ビージャ・アクシャラ その3

前回は、スワミ・シヴァナンダの著書から、ビージャ・マントラの意味を抜粋いたしましたが、この説明の中には、それぞれのビージャ・マントラの最後に唱えられる「ム」の説明がないことに気がついた方もいらっしゃると思われます。
この「ム」の意味は、「オーム」の解説に記載されている“「ム」はイーシュワラとプラジュナの睡眠の状態です”の説明が当てはまるでしょう。睡眠の状態というと、われわれにとってはマイナスのイメージがあるかもしれませんが、ここでいう睡眠とは、われわれが眠くなるときにとる睡眠とは意味が異なります。サンスクリット語のことわざに、「聖者は、人々が目覚めているときに眠り、人々が眠りに就くときに目覚める」というものがあります。これは、一般に、人々は五大欲望に代表されるさまざまな欲望にとらわれ、その欲望を満たすために“目覚め”ます。しかし、聖者はそのような欲望には関心がないため、人々が目覚めているときには“眠る”のです。また、人々が関心の薄い解脱への道、神への欲求は、聖者の第一の関心事であり、そのために人々が“眠る”ときに聖者は“目覚める”のです。
「オーム」のマントラに代表されるように、はじめは世俗的な意義を示す語(「オ」)からはじまり、最後に神への道へと至る(「ム」)のように段階を踏む形式、つまり表層意識から深層意識へとつながる意味をもつマントラはしばしばみうけられます。他の代表的なマントラとしては、ガーヤトリー・マントラもそのような構造になっています。
そのようなことから、他のビージャ・マントラにある結びの語「ム」も、「オーム」に示されているものと同義語で、悟りへの道、終結をあらわす意味をもつと理解してよいでしょう。
ビージャ・アクシャラについては、今回スワミ・シヴァナンダの解釈を参照いたしましたが、同一の神でもさまざまに異なる呼び名があるように、その意味もじつは一義的なものにとどまりません。たとえば、「フリーム」は、マハーマーヤーのビージャであるとのことでしたが、ほかにも「フリダヤ」(ハート)へと通じるマントラであるとか、「サラスワティー」を示すマントラであるとの解釈もあります。また、「クリーム(KLEEM)」はカーマのビージャであるとのことでしたが、「クリーム(KREEM)」と同様、カーリー(あるいはドゥルガー)を示すマントラであるともいわれております。
マントラの一節で、「オーム・フリーム・シュリーム・クリーム…」というビージャをつなげたものがしばしば出てきますが、この一節は、その解釈にしたがうと「フリーム」がサラスワティー、「シュリーム」がマハーラクシュミー、「クリーム」がカーリー(ドゥルガー)という三位一体を示していることになります。精神的な側面に関する活動はサラスワティーが、物質的な側面に関する活動はマハーラクシュミーが、そして肉体的な側面に関する活動はカーリー(ドゥルガー)がつかさどります。この三位一体の女神の恩寵により、あらゆる面での幸福と繁栄があたえられます。
ところで、ガーヤトリー女神は、あるときはサラスワティーの姿を、あるときはマハーラクシュミーの姿を、そしてまたあるときはカーリー(ドゥルガー)の姿をとる三位一体の化身とされています。そのため、ガーヤトリー女神の恩寵を得ることで、神への解脱と至る叡智、またそのために必要な衣食住、身体的な強靱さのすべてがあたえられます。これが、ガーヤトリー・マントラが万能かつ最高位のマントラであるといわれるゆえんでもあります。
ビージャ・アクシャラは、すべてのマントラの基礎となると同時に、それ自身が強力なマントラともなっています。「すべての道はローマに通ず」ではありませんが、すべてのマントラはただひとつの至高神に通ずるということは真理です。それぞれ表現は異なるかもしれませんが、すべてのマントラは、ただひとつの至高神をあらわしており、どのようなマントラ(道)を選んでも、それを継続的に臆念し続けることにより、やがてはひとつの真理に到達することができます。

ビージャ・アクシャラ その2

前回のスワミ・シヴァナンダによるビージャ・マントラの解説の続きより
『「ハウム(HAUM)」
このマントラでは、「ハ(Ha)」はシヴァをあらわします。「アウ(AU)」はサダシヴァをあらわします。ナーダ【サンスクリット語で音の意味】とビンドゥ【点の意味。あらゆる創造的なエネルギーがこの点から湧き出るとされる。ビージャ・マントラは通常一文字からなるので、ビンドゥの概念があると考えられる】は、悲しみを払拭することを意味します。このマントラでは、シヴァ神を帰依の対象とします。
「ドゥム(DUM)」
このマントラでは、「ダ(Da)」はドゥルガーをあらわします。「ウ(U)」は守護をあらわします。ナーダは宇宙の母を意味し、ビンドゥは礼拝や祈りなどの行為を意味します。
「クリーム(KREEM)」
このマントラは、カーリカー【ドゥルガーの9つの姿のひとつ】のマントラです。「カ(Ka)」はカーリーをあらわします。「ラ(Ra)」はブラフマンをあらわします。「イー(Ee)」は、マハーマーヤー【マーヤーは幻の意味。非実在の神格としてのドゥルガーの別名】を意味します。ナーダは宇宙の母をあらわし、ビンドゥは悲しみを払拭することを意味します。
「フリーム(HREEM)」
このマントラは、マハーマーヤーあるいはブヴァネーシュヴァラ【世界の主の意味でシヴァ神をあらわす】のマントラです。「ハ(Ha)」はシヴァをあらわします。「ラ(Ra)」はプラクリティ【自然、本質、創造などを意味するサンスクリット語。精神原理プルシャと対比される】をあらわします。「イー(Ee)」はマハーマーヤーを意味します。ナーダは宇宙の母をあらわし、ビンドゥは悲しみを払拭することを意味します。
「シュリーム(SHREEM)」
これはマハーラクシュミーのマントラです。「サ(Sa)」はマハーラクシュミーをあらわします。「ラ(Ra)」は富をあらわします。「イー(Ee)」は充足感や満足感を意味します。ナーダはアパーラ【無限の、計り知れないの意】すなわちブラフマンの化身やイーシュヴァラをあらわします。ビンドゥは悲しみを払拭することを意味します。
「アイム(AIM)」
これは、サラスヴァティーのビージャ・マントラです。「アイ(Ai)」はサラスヴァティーをあらわします。ビンドゥは悲しみを払拭することを意味します。
「クリーム(KLEEM)」
これはカーマのビージャ・マントラです。「カ(Ka)」は欲望の神カーマデーヴァをあらわします。また、「カ」はクリシュナを意味するともいわれます。「ラ(La)」はインドラ【帝釈天】をあらわします。「イー(Ee)」は充足感や満足感をあらわします。ナーダとビンドゥは、しあわせと悲しみをもたらすことを意味します。
「フーム(HOOM)」
このマントラでは、「ハ(Ha)」はシヴァをあらわします。「ウー(U)」はバイラヴァ【恐ろしい者の意味で、シヴァ神の別名】をあらわします。ナーダは至高神をあらわし、ビンドゥは悲しみを払拭することを意味します。このマントラは、鎧のヴァルマ(鎖かたびら)の3部からなるビージャです。
「ガム(GAM)」
これは、ガネーシャのビージャになります。「ガ(Ga)」はガネーシャをあらわします。ビンドゥは悲しみを払拭することを意味します。
「グラウム(GLAUM)」
これも、ガネーシャのマントラです。「ガ(Ga)」はガネーシャをあらわします。「ラ(La)」はあらゆるものに浸透するものを意味します。「アウ(Au)」は、栄光や光輝をあらわします。ビンドゥは、悲しみを払拭することを意味します。
「クシュラウム(KSHRAUM)」
これはナラシンハ【人獅子。ヴィシュヌの化身】のビージャです。「クシャ(Ksha)」はナラシンハをあらわします。「ラ(Ra)」はブラフマーをあらわします。「アウ(Au)」は上を向いた牙をあらわします。ビンドゥは、悲しみを払拭することを意味します。
このほかにも、このようにさまざまな神々をあらわす多くのビージャ・マントラがあります。たとえば、聖仙ヴィヤーサのマントラは「ヴィヤーム(Vyaam)」、ブリハスパティ【祈祷の主の意味。神々の世界の祭官】のマントラは「ブリム(Brim)」、ラーマのマントラは「ラーム(Raam)」などがあげられます。』
このようにビージャ・マントラには、表面的には意味はあまりないといわれていても、内的には深い意味が隠されています。ビージャ・マントラを唱えるときには、このような意味をかみしめつつ、それぞれの神の栄光を想いながら唱えることで、より大きな恩寵がそそがれることでしょう。
参照文献
[1]Swami Sivananda, “Japa Yoga, A Comprehensive Treatise on Mantra-Sastra”, pp94-, The Divine Life Society, India, 1992
[2]菅沼晃編、インド神話伝説辞典、東京堂出版、1998

ビージャ・アクシャラ

「ビージャ」とは、サンスクリット語で「種」をあらわす言葉です。またアクシャラとは、「音節」をあらわします。したがって、ビージャ・アクシャラは、仏教では種字(しゅじ:天台系)または種子(しゅじ:真言系)といわれています。ビージャ・アクシャラ(種字)は通常、サンスクリット語1文字であらわされるものとなります。マントラは、このビージャ・アクシャラを基本にして構成され、またビージャ・アクシャラそのものもマントラとして唱えられます。師から弟子へと口伝によって伝授されるマントラは、このビージャ・マントラが多いでしょう。
ビージャ・アクシャラについては、かの有名なスワミ・シヴァナンダが、著作の中で詳しい解説をしていますので、ここでは、その一部をご紹介いたします[1]。
『ビージャ・アクシャラとは、種となる言葉(種字)です。それはとても強力なマントラです。すべての神々は、それぞれのビージャ・アクシャラを所有しています。すべてのビージャ・アクシャラの中で、もっとも偉大なものは「オーム」すなわちプラナヴァです。それは、パラ・ブラフマン【註:ブラフマンとは宇宙の根本原理であり、それを超越(パラ)するもの】あるいはパラマートマン【真我】の象徴です。オームはそれ自身の中に、他のすべてのビージャ・アクシャラをを含んでいます。オームは、あらゆるものの源泉、すなわちすべての特定音に共通の種であり、また経過音として二次的な種ともなります。アルファベットの文字は、すべての音と文字の根源であるオームから発生します。オームよりすばらしく偉大なマントラは他にありません。オームは、日常的に発音されるとき、きわめて繊細で、耳では聞こえない状態の音がかたまりとなって放出されます。それはアマートマ、すなわち第4段階の超越状態【註:第1段階では、口を使い音として発声する。第2段階ではささやき声で発声する。第3段階では唇だけを動かして、声には出さない。そして第4段階では、こころの中でマントラを唱えるようになります。アマートマとは境界のない、計り知れないの意味で、ここでは無音を意味します】に達します。さまざまな神々は、ひとつの至高的存在のさまざまな姿や側面をあらわしているように、ビージャ・アクシャラあるいはビージャ・マントラもまた、至高のビージャ、至高のマントラである「オーム」のさまざまな姿や側面をあらわしているにすぎません。「ア」「ウ」「ム」の文字だけでは、超越的かつ根本的な音の状態を与えることはまずありません。この3音から構成される音は、もっとも神聖で原初的なドゥヴァニ(波動)のあらわれでしかありません。オームの超越的な音は、通常の耳で聴こえるものではなく、ヨーギンたちによってのみ聴くことができます。オームの正しい発音は、太く調和的な波動とともに、へそから音が生まれ、アヌスヴァーラ【鼻音】つまりチャンドラビンドゥ【”月のような点”の意味で、鼻音】が発音される場所である鼻孔の上部まで段階的に少しずつあらわれていきます。
ビージャ・マントラは、時には数文字からなる場合もありますが、基本的には、一文字でできています。たとえば、ビージャ・マントラである「カム」は、すべてのビージャ・マントラを終結させるアヌスヴァーラあるいはチャンドラビンドゥで、一文字からなります。チャンドラビンドゥでは、ナーダ(音)とビンドゥ(点)がひとつに融合します。いくつかのビージャ・マントラは、「フリーム」のマントラのように複数の文字からできていることもあります。ビージャ・マントラは、その内部に重要な意味をもち、表面的には意味を持たないことが多いでしょう。それらの意味は、非常に微細で、神秘的なものです。ビージャ・マントラの姿は、それを示している神々の姿となります。
5つのマハーブータ(偉大な元素)、すなわち地、水、火、風、空のビージャは、それぞれラム(Lam)、ヴァム(Vam)、ラム(Ram)、ヤム(Yam)、ハム(Ham)となります。ここで、次に例としていくつかのビージャ・マントラの意味を示します。
「オーム」
オームは「ア」「ウ」「ム」の3つの文字からなります。それは時間の3つの周期、意識とすべての存在の3つの状態を示します。「ア」は目覚めの状態、すなわちヴィラートとヴィシュヴァ(目覚めの意識状態、有限宇宙)です。「ウ」は夢見の状態、すなわちヒランニャガルバとタイジャサ(夢見の意識状態)です。「ム」は眠りの状態、すなわちイーシュヴァラとプラージュナ(眠りの意識状態、叡智)です。オームの意味を理解するためには、マンドゥキョーパニシャッド(Mandukyopanishad)を詳細に学ぶといいでしょう。』
[1]Swami Sivananda, “Japa Yoga, A Comprehensive Treatise on Mantra-Sastra”, pp94-, The Divine Life Society, India, 1992

108Hzの「おと」

ヒンドゥー教では、「音」に大きな意味をおいています。サンスクリット語のマントラは、その音自体が意味をもち、そこに重要な役割があるとされています。また神さまの名前は最高のマントラであるともいわれるのは、その神さまの名前を構成するひとつひとつの音にそれぞれ重要な意味が含まれているからです。そのような重要な意味を含む「音」を唱えることにより、心身共に健康になり、解脱に至るというのは、だれでもが実践できる魅力的な方法です。
またその「音」に加えて、ヒンドゥー教では「数」にも重要な意味をおいています。たとえば、「108」という数は、仏教では煩悩の数などとしてしられていますが、ヒンドゥー教では神さまの御名(みな)やジャパ・マーラーの構成数など、「108」が基準となり、神聖な数を示す場合が多くあります。
そこで、ヒンドゥー教では「音」と「108」に大きな意味をおいていることから、108Hz(ヘルツ:1秒間に波が何回振動するかの単位)の音はどのような「音」になるのだろうということで、実際につくってみました。実際の音はこのようになります。108Hzの音
この音は、自然科学的に見たら、何の変哲もないただの音ですが、何か意味を見いだせる方がいらっしゃいましたら、どうぞご利用ください。
この108Hzの音自体は、低音で「オーム」の響きに似ていないとも言えないので、瞑想の時の補助に使えるかもしれませんね。しかし、あまり大きな音量で聴くと、逆に疲れてしまいますので、使用するときはごく小さな音で使用するようにしてみてください。
ところで、人間の脳波は、0〜10数ヘルツまでその精神状態によって変化します。脳波は、瞑想や作業中の集中時など、自らの意志によって変化させることも可能ですが、音や光、電気的な外部刺激によっても誘導されることが知られています。そこで、この108Hzの音を利用して、脳波に誘導的に働くように変化を与えてみました。人間の聴覚は非常によくできていて、左右の耳から異なる周波数や異なる位相差の音を聴かせると、脳は左右から入ってきた音を内部で合成して、その合成した音を知覚することができます。例えば、左耳から108Hzの音を聴かせて、右耳から111Hzの音を聴かせると、脳内ではその周波数差である3Hzのうなりを知覚することができます。一見、あたり前のようなことですが、これは人間の脳が、あらゆる連係プレーを通じて、非常に高度に働いている証拠でもあります。
3Hzというのは、脳波でいうと深い睡眠時の脳波であるデルタ波にあたります。そこで、左チャンネルから108Hz、右チャンネルから111Hzの音を用意してみましたので、夜寝付きが悪い方がいらっしゃいましたら、この音を試してみてください。3Hzの音
3Hzの音が脳内で合成されて、深い睡眠時の脳波に誘導されやすくなります。
ただし、夜寝るときは少し不便かも知れませんが、ヘッドホンやイヤホンで聴かないと、効果が期待できません。またあまり大きな音で聴くと、脳が疲れてしまいますので、ごく微かに聴こえる程度の音量でお聴きください。
また集中時の脳波はアルファ波といわれ、8〜13Hz程度であるといわれています。ヒンドゥーでは、9は神聖な数とされているので、仕事や集中の助けとなるように、108Hzの音をベースに、9Hzのうなりをつくってみました。9Hzの音
この場合も、上と同様にヘッドホンやイヤホンをもちいて、ごく微かに聴こえる程度の音量でお聴きください。勉強や仕事の時に聴かれると、集中の助けになるかも知れません。
朝、すっきり目覚めたい方には、13Hzの音がよいかも知れません。108Hzの音をベースに、13Hzのうなりをつくってみましたので、朝の目覚めの時に聴いてみてください。13Hzの音
この場合も、上と同様にヘッドホンやイヤホンをもちいて、ごく微かに聴こえる程度の音量でお聴きください。寝起きが悪い方が聴くと、目覚めが良くなるかも知れません。
108、3、9、13という数は、どれもヒンドゥーでは神聖な数とされているものです。ここでは、この神聖な数を組み合わせて、日常生活に活用できそうな音を興味半分でつくってみました。ご活用されるのは自由ですが、効果に関しては一切の保証はありませんので、あらかじめご了承ください。またこの音は、使用者ご本人の責任の上でご使用してください。また市場ではこのようなメカニズムを活用した能力アップグッズが市販されています。これはあくまで自然の物理・生理作用をもちいた方法であるので、とくに権利侵害はしていないと思いますが、何か不都合がありましたら、ご連絡頂ければ幸いです。
うまくダウンロードできない場合はこちらからお試しください。

ジャパにもちいられる念珠

マントラを唱えるときは、何回唱えたかというのもひとつの重要な目安になりますが、その数を数えるためには、いろいろな手段があります。通常は、数珠(マーラー)を使用するのがもっとも数えやすく、効果のある方法だといわれています。ここで、タントラのエッセンスを集めた『タントラサーラ』から、どのような数珠をもちいるのが効果的であるかを記述している部分を抜粋してご紹介します。
『ジャパを行うにあたり、親指の先をもちいて数を数える方法【註:人差し指から小指まで、各指の3つの関節の間を、親指の先をあてながら数を数えていくと、人差し指→小指→人差し指の1往復で合計21数えることができる】は、通常の数を数える方法に比べて8倍の効力がある。プトラジーヴァ【ツゲモドキ属の植物】と呼ばれる神聖な木の種子でできた数珠をもちいると、通常の10倍の効力がある。ほら貝からつくられた数珠をもちいると、通常の100倍の効力がある。光り輝く石からつくられた数珠をもちいると、通常の1,000倍の効力がある。宝石でできた数珠をもちると、通常の10,000倍の効力がある。水晶の数珠もまた同様の効力があるが、真珠でできた数珠は、通常の10万倍の効力がある。そして、蓮からできた数珠は、前述の数珠のさらに10倍の効力がある。金でできた数珠は、100万倍の効力がある。それらすべての中でもさらに、クシャソウのの結び目、トゥラシー(ホーリーバジル)の数珠、そして神聖なルドラークシャからできた数珠は、無限大の効力をもたらす。』
ヴィシュヌ派の信者は、トゥラシーの数珠を用い、ガネーシャの信者は、象牙でできた数珠を用いることが神聖であるとされています。また、カーリーやシヴァの信者は、サンダルウッドやルドラークシャの数珠を用いるといわれています。
その他、願望を叶えるための数珠、子どもを授かるための数珠、罪を浄めるための数珠など、あらゆる目的のために最適な数珠が、『カーリカー・プラーナ』に記載されています。インドの伝統には、永年にわたって言い伝えられている「開運方法」が記載されているので、興味深いですね。
なお、ヒンドゥーでは人差し指は自我(エゴ)をあらわす指だとされていますので、数珠を括るときは人差し指はもちいず、中指に数珠をかけて、親指でひとつひとつ数珠を括っていきます。数珠袋に、わざわざ人差し指用の穴が開いているのは、このような理由からです。また、108回以上を連続で数える場合には、数珠の親玉(頂点に付いている珠)をまたぐのは良くないとされていますので、数珠を反転させて、親玉をまたがずに数えるようにします。
参照文献
Sadguru Sant Keshavadas, “Gayatri The highest Meditation”, Motilal Banarsidass Publishers Pvt. Delhi, 2002

ガーヤトリーとガヤトリー、ルドラークシャとルドラクシャ、ヨーガとヨガ

前回のブログの最後に、デーヴァナーガリー文字の表記について少し述べました。外国語を日本語に表記する場合、とても難しいのがその表記方法なのですが、まず頼ってしまうのが、実際に聴いた音をそのまま日本語に書き表すという方法だと思います。
実際にインド人の言葉を聴くと、「ガーヤトリー」というよりは「ガヤトリー」、「ルドラークシャ」というよりは「ルドラクシャ」の方が音自体としては近いように聞こえます。
現在、「ヨーガ」と「ヨガ」の間で、表現の仕方が別れていますが、これは、1950年代に沖正弘氏が「ヨガ」の火付け役となって「ヨガ」ブームが日本で始まり、その後、1970年代に大阪大学名誉教授の故佐保田鶴治氏[2]が「ヨガ」ではなく「ヨーガ」という読み方を広めたからであると言われています[1]。
デーヴァナーガリー文字の表記では、yogaの「o」は長音となるので、「ヨーガ」という方が実際の表記に近い表現のようです。しかし、人によっては、「ヨガ」と聞こえる人も多いようなのですが。
サンスクリットによる朗誦は、デーヴァナーガリー文字の表記にあるような長音を用いることで、朗誦がスムーズに、きれいに聞こえます。しかし、日常会話などでは、あまり長音を多用すると言葉が悠長になってしまうので、「ガヤトリー」や「ルドラクシャ」のように発音されるのかもしれません。般若心経でも「かんじーざいぼーさつ ぎょうじんはんにゃーはーらーみったーじー…」と日常会話で読み上げていたら、話す方も聴く方もとても大変ですよね。
いまの「ヨガ」と「ヨーガ」事情をみていると、「ガヤトリー」と「ガーヤトリー」、「ルドラクシャ」と「ルドラークシャ」も同じような道をたどって、後々混乱をまねく恐れがあります。情報を発信する立場としては、話し言葉よりも書き言葉を重視して、デーヴァナーガリー文字の表記にしたがった表記をするべきかもしれません。そこで今後は、書き言葉としてなるべく正確な表記をすることを心掛けて、「ガヤトリー」は「ガーヤトリー」、「ルドラクシャ」は「ルドラークシャ」などと、表記を書き改めていきたいと思います。
再度混乱を誘うようで申し訳ございませんが、ご理解の程どうぞよろしくお願い申し上げます。
[1]日本のヨガ史とヨガ事情 http://yoga.1ne.cc/nihon-yoga-rekishi.htm
[2]日本ヨーガ禅道友会http://www.yogazen-doyukai.com/

ガヤトリー・マントラ

ガヤトリー・マントラというと、「オーム・ブール・ブワッ・スワハー」ではじまる太陽神サヴィトリーに捧げられるガヤトリー・マントラが有名です。しかし、これが詩形を意味するということはあまり知られていません。
日本では、短歌や俳句、川柳のように五七五や五七五七七といった詩形があらかじめ決められています。この詩形にあわせて歌詞をつけると、覚えやすくまた心に響くメロディーの歌ができあがります。
古代のインドでは、師から弟子へと口伝(くでん)によって聖典などが伝えられていたため、音で記憶しやすいように、このような詩形がいくつか決まっています。シュローカというのも詩形のひとつで、これは「同じ音節をもつ、四つの句で組み立てられていて、リュートの音楽にものせられるような」[1]詩形といわれ、この詩形を用いた代表作品は、アジア各国で人気を誇るラーマ王子の物語「ラーマーヤナ」があります。
ガヤトリーも詩形のひとつですが、この詩形は特別なもので、このガヤトリー調で歌うことに大きな意味があり、神々はこれを歌う者を最後まで守護するとされています。インドでは、マントラにも楽器の伴奏をともなって、メロディーとともに歌われることもよくあります。しかしこのような場合も、同じような効果があるとされているので、何も心配することはありません。ガヤトリーは詩形を表しているので、メロディーを伴っても、その意味が変わることがないからです。CDのタイトルなどでは、「マントラム」などのように最後に「ム」が付けられているものが、楽器の伴奏を伴ったメロディー付きの歌になりますので、選ぶときの参考にしてみてください。
マントラを唱える上で最重要なことは、何よりもまず、こころを込めて唱えるということです。
こころがこもっていなければ、どんなにすばらしい言葉を並べたところで、相手のこころに響くことはありません。マントラを唱えるときには、神に語りかけるように、こころを込めて唱えましょう。
それができてはじめて、その意味を熟考し、神の御姿(みすがた)を臆念しながら唱えることの重要性が感じられるようになります。
世界中の聖者といわれる人々の中には、マントラを一心に唱え続けることで悟りを開いた聖者も少なくありません。ただ、共通していえることは、ひとつのマントラを生涯を通じて、唱え続けるということです。数多くのマントラが簡単に手にできるようになっている時代ですが、ひとつのマントラを一生の友として、唱え続けることで、計り知れない大きな恩寵を得ることができます。
数あるマントラの中でも、太陽神サヴィトリーに捧げるガヤトリー・マントラは、インドの聖典の中でも最高のものであるとされていますので、このマントラを選ぶことで、道を誤ることはまずありません。
[1]菅沼晃編、インド神話伝説辞典、p.74、東京堂出版、1998

ブログをはじめました

いつもお世話になっております。SitaRamaの薗田です。
この度、SitaRamaブログをはじめるにいたりました。このブログでは、ウェブショップでは紹介しきれない情報を紹介していく予定です。
例えば、インドのCDには歌詞カードがついていることは、滅多にありません。サンスクリットのマントラや詩句はただでさえ、聴き慣れない言葉であるのに、テキストも意味も分からなければ、その意義が半減してしまうと思います。そこで、ここでは、マントラのテキストや意味などをひとつひとつ解説していく予定です。
またインドでは、毎月のようにお祭りがありますが、そのお祭りの情報、ヴェーダにまつわる情報や知識など、ウェブショップに関心をもっていただける人々に楽しんで頂けるような内容にしていきたいと思っておりますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
ところで、インドでは木曜日は神聖な日とされています。この日に断食をしたり、瞑想をしたり、ジャパを普段より多く行うことで、解脱にいたるまでの道のりがスムーズになると信じられ、実際に多くの人々が、この日を敬い、毎週木曜日には断食をしたり、瞑想をしたり、ジャパなどに多くの時間を当てています。
木曜日は、木星が支配する日であり、また木星は霊性をあらわす星であるという占星学上の理由、そして当店で扱っている「日々のプージャ」では木曜日に捧げるプージャが「サイ・プージャ」となっていますが、これは、インドでは神の化身として信仰されている(シルディ・サティア)サイババが、木曜日に霊性修行に深く取り組む者は、わたしが解脱まで面倒を見るという趣旨の発言をしたということに由来しているようです。
もちろん、一日一日を無駄にすることなく、何事にも取り組んでいくことが大切ですが、人間である以上、調子のよい日もあれば悪い日もあります。そこで、少なくとも週に一度、この木曜日は霊性修行をとくに強化してみてはいかがでしょうか。
次回は、マントラの紹介をしたいと思います。