マントラについてのFAQ

マントラに関するよくある質問について、サンスクリット・マントラに詳しいThomas Ashley-Farrand氏の回答からご紹介させていただきます。

Q:いくつもの願い事があるので、マントラを一度にいくつか唱えようと思っています。これは良いことでしょうか。
A:マントラへの取り組みがはじめての時は、マントラの効果が現れ始めるまでの40日間は、ひとつのマントラに集中して唱えられることをおすすめします。その後は、あなたの願望にあわせて、あなたの好きな組み合わせで唱えてもよいでしょう。マントラは、あなた自身と、宇宙からのエネルギーに作用します。したがって、複数のマントラを実践する場合は、少なくとも唱える場所を統一した方がよいでしょう。
Q:周りに人がいるときは、心の中でマントラを唱えていますが、これでよいでしょうか。
A:本当は、心の中でマントラを唱えることは、もっとも強力な方法です。心の中で繰り返し唱えることは、チャクラに対応する花弁を刺激するため、身体の微細な領域にエネルギーが流れ込みます。
Q:マントラはグル(師)から授からないと効果がないと聞きました。これは本当でしょうか。
A:マントラを数多く繰り返し唱え、マントラの力を解放した人々は、「マントラ・シッディ」と呼ばれることがあります。これは、マントラによって何らかの霊力を獲得し、マントラに熟達したことを意味します。彼らは「霊力」とともに他の人々にマントラを授けることができるかもしれません。こうしてマントラを授かった人々は、グルから「霊力」とともに伝授されなかった人々よりも、すみやかに目的が達成される場合があります。しかしながら、サンスクリットのマントラは、チャクラに直接作用するため、あなたに生来与えられている霊的な権利です。マントラは、ただ本などで読んだ場合でも、実践することでその力を発揮します。
マントラ・シッディに達するために、最低限唱えなければならない回数は、一般に12万5千回といわれています。
Q:マントラを他の人のために唱えたいと思っています。これは良いことでしょうか。
A:他の人々のために祈ることは、どんな時でも良いことです。しかしながら、一般の祈りは、その回答を神々に委ねるのに対し、サンスクリットのマントラは積極的かつ特定的で、一般の祈りとは多少異なります。したがって、もし可能であるならば、祈りたい人にあらかじめ、あなたの幸福を願ってお祈りしたいとのことを伝えておくとよいかもしれません。これを伝えるのが難しい場合は、彼らの至高善と吉兆のために祈りのエネルギーが使用されるように祈るするとよいでしょう。また祈りの際は、彼らの名前を先に読み、マントラが彼らのために唱えられるを明確にして、彼らのカルマを被らないようにしましょう。
なお両親は、子供たちに対して、マントラによる祈りの権利と責任を本来的に持っています。

ところで本日は、インドではブッダ・プールニマ祭が行われます。日本では、ウエサク祭として、各地で祭典が行われる予定です。どうぞよい吉日をお過ごしください。
出典:http://www.sanskritmantra.com/FAQ.htm

ガーヤトリー・マントラの恩恵

現在知られているマントラの多くは、現世利益的な効果を願ったものですが、ガーヤトリー・マントラは、私たちに良識を与えてくれるように願う唯一のマントラといわれています。そのガーヤトリー・マントラの恩恵の一例として、「Gayatri – The Highest Meditation」よりご紹介します。

知性が啓発されない限り、真理は覆い隠されたままです。知性は、タマス(暗質)とラジャス(激質)によって覆われています。世俗的な事にどれほど聡明で、賢くても、本当の安らぎや幸福は手に入りません。知性は、サットヴァ・グナ(浄質)すなわち静寂によって浄められ、光り輝く状態となります。ガーヤトリー・マントラの光は、暗く鈍い状態や激情の原因となる錆や埃を取り除き、内面を照らすことによって真理を映し出します。この光輝によって、人は至高の平安を手にします。これを経験した後のすべての行為は、社会を向上させる模範となります。彼らは、人類に祝福される存在となるでしょう。
暗質的な行為や激質的な行為によって、日々浪費されているプラーナ(生命)・エネルギーは、上昇に転換します。神聖なガーヤトリー・マントラは、プラーナ・エネルギーの浪費を防ぎ、人々を健康、繁栄、勇敢、無尽蔵の強さによって祝福します。
ガーヤトリーの光は、禁欲的な力、真理の力、スピーチの力、ヒーリングの力、他人にスピリチュアルなエネルギーを伝達する力などで祝福します。
ガーヤトリー・マントラの実践によって、健康、長寿、無執着、人間性、霊的な洞察力、無私の奉仕、犠牲、相互理解、忍耐、普遍的友情、真理への揺るぎない信念、宇宙的意識、普遍的愛、その他の神的な美徳などが人々にあらわれます。
人は、無知の暗闇によって、過ちや罪を犯します。ガーヤトリーは、真理の光によって祝福し、カルマ(業)や輪廻転生の渦から救い出します。叡智の第三の目を開くことで、私たちの過去、現在、未来が明かされ、穏やかに天界へと導かれます。私たちのエネルギーを神聖な愛や創造性に転換させるガーヤトリーの光は、私たちの人生すべてを神聖なものにします。
ガーヤトリー・マントラは、あらゆる恐怖を取り除きます。すべての病にとっての最高の治療法です。カルマを破壊し、解放によって祝福します。ガーヤトリー・マントラが唱えられるところは、神の言葉の炎によって、悪魔や悪霊が祓われます。

ガーヤトリー・マントラの恩恵のもと、よい休日をお過ごしください。
参照:
Sadguru Sant Keshavads, Gayatri The Highest Meditation, p67, Motilal Banarsidass Publishers Pvt. Ltd., India

シヴァ・パンチャークシャラ・マントラ

オーム・ナマ・シヴァーヤ
このマントラは、あらゆるヴェーダやタントラの核心であるといわれています。「ナマ・シヴァーヤ」は、ルドラムの中で頻繁に見ることができます。またアーガマ・シャーストラでは、その意味が詳細に述べられています。
ナッチンタナイは次のように述べています。
「ナマ・シヴァーヤは、アーガマとヴェーダの真理をなすものです。ナマ・シヴァーヤは、すべてのマントラとタントラを表現しています。ナマ・シヴァーヤは、わたしたちの魂であり、肉体であり、財産です。ナマ・シヴァーヤは、確実にわたしたちを守ってくれます。」
このマントラの意味を明確にすることは容易ではありません。単純な訳語では、「わたしはシヴァ神に帰依します」という意味になります。しかし、この訳は、すべてを表現していません。シヴァには、吉兆という意味があるため、このマントラは吉兆に敬意を示すという意味もあります。シヴァは、本などで書かれているように、単なる破壊の神としてではなく、文脈の中でその意味を判断する必要があります。
シャイヴィズム(シヴァ派)やその他のヒンドゥー教の組織では、シヴァは、神々の源となる無形の超越的な存在(パラマーシヴァ)とされています。これは、他のすべての存在の源と考えられ、他者と切り離された神ではなく、すべての人の中心に内在している神とされています。シヴァは、外部にあるわけでもなく、あなたと切り離されたものでもなく、むしろ、あなたの心の中心に存在するものです。
このマントラの訳語よりもさらに重要なことは、その音と波動にあります。その他すべてのマントラと同じように、マントラの意味よりは、音により大きな重点が置かれます。このマントラは、「ナ」、「マ」、「シ」、「ヴァ」、「ヤ」の5音節(パンチャークシャラ)のマントラとして知られています。マントラのはじめには、すべてのマントラや音の起源となるマハービージャ(種子)の聖音「オーム」によって構成されます。マントラに含まれた音節は、それぞれに意味と特性があるとされています。
サットグル・シヴァーヤ・スブラフマニヤスワミは、次のように述べています。
「”ナ”は、神の隠れた恩寵を、”マ”は世界を、”シ”はシヴァを示し、”ヴァ”では、彼の恩寵を明らかにし、”ヤ”は(救済された)魂をあらわす」
そして、次のように続けます。
「五元素も、この古代の呪文によって発動されたものである。”ナ”は地、”マ”は水、”シ”は火、”ヴァ”は風、”ヤ”は空(エーテル、アーカーシャ)である。」
パラマーハンサ・ムクターナンダも、このマントラが精神や霊的な道にいかに有用であるか、雄弁に語っています。このマントラを唱えることで、タマス(暗質)とラジャス(激質)を取り除き、高尚な霊験に適した、純粋な心の状態を作るといいます。
ムクターナンダはこう述べています。
「このマントラに潜在する力は、偉大な神秘です。わたしたちがナマ・シヴァーヤの5音節を唱えるとき、肉体を構成する五元素が浄化されます。それぞれの音節は、それぞれの要素に対応します。ナの音節は地の要素に、マの音節は水の要素に、シの音節は火の要素に、ヴァの音節は風の要素に、そしてヤの音節は空(エーテル)の要素に対応します。それぞれの音節は、対応した要素を浄めます。肉体や心が完全に清らかでないとき、わたしたちが霊的修行から得る恩恵は限られたものになります。それゆえ、心身を浄めるために、オーム・ナマ・シヴァーヤを唱えます。」
ヨーガ・マガジンで、スワミ・ニランジャナーナンダ・サラスワティーは、マントラの波動的な性質と、主要なチャクラの関係について、いくつか詳しく解説しました。彼は次のように述べています。
「例えば、わたしたちが”オーム・ナマ・シヴァーヤ”を唱えるとき、わたしたちはシヴァ派になるわけでもなく、神を崇めたり、帰依したりするのでもなく、これは、さまざまなチャクラのエネルギーを刺激していることになります。”オーム”は、心の純粋さ、創造性、直感に対応するアージュナー・チャクラの音です。”ヤ”あるいは”ヤム”は、アナーハタのマントラです。”ヴァ”あるいは”ヴァム”はスヴァーディシュターナのマントラです。これと同じように、”ナ”、”マ”、”シャ”も、それぞれ異なるチャクラに対応する音節となります。」
ここで聖者スブラフマニヤスワミは、マントラとチャクラ、そしてプラーナやアストラルのような事柄について解説しています。「”オーム・ナマ・シヴァーヤ”が繰り返されるとき、わたしたちはナ・マ・シ・ヴァ・ヤ・オームのチャクラを通過します。オームは頭頂のチャクラです。ナマ・シヴァーヤは、地・水・火・風・空の要素をなし、すべてに浸透する意識へと変革します。そして、”オーム”の終わりは、頭頂よりさらに上の偉大なチャクラへと続きます。呼吸をするように、「オーム・ナマ・シヴァーヤ・オーム・ナマ・シヴァーヤ・オーム・ナマ・シヴァーヤ……」と繰り返し唱える時の間は、至高の存在に到達するための空間であり、魂、心、精神、肉体の世界へいったん後退し、それらすべてを新たなエネルギー、新たな生活、新たな知力で祝福する時です。「ナマ・シヴァーヤ・オーム、ナマ・シヴァーヤ・オーム、ナマ・シヴァーヤ・オーム」は、絶え間なく続く人生の過程であり、人生の本質を示しています。」
声に出しても、心の中で唱えても、このマントラを繰り返し唱えてみてはじめて、聖者が述べているような味わい深い甘露を味わうことができるでしょう。
「ルドラークシャ・ビーズを身につけ、パンチャークシャラ・マントラを唱えなさい。心が柔和になり、溶け出すでしょう。愛を込めてこの5文字のマントラを唱えれば、シヴァの心を見るでしょう。そして、不純なもの、心配、疑念は破壊されます。」-シヴァ・ヨーガスワミ
http://sitarama.jp/?mode=f6より

アダムの橋(ラーマ・セートゥ)

「王子として誕生したラーマは、神の仕事を遂行するために超人的な力を発揮し、インド洋を制御した。そして、対岸(ランカ島)に棲まう悪名高き王ラーヴァナを殺した」(シュリーマド・バーガヴァタム)
古い記事になりますが、かつてNASAが撮影した衛星写真に、ラーマーヤナの神話で登場したインドとスリランカを繋ぐ橋が、はっきりと映し出されていると話題になりました。

(出典:NASA Digital Image Collection)
以下にHindustan Times(2002, Oct.10)からの記事を紹介いたします。

NASAによって撮影された衛星写真が、インドとスリランカを結ぶポーク海峡にある不思議な古代の橋を明らかにしました。最近発見された橋は、アダムスブリッジと命名され、約30kmに渡って続いています。
橋の独特な湾曲や構造から、人工物であることが考えられます。古代の伝説や考古学的な考察から、橋の建設年とほぼ同時期の約175万年前に、スリランカに先住民が移住した証であるとされています。
これは、トレータ・ユガの時代(170万年以上前)の出来事であるとされるラーマーヤナの神話に、重大な見地を与えます。
この叙事詩では、至高神の化身であるラーマの指揮の下、ラーメーシュワラム(南インド)とスリランカの間に、橋が建築されたことについて述べられています。
この情報は、人類の起源に関心を持つ考古学者にとってはあまり重要ではないかもしれませんが、インド神話にまつわる古代史について、世界中の人々に知る機会を与え、宗教的な門戸を開いたことは確かです。

(註:橋の建築年代や長さ、また人工物か自然形成のものかなど、さまざまな議論があります)
現在は、温暖化による海面上昇で渡ることはできませんが、数百年前までは橋として機能していたという説もあるようです。ラーマーヤナに書かれているように、ラーマがハヌマーンとともにこの橋を建築し、ランカ島に渡って悪魔を退治したと想像するのは楽しいですね。
しかし2007年、このアダムの橋を横切る水路建設にともない、保守派から猛反発を受けたインド政府は、ラーマが実在した証拠はないとの見解を表明したようです。発展著しいインドですが、近代化にともなって、伝統的な宗教的価値感までが蔑ろにされるのは少し寂しい気がします。
ところで本日4月14日は、そのラーマーヤナの主人公であるラーマの誕生日です。ラーマーヤナで語られるラーマの栄光をあらためて見直してみるのもよいかもしれません。
参照:
・”NASA Images Find 1,750,000 Year Old Man-Made Bridge between India and Sri Lanka”,
http://www.lankalibrary.com/geo/ancient/nasa.htm(画像あり)
・”NASA Images Find 1,750,000 Year Old Man-Made Bridge”,
http://www.salagram.net/VWHIndia.html#LankaBridge
・”インドとスリランカをつなぐ7つの島”,
http://www.eorc.nasda.go.jp/imgdata/topics/2003/tp031016.html(画像あり)
・”Adam’s Bridge”,
http://en.wikipedia.org/wiki/Adam’s_Bridge(画像あり)

マントラによる瞑想

音声心理学、自然原理にもとづいて数千年間に渡って実証されてきたジャパによる瞑想には、さまざまな実利的な救済があります。
西洋文化によく見られるロザリオによる祈祷は、ジャパの形式のひとつといえます。ロザリオに似たジャパ・マーラーは、マントラを繰り返し唱える際によく使用されます。これを使用することで、リズミックに繰り返し唱えることができ、集中力の強化や内的な気づきを得る助けとなります。ジャパ・マーラーは、通常108個のビーズと、他のビーズより少し大きめのメールという親玉で成り立ちます。この親玉は、ビーズ1個につきマントラを一回唱えていったときに、108回のジャパ(1マーラー)が完了したことのシグナルになります。続けて唱える場合は、指は親玉を交差してはいけません。親玉に到達したら、数珠を反対方向に繰っていきます。ビーズを繰る時は、親指と中指を使用します。人差し指は、ネガティブな意味があるので、インドでは滅多に使用されることはありません。数珠は、臍より下に垂れないようにし、使用しないときは、清潔な布に包んでおきます。
瞑想の開始前には、適切な祈りを唱えることで、感覚を研ぎ澄ますことができます。軽く目を閉じ、眉間にあるアージュナー・チャクラか、胸にあるアナーハタ・チャクラに意識を集中させ、好きな神さまや師匠を想起します。マントラは、間違えないようにはっきりと唱えます。唱えるのが速すぎても、遅すぎてもいけません。そして、その意味にも意識を向けます。心が彷徨いだしたときは、マントラのスピードをあげて、集中力を取り戻してもよいでしょう。心は時間とともに流される傾向があるので、瞑想の間は集中力を保つことが重要になります。
ジャパに変化を持たせることは、同じ音節を繰り返し唱えることによる疲労や退屈さを妨げ、集中力を維持するために必要です。しばらくの間は大きな声で唱え、それからささやき声で、最後には心の中で唱えるのもよいでしょう。心は変化を必要としていて、単調では飽きてしまいます。しかしながら、感情を排除した機械的な繰り返しでも、とても大きな効果があります。瞑想の上達に応じて、内的な変化を持たせていくことが大切です。
声に出してのジャパは、ヴァイカリー・ジャパと呼ばれます。一方、ささやき声でのジャパは、ウパームスと呼ばれます。心の中で唱えるマーナシカ・ジャパは、もっとも強力ですが、心はふらふらと彷徨う傾向にあるため、鋭い集中力が必要とされます。周囲の環境にも配慮する必要がありますが、大きな声によるジャパの利点は、世間の騒音や気をそらすものをシャットアウトし、集中力を維持しやすい点にあります。周囲の環境、心の状態、集中力や眠気など、必要に応じて方法を変えるのがよいでしょう。
この種の取り組みに慣れていないビギナーの人たちは、マントラを5分や10分繰り返しただけで、すぐに音をあげてしまうかもしれません。しかし、少なくとも30分は辛抱して繰り返すことで、意識の中にマントラが浸透し、数日の内にその恩恵を感じ取ることができるようになるでしょう。
マントラを繰り返し唱える間、好きな神さまのイメージを想起することは、ジャパの効果を大きく高めます。音と形は、お互いに強め合います。集中力と信念があれば、音波は、意識の中に対応した形をつくり出す力があります。このプロセスは、胸や眉間に神さまの姿を想起することで、非常に高められます。視覚化によって、その神さまの多様な性質に気づきます。その神さまが心に内在し、神さまが心や意識を内から浄め、マントラの力によってその存在が大きくなることを感じましょう。
例えば、シヴァ神を瞑想するとします。物理的なエネルギーは、数珠を繰ることに集中されます。そして、三つ目、三日月、コブラ、三叉矛、太鼓などのシヴァの特徴的なイメージが、心の一層を占めます。同時に「オーム・ナマ・シヴァーヤ」のマントラが繰り返され、意識の中にもう一層が形成されます。マントラの繰り返しは、蓄積的な作用があり、継続することでその効果が増大します。ジャパによる瞑想は、単なる言葉の繰り返し以上のものであることは明らかです。最終的には、三昧の境地に導くものです。
結びの祈りや、瞑想後の過ごし方も重要です。ジャパが終わった後すぐに、世俗的な活動に取り組むのはよくありません。10分ほど静かに座し、神さまを想念し、神さまの存在を感じます。日常の活動を再開した時も、神聖な波動はしばらく残っています。どのような活動に従事しようと、この傾向がいつまでも続くように心がけます。
手仕事を行うときは、手は仕事に集中し、心は神さまに捧げます。
友だちと会話を楽しみながら編み物をしている女性のような場合は、メンタル・ジャパをすることもできます。練習をすることで、手仕事は無意識のうちにこなすことができます。マントラが一日を通じて繰り返されるようになれば、神さまの意識が生活の中にまで浸透してくるでしょう。
リキタ・ジャパと呼ばれるマントラを紙に書くことは、ジャパの補完的な方法です。リキタ・ジャパでは、この目的のためだけのペンとノートを特別に用意して、マントラをノートに書いていきます。静寂と集中力をもって、30分間続けます。書いている間は、心の中で同時にマントラを唱えることで、意識下の影響が強められます。リキタ・ジャパはどの言語や字体で行っても構いません。これは、集中力を高め、瞑想状態に導く大きな助けとなります。人がどのような状態であっても、人々を守り導く神聖なエネルギーの影響を継続させる助けとなる方法です。
これ以上の高度な瞑想方法は、指導者の指示なしに行わない方が賢明です。あまり知られていないビージャ・マントラやシュリー・ヴィディヤーなどの特殊なマントラは、マントラやサンスクリット語に精通していない場合は唱えない方がよいでしょう。不適切に唱えられた場合は、精神的によくない影響がある場合もあります。高度で特殊なマントラに精通していない場合、指導者が近くにいない場合は、広く知られている一般的なマントラに集中するようにしましょう。
神々のマントラは、集中されたジャパ瞑想を長期間にわたって行うプラスチャラナに用いられます。プラスチャラナを行う際は、ジャパのために毎日数時間割り当てる必要があります。マントラは、1種類につき100万回繰り返されます。そして、規定の回数をこなすまでは、信心を込めて、正しい姿勢と心構えで挑みます。マハーマントラのジャパをゆっくり行うと、終了するまでに3年ほどかかります。実行者は、プラスチャラナに関する聖典の記述にある規則や規律を確認し、定められた食事制限などを遵守する必要があります。
アヌシャーサナは、ある精神的な目的達成のために行われる宗教的な苦行です。成功するためには、願望は霊性に関するものであり、苦行の間つねに信念を持ち続けなければなりません。苦行の厳しさはさまざまですが、実行者の体質や健康状態にも依存します。
ジャパ・アヌシャーサナでは、望む目的に応じた神さまのマントラを選択するべきです。個人的に好きな神さまがクリシュナであったとしても、心に響く音楽を作曲したいならばサラスワティー女神のマントラを唱えたり、精神的な障害を取り除きたい場合にはガネーシャのマントラを唱えるとよいでしょう。こうしたジャパ瞑想は、鋭い集中力を持った雑念のない状態で長期間にわたって行われれば、希望の目標に到達することは間違いありません。
ジャパ瞑想については他にもさまざまな形式があるかもしれませんが、一般論とテクニックに大きな違いはありません。信念と愛をもって、不屈の精神で行えば、ジャパは覚りを実現する直接的な道となります。
http://sitarama.jp/?mode=f2より

聖典より:ルドラークシャ・ビーズの栄光について

ルドラークシャ(金剛菩提樹)については、多くの聖典によってその功徳が語られていますが、「シュリーマド・デーヴィー・バーガヴァタム」から、ルドラークシャ・ビーズの栄光についての部分を紹介させていただきます。

シュリーマド・デーヴィー・バーガヴァタム
第十一巻第三章
ルドラークシャ・ビーズの栄光について
p.1063
……ジャパムを行う為の準備として、次に行うべきことは、灰を眉間につけ、ルドラークシャ・ビーズを身につけることだ。32個のルドラークシャ・ビーズを首に、40個を頭に、6個を各耳に(両耳で12個)、24個を両手に(各手に12個)、32個を両腕に(各腕に16個)、各目に1個を、頭頂に1個を、胸に108個のビーズ(合計251個)を身につける者は、マハー・デーヴァそのものとなる。ルドラークシャは、こうして使われるべきだ。ムニ(人間)よ!あなたはルドラークシャ数個を金や銀の紐で結びつけ、それを一房の髪や耳に着けてもよい。シヴァ神の5文字のマントラやプラナヴァ(オーム)を信心込めて唱えた後、聖紐に、手に、首に、腹にルドラークシャを身につけることができる。ルドラークシャを手にすることは、シヴァ・タットヴァ(シヴァの真理)の知識を覚ることを意味する。ブラフマンよ!頭頂に置かれたルドラークシャ・ビーズは、ターラ・タットヴァ(オーム・カーラ)を意味する。両耳につけられたルドラークシャ・ビーズは、デーヴァとデーヴィーとみなされる。
22-37.
聖紐で繋がれた108個のルドラークシャ・ビーズは、108のヴェーダとみなされる(月の16の相が完成するように、完全な知識を意味する)。腕にあるものは、ディック(4分の1)とみなされる。首にあるものは、サラスヴァティーとアグニ(火の神)とみなされる。ルドラークシャ・ビーズは、あらゆる人種やカースト層によって身につけられるべきである。ブラーフマナ、クシャトリヤ、ヴァイシャは、(意識的に)マントラによって浄められた後身につけるべきだ。スードラは、マントラによる浄化をせずとも(知らずして)身につけることができる。ルドラークシャ・ビーズを所有あるいは身につけることにより、人は完全にルドラの化身となる。これには疑いの余地はない。見ること、聞くこと、考えること、嗅ぐこと、肉などを食べること、支離滅裂な会話、禁忌行為を行うことなどによって生じるすべての罪は、身につけたルドラークシャ・ビーズによって完全に浄められる。いわば、食べたり、飲んだり、嗅いだりするどのような行為であろうと、それはルドラ・デーヴァ自身によって行われるものとされる。偉大なムニよ!
p.1064
ルドラークシャ・ビーズを所有したり身につけることを恥じる者は、最高の生を受けても、このサムサーラ(輪廻)の世界から逃れることはできない。人の所有するルドラークシャ・ビーズを蔑む者は、彼の誕生に欠点を残すことになる。これについて疑いの余地はない。ブラフマーがブラフマーの境地を穢れなく維持し、ムニが真理の心に明るいのは、ルドラークシャ・ビーズを所有することによるものである。従って、ルドラークシャ・ビーズを所有することほど高貴で秀でた行為はない。ルドラークシャ・ビーズを手に持ち、人に衣類や食物を配る者は、すべての罪から自由になり、シヴァ・ローカ(シヴァの世界)へ行くことができる。ブラーフマナが篤い信仰心とともに、ネックレスや金でルドラークシャ・ビーズを所有するならば、ルドラの境地に達する。賢い者よ!信仰心や誠意を持とうと持たなかろうと、マントラを唱えようと唱えなかろうと、誰でも、如何なる時もルドラークシャ・ビーズを所有するものはすべての罪から浄められ、タットヴァジニャーナ(真理の知識)を獲得する。私はルドラークシャ・ビーズの偉大なすべてを述べることはできない。事実、すべての者は、あらゆる手段によって、ルドラークシャ・ビーズを身につけるべきである。
ここで、マハールシ・ヴェーダ・ヴィヤーサによる一万八千詩節のマハー・プラーナム・シュリーマド・デーヴィー・バーガヴァタム第十一巻第三章、ルドラークシャ・ビーズの栄光についてを終わる。

ところで、今日はお釈迦様の誕生日にあたる花祭り(灌仏会)の日です。
インドでは、昨日7日(地域によっては6日)から、ドゥルガー・ラクシュミー・
サラスワティー女神をお祝いするナヴァラートリー祭が行われています。
新年度に入って、何かと忙しい時期でもありますが、心新たによい日々を
お過ごしください。
出典:
http://www.sacred-texts.com/hin/db/bk11ch03.htm

ガーヤトリー・マントラのバリエーションについて

ガーヤトリー・マントラは、聖音オームや他のマントラのコンビネーションによって、さまざまなバリエーションで唱えられています。
ガーヤトリー・マントラの本体は、リグ・ヴェーダに記されていますが、これは次の部分から成り立っています。
「タットゥ・サヴィトゥル・ヴァレーニャム・バルゴー・デーヴァッシャ・ディーマヒ・ディヨー・ヨーナハ・プラチョーダヤートゥ」(RV 3.62.10)
サーマ・ヴェーダでは、上記のマントラに次の3語が前置きされました。
「ブール・ブヴァッ・スワハ」
このように、すでに広く知られているガーヤトリー・マントラは、いくつかのヴェーダのマントラの組み合わせによって成り立っています。
The Mystique of Om」では、さらに深くガーヤトリー・マントラのコンビネーションについて述べていますので、ここに紹介いたします。

1. 「オーム」がひとつ、マントラの前に置かれる場合、このジャパは「エーカパダ」と呼ばれます。
オーム・ブール・ブヴァハ……プラチョーダヤートゥ」
このジャパは、糖尿病などの病に有効であると信じられています。
2. 「オーム」がマントラの前後に置かれる場合、このジャパは「サンプタ・ジャパ」と呼ばれます。
オーム・ブール・ブヴァハ……プラチョーダヤートゥ・オーム
このジャパは、精神的な病に有効であると信じられています。
3. 「オーム」が3回唱えられる場合は、「トリパダ・ジャパ」と呼ばれます。
オーム・ブール・ブヴァハ・スヴァハ
オーム・タットゥサヴィトゥル……
オーム・ディヨーヨーナハ・プラチョーダヤートゥ」
このジャパは、唱える人に高い霊性の力をもたらすといわれます。
4. 「オーム」が5回唱えられる場合は、「パンチャパダ」と呼ばれます。
オーム・ブーフ・オーム・ブヴァハ・オーム・スヴァハ
オーム・タットゥサヴィトゥル……
オーム・ディヨーヨーナハ・プラチョーダヤートゥ」
このマントラは、心臓疾患に有効であると信じられています。
5. 「オーム」が6回唱えられる場合は、「シャトゥパダ」と呼ばれます。
オーム・ブーフ・オーム・ブヴァハ・オーム・スヴァハ
オーム・タットゥサヴィトゥル・ヴァレーニャム
オーム・バルゴー……
オーム・ディヨーヨーナハ・プラチョーダヤートゥ」
このマントラは、血圧や身体の主要な8部分に関する病を癒すといわれます。
6. 「ナーラダ・プラーナ」には、「マハハ、ジャナハ、タパハ、サティヤム」が前置きされたガーヤトリー・マントラが記されています。
7. 「オーム」は、ガーヤトリーを拡張する場合に使われることもあります。ガーヤトリー・マントラの最後に、次のジャパが続きます。
「オーム・アポー・ジョーティ・ラソームリタム
ブラフマ・ブールブヴァハスヴァローム」
8. また「エーカパダ」に次のようなマントラが追加されて、100語のガーヤトリー(シャタークシャラ)とされることがあります。
(a)「オーム・ジャタヴェーダセー・スナヴァム・ソーママラティ・ヤトー・ニダハティ・ヴェーダハ/サ・ナハ・パルシャダティ・ドゥルガニ・ヴィシュヴァ・ナヴェーヴァ・シンドゥム・ドゥリタティヤグニヒ」
(b)「オーム・トリャムバカム・ヤジャーマヘー・スガンディム・プシュティヴァルダナム・ウルヴァールカミヴァ・バンダナートゥ・ムリティヨールムクシーヤ・マームリタートゥ」
9. アムリタサンジーヴァニ・ガーヤトリーは次のように唱えられます。
「オーム・ブールブヴァハ・スヴァハ・オーム・トリャムバカム・ヤジャーマヘー・オーム・タットゥサヴィトゥルヴァレーニャム・スガンディムプシュティヴァルダナム・バルゴーデーヴァッシャディーマヒ・ウルヴァールカミヴァ・バンダナートゥ・ディヨーヨーナ・プラチョーダヤートゥ・ムリティヨールムクシーヤ・マームリタートゥ・オーム」
ガーヤトリー・マントラが、マハームリティユンジャヤ・マントラとオームによって、再構成されているのに気がつくと思います。このマントラは、究極的な死を避けるために使用されます。
10. 「トリプラナヴァ・ガーヤトリー」では、以下のように「オーム」が3回唱えられます。
オーム・ブールブヴァハスヴァハ
オーム・タットゥサヴィトゥルヴァレーニャム
バルゴーデーヴァシャディーマヒ・ディヨー・ヨー・ナハ・プラチョーダヤートゥ・オーム

このように、ガーヤトリー・マントラは、オームやその他のマントラと組み合わされて、目的別にさまざまに唱えられることがあります。ここでは、一例を紹介させていただきましたが、どれを唱えたらよいか迷ってしまうという方は、もっとも基本的で広く唱えられている「エーカパダ」を唱えられるのがよいかもしれません。

参照:
Jayant Burde, “The Mystique of Om”, p92, New Age Books, India

ジャパをするときの環境について

ジャパを行う(マントラを繰り返し唱える)ことの重要性は、ヒンドゥーの聖典でたびたび強調されていますが、ジャパをする環境の重要性についても、聖典では述べられています。
ここでは、「Gayatri the Highest Meditation」から引用して、ジャパを行う時の環境の重要性について紹介いたします。

「タントラサーラ」によると、メンタル・ジャパ(心の中でマントラを唱えること)は、いつでもどこでも行うことができます。「リンガ・プラーナ」では、通常の生活環境よりも、さらに恩恵をもたらす特定の環境の重要性について次のように述べています。

あなたの家でジャパを行うとき、恩恵はジャパの数だけ与えられます。ところが、牛舎でジャパを行うならば、その恩恵は100倍となります。また聖河のほとりで唱えるならば、その恩恵は、前の2つの場所の10万倍となります。同じジャパが神の神聖なイメージ(絵、像、写真など)の前で行われるならば、その恩恵は無限大です。海岸、山、寺院、隠遁者の住処などで行われるジャパも、その恩恵は莫大なものになります。神のイメージ、またはより明るい光を放つ星を凝視してのジャパはとても効果的です。光や炎、牛の前で行われるジャパ、同様に霊的な教師や聖者の前で行われるジャパは、すばらしい恩恵をもたらします。

「タントラサーラ」によると、トゥラシー(ホーリーバジル)の植えられた庭で、あるいはシヴァ神に捧げられるビルヴァの木(ベルノキ)の側で、あるいは山頂にある神聖なイチジクの木の側で、川辺で、牛舎で、寺院で、聖地巡礼の途中で、霊性の師の前などで行われるジャパは、容易に心を統制でき、マントラを繰り返し唱えることで、精神的な満足感や、ある種の達成感が確実にもたらされるといわれます。

参照:
Sadguru Sant Keshavadas, “Gayatri The Highest Meditation”, p18, Motilal Banarsidass publishers, India

言葉の力

「サンスクリットは神の言語である」といわれます。このことから、サンスクリットには何か特別な力があり、祈りやマントラはサンスクリットでなければならないと思いがちです。
しかし、わたしたちが普段使っている日本語をはじめ、世界中の言葉はとても大きな力を秘めています。
心を明るくし、元気づけ、また不愉快にさせたり、争いに導くのも、すべてわたしたちの言葉です。
こうしてみると、実はわたしたちの話す言葉そのものがマントラであり、自分自身、そして人の心を動かす原動力となっていることに気づきます。
事実、マントラはサンスクリット語で「言葉」の意味があります。
そのことからも、わたしたちはすでにマントラ(言葉)の達者な使い手と言えるでしょう。
たとえば、「ありがとう」という言葉があります。
「ありがとう」と言われれば、うれしい気持ちになり、気分を害す人は少ないと思います。
「ありがとう」の意味を知らない外国人が、何も分からずに、わたしたちに向かって「ありがとう」といっても、うれしい言葉に違いありません。
言葉は、本人は意味が分からなくても、相手に通じる力があります。
インドでは、意味の理解より先に、正確な暗唱ができることを優先して教典を学んでいるようです。意味の理解は重要なことだと思われますが、暗唱ができることを重視しているのはどうしてでしょうか。
仮に日本語をまったく知らない外国人に、「私はお腹がすいています。リンゴをください」というマントラ(?)を授けたとします。これが正確に唱えられるようになれば、外国人は、その意味が分からなくても、見ず知らずの日本人から運良くリンゴを手にすることができるかもしれません。
外国人がこのマントラの意味を理解して、苦渋に満ちた表情で唱えるならば、さらに効果的でしょう(笑)。
わたしたち(外国人)が唱える外国語(サンスクリット)のマントラも、たとえ意味を知らずに唱えていても、聞き手(神々)にとっては、同様に聞こえるはずです。そこには多少日本語なまりがあったとしても、ネイティブならば問題なく聞き取ることができます。
そして、その意味を理解し、相手に伝わるように気持ちを込められるようになれば、聞き手は何とかしてあげたいと思うに違いありません。
言葉には、言語の壁を越えた、すべてに共通する力があります。
そこには、サンスクリット語も日本語も関係ありません。どの言葉でも、心を込めて唱えられた祈りには、深い意味があり、すべて相手に通じています。
追伸:
2008年3月6日は、マハー・シヴァラートリと呼ばれるインドの大祭です。この日は、夜を徹して讃歌を歌ったり、瞑想をすることが勧められています。翌日が仕事で、徹夜できない人も、普段より少し多目に祈りを捧げることで、「言葉の力」を実感してみてもよいかもしれません。
参照:マハー・シヴァラートリ http://blog.sitarama.jp/?eid=201031

シンプル占星術

だれにでもすぐに習得できて、驚異の的中率をほこる占星術(?)をお伝えします。
「明朝、太陽が東から昇るとともに、人々は活発な活動を始めるだろう」
あまりにも当たり前すぎて、これは占星術ではないとお叱りを受けてしまうかもしれませんが、太陽という星の動きをもとに、人々の活動を予測しているので、立派な占星術(?)だといえます。
さらにもうひとつ、
「月の満ちるとき(欠けるとき)、あらたな生命が誕生するだろう」
魚をはじめ、生命誕生のリズムと月の満ち欠けは、密接な関係があることが知られています。
これも、月の動きによって、未来を予測することなので、占星術(?)といえなくはありません。
占星術というと、難しいチャートをみつめて、難しい法則を駆使して導き出す難解なものというイメージがあります。しかし、古代の人々は、このような単純な法則から、星々と生命の何らかの関係を感じ取り、現在の占星術に発展させていったということは、想像に難くありません。
太陽は、莫大なエネルギーを放出し続け、わたしたちの生命活動を支える欠かせない存在であることは、誰の目から見ても明らかです。
人間、動物や植物はみな、太陽の恵みを受けて活発に活動し、生命維持に必要なエネルギーを太陽から得ています。
また月は、地上の生命のリズム維持に、重要な役割を果たしています。満潮・干潮、生物の産卵リズムなどには、月の影響が大きく関わっています。
占星術で太陽や月が重要な地位にあるのは、このような事実があるからかもしれません。
しかし、いざ占星術のチャート上で、太陽や月をもとに将来を予測しようとなると、その解釈はさまざまに変化してきます。
その解釈に一喜一憂するよりも、実はもっとも基本的なこと、太陽や月などのリズムにあわせて、日々を過ごすということが何よりも重要です。
ヴェーダでは、午前4時〜午前8時はサットヴァ(浄性)の時間帯、午前8時〜午後4時はラジャス(激性)の時間帯、午後4時〜午後8時はサットヴァ(浄性)の時間帯、そして午後8時〜午前4時はタマス(鈍性)の時間帯というように、1日24時間の中で、人々に適した活動の時間帯を定めています。
この時間の概念は、ムフールタ(ムフルタ)とも呼ばれ、吉日の選定などにも使用されています。ムフールタは、正確には48分単位で刻まれ、中でもブラフマー・ムフールタの時間帯は、ヨーガや瞑想に適した時間であるとされています。
ムフールタの名称
1 06:00 – 06:48 RUDRA
2 06:48 – 07:36 AHI
3 07:36 – 08:24 MITRA
4 08:24 – 09:12 PITRU
5 09:12 – 10:00 VASU
6 10:00 – 10:48 VARA
7 10:48 – 11:36 VISVADEVA
8 11:36 – 12:24 VIDHI
9 12:24 – 13:12 SATAMUKHI
10 13:12 – 14:00 PURUHUTA
11 14:00 – 14:48 VAHINI
12 14:48 – 15:36 NAKTANCARA
13 15:36 – 16:24 VARUNA
14 16:24 – 17:12 ARYAMA
15 17:12 – 18:00 BHAGA
16 18:00 – 18:48 GIRISHA
17 18:48 – 19:36 AJAPAD
18 19:36 – 20:24 AHIRBUDHNYA
19 20:24 – 21:12 PUSA
20 21:12 – 22:00 ASWINI
21 22:00 – 22:48 YAMA
22 22:48 – 23:36 AGNI
23 23:36 – 24:24 VIDHATR
24 24:24 – 01:12 CANDA
25 01:12 – 02:00 ADITI
26 02:00 – 02:48 JIVA
27 02:48 – 03:36 VISNU
28 03:36 – 04:24 YUMIGADYUTI
29 04:24 – 05:12 BRAHMA
30 05:12 – 06:00 SAMUDRAM
(出典:Wikipedia, “Muhurta”, http://en.wikipedia.org/wiki/Muhurta)
早起きは三文の得、と昔から言い伝えられていますが、世界のどの国でも、朝の時間は非常に大切な時間であるとされています。
仕事で帰宅が遅く、早く休めない人もいるかもしれませんが、無理せず、できる範囲でこのような智慧を取り入れてみるといいでしょう。
これは、占星術のもっとも基本形である、太陽と月の動きにかなった生活術であり、心身ともに活力を得るための、重要な処方箋となります。