マータンギー女神の隠された性質

マータンギー女神と言えば、サラスヴァティー女神のタントラ型とも言われ、芸術や言語などの分野の方に、信奉される神様です。
しかし、マータンギーには隠された性質があるのをご存知でしょうか?
マータンギー女神を信奉していたマータンガ族は、インドの歴史の中で、最下層のカーストに組み入れられた歴史があります。
そのため、人々が嫌がる死体の処理に関する仕事などを強いられました。また歌舞音曲を披露して日銭を稼がなければならないような生活もさせられたと想像されます。
そのため、彼らの信奉していたマータンギー女神は芸能の神となる一方、現代ヒンドゥー教で唯一ともいえるたいへん穢れに強い女神となったのです。
マータンガ族は、被支配者階級だったとは言え、もともと大変優秀な民族でした。
彼らの信奉していたマータンギー女神は、次第に支配者階級にも取り入れられるようになったとも考えられます。
さらに、マータンギー女神の異なった形として良く知られるラージャ・マータンギー女神は、不可能を可能にする神としても知られています。
以前、インドの某州の知事が、ラージャ・マータンギー女神の信奉者で、本当は知事になれる運命にはなかったのですが、この女神のプージャーによって知事の座につくことができた、という話も聞いたことがあります。
この女神を信奉することにより、大いなる祝福を得ようではありませんか!

(文章:ガネーシャ・ギリ)

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ガネーシャ・ギリ氏共著 『インド占星術と運命改善法』

ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定

ガネーシャ・ギリによるヨーガクラス
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第8回グループ・ホーマ無事終了のお知らせ

第8回グループ・ホーマにお申込みいただきました皆様、誠にありがとうございました。

第8回グループ・ホーマは、6月15日に無事に終了いたしました。

プージャーの写真を以下に掲載させていただきます。

神々の祝福と、より良い体験がありますよう、心よりお祈り申し上げます。

ヨーギニー・エーカーダシー

2017年6月20日はエーカーダシーの吉日です。月の満ち欠けのそれぞれ11日目に訪れるエーカーダシーは、ヴィシュヌ神に捧げられる日となり、断食や瞑想を行うことが勧められます。

ジェーシュタ月(5〜6月)の満月から11日目にあたるこのエーカーダシーは、ヨーギニー・エーカーダシーといわれます。このヨーギニー・エーカーダシーのヴラタ(戒行)を努める者には、病からの回復と健康がもたらされると信じられます。一説に、以下のような神話が伝えられます。

財宝の神であるクベーラ神は、熱心なシヴァ神の信者でした。毎日、シヴァ神へのプージャーを欠かさずに行なっていたため、クベーラ神は庭師のヘーママーリを雇い、プージャーに必要な花を頼んでいました。ある時、ヘーママーリは自分の美しい妻に夢中になり、花の準備を忘れてしまいます。クベーラ神は怒り、ヘーママーリに呪いをかけ、病をもたらしました。

病に苦しんだヘーママーリは、長寿で知られる聖者マールカンデーヤに相談をします。すると、ヨーギニー・エーカーダシーのヴラタ(戒行)を努めることを勧められました。ヘーママーリはこのヨーギニー・エーカーダシーに戒行を努め上げると、その病を克服し、健康な姿を取り戻したと伝えられます。

エーカーダシーは、神々に祈りながら断食によって感覚器官を統制し、体と心を清める吉日です。エーカーダシーを通じ、皆様も充実した時をお過ごしください。

参照:http://www.iskcondesiretree.com/page/yogini-ekadasi

願いを叶える神様

どんな願いも必ず叶えてくれるといわれる、世界最強の神様がインドにいます。ヴィシュヌ神の化身であるヴェーンカテーシュワラ神です。現世的な御利益を求め、多くの人々に崇められるヴェーンカテーシュワラ神は、ティルパティ・バラジ、シュリーニヴァーサ・バラジなど、さまざまな名を持つ神格です。

インド南東部に位置するアーンドラプラデーシュ州のティルマラには、世界でもっとも多くのお布施が集まる寺院の一つとして有名な、ヴェーンカテーシュワラ神を祀る寺院があります。ここで祈願をし、お布施をすると、その願いは必ず叶うのだといわれます。そこには、ある興味深い神話があります。

天で幸せに暮らしていたヴィシュヌ神とラクシュミー女神。ある出来事がきっかけで、怒ったラクシュミー女神が地上に降りてきてしまいます。ヴィシュヌ神はラクシュミー女神を追いかけ地上に舞い降ると、ティルマラの丘で瞑想を始めました。その後、ヴィシュヌ神はヴェーンカテーシュワラ神の姿となり、やがてラクシュミー女神の化身であるパドマーヴァティー女神に出会います。

ヴェーンカテーシュワラ神は、パドマーヴァティー女神と結婚をしようと求婚するも、その結婚には莫大な費用が必要でした。すると、ヴェーンカテーシュワラ神は財宝の神であるクベーラ神に頼み、その費用を借りることにします。しかし、費用は莫大で、ヴェーンカテーシュワラ神は今でも、クベーラ神にその借金を返し続けているのだといわれます。

その借金がどのように返済されるのかといえば、人々から捧げられるお布施です。ヴェーンカテーシュワラ神は、人々からありがたくお布施を受け取ると、代わりにその願いをなんでも叶えてくれるのだといわれます。

ヴェーンカテーシュワラ神は、カリユガに私たちを救う神格です。その名には、人々の罪を清める者という意味があります。祈りや信仰が廃れるといわれるこの時代、何よりもまず、純粋な神々の存在に近づく行いを実践する必要があるのかもしれません。そうした行いは、自分自身をより良い方向に導き、願いを叶えるための第一歩となるはずです。

(文章:ひるま)

参照:https://en.wikipedia.org/wiki/Venkateswara

チャイルド・スポンサーシップのご報告(2017年6月)

チャイルド・スポンサーシップ(子どもの教育支援)にご協力をいただいている皆様、温かいご支援をいただき誠にありがとうございます。6月の配給時の様子が届きましたので、ご報告をさせていただきます。

ケララはモンスーンに入り、恵の雨を楽しんでいます。農業用水のほとんどを雨水に頼るインドでは、このモンスーン時の雨の量によって国の経済活動が左右されるほどです。ケララでは昨年は十分な雨が降りませんでしたが、今年は良い雨が降っており、農業に携わる人々もほっとしているようです。

子どもたちは新学期が始まることもあり、いつもの配給に加え、制服や学用品が配給されました。配給をお手伝いする子どもたち。女の子たちはいつも率先してお手伝いをします。

毎月の配給時には、こうしてNGOの代表からお話があります。時には外部から講師を招いて講演を行うこともあります。子どもたちには少し難しいかもしれませんが、一緒に訪れるお母さんたちに共有できるように、女性の自立について、教育の重要性について、さまざまな情報を共有します。識字率がインドで一番高いケララでは、新聞や雑誌等を通じ、人々がより多くの情報を得ることができるため、それぞれがより良い生活のために奮闘しています。

後方に座るのがお母さんたち。こうして毎月顔をあわせることで、お互いの状況を知らせあったり、さまざまな思いを共有しています。子どもたちは遊びや勉強に夢中で純粋に生活を送っていますが、子どもたちを支えるお母さんたちの苦労は絶えません。

インドでは地域によってずれがありますが、長い夏休みが終わり、学校の開始が近づいてきました。新しい制服や学用品とともに、これからまた嬉しくも厳しい学びの時が続きます。一人でも多くの子どもたちが豊かな教育を受けて、より良い社会が生み出されることを心から願っています。

(スタッフ:ひるま)

90、インドのポピュラー音楽の現代と未来

今から30年40年前、日本の数少ない民族音楽学者の高名な先生や、インド哲学、インド文化、語学の教授先生たちの何人かが、「異口同音」に次のように述べていました。

「インドには所謂Love-Songというものが存在しない」「これはLove-Songか?と思って聴いていても、良く良く歌の中身を学べば、恋人に歌っているようでいて、全ては神に対してであった」と。

確かに第二次世界大戦後のパキスタンとの分離独立前と同時に生じた「宮廷音楽の終焉」「イスラム藩王国、ヒンドゥー藩王国の終焉」までは、この話しもまんざら嘘ではありませんでした。しかし戦後ともなると、いささかこの話しは「思い込み」と言わざるを得ない訳です。

戦前迄の音楽の在り方の基本には、「宮廷楽師=古典音楽」「花柳界楽士=世俗歌謡」がありましたが、後者では10世紀から「Love-Song」が歌われていたのです。

後者の音現場は、イスラム藩王国のカスバでしたが、「歌姫」は、殆どヒンドゥー娘でした。なので、学者先生がおっしゃるように、「恋人に準えた神々」だったかも知れませんが、全てがそうとも言えない訳です。

また、同時代、階級が無い筈のイスラム教でも、イスラム娘の芸者さん舞妓さんは存在しました。彼女たちの歌の場合は、「神々へ」ということはほぼ皆無だった筈です。

しかしその一方で、1980年代に来日コンサートをも実現したベンガル地方の「音楽教」とも言える、神秘主義系の「Baul」の有名演奏家の歌にも「恋人に準えた神への歌」もあります。「Baul」の歌のジャンルでは「Prem(愛)-Tattuva」とさえ言われますが、この「愛」は、全て「神」に対してのものです。(Baulは言わば一神教です)
勿論この「恋人に対してのように神々に歌う」は、中世の「献身歌:Bhajan」と同時進行した、「神々への恋歌」の流れもありますが、根強く継承されていることも事実です。

中世の花柳界に既に存在した「宗教を離れた恋歌」は、戦後の共和制になる以前にも「Madhuru-Sangeet」として或る種の確立を見せていました。
そして戦後、日本同様に庶民の希少な娯楽であった映画の主題歌で、「恋歌」は一気に膨大なスケールに至るのです。しかもご存知のようにインドは世界有数の「映画生産国」ですから、或る意味「ポピュラー・ミュージック」の生産もまた、世界有数ということが出来るのです。

当連載前々回で述べましたように私は、そもそもポピュラー・ミュージックであろうと、洋楽であろうと、インドの伝統音楽に絡みこそはすれども、「その本質を浸食することはないだろう」という楽観を抱いています。

しかし、問題は、その伝統音楽と向い合う人間の「精神性/心」であることは否めません。喩えるならば、「仏像」自体は、古いものでは、飛鳥・奈良の時代から「何も変わらず、私達人間と向い合っている」としても、それと向い合う私達の意識は大きく変わっているであろう、と同じ話しです。

逆に、ポピュラー・ミュージックは、何時の時代でも向い合う人間を肯定し続けて来ました。しかし、何故か流行が過ぎると古臭く感じ、かと思うと、十年二十年経つと得も言われぬ懐かしさを感じる。しかしその時、「懐かしさ」と或る種の「淋しさ」は感じるけれど、それらは「今の自分」を必ずしも肯定してくれない、そんな感慨を禁じ得ない人は決して少なくないのではないでしょうか。

言わばポピュラー・ミュージックは、「留まること」も「逆戻りすること」もない、長距離列車を向かえる各駅の歓迎楽団の音楽のような感じです。その時々、感激・感動し、良き想い出となったとしても、人はまた列車の発車と共に乗り込んで「先へ先へ」と進んで行く。通過駅のことは、「旅の記念アルバム」としてだけ振り返るのみ。
その一方で、「長距離列車」から、或る種の勇気を奮って下車し、「Uターン/Iターン」で過疎の村で農業を「一から始める」という人々の話しも聞きます。

唐突な横道の話しですが……。近年、歴史或る寺社の施設を「落書き」や「油?」で損傷を与えたり、猫に対しての虐待、お年寄りや障害者、幼い子どもに対する虐待や痛ましい事件が多く報道されます。

勿論、マスコミの報道は必ずしも冷静且つ中立とは言えず、ことさらに誇張して「作られた時勢のイメージ」を増長する傾向は昔からあり、近年その「大衆迎合性・煽動性」は、タブロイド雑誌のごとくでもありますから、「そのような事件が増えている」と言う印象操作は正しくないかも知れません。

しかし、それが何時始ったにせよ、「狂った人間の蛮行」と単純に処理してしまう前に、「はたっ!」と気付けば、何れも、長年「守るべき」とされていたものや「弱者」への残虐な行為であるということです。「言う迄もない」と言われそうですが。
そして、これは決して、事件の犯人を弁護するものでは毛頭ありませんが、「どうでも良いもの」に対してではなく「守るべきもの」や汚してはならないもの」に対しての行為には、何らかの「叫びのような訴え」の深層心理があるのではないか?というテーマです。要するに「幼児的な逆説心理」ということです。

幼い子どもの親ならば、誰しも、子どもが喜ぶ「玩具」や「お菓子」を買ってやりたいものです。喜ばせたい、喜ぶ顔が見たいと言う純粋な思いで。しかし、しばしば「仕事が忙しくて構ってやれない」などの「負い目」があると、「玩具」や「お菓子」で「穴埋めしよう」「許して貰おう」としてしまいがち。そして何時の間にか、それでも子どもが不満そうだったり、淋しそうだったりすると、自責の念に耐えかねて、それをプレッシャーと感じ「玩具」や「お菓子」を「買ってあげたじゃないか!」となってしまい、「純粋な思い」から随分と隔たってしまうものです。

子どもは、それを敏感に感じ「言葉の論理」では整理出来ずとも、感覚的にそれを察知しますから「玩具」や「お菓子」に対する有り難みが急速に薄れ、しばしば「憎たらしい」「腹立たしい」ような気分さも内在することが考えられます。
そして親がくたくたになって深夜近くに帰宅すると、「玩具」は壊して散らばって、「お菓子」も少し食べては止めて部屋中にバラ撒いていたりします。中には、「玩具」や「お菓子」を巧みに利用して、近所の友達や年下の子を子分にしたりする賢い子も居ます。

いずれにしても問題は、「玩具」や「お菓子」に対する「有り難み、感謝、素直な喜び」が失せることです。

ポピュラー・ミュージックは、何百年も前から古今東西で、その時代を反映し、その時代に懸命に生きる人間の心情を代弁したり、励まし、癒して来ました。ところが、1970年代の後半位から世界的に、それ迄とは桁違いな「商品化」が急速に進みました。勿論、その反動の音楽も常に生まれましたが、それらもやがて商業主義に飲み込まれて行きました。そして、「粗製濫造」とは言わないにしても、1980年代1990年代には,ポピュラー・ミュージックの歴史の中で、昔の人間にとって眼がくらむほど、信じられない程膨大に大量生産されました。

こじつけ的に思われるかも知れませんが、その様は、「人間が自分たち人間やそれ以外の生き物や自然、守るべき人間の伝統などに対する、無意識に近い何らかの負い目が在り,自らで自らに大量に「玩具」や「お菓子」を買い与え、結局はその価値を下げた姿である」という論法が成り立つのではないでしょうか。

ところが、ことインドのポピュラー・ミュージックともなると、必ずしも「生まれては消えて無くなる消費物」とも言えないのです。いや、正確には、やはり商業音楽ですから、時間が経てば「賞味期限」が来ますし、数年後に「懐かしい」と思われるのは大量生産されたものの極1%にも満たないかも知れません。

ですが、インドの場合、そもそものポピュラー・ミュージックが、タイやフィリピン、シンガポール、香港などと比べると、「インド的」というか、世界のポピュラーミュージックの最先端と、必ずしも張り合ったり真似たり、パクったりをしていない気がするのです。妙な「自信」と「誇り(自尊心ではなく)」が感じられると思うのは、インド音楽歴47年ということだけでなく、今も一介のインド・ファンである私の「贔屓目」でしょうか。

例えば、当連載の前々回び「ヒンドゥー寺院」をご紹介しましたビルラ財閥傘下の国産車「アンバサダー」の公式サイトをご覧下さい。驚かされます。
何しろ「最新型」なのに、数十年前と対して変わっていなくて、そもそも、もの凄く「レトロ」なデザインなのです。頑丈な作りは窓枠なども太く、決して視界は良くない。しかし,相変わらずのインドの交通事情では「気取っていたらアウト」です。それを逆手に取って、優しい丸みを帯びたカーブに仕上げるので、嫌が応にもレトロなのです。

しかし、決して「野暮ったい、古くさい、ダサい」とは感じない何かがあるのではないでしょうか?

同じことがインドの最新のポピュラー・ミュージックにも大いに感じられるのです。例えばコンピューターの打ち込み音源を用いてさえも、その基本に数百数千年続く伝統民謡のビートを見出すことが出来ます。

流石、古今東西ありとあらゆる要素を取込んで、ひたすらその質(質量)を高めて来たようなインドならではの「カオス」のようでいて、滅茶苦茶ではない、多種多様が混在共存している姿が、ポピュラー・ミュージックに如実に現れていると思えてなりません。

最後までご高読下さりありがとうございます。

You-Tubeに関連作品を幾つかアップしております。
是非ご参考にして下さいませ。

Hindu Chant講座Vol.1

Hindu Chant講座Vol.2

Hindu Chant講座Vol.3

Hindu Chant講座Vol.4

Vedic Chant入門講座(基本理解編)

Ayurveda音楽療法紹介(基礎理解編)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編1)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編2)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編3)

「いいね!」「チャンネル登録」などの応援を頂けましたら誠に幸いです。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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神様を礼拝する曜日

2017年6月13日(火)はアンガーリカー・サンカシュティ(サンカタハラ)・チャトゥルティーです。

月の満ち欠けのそれぞれ4日目はチャトゥルティーと呼ばれます。このチャトゥルティーは、ガネーシャ神に捧げられる吉日として知られ、サンカシュティ(サンカタハラ)・チャトゥルティーと呼ばれます。特に、ガネーシャ神に捧げられる火曜日にこのチャトゥルティーが重なることはとりわけ吉兆とされ、それはアンガーリカー・サンカシュティ(サンカタハラ)・チャトゥルティーと呼ばれます。この日にガネーシャ神を礼拝することで、困難を抱える人々からは障壁が取り除かれ、幸せや豊かさがもたらされると信じられています。

ヒンドゥー教では、神々と惑星のエネルギーの関連などから、曜日毎に瞑想や断食をして祈りを捧げる神格が異なります。以下に、各曜日に礼拝される神々をご紹介いたします。これらは、地域や慣習によって異なり、また、曜日よりも、月の満ち欠けの暦が優先される場合があります。

日曜日:スーリヤ(太陽)神、ナヴァグラハ(9惑星)、ガーヤトリー女神など
月曜日:シヴァ神など
火曜日:ガネーシャ神、ハヌマーン神、カールッティケーヤ神、カーリー女神、バガラームキー女神など
水曜日:ヴィシュヌ神の化身(ラーマ神、クリシュナ神、スダルシャナ神など)、ガネーシャ神など
木曜日:ヴィシュヌ神の化身、サイババ、グル、クベーラ神など
金曜日:ラクシュミー女神、ドゥルガー女神など
土曜日:シャニ神、カーリー女神など

それぞれの神格が持つ象徴にあわせて、瞑想や断食をしながら自分の抱える問題を見つめ直す人々も多くいます。例えば、ホロスコープ上で強いエネルギーを生み出す火星の影響を受けている人々、自身の内に強い怒りや攻撃的なエネルギーを感じる人々、こうした人々は火曜日に、力と忠誠の象徴であるハヌマーン神を瞑想しながら断食などを執り行います。こうすることで自身が制御され、より安らかな状況が生み出されると信じられています。それぞれが努めるこうした行いはヴラタと呼ばれ現在でも広く執り行われています。

参照:http://www.londonsrimurugan.org/pdf/EachDayoftheWeek.pdf

ヨーガ・スートラ第2章第22節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


कृतार्थं प्रति नष्टमप्यनष्टं तदन्यसाधारणत्वात्॥२२॥
Kṛtārthaṁ prati naṣṭamapyanaṣṭaṁ tadanyasādhāraṇatvāt||22||
クリタールタン プラティ ナシュタマピヤナシュタン タダニャサーダーラナトヴァート
目的を成就した者に対しては、消滅するが、それは他の者にとっては、共有性のために、消滅しない。

簡単な解説:前節において、見られるもの(プラクリティ)は、見るもの(プルシャ)のためだけに存在していると説かれました。本節では、解脱した見るものに対して見られるものは消滅するが、見るものは生物の数だけあり、解脱しない見るものがある以上、依然として見られるものは消滅しないと説かれます。

自己と向きあう空間

神聖な空間とは、瞑想やヨーガを行う場所であったり、あるいは、ただ心を落ち着かせるために生み出される特別な空間です。宗教的な意味ではなく、私たち人間は、真に霊的な存在で、常に人生の意味や方向性、目的を見いだそうとしています。自宅にこのような空間を作ることで、シンプルに人生を見つめることができ、そこに聖域を持つことができます。

心の安らぎ、落ち着き、そして調和を求め、人々は瞑想をします。神聖な空間は、このために特別に生み出されるものであり、立ち入った瞬間に、静寂に包まれることが望ましいでしょう。インテリアを用いて、より集中できるように工夫することもできます。常に整理整頓を心がけ、瞑想やヨーガに必要のないものは置かないようにしましょう。好みは人それぞれ異なりますが、空間の色調は可能な限り先入観にとらわれない色にします。瞑想のためのクッションを置いたり、ヨーガのマットを広げたりすることのできるスペースもあると良いでしょう。瞑想やヨーガを邪魔しない、リラックスできるようなアイテムを置くのも良いかもしれません。

瞑想やヨーガに集中できるよう、自分だけの特別な場所を設けることも勧められます。内面を見つめるために、祭壇を設けてもよいでしょう。それは、宗教的なものである必要はなく、精神的な意味を持つもので十分です。家族の写真や芸術作品など、心が安らぐものであれば、どんなものでも構いません。神聖な空間は、瞑想やヨーガのためだけでなく、何よりも、心が安らぐ場である必要があります。

また、そこにはゆったりとした音楽があるのも良いかもしれません。ジャンルを問わず、好きなものを選んで構いませんが、ただの娯楽とは異なる、リラックスできるような音楽が勧められます。広大な自然の美、宇宙の神秘、神々の偉大さを想起させる音楽や讃美歌もよいでしょう。神聖な音色で空間を満たすことで、内なる平安がもたらされます。

一日の終わりには、世間の喧噪から離れ、自己の内面と向きあうことのできる平安と調和に満たされた空間で過ごすことが勧められます。このような神聖な空間は、あなたの内面に明日への活力を生み出すエネルギーを供給し、また仕事や勉強で必要となる、冷静な判断力と識別力を授ける原動力となります。自宅に神聖な空間を整え、その空間での瞑想やヨーガを通じて、自己の内面と向きあう時間を過ごすことは、なにものにも代えがたい大きな価値があります。

(SitaRama)

カビールの生誕祭

2017年6月9日は満月です。

この満月は、インドの宗教改革者と言われ、神への愛を綴った究極の詩人とも言われるカビールの生誕祭として祝福されます。

カビールはヒンドゥー教徒として生まれるも捨てられ、低カーストのイスラム教徒の織工の夫婦に育てられと言われています。生涯を織工として過ごし、その中でカビールは神への陶酔を美しい詞に綴り、多くの人々を引きつけました。

祭儀や儀式、偶像崇拝の形式主義を批判し、宗教を超えた神への愛を説いた教えは、インドの宗教観にも大きな影響を与えます。シーク教もまた、カビールの思想の影響を受けたものであると言われます。

神は、寺院や聖地ではなく、人々の心の中に、そして日常の一つ一つの行いにあるとカビールは述べています。

この1ヶ月後の満月は、グルに感謝の意を捧げるグル・プールニマーです。これからの1ヶ月が、皆様にとって気づきに満ちた時となりますよう、心よりお祈り申し上げます。

参照:http://en.wikipedia.org/wiki/Kabir