77、幻の理想楽器:Sur-Shringar

16世紀の楽聖であり、デリー・ムガール王朝の宮廷楽師長であったターン・センが中央アジア・パミール高原のルバーブに「サワリ音の出る駒」を取り付けた楽器ラバーブ(ターンセン・ラバーブ)は、その重低音の深みでドゥパド音楽を余すことなく伝えました。そして、その系譜はターンセンの次男、ビラス・カーンの子孫に継がれ、「ラバービヤ・ガラナ(派/家)」と呼ばれました。
その系譜でターンセンから数えて9代目(何度か兄弟で順に家元を継いだこともあるので世代的には5〜6代とも)に、この連載のVol.49でご紹介しましたバーサット・カーンが居て、その三人の息子、アリ・ムハンマド・カーン、ムハンマド・アリ・カーン、リヤーサット・アリ・カーンは、何れも卓越したラバービヤーであったと共に、前回ご紹介しましたヴィーンカル(ヴィーナ奏者)のウムラオ・カーンと同様に多くの他流名演奏家にも教えを付け「セニ派の奥義」を授けました。
Vol.74と75でご紹介した「サロード」最古の流派ラクナウ・シャージャハーンプール派(2派連合/以下LS派)の家元とその兄弟たちは、バーサット・カーンの三人の息子、及びバーサット・カーンの長兄ピャール・カーン、中兄:ザッファル・カーンに代々師事していました。
LS派は、既にアフガン・ルバーブの指板を金属板に替え、羊腸弦を金属弦に替え、やや伸ばした爪によるスライド奏法で装飾豊かな音楽を演奏していました。

ターンセンラバーブは、その重厚さは素晴らしいのですが大きな欠点もあります。例えば、声楽家(ドゥルパディヤー)が「ドーーーレミレミレミファソラミレミレミファソーーーラソー」と「アーの発音(アカルよ呼ぶ)」で一息で歌ったとして。残念ながらラバーブの羊腸弦は、「ドーーーレミレミレミファソラミ……」位で音が消えてしまいます。もちろん弓奏楽器サーランギーでしたら弓の往復で、限りなく音を絶やさずに出せますが、「格」の問題があってドルパッドの伴奏は愚か、模倣も許されませんでした。
それを尻目に、LS派のサロードは、金属弦の余韻の長さに、アフガン・ルバーブが既に持っていた共鳴弦の助けも得て「ドーーーレミレミレミファソラミレミレミファソー」程迄楽に弾いてみせたのです。きっと、弟子の新楽器の方が「色々出来るのは羨ましい悔しい」とピャール・カーンもムハマッド・カーン兄弟も思ったのでしょう。

新楽器が登場した当時のレッスン風景はいささか不思議です。ジョージ・ハリソンがプロデユースしたラヴィ・シャンカル氏の自伝映画でもシャンカル氏が師匠:アラウッディン・カーンに稽古を付けてもらっている写真が出ましたが、師匠がサロードで教え、弟子がシタールで学ぶのです。音域どころか基音の調律が本来異なるのですから、かなり工夫をせねばなりません。
それに見られるように、セニ派本家の師匠はラバーブやヴィーナで教え、弟子はもちろんそれらを基礎からみっちり学びながら、プロデビューした後のレッスンは、世間に問うている専門楽器でレッスンを受けるのです。ラバービヤーにシタールで学んだ者もあれば、ヴィーンカルにサロードで学んだ者もあります。ステージでは決して競演、合奏はしないのですから、不思議な光景です。もちろん師匠が男声で、弟子が女声といった調の違いを乗り越えるレッスンは、太古から日常的だったのでしょう。互いに2〜3度程度ずつ譲り合ってやりくりする訳です。

上記しましたような「羨ましい、悔しい」というより、「そのサロードのスライドは良いね!」「何とか成らんもんかなぁ」とピャール・カーン兄弟と甥っ子兄弟とLS派の弟子達で、試作を重ねて誕生したのが、「新しくて古い楽器」である「スール・シュリンガール(Sur-Shringar)」でした。
まずセニ・ラバーブの胴体を干瓢にしました。サロードは堅木のくり抜きですから前回ご紹介した「スール・バハール」の胴体です。シタールも干瓢ですが、シタールの場合は干瓢を縦に切り小型の胴ですが、スール・バハールは横に切り大型です。そして、表面は、ラバーブ、サロードの山羊皮を改めスール・バハールやシタール同様に板張りに替えました。もちろん、「サワリ駒」です。そして、くり抜いた太い棹はラバーブのままですが、指板は金属板で金属弦です。構え方は胸の前にほぼ垂直のラバーブ式。サロードは床に水平のギター風です。

この楽器によって、ラバービヤーは、長い余韻と華麗な装飾によって19世紀末から20世紀初頭に一世を風靡したと言われます。ムハマド・アリ・カーンは、サロードをスール・シュリンガールのように縦に構えている写真もあります。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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ラング・パンチャミー

holi7

2017年は3月12日が満月となり、今年も盛大なホーリー祭が大きな喜びとともに祝福されました。一方で、マハーラーシュトラ州やマディヤ・プラデーシュ州の農村地域では、このホーリー祭より5日目に行われるラング・パンチャミーがホーリー祭として祝福されます。2017年は3月17日です。

ホーリー祭では、満月の夜に大きな焚き火を燃やします。この夜に燃え上がる炎は、大気中のタマスとラジャスの質を浄化すると信じられます。そして翌日、浄化された空間にカラフルな色を投げ、喜びに満ちた神々の質を呼び覚まします。

ラング・パンチャミーのラングは「色」、パンチャミーは「5日目」を意味します。一部の地域では、このホーリー祭から5日目のラング・パンチャミーにおいて、5色の色を投げ合い5大要素を活性化し、神々を呼び覚ますことで、その繋がりを深めると信じられています。

参照:https://en.wikipedia.org/wiki/Rang_Panchami

ヨーガ・スートラ第2章第9節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


स्वरसवाही विदुषोऽपि तथारूढोऽभिनिवेशः॥९॥
Svarasavāhī viduṣo’pi tathārūḍho’bhiniveśaḥ||9||
スヴァラサヴァーヒー ヴィドゥショーピ タタールードービニヴェーシャハ
本能によってもたらされ、賢者にさえもあるのが、生命欲である。

簡単な解説:前節までに、煩悩である欲望とは、快楽に伴う物惜みをするような心情であり、憎悪とは、苦痛に伴う反感や怒りといった心情であると説かれました。本節では、煩悩の一つである生命欲について、前世に経験をしてきた死の苦痛から生まれる生命への愛着によってもたらされ、それは本能として、賢者さえも持つ煩悩であると説かれます。

母なる大地

インドの日常には、大自然への祈りが溢れています。朝目覚めたら、一日を生きるために、神々の身体である母なる大地に足をつける許しを祈ります。6年前、東日本大震災が起きた時も同じように、この地には祈りが溢れていました。

大地は、ブーミ女神として崇められます。女神は慈悲深く、多くの種を発芽させ食物を生み出し、私たちを優しく育むも、時に破壊的で、混沌とした無秩序な姿を見せます。それでも、最後の時には私たちをあたたかく包み込み、一体となります。

インドでは、目に見える自然の形態はすべて、目に見えない女神の力のあらわれとして崇められてきました。そんな女神たちは、創造、維持、破壊に逆らうことなく、その法則に則って動き続けます。ナヴァラートリー祭を始め、大自然の巡りを祝福するインドの祝祭は、私たちに神々のリズムを理解させ、その絆を深める重要な瞬間です。

古代においては、その祈りが象徴するように、より豊かで幸せな生活を送るために女神たちのあらわれである大自然を崇めることが必要不可欠な行いでした。大自然の法則に基づいた深い洞察の中にあるその叡智は、現代においても、私たちに永遠の喜びと幸せを経験させます。

私たちの欲望が母なる女神を傷つけることがないよう、古代の祈りには大自然を崇める讃歌が溢れています。それらを唱えること、または菜食を実践すること、環境保護に携わること、自然を愛すること、今、私たちができる大地への祈りはさまざまにあります。その役割を理解し実践することは、自分自身を霊的に成長させる何よりも神聖な行いとなるに違いありません。霊的な成長は、母なる大地を愛し、自分自身が生きるこの大自然を理解することに始まります。

未曾有の被害をもたらした東日本大震災から6年。この時に改めて、母なる大地の声を聞き、その胸に足をつける許しを祈りたいと感じています。この大きな世界が調和し、いつの時も喜びと幸せに満ちることを願ってなりません。

(文章:ひるま)

チャイトラ月の新月とインド国定暦

2017年3月28日は新月です。この新月はチャイトラ月(3月〜4月)の新月となり、インド国定暦における最初の新月となります。この新月以降、新しい1年が始まる地域もあり、主に南インドでは、ウガディやグディー・パードゥヴァーと呼ばれる新年の祝福が執り行われます。また、この新月よりナヴァラートリー祭が始まる地域も多くあり、インドの各地で様々な祝祭が執り行われます。

新月は光を失うことから不吉に捉えられる一方、エゴが消え崇高者と一体となる吉兆な日であるとも捉えられます。インドでは新月において、心身を清めるために断食を行う人々も少なくありません。また、新月は瞑想や祈り、プージャーを行う時であり、伝統を守る人々は新月において仕事を休むという習慣もあります。先祖供養が勧められることも多く、新月に先祖を想いプージャーを行うことで、幸せで平安な生活を過ごすことができると信じられています。

インド国定暦は、サカ暦(またはシャカ暦)とも呼ばれます。広大な地でさまざまな思想や慣習が入り混じるインドでは、古くからそれぞれ独自の暦が用いられてきました。それらを統一するために、インド国定暦が西暦1957年以来採用されています。

インド国定暦
 期間  開始日  星座
 1  チャイトラ  30/31  3月21日/22日  牡羊座(メーシャ)
 2  ヴァイシャーカ  31  4月21日  牡牛座(ヴリシャ)
 3  ジェーシュタ  31  5月22日  双子座(ミトゥナ)
 4  アーシャーダ  31  6月22日  蟹座(カルカ)
 5  シュラーヴァナ  31  7月23日  獅子座(シンハ)
 6  バードラパダ  31  8月23日  乙女座(カニャー)
 7  アーシュヴィナ  30  9月23日  天秤座(トゥラー)
 8  カールッティカ  30  10月23日  蠍座(ヴリシュチカ)
 9  マールガシールシャ  30  11月22日  射手座(ダーヌ)
 10  パウシャ  30  12月22日  山羊座(マカラ)
 11  マーガ  30  1月21日  水瓶座(クンバ)
 12  パールグナ  30  2月20日  魚座(ミーナ)

参照:https://en.wikipedia.org/wiki/Indian_national_calendar

シヴァ神の宿るカパレーシュワラ寺院

南インドに位置するタミル・ナードゥ州には、歴史ある寺院が多くあります。チェンナイのマイラポールに位置するカパレーシュワラ寺院は、高さ40メートルにもおよぶ荘厳な塔門(ゴープラム)をもつ高名なシヴァ寺院で、チェンナイの主な見どころのひとつとなっています。シヴァ神がカパレーシュワラ神として、また妃であるパールヴァティー女神がカルパガンバル女神として祀られています。イーシュワラ(主)であるシヴァ神は、手にカパーラ(髑髏)を持っていたためカパーリと呼ばれるようになり、またその崇高なたたずまいからカパレーシュワラ神と呼ばれるようになりました。カパレーシュワラと名付けられたのは、この寺院がシヴァ派の一派であり髑髏を所持することで有名なカーパーリカのものであったためという説もあります。古代において、この寺院があるマイラポールや、同じくチェンナイのティルボッティユールにカーパーリカが住んでいたと考えられています。

カパレーシュワラ寺院とカパレーシュワラ神について記したシヴァ派の聖者ティルニャーナサンバンダルは、呪いにより孔雀とされてしまったパールヴァティー女神が、この地で苦行を行い、元の姿を取り戻したと記しています。マイラポールは「孔雀の叫びの地」を意味します。ここでカルパガンバル女神として崇められるパールヴァティー女神は、「願いを叶える木」として知られる神々しいカルパヴリクシャのように、帰依者の祈りに優しく応えます。歴史的な栄光が輝くこのシヴァ寺院には、現在でも、インド中から多くの帰依者が巡礼に訪れています。

元来のカパレーシュワラ寺院は7世紀頃に建設されるも、チェンナイを支配をしたポルトガル人によって破壊され、16世紀に再建設されました。他説では、元来のカパレーシュワラ寺院はマイラポール・サントメ地区に海岸付近にあり、大洪水で海底に沈んだと伝えられます。遺跡発掘に関わる調査において、柱、碑文、像などが発見されたともいわれます。こうした古い歴史を持つカパレーシュワラ寺院は、一般的なシヴァ寺院の建築様式に従い、精工な装飾を持つ塔門ラージャ・ゴープラムが東に面しています。寺院の外には、観光客を待つ多くのタクシーが常に待機しています。

マルンデーシュワラ寺院はチェンナイ最古のシヴァ寺院のひとつで、ティルヴァンミュールにあります。祀られているシヴァ神は、 マルンデーシュワラ神、またはアウシャデーシュワラ神と呼ばれ崇められています。ヴァールミーキやアガスティヤなど、聖者との関わりが深く、アガスティヤはこの寺院で病を治したと信じられることから、さまざまな病で苦しむ多くの人が参拝に訪れます。また、あらゆる願いを叶えると信じられる聖牛カーマデーヌが、毎日シヴァリンガムにミルクを注ぐために訪れると伝えられ、寺院のシヴァリンガムは白色をしています。寺院には大きな5つのシヴァリンガムを含む、108のシヴァリンガムが祀られています。

今月25日(土)は、神々やリシたちがシヴァ寺院に集結するシャニ・プラドーシャムの吉日にあたります。以下のシャニ・プラドーシャム・プージャーでは、オプションでカパレーシュワラ寺院でのプージャーがお申し込み可能となっております。

シャニ・プラドーシャム・プージャー(2017年3月25日(土)実施)

皆さまに、シヴァ神の大きな祝福がございますよう、心よりお祈り申し上げます。

(SitaRama)

76、新旧の狭間の弦楽器:Sur-Bahar

18世紀前半にローヒルカンドのアフガン楽士が新楽器サロードを発明して「ドゥルパド系器楽」を演奏し始めてから100年遅れてシタールが宮廷古典音楽の楽壇に登ります。それから程なくして、ターンセンの娘と婿の系譜「セニ・ヴィーンカル(ヴィーナ奏者派」の19世紀前半の家元にウムラオ・カーンという巨匠が現れました。

その頃のヴィーンカルは、本家、分家共、長男はヴィーナ専門かヴーナを主にシタールを弾き、次男以降もそれに倣うか、シタールを専門にするなど、新旧弦楽器が入り乱れていました。
ヴィーナとドゥルパドの伝統は最重要課題であり最優先されるべきでしたが、シタールの人気は19世前半に急激に沸騰していました。何しろヴィーナの半分以下の苦労で弾けてしまうので、超絶技巧などで名を売る若手が続出し、宮廷楽師長の家系もうかうかしては居られない状況であったのです。

流派の概念とその仕組みは、戦後迄の日本の伝統邦楽の流派と非常に似通っています。中国古典音楽やシルクロード、ペルシア、アラビヤ、トルコ古典音楽、そして南インド古典音楽でも「流派」の概念が殆ど存在せず、日本の邦楽で言うところの師弟関係の「筋」しか存在しないのです。大まかな地域をまとめて「流派」的な感覚で言われることがありますが、複数の「筋」を地域と芸風で束ねたに過ぎず、その中には「家元」も「継承制度」も存在しません。
このことを考えると、世界的にみて「流派の概念」が発達したのは北インドと日本だけである、とも言えるのです。

その「流派」では、まず「血縁の家元の継承」が最重要課題です。男子に恵まれなかった場合は、婿養子を取ります。やむを得ない場合は、養子となり、血縁は途絶えることはありますが「家系」は存続するのです。これも日本の場合と全く同じです。そもそも「流派」はペルシャ語の「家」を意味する「ガラナ(Gharana)」なのです。
そして、このガラナ(流派)を支えるのが弟子の勤めで、ある意味苛酷な側面があります。

演奏家は、大概10代後半で頭角を現し楽壇で話題になって、20代で第一線の末席に加わり、30代で弟子を取り始め、準家元となり、先代が没して家元を継ぎます。
しかし、10代20代は修行と演奏で極めて多忙でありながらも収入が少なく、修行のための費用は家元(親)ふが出してくれますが、嫁さんを貰い子供を儲け、その分まで家元(親)に甘えるのは心苦しいので、当時のインド人の平均より遥かに婚期が遅れ、子宝に恵まれるのも遅くなります。恐らく平均で30代後半でしょうか。
なので、息子が跡継ぎとして通用する頃には、50代後半から60代になってしまい、当時のインド人の平均寿命を越えてしまうのです。もちろんその問題を考慮して本家の支援で早めに子を儲けることもありますが。

最悪の場合、息子が第一線で活躍する前に家元が没してしまうと、その流派は途絶えてしまいます。有名無実の若い家元では弟子が集まらないからです。そこで、(前)家元の男兄弟と弟子の存在が重要になるのです。もちろん家元に男兄弟が居なければ、弟子が流派を背負う可能性が増すのです。

30代で弟子を取り始め、優秀な弟子に恵まれれば、その弟子は10年で一人前になります。実子跡継より10年早く「控えの後継者」が出来る訳です。そこで家元が没してしまった場合は、それこそどれほど歳が違おうとも、家元の遺児の娘と婚姻しその弟子が流派を継ぐ訳です。
なので私の師匠の家系にも12歳13歳で嫁いだという女性はざらに居ます。

逆に家元が長生きして実子が早く一人前になれば、家元の男兄弟や弟子は一生家元に成るチャンスはありません。故に、何らかのトラブルがあって、分派として飛び出すこともありますが、大概は家族同様に、その弟子の家族、親戚迄も流派が養う保証が確立されてこのシステムが長く維持されて来たのです。

19世紀の前半のウムラオ・カーンは、そのようなインド古典音楽界に於いて、際めて恵まれた人であったと言えます。
と言うのも、息子二人も後に音楽史に名高い名演奏家になりましたし、その上に甲乙付け難い「一番弟子」が二人も得られてしまったのです。
一方の弟子の名はクトゥブッラー・カーンで、他方はグーラム・ムハンマド・カーンです。息子二人と一番弟子の二人は当然「ルードラ・ヴィーナ」の名手に育ちました。
ウムラオ・カーンのような由緒或る流派の家元は、少年時代から内弟子的に育てる弟子の他に、数レッスン受けて「セニ派(ターンセン派)」のお墨付きを得ようとする様々な流派の家元クラスの名人が教えを乞いに来ます。
ウムラオ・カーンの孫のワズィール・カーンは北インド・イスラム宮廷古典音楽が1945年の共和国独立によって幕を閉じる末期の最高峰の巨匠ですが、彼の幼少期に手ほどきをしたのもウムラオ・カーンでした。ワズィール・カーンは、サロードの項で述べましたラヴィ・シャンカル氏の師匠の師匠でもあります。

このようなあまりにも名誉ある家柄で、あまりにも充実した状況であったことは、逆に師ウムラオ・カーンにとってみても、二人の一番弟子にとってみても、別な厳しさが意味されました。それは、「如何に個性を際立たせるか?」というテーマでした。基本保守派中の保守派ですから、奇抜なことで名を売る訳には行きません。

そこで師:ウムラオ・カーンが考え出したのが、当時のシタールより小振りで高音に調弦し、速い軽快な演奏で魅了するシタールと、逆に当時のシタールの1.5倍程大きく、速い動きは柄に合いませんが完璧なドゥルパド音楽を表現出来る楽器です。前者は「スンダリ(Sundari/美しい)」と名付けられ、後者は「スール・バハール(Sur-Bahar/春の音)」と名付けられ、それぞれ二人の一番弟子クトゥブッラー・カーンとグーラム・ムハンマド・カーンの人柄、持ち味に合わせた創作であったと言われています。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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パーパモーチャニー・エーカーダシー

2017年3月24日はエーカーダシーの吉日です。月の満ち欠けのそれぞれ11日目に訪れるエーカーダシーは、ヴィシュヌ神に捧げられる日となり、断食や瞑想を行うことが勧められます。

パールグナ月(2〜3月)の満月から11日目にあたるこのエーカーダシーは、パーパモーチャニー・エーカーダシーといわれます。パーパは「罪」、モーチャナは「解放」を意味し、このパーパモーチャニー・エーカーダシーは、罪を清めるとりわけ吉兆な時であると信じられます。

パーパモーチャニー・エーカーダシーには、次のような神話があります。

森に住む聖者メーダーヴィは、瞑想の達人として知られていました。ある時、メーダーヴィのもとへマンジュゴーシャという美しい声を持つ女性があらわれます。

マンジュゴーシャはメーダーヴィを誘惑すると、二人は共に暮らすようになりました。時が経ち、マンジュゴーシャはメーダーヴィのもとを離れます。メーダーヴィはこの時、自分自身が感覚の虜になっていたことに初めて気づきました。メーダーヴィは怒り、マンジュゴーシャを魔女としてしまいます。

その後、メーダーヴィとマンジュゴーシャはこのパーパモーチャニー・エーカーダシーの戒行を努め上げました。するとその罪から解放され、メーダーヴィは聖者として、マンジュゴーシャはかつての美しい姿を取り戻したと信じられます。

月の満ち欠けのそれぞれ11日目に訪れるエーカーダシーは、ヴィシュヌ神に捧げられる日となり、断食や瞑想を行うことが勧められます。11が意味するものは、5つの感覚、器官、そして心を合わせた11のものであり、エーカーダシーにおいては、それらを統制することが重要な行いとなります。

特に断食は、絶え間なく働き続けていた体のあらゆる部分を休ませ、忙しなくあちこちに飛び散っていた意識を落ち着かせます。体の浄化に加え、欲から切り離されることで心の雑念までもが洗い流され、神が宿る場所としての肉体、精神が生み出されていきます。

困難を伴う感覚の統制も、瞑想やジャパなどを通じ崇高者に心を定めることで容易なものとなります。エーカーダシを通じ瞑想するヴィシュヌ神の本質は、時の流れにかかわらず、宇宙が生成する以前に存在し、そして消滅した後も存在し続けると言われます。エーカーダシーは、万物の中にあまねく浸透する存在と一つとなる機会でもあります。

この日、断食や瞑想を通じ、自分自身を浄化する行いを努めてみるのも良いかもしれません。皆様にとっても吉兆な時となりますよう、心よりお祈りしております。

参照:http://www.iskcondesiretree.com/page/papamochani-ekadasi

ヨーガ・スートラ第2章第8節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


दुःखानुशयी द्वेषः॥८॥
Duḥkhānuśayī dveṣaḥ||8||
ドゥフカーヌシャイー ドヴェーシャハ
苦痛に伴うのが、憎悪である。

簡単な解説:前節において、煩悩の一つである欲望とは、快楽に伴う物惜みをするような心情であると説かれました。本節では、他の煩悩である憎悪について、苦痛に伴う反感や怒りといった心情であると説かれます。

ヨーガ・スートラ第2章第7節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


सुखानुशयी रागः॥७॥
Sukhānuśayī rāgaḥ||7||
スカーヌシャイー ラーガハ
快楽に伴うのが、欲望である。

簡単な解説:前節において、煩悩の一つである我想とは、見る力(プルシャ)と、見る働きである力(ブッディ)を、一体であるかのようにみなすことであると説かれました。本節では、他の煩悩である欲望について、快楽に伴う物惜みをするような心情であると説かれます。