ヨーガ・スートラ第2章第44節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


स्वाध्यायादिष्टदेवतासम्प्रयोगः॥४४॥
Svādhyāyādiṣṭadevatāsamprayogaḥ||44||
スヴァーディヤーヤーディシュタデーヴァターサムプラヨーガハ
学習を通じ、希望の神霊と交流が生じる。

簡単な解説:前節において、心身の不浄を消滅させる苦行を通じて、肉体と感覚器官に超自然的な能力が生じると説かれました。本節では、聖典の読誦という自己の学習を通じて、自分の希望する神霊があらわれ交流することができると説かれます。

ヨーガ・スートラ第2章第43節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


कायेन्द्रियसिद्धिरशुद्धिक्षयात्तपसः॥४३॥
Kāyendriyasiddhiraśuddhikṣayāttapasaḥ||43||
カーイェーンドリヤシッディラシュッディクシャヤーッタパサハ
肉体と感覚器官の超自然的能力は、不浄を消滅する苦行による。

簡単な解説:前節において、欲望を断つことで生じる知足を通じて、天上や地上の幸福の何十倍もあるといわれる幸福を得ることができると説かれました。本節では、心身の不浄を消滅させる苦行を通じて、肉体と感覚器官に超自然的な能力が生じると説かれます。

ウトパンナ・エーカーダシー2017

vishnu_4

2017年11月14日はエーカーダシーの吉日です。このエーカーダシーは、ウトパンナ・エーカーダシーと言われ、エーカーダシーを始めるに最もふさわしい日であると伝えられます。エーカーダシーの習慣を身につけようと試みている人、またエーカーダシを行ってみたいと感じている人に、成功をもたらすと言われます。

ヴィシュヌ神に捧げられる日として知られるエーカーダシーにおいては、断食の行いが広く勧められます。神々に祈りながら断食によって感覚器官を統制し自己を清めるための吉日であり、完全な断食、もしくは穀物を除いたフルーツなどの食事が行われます。

エーカーダシーは、凶悪な悪魔を倒すためにヴィシュヌ神から生じた女神としても崇められる存在です。大昔、ヴィシュヌ神は神々を倒した悪魔ムーラに戦いを挑みます。しかし、聖なる武器であるスダルシャナやガダーを用いても、凶悪なムーラを倒すことができません。その戦いは、1000年にも及んだといわれます。

ある時、ムーラは眠っていたヴィシュヌ神を攻撃しようとします。すると、ヴィシュヌ神の体から力強い少女があらわれ、ヴィシュヌ神を守ると共に、ムーラを倒しました。ヴィシュヌ神は目覚めたとき、少女が誰だか分かりませんでした。すると少女は、ヴィシュヌ神のヨーガ・マーヤーとしてあらわれた光輝であると答えます。

ヴィシュヌ神は、少女に恩恵を授けようとします。少女は、「私のために断食をする人は、あらゆる罪を清められ、救いを得ることができるよう、私に力を授けてください。」と述べます。ヴィシュヌ神は、少女の神聖な行いに心を打たれ、エーカーダシーに生まれたこの少女を女神とし、このエーカーダシの断食を行う者を罪から解放すると信じられています。

参照:http://www.drikpanchang.com/ekadashis/utpanna/utpanna-ekadashi-vrat-katha.html

ガーヤトリー・マントラに秘められた力

私たちに至高神と結びつけるための神聖な知識を授けるヴェーダ。そんなヴェーダの中で最も古いとされるリグ・ヴェーダにおいて、ガーヤトリー女神は人類にガーヤトリー・マントラを授けました。太陽神サヴィトリへの讃歌であるガーヤトリー・マントラは、 私たちに知識という光をもたらす最高のマントラであり、ガーヤトリー女神は人々の無知を取り除くヴェーダの母として崇めらています。私たちを光に導くガーヤトリー・マントラは、グル・マントラとしても崇められ、ヒンドゥー教における最高峰のマントラとして位置付けられています。

賢者たちは、ガーヤトリー・マントラの意味を伝えるだけでなく、唱えることで真の知識を授ける力を生み出すように、その言葉を示しました。ガーヤトリー・マントラの音節は、人体のすべてのチャクラにより良い影響を与えると伝えられ、正しい発音と抑揚で、1日に3度、日の出、正午、日の入りにおいて唱えることが勧められます。マントラは108回唱えることで最大の恩恵が授けられると伝えられますが、時間が限られている時は、3、9、18回などの吉祥回数を唱えることでも恩恵があるでしょう。

ガーヤトリー・マントラに秘められた力は、唱える者の知識と、霊性の成長を阻むあらゆる障害を取り除きます。サティヤ・サイ・ババは、「ガーヤトリー・マントラは、どこにいようとも唱える者を守り、その知性を輝かせ、言葉の力を強め、無知の暗闇を払いのける。」と説いています。

真理の探究が中心となるウパニシャッドでも、ガーヤトリー・マントラについて多くの言及がなされています。サーマ・ヴェーダに付属し、最初期のウパニシャッドとされるチャーンドーギヤ・ウパニシャッドでは、以下のように述べられています(第3章第12節)。

(1)ガーヤトリー(韻律の一種)は、ここに存在する一切の存在である。ガーヤトリー(Gāyatrī)とは実に声である。声は実にこの一切の存在を歌い(gāyatri)、また救う(trāyate)。
(2)この大地も実にガーヤトリーである。何故ならば、このすべての存在はそれを拠りどころとし、それから抜け出ることはないからである。
(3)この大地はまた人間における肉身である。何故ならば、これらの諸生気はそれを拠りどころとし、それから抜け出ることはないからである。
(4)この人間における肉体は実にこの人間における心臓である。何故ならば、これらの諸生気はそれを拠りどころとし、それから抜け出ることはないからである。
(5)このガーヤトリーは四足[註1]で六部分[註2]から成る。それについて、『リグ=ヴェーダ』の讃歌[註3]に〔次のように〕述べられている。
(6)その偉大さはこのようであり、
プルシャはそれよりさらに大である。
一切の存在はその足であり、
天上における不死はその三つの足である[註4]、と。
(7)このブラフマンといわれるものは、実に人間の外にある虚空である。実に人間の外にある虚空こそ、
(8)人間の内部にある、この虚空である。実に人間の内部にある虚空こそ、
(9)心臓の内部にある、この虚空である。それは充満しているものであり不変のものである。
このように知る者は、満ち足りて変ることのない幸福を得る。

[註1]一切の存在・大地・人間の肉身および心臓の四者を指す。
[註2]前記四者に声と生気を加えた六者を指すと考えられる。
[註3]『リグ=ヴェーダ』10・90・3。
[註4]『リグ=ヴェーダ』10・90・3。
(岩本裕編訳『原典訳 ウパニシャッド』ちくま学芸文庫,2013:68-69)

ガーヤトリー・マントラは、スマラナ(想起)、ディヤーナ(瞑想)、プラールタナー(祈り)という3つの側面を持ちます。その言葉の意味を理解し、真摯に唱えることで、永遠の幸福を授かることができるでしょう。

(SitaRama)

108、シヴァ神のラーガ(1)Raga:Shivaranjani

インド古典音楽の旋法「Raga(ラーガ)」には、「ヒンドゥーの神々に因みその名を持つラーガ」「ヒンドゥーの神々に因み、その別名、化身名を持つラーガ」「ヒンドゥーの神々に因み、その物語に関する名を持つラーガ」、そして、ヒンドゥー以外の文化に関わるラーガがあります。

数千のラーガの中では、上記三種のヒンドゥー系の名を持つラーガは、全体の3~4割でしょうか。勿論、10世紀から1945年の宮廷廃止に至るまでの千年近い年月、北インド古典音楽では、イスラム教徒の音楽家がその中心的存在でしたので、彼らにとっては、上記三種のヒンドゥー教の意味合いは、関係ないと言うことが出来ます。

しかし、何度もお話ししていますように、イスラム教徒の高いレベルの音楽家の場合、並のヒンドゥー教徒音楽家より遥かにヴェーダ科学音楽を踏襲し具現している場合が少なくないのです。このテーマもいずれまた、より深く音楽的にご説明します。
…………………………
シヴァ神のRaga:Shivaranjani
…………………………

「Ranjani」の字義は、「Ranj=彩り/Ranjani=彩るもの」ですが、ここでの「Shiv(a)-Ranajni」は、「シヴァ神の効能」即ち「シヴァ神のご加護」のような意味合いと思われます。

この連載の初期に説きましたが、不思議に神々のラーガは、「七音全て用いる=Sampurna(字義は完全な/揃った)」ではなく、「五音音階=Audava」が多いのです。

「Shiv(a)-Ranajni」は、ドレミで言うと、「ド、レ、ミ♭、ソ、ラ、ド」の音階を用います。「ファとシ」が抜かれている、つまり日本の「四七抜調」と同じ構造の「Audava-Audava(上下行とも五音)」の音列(音階のようなもの)を用います。
しかし、「ミ♭」であり短調系か?と思えば「ラ♮」なので、下のテトラコルド(ドレミファの4音/Purab-Ang)では短調。上のテトラコルド(ソラシド/ファソラシの4音/Uttar-Ang)では長調という「二面性」を持っています。

ラーガ(旋法)の約束事は、とかく「形而上の論理」に基づいていますから、形而下の感覚での喩えも推測も正しくはないのですが、奇しくも「シヴァ神の二面性」とも一致します。

ここで言う「シヴァ神の二面性」とは、「創造と破壊の二極性」にやがては関連しますが、直接的な関係性ではない、あくまでも形而下の人間目線の感覚の「たくましく頼り甲斐の在る父性」と「凶暴で冷酷で容赦ない恐ろしさ」の二面性です。
従って、Purab-Angの短調性も、所謂「お涙頂戴」的な情感のそれではなく、実際、極めてクールで整然とした感じが醸し出されます。

この性質は、シヴァ神の極めて重要な性質であると考えられます。より正確に言うと元来古代宗教に於いて「神」というものはそのような「クールさとたくましさ」だったのですが、紀元前数千年も前に世界的にシンクロして、「人間に都合の良い神々」に転換した、という経緯があります。言い換えれば、ヴェーダの神々は、かなりに前者なのですが、ヒンドゥーの時代になると、かなり後者に偏って来たという経緯があります。同様のことは、古代エジプト、メソポタミア、当然ペルシアでも見られます。

実際、クリシュナ神、ラクシュミ女神、サラスワティー女神、ガネーシャ神などはいずれも「優しさ」に満ち満ちていますが、ガネーシャを例外として、シヴァ神ファミリーは、畏怖の念を禁じ得ない神々が多いと言えます。つまり、シヴァ神とその関連の神々は、ヒンドゥーの神々の中でも、根本的で、より太古の感覚に近い神々である、ということが言えるのです。

一方、シヴァ神の「たくましさ/父性的な包容力のある優しさ」は、シヴァ神の南インドに於ける別名とされる「Shankar/Shankara神」の性質であるとも考えられます。
尤も、私の個人的な意見では、「Shiva=Shankara=Bhairaw=Maha-Kala=大黒天」というような図式には大いに疑問・反論がありますが。仮に神話的な解釈で、「強い神が隷下の神を取込んだ(まるで飲み込んだかのように)」としたら、取込まれた神の性質が反映されるのは当然とも言えます。

また、そもそもヴェーダの神々が、「宇宙の様々な意志」を人間が分かり易いために具現化(象徴化)したものであるとするならば。もしかしたら数百年後には、物理・科学でも証明されるかも知れない「波動(や重力波のような)=粒子(素粒子のような)=意志=神々」という図式に至るに違いありません。

そもそも人間感覚で「クール・冷酷・凶暴で、破壊の神」や「たくましい・包容力がある父性的な神」は、上記したような様々な「(素粒子のような)意志」の象徴的な具現化の試みの結果であり、それがヒンドゥーでは、Maha-KalaやShanakaraとなったのであるならば、その要素が他の神にも見られたり、何かひとつが特化したりすることは大いにあり得るわけです。例えば、Shiva神の妃Parvati女神が、男神以上に強烈な力を発揮しShaktiやDurga、更にはKaliへと研ぎすまされて行くのも極めて自然で必然的であると言えます。

この連載の冒頭で、「楽音Swar」は、「宇宙の波動Nada」を楽音として肉声や楽器の音で受信したものである、と説きました。同様に、まるで人気タレントのようにポスターが売られるヒンドゥーの神々も。(私はデリーの問屋で買っていたのですが、とんでもなく大きな店で、数千種類のポスターがあり、並の寺院よりも神秘的な場所でした) 「宇宙の波動(意志)を、人間の姿(多面や多手だったりしますが)にヴィジュアル的に受信したものであるとも言える訳です。故に、それを「言語」で受信(具現)すれば「Mantra」となり、図形・図式・文様で受信すれば、「Yantra」となるのも、極めて摂理的な道理と言えるのです。

そもそもヒンドゥー教、ブラフマン教は、かなりにアニミズム的ですから、、「宇宙の意志」が、山や大樹や、時には岩や石、川、海に集約(結集)したとする古代エジプト、メソポタミアの宗教、アフリカの古代宗教や、日本の神道と同様になるのもまた自然なことなのでしょう。

従って、Raga:Shivaranjaniもまた、「シヴァ神を想って、捧げて奏でる」ではなく、Shiva神の意志を「楽音で受信した結果」と考えるべきであり、「弾いた感じ、聴いた感じ」は、おそらくほとんど無意味に近いのかも知れません。

………………………………………..
Raga:Shivaranjaniの音の構造
……………………………………….

Raga:Shivaranjaniをインド楽器のみならず洋楽器で弾いてみると、当連載コラムのこのシリーズでも後ほどご紹介するクリシュナ神のラーガのひとつである「Raga:Bhupali(Mohanam)」の「長調の四七抜調」の「ミ」を「ミ♭」に替えたような感じがするかも知れません。
しかし、Raga:Bhupali(Mohanam)の主音は、「ミ」で、Raga:Shivaranjaniの主音は「ソ」なので、音の動きは全く異なります。かと思えば、全く異なる音階のラーガで、♭#を変換しただけで「音の動きはほとんど同じ」別なラーガに転換出来たりもします。が、Raga:ShivaranajaniとBhupaliは、そうは行かないわけです。むしろ、ファを基音(Sa)として転調させた場合の擬似的なRaga:Durgaの方が音の動きは近いものがあります。偶然かも知れませんが、流石Shivaとその妃の関係のようにも思えます。

また、Raga:Bhupali(Mohanam)で割愛された四番目と七番目は、「ファ#とシ」ですが、Raga:Shivaranajaniでは、「ファ♮とシ♭」なので、主音の如何に関わらず音の動きは当然異なって来ます。

いずれにしてもRaga:Shivaranajaniには、シヴァ神の「Maha-Kala、Rudra、Bhairaw」的な冷酷で厳しい側面は余り感じられず、全体的に柔らかく、しかし澄んだ感じや瑞々しさが感じられる爽快なラーガです。

写真は、シヴァ神のポスターと、Sita-Ramaさんで販売されているシヴァ神のヤントラです。

何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。

また、この度「インド音楽旋法ラーガ・アンケート」を実施致します。
是非、奮ってご参加下さいますよう。宜しくお願いいたします。
https://youtu.be/wWmYiPbgCzg

11月も、インド楽器とVedic-Chant、アーユルヴェーダ音楽療法の「無料体験講座」を行います。詳しくは「若林忠宏・民族音楽教室」のFacebook-Page「Zindagi-e-Mosiqui」か、若林のTime-Lineにメッセージでお尋ね下さい。 九州に音楽仲間さんが居らっしゃる方は是非、ご周知下さると幸いです。

………………………………………………………………………

You-Tubeに関連作品を幾つかアップしております。
是非ご参考にして下さいませ。

Hindu Chant講座Vol.1

Hindu Chant講座Vol.2

Hindu Chant講座Vol.3

Hindu Chant講座Vol.4

Vedic Chant入門講座(基本理解編)

Ayurveda音楽療法紹介(基礎理解編)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編1)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編2)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編3)

「いいね!」「チャンネル登録」などの応援を頂けましたら誠に幸いです。

(文章:若林 忠宏

‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥
若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥

宇宙の恵みを享受する

人類を育む天地万物のエネルギー。私たちはその計り知れない恩恵によって、生活を営み、日々を暮らしています。インドでは、それらのエネルギーが神格化され、古代より畏敬の念を持って崇められてきました。そのエネルギーを最大限に享受する時、私たちは、不幸や苦悩が人生に立ち入ることを防ぐことができると信じられます。どのようにしたら、そのエネルギーを最大限に享受できるのでしょうか。

霊性を向上させる修行において、エネルギーの源泉は、誰しもが持つ背骨の根底のムーラーダーラ・チャクラにあると伝えられてきました。このチャクラが活性化すると、人生は安定し、あらゆる面で加護を受け、豊かさを得ることが可能となると信じられます。そのために、霊性修行ではバンダやヨーガの実践が取り組まれます。

一方で、社会生活の中で多くの務めに忙しない私たちにとって、日々の生活の中でも、ムーラーダーラ・チャクラを活性化する方法があります。家族を大切にするインドにおいて学んだその方法とは、親を敬うことでした。この世に生を受けた私たちにとって、親はエネルギーの源泉でもあり、その関係に従って、それぞれが成長を果たすための役割が与えられます。

ムーラーダーラ・チャクラの支配神であるガネーシャ神を見てもわかります。ガネーシャ神は、兄弟のカールッティケーヤ神とどちらが先に宇宙を周れるかと競争を行った時、全宇宙をあらわす両親のシヴァ神とパールヴァティー女神の周囲をぐるりと周り、その競争に一瞬で打ち勝ちました。

親との結びつきが強まる時、私たちは自然と社会に繋がり、恩恵をさらに拡大することも可能です。誰かに手を差し伸べれば、必ず誰かが手を差し伸べてくれるように、そこで宇宙が与える大きな加護の輪に気づく時、私たちはより強くなることできるはずです。

自分自身が宇宙全体に支えられていることに、私たちはまず気づかなければなりません。その祝福に繋がることが、宇宙のエネルギーを最大限に享受するための大切な方法となるはずです。さらに豊かな日々を送れるように、日常生活に溢れるこうした霊性を向上させるための実践を学び続けたいと感じています。

(文章:ひるま)

ティラカを塗布する指と惑星の関係

インドの日常生活において欠かすことのできない行いに、ティラカ(印)を塗布する行いがあります。ティラカは礼拝の際に神々に塗布したり、礼拝者の額にも塗布されるものです。インドでは、現代社会でも多くの人々がティラカを塗布し、日常を過ごしています。

このティラカは吉兆の印といわれ、幸運を招く印でもあります。シヴァ派はヴィブーティ、シャクティ派はクムクム、ヴィシュヌ派はサンダルウッド・ペーストなど、それぞれの宗派や慣習によって塗布されるものや塗布の仕方までさまざまに異なります。

このティラカを塗布する際に用いる指には、惑星に関連する深い意味と、それぞれに異なる恩恵があります。

中指:その付け根は保護をもたらす土星に対応し、中指で塗布するティラカは繁栄をもたらすといわれます。

薬指:その付け根は光をもたらす太陽に対応し、薬指で塗布するティラカは、知性を輝かせ心の平安をもたらすといわれます。

親指:その付け根は健康をもたらす金星に対応し、親指で塗布するティラカは強さをもたらすといわれます。

人差し指:その付け根は不死をもたらす木星に対応し、人差し指で塗布するティラカは解脱をもたらすといわれます。亡くなった人に対して塗布されるものであり、一般的に人差し指でティラカを塗布することは避けられます。

参照:https://www.speakingtree.in/blog/applying-tilak-on-someones-forehead-heres-which-finger-you-should-use

カーラ・バイラヴァ・ジャヤンティ2017

KATHMANDU, NEPAL - CIRCA NOVEMBER 2013: Kaal Bhairav statue at Basantapur Durbar square in Kathmandu circa November 2013 in Kathmandu.

シヴァ神のさまざまな姿の一つに、カーラ・バイラヴァ神という姿があります。カーラ・バイラヴァ神は、カールッティカ月(10月~11月)の満月から8日目(アシュタミー)に降誕したと信じられ、2017年は11月10日に降誕祭が近づいています。

満月から8日目に降誕したとされるカーラ・バイラヴァ神には、主となる8つの姿があります。それぞれはアシュタ・マートリカー(八母神)を妃として持ち、8つの方向を守ると信じられます。タントラの世界ではとりわけ熱心に礼拝される神格です。

カーラ・バイラヴァ神は、欲望にまみれ驕り高ぶった態度を見せたブラフマー神を罰するために、シヴァ神から生まれたと伝えられます。カーラ・バイラヴァ神の姿となったシヴァ神は、5つあったブラフマー神の頭を切り落とし、長きにわたる苦行を行いました。

「カーラ」は「時」、「バイラヴァ」はシヴァ神の化身した恐ろしい姿を意味します。シヴァ神のもっとも恐れられる姿にも関わらず、カーラ・バイラヴァ神への礼拝は限りのない保護と繁栄を授けると信じられます。それは、私たちの欲望という最も恐ろしい敵を倒すとともに、優れた精神力を授けてくれるからに違いありません。

そんなカーラ・バイラヴァ神は、犬を乗り物として描かれることがあります。インドでは古くから、犬は死の世界に関連があると捉えられてきました。そんな犬を乗り物とすることは、時を征服することの象徴でもあります。

過去や未来に囚われる時、私たちは恐怖や衰退を感じることが少なくありません。欲望は、もっとも大切な今という瞬間を見失わせることもあります。今を粗末にすることは、カーラ・バイラヴァ神に無礼を働くことに変わりなく、今を全力で生きることで、カーラ・バイラヴァ神へのもっとも偉大な礼拝が成し遂げられます。そうして生きることで、恐怖や衰退を見せる欲望という強敵は倒され、限りのない保護と繁栄が授けられるように思います。

カーラ・バイラヴァ神の降誕祭が近づき、皆様にも大きな恩寵がございますよう、心よりお祈り申し上げております。

(文章:ひるま)

ヨーガ・スートラ第2章第42節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


सन्तोषादनुत्तमसुखलाभः॥४२॥
Santoṣādanuttamasukhalābhaḥ||42||
サントーシャーダヌッタマスカラーバハ
知足を通じ、無上の幸福を獲得する。

簡単な解説:前節において、清浄の実践によって、さらに心が明瞭となり、愉悦、一点集中、感覚の制御、自己直観への適応を得られると説かれました。本節では、欲望を断つことで生じる知足を通じて、天上や地上の幸福の何十倍もあるといわれる幸福を得ることができると説かれます。

厄災の身代わりになった可能性

先日、クライアント様から「ヤントラのアクリルガラスに罅(ひび)が入った。」というご連絡をいただきました。
何もしていないのに罅が入ったそうです。
写真を拝見するとダス・マハーヴィディヤー(ダシャ・マハーヴィディヤー)のヤントラのちょうどカーリー・ヤントラからマータンギー・ヤントラにかけて不自然なカーブを描いて罅が入っていました。
専門的な話で恐縮ですが、気になったのでこの方のホロスコープを改めて見てみると、この方は現在水星と土星の時期におられました。さらにこの件が起こった時は一番下のダシャーに太陽が入っていたと思われます。
この方は蟹座(のラグナ)で、水星・土星ともに損失を表す12番目の部屋在住です。
水星は自分の部屋に住んでいますが、蟹座の土星は良くないとされる7、8番目の両方の部屋の主で、12室に居るという非常に良くない配置です。「死の部屋」でもある2番目の部屋の主の太陽は1番目の部屋で傷ついたラグナ(アセンダント)と同居しており、さらに深く傷ついた木星からドリシュティされて(睨まれて)います。
カーリー女神は土星と関連が深く、マータンギー女神は太陽と関連が深い神様です。
またマータンギーはサラスヴァティ女神のタントラ型とも言われ、なにやら水星との関連も匂わせるものがあります。
以上のことを考えると、このヤントラの罅は、所有者が遭う可能性のあった厄災の身代わりになった可能性が感じられます。
翌日さらにご本にからメールがきまして、罅はヤントラ全体に広がってしまったとのこと。実はこの方は他にも力を失った複数の星をもっており、さらにそれが関係している可能性があります。
ヤントラが本当に身をもって守ってくれたのでは、と感じます。
もちろん、最初からアクリル板が弱かった可能性もあり真相はわかりませんが、いずれにしましても入魂された適切なヤントラを所有し、礼
拝を続けることは、厄災の除去と幸福の獲得、さらには霊的進化に大きな効果があるのは間違いないでしょう。

(文章:ガネーシャ・ギリ)

‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥
[ガネーシャ・ギリ 同行]最強厄除開運・インド縦断 – 女神と聖者とガンジス川から力を貰う旅

ガネーシャ・ギリ氏共著 『インド占星術と運命改善法』

ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定

ガネーシャ・ギリによるヨーガクラス
‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥