プージャなどを自分でやり続けると同時に、この場所で皆様にヨーガをお教えしています。
また生命の儀式をしたヤントラも数種類配置しています。
最初は酷い場所でしたが、今では少なくとも私の家の中に関しては、ヨーガをやるのに非常にふさわしい環境にまで回復しています。
場が完全に良くなるまでもう少し、時間がかかると思いますが、可能であればプチ聖地位になってくれればうれしいです。
次回はシヴァ派の聖地とヴィシュヌ派の聖地について書きます。
(文章:ガネーシャ・ギリ)
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プージャーの効果

プージャーとは供養のこと。神に祈る儀式のことです。日本の仏教の「護摩」もプージャーと同根である「ホーマ」が日本に伝わったものです。
インドでは、専門の僧侶にプージャーをしてもらったり、各家庭で簡易的なプージャーをするということが一般的に行われています。
様々なプージャーが存在するのですが、大まかな流れとしては、神を招聘し、足をあらったり沐浴させたり、花や食べ物を差し上げたりといった人間をもてなすように、お世話をして(気持良くなっていただいて)、その代わりに願いをかなえてください、という方式が多いかと思います。
本質的には神に捧げるのは、物やサービスではなく自己(エゴ)なのでしょうけれど、形としてはそうなります。
私はプージャーの専門家ではないのですが、自分でもよくプージャーを行います。現在ヴィクネシュワラー(ガネーシャ)、シヴァ、ドゥルガー、ラクシュミー、ナヴァグラハ(9惑星)などのプージャーをやっています。正式な指導者に学びましたが、もちろんそれぞれ20分程度の短い簡易バージョンです。
たいていは自分の祈りとして行うのですが、まれには他人様のためにやる場合もあります。しかしアマチュアなので料金はいただきませんし、頼まれても必要がないと思う場合はお断りをさせていただいくこともあります。
そして当たり前ですが、基本的に私がやるプージャー効果はそれほど高くないと感じています。私はあくまでヨーガの専門家であって、プージャー専門家ではないからです。
しかし、インドの専門の僧侶がやるプージャーは非常に効果的です。幼いころから専門の技術の訓練を受けてきたプロの凄さを感じます。
自分でもやるラクシュミープージャー(富と幸福のプージャー)を専門の僧侶に頼むことがよくありますが、自分でやっても効果は少ししか感じられないのですが、専門家に頼むと、突然大きな収入があったりして驚かされます。
私のように収入の不安定な小さなヨーガ教室の経営を生業にしている人間には、欠くことのできないものになっています。
プージャーは上記のように現生利益的な目的で行われることも多いのですが、実は同時に意識を進化させる方法でもあります。
離れた場所でプージャーをやっていても、その波動は空間を超えて届きます。
感性のいい方は頭痛を感じたり、酔ったようになることもありますが、肯定的な波動を受け取っているために起こる現象です。
効果にはもちろん個人差がありますが、少なくともプージャーの効果がマイナスに働くことはないと思います。
一時的にカルマ(行為)の収支を取るために、取るに足らない小さなアクシデントがあることもありますが、それはその後大きな幸福が訪れる予兆です。
プージャーの種類は様々なものがあり、人生で遭遇する様々な問題に対応できます。
現世での生活で、努力で解決できない苦悩苦難のある方には、ぜひプージャーをお勧めします。
(文章:ガネーシャ・ギリ)
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コラム上ヨーガ講座・ムーラバンダ

ヨーガには、体の一部を締め付ける行法があります。それを「バンダ」と呼びます。サンスクリット語は英語と発生において近い言語といわれています。
「バンダ」は英語の「バンド」と近い意味になります。バンダはハタヨーガにおいて非常に重要な行法であるにも関わらず、わりとおざなりにされがちです。
ムーラバンダとは、「基底」「根」の「締め付け」という意味で、つまり肛門の締め付けのことです。バンダのなかで最も重要になるのがこのムーラバンダなのです。
ムーラバンダは、やり方に秘伝的な技術もあるのですが、それと同じくらい強くかけられるということが重要です。
私の経験では、ハタヨーガを相当長年やりこんでおられる方でも、ムーラバンダに十分な強さがある方は稀です。
一般的には、実際は10〜30%位のかかり具合で、100%のバンダをかけていると思っておられるケースが多いと感じます。
また一見ムーラバンダが強いように感じられる方でも、実際は上半身や腹部の力を使っておられる方も多いです。
ムーラバンダは肛門の締め付けなので、なるべく他の部分は使わないのが正しいやり方です。
私のところでは、師の教えに従い、ムーラバンダの締め付け420万回を目標にしています。
その位やりこまないと十分な強さが得られないのです。
なぜここまでムーラバンダを重要視しするかといいますと、クンダリニーエネルギーの覚醒に使用するためです。
クンダリニーエネルギーの覚醒技法(クンダリニー・ヨーガ)には様々な技法がありますが、大きなエネルギーを起こすため、危険性が伴うことが多いです。もしくは安全な技法の場合は、効果があまりに少ないということもあり得ます。
ヨーガの師から受け継いだ、このムーラバンダを使用した行法は、もっとも安全かつ、効果的なシステムだと私は実感しています。
しかし、そのためには、相当強力なムーラバンダが必要になります。
このようにクンダリニーエネルギーの覚醒技法にも使用されるムーラバンダですが、別の見方をすれば、たとえ回数は少なくてもやればやっただけの効果があるのも事実です。
専門家の指導を受けなくても、肛門を締め付けるだけですので、すぐに実践できるというメリットもあります。
さらに仕事中でも家事しているときでも、いつでも実践できます。
また、生命力を上げますので、健康面においても卓効があります。
ハタヨーガなどの精神世界に興味のある方も無い方も、今までムーラバンダのご経験のある方もない方もよろしければ、回数を積む実践してはいかがでしょうか?
ムーラバンダは全ての方の方に恩恵をもたらす技術です。
(文章:ガネーシャ・ギリ)
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組織と悟り3

過去2回の話からおわかりいただけますように、本当の意味で本質をつかんだ人は組織を離れる、あるいは組織をつくらないという道歩むようになります。
Jクリシュナムルティが星の教団のトップの地位にありながら、後に教団を解散したのは、まさに上記のこのとを体現したと受け取れます。
ひとつ例をあげましょう。
あるヒマラヤのサドゥ(出家修行者)がいます。厳しい環境で修行しています。
国際的なテレビ番組にも登場したことのある行者さんです。
また日本で出版されている学研の「ヒンドゥー教の本」の見開きの最初のページ写真で瞑想している行者さんでもあります。
彼はシヴァ派の最も伝統あるアカーラ(僧団)に所属し、そのアカーラで高位にいました。このサドゥは私のヨーガの師の修行仲間でもあります。
彼はアカーラに所属しつつも、私のヨーガの師を「兄貴分」として慕っており、大きな影響を受けていたと思われます。
私はそのサドゥに可愛がってもらっておりました。その時弟子のいなっかった彼は、「兄貴分」の弟子ということで、なんでも教えてくれました。そして私が望む秘伝的なマントラの処方を、ヨーガの師の立ち会いのもとで、何度かしてくださいました。
そして彼の所属するアカーラの長にも、マハークンブメーラ―の時にお会いしたことがあります。
彼はグル(アカーラの長)が亡くなった後、アカーラを離れ独立しました。実はこのようなことはインドのサドゥの世界でも大変珍しいことだと思われます。
(グルが亡くなるまで組織に留まったということは、グルへの義理を通したのだと思われます。)
現在はまったく一人で修行をしています。
私のヨーガの師の友人であることから、その「組織と本質は相反する。」という話に影響を受けたのは間違いありません。
しかし自分の中に、その考え方が間違っていない、という「種」がなければ、実際に行動には移さなかったでしょう。
きちんと修行し、高い瞑想能力を持つ行者だったので、本質的なことがわかっていたのだと思います。
このように精神世界の「本場」、インドにおいてさえも、実は本質的な考え方をする人は少数派なのかもしれません。
私自身も、非常に素晴らしい師について身近で長年学べた上、現在は師の元から独立することが許され、さらに自由な立場にいるため、このようなことが書けるのでしょう。
もし最初から大きな組織で学び、年数をかけて組織の上位の地位にいたならば、このようなことに関しては考えも及ばなかったと思います。
組織と悟りに関するテーマはある意味人間のカルマに根ざした永遠に近いものなのかもしれません。
組織に所属していても、あるいはしていなくても、最終的は組織から自由であること。これは霊的な道を歩む人間が最終的に選ぶべき生き方だと、私は信じています。
(文章:ガネーシャ・ギリ)
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組織と悟り2

グルといわれる人がいたとします。その方の元に弟子たちが集まり始め、やがて集団になり、戒律や序列等が生まれ、それが組織になっていきます。
この場合組織が大きくなればなるほど、本質から遠ざかっていると言えます。ハタヨーガを例にとれば、2〜3人しか弟子がいなければ、グルの行うテクニックをきちんと近くでみてマスターすることができるでしょう。しかし3000人の弟子ならば、おそらく組織の序列なかで下位に当たる方は、きちんと見ることすらできない人が大多数になるでしょう。またグルから見ても全く目が届かないと思います。また、たとえ下位の方の中で抜群の霊的才能がある人や、悟りかけた人が現れたとしても組織のシステムゆえ、開花せず埋もれてしまうことも出てくるでしょう。
ハタヨーガのような肉体を使った技術だけに限らず、本質というものは、長年身近に接し、一緒に生活するような環境でないとなかなか伝わらないものだと私は思います。
本質を伝える場合、「なんとなく一緒にいる時間」が非常に大切だと、私はヨーガの師から学びました。
たとえハタヨーガのような技術を本質的な秘伝として伝えるものであっても、ベースにある共有した時間が非常に重要になるのだと思います。
そういう観点に立った場合、家族同士でさえきちんと理解し合うのは、大変であるのに、大きな組織にいて、身近に接することのできないグルのことをきちんと理解するのは、本質的には不可能に近いかもしれません。ましてやグルに会うのは、月に何度とか、あるいはグルが海外にいるため年に何度か、という場合などは、本質を得るのはかなり難しいと思ったほうがいいでしょう。
グルの立場から見ても、今まで上(神)を見ていたものが、下(たくさんの弟子達)をみなければならない状況に変わるわけです。
グル自身のさらなる成長という観点から見ても大きな組織というものは(霊的な意味において)負担になるのだと思います。
(グルは悟っており、これ以上向上のしようのない最高位におられる、という考え方は素晴らしいと思います。しかし本当の意味でのヨーガ行者などは最高位に至ってもさらにその上があると感じ探求を続けるものです。)
このように、書いてきますと、たとえば遠く離れた多くの信奉者を抱えるインドの聖者をグルとして信奉されている方々は失望されるかもしれません。
しかし、一見たくさんの人々があつまる組織のように見えて、実は組織ではない場合もあります。
ラーマクリシュナやラーマナ・マハリシの元にはたくさんの人たちが集まりましたが、彼らは「組織の長」ではありませんでした。
現代の聖者にもそういう方がおられると思いますが、「組織ではない」人々の集まりのため、グル自身が経営にかかわらず、悟後の修行に専念できる、
そしてさらに本質に触れたい人は「グル実際に接する機会がある」という形は、霊的な意味において非常に重要だと私は考えます。
(次回も続きます)
(文章:ガネーシャ・ギリ)
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