ナーガ・パンチャミー

神聖なシュラヴァナ月における祝祭の一つに、ナーガ・パンチャミーと呼ばれる蛇神を讃える祝祭があります。蛇にまつわる神話は世界に広く存在しますが、インドでもまた、その存在が深遠な意味合いを映し出しています。
インドでは広く、蛇は多産や豊穣の象徴とされ、また脱皮を繰り返す姿が輪廻と不死の象徴として崇められてきました。宇宙を維持するヴィシュヌ神は、永遠を意味する「アナンタ」という大蛇に横たわり眠っています。私たちの内に存在する根源的な生命エネルギーもまた、尾てい骨に蛇のようにとぐろを巻いて眠っていると言われます。「クンダリニー」と称されるそのエネルギーは、古代より、多くの探求者がその覚醒に努めてきたものに他ありません。
一方で、シヴァ神もまた蛇と共に描かれます。一説には、シヴァ神の首にぐるりと三周巻きついた蛇の姿が、過去、現在、未来の三つのサイクルを象徴していると伝えられています。それは、心の動きによって生じる過去や未来という「時」を超越した、永遠の存在であることを示しているのだと言います。心を克服し、本質である崇高でいて永遠の存在と一つになるというヨーガの究極の目的を、最大のヨーガ行者であるシヴァ神が静謐に物語っています。
この時期に祝福されるナーガ・パンチャミーは、モンスーンに入り水かさが増え、さ迷い出る蛇の被害を受けないよう祈りを捧げたことが始まりだとも伝えられます。蛇は神聖視される一方で、くねくねと動き回る姿、また毒を持つ危険性が、人々の心のように映ります。そんな蛇を自身に巻きつけるシヴァ神は、心に打ち勝ち、永遠の真実に定まる至福を私たちに示しています。
自身の内に眠るとぐろを巻く真のエネルギーの覚醒は、その内を克服し脱皮した時に初めてあらわれるのかもしれません。この神聖な時、古代の叡智が示す象徴を通じ、改めて求めるものを見つめ直す瞬間にいるような気持ちです。叡智は常に、人々を導き続け、真実を明るく照らしています。その光の下で、心のあるべく場所をしっかりと示し、永遠の至福を自分自身の存在に映し出していきたいと感じています。
※ナーガ・パンチャミーは地域によって差異が生じますが、主な地域では2014年8月1日に祝福されます。
参照:http://en.wikipedia.org/wiki/Nag_Panchami

シュラヴァナ月

シュラヴァナ月がとりわけ神聖な月とされるのには、ヒンドゥー教の天地創造神話である「乳海撹拌」が起こったからであると一説に信じられています。
この乳海撹拌には、シヴァ神が別名「ニーラカンタ:青い喉」と呼ばれるようになった理由が存在しています。
大昔、不死の霊薬アムリタを得るため、神々と悪魔たちが協力し海を撹拌したという話がインドには伝わります。これが乳海撹拌です。
この創造神話において、さまざまな財宝が生み出されます。後にヴィシュヌ神の妻となるラクシュミー女神、またアーユルヴェーダの神であるダンヴァンタリ神は、この時に霊薬アムリタを持って登場します。
このような財宝が生み出されながらも、同時に、世界を焼き尽くす猛毒ハーラーハラも吐き出されてしまいます。その猛毒が世界に広まらないよう全て飲み干したのが、シヴァ神でした。
猛毒がシヴァ神の喉へと流れ込むも、妻のパールヴァティー女神がシヴァの首を絞めたため、猛毒はシヴァの身体に入ることはありませんでした。しかし、猛毒が喉に留まったために、シヴァ神は青くなってしまったと伝えられています。シヴァ神が別名ニーラカンタ(青い喉)と呼ばれる理由です。
そして、シュラヴァナ月に熱心に行われるのが、シヴァリンガムへのアビシェーカ(神像に聖水を浴びせる供養)です。
シヴァリンガムは、シヴァとシャクティの結合を示す神聖なシンボルです。太古の昔からシヴァ神はリンガ、またはリンガムとして崇拝されてきました。
このシヴァリンガムの最も一般的な供養が、神聖な沐浴(アビシェーカ)です。牛乳や水、また、ヨーグルト、蜂蜜、澄ましバターなどを、シヴァリンガムへと降り注ぎます。
ここには、乳海撹拌において猛毒を飲み干したシヴァ神の熱を下げるためという一説があります。
リンガムが祀られる寺院などでは、リンガムの真上に吊るされた壺から絶え間なく聖水が降りかけられている光景も目にします。
リンガムは、家庭に置くこともとても吉兆な行いとして広く行われています。シヴァとシャクティの結合をリンガムが象徴するように、夫婦の繋がりを深め、家族の団結と調和をもたらし、いずれは霊的な道へと導くと信じられています。
シヴァ神は破壊神として知られますが、非常に慈悲深い神でもあります。そんなシヴァ神を讃える神聖なひと月が始まっています。この神聖な時、シヴァ神の偉大なる姿を賛美し、吉兆な時をお過ごしください。
参照:http://en.wikipedia.org/wiki/Shiva_Puja
http://en.wikipedia.org/wiki/Samudra_manthan

グル・プールニマー2014

インドでは、グル(師)に対しては、とても大きな尊敬が払われます。家庭にあっては親、学校にあっては先生、会社にあっては上司など、グルの指導のもと、人は大きく成長していくことができます。インドでは、グルは神と同一のものと見なしなさいといわれています。それは、太陽の光が反射して月が輝いて見えるように、グルの英知に照らされて、人々が輝きだすといわれるからです。
2014年7月12日は、グルに感謝の意を捧げるグル・プールニマー(師への満月祭)です。
グル・プールニマーの起源は、聖仙ヴィヤーサの誕生日にあたります。
聖仙ヴィヤーサは、ヴェーダ・ヴィヤーサ(ヴィヤーサは編者の意味)とも呼ばれ、ヴェーダ聖典を編纂したことで知られています。彼は、後の時代に、人々の心が醜くなり、すべてのヴェーダを学ぶ能力がなくなることを見通して、莫大なヴェーダを現在の4部(リグ、ヤジュル、サーマ、アタルヴァ)に編纂したといわれています。
さらに、彼はプラーナを記述し、物語や寓話を通じてヴェーダと同様の霊的英知をやさしく説き、それによって多くの人々がヴェーダの英知に触れることができるようになりました。また彼は、ヴェーダンタの本質をなすブラフマー・スートラの作者としても知られています。このような偉業を残したグル・ヴィヤーサを祝福するため、彼の誕生日がグル・プールニマーとして祝われることになりました[1]。
グル・プールニマーの日には、新しい誓いを立て、それを実行することが慣例的に行われています。
例えば、霊的な師がいれば、師からマントラを授かり、それを毎日唱える誓願を立てます。
あるいは毎日瞑想をする、肉食をしないなど、その他の霊的な誓願を立て、実行するのもよいでしょう。
グルの役割について、スワミ・シヴァーナンダは次のように語っています[2]
「人が成長するために、あなたはグルの重要さと神聖な意義について理解していますか。インドがいままでグルを大切にし、グルの意識の光の中で生き続けているのには理由があります。理由もなく、毎年この古くからの伝統を祝い、度々グルへ敬意を払い、信義と忠誠を再確認しているのではありません。グルは、悲しみと死の束縛から脱却させ、真理を体験させる、人々にとっての唯一の保証人なのです。」
またスワミ・シヴァーナンダは、グル・プールニマーの日に行うべきことについて次のように語っています。
「このもっとも神聖な日は、ブラフマームフルタ(午前4時)に起床しなさい。そして、グルの蓮華の御足を瞑想するのです。心の中で、彼の恩寵を祈りなさい。こうしてはじめて、あなたは成就に至ることができます。早朝には、熱心にジャパや瞑想を行いなさい。」
「沐浴したあと、グルの蓮華の御足を礼拝しなさい。また彼の絵や写真に、花やフルーツを供え、お香や樟脳を焚くのもよいでしょう。この日は、断食をするか、食べても牛乳やフルーツだけにするべきです。午後は、あなたのグルの信奉者たちと一緒になり、彼の栄光や教えについて話し合うとよいでしょう。」
「夜は、信奉者たちが集まり、神の御名やグルの栄光を歌いなさい。グルを礼拝するもっともよい方法は、彼の教えに従うことです。彼の教えの顕現としてあなた自身が輝き、彼の栄光とメッセージを伝えなさい。」
グル・プールニマーの日からは、チャトルマースとよばれる神聖な時期が4ヶ月間続き、インドではこの期間に多くのお祭りが行われます。特に2014年7月13日から2014年8月10日までの期間は、シュラヴァナと呼ばれ、チャトルマースの中でも特に神聖な期間とされています。(地域によって異なります)
この時期は、シュラヴァナ(聞くこと)と呼ばれるように、聴聞等による学習に適した期間です。師の教えを聞き、それを実行に移せるよう努力すれば、きっと大きな実りがあることでしょう。
[1]”Guru Purnima”, http://www.amritapuri.org/cultural/guru/purnima.php
[2]Subhamoy Das, “The Guru Purnima”, http://hinduism.about.com/od/festivalsholidays/a/gurupurnima.htm

ラタ・ヤートラー

神聖な存在をより身近に感じる瞬間が、インドで過ごす日常には溢れています。偉大すぎて掴みがたいその存在も、インドの世界の中では不思議と親しみやすいものとして際立ち、人々を優しく迎え入れます。そんな神様の一人が、これから盛大な祝祭を迎えようとしているジャガンナータ神でした。
極彩色に彩られた姿、真ん丸とした大きな目、そして愛らしい表情が、一目見ただけで心の奥深くまでぐっと入り込み、大きな存在感を放っていたことを思い出します。ジャガンナータ神は、主に東インドで崇拝される、ヴィシュヌ神、もしくはクリシュナ神の化身とされる神様であり、最も盛大な祝祭が、6月29日に迎える「ラタ・ヤートラー」です。
ラタ・ヤートラーは、東インドに位置するオリッサ州の聖地プリーにて、豪華な山車が街を練り歩くお祭りとして知られています。一説に、悪行を働いていたカンサを打ち破ったクリシュナ神が、兄のバララーム神と妹のスバドラー神と共に山車に乗り帰還したことを祝福するお祭りであるといわれ、豪華絢爛な山車と共に進むジャガンナータ神の姿が多くの人々を惹きつけます。
そんな山車は馬車とも捉えられ、精神性を学ぶ上で多くの例えに用いられるものです。カタ・ウパニシャッドにおいては、「真我(アートマン)は車主であり、肉体は馬車、理性が御者、そして意思が手綱である。」(カタ・ウパニシャッド第3章3〜4節)と、人の体、心、そして精神のあり方が述べられています。
苦楽を生み出す感覚器官に操られる肉体を、意志と言う手綱を持って導くことは、精神性を向上させるための道において、最も強調される努めるべく行いの一つです。その先にあるものは、体、心、そして精神の統一であり、乱れのないその小さな世界の中において、誰もが偉大な存在に気づくに違いありません。
ジャガンナータ神を乗せた一つの大きな山車が、集まった個々の手によって真っ直ぐに導かれる様子こそ、一人一人が偉大な存在の下に一つであることを物語っています。心が主に定まる時、そこにはいつの時も平安があることを私たち自身が証明しているかのように映ります。
祝祭を通じ、そうした精神性を向上させる教えが、一瞬一瞬に溢れているのがインドでの生活です。ラタ・ヤートラーは9日間に渡る祝祭です。インドの各地から、また世界の多くの場所で、この愛らしい神の下に人々が歩み寄り一体となります。そのエネルギーが生み出す平安が、世界を包み込むことを心から願っています。
(文章:ひるま)
参照:https://en.wikipedia.org/wiki/Ratha-Yatra

ブッダ・プールニマ(ウエサク祭)

2014年5月14日(日本時間では15日未明)は、ブッダ・プールニマです。ブッダ・プールニマは、仏陀降誕の日として世界中で祝われている盛大なお祭りです。
以下に、Wikipediaよりブッダ・プールニマ(ヴェーサーカ)の記事をご紹介します[1]。
ヴェーサーカ(パーリ語;サンスクリット語ではヴァイシャーカ)は、ネパール、シンガポール、ベトナム、タイ、カンボジア、スリランカ、ミャンマー、バングラデシュ、インドネシア、インドなどの南アジア、東南アジアの仏教徒による伝統的な年間行事です。
通常は、仏陀の降誕日とされていますが、実際には仏陀の降誕日、悟りの日(ニルヴァーナ)、成仏を包括する日とされています。
ヴェーサーカの正確な日にちは、各国に伝統的な太陰暦によって変化します。テーラワーダ(上座部仏教)の国々では、満月のウポーサタ日(仏教徒の安息日;不浄な心を清める日)に行われます。中国のヴェーサーカ日は、中国の太陰暦における第4月の8日目に行われます。西洋のグレゴリオ暦では、年によって異なりますが、毎年4月か5月に行われます。
●歴史
ヴェーサーカを仏陀の降誕会とする決議は、1950年にスリランカで行われた第一回世界仏教徒連盟(WFB)の会議で採択されましたが、仏教国における当時の祭典は、各国の古い伝統に基づいて行われていました。
ヴェーサーカにおいては、世界中の仏教徒は、仏陀の誕生日、悟りの日、成仏日を含む重要な行事として祝します。インドから仏教が伝来して、多くの外国文化に同化したように、ヴェーサーカは世界各国において独自の方法で祝されています。
●ヴェーサーカの祭典
ヴェーサーカにおいては、敬虔な仏教徒や信奉者たちは、祝典のために夜明け前に各地の寺院に集合し、仏旗を掲げ、仏・法・僧の三宝を讃える讃歌を歌います。帰依者たちは、師の御御足に捧げるための花、ろうそくや線香を持参します。これらの象徴的な捧げ物は、美しい花はすぐに萎れ、ろうそくや線香はすぐに燃え尽きるように、人生は儚く短いことを意味しています。帰依者たちは、あらゆるものの殺傷を避けるために、特別な努力を行い、この日は精進料理(ベジタリアン・フード)を摂ることが勧められています。特にスリランカなどのいくつかの国では、ヴェーサーカを祝するための2日間は、酒屋や食肉処理施設は、閉店するように政府の法令によって定められています。また、意に反して捕らわれていたおびただしい数の鳥、昆虫、動物が自由の象徴として放たれます。敬虔な仏教徒の中には、簡素な白装束をまとい、八正道に対する新たな決意を胸に、一日中寺院で過ごす人もいます。
敬虔な仏教徒は、教えに基づく五戒を遵守する誓約をし、高潔な日々を過ごしていますが、特に新月と満月の特別な日には、道徳、簡素、謙虚を実践するために八正道を遵守します。
またある寺院では、小さな幼児の仏陀像を祭壇の前にまつり、花で飾りつけられた小さなたらいに水を張り、帰依者が像に水をそそぐことができるようにしています。これは、悪い業(カルマ)を洗い清め、神々や精霊の祝福のもと、仏陀の降誕を再現する象徴的な行為になります。
帰依者たちは、僧侶による説法を聴きます。この日は、国や国民の繁栄と平和を願い、僧侶たちは仏陀によって語られた詩句を詠唱します。仏教徒たちは、仏陀が説いたように、他人を信頼し、他人の信条を尊敬し、調和を持って生活することを思い起こされます。
●他の人々に幸せを運ぶ
ヴェーサーカの祝日は、高齢者、障がい者、病人のような人々に幸せを運ぶ特別な努力をする日を意味します。この日には、仏教徒は贈り物を贈ったり、奉仕活動をしたりします。ヴェーサーカは、大きな幸せや喜びの時であり、自分の欲望を満たすのではなく、寺院での奉仕活動や、仏陀の教えを世間に示すために専念する時でもあります。また、敬虔な仏教徒たちは、仏陀を礼拝するために寺院に足を運んだ信奉者たちに、軽食や精進料理(ベジタリアン・フード)を提供する腕を競い合います。
ブッダ・プールニマ(ヴェーサーカ)は、日本ではウエサク祭(または花祭り、降誕会など)として親しまれています。京都の鞍馬寺では、5月14日にウエサク祭の行事が行われます。
興味ある人は、足を運んで、仏陀の教えを学び、瞑想する良い機会にするとよいでしょう。
[1]Ves?kha, http://en.wikipedia.org/wiki/Vesak

アクシャヤ・トリティヤ

2014年5月2日はアクシャヤ・トリティヤの吉日です。サンスクリット語でアクシャヤは「不朽の、不滅の」を、トリティヤは「3日目」を意味し、新月から3日目がこの時にあたります。
アクシャヤ・トリティヤは、毎年4月〜5月にかけて迎える、太陽と月の明るさがピークに達する日であると伝えられます。その明るさのように、物事の輝きと成功を願って、人々は事業や建設、ビジネスなど、ありとあらゆる物事をこの時に始めます。また、アクシャヤが「不滅の」という意味を持ち合わせるように、この日に願われ祈られた物事は終わることなく永遠に続いていくと言われ、多くの結婚式も執り行われます。
また、この吉日に身につけた貴重品は、朽ち果てることなく、幸運や成功を運び続けてくれると信じられ、多くの人々が金や銀を買い求めます。ヒンドゥー暦によると、この日は1年でもっとも吉兆な日のひとつにあたるため、新しい事業を始めたり、高価な買い物をする人々でインド中が溢れます。
アクシャヤ・トリティヤにおいては、何らかの寄付や贈与などの善行を行った場合、それが決して廃れることのない点で、重要な意味を持つとされます。そして、この大吉日にも神々との深い繋がりが多く存在しています。
アクシャヤ・トリティはトレーター・ユガ(悪が世界の4分の1を支配する時代)の開始日にあたるとされ、ヴィシュヌの第6の化身であるパラシュラーマの誕生日ともいわれます。
この日はヴィシュヌ神の崇拝がとりわけ熱心に行われます。ヴィシュヌ神のマントラを唱えること、プージャーを執り行うこと、これらによって、妃である富を授ける女神ラクシュミーが喜び、その恩恵が多くもたらされると強く信じられています。
また、富の神であるクベーラは、ラクシュミー女神と共にこの日、富と財を守る者としての地位をシヴァ神より授けられたとも言われます。
あらゆる障害を取り除き多くの恵みをもたらす神であるガネーシャ神は、叙事詩マハーバーラタをこの日に書き始めました。
この最も吉兆な時、神々からの多くの祝福が皆さまのもとにも注がれますことを心よりお祈りしております。

ハヌマーン生誕祭

霊的な道を行く上で欠かすことの出来ない行いの一つに献身があります。自我を捧げることによって見える至上者との一体は、悟りへと至る為の道の一つとして伝えられ、ここで修行を続ける人々の多くは、グルに仕え、神に仕え、精神性を日々深めています。
先日迎えたラーマ神の生誕祭、そしてここで訪れるのがラーマ神に献身的に仕えたハヌマーン神の生誕祭です。自ら胸を引き裂くハヌマーン神のその胸の中には、いつの時も、ラーマ神と妃のシーターが描かれます。主を強く思う心は山を片手で持ち上げるほどの力と、どんな悪も寄せ付けない強さを見せ、人々の心を惹きつけています。
ハヌマーン神がそれほどの強さを見せるのは、主を思う忠誠心にあります。その姿は、神である真実に心を定めることによって自身が正され、そしてどんな弱さも克服されることを強く示しています。見返りのない愛が強さを与え、何があっても疑いや不安を抱くことはありません。
風神ヴァーユの息子として知られる猿神ハヌマーン神は、風のように、そして猿として、あちこちを自由に動き飛び回ります。それは人々の心を示しているとも言われます。対象物から対象物へと定まらない心は、時に、人々の内から平安を奪っていきます。しかし、ハヌマーン神はラーマ神へのこの上ない忠誠によって、そんな特質すらも神聖なものとし、神話ラーマーヤナにおいては、山を超え海を渡り、誘拐されたラーマ神の妃シーターを見つけ出します。
どんな心も、神である真実へと差し出され、そして定められた時、確固たる強さと安定を得るのだと教えられます。精神性が豊かに溢れるインドの社会であっても、整わない社会福祉や蔓延る貧困など、その生活はやはり大変なものがあります。しかし、そんな中で生き抜く人々の姿を見ながら、その強さの源である神の存在を強く感じるように、神を慕い働くことの大切さを気づかされます。
また、神を強く想うことは、自身の内に平安という王国を築きます。正義の下で、その王国に住まうハヌマーン神のように、どんな時も安らかでそして強くありたいと今改めて願っています。ハヌマーン神の生誕祭は明日の満月、4月15日です。その恩恵が広く皆さまの下にも授けられますことお祈りしております。
※ハヌマーン生誕祭は地域や慣習によって日時に差異が生じます。

ナヴァラートリ祭

ナヴァラートリとは、ドゥルガー、ラクシュミー、サラスワティー女神をお奉りするヒンドゥー教の三大祭典のひとつです。「ナヴァ」はサンスクリット語で9をあらわし、「ラートリ」は夜を意味します。したがって、ナヴァラートリとは、9日間の夜となります。この祭典は、春と秋の年2回、9日間にわたって行われます。ヒンドゥー教のカレンダーでは、月齢にしたがっているために毎年開催時期が多少前後しますが、2014年は3月31日から4月8日まで行われます。(日本時間では4月1日に始まり、4月9日に終わります。)
ナヴァラートリの9日間は、礼拝する神さまに応じて、3日間ずつに分けられます。はじめの3日間は、わたしたちの心の中に潜む不純物や悪徳、欠点を破壊するため、強力な戦士でもあるドゥルガー女神を礼拝します。次の3日間は、すべての帰依者に尽きることのない富と幸福を授けるといわれるラクシュミー女神を礼拝します。そして、最後の3日間は、創造主ブラフマーの妻であり、学問と芸術、そして叡智を授ける女神であるサラスワティー女神を礼拝します。わたしたちは人生のさまざまな局面で、神々からの祝福を求めて、3つの側面をもつそれぞれの女神さまにお祈りを捧げます。そのために、この祭典には9日間が費やされます。
ナヴァラートリの期間中、真摯な帰依者の中には、断食をしながら、健康や繁栄を願って祈りを捧げる人々もいます。じぶん自身の日々の生活を見つめ直して、人生の向上につながる新しい習慣をはじめるには、昔からナヴァラートリはこの上ない吉祥の日であるといわれています。
9日間を通じ、女神の様々な姿を見つめ自身の心と向き合った後、訪れるのがラーマ・ナヴァミ、ラーマ神の降誕祭です。ヴィシュヌ神の化身でもあるラーマ神は、正義や美徳の象徴であり、悪を倒す為に弓を持ち戦いに赴きます。9日間の夜を通し自身の内に気づきという光を灯すことによって、人は無知である暗闇、悪を倒します。そして、この正義の誕生という日に盛大なる祝福を捧げます。
ナヴァラートリは、自身の内面に潜む不浄な傾向を克服するために、非常に重要な期間とされています。この神聖な期間を活かして、かつてラーマが悪鬼ラーヴァナに勝利したように、わたしたちの内面に潜む悪魔を討ち滅ぼすことができるよう日々を過ごされてみるとよいでしょう。
参照
[1] “Navaratri” from Wikipedia, Free encyclopedia, http://en.wikipedia.org/wiki/Navratri

マハー・シヴァラートリー

2014年2月27日(一部地域では28日)は、マハー・シヴァラートリーの祭日です。
シヴァラートリーとは「シヴァの夜(ラートリー)または吉兆の夜」という意味です。シヴァラートリーは、毎月、満月から13日夜/14日目にあたります。しかし、特にパールグナ月(マーガ月となる地域もあります。2月〜3月)のシヴァラートリーは、マハー・シヴァラートリーと呼ばれ、一年の内でもっとも神聖な夜として知られています。
この夜、シヴァ神の信者たちは、断食をし、睡眠を絶ち霊性修行に励みます。シヴァラートリーは、月が満月から新月へと変化する境目です。充ち満ちた欲望(月)がやがて消滅していくように、満月から新月へと変化するシヴァラートリーの日に霊性修行に励むことで、欲望を滅し、解脱へと至る精神力が獲得できると信じられてきました。
シヴァラートリーの日は、シヴァ神を崇めるもっとも神聖な日です。この日には、シヴァリンガムを崇めたり、あるいは、シヴァ神の御名やルドラムを唱えたり、バジャンを歌ったり、瞑想を行うことがすすめられています。またルドラークシャを身に着けるのにもっとも適した日であるとも言われています。シヴァ・パンチャクシャラ・マントラ(オーム・ナマ・シヴァーヤ)も、この日に唱えることで、大きな功徳をもたらすといわれます。
シヴァラートリーの日には、さまざまな言い伝えが残されています。
この日、シヴァ神はパールヴァティー女神と結婚をしたと言われています。シヴァとシャクティとの永遠の合一である非常に吉兆な日です。シヴァ神はエネルギーの原始であり、シャクティと共に創造者として、そしてマハーカーラとしては破壊者でもあります。
またシヴァ神が保護と維持、そして破壊のダンス「タンダヴァの踊り」を舞い、宇宙を創造したのも、この日であると言われています。
猛毒ハーラーハラが世界を焼き尽くそうとしたとき、神々の願いに応え、シヴァ神はハーラーハラの猛毒を飲みほし、世界を救いました。ハーラーハラは、シヴァ神にとっても強大な猛毒であったため、シヴァ神の首が猛毒で青くなり、このためにシヴァ神は、ニーラカンタ(ニーラ[青]カンタ[首])と呼ばれるようになった話は有名です。
シヴァ神にはさまざまな特性があり、マハーヨーギーとして、チャンドラシェーカラとして、ガンジス河の始まりとして、そして彼こそがこの宇宙のタントラ(テクニック)を理解する唯一のアゴーラ(シヴァの別名)でもあるとして知られています。彼は、マハーデーヴァなのです。
深い献身と共に、このマハー・シヴァラートリーの夜にマハーデーヴァを崇拝する信者たちに、シヴァ神はその至福から信者たちが望む結果を与えます。従って、あらゆる面での障害や苦難を取り除くため、この吉兆な夜に、人々は信心深くシヴァ神を崇拝するべきだと言われています。
多くの人々はこの日、早朝に体を清め、シヴァ神に心を定め一日を過ごします。断食を行う人々も少なくありません。未婚の女性たちはシヴァ神のような夫を授けられるよう、また既婚の女性たちは夫の健康と至福を願い、断食を行います。人々は夜にはシヴァ神を祀る寺院を訪れ、夜通しで賛歌を捧げ、祈り、シヴァ神を讃え瞑想します。家庭においても、夜には家族が集まりシヴァ神を讃えるプージャーが執り行われます。
この最も吉兆な夜が、皆さまにとっても祝福に満ちたものとなりますようお祈りしております。

ヴァサント・パンチャミー2014

2014年2月4日にインドはヴァサント・パンチャミーを迎えます。
ヴァサントとは、「春」の意味で、このお祭りは、春の到来を祝うお祭りです。光の祭典であるディーワーリーは富の女神ラクシュミーを祀り、ナヴァラトリーはドゥルガー、そしてヴァサント・パンチャミーは、学問と芸術の女神であるサラスワティーを祀るお祭りにあたります。
 ヒンドゥー教では、サラスワティー女神は、このヴァサント・パンチャミーの日に生まれたとされ、この日、盛大に祝福されます。
このお祭りでは、黄色が特に重要な意味を持ちます。黄色は、春の作物がたわわに実ることをあらわしています。この日、サラスワティー女神は黄色の衣装を装い祝福されます。またそれを祝う人々も黄色の服を着て、人々にふるまわれるお菓子なども黄色、食べ物もサフランなどで黄色に色づけがされています。
サラスワティー女神は、ブラフマー神と同じように、インドでは寺院の数も少なく、あまり大々的に礼拝されることのない女神です。しかし、この祭日には、インドの学生はペンやノートをサラスワティー女神の像の前に置いて、学業の成就を祈願します。またこの祭日を設立日としている教育機関も少なくありません。
日本ではこの時期、受験シーズンにあたりますが、受験を控えた方々は、この祭日にあわせて弁財天に合格祈願されるのもよいかもしれません。
ここでは、ヴァサント・パンチャミーについて、アーチャーリヤ・サティヤム・シャルマ・シャーストリ氏の解説をご紹介いたします[1]。

 『ヴァサント・パンチャミーは、学問の女神であるサラスワティーに捧げられるお祭りです。マーガ月(1月〜2月)の新月から5日目が、ヴァサント・パンチャミーにあたります。世界中のヒンドゥー教徒は、熱心にこの祭日をお祝いします。この祭日は、サラスワティーの誕生日だと信じられています。
 この祭日では、黄色が特別な意味を持つことになります。サラスワティーの女神像は、黄色の衣服で飾り付けられて礼拝されます。また人々も、この日は黄色の衣服を着るようにしています。親類や友人の間では、黄色のお菓子などが贈られます。
 中には、この日は僧侶に食事を与える人もいます。また先祖供養(ピトリ・タルパン)を行ったり、愛の神であるカーマ・デーヴァを礼拝する人もいます。
 子どもたちにとっては、学習を始めるのに最適な日であることから、アルファベットを学ぶ初日になります。そして、学校、大学などの教育機関は、サラスワティー女神への特別な礼拝を行います。パンディット・マダン・モーハン・マラヴィヤ氏は、バナーラス・ヒンドゥー大学をこの日に創設しました。今では、世界的に有名なトップクラスの教育機関となっています。
 ヒンドゥイズムでは、マカラ・サンクラーンティや、ヴァサント・パンチャミーのように、宗教的な祭事を季節に織り込むことを特に重要視しています。人々は、個人の信条や願望に応じて、家庭の主宰神(イーシュタ・デーヴァータ/デーヴィー)を礼拝する傾向があります。また一般に人々は富や権力を求める傾向にあります。カリ・ユガ(現在)の時代では、お金(富、権力、名声)の追求が、ほとんどの人々の主目的になっています。まるでお金が神のように崇められています。
 しかし、分別のある人々は、霊的な啓蒙のために、サラスワティー女神を礼拝します。彼らによると、王と学識ある人(霊的に優れた人)との間には何の違いもありません。王は、王国の中では敬意を払われますが、学識ある人は、どこに行っても敬われます。高徳の人、霊的な進歩に邁進する人々は、サラスワティー女神への礼拝を非常に重視します。
 サラスワティー、ラクシュミー、ドゥルガーの三女神に割り当てられた乗り物は、彼女たちの特別な力を象徴しています。サラスワティー女神の乗り物である白鳥は、サットヴァ・グナ(清浄と識別の要素)を象徴します。ラクシュミー女神のフクロウ、そしてドゥルガーのライオン(虎)は、それぞれタマス(暗質)とラジャス(激質)を象徴しています。
 ヴァサント・パンチャミーは、これに続くお祭りであるホーリーの前兆になっています。季節は次第に変化し、春の到来が感じられてきます。木々は新芽を出し、森や草原では新しい生命が息吹き始めます。自然は、マンゴーの木に花を咲かせ、小麦や作物は、新しい生命に活力を与えます。
 ヴァサント・パンチャミーは、季節感、社会的意義と敬虔さに満ちた祭日です。新しい季節の到来を胸に、世界中のすべてのヒンドゥーによって盛大に祝福されます。』

サラスワティー女神の祝福のもと、霊的知識に恵まれ、豊かな時間を過ごすことができますよう、お祈り申し上げます。


参考:
[1]Vasant Panchami, http://www.hinduism.co.za/vasant.htm