ガネーシャ・チャトゥルティ

インドの霊的指導者であり、シヴァーナンダ・ヨーガで知られるスワミ・シヴァーナンダ氏は、解脱にいたるためのもっともシンプルな方法として、次の3つの方法を挙げています[1]。
1.否定的で不道徳な性質を取り去り、肯定的で霊的な性質を養うこと。
2.あらゆる活動の最中に、常に神のことを思うこと。
3.すべての活動を、神のおみ足に捧げること。
否定的で不道徳な性質には、さまざまなものがありますが、聖ラーマクリシュナの霊性のパートナーであるサーラダー・デーヴィーは、この性質の一例として、他人の欠点を見ることを挙げて、次のように述べています。
「愛しい子よ、他人の欠点を見るのは止めなさい。人生はとても短いもので、自身の欠点を取り除くにも十分な時間はありません。自身の内面を見つめ、悪い性質を省みれば、とても多くの欠点に気がつき、それだけで時間がなくなってしまいます。人生のすべての時間を費やしても、私たち自身の欠点を取り除くのに十分ではありません。あなた自身の家の掃除を始めずに、他人の欠点を拾い集めるならば、あなたは何も変わることはないでしょう。」
では、このような性質を取り除くためには、どのような方法があるでしょうか。サーラダー・デーヴィーは次のような祈りを提案しています。
「神よ、私は他人の欠点に目がいってしまいました。今までは、それが自身の性格に染みついていたため、障壁の原因となっていることに気がつきませんでした。私は、この習慣を改めて、神聖な性質を身につけます。今日から、誰の欠点も見ないようにします。私は、自身の崇高な目標から、心をそらさないようにします。私は古くから心に染みついたこの習慣を改めます。今後は、このような過ちを犯すことはありません。霊的な成長を阻害するマーヤー(幻力)に、私は心を許しません。神よ、どうかこのための力をお授けください。」
ガネーシャは、障害を取り除き、不正な性質を正す神さまとして知られています。
そのため、このような悪習や不道徳な性質を取り除くために、大きな力を貸してくれる神さまとなります。
明日2010年9月11日は、ガネーシャ・チャトゥルティ(ガネーシャ聖誕祭)です。
ガネーシャ・チャトゥルティは、新たなものごとの始まりに、願を立てて祈りを捧げるのに最適な吉日です。高い志をもって祈りを捧げれば、ガネーシャ神は、きっと祝福してくれるでしょう。
ガネーシャ・チャトゥルティの吉日、ガネーシャ神があらゆる障害を取り除く助けとなって、皆さまがより良い人生を歩めますように、心よりお祈り申し上げます。
参考
[1]Sri Swami Chidananda, “A Good Beginning”, http://www.dlshq.org/religions/ganeshchatur.htm

クリシュナ降誕祭

2010年9月1日(地域によっては2日)は、クリシュナ神の降誕祭です。
クリシュナ降誕祭には、クリシュナ・ジャヤンティ、クリシュナ・ジャンマーシュタミー、ゴークラーシュタミー、クリシュナーシュタミーなどさまざまな名称があります。
クリシュナ降誕祭は、南インドやインド西部、インド東部では9月1日に、北インドの多くでは9月2日に行われるなど、地域や教派によって行われる日程が異なります。
これは、伝統的なインド占星術によると、クリシュナ神の誕生日が、シュラヴァナ月の2回目の満月から新月に向かう8日目(アシュタミー)で、月の星座(ラーシ)がヴリシャバ(牡牛座)、ナクシャトラがローヒニーであることに由来します。
クリシュナ降誕祭は、上記すべての条件が揃う必要がありますが、多くのヒンドゥー教派の暦では、すべてが一致することがほとんどありません。
教派によっては、満月から新月に向かう8日目(アシュタミー)を重視するところもあれば、ナクシャトラがローヒニーであることを重要視する教派もあります。
そのため、ヒンドゥー教派ごとに、独自の基準を設けて、クリシュナ神の降誕祭を祝うため、地域や教派によって、日程に違いが生じるようです[1]。
ところで、クリシュナ降誕祭の日に、もっとも重要とされるマントラは、「オーム ナモー バガヴァテー ヴァースデーヴァーヤ」といわれます[2]。
この日は、バジャンやキールタン、また瞑想や断食を行い、クリシュナを念想しながら神聖な1日を過ごします。
またこの日にできるもっとも簡単で偉大なクリシュナ神への礼拝は、バガヴァッド・ギーターを読むことであるといわれます。
バガヴァッド・ギーターを読むことは、クリシュナの偉大な教えを私たちに思い起こし、クリシュナを讃える最高の礼拝方法であるとされています。
また以下のような簡潔なクリシュナ・プージャーを行う事もできます[3]。
1.身体を洗い清め、静かで清浄な場所を用意します。
2.クリシュナ神とガネーシャ神の像や絵画を設置します。
3.ランプと花・果物・お菓子をお皿に用意します。
4.ガネーシャ神に祈りを捧げます。
5.心を落ち着かせるために、数分間瞑想します。
6.ランプに火を灯します。
7.クリシュナ神への瞑想または祈りを捧げます。
8.花を捧げ、お香を焚きます。トゥラシーの葉があればベストです。また花を捧げるときに、ベルを鳴らしても良いでしょう。
9.「オーム・ナモー・バガヴァテー・ヴァースデーヴァーヤ」あるいは「オーム・ナモー・ヴァースデーヴァーヤ・ナマハ」のマントラを唱えます。
10.このとき、用意した果物やお菓子、食物を捧げます。その後、聖水をふり撒いても良いでしょう。
11.この後、数分間瞑想するか、バガヴァッド・ギーターを読んだりして、神聖な時を過ごします。
プージャーの後は、果物やお菓子は、プラサード(神のお下がり)として、皆でいただくことができます。
クリシュナは、ギーターの中で、行為のすべてを彼に捧げ、彼を信愛することの大切さを説いています。魅力溢れる彼の人生を学び、クリシュナへの想いで、この神聖な1日を過ごすことができれば、クリシュナはきっとその想いに応えてくれるに違いありません。
皆さまにクリシュナ神の祝福がありますように。
[1]”Why is Sri Krishna Jayanti celebrated on two different days?”, http://www.hindu-blog.com/2007/08/why-is-sri-krishna-jayanti-celebrated.html
[2]”Significance of Sri Krishna Jayanti”, http://www.hindu-blog.com/2007/09/significance-of-sri-krishna-jayanti.html
[3]”How to do a Simple Shri Krishna Puja?”, http://www.hindu-blog.com/2008/08/how-to-do-simple-shri-krishna-puja.html

ガーヤトリー・ジャパの日

2010年8月25日は、ガーヤトリー・ジャパの日です。
この日は、ガーヤトリーの栄光を讃え、ガーヤトリー・マントラを唱える事がすすめられています。
以下に、スワミ・シヴァーナンダの「Hindu Fasts & Festivals」より、ガーヤトリー・ジャパの日についての記事をご紹介します。

偉人たちの人生を、人々の心に呼び覚まさせるため、古代の宗教家たちはとりわけ神聖で吉兆な日として、1年のうちにいくつかの祭日を設けました。これらの祭日では、国をあげてこの偉人たちの栄光を讃え、彼らの精神を呼び覚まし、人々に永遠の記憶を植え付けます。
ヒンドゥー教のカレンダーには、神の化身や聖仙、聖者の誕生日、ギーター・ジャヤンティ、グル・プールニマ、シヴァラートリ、ヴァイクンタ・エーカダシ、そして多くの吉日が記されています。
ガーヤトリー・ジャパの日は、これらの神聖で栄光ある日のひとつとして、すべてのマントラの中でもっとも偉大かつ栄光ある神聖なガーヤトリー・マントラを思い起こす日として設けられています。
ガーヤトリーは、敬虔深いヒンドゥー教徒すべての生命であり支柱です。それは、信奉者を守り導く決して破れない霊的な鎧であり、堕ちることのない要塞です。事実、ガーヤトリーの言葉の真の意味は、「それを歌う人を守るもの」です。
ガーヤトリーは、人間を神へと変え、最高の霊的光輝によって人々を祝福する神の力です。自分の好きな神が誰であっても、ガーヤトリー・ジャパを数マーラー(1マーラーは108回唱えること)を毎日定期的に行うことで、限りない恩寵と祝福が降り注ぐでしょう。それは、絶対神の光に捧げられた純粋で熱心な祈りのすべてに当てはまります。至高のブラフマンであるガーヤトリー・マントラは、すべてのマントラの中でもっとも重要です。信条や身分に関わらず、すべてのブラフミンにとって、ガーヤトリーは寄る辺となるただ一つの光とされています。学生期(独身者)、家住期(世帯主)、林住期(退職者)では毎日このマントラを唱えるべきであり、サンニャーシン(隠遁者)は、このマントラの代わりにオームを唱えるよう求められます。
ガーヤトリー・マントラの本質は、あなたの好きな御姿を瞑想している時にも、唱えることができることです。信奉者の多くは、ガーヤトリーは女性の神格と考えています。女神として礼拝している人々は、この信念を曲げることはありません。しかし、実際のところ、ガーヤトリーは女性として語られることはありません。ガーヤトリー・マントラの中には、女性として出てくる単語は一語もありません。「ガーヤトリー」は女性形の単語ですが、必ずしもその神格を女性にすることはできないのです。それは単なる韻律の名称にすぎず、その神格を示しているものではないからです。
またある人は、ガーヤトリー・マントラは太陽を司ると考えます。しかし、この考えも少し見直さなければなりません。ここでの太陽は、私たちの肉体の目で見える、地上を照らす太陽ではなく、「タット サヴィトゥル」すなわち「あの太陽」です。あの太陽とは、輝くものではなく、人格もない、絶対的なブラフマンのことです。
したがって、その主宰神は至高のブラフマン自身に他ならず、ガーヤトリーはすべてのマントラの中でもっとも偉大なマントラです。それなのに、どうして他のマントラに心を惹かれるのでしょうか。ガーヤトリー自身が至高のマントラ、すなわちすべてのマントラの中の王なのです。ナ・ガーヤトリヤハ・パロー・マントラハ――ガーヤトリーより偉大なマントラはありません。
ガーヤトリーのそれぞれの単語、それぞれの文字は、絶対かつ至高の真理であるヴェーダンタ哲学の頂点に位置します。ガーヤトリーのジャパを行いなさい―それは、あなたにもっとも素晴らしい果報、すなわち永遠の果報を授けるでしょう。
マントラは次のとおりです。
Om bhur bhuvah svah
Tat savitur varenyam
Bhargo devasya dheemahi
Dhiyo yo nah prachodayaat.

Om:至高のブラフマーの象徴
Bhuh:地界
Bhuvah:空界
Svah:天界
Tat:その、すなわち神の
Savituh:創造主
Varenyam:崇拝すべき
Bhargah:罪と無知を消し去るもの。栄光、光輝
Devasya:目映い、光輝く
Dheemahi:私たちは瞑想します
Dhiyah:知性、叡知
Yo: 〜であるもの
Nah:私たちの
Prachodayaat:啓発せよ、導け、駆り立てよ
意味:私たちは瞑想します。
この宇宙を創造したお方を、
崇拝されるべきお方を、
知識と光輝の化身であるお方を、
一切の罪と無知を取り去るお方を、創造主の光輝を。
どうか彼が、私たちの知性を啓発しますように。
ここで、ガーヤトリーは以下の5つの節から成り、それぞれの節の後には休止が入ります。
1.オーム
2.ブール・ブヴァハ・スヴァハ
3.タット・サヴィトゥル・ヴァレーンニャム
4.バルゴー・デーヴァッスヤ・ディーマヒ
5.ディヨー・ヨー・ナハ・プラチョーダヤートゥ
この非常に貴重な神の財産であるガーヤトリー・マントラは、現代の若者たちに軽視されています。これは非常に深刻な問題です。この神聖な日に心を入れ替え、今すぐにガーヤトリーのジャパを熱心に始めてください。少なくとも108回(1,008回ならなお良いでしょう)、このガーヤトリー・ジャパの日に唱えましょう。そして、一日たりとも忘れずに、毎日それを唱え続けるのです。
この吉兆なガーヤトリー・ジャパの日の啓蒙を通じて、ガーヤトリーの意識が全世界に浸透しますように。今この瞬間から、ガーヤトリー・ジャパを毎日行う誓約を立てて、あなたたちすべてに三界の祝福がありますように。あなたが、ガーヤトリー・マントラの内なる真理を悟ることができますように。
ガーヤトリー・ジャパの日は、ラクシャ・バンダンまたはアヴァニ・アヴィッタム(7月〜8月)の日の後に行われます。

出典:
Swami Sivananda, “Hindu Fasts & Festivals”, http://www.dlshq.org/download/hindufest.htm#_VPID_6

ラクシャ・バンダン(愛の紐)

2010年8月24日は、ラクシャ・バンダンの祝日です。
ラクシャ・バンダンについての簡単な解説を、以下Raksha-Bandan.comよりご紹介させていただきます。
ラキ:愛の紐
ラキは、兄弟・姉妹の愛情で彩られた神聖な紐のお守りです。ラクシャ・バンダン(守護を結ぶの意味)として知られるこの日は、ヒンドゥー暦におけるシュラヴァナ月の満月の日に祝われます。一筋の紐に過ぎないラキは、 愛と信頼の固い絆の中でもっとも美しい関係を結ぶとき、鉄の鎖より強いとみなされます。 また、誰もが助け合い、仲良くするべきという概念を広めるために、ラキの祝日は社会的な意義があります。
伝統と習慣
ラクシャ・バンダンの祝日は、兄弟・姉妹間で分かち合う愛情に捧げられます。 この日、姉妹たちは、兄弟の長寿と祝福を神に祈ります。 姉妹たちは兄弟たちに美しいラキを贈り、兄弟たちはこの世界の悪から姉妹たちを守ることを約束します。この習慣は古くからあり、ここで行われる儀式は地域によって異なりますが、その美しい意義はどこにおいても変わることはありません。
ラキの意味
調和をもたらし、家族をひとつにまとめるために、ラキの祝日には大きな意味があります。ラキは、兄弟・姉妹間の愛、すなわち彼らが子供の頃から共有している愛の絆を表しています。 ラクシャ・バンダンを祝う習慣は遙か昔に遡り、今なお、人々は伝統的な方法でその愛情を表現しようとしています。ラキは、古い時代から、兄弟・姉妹間の愛の絆を強く結びつけてきたのです。
ラキのお祝い
ラクシャ・バンダンのお祝いは、兄弟・姉妹間の穢れのない愛を表す祝日です。 古くから、この祝日は歓喜をもって祝福されてきました。ラキは兄弟・姉妹間の無条件の愛の証です。 女性たちは、少なくとも祝日の2週間前から準備を始めます。その一日を特別な日にするために、人々はラキや贈り物、ラキ・プージャーのプレート、お菓子などを買います。 これはまた、この神聖な祝日を祝うために家族が集まるという一つの機会にもなります。愛する人々の間での贈り物は、この特別な日を心に残る美しい思い出にしてくれます。
出典:Raksha Bhandan, http://www.raksha-bandhan.com/
より翻訳転載

ルドラークシャ vs 宝石

ルドラークシャ・ビーズは、凶星の影響を鎮めると信じられています。
そのためには、凶星に対応したルドラークシャ・ビーズが身につけられます。また、ルドラークシャ・ビーズは、閉じたチャクラを瞬時に開く効果があるといわれます。それぞれのチャクラには、対応するルドラークシャの面数があり、その面数はチャクラを支配している神に関係しています。
チャクラを浄化するための瞑想、ヨーガやヒーリング・セラピーによって得られる効果は、正しいルドラークシャを身につけることで、瞬間的に得ることができるといわれます。
各チャクラについてのルドラークシャの影響を徹底的に研究した結果、チャクラの開花やバランスを整えるためにもっとも効果のあるビーズは、18面、19面、21面とトリジュティ(3つのビーズが結合した非常に珍しいビーズ)であり、これらのビーズは、ほとんどすべてのチャクラのバランスを整えることが分かってきました。
チャクラの開花において、ジャワ産ビーズは、ネパール産ビーズと同等の効果があるようです。
近々、チャクラとルドラークシャの詳細が明らかになり、チャクラのバランスを整えるための非常に効果的なコンビネーションとなるでしょう。
ルドラークシャは、所有者のオーラを増幅するようです。しかし、ひどく傷んでいたり、溝がはっきりしていないビーズの場合は、オーラは通常と変化がありません。
オーラ測定器では、ルドラークシャ・ビーズの周囲には、大きなオーラがあることを示しています。ポケットに入れたり、遠くに置いても効果に変化はありません。所有者が持つことができる距離は、ビーズのサイズや品質、面数に依存します。大きなビーズや面数の多いビーズは、数メートル離れた場所に置いていても、大きな効果が見られます。ルドラークシャ・ビーズは、体のどの部分に身につけていても、また直接肌に触れない部分で所有していても、その効果に変化はないといわれます。
一方、宝石は、吉星の影響を強くするために身につけられます。宝石は、肌に直接身につけない限り、効果がありません。ランダムに選ばれた数人のオーラを測定した結果、肌に直接触れないで指輪やペンダントとして宝石を身につけている人の場合、それらを身につけていてもあまり効果は見られませんでした。ポケットや財布に入れていたりすると、効果は全く見られませんでした。宝石は、直接肌に触れていなければならず、何かに覆われていたりすると効果がなくなってしまいます。また、体のどの部分につけているかによって効果が変化します。ヴェーダ占星術の処方に基づいて、指につけるとより高い効果が期待できるようです。仮に凶星の宝石を身につけた場合は、その人のオーラを大きく減少させます。このことは、専門家によるきちんとした処方に基づいて宝石を身につけないと、害をもたらすことがあることを示しています。
参照:
http://sitarama.jp/?tid=1&mode=f5#rg

シュラヴァナ月

シュラヴァナ月(シュラヴァナ・マース)は、ヒンドゥー暦の5番目の月であり、もっとも神聖な月の1つとされます。この月は、チャトゥル・マース(4つの聖なる月)の最初の月にあたり、多くの祭典や吉兆の日で満たされています。
満月の日やシュラヴァナ月の期間は、ヴェーンカテーシュヴァラ神の誕生星である「シュラヴァナ」が天球を支配するため、この月はシュラヴァナ月と呼ばれるようになったといわれます。
インドで伝統的なヒンドゥー暦における2010年のシュラヴァナ月は、7月27日〜8月24日となります。
特に、シュラヴァナ月の月曜日は、もっとも重要といわれます。この日は、シヴァ神に敬意を示し、多くの帰依者たちが、名高いソームヴァール・ヴラット(月曜絶食)を行います。
またシヴァ寺院では、この期間の月曜日は、一日中シヴァリンガムに聖水を浴びせ、シヴァ神を讃えます。
伝説によると、天地創造の神話であるサムッドラ・マンタン(乳海攪拌)は、この月に起きたといわれています。
シヴァ神が、世界を救うためにハラハラの毒を飲んだ結果、シヴァ神の喉は青くなってしまいました。そのため、シヴァ神は、ニーラ・カンタ(青い喉)と呼ばれるようになりました。
またその毒は、あまりに強力であったために、毒の影響を和らげるために、シヴァ神は三日月を頭に乗せて冷やしました。他の神々たちは、ガンジスの水をシヴァ神に浴びせ、毒の影響を和らげようとしました。
シヴァ神の頭に、三日月とガンジス河が描かれているのは、このような言い伝えがあるためです。
シュラヴァナ月の月曜日に、シヴァ神の象徴であるルドラークシャを身につけることはとても功徳ある行為とされています。
またシヴァ神像やシヴァリンガムに、ミルクやガンガージャルを浴びせることは、多くの功徳を積む行為とされています。
シュラヴァナ月に行うと良い行為には、以下のようなものがあります。
・ルドラークシャを身につける。またはルドラークシャ・マーラーでジャパを行う。
・シヴァ神像にヴィブーティをつける。または自身の眉間につける。
・シヴァリンガムにパンチャームリタ(ミルク、ヨーグルト、ギー、蜂蜜、ヤシ糖を混ぜた甘露)を捧げる。
・シヴァ・チャーリーサーやアーラティを唱える。
・マハー・ムリティユンジャヤ・マントラを唱える。
・月曜日に断食をする。未婚女性は、シュラヴァナ月のすべての月曜日に断食をすると、よい男性に巡り会えるといわれています。(シヴァ神はマッチメーカー(仲介役)としても有名な神様です)
またシュラヴァナはサンスクリット語で、「聴聞」の意味があるため、この期間は、グルの講話などを聞くことも大きな功徳を積む行為といわれています。
この神聖な期間を有意義に過ごしましょう。
参照:
Wikipedia, “Shravan”, http://en.wikipedia.org/wiki/Shravan
Shravana Mas – Shravan Month in 2010, http://www.hindu-blog.com/2008/06/shravana-mas-shravan-month-in-2008.html

バガヴァッド・ギーター第2章第64節

रागद्वेषवियुक्तैस् तु
rāgadveṣaviyuktais tu
ラーガドヴェーシャヴィユクタイス トゥ
一方、愛憎を離れた

rāga【男性】激しい欲望、情熱、愛、愛情、同情
dveṣa【男性】憎悪、嫌悪、〜を憎むこと;害心、悪意、敵意
viyuktais【男性・複数・具格、過去受動分詞 vi√yuj】離された;分離させられた;(具格)から離された、自由な、に欠乏した、〜を欠いた
→rāgadveṣaviyuktais【男性・複数・具格】愛憎から離れた、欲望と嫌悪のない
tu【接続詞】しかし、一方(虚辞としても使用)

विषयान् इन्द्रियैश्चरन् ।
viṣayān indriyaiścaran |
ヴィシャヤーン インドリヤイシュチャラン
感官をもって対象に向かい

viṣayān【男性・複数・対格、viṣaya】[〜を、〜に]活動領域;範囲、限界、区域、届く範囲;感覚の対象;感官の対象;目的、標的
indriyais【中性・複数・具格、indriya】[〜によって、〜をもって]神の力;支配;偉大な行為;活力;体力;精力;感官;感覚
caran【男性・単数・主格、現在分詞 √car】動いている、行っている、歩いている、さまよっている、徘徊している;近づいている、向かっている

आत्मवश्यैर् विधेयात्मा
ātmavaśyair vidheyātmā
アートマヴァッシャイル ヴィデーヤートマー
自己の支配下にある(感官によって)、自己を制した人は

ātmavaśyais【男性・複数・具格、ātmavaśya】自由となし得る、自己の意志に従う、自己の支配下に置く
vidheyātmā【男性・単数・主格、vidheyātman】[〜は、〜が]従順な(または制御された)自我を持つ、心を制御した、自己を制した

प्रसादम् अधिगच्चति ॥
prasādam adhigaccati ||
プラサーダム アディガッチャティ
平安に達する

prasādam【男性・単数・対格、prasāda】[〜を、〜に]光輝;平静、平安;愉快、上機嫌;助力、援助;恵み深い施物;偶像に捧げられた食物;師匠の食の残余
adhigaccati【三人称・単数・パラスマイパダ・現在 adhi√gam】[彼は、それは]〜に行く、近づく、達する

रागद्वेषवियुक्तैस्तु विषयानिन्द्रियैश्चरन् ।
आत्मवश्यैर्विधेयात्मा प्रसादमधिगच्चति ॥ ६४ ॥

rāgadveṣaviyuktaistu viṣayānindriyaiścaran |
ātmavaśyairvidheyātmā prasādamadhigaccati || 64 ||
一方、自己を制した人は、自己の支配下にある
愛憎のない感官をもって行動し、平安に達する。

バガヴァッド・ギーター第2章第63節

क्रोधाद् भवति संमोहः
krodhād bhavati saṁmohaḥ
クローダード バヴァティ サンモーハハ
怒りから迷妄が生じ

krodhāt【男性・単数・従格、krodha】[〜から、〜より]怒り、激怒、憤怒、激情
bhavati【三人称・単数・パラスマイパダ・現在 √bhū】それは〜である、それは〜となる
saṁmohas【男性・単数・主格、sam√muhからの派生名詞】[〜は、〜が]昏睡状態、失神;夢中、妄想;迷妄;無明

संमोहात् स्मृतिविभ्रमः ।
saṁmohāt smṛtivibhramaḥ |
サンモーハート スムリティヴィッブラマハ
迷妄から記憶の混乱が

saṁmohāt【男性・単数・従格、saṁmoha】[〜から、〜より]昏睡状態、失神;夢中、妄想;迷妄;無明
smṛti【女性】〜の記憶・想起;記念;(Veda聖典を除く)権威ある聖伝文学、伝統的法典、法律書の記載事項
vibhramas【男性・単数・主格、vi√bhramからの派生名詞】[〜は、〜が]あちこち動くこと、(波が)高まること、不安定;歩き回ること;乱れ、攪乱、混乱;動乱、動揺;心の混乱、迷想、錯誤
→smṛtivibhramas【男性・単数・主格、限定複合語】記憶の混乱
※シャンカラは、「教典や師の教えによりもたらされる潜在印象(saṁskāra)から生じた記憶が、混乱すること」と解する。(上村勝彦注)

स्मृतिभ्रंशाद् बुद्धिनाशो
smṛtibhraṁśād buddhināśo
スムリティブランシャード ブッディナーショー
記憶の混乱から知性の喪失が

smṛti【女性】〜の記憶・想起;記念;(Veda聖典を除く)権威ある聖伝文学、伝統的法典、法律書の記載事項
bhraṁśāt【男性・単数・従格、bhraṁśa】[〜より、〜から]失敗すること、落伍すること、滑り落ちること、逃れ去ること、落下;衰退、朽敗;破滅、没落;喪失、消失
→smṛtibhraṁśāt【男性・単数・従格、限定複合語】[〜より、〜から]記憶の喪失、記憶の混乱
buddhi【女性】知能、理解力、理性、知性、精神;識別、判断;沈着、機知;知覚;会得;意見、見解;信仰、確信;想定
nāśas【男性・単数・主格、√naśからの派生名詞】損失、消失;壊滅、絶滅;零落;死
→buddhināśas【男性・単数・主格、限定複合語】理性の喪失、知性の喪失

बुद्धिनाशात् प्रणश्यति ॥
buddhināśāt praṇaśyati ||
ブッディナーシャート プラナッシャティ
知性の喪失から人は滅びる

buddhināśāt【男性・単数・従格、buddhināśa】[〜から、〜より]理性の喪失、知性の喪失
praṇaśyati【三人称・単数・パラスマイパダ・現在 pra√naś】[彼は、それは]失われる;見えなくなる、消える、逃げる

क्रोधाद्भवति संमोहः संमोहात्स्मृतिविभ्रमः ।
स्मृतिभ्रंशाद्बुद्धिनाशो बुद्धिनाशात्प्रणश्यति ॥ ६३ ॥

krodhādbhavati saṁmohaḥ saṁmohātsmṛtivibhramaḥ |
smṛtibhraṁśādbuddhināśo buddhināśātpraṇaśyati || 63 ||
怒りから迷妄が生じ、迷妄から記憶が混乱する。
記憶の混乱から知性を喪失し、知性の喪失から人は滅びる。

バガヴァッド・ギーター第2章第62節

ध्यायतो विषयान् पुंसः
dhyāyato viṣayān puṁsaḥ
ディヤーヤトー ヴィシャヤーン プンサハ
感官の対象を思念する人にとって

dhyāyatas【男性・単数・属格、現在分詞 √dhyā】瞑想する、沈思する、熟考する、思念する;想像する
viṣayān【男性・複数・対格、viṣaya】[〜を、〜に]活動領域;範囲、限界、区域、届く範囲;感覚の対象;感官の対象;目的、標的
puṁsas【男性・単数・属格、puṁs】[〜の、〜にとって]男、男性;人間;召使い;霊

सङ्गस् तेषूपजायते ।
saṅgas teṣūpajāyate |
サンガス テーシューパジャーヤテー
それらに対する執着が生じる

saṅgas【男性・単数・主格】[〜は、〜が]粘着、妨害;〜に執着または接触すること
teṣu【男性・複数・処格、指示代名詞 tad】[〜において、〜のなかで]それ、その、あれ、あの、彼
upajāyate【三人称・単数・アートマネーパダ・現在 upa√jan】[彼は、それは]生じる、生まれる;起こる、現れる;存在する

सङ्गात् संजायते कामः
saṅgāt saṁjāyate kāmaḥ
サンガート サンジャーヤテー カーマハ
執着から欲望が生じ

saṅgāt【男性・単数・従格、saṅga】[〜から、〜より]粘着、妨害;〜に執着または接触すること
saṁjāyate【三人称・単数・アートマネーパダ・現在 sam√jan】[彼は、それは]生じる、生まれる;成長する;起こる、現れる
kāmas【男性・単数・主格】[〜は、〜が]〜に対する願望、欲望;愛、快楽;利益;性愛;愛の神

कामात् क्रोधो ऽभिजायते ॥
kāmāt krodho ‘bhijāyate ||
カーマート クロードー ビジャーヤテー
欲望から怒りが生じる

kāmāt【男性・単数・従格、kāma】[〜から、〜より]〜に対する願望、欲望;愛、快楽;利益;性愛;愛の神
krodhas【男性・単数・主格】[〜は、〜が]怒り、激怒、憤怒、激情
abhijāyate【三人称・単数・アートマネーパダ・現在 abhi√jan】[彼は、それは]生まれる、運命づけられる;産出させられる;(輪廻して)再生する

ध्यायतो विषयान्पुंसः सङ्गस् तेषूपजायते ।
सङ्गात्संजायते कामः कामात्क्रोधोऽभिजायते ॥ ६२ ॥

dhyāyato viṣayānpuṁsaḥ saṅgas teṣūpajāyate |
saṅgātsaṁjāyate kāmaḥ kāmātkrodho’bhijāyate || 62 ||
人が感官の対象を思念するとき、それらに対する執着が生じる。
執着から欲望が生じ、欲望から怒りが生じる。

※この節において、jāyateに付随する3つの接頭辞upa(〜に、〜の方に、こちらへ)、sam(一緒に、共に、全く)、abhi(〜へ、〜の方へ、向かって)は、韻律を整えるためのもので、意味の違いはないとされる。

バガヴァッド・ギーター第2章第61節

तानि सर्वाणि संयम्य
tāni sarvāṇi saṁyamya
ターニ サルヴァーニ サンミャンミャ
それらすべての(感官)を制御して

tāni【中性・複数・対格、指示代名詞 tad】[〜を、〜に]それら、あれら、彼ら、彼女ら
sarvāṇi【中性・複数・対格】すべての、一切の、各々の;全体の
saṁyamya【絶対分詞 sam√yam】保持して、引き締めて;抑止して制御して;束縛して;閉じて;阻止して、抑圧して、注視して;制止して、服従させて

युक्त आसीत मत्परः ।
yukta āsīta matparaḥ |
ユクタ アーシータ マットパラハ
専心して、私に専念して坐すべき

yuktas【男性・単数・主格、過去受動分詞 √yuj】くびき(軛)につながれた、(処格)に従事した、〜に専心した;(具格)に忙殺された、〜に専念した;(処格)に熱中した;集中した
※matparaのあとでは、yukta=bhakta「誠信を具えて」と訳してもよい。(辻直四郎注)
āsīta【三人称・単数・アートマネーパダ・願望法 √ās】[彼は〜だろう、彼は〜するべき]坐す;住する、止まる;住居を構う;屯営する;休む、留まる、横たわる
mat【一人称・単数・従格、人称代名詞 mad】私から、私より
paras【男性・単数・主格】〜を主要なものとする、〜を目的とする、〜に熱中する、〜に深く感動する
→matparas【男性・単数・主格】私に専念する、私に専向する
※matpara:ここで初めて、「私」(クリシュナ)に専念すべきことが説かれる。(上村勝彦注)

वशे हि यस्येन्द्रियाणि
vaśe hi yasyendriyāṇi
ヴァシェー ヒ ヤッスェーンドリヤーニ
なぜならば、感官を制御する

vaśe【男性・単数・処格、vaśa】[〜において、〜のなかで]意志、願望、欲望;力、支配、権威、主権【形容詞】〜に従う、〜の勢力下にある、〜に征服された
hi【不変化辞】なぜならば、〜のために;真に、確かに、実に
yasya【男性・単数・属格、関係代名詞 yad】[〜の、〜にとって]〜であるもの、〜である人
indriyāṇi【中性・複数・主格、indriya】[〜は、〜が]神の力;支配;偉大な行為;活力;体力;精力;感官;感覚

तस्य प्रज्ञा प्रतिष्ठिता ॥
tasya prajñā pratiṣṭhitā ||
タッスヤ プラジュニャー プラティシュティター
その人の智慧は確立するから

tasya【男性・中性・単数・属格】[〜の、〜にとって]彼、それ、その、あれ、あの
prajñā【女性・単数・主格】[〜は、〜が]識別、判断、知能、了解;智慧、知
pratiṣṭhitā【女性・単数・主格、過去受動分詞】(処格)に立っている・配置された・座った・位置した・留まる・ある・熟達した;確立した、証明された;安住した、悩まされない

तानि सर्वाणि संयम्य युक्त आसीत मत्परः ।
वशे हि यस्येन्द्रियाणि तस्य प्रज्ञा प्रतिष्ठिता ॥ ६१ ॥

tāni sarvāṇi saṁyamya yukta āsīta matparaḥ |
vaśe hi yasyendriyāṇi tasya prajñā pratiṣṭhitā || 61 ||
それらすべての感官を制御して、専心し、私に専念して坐すべきである。
なぜならば、感官を制御する人の智慧は確立するから。