162、アーユルヴェーダ音楽療法入門24(心から湧き上がる想い・言葉や音楽-その1-)

前回説明しましたように、古代インド「ヴェーダ科学・タントラ」でも「Kosha(鞘/人間の階層)論」で説かれている「本来の人間の精神構造」の「第二の階層:心を囲み守っている論理的思考回路」は、その人間の心身が「健全(Defolt)」である限り、それ自体が、極めて論理的な「思考領域」であるばかりでなく、極めて聡明な「フィルター器官」でもあるのです。

その結果、外部からの刺激や情報(音楽や言葉、文字、象形を含む)を適切に選択して遮断することが可能なのです。これによって「心」が守られているのです。

音楽の場合、「雑音を遮断する」ばかりでなく、より正しい音楽(フェイク・ギミック・ハッタリ・表層的な技至上主義・大衆迎合性、などを極力排除した音楽)であると判断した場合、「城壁の城門を開く」がごとく、その音楽を「心に届かせる」働きをすると考えられます。
するとその音楽は、自在に「心と感情が融和した領域」に漂い、その効果は心に深く刻まれると共に、思考も記憶もそれをしっかり留め保管します。
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洋の東西を問わず、名演奏家と称された人々は、子どもの頃から修行時代を通じて、聴くべき音楽家の演奏に触れて、ただ「ぼーっ」と「楽しい・癒される・面白い・格好良い」と聴くだけでなく「何故だ?トリックがあるとしたら、それは何だ?何処に隠し味があって、何がつなぎで何が本領か?」などを無意識に猛スピードで分析していたに違いありません。

「論理云々」の知識も興味関心もなくても行える、この作業自体が論理的分析なのです。(言わば「探究心の賜物」です)
料理家も同じでしょう。物つくりのプロは大概皆そうなのでしょう。従って「気分感情領域」で漠然と感動するのでもなく。心に届かせるだけでもなく。論理思考領域も大いに活性化して受け止めているのです。
逆に「聴くに値しない音楽」は、気分感情領域で「まぁ、悪くはないんじゃない」程度に適度に付き合って、論理思考領域の手前でブロックしている。おそらく途中から、気分感情領域でも大して聴いちゃいない。
また、「音と音楽が氾濫する現代社会」で「深い感性」を保つためには、むしろ「ブロック」よりも強力な「耳に入れないフィルター機能」が発達しているのかも知れません。
…………………………………………………………………………………………………………………….今回の主旨は、その機能の逆パターンです。つまり「心の叫び」とか「心から願う、愛す」ような衝動。こみ上げる思い。はどのように外に向かって発せられるのか? ということです。
それもまた実に単純で、前回の図でしめした構造の、逆方向に過ぎません。
今回の図のように、「論理思考の城壁」の門番が門を開けて、「こみ上げる心の想い」が感情領域にほとばしるのです。

この時、「論理思考領域の論理的思考」は、「ほとばしる心からの音(や言葉)の行き先・届け先」をしっかりと見極めます。言い換えれば、「その目的地が在ってこそ、開門される」とも言えます。
それらは、図の「愛すべき対象」です。
逆に、図の左上で赤い丸で示したような世俗的な満足などの為には、論理的思考の関与など不必要であり、当然「心からの音(言葉)」である必要もありません。
言い換えれば、「論理的思考を有するプロ・ミュージシャン」は、気分感情領域で思考(工夫)した音(聴衆・大衆に受け入れられる音/売れる音楽)を巧みに発して届けさせることが出来るのでしょう。

勿論、全く別な次元で、「相手を選ばず・方法(手段)を選ばず発するべき時と場合」もありましょう。それは「論理的思考」がその信念(宿命的責務)を強く抱いた時です。
「何処の誰にどう受け止められ、どう理解されようとも、発せねばならない音、言わねばならない言葉」などです。
ある意味「目的も到達点も無い音や言葉」ですから、「虚しさ哀しさ」は付きまとうかも知れません。しかし、逆に言えば、「目的がある発信=受け入れられることが分かっている=打算的」とも言え、この「虚しく哀しい発信」こそは、より純粋ということも出来るかも知れません。

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私事で恐縮ですが、
私は幾つかの理由があって、我が娘が乳幼児の頃から「赤ちゃん言葉」は、一切使いませんでした。
ところが、保護猫たちにはついつい幼稚な言葉も使ってしまうことがあります。無論「でちゅね~」などはありえませんし、90%以上は、普通の言葉、むしろ他人が見たら驚くような真面目な話、論理的な話をしていますが。「良い子だね~、頑張ったねぇ~」と褒めたり、叱る時も「駄目じゃん」などとオブラートに包むような言い方をしています。

これらはある意味、「気分感情が発する言葉」を「一旦論理思考(ある種の冷静さ)で吟味してから」、相手が受け止め易いように修正して伝える。というプロセスと考えます。

私の場合、(殆どの人がその価値を理解しない)1970年代から民族音楽を研究し紹介して来ました。
その為、多くの人々が「良く知らない、興味が無い」というテーマのものを「聴いてみようか」と思って貰えるように、或る意味「手を換え品を換え」て伝えることが「癖」になっていて、「これが駄目ならこれではどうだ?」と、「表現方法は何でも良い」「常に沢山の表現方法を用意しておくこと」が基本になってしまっていると考えられます。

逆に30歳代、「言葉の表現・選択」に関してかなりストイックになっていた頃、「音楽表現」にも深く関わることですから「ニュアンスの問題」というものを重視していたことがあります。お弟子さんの何気ない言葉にしばしば執拗につっかかったものです。奇しくも(不運にも?)時代は全く逆行しており、「ニュアンスの問題」でスルー、逃げ切ることが主流になり始めた時代です。

この風潮は今日でも全く衰えることがなく、むしろ完全に定着しています。「相手に通じない」という事態に至れば、極めて多くの人が「言葉足らずでした」とおっしゃる。

まさか今日この歳になって、30歳代の時の様に「足らず?なら足らしてみなよ」などとは申しませんが。仮にそうお願いしたところで「補足出来る人・言い直せる人」は極めて少ないと考えられます。
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今年の夏に出ました新著は、昨年の11月からの作業でしたが、年末年始に一旦「打ち切りか?」というほどの事態に至りました。幸いに編集会社の社長が出来たお方で、問題を見事にクリアーにして下さり担当さんを替えて下さってからは、万事順調に進んで良い本・良いお仕事に至りました。

前任者さんは、ごく普通の何も悪気も無い人でしたが、肝心なところで「曖昧な表現」がどうにも無視出来ないことが重なったのでした。

これらは現代人と現代社会の極めて重大な過失と考えます。

乳幼児やペットなど「愛すべき存在」に対して、「相手が受け止め易いように」と「自らの気分感情も穏やかにする」両方の効果が得られる「感情領域で発した言葉を一旦思考領域で吟味修正して発する癖・習慣」は、多くの方が自然に行う、良い手段と言えます。

ところが、或る意味より慎重に丁寧であるべき「仕事上でのやりとり」で「曖昧言葉・慣用句」でやり過ごそうとするのです。

それらは、「誤魔化し言葉」に他ならないに止まらず、最も否定されるべき点は「実は相手を選んで言葉を選んでいない」という点にあります。

前述の編集会社の後任担当者さんは、当初恐々としながらも、「間違った時は、誤魔化さずに素直に謝罪し訂正すれば良いのだ」と分かってくれた後は、むしろ「仕事・営業モード」よりも自然体で冗談や軽口を言いながら充実したやりとりを重ねてくれました。

つまり、現代社会の「営業用語」は、「相手が誰であれ、どう展開したとしても融通が利くようなズルい曖昧さを持たせている」ということなのです。

そして「問題(誤解、行き違いなど)が生じた場合」。「言葉足らずでした」とか「ニュアンスの問題だ」などの「二三種類の乏しい語彙を、相手に応じて使い分ける逃げ言葉」ではぐらかす訳です。

このような「発言方法」が「癖」になってしまえば、「一旦思考回路で吟味する」などということは全く不要になってしまいます。

現代社会は、ありとあらゆることに於いて、思考回路を駄目にする要素に満ちていると、痛感させられます。

哀しみを超えて、恐怖の念さえ覚えるのが、
音楽に於いてもまた、この調子で「音や旋律、リズムが発せられている」ということです。

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何時も最後迄ご高読をありがとうございます。

福岡市南区の自宅別棟楽器倉庫の教室では、インド楽器とVedic-Chant、アーユルヴェーダ音楽療法の「無料体験講座」を行っています。詳しくは「若林忠宏・民族音楽教室」のFacebook-Page「Zindagi-e-Mosiqui」か、若林のTime-Lineにメッセージでお尋ね下さい。 九州に音楽仲間さんが居らっしゃる方は是非、ご周知下さると幸いです。

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You-Tubeに関連作品を幾つかアップしております。
是非ご参考にして下さいませ。

Hindu Chant講座Vol.1

Hindu Chant講座Vol.2

Hindu Chant講座Vol.3

Hindu Chant講座Vol.4

Vedic Chant入門講座(基本理解編)

Ayurveda音楽療法紹介(基礎理解編)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編1)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編2)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編3)

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(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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チャイルド・スポンサーシップのご報告(2018年11月)

チャイルド・スポンサーシップ(子どもの教育支援)にご協力をいただいている皆様、温かいご支援をいただき誠にありがとうございます。
11月の配給時の様子が届きましたので、ご報告をさせていただきます。

11月の配給は、NGOのスケジュールの関係で、11月25日に実施されました。
今年の夏に起きた豪雨災害の影響はだいぶ落ち着き、子どもたちは日常を取り戻しつつあります。
まだ復興作業は続いていますが、これからしばらくは落ち着いた天候が続き、今も子どもたちは学習に集中しています。

11月には、NGOの代表が国連総会に関連する会議のためにアメリカに滞在し、SDGs(持続可能な開発目標:Sustainable Development Goals)について触れる多くの機会がありました。
厳しい自然環境のもとで生きるインドの生活には、自然を崇め、共存するための多くの術が受け継がれていますが、子どもたちは今回の豪雨災害を目の当たりにし、特に自然環境について考えることが多くあるようです。
そういった子どもたちへ、NGOの代表は少しずつSDGsについての知識を共有し、子どもたちの意識を高められるように努めています。
まだ理解をするには難しい年頃の子どもたちも多くいますが、いつか子どもたちが社会に出るとき、役立つものとなればいいなと心から願います。

キリスト教徒が多いケーララ州では、クリスマスが盛大に祝福されます。
12月の配給時には毎年、すべての子どもたちにプラムケーキを配り、ささやかなお祝いを行います。
宗教や思想を超え、世界が調和のもとで発展するように、私たちも成長していきたいと感じます。

こういった活動を続けられるのも、皆様の支援が大きな支えとなっています。
生きとし生けるものが幸せに生きることができる社会になるよう、皆様のご支援を今後も活用させていただきたいと思います。

いつも温かいご支援をいただき、心より御礼申し上げます。
これからもどうぞ宜しくお願い申し上げます。

(スタッフ:ひるま)

シャンカ・ムドラー

太陽が昇り、そして沈む時、インドの地には、祈りとともにシャンカ(貝)の音が響き渡ります。
古来より、祈りの儀式において必要不可欠なものであったシャンカの音は、世界の安寧や心身の健康を生み出すものとして、大切に受け継がれてきました。

かつて、クリシュナ神と他の戦士たちがシャンカを吹き、マハーバーラタの大戦が始まったといわれます。
そして、シャンカを吹いた戦士たちは皆、戦いに打ち勝ちました。
シャンカの生み出す音は、ネガティブな波動を払い、場を清める力があると信じられます。
何よりも、シャンカを吹くことで生じる深い呼吸によって、心身の健康がもたらされると伝えられてきました。
そんなシャンカの形のエネルギーを活用する、シャンカ・ムドラーと呼ばれるムドラーがあります。

シャンカ・ムドラーでは、両手で貝のような形を作ります。
まず、右手の親指のつけ根に、左手の親指の先端を置きます。
そして、左手の親指を右手の人差し指、中指、薬指、小指の4本で包み込みます。
次に、右手の親指と、左手の中指(または人差し指)の先端を合わせます。
左手の残りの指は、右手の指の背で休ませます。
まるで貝のようなこの手の形を、お腹から胸のあたりで組むのがシャンカ・ムドラーです。

親指は、五大元素のうちで火の要素を持ちます。
この親指を、他の要素を持つ指で包み込むことで、火の要素が改善・向上し、適切な消化や代謝がもたらされます。
また、右手の親指のつけ根は、甲状腺に対応します。
ここを火の象徴を持つ親指で触れることで、甲状腺の機能が向上すると信じられてきました。
甲状腺は、身体の発育を促進し、新陳代謝を盛んにするホルモンの働きを司る重要な器官です。

このムドラーを通じては、私たちの「生きる」という活動を支える重要なエネルギーと向き合います。
現代のように医療が発達していなかった古代においては、こうした霊的叡智を通じて、人々は幸福や健康を享受していました。
シャンカの音がネガティブな波動を吹き飛ばすように、このムドラーの実践によって身体には健康がもたらされ、一人ひとりの穏やかな心から、世界には安寧が授けられるに違いありません。

(文章:ひるま)

第36回グループ・ホーマ(バウマ・プラドーシャ)無事終了のお知らせ

第36回グループ・ホーマ(バウマ・プラドーシャ)にお申込みいただきました皆様、誠にありがとうございました。

シヴァ神を礼拝する第36回グループ・ホーマは、12月4日に無事に終了いたしました。

プージャーの写真を以下に掲載させていただきます。

神々の祝福と、より良い体験がありますよう、心よりお祈り申し上げます。

第36回グループ・ホーマの実施内容はこちらよりご覧いただけます。

ヴィヴァーハ・パンチャミー2018

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2018年12月12日はヴィヴァーハ・パンチャミーの吉日です。ヴィヴァーハ・パンチャミーは、ラーマ神とシーター女神が結婚をした日として崇められ、マールガシールシャ月(11月から12月)の新月から5日目に祝福されます。

古代インドの叙事詩「ラーマーヤナ」の舞台の一つで、シーター女神が生まれた場所であり、また、ラーマ神とシーター女神が結婚した場所ともされるネパールのジャナクプルには、各地から帰依者が集まり、盛大な祝福が行われます。

2つの魂の結合を祝福するこの日、ラーマ神の御名やシーター女神のマントラを唱えたり、また祈りを捧げることで、大きな幸せが授けられると信じられています。

参照:2018 Vivah Panchami

アージュニャー・チャクラを活性化するオーム・マントラ

チャクラは、肉体の微細な領域であり(螺旋状の神経叢と対応しています)、脊椎(クンダリニー・シャクティ)の基底に潜んでいる見えない精神的エネルギーの通り道です。エネルギーの上昇移動は、覚醒したときに螺旋状であるため、サーペント・パワー(コブラの力)と呼ばれます。チャクラの正しいバランスと状態は、健康的で実りある生活をもたらしてくれます。

第6のチャクラであるアージュナー・チャクラは、眉間にあり、グルの座と言われます。神聖音であるオームが位置するのはここになります。そして、ここは心が完全な平安と寂静に浸るための中心です。イダー、ピンガラー、スシュムナーの3つの主要なナーディ(管)はここで集結するため、解脱の三合流点(ムクタ・トリヴェーニー)と呼ばれます。第3の目のチャクラのバランスは、英知、識別力、啓発を授けます。一方、この領域が不調和であることは、精神錯乱、無感覚、幻視などの原因となります。

心の領域を越え、純粋意識へと導く第3の目(眉間)のチャクラであるアージュニャー・チャクラに対応するのが、オーム・マントラです。「オーム」は、あらゆる物質主義的意識、自我意識、形而上意識を、至高神の視界と意識へと開花させ、われわれに超意識をもたらし、最終的にすべての宇宙存在を超越した至高の解放へと導きます。この激流のように移り変わる物質世界で、瞑想に目覚めたわれわれ人類にとって、「オーム」ほどシンプルで効果的な聖音は他にありません。

チャクラに対応した神々の波動のリズムに乗り、調和と成功に満ちた生活を生み出しましょう。

ヨーガ・スートラ第3章第46節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


रूपलावण्यबलवज्रसंहननत्वानि कायसम्पत्॥४६॥
Rūpalāvaṇyabalavajrasaṁhananatvāni kāyasampat||46||
ルーパラーヴァニヤバラヴァジュラサンハナナトヴァーニ カーヤサムパト
美しい形、魅力、強さ、金剛の堅固さが、身体の完全さである。

簡単な解説:前節において、五つの物質元素を支配し、身体を縮小するなどの能力があらわれて身体が完全になると、五つの物質元素が持つ性質に身体は妨害されなくなると説かれました。本節では、その身体の完全さについて、美しい形、魅力、強さ、金剛の堅固さであると説かれます。

ダッタートレーヤの気づき

あらゆる霊的性質を備えた神の化身として崇められる、ダッタートレーヤという神がいます。
ブラフマー神、ヴィシュヌ神、シヴァ神の三大神が一体となったダッタートレーヤ神は、究極の知識を持つ偉大なグルとして崇められてきました。

そんなダッタートレーヤ神がグルとして崇めたのが、さまざまに動くこの自然界のあらわれです。
その最初の五つが、土、水、風、火、空の五大元素でした。

大地は、忍耐について教えました。
人々が踏みにじっても、大地は食物を生み出し、住処を与え、慈しみをもって私たちを育んでいました。
そんな大地のように、いかなる状況をも受け入れ、自分自身の義務を果たすことを学びます。

水は、純粋さについて教えました。
渇きを潤し、命を育む重要な存在でありながら、水は低い場所へとただ静かに流れ、物事の汚れを洗い清めていました。
そんな水のように、自我や慢心を捨て、自分に関わる物事が浄化されるような清い存在であろうと学びます。

風は、無執着について教えました。
酸いも甘いも区別することなく、身を任せるように、風はどこからともなく自由に流れていました。
そんな風のように、人生の喜びや苦しみに惑わされず、大いなる存在に身を委ねて生きることを学びます。

火は、不染汚について教えました。
人々が提供した供物を燃料として燃えていた火は、罪や穢れといった人々のさまざまな思いを受け入れながらも、暗闇を照らす光を放ち続けていました。
そんな火のように、どんなものにも染まったり汚れたりせず、与えられたものを受け入れ、純粋な光を放つことを学びます。

空は、偏在性について教えました。
空は雲に覆われたり、太陽の光に赤く染まることがあるも、そこには常に変わらない無限な空間がありました。
そんな空のように、さまざまな現象に影響を受けない、偏在する魂の存在があることを学びます。

豊かな大自然の動きを見つめ、幸せに生きる術を学んだダッタートレーヤ神。
そんなダッタートレーヤ神の降誕祭となるのが、2018年は12月22日に迎えるマールガシールシャ月(11月から12月)の満月です。

私たちを育む大自然は、幸せに生きる術を常に示し続けています。
そんな偉大なグルに寄り添いながら、生きる姿勢を学び続けたいと思います。

(文章:ひるま)

161、アーユルヴェーダ音楽療法入門23(心に届く音)

古今東西で、「思い、想い、心、魂」のあり場所は、「心は気持ち(感情)より深いところにある」など、おおよその定義はあれど、日常的・習慣的にはかなりいい加減に用いられています。その理由や実態について、この連載のVol.152~157で「恣意作為論」「精神論」などを元に解いてきました。

ここで、今一度一般的な語法に見られる「おおよその観念」を、特に「音楽と言葉」に焦点を当てて振り返ってみます。
音楽も言葉も、今の時代でさえ以下のように表現されます。
「心に届く(音楽/言葉)」「心に響く(音楽/言葉)」「心に染みる(音楽/言葉)」「心からの(音楽/言葉):感謝、謝罪、労い、弔い、など」。

また、古い言い回しでも「心の琴線に触れる」などと言います。
ちなみに、同様の古い言葉の「心頭滅却」を近年では、「心と頭(感情志向)を滅却すれば『火もまた涼し』」と解かれますが、正しくは「心と頭の中で、火(暑さ~痛み・苦しみ)を滅却すれば、涼しい心持に至る」であるとも言われます。この言葉の出典に関しても諸説あるようです。が、いずれにしても明治時代以前のようでもあります。
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予断な上に私事で恐縮ですが、
福岡に越してから、母屋は丘の上で日当たりが良い上に古い建物で壁に断熱材が無く、少し離れたシェルターは、四六時中様子を見れないので、保護猫のための冷暖房は節約したくても出来ない辛さがありますが、都下吉祥寺の借家では、三年以上、真夏も真冬もエアコンを使いませんでした。

勿論、真夏の35度前後の日は、流石に意識も朦朧と仕掛けましたが、「自己暗示」で、真冬をイメージしたり、真冬の寒さを思い出して「それと比べれば何と暖かく在り難いことよ」と思い込ませて乗り切りました。「気の持ちよう」で5度は優にコントロール出来ると実体験したものです。

逆に、そのような生活の後に、季節の巡り代わりで早々にエアコンや電熱毛布などを用いると、「寝覚めが物凄く悪い」ということを強烈に体験しました。
心身の内側からの「対応作用」が働かず、外の世界(心身の側近の環境)で問題を解決してしまうことで、人間が本来持っている機能が変調する怖さを思い知ったのです。

これは「化学製剤による対処療法」から、「言葉や音楽のより好み」にも通じる、この連載で最も訴えたいテーマに深く関わることと考えています。

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「心に関する語彙」に話を戻しますと、
近年の若い人々は、古い言い回しを殆ど知らなかったり、自分たちで勝手に語法を解釈していることが少なくありません。
私のカウンセリングで、思うように効果が得られない人の殆どに、この「語法の誤用」が顕著に見られます。それに始めて気づいた二十年ほど前。「その語法はおかしいよ」と言ったら「私にとってこの言葉は、そういう意味なんです」と返されて愕然としました。

しかし、そのような世代でさえも、「心に刺さる(音楽/言葉)」などと言い。「心は気分感情・気持ちより深いところにある」と認識していることは明らかです。

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今回の図では、
「本来の人間の精神構造」と「近現代の人間の変調した精神構造」を比較しながら、「雑音(雑言)」と「楽音(良語・格言)」がどのように「心や論理思考領域に届くか?」を示しています。

変調した人々の場合、「気分感情領域/論理思考領域/心」の境界(Kosha)が、破壊されつつあるため、本来三分されている領域が混沌と交じり合ってしまいかねない傾向にあります。
つまり「心に届く」も「心から発する」もなく、「心と気分感情」を、そもそも分別・自覚出来ないということです。その結果が「悲しいと哀しい」「思うと想う」などの多くの語彙を混同・誤用するに至る訳です。「観念と概念の混同・誤用」も同様と言えます。

その結果、
「雑音(雑言)」は、「境目を失い混沌とした気分感情・思考・心の領域」を自在に巡り回り、いやおうが無しに「負担で苦しいもの」になるのは当然です。

一方、「本来の精神構造」を保っている人の場合は、「雑音(雑言)」は、気分感情を掻き乱したとしても、論理思考領域のフィルターで排除、または解毒されますから、「心を痛める」ことさえないのです。
それどころか、そもそも「論理思考領域」の最も外側で遮断されますから、「論理思考」の邪魔にさえならないのです。

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これを誠に端的に示す事例であり、皆さんが簡単に体験し納得出来る事例が、
「今考え事をしているんだから、静かにして!」という、ありふれたことに見ることが出来ます。
この言葉(意識)によって、
その人は「気分感情領域で思考していることが習慣になってしまっている」ことが明らかになります。

逆に、「論理思考領域で思考することが出来る人」は、「雑音(雑言)」に思考が邪魔されることはないのです。
私のカウンセリングで実践している訓練法は、「論理思考が求められるテーマ」を、あえてTVやラジオを着けっ放しにして行う、というものです。かなり精神構造が壊れた人でも、丹念に頑張ると、かなりの効果が見られます。

予断ですが、私がこの力を鍛えられたのは、保護猫たちの存在のお陰と思われます。
今、この原稿を書いている最中でも、「サカリのメス猫」が、ケージから「出せ出せ」と鳴き続けています。
しかし、それに呼応したように思える他の子の声に、「少しでも異なるニュアンス」を感じた時は、即座に手を止めて様子を見ます。「トイレを綺麗にして欲しい!」「お水が無い!」だったりがあるからです。

つまり、原稿を書くのは、殆ど「論理思考領域」でありながら、常に「気分感情領域」で、猫たちの声を理解しているのです。

この精神構造の原点は、中学二年生の時、「深夜放送を聞きながらの受験勉強」で培ったものかも知れず、それは多くの人に経験があるに違いありません。私の場合、程なく深夜放送からインド音楽に変わり、その結果、「職員室に呼び出されて担任に説教される」に至りました。ひと夏で偏差値を20近く上げてしまい「受験指導する教師が困惑させられて迷惑だ!どうせ気まぐれだろ!?」と言われたのです。

つまり、殆どの人々が。もしかしたら、まだ中学生位ならば、デフォルトが維持されているからでしょう。「深夜放送を気分感情領域で聞き、教科書参考書を論理思考領域で理解し記憶する」ことが出来た筈なのです。言い換えれば、「論理思考領域を分化活性化するために、気分感情思考が出来ない状況に追い込む」ということでしょう。

従って、
「今考えごとをしているのだから!静かにして!」は、言語道断であり、むしろ
「今考えごと(論理思考)をしたいから、その辺りで騒がしくしてくれる?」が本来なのです。

しかし、この一方で、
現代社会からは比べようがないほどの静寂と自然音の世界であったであろう、紀元前のウパニシャドの時代にも「森林書」と言われるように「山篭りで悟る」ということが行われて来ました。

今回述べたことは、「外の世界の音や言葉」をどう受け止めるか?がテーマでしたから、前述のような話になりますが、ウパニシャドの話は、(宇宙とリンクした)魂・心の声(音)を聞く」という内面からのものを受け止め覚醒するということですから、必然的なのでしょう。

言い換えれば、「外からのもの」を上手く受け止められない人間が、果たして「内からのもの」を上手く受け止められるのだろうか? というテーマでもあります。

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何時も最後迄ご高読をありがとうございます。

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(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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2018年12月の主な祝祭

2018年12月の主な祝祭をご紹介いたします。

大きな祝祭は少ない12月ですが、多くの地域で盛大な結婚式が執り行われる祝福に包まれる時が続きます。また、バガヴァッド・ギーターが生まれたとされるギーター・ジャヤンティや、三大神が一体となったダッタートレーヤ神の降誕祭などが祝福されます。

12月3日 エーカーダシー
12月5日 シヴァラートリー
12月7日 新月
12月12日 ヴィヴァーハ・パンチャミー
12月16日 ダーヌ(射手座)・サンクラーンティ
12月19日  エーカーダシー/ギーター・ジャヤンティ
12月22日 満月/ダッタートレーヤ・ジャヤンティ (日本時間の満月は23日)
12月25日 サンカタハラ・チャトゥルティー

*地域や慣習によって、日にちに前後の差異が生じます。

1年を通じた祝祭、またその詳細について、インド暦カレンダーでご紹介しております。

参照:http://www.drikpanchang.com/panchang/month-panchang.html