ヨーガ・スートラ第2章第38節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


ब्रह्मचर्यप्रतिष्ठायां वीर्यलाभः॥३८॥
Brahmacaryapratiṣṭhāyāṁ vīryalābhaḥ||38||
ブラフマチャリヤプラティシュターヤーン ヴィーリヤラーバハ
純潔が堅固に確立すれば、巨大な力を獲得する。

簡単な解説:前節において、不盗が堅固に確立すれば、あらゆる種類の富が自然に集まってくると説かれました。本節では、純潔が堅固に確立すれば、精力が蓄積され、心身ともに大きな力を持つようになると説かれます。

スタッフ日記:第17回アンナダーナ終了しました!

第17回アンナダーナにお気持ちを寄せていただきました皆さま、本当にありがとうございます。今回は孤児院にて無事に終えることができました。

孤児院でのアンナダーナは4回目となりました。今回は、コージャーガラ・プールニマーと呼ばれる満月に近く、子どもたちが大好きなキール(ミルク粥)をデザートとして当初から予定していました。コージャーガラ・プールニマーは、キール(ミルク粥)を食べてお祝いする習慣があります。孤児院で生活する子どもたちにとって、こうした祝祭をお祝いする機会はなかなかありません。今回も、200~220食分を準備しましたが、子どもたちが皆と同じようにお祝いすることができ、とても嬉しく思っています。

インドはNGO大国ともいわれ、社会活動が非常に盛んです。しかし、慈善活動を謳って不正を行う活動も多く存在するため、近年では厳しいルールが設けられるようになり、活動がとても難しくなっています。アンナダーナを実施している孤児院でも、運営にいろいろと課題を抱えているようです。今まで外部の男性は孤児院内に長時間滞在できない状況でしたが、今回は孤児院内に立ち入ることもできませんでした。いつもは孤児院までできた食事を運び、スタッフの一人が中の様子を見ながら写真を撮り、配膳は孤児院で子どもたちのお世話をする女性の方たちが行ってくださいました。今回はスタッフも中に入れなかったため、お世話をする女性の方に写真を撮っていただきました。

奥で配膳をしていただいているのが子どもたちのお世話をする方たちです。

子どもたちはいつも以上に楽しそうで、お世話をする方たちに心を開いている様子がとてもよく伝わってきます。

キールを楽しむ子どもたち。お皿の上の丸く黄色いものはラッドゥ(甘いお菓子)で、孤児院側で用意したものです。

みんなで賑やかにキールを食して、大喜びだったようです。

孤児院とも良い関係が構築されて、もっと良い形でつながりを深めていきたいと思っていますが、しばらくは様子を見ながら、より良い支援策を模索したいと思います。社会的弱者に寄り添い、行動を起こす重要性は、霊性を育む教えでも頻繁に説かれています。多様な文化や思想が生きるインドでは、物事が思うように進まないことも多くありますが、少しでも、子どもたちの成長を助けることができるようにお手伝いできたらいいなと思っています。

皆様の温かいお気持ち、本当にありがとうございます。次回は病院での実施を予定しています。今後とも温かいご協力のほどどうぞ宜しくお願い申し上げます。

アンナダーナを通じ、皆様にも大きな恩寵がありますように。

(スタッフ:ひるま)

ダス・マハーヴィディヤーは惑星をなだめる

ドゥルガー女神の10の化身であるダス・マハーヴィディヤーには、ラグナ(アセンダント)とすべての惑星をなだめる力があります。
カーリーは土星、ターラーは木星、トリプラ・スンダリーは水星、ブヴァネーシュワリーは月、チンナマスターはラーフ、バイラヴィーはラグナ、ドゥマーヴァティーはケートゥ、バガラームキーは火星、マータンギーは太陽、カマラは金星です。
これは、例えばヴィシュヌの10の化身がそれぞれの惑星に割り当てられたり、ドゥルガー女神の他の化身、ナヴァ・ドゥルガーがそれぞれ9惑星に割り当てられるのと同じようなことなのですが、例えばブヴァネーシュワリーのホーマがそのまま月のプージャーとしての側面を持つ場合もあるなど、惑星との関係は特に親密です。
また火星を支配するはずのバガラームキーがある種の心(月)の処方に使われたり、芸事(水星)の上達のために、太陽を支配するはずのマータンギーが祈られたり、なかなか複雑な作用も持ちます。
ダス・マハーヴィディヤーはインドでもそこまでポピュラーではなく、また古い神様のため、日本に住む私たちにとっては、情報が少なく、まだまだ謎に包まれた部分が多いです。
2018年3月のツアーでは、日本のツアーとしては、おそらく初めてGuwahati(アッサム州)のダス・マハーヴィディヤーの寺院を参拝することになると思います。
様々な秘密が解かれるのでは、と今から期待しております。

(文章:ガネーシャ・ギリ)

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[ガネーシャ・ギリ 同行]最強厄除開運・インド縦断 – 女神と聖者とガンジス川から力を貰う旅

ガネーシャ・ギリ氏共著 『インド占星術と運命改善法』

ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定

ガネーシャ・ギリによるヨーガクラス
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40日の恵み

夢や目標を実現するためには、たゆまぬ研鑽や日々の積み重ねが欠かせません。特に、長きに渡る霊性修行においては、不断の努力が必要です。しかし、常に変化を必要とする心を持つ私たちにとって、継続は決して容易いものではありません。その過程で、意志や気力を見失ったり、挫折したりすることも多くあることと思います。

そこで重要となるのが、40という期間です。特に霊性修行において、40日という期間は恩恵があらわれる期間として重要視されてきました。それは、世界各地の思想や慣習を見てもわかります。

とりわけ聖書には、40日や40年という記述が多く見られ、40という数字には特別な意味があることがうかがえます。例えば、イエスが荒野で悪魔の誘惑を受けながら断食をしたのは、40日間でした。一方で、悩みを抱き洞窟で瞑想をしていたムハンマドが啓示を受けたのは、40歳の時でした。インドの一部の慣習では、出産後の女性は40日間、外出が禁じられることがあります。それは、心身の浄化が行われる時だからです。

宗教を超えて重要視される40という期間。こうして見ると、それは困難や逆境のように見ることができます。しかし、霊性修行においては、自分自身の内で習慣化した思考や行動に変容があらわれる重要な期間として捉えられてきました。それは、自分自身に良い変化を生み出すための恵みの期間に他ありません。

ヨーガの修練やマントラの詠唱、瞑想の実践なども、集中的な取り組みとして、40日間のプログラムが組まれることが多くあります。その取り組みを通じては、時に困難と向かい合わなければならない時もあります。しかし、自分自身の内で起こる変化の中で、夢や目標の実現に向けた大きな恩恵を感じている人々が実際に多くいることが伝えられています。

具体的な期間を設定することは、私たちの心を目的により深く集中させてくれるものです。まずは40日という期間、夢や目標を実現するための取り組みに挑戦してみるのも良いかもしれません。その実践は、自分自身の内により良い変化をもたらし、さらなる高い境地へと私たちを導いてくれることと思います。

(文章:ひるま)

104、インド科学音楽の未来 (その1)

未来像のイメージの仕方
欧米人や私たち日本人が、世の中の何かについて「未来を考える」という時、「Positiveなイメージ」と「Negativeなイメージ」のどちらかに偏っている傾向にあります。特に、この十年、二十年、その傾向はより顕著になって来ました。

ところが、流石のインドの場合、「両極端の共存感覚」が旺盛なため、セレブな雑誌「The Illustrated Weekly of India(1980Nov9th)」でさえ、「インド古典音楽は、Arohaか?Avarohaか?」などという洒落たタイトルで今回のテーマと似たことを「取り組み上では平等に」論じていました。

Arohaとはラーガ(旋法)の基本音列の「上行音列」のことで、Avarohaは「下行音列」こと。「インド古典音楽の未来は、右肩上がりか?それとも下がりか?」の比喩であり、少なくとも「特集のテーマ」の上では、「未来は明るい!」に偏った「大衆迎合性」や「追認主義」でもなく。逆に「未来は危うい!」という「啓発」や「危機感を煽る」というやり方で一部のエリートを喜ばせるというような手法でもなかった訳です。

しかし、そのように、何かにつけて「両極端の対峙をまず同一平面上に並列させて論じたがる」インドでさえも、結果としては、「どちらか一方の答え」に近づいてしまうものですし、仮に公平・平等・等分が貫かれたとしても、受け手の方で、一方に偏って読み、理解してしまうものです。

勿論、近年目に余るSNS記事やマスコミ報道のような、「一方をことさらに誇張して、関心を集める手法」のようなことはしていないところは立派だとは言えます。

尤も、SNSやマスコミの情報を受け取る側には、「両極端の意見や情報の両方を渡り歩き、自身の感覚を肯定してくれる意見を広い集める」という人が多いのも事実でしょう。結果として「ネット情報漂流民」のような形になってしまったり、「腸内細菌叢に於ける日和見菌」のように、右往左往してしまう場合も少なくないようです。

私はかなり以前から、このような「日和見的な右往左往」が、思考回路を歪曲させ、偏らせ、様々な「脳・神経系統・ホルモン系統」なども狂わすと警鐘を鳴らし続けて来ましたが。今回ここでは、この懸念に対するひとつの「改善策」の意味も含め、「未来をイメージする時のアイディア」を論じたいと思います。

それは、「現在の状況の分析・理解」から「未来の方向性をイメージする」のではなく、「過去の結果と、そのまた前の過去からの変化」を検証することです。

インド古典音楽の未来は、どのように変化して来たか? (古代と中世の場合)
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まず、古代の「ヴェーダ科学」にとって、仏教の台頭によって蒙った大打撃は、想定も想像も越えたものであったに違いありません。しかし、結果論で言えば、仏教は、信徒にとっては「ヴェーダよりは遥かに優しく分かり易い宗教」ではありましたが、担い手(僧侶)にとっては、極めて難解なものとなっていました。(このテーマは、私の余生最大の重要テーマのひとつですが、そうそうサワリだけを簡略してお話することは難しいです)

僧侶にとって仏典が難解であることは即ち「仏教儀礼音楽」に受け継がれた「ヴェーダ科学音楽」もまた、「演奏者にとっては難解になった」ということですが。実際のところ、僧侶たちは「仏法の理解」に必死で、「音楽の理解」に対してはかなり甘く、おろそかにした感があります。それが恐らく最初の「ヴェーダ科学音楽」の「衰退」という「予期せぬ未来」の到来だった訳です。

ところが、それから千年二千年の後、10世紀にイスラム勢力が侵入した後。インド科学音楽は、思いがけない形で「復興」するのです。

仏教の弾圧を受け、ちりぢりに分裂した「ヴェーダ科学音楽の叡智と理論」は、「仏教に於いて、湾曲されながらもかなり高度で難解なものとして取込まれた(しかし殆ど実践されず、理論も大半が失われた)」ものの他に、「密教(タントラ仏教)に於いて継承され残ったもの」がありました。同時に、「ヒンドゥー教各派に残されたもの」「各地の辺境のヒンドゥー教勢力や寺院、宮廷が継承したもの」などがありました。

そうした各地各派の名音楽家が、その一族の存続を掛けて宮廷楽師にならんとした結果。それらのほぼ全てがイスラム宮廷古典音楽に集合し、次第に統合されたのです。

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加えて、イスラム宮廷古典音楽は、13世紀のアミール・フスロウ、16世紀のミヤン・ターン・センといった改革者であり、数百年続く主流派の創設者のいずれもが、イスラム系神秘主義にも傾倒していたことがあり、「論理的かつ理論的な古典音楽体系」は、宗教の違いを越えて好まれかつ重用されたのです。

言い換えれば、統合された音楽環境が「楽しむだけで良い」という価値観であったならば、ヴェーダ科学音楽は勿論、インド古典音楽さえもその時代にほぼ滅んでいて、世界各国の宮廷宴会音楽のレベルに墜落していたに違いありません。逆に、19世紀の南インド古典音楽や、近代のパミール高原タジク音楽のように、偏った宗教上の至上主義・原理主義が台頭すると、極めて強い排他性を持つと同時に、その偏りは著しく論理性に欠けますから、ヴァーダの叡智は、むしろ淘汰される訳です。

近代のインド古典音楽消滅の危機
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次に(ヴェーダ科学音楽を内在する)インド古典音楽が遭遇した巨大な危機は、1945年のインド・パキスタン分離独立と共和制(宮廷の崩壊)でした。

厳密には、18世紀の末から「新古典音楽」が台頭していました。ヴェーダ科学音楽にとっては、新古典音楽は、「ラーガ(旋法)の深みに欠け、芸術性に偏る=娯楽性の方向性」であり、加えて「より安易で軽いラーガばかりを選ぶ」という性格が濃厚であったことも「危機」のひとつではありましたが、前回の記事でもお話ししましたように、それらを「サブ・カルチャー」とするならば、結果論で言えば、その時点ではまだ「メイン・カルチャー」が元気に健在しており、むしろ触発され一層「理論的」な方向に至っていました。

また「新声楽:Khayal(カヤール)」は、奇しくも「より安易で娯楽性の高い方向」には、進みませんでした。むしろ、「古声楽Dhrupad(ドゥルパド)」をより多く吸収し、より重厚な方向性を各派で競ったのです。

これも或る意味では「想定外」だったかも知れませんし、「危機ではなくなった」とも言える反面、逆に「深刻な状況」とも言えます。が、宮廷音楽の裾野を広げ、ピラミッド型の土台を、より一層強固なものにしたことは事実です。

ところが、共和国独立と共に、インドにも多くのイスラム教徒が残り、むしろ古典音楽演奏家はイスラム教徒の方が圧倒的に多いにも拘らず、「ムスリムはパキスタン」「インドはヒンドゥー」のイメージやプロパガンダが隆盛し、結果として「ターン・セン以降の宮廷古典音楽の伝統」は、急速に崩壊への路を辿るのです。

戦直後の日本でも、クラッシックの名手や音楽論の大家が、「米軍キャンプやキャバレーでの演奏」で喰い繋ぎ生き伸びたのと同様に。インドでも富豪の宴席や映画音楽で、非科学的の極みの「古典音楽風演奏」をせねばなりませんでした。

それでも音楽家・演奏家は、辛酸を味わいながらも、心に伝統音楽や科学音楽をしっかり携えておればどうにか生き伸びられますが。切実にその生命線を断たれたのが、「楽器職人」でした。「売れる売れない」は元より、「明るい未来は来ない」ことが明らかになったのです。その結果、「後継者」が皆無に近いほど居なくなって、急激に衰退してしまったのです。

勿論、宮廷楽師の子息でサラリーマンに転じた者が、「趣味や教養」として「伝統音楽」を継承することは可能です。しかし「楽器職人」は、「買い手も居ないのに、趣味で楽器を作り続ける」ということはあり得ません。

日本の神社が、江戸時代以前から今日に至る迄、二十年前後で、大巾な改築を共なって、敷地内を移動する「式年遷宮」を行うのは、二十年が「特殊工法・特殊技能が絶えないギリギリの期間」だと言います。その間、日々何らかの大工仕事を続けて基本技能を維持している「宮大工職人」でさえ、特別な技能は失われる危険を感じてい訳ですが、「楽器職人」はそうは行きません。

宮廷トップクラスの演奏家に納める最高級の楽器は愚か、趣味の為の普通の楽器を作る後継者も技術も絶えて行く方向性にあったのです。
実際、私の師匠の代(幼少~少年期に共和制を迎えた)迄は、存続していた有名楽器職人の幾つかがこの時期に消えて行きました。トップクラスで半減しているのですから、巷では激減した訳です。

インド古典音楽を救ったのはヒッピー?
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ところが、戦後二十年ほどして状況は一転しました。それは演奏家も楽器職人も、古典音楽ファンも想定も想像もしなかった事態の到来です。古典音楽の流派としていはモダン派に属します彼のPt.ラヴィ・シャンカル氏がビートルズの師匠となったことで、世界的にインド古典音楽が脚光を浴びたのです。言わば「インド大ブーム」のようなものです。

ブームは実に幅広く、層が厚く、しかも十年以上続きました。
ラヴィ・シャンカル氏も、欧米公演の初期の頃は、理解を得ることに苦労したと言いますが、むしろ戦後のインドの聴衆に対する苦言の方が多かったとも言います。

インド古典音楽の演奏家にとって、欧米の聴衆に「ラーガ(旋法)の深み」を理解させることは至難の業。それでも「比較的安易なラーガと超絶技巧」は「ウケた」。ところが、日本の聴衆は、「静か過ぎ」て「海外では最もやりにくい連中」と言われていました。

ところが、戦直後のインドの聴衆は、「ラーガの精霊との出逢い」など求めておらず、セレブな連中が「知的好奇心」と「博学振りの誇示」の為に集まるのが本音で、しかも「インド時間」ですから、開演してからも次々に遅れてやって来ては「あ~ら!○○社長と奥さま!お久しぶり!」を客席のあちこちでやっている。ラヴィ・シャンカル氏は何度もインドの聴衆に対して、演奏を止めて苦言を放ったと言います。
そのような苦労もあって、次第に「より真剣に伝統音楽を愛好する人々」が増え始めたのです。

しかし、一方街では、「(ビートルズなどのロック)+ヴェトナム反戦=ヒッピー」という図式で、欧米各国からバックパッカーが大挙インドを訪れ、真っ昼間から酒やマリファナに興じながら、シタールやタブラを買って、好き勝手に出鱈目に演る姿が、聖地バラナシのガート(沐浴場)でも日常的に見られたと言います。

しかし、上は「知識層の愛好会」から、下は「ヒッピー」に至る迄の「層の厚さ」と、「世界的規模」の幅の広さの御陰で、明らかにインド古典音楽(伝統音楽/旧宮廷音楽文化)は、「世界が興味関心を抱く新鮮な音楽」として、「再スタート」を切った訳です。

これは流石に誰も予想出来なかった。

勿論、そうなっても尚。むしろ「こんな低俗な流行で存続しても未来は知れている」と、僅かな本物の演奏家の楽器の修理などの薄謝で糊口を潤しながら、細々と耐えて来た「名匠・名工」が、「世界的ブーム」の到来を期に店じまい(息子たちに別な職に進ませる)をした実例が幾つかあります。

ところが、1960年代の「ビートルズ、ラヴィシャンカルそしてヒッピー」によるインド古典音楽の想定外の復興も、1980年代には再び危機を迎えます。
しかし1990年代、欧米と日本で「ワールドミュージック・ブーム」が興ります。それまでの10年を乗り切れなかった楽器匠や音楽流派は、決定的な状況となったのです。

2017年の今日。果たしてインド古典音楽の現状は如何に? 今回述べましたような歴史の転換を検証するに、その未来派如何なるものになるのか? 
滅び行く伝統や、ヴェーダ音楽に不可欠の論理的思考を救う、新たな「想定外の出来事」が興るでしょうか。

今回の図版は
「インド古典音楽の未来は?」の記事があるインドのハイソ系雑誌。
その他にも古典音楽の特集が組まれていました。
1980年代、再び一般の関心が低くなり、知識人古典音楽ファンの中からも危機感を訴える声が高まった頃の貴重な特集でした。ボリウッドの「踊るマハラジャ系軽音楽」も台頭していました。

二枚の写真は、
インドのシタール工房(シタール屋)と太鼓工房(タブラ屋)。

シタール工房では、親子代々伝統的な工法でシタールを製作しつつ、壁にはブルースリーのポスターが貼られているところが1980年代の雰囲気を彷彿とさせます。先代の写真や、インド音楽史に輝く楽聖の肖像画などを貼るような店は、ごく一部になっていました。

太鼓屋で、主が自慢気に見せているのは、ドゥルパド音楽の伴奏に用いるパカワージ。珍しく装飾があるので目に留まりましたが、翌年同じ店に行けば未だあるのです。
「おやじさん!一年掛かってもまだ仕上がらないのかい?」と言えば、
「馬鹿言ってるんじゃねえよ!毎年この時期にメンテに来るのさ。お前さんみたいにね」と返されました。

生活が豊かになるにつれ、生活品もモダンになり値が上がる。馴染みのお得意さん(演奏家)の楽器のメンテだけでは楽器匠もやって行けないのです。

何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。

10月も、インド楽器とVedic-Chant、アーユルヴェーダ音楽療法の「無料体験講座」を行います。詳しくは「若林忠宏・民族音楽教室」のFacebook-Page「Zindagi-e-Mosiqui」か、若林のTime-Lineにメッセージでお尋ね下さい。
九州に音楽仲間さんが居らっしゃる方は是非、ご周知下さると幸いです。
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You-Tubeに関連作品を幾つかアップしております。
是非ご参考にして下さいませ。

Hindu Chant講座Vol.1

Hindu Chant講座Vol.2

Hindu Chant講座Vol.3

Hindu Chant講座Vol.4

Vedic Chant入門講座(基本理解編)

Ayurveda音楽療法紹介(基礎理解編)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編1)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編2)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編3)

「いいね!」「チャンネル登録」などの応援を頂けましたら誠に幸いです。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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ナクシャトラとルドラークシャ

多くの恩恵が伝えられるルドラークシャは、自身の抱く願望やホロスコープなどに基づいて選ぶことができます。また、個人の生まれた時のナクシャトラ(ジャンマ・ナクシャトラ)から、適したルドラークシャを選んで身につけることも勧められます。

ナクシャトラに対応するルドラークシャをご紹介いたします。27の星宿であるナクシャトラは、個人の性格や運命などを決める重要なものとして捉えられています。 ナクシャトラから適したルドラークシャを選び、身につけてみるのも良いかもしれません。

ナクシャトラとルドラークシャ
ナクシャトラ  支配星  ルドラークシャ
 クリッティカー  太陽  1面、12面、11面
 ウッタラ・パールグニー  太陽  1面、12面、11面
 ウッタラ・アーシャーダー  太陽  1面、12面、11面
 ローヒニー  月  2面
 ハスタ  月  2面
 シュラヴァナ  月  2面
 ムリガシールシャ  火星  3面
 チトラー  火星  3面
 ダニシュター  火星  3面
 アーシュレーシャー  水星  4面
 ジェーシュター  水星  4面
 レーヴァティー  水星  4面
 プナルヴァス  木星  5面
 ヴィシャーカー  木星  5面
 プールヴァ・バードラパダー  木星  5面
 バラニー  金星  6面
 プールヴァ・パールグニー  金星  6面
 プールヴァ・アーシャーダー  金星  6面
 プシャー  土星  7面、14面
 アヌラーダー  土星  7面、14面
 ウッタラ・バードラパダー  土星  7面、14面
 アールドラー  ラーフ  8面
 スヴァーティ  ラーフ  8面
 シャタビシャー  ラーフ  8面
 アシュヴィニー  ケートゥ  9面
 マガー  ケートゥ  9面
 ムーラ  ケートゥ  9面

カルヴァー・チャウト2017

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2017年10月9日、インドではカルヴァー・チャウトの祝福が盛大に執り行われます。

カルヴァー・チャウトは主に北インドで行われる、既婚の女性たちによる断食です。より良い結婚生活と夫の健康を願って行われるものであり、早朝に身体を清めた後、女性たちは陽が昇る前にフルーツなどの食事をとり、その後日没まで完全な断食を行います。陽が沈み、月の光が現れた頃、プージャーを行い花と水を月に捧げ断食を終えます。

この断食は、シヴァ神とパールヴァティー女神に捧げられるものと言われます。シヴァ神のために厳しい苦行を行ったパールヴァティー女神のように、女性たちはこの厳しい行いを通じて、夫の幸せと、円満な結婚生活を祈ると伝えられています。

女性たちは結婚時を象徴する赤色などのサリーを身にまとい、メヘンディ(へナ)やバングルで美しく着飾ります。家族間ではプレゼントが交換され、プージャーが執り行われます。女性たちが集まり、カルヴァー・チャウト・カター(カルヴァー・チャウトの神話の読誦)が行われる慣習もあります。

この慣習は、お嫁に行った女性達が結婚を通じ得るさまざまな問題を女性達の間で共有し助け合うことから始まったと伝えられています。また一説には、北インドを支配するムガル帝国と戦うため、戦地へと赴く夫の健康と幸福を女性達が祈っていたことに始まりがあるとも伝えられています。

参照:http://en.wikipedia.org/wiki/Karva_Chauth

宇宙の根本原理ブラフマン

ヒンドゥー教において、宇宙の根本原理は「ブラフマン」と呼ばれ、そのブラフマンを超えた至高の存在は、「パラ・ブラフマン」と呼ばれます。ヴェーダ時代の文献であるウパニシャッドでは、このブラフマンについての思想が発展します。その中心が、梵我一如の思想です。それは、宇宙の根本原理であるブラフマン(梵)と、個人の根本原理であるアートマン(我)が同一となる時、私たちは解脱に至るのだと説かれます。

ウパニシャッドに専心するヴェーダーンタ学派は、あらゆる現象とその可能性の背後にある原理を持つブラフマンを、究極の真理として説きました。タイッティリーヤ・ウパニシャッドでは、それを「サッティヤン・ニャーナン・アナンタン・ブラフマ(ブラフマンは、真実、全知、無限である)」と説きます。

このヴェーダーンタからは、いくつかの分派が生まれます。その一つであるアドヴァイタ(不二一元論)は、ブラフマンは形、属性、特性のないものとし、その至高の存在を「ニルグナ・ブラフマン(形のないブラフマン)」としてあらわしました。ヴィシュヌ神やシヴァ神といった存在は、アドヴァイタにとって「サグナ・ブラフマン(形のあるブラフマン)」と捉えられます。ニルグナ・ブラフマンを究極の真理と考えるアドヴァイタにとって、形、属性、特性のあるものは、すべて真理ではありません。

このアドヴァイタの唱道者であるシャンカラは、現象世界はブラフマンから生じたマーヤー(幻影)に過ぎないと説きます。そして個人がそれを理解する時、マーヤーの覆いがとれ、宇宙の根本原理であるブラフマン(梵)と、個人の根本原理であるアートマン(我)が同一となると説きました。

一方、ヴィシシュタードヴァイタ(制限不二一元論)は、現象世界はマーヤーに過ぎないというアドヴァイタにの概念に反論します。唱道者であるラーマーヌジャにとって、ブラフマンはニルグナ・ブラフマンではなく、特質をもって現れたサグナ・ブラフマンであり、それはナーラーヤナ神(ヴィシュヌ神)でした。万物は神の身体として存在し、この最高神への絶対的な帰依によって解脱が得られると説いています。

世界各地に降る雨は、各地の川を通じて、やがて同じ大海へと至ります。それと同じように、世界には数多くの宗派がありますが、どのような道においても、宇宙の根本原理であるブラフマンへと通じているのです。

(SitaRama)

ヨーガ・スートラ第2章第37節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


अस्तेयप्रतिष्ठायां सर्वरत्नोपस्थानम्॥३७॥
Asteyapratiṣṭhāyāṁ sarvaratnopasthānam||37||
アステーヤプラティシュターヤーン サルヴァラトノーパスターナム
不盗が堅固に確立すれば、あらゆる宝石が集まる。

簡単な解説:前節において、正直が堅固に確立すれば、その人の述べる言葉が何であれ真実となるように、行為の結果はその人の意志に従うと説かれました。本節では、不盗が堅固に確立すれば、あらゆる種類の富が自然に集まってくると説かれます。

アムリタの満月

秋の澄んだ夜空に浮かぶ満月の輝きは、心を奪われるほど美しいものです。インドには、そんな月夜を喜ぶ、甘美な祝祭があります。ナヴァラートリー祭を終えた後に迎える、コージャーガラ・プールニマー(シャラダ・プールニマー)と呼ばれる満月です。2017年は10月5日(日本時間の満月は6日)となるこの満月は、インドの各地でさまざまな祝祭が執り行われます

一説に、この満月の月明かりは、不老不死の霊薬であるアムリタのような恩恵を私たちの心身に授けるといわれます。この夜、人々はキールと呼ばれるミルク粥を作り、月明かりの下に捧げます。この月明かりを浴びたものはアムリタになると信じられ、人々は心地よい月明かりの下で、アムリタとなったミルク粥を食します。

この夜にミルク粥を食する理由には、生命の科学に基づいた教えがあります。インドでは、長く続いていた酷暑期と雨期が終わり、夏から秋に向かう季節です。日中はまだとても暑く、夜は少しずつ冷え始めます。この時、私たちの身体では熱の性質をもつピッタが乱れ、心身にさまざまな不調があらわれ始めます。夜にミルクと米を食することは、このピッタを落ち着かせるための最善の方法として勧められてきました。

月夜の下に置かれたミルク粥は夜風に冷まされ、私たちの心身に入るとピッタを落ち着かせます。健康と幸福を授けるミルク粥、それはまさに、霊薬であるアムリタに他ありません。

収穫祭にあたる地域も多いこの満月は、豊穣の女神であるラクシュミーを夜通し礼拝する時でもあります。この夜、ラクシュミー女神は目を覚ましている者を見つけると、その者に喜びを授けるのだといわれます。美しい自然の情景、特に、満月を眺めることはピッタを落ち着かせると信じられてきました。ラクシュミー女神は、私たちに健康と幸福を授けるために、この夜にあらわれるのかもしれません。

神々の力のあらわれである大自然に調和をしながら、身体と心と向き合い、幸せに生きる術がインドには溢れています。次の満月、皆様もどうぞ、月明かりを浴びながら至福の時をお過ごしください。

(文章:ひるま)