オーム・ガウリー・シャンカラーヤ・ナマハ

・Om gaurI shankarAya namah
・オーム・ガウリー・シャンカラーヤ・ナマハ
・意味:ガウリーシャンカラ神に帰依いたします

ガウリー・シャンカラは、シヴァ神(シャンカラ)と、シヴァ神の妃であるパールヴァティー女神(ガウリー)を示しています。双子のルドラークシャ・ビーズや、またヒマーラヤ山脈の双子のガウリー・シャンカラ山などを指すこともあります。
このマントラは、ガウリーシャンカラ・ルドラークシャを祝福するためのマントラでもあり、ガウリーシャンカラ・ルドラークシャ・ビーズは、サンニャーシン(放擲者、放棄者)や賢者が好んで身につけられます。
このマントラが収録されているCDには以下のCDがあります。
・「Rudraksha 平安、繁栄、健康のためのマントラ」(トラック15)

ヴェーンカテーシュヴァラ・マントラ

・kalyAnA dbhuta gAtrAya
kAmitArthapradAyine
shrImadvenkatanAthAya
venkateshAya te namah
・カリャーナー・ブタ・ガートラーヤ
カーミタールタプラダーイネー
シュリーマドヴェーンカタナーターヤ
ヴェーンカテーシャーヤ・テー・ナマハ
・意味:全知全能、吉兆の象徴である偉大な姿をしたお方
分け隔てなく帰依者のすべての願望をかなえるお方
ヴェーンカタ(聖なる丘)の山の神であるお方
ヴェーンカテーシュヴァラ神に帰依いたします

ヴィシュヌの化身である眼光鋭いヴェーンカテーシュヴァラのマントラです。
ヴェーンカテーシュヴァラは、金、銀、財宝、豪華な装飾を身につけ、その妻も富の女神であるラクシュミーであることから、ビジネスの隆盛を祈願するために礼拝されます。
このマントラが収録されているCDには以下のCDがあります。
・「Gods of India マルチメディア・マントラブック

バッドラン・カルネービヒ(後半)

・svasti na indro vruddha-shravAh
svasti nah pUshA vishvavedAh
svasti nas-tArkshyo arishtanebhih
svasti no bruhaspatir-dhadhAtu
Om shAntih shAntih shAntih
・スヴァスティ・ナ・インドロー・ヴルッダ・シュラヴァーハ
スヴァスティ・ナハ・ブーシャー・ヴィシュヴァヴェーダーハ
スヴァスティ・ナス・タールクショー・アリシュタネービヒ
スヴァスティ・ノー・ブルハスパティル・ダダートゥ
オーム・シャーンティヒ・シャーンティヒ・シャーンティヒ
・意味:私たちに、古代に名を轟かせたインドラの恩寵がありますように
私たちに、全知のプーシャー(太陽神)の恩寵がありますように
私たちに、悪を滅ぼすタールクシャ(ガルダ)の恩寵がありますように
祈祷の主であるブリハスパティよ、どうか祝福をお与えください
平安あれ、平安あれ、平安あれ

プラシュナ・ウパニシャッド、ムンダカ・ウパニシャッド、ガナパティ・アタルヴァシールシャムで見られる「バッドラン・カルネービヒ」のシャーンティ・マントラ(後半部)です。
ブリハスパティは、祭祀の主とされる祭式を司る神です。ブリハスパティの祝福により、これから行われるすべての試みが成功するように祈願します。
・「ヴィシュワ・シャーンティ・マントラ」(トラック5)
・「シャーンティ・マントラ・チャンティング with Shri Aswath
・「ガナパティ・アタルヴァシールシャム・チャンティング with Shri Aswath

バッドラン・カルネービヒ(前半)

・Om bhadram karnebhihi shrunuyAma devAh
bhadram pashyemAkshabhir-yajatrAh
sthirairangai stushtuvAgm sastanUbhihi
vyashema devahitam yadAyuh
・オーム・バッドラン・カルネービヒ・シュルヌヤーマ・デーヴァーハ
バッドラン・パッシェーマークシャビル・ヤジャットラーハ
スティライランガイ・ストゥシュトゥヴァーグン・サスタヌービヒ
ヴャシェーマ・デーヴァヒタン・ヤダーユフ
・意味:神よ。私たちの耳が、よいことを聞く耳でありますように。
私たちの目が、よいものを見る目でありますように。
あなたに与えられた健康で丈夫な身体で、あなたの栄光を讃美するために。
プラシュナ・ウパニシャッド、ムンダカ・ウパニシャッド、ガナパティ・アタルヴァシールシャムで見られるシャーンティ・マントラ(前半部)です。
耳と目は、人間の器官の中でもっとも多く、外部からの情報を受けとる器官です。常によいことを聞き、よいものを見ることができるよう神に祈ることで、平安で幸せな日々が送れるよう、一日の始まりに唱えられることが勧められています。
このマントラが収録されているCDには以下のCDがあります。
・「ヴィシュワ・シャーンティ・マントラ」(トラック5)
・「シャーンティ・マントラ・チャンティング with Shri Aswath
・「ガナパティ・アタルヴァシールシャム・チャンティング with Shri Aswath

アサトーマー・サッドガマヤ

・asatomA sadgamaya tamasomA jyotirgamaya
mrityormA amritam gamaya
Om shAntih shAntih shAntih
・アサトーマー・サッドガマヤ・タマソーマー・ジョーティルガマヤ
ムリッティヨールマー・アムリタン・ガマヤ
オーム・シャーンティヒ・シャーンティヒ・シャーンティヒ
・意味:非真から真実へ 不明から光明へ 死から不死へ
どうか私をお導きください。
平安あれ、平安あれ、平安あれ

ブリハド・アーラニヤカ・ウパニシャッド(I.3.27)によるシャーンティ・マントラです。
世俗的なものごと、感官に対する執着、貪欲や怒りなど…、あらゆる点で、欠陥に覆われている私たちの知性を輝かせ、真理を気づかせる至高のマントラです。万物の主、霊性の師匠に、真理へ到達するための窮極の叡智を授けてくれるよう祈ります。
このマントラが収録されているCDには以下のCDがあります。
・「ヴィシュワ・シャーンティ・マントラ」(トラック9)

ハンサ・ガーヤトリー・マントラ

・Om parama hamsaya vidmahe
mahatattvaya dhimahi
tanno hamsah prachodayat
・オーム・パラマ・ハンサーヤ・ヴィッドゥマヘー
マハタットヴァーヤ・ディーマヒ
タンノ・ハンサ・プラチョーダヤートゥ
・意味:どうか至高のハンサを知り、
偉大な真理を瞑想できますように。
ハンサが、私たちをそこに導き、照らしてくれますように。

ハンサ(ハムサ)は、一般に鵞鳥といわれますが、ヴェーダと結びついた神聖なイメージに近づけるために、白鳥とも訳されます。「ハンサの優雅な飛び方はブラフマンに到達しようとするヒンドゥーの行者たちの宗教的な行為を象徴するとも見られ、ヒンドゥー教神話ではブラフマー神の乗り物となった。」[1]といわれます。
このマントラが収録されているCDには以下のCDがあります。
・「Evening Mantras」(トラック5)
[1]菅沼晃編、インド神話伝説辞典、p270、東京堂出版

チャトル・シュローキー第4節

・teshAmevAnukampArtham ahamajnAnajam tamah
nAshayAmyAtmabhAvastho jnAnadIpena bhAsvatA
・テーシャーメーヴァーヌカンパールタム・アハマジュニャーナジャン・タマハ
ナーシャヤーミャートマバーヴァストー・ニャーナディーペーナ・バースヴァター
・意味:まさに彼らへの憐愍のために、私は個物(アートマン)の心に宿り、輝く知識の灯火により、無知から生ずる闇を滅ぼす。※

バガヴァッド・ギーターのエッセンスを抜き出した4詩節であるチャトル・シュローキー第4節(バガヴァッド・ギーター第10章11節)です。
私たちの無知という暗闇は、至高神への信愛を燃料とする知識の灯火により追い払われるといいます。その知識の灯火は、クリシュナへの信愛という燃料が切れかかるとき、感官への執着や欲望が生じ灯火の芯がなくなるとき、または外部の困難という強風により、さまざまな理由で消えかかるときがあるかもしれません。しかし、苦行を通じて絶え間なく知識の灯火を輝かせることにより、自己(アートマン)に生来内在するブラフマン自身が照らし出されるといわれます。
このマントラが収録されているCDには以下のCDがあります。
・「バガヴァッド・ギーターCDギフトボックス」(CDAB099)
・「バガヴァッド・ギーター マルチメディアブック」(GitaMultimedia)
※上村勝彦訳、バガヴァッド・ギーター、岩波文庫

チャトル・シュローキー第3節

・teshAm satatayuktAnAm bhajatAm prItipUrvakam
dadAmi buddhiyogam tam yena mAmupayAnti te
・テーシャーン・サタタユクターナーン・バジャターン・プリーティプールヴァカム
ダダーミ・ブッディヨーガン・タン・イェーナ・マームパヤーンティ・テー
・意味:常に〔私に〕専心し、喜びをもって私を信愛する彼らに、私はかの知性(ブッディ)のヨーガを授ける。それにより彼らが私に至るところの。※

バガヴァッド・ギーターのエッセンスを抜き出した4詩節であるチャトル・シュローキー第3節(バガヴァッド・ギーター第10章10節)です。
人々が成就に達するためには、至高神の手助けが必要といわれます。それには、至高神クリシュナを常に念想し、心から信愛することで、クリシュナが窮極の境地に達するために必要な知性のヨーガを、内的霊感によって与えるといいます。
このマントラが収録されているCDには以下のCDがあります。
・「バガヴァッド・ギーターCDギフトボックス」(CDAB099)
・「バガヴァッド・ギーター マルチメディアブック」(GitaMultimedia)
※上村勝彦訳、バガヴァッド・ギーター、岩波文庫

チャトル・シュローキー第2節

・maccittA madgataprAnA bodhayantah parasparam
kathayantashca mAm nityam tusyanti ca ramanti ca
・マッチッター・マドガタプラーナー・ボーダヤンタハ・パラスパラム
カタヤンタシュチャ・マーン・ニッティヤム・トゥシュヤンティ・チャ・ラマンティ・チャ
・意味:私に心を向け、生命を私に捧げ、互いに目覚めさせつつ、彼らは常に私について語り、満足し楽しむ。※

バガヴァッド・ギーターのエッセンスを抜き出した4詩節であるチャトル・シュローキー第2節(バガヴァッド・ギーター第10章9節)です。
クリシュナを念想し、クリシュナに行為のすべてを捧げ、信徒同士が互いに啓発しあうこと、至高神クリシュナにとって、このような人ほど愛しい人はいないといいます。 クリシュナは、「私に最高の信愛(バクティ)を捧げ、私の信者たちの間にこの最高の秘密を説く人は、疑いなくまさに私に至るであろう。」(18.68)といい、「人のうちで、彼ほど私に好ましいことをする者はいない。またこの地上に、私にとって彼ほど愛しい者はいないであろう。」(18.69)と、クリシュナを信愛する人々が、クリシュナにとって最も愛しい人々であることを縷々述べています。
このマントラが収録されているCDには以下のCDがあります。
・「バガヴァッド・ギーターCDギフトボックス」(CDAB099)
・「バガヴァッド・ギーター マルチメディアブック」(GitaMultimedia)
※上村勝彦訳、バガヴァッド・ギーター、岩波文庫

チャトル・シュローキー第1節

・aham sarvasya prabhavo mattah sarvam pravartate
iti matvA bhajante mAm budhA bhAva-samanvitAh
・アハン・サルヴァッスャ・プラバヴォー・マッタハ・サルヴァン・プラヴァルタテー
イティ・マットヴァー・バジャンテー・マーム・ブダー・バーヴァ・サマンヴィターハ
・意味:私は一切の本源である。一切は私から展開する。そう考えて、知者たちは愛情をこめて私を信愛するのである。※

バガヴァッド・ギーターのエッセンスを抜き出した4詩節であるチャトル・シュローキー第1節(バガヴァッド・ギーター第10章8節)です。
アルジュナは、クリシュナに対し「このように常に〔あなたに〕専心し、あなたを念想する信者(バクタ)たちと、不滅で非顕現なものを〔念想する〕人々とでは、どちらが最もヨーガを知る者であるか。」(BG 12.1)と問いました。
この問いに対しクリシュナは、不滅で非顕現なものを念想することによっても最高の成就に達することができるとしつつも、「非顕現なものに専念した人々の苦労はより多大である。というのは、非顕現な帰結は、肉体を有する人々によっては到達されがたいから。」と答えています。
マーヤー(幻力)に覆われた私たちの知性は、至高神は非顕現で見ることができず、無形の存在であると考えます。特に私たちは、古来より万物の中に至高的存在を感じ、八百万の神々を日本伝統の美としてきました。しかしクリシュナは、無形の神を念想するよりも、擬人化された神を念想するほうがより容易に成就に達することができると説きます。 これは、至高神が非顕現で目に見えず無形の存在であると信じる人々にとっては受け入れがたい真実であるにもかかわらず、すべての人間は至高神の顕れであると説くヴェーダ聖典の教えを踏襲した叡智です。
このマントラが収録されているCDには以下のCDがあります。
・「バガヴァッド・ギーターCDギフトボックス」(CDAB099)
・「バガヴァッド・ギーター マルチメディアブック」(GitaMultimedia)
※上村勝彦訳、バガヴァッド・ギーター、岩波文庫