カウンディニャのアーサナ

自らの身体を神殿とし、そこに宿る魂を礼拝するヨーガのアーサナ。
現代では心身に健康をもたらす術として愛されるそのヨーガのアーサナは、古代では神々と一体となる術として用いられてきました。
そんなヨーガのアーサナの中に、賢者であるカウンディニャに捧げるポーズがあります。

ヴェーダを会得した偉大な賢者として崇められるカウンディニャは、ガネーシャ神を心から崇拝していたことで知られます。
そんなカウンディニャに捧げるポーズは、両腕で全身を支えながらバランスを取る、難しいポーズの一つに数えられます。
その実践の過程では、全身を通じて、献身のあり方を学ぶ大きな意義があります。

賢者のカウンディニャには、ある神話が伝わります。
カウンディニャが礼拝時に、ガネーシャ神が好むドゥールヴァーの草を捧げていた時のことでした。
妻は、「そのような草にどのような価値があるのか」と疑問を投げかけます。
カウンディニャは、「このドゥールヴァーに等しい量の金を探しなさい」と、妻に述べました。

妻は神々のもとへ行き、等しい量の金を確かめようとするも、どんなに金を天秤にかけても、ドゥルーヴァーの方が重くなります。
最後には、あらゆる神々が天秤に乗るも、ドゥルーヴァーの方が重いままでした。
そこで妻は、献身とともに捧げられたものの価値に気づきます。
それは、どんなものよりも価値があるものとなって、私たちを導くものでした。

カウンディニャに捧げるポーズは、全身を通じて、その献身の価値を教えてくれるものです。
このポーズでは、何よりも、バランスの取り方を学ぶ必要があります。
自ら生み出した拠り所のない不安定さの中でバランスを取ることは、天秤を釣り合わせるように容易ではありません。
その不確実な安定の中では、カウンディニャの妻のように、疑いや迷いを抱き、混乱することも多くあります。

しかし、バランスを取るポーズの実践を通じては、眉間のあたりにあるとされるアージュニャー・チャクラが活性化されるといわれます。
第三の眼ともいわれるこのチャクラが活性化される時、私たちは感覚や思考に揺さぶられることのない、崇高な存在を知ることが可能となります。

このポーズを自分自身の奥深くで輝くその崇高な存在に捧げる時、その献身は、疑いや迷いのない心を生み出すはずです。
それは、何よりも価値あるものとなって、時に不安定になる人生という歩みに、大きな気づきをもたらしてくれるに違いありません。

(文章:ひるま)

アンナダーナのサブジーのレシピ

アンナダーナで配られるサブジーのレシピをご紹介いたします。

サブジーは、一般的に野菜の料理となりますが、アンナダーナではじゃがいものカレーを作ります。
アールー・サブジー(आलू सब्जी)と呼ばれ、日常的に好んで食されるカレーです。
スパイスがあれば簡単に作ることができるため、ぜひアンナダーナの食事を一緒に楽しんでみてください。

このレシピはスープのようなカレーになりますが、水を加えず、ドライなカレーに仕上げることもできます。
アンナダーナは時期によってじゃがいもやトマトの価格に差が出るため、余裕があるときは、人参やインゲンマメ、グリーンピースを加えることもあります。
また、アンナダーナでは一般の方々へお配りする前に、食事を寺院の神前に捧げます。
食事はプラサードとして配られるため、玉ねぎとにんにくは使用していません。

【材料】
・じゃがいも:中3個
・トマト・ペースト:1/2カップ
・コリアンダー・リーフ:1/4カップ
・オイル:大さじ1
・クミン・シード:小さじ1
・コリアンダー・シード:小さじ1/2
・ジンジャー・ペースト:大さじ1
・ターメリック・パウダー:小さじ1/2
・ヒング:小さじ1/4
・コリアンダー・パウダー:小さじ1
・レッドチリパウダー:小さじ1
・塩:適量
・ドライ・マンゴー・パウダー:小さじ1
・ガラムマサラ:小さじ1/2
・ギー:適量

【作り方】
・じゃがいもを茹でて皮をむき、軽くマッシュしておく。
・コリアンダー・シードを軽く砕いておく。
・ターメリック・パウダー、ヒング、コリアンダー・パウダー、レッドチリパウダーを合わせておく。
・鍋にオイルを入れ温め、クミン・シード、コリアンダー・シードを入れて香りが出るまで炒める。
・香りが出たら、ジンジャー・ペーストを加えて混ぜ、弱火で1分ほど炒める。
・合わせたスパイスを加えて混ぜ、さらに弱火で30秒ほど炒める
・トマト・ペーストを加えて混ぜ、中火で3〜4分、水分がなくなるまで炒める。
・軽くマッシュしたじゃがいもを加えて、よく混ぜる。
・塩を適量とドライ・マンゴー・パウダーを加えて、よく混ぜる。
・約2カップ半の水を加え、よく混ぜる。水の量はお好みで調整できます。
・蓋をして、中火で約10分煮る。
・ガラムマサラとコリアンダー・リーフを加えて混ぜ、火を止める。
・最後にギーを添えて出来上がり。

次回は、プーリーとハルワーの作り方をご紹介いたします。

アールー・サブジーの作り方の詳細は、以下の動画が参考になります。

スタッフ日記:フード・サービス・プログラムのご報告(ケーララのお米)

フード・サービス・プログラムにご支援をいただいている皆様、本当にありがとうございます。
最近の写真が届きましたので、ご報告をさせていただきます。

過去100年間で最悪の被害が報告された豪雨災害から、半年が経とうとしている今、さまざまな方面からの支援を通じ、人々は日常を取り戻しつつあります。
現在は1年の中で天候がとりわけ穏やかな時でもあり、病にかかる人も少なく、病院も落ち着いた時を迎えています。
それでも、毎日150食〜200食分の食事を準備し、配給が始まると、長い行列が続きます。

豪雨災害後は、多くの田畑が被害を受け、食事の配給で用いられる食材の高騰が続いていました。
現在は、さまざまな方面からの支援を通じ、田畑も少しずつ元に戻りつつあります。
NGOでは、現在田んぼの復興支援も行なっていますが、本日は、ケーララ州のお米についてご紹介したいと思います。

日本のようにお米を主食とするケーララ州は、のどかな田んぼが広がる緑豊かな美しい地域です。
そんなケーララ州では、糠部分を残した茶色のお米が好まれることが多く、時間をかけてお米を茹でるように調理します。

スーパーに並ぶこのお米は、5キロでRs.250(約450円)前後となり、わりと質の良いお米です。
病院の配給では、1キロあたりRs.40(約70円)ほどのお米を使用し、カンニと呼ばれるお粥を配ります。
栄養価が高く、食事ができない人々は、お粥の重湯だけをとることも多くありますが、点滴のように栄養があるといわれています。

こうした病院の食事の配給は、1日も欠かすことができません。
一方で、私たちは自然と向き合いながら、持続可能な社会を目指して行動することも必要です。
NGOでは、社会全体に明るい未来が訪れるように、より広い視野を持って活動することを心がけています。

皆様の温かいご支援を心よりお待ちしております。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。

(スタッフ:ひるま)

169、アーユルヴェーダ音楽療法入門31(Tri-Doshaと精神構造)

今日の日本に於いて、着実にファンを増やしているアーユルヴェーダですが、無論「薬事法」「医療法」の壁があれば、「サプリメント」や「健康法」の領域で活動するしかないのもやむを得ないことです。
しかし、だからと言って、「Detox(解毒)」ばかりがもてはやされるということは、本来のヴェーダの叡智に於いても偏ったものであることは言う迄もありません。「食物・水・空気・滋養」にしても「情報・言葉・流行・風潮・思想・論理」にしても「ファッション・動画・映画・絵画・ヤントラ・音楽・マントラ」にしても、「心と体に取込むもの」に対する「感受性の偏り」と「消化吸収力の正常化」を考えずに、「Detox(解毒)」が先に立つというのもおかしな話です。
確かに、今の世の中、拒みたくても入ってくる有害なものに溢れています。しかし、上記の「感受性・消化吸収力の問題」を考えないこと自体が、「既に病気」とさえ言いたい位です。何故ならば、そもそも「偏り」が病気の始まりであることは、アーユルヴェーダでも、中医・漢方でも古くから説いていることですし、消化吸収力の衰えは、西洋医学でも「様々な病気の始まり」と説いているからです。その「病気の始まり」を「病気になるとは思いたくない」というならば、それはもっと重症な大問題であると言わざるを得ない、ということです。
特に昨今のアーユルヴェーダ・ブームでは、本来のアーユルヴェーダでは様々な病状の中でも極めて深刻なもののひとつであると説く「アパタルパナ(栄養吸収消化代謝障害)」を、あたかも「痩身法」のように語っている人が少なくないことには驚嘆します。
尤も、体のみならず、心も感性もアパタルパナ状態に近づく一方の現代人にとっては、「有益なもの」も消化吸収出来なければ「有害」となり、その後は、「Detox(解毒)」しか能が無い。のかも知れませんが。
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その一方で、
人間個々個人の「体質・気質」を判断する。中医・漢方の「証」とも共通する概念である「Tri-Dosha」は、「三つの資質とそのバランスを説いた理論」ですが、そもそも「Dosha」の語源が「有害・毒」のようなものですから、「Detox(解毒)観念」が先行するのもやむを得ないのかも知れません。何故、生命体の根本的な性質を「Dosha:毒のような」という語彙で表現したのでしょう。
それは二つの考え方で容易に理解できます。
ひとつは、古代の人間は、今日の人間からは比べようが無いほどに「健康・自然体」だったであろうからです。基本的に「三つのDosha」が、誰もが皆、均等のバランスであったならば、頻繁に「Detox(解毒)」する必要もないでしょうし、世の中に毒々しい「食物・音・オブジェ・言葉」もそうそう無かったのでしょう。
しかし、それならば、「Dosha」ではなく、「Bhuta」や「Guna」などの言葉でも良かったはずです。
もうひとつの理由が、「恵み」は常に「脅威」でもあるという、古代人の常識です。本来は、現代人とて同じく、人間にとって全てのものは、「恵みであり脅威である」ということです。
それは、「神」に始まり、あらゆる自然現象や、大自然の環境全てに当てはまります。
薬は言う迄もなく「毒」でもあり、「医食同源」ならば、あらゆる食物も「恵みであり毒である」という事実です。
「河」や「海」、および「雨風」に対して、この十年。日本人は、その「絶対的な基本」を改めて痛感するばかりの日々が続きますが、これが本来なのだ、とも言える訳です。

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「ピッタ:火」は、「消化力」であると共に、自律神経・交感神経、アドレナリンでもある訳ですから、消化のみならず、モチベイション、エネルギー、注意力、観察力、判断力など、生きて行く上で欠かせない能力にも直結します。
逆に言えば、「社会に守られていることに慣れ・当たり前・当然と感じている現代人」の場合、「注意力、観察力、判断力」が衰え、「ピッタ」は、その他のことに過剰に働くことになりかねません。
つまり「ストレス云々」と被害者意識ばかりで考えては駄目で、自らの「鈍り」が「ピッタの活用に偏りを生じさせている」と気づくべきでしょう。

「ヴァータ:風」は、消化吸収代謝した栄養素を「運搬」することに欠かせない力です。無論、老廃物や毒素の運搬にも欠かせません。病気の一番の問題は、「ストレス」などではなく「滞り」と「バランス異常」ですが、後者は、前者の結果と考えるべきならば、全ては「滞り」が原因と言えます。(感染症さえも、滞りが無ければ、自然に流される=スルー出来る筈です)

例えば、「犯罪者」や「異常者」が町に侵入したとして、「隠れ家」になるような淀んだエリアが町に無く、はつらつとした市民が、常に元気で健康で、笑顔で行き来し、他人同士が自然に笑顔と言葉を交わしている「本来当たり前の状態」であったならば、「犯罪者も異常者も住み難い」というものです。
ところが実際は、人々は誰もが何時も険しい表情で「何か文句あるのか?」と何時でも一瞬のうちに「キレ」そうな様相で町をせわしく闊歩している。すれ違いに肩がぶつかろうものならば、ファッション雑誌の表紙モデルも出来そうなお嬢さんが「舌打ち」をする世の中。赤の他人の様子など無関心は勿論、声掛けなどありえません。
そんな世の中ですから、そのつもりで自転車を漕いでいたら、或る時
見知らぬ筈の小学校低学年の少女に「こんにちは!」と言われ驚きました。
「すみません。何時どちらでお会いしましたか?」と丁寧に訊けばなんと!
「今」と答えられ更に仰天。
彼女は、初めてすれ違う私に挨拶をしてくれたのです。
お言葉お気遣いを頂戴するほど老けた様相に至ったということでしょうが。
そのあまりの純真さに
「この子はクマリか?」と思ってしまいました。

しかし1980年代以前は、それが「普通」だったのです。

「カパ:地」は、乾ききった荒野ではなく、潤沢な豊かな大地であり、自然に草木が茂り、生き物が豊かに宿る野原のようなものです。カパの力によって、細胞と細胞、臓器と臓器、が連結し、滋養・エネルギーを蓄え、代謝し、還元出来ているのです。
ピッタは、炎が立ち昇る中で中華鍋を激しく振る、手際の良い料理人かも知れません。ヴァータは、颯爽でスマート且つ、スピーディーに客席の間を巡る、良く働くウェイターさんかも知れません。しかし、それもこれも、カパが用意したテーブルも皿も、冷蔵庫も無ければ、私たちの食事は、毎日毎食が、「パン喰い競争」「流しそうめん」「立ち喰い廻る寿司屋」のようなものか、「鵜飼の鵜」のようなものになってしまいます。

このような「ありがたい存在たち」を、何故「毒」が語源の「Dosha」と呼ぶのか?
それは、私たちそれぞれが、体の中に、「ピッタ:アグニ火の神」「ヴァータ:ヴァーユ風神」「カパ:プリトゥヴィー地神」を住まわせているようなものだからです。
そして、
本来神々は「荒神」と「和神」の両面を持っているのです。
しかし、この道理も、
例えば古代エジプトでは、新王朝の時代で既に「人間にとって都合の良い神ばかり」の解釈に変えてしまいました。日本の神道の神々の場合、まだ少し「荒神」が残っていますが。
インドの場合は、世界的に稀に見るほど、その「道理」をしっかりと考えているかも知れません。
尤も、シヴァ派の神々はむしろ「荒神」に偏っており、ヴィシュヌ派は「和神」に偏っている感は否めませんが。

このように認識を新たにしていただければ、
三つのDoshaは、いずれも「恵みであり毒である」ということがお分かり頂けると思います。

尤も、今回お話しましたようなことは、ある程度の勉強をされたアーユルヴェーダ専門家の方々は、とうにご存知のことに違いありません。

しかし、その方々も、殆どの関係者・専門家が語っていないのが、「ドーシャの性質・役割の二面性(相反する対極的な性質)」が、何時・どのような時に、何故現れるのか? 反転するのか? ということです。
おそらく、それが分かってらっしゃらないが為に「バランス問題」とおっしゃるのでしょう。

確かにバランス問題も存在します。しかし、「恒常性」は、日々刻々と相反する要素がせめぎあってバランスを保っているのです。その「恒常性力・バランス制御力」が衰えた時に、「補ってやる」ことを無駄とも愚かとも言いませんが、「対処療法」であることは紛れも無いことです。「Detox(解毒)」もまたしかり。東洋医学が東洋医学たる所以「全身医療と予防医療」および「自然治癒力サポート」の概念を捨て「局所対処療法」になってしまってどうするのか?という大問題です。

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何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。

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福岡市南区の対面Lessonと、全国のSkypeによるLessonの無料体験
毎月、インド楽器とVedic-Chant、アーユルヴェーダ音楽療法の「無料体験講座」を行っています。詳しくは「若林忠宏・民族音楽教室」のFacebook-Page「Zindagi-e-Mosiqui」か、若林のTime-Lineにメッセージでお尋ね下さい。 九州に音楽仲間さんが居らっしゃる方は是非、ご周知下さると幸いです。

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論理力育成Mail-Lesson
心と体の健康(本来のバランス力を取り戻す)の為に欠かせない。脳機能を本来の姿・力に戻すための講座です。ヨガ、瞑想、アーユルヴェーダ音楽療法の全てにとっても、極めて重要な基本です。論理力を高めると、世界観さえ変わって(むしろ神秘・スピリチュアルなことが、新鮮に敏感に深く理解出来るようになります)来ます。

貴方の論理力を簡単にチェックする
「論理力・無料Mail診断」を受け付けています。
お気軽にメールか、Facebookメッセージでお尋ね下さい。
chametabla@yahoo.co.jp 若林

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You-Tubeに関連作品を幾つかアップしております。
是非ご参考にして下さいませ。

Hindu Chant講座Vol.1

Hindu Chant講座Vol.2

Hindu Chant講座Vol.3

Hindu Chant講座Vol.4

Vedic Chant入門講座(基本理解編)

Ayurveda音楽療法紹介(基礎理解編)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編1)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編2)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編3)

「いいね!」「チャンネル登録」などの応援を頂けましたら誠に幸いです。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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ビーシュマ・アシュタミー2019

2019年2月13日はビーシュマ・アシュタミーです。

ビーシュマ・アシュタミーは、沈黙の新月(マウニー・アマーヴァスヤー)として知られるマーガ月(1~2月)の新月から8日目にあたり、ビーシュマを讃える吉日です。

ビーシュマは古代インドの叙事詩マハーバーラタにおける英雄として知られ、この日、ビーシュマが死を迎えたと伝えられます。

戦いで傷を負ったビーシュマは、ウッタラーヤナに肉体を去ることを望み、ウッタラーヤナが訪れるまで、矢でできた臥床で死を待ったといわれます。生涯を通じ禁欲を忠誠したビーシュマは、父より、自身の死す時を選ぶことができる恩恵を与えられていました。

ウッタラーヤナはマカラ・サンクラーンティ以降の太陽が北方への回帰を始める時にあたります。インドでは太古より、ウッタラーヤナの期間中に肉体を去ることは、成就に至るために重要であると考えらています。

チャイルド・スポンサーシップのご報告(2019年1月)

チャイルド・スポンサーシップ(子どもの教育支援)にご協力をいただいている皆様、温かいご支援をいただき誠にありがとうございます。
1月の配給時の様子が届きましたので、ご報告をさせていただきます。

1月の配給は、特別に1月20日の日曜日に実施されました。
この配給においては、教育支援を行なっている子どもたち、その家族だけでなく、昨年の豪雨災害において被害を受けた人々も集まり、椅子の配給を行いました。
教育支援を行う子どもたちは、現在41家族となりますが、この配給においては、合計で75家族に2脚ずつ椅子を配ることができました。

昨年の8月に起きた豪雨災害においては、子どもたちが住む村も大きな被害を受け、築き上げてきたすべてを失った家族が多くいます。
皆様の温かいご支援のおかげで、少しずつ元の生活に戻りつつありますが、今後も継続的な支援が必要となる見込みです。
現在は、日々の生活の中でも必要性の高いものを見出し、支援ができるよう計画を立てて実施しています。

子どもたちや配給を受ける人々の宗教はさまざまに異なりますが、配る前には皆がホールに集まり、それぞれお祈りを捧げます。
皆様の温かいお気持ちも一つに繋がる瞬間です。

子どもたちは、必要最低限のものの中でも、大自然に囲まれ、豊かに暮らしています。
しかし、家族とともに社会の中で暮らしていくには、必要なものが多くあります。
椅子があることで、子どもたちは落ち着いて勉学に取り組むことができます。
体が不自由な年配者がいる家庭も多く、椅子があると休息を取る際にも便利です。
お客様を迎える際にも、必要となることが多くあります。

こうした物資の支援の際には、長くしっかりと使える質の良いものを選んでいます。
これらの椅子は、丈夫でお手入れも容易、女性や子どもでも軽々運べます。
配給の際にも、子どもたちが率先して運ぶ姿が多く見られました。

現在は、自然も穏やかな姿を見せていますが、これから長く暑い夏が始まろうとしています。
大きな祝祭も落ち着いた今、毎年3月に控える大切な試験のために、子どもたちは勉学に励んでいます。

いつも温かいご支援をいただき、心より御礼申し上げます。
これからもどうぞ宜しくお願い申し上げます。

(スタッフ:ひるま)

ヨーガ・スートラ第3章第54節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


तारकं सर्वविषयं सर्वथाविषयमक्रमं चेति विवेकजं ज्ञानम्॥५४॥
Tārakaṁ sarvaviṣayaṁ sarvathāviṣayamakramaṁ ceti vivekajaṁ jñānam||54||
ターラカン サルヴァヴィシャヤン サルヴァターヴィシャヤマクラマン チェーティ ヴィヴェーカジャン ジュニャーナム
その知は、救済であり、あらゆる対象の、あらゆる在り方を対象とし、一度に一切を知ることができる。

簡単な解説:前節において、種類や特徴や場所によって区別をすることができない相似している二つのものでも、識別知によって的確に見分けることができると説かれました。本節では、その識別知は人間を救済するものであり、あらゆる対象のあらゆる在り方を対象とし、一度に一切を知ることができるものであると説かれます。

ナンディが見つめるもの

私たちの内外の世界に潜む、悪の性質を断ち切る偉大な神として崇められてきたシヴァ神。
そうして世界を破壊し、新たな秩序を生み出すシヴァ神は、一切万物にとってこの上ない吉兆の徴です。
そんなシヴァ神を讃えるもっとも神聖な夜が、マハー・シヴァラートリーです。

マハー・シヴァラートリーにおいて、人々は夜通しシヴァ神と向き合い、その偉大な存在を讃えます。
人々が心を向けるそんなシヴァ神の側には、どっしりとした強さを見せる牡牛のナンディが常に寄り添います。
このシヴァ神とナンディの関係を見ると、私たちが幸せな人生を歩む方法が見えてきます。

時に荒れ狂う厳しい自然に囲まれるインドの地では、古代より人々がその恵みを大切に享受しながら生活を営んできました。
中でも、ナンディがサンスクリット語で「幸せなもの」という意味を示すように、牛は人々にさまざまな恵みを運ぶ幸せの象徴です。
土着の神々を吸収しながら、インドの各地で崇められるようになったシヴァ神にとって、そんな牛の存在は、世界の安寧を願い瞑想を続けるためにも必要であったのかもしれません。

そうして神聖視される牛の4本の足は、苦行、清浄、慈悲、真実という4つのダルマをあらわすと伝えられることがあります。
これらの4つの徳を備えたナンディは、寺院において、必ずシヴァ神の方を向いて祀られます。
そのシヴァ神とナンディの間には、決して立ち入ってはいけないといわれほど、2つの存在は強く結びついています。

常にシヴァ神を見ているナンディの姿は、人生の目的が神の実現であるということを私たちに伝えているかのようです。
荒れ狂う人生という歩みの中で、欲望に阻まれ、徳を欠き、その目的を見失うことが少なくない私たちは、ナンディのように、常にシヴァ神の方を向いて歩み続けなければなりません。

その歩みの中では、徳が育まれ、内なる世界の悪が破壊されると共に、多くの幸せが運ばれてくるはずです。
そして個々の魂が最高の魂に強く結びつく時、シヴァ神の願う世界の安寧を実現することが可能となるに違いありません。

シヴァ神を讃えるもっとも神聖な夜において、ナンディが見つめるように、あらためてシヴァ神と向き合い、自らの歩みを確かめたいと感じます。
皆様にもシヴァ神の限りない恩寵がありますように、心よりお祈り申し上げます。

(文章:ひるま)

マハー・シヴァラートリー2019

2019年3月4日は、マハー・シヴァラートリーの祭日です。

シヴァラートリーとは「シヴァの夜(ラートリー)または吉兆の夜」という意味です。シヴァラートリーは、毎月、満月から13日夜/14日目にあたります。しかし、特にパールグナ月(マーガ月となる地域もあります。2月〜3月)のシヴァラートリーは、マハー・シヴァラートリーと呼ばれ、一年の内でもっとも神聖な夜として知られています。

この夜、シヴァ神の信者たちは、断食をし、睡眠を絶ち霊性修行に励みます。シヴァラートリーは、月が満月から新月へと変化する境目です。充ち満ちた欲望(月)がやがて消滅していくように、満月から新月へと変化するシヴァラートリーの日に霊性修行に励むことで、欲望を滅し、解脱へと至る精神力が獲得できると信じられてきました。

シヴァラートリーの日は、シヴァ神を崇めるもっとも神聖な日です。この日には、シヴァリンガムを崇めたり、あるいは、シヴァ神の御名やルドラムを唱えたり、バジャンを歌ったり、瞑想を行うことがすすめられています。またルドラークシャを身に着けるのにもっとも適した日であるとも言われています。シヴァ・パンチャクシャラ・マントラ(オーム・ナマ・シヴァーヤ)も、この日に唱えることで、大きな功徳をもたらすといわれます。

シヴァラートリーの日には、さまざまな言い伝えが残されています。

この日、シヴァ神はパールヴァティー女神と結婚をしたと言われています。シヴァとシャクティとの永遠の合一である非常に吉兆な日です。シヴァ神はエネルギーの原始であり、シャクティと共に創造者として、そしてマハーカーラとしては破壊者でもあります。

またシヴァ神が保護と維持、そして破壊のダンス「タンダヴァの踊り」を舞い、宇宙を創造したのも、この日であると言われています。

猛毒ハーラーハラが世界を焼き尽くそうとしたとき、神々の願いに応え、シヴァ神はハーラーハラの猛毒を飲みほし、世界を救いました。ハーラーハラは、シヴァ神にとっても強大な猛毒であったため、シヴァ神の首が猛毒で青くなり、このためにシヴァ神は、ニーラカンタ(ニーラ[青]カンタ[首])と呼ばれるようになった話は有名です。

シヴァ神にはさまざまな特性があり、マハーヨーギーとして、チャンドラシェーカラとして、ガンジス河の始まりとして、そして彼こそがこの宇宙のタントラ(テクニック)を理解する唯一のアゴーラ(シヴァの別名)でもあるとして知られています。彼は、マハーデーヴァなのです。

深い献身と共に、このマハー・シヴァラートリーの夜にマハーデーヴァを崇拝する信者たちに、シヴァ神はその至福から信者たちが望む結果を与えます。従って、あらゆる面での障害や苦難を取り除くため、この吉兆な夜に、人々は信心深くシヴァ神を崇拝するべきだと言われています。

多くの人々はこの日、早朝に体を清め、シヴァ神に心を定め一日を過ごします。断食を行う人々も少なくありません。未婚の女性たちはシヴァ神のような夫を授けられるよう、また既婚の女性たちは夫の健康と至福を願い、断食を行います。人々は夜にはシヴァ神を祀る寺院を訪れ、夜通しで賛歌を捧げ、祈り、シヴァ神を讃え瞑想します。家庭においても、夜には家族が集まりシヴァ神を讃えるプージャーが執り行われます。

この最も吉兆な夜が、皆さまにとっても祝福に満ちたものとなりますようお祈りしております。

2019年2月の主な祝祭

2019年2月の主な祝祭をご紹介いたします。

2月には、学問と芸術の女神サラスワティーの降誕祭として祝福されるヴァサント・パンチャミーを迎えます。太陽神を讃えるラタ・サプタミーも祝福され、インドの各地で暖かな春の到来を感じるようになります。

2月2日 シャニ・プラドーシャ
2月3日 シヴァラートリー
2月5日 新月/マーガ・グプタ・ナヴァラートリーの始まり
2月10日 ヴァサント・パンチャミー
2月12日 ラタ・サプタミー
2月13日 ビーシュマ・アシュタミー/クンバ(水瓶座)・サンクラーンティ
2月14日 マーガ・グプタ・ナヴァラートリーの終わり
2月16日 エーカーダシー
2月17日 プラドーシャ
2月18日 シュリー・ラーマクリシュナ・ジャヤンティ(西暦)
2月20日 満月
2月22日 サンカタハラ・チャトゥルティー

※地域や慣習によって差異が生じます。

1年を通じた祝祭、またその詳細について、インド暦カレンダーでご紹介しております。

参照:http://www.drikpanchang.com/panchang/month-panchang.html