ヨーガ・スートラ第2章第26節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


विवेकख्यातिरविप्लवा हानोपायः॥२६॥
Vivekakhyātiraviplavā hānopāyaḥ||26||
ヴィヴェーカキャーティラヴィプラヴァー ハーノーパーヤハ
揺るがない識別知が、除去する手段である。

簡単な解説:前節において、見るものと見られるものの二元性を知らずに混同する無知がなくなった時、見るものと見られるものの結びつきもなくなり、この除去が、見るものの完全な解脱であると説かれました。本節では、その除去のための手段について、混同を明瞭に区別する、揺るがない識別の知見であると説かれます。

第9回グループ・ホーマ無事終了のお知らせ

第9回グループ・ホーマにお申込みいただきました皆様、誠にありがとうございました。

第9回グループ・ホーマは、7月9日に無事に終了いたしました。

プージャーの写真を以下に掲載させていただきます。

神々の祝福と、より良い体験がありますよう、心よりお祈り申し上げます。

神聖な波動を響かせるマントラ・ヨーガ

マントラを唱える時、そこには特別な音の波動が発生します。繰り返し唱え続けると、その波動は神聖なエネルギーを形成し、唱える者の前に神の姿としてあらわれると信じられるほど、その音は明確な力を持っています。

こうした神聖な音の波動は、私たちの幸福や健康にも影響を与えます。マントラの祈りに加え、発声される母音は、私たちの生命を司る重要な腺を振動させ、心身を浄化します。聖書において、「角笛を吹くと、その巨大なエリコの城壁が崩れた(『ヨシュア記』6章)」と伝えられるように、音の振動は時に壁を壊すほど強い力を持ちます。この音の振動を活用した療法によって、健康を回復する人もいるほどです。

音の波動が心身へ与える強力な影響を発見したヨーガ行者は、マントラ・ヨーガという特別なヨーガを生み出しました。その特別な音は、エーテル体(幽体)に特殊な振動を生み出します。霊的に鋭い洞察力があった古代の人々は、音を通じてエーテル体に形が作られる過程を、直接的に見ることが可能であったといわれます。実際、古代の言語における言葉や音の多くは、実際にそれらがあらわされた印や力であるといわれます。

人々は太古の昔から、慎重かつ効果的に、音を用いる術を習得してきました。古代から受け継がれる神秘的な儀式の言葉や音は、特定の恩恵を生み出すために組み合わせられたものです。古代インドの学匠であるジャイミニは、音が時を超え、あらゆる発展の母体であることを、はっきりと説いた最初の人物でした。その音の科学は、宇宙の謎の鍵をも握っています。思考も音の一つです。音は絶対的な原因であり、単なる振動ではありません。

音のエネルギーは、恩恵を生み出すために適切に構造化され、特定の方法で指示される必要があります。マントラ・ヨーガは、適切な恩恵を享受するために、音のエネルギーを組み立て、チャネリングしようとするものです。こうした音は、耳の不自由な人でも視覚器官に取りこまれ、色彩の思考となり、脳全体に伝達されることが医学で証明されています。

宇宙の中心から発出する音のエネルギーは、私たちの第1チャクラであるムーラーダーラから常に上昇し続けています。しかし、外界の生活に囚われ、感覚の働きとその対象に埋もれる私たちの魂は、その音に気づくことができません。マントラ・ヨーガは、そんな私たちの魂に、幸福や健康をもたらす神聖な波動を響かせる優れた方法の一つとなるでしょう。

(SitaRama)

幸運な時期をどう過ごすか

人生には、幸運な時期があります。
この幸運な時期を、ご自身の欲の実現だけに使うか、ご自身の欲を叶えながらも多少は世のため人の為にも使うか、あるいは一心不乱神の探求に使うかで、その後の人生や未来の生は大きく変わってきます。
しかし残念なことに、良い時期を無駄に過ごしてしまう方も多いがの実情だろうと思います。
それはおそらく「現在が人生の絶頂期で、この時期は永遠に続くわけではない。」という運気の流れを理解できていないからだろうと思います。
占星術が必要な理由の一つはそこにあると思います。
幸運な時期がいつから始まりいつ終わり、その後はどのようになるかの見極めができれば、そういう失敗は少なくなるでしょう。
有名人が、その人気の絶頂でスキャンダルなどが発覚し、名声が地に落ち、その世界から消えることなどは枚挙に暇がありません。
それは幸運な時期、そしてそのあとに来るかもしれない冬の時期の見極めができず、かつ、その幸運な時期に欲望に塗れた生き方をした結果なのだろうと思います。
占星術で、自らの運気の流れを知り、サーダナや善行も積みつつ、さらには未来の苦を避ける霊的処方も講じながら、生命の輝きを謳歌し楽しく生きようではありませんか。

(文章:ガネーシャ・ギリ)

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ガネーシャ・ギリ氏共著 『インド占星術と運命改善法』

ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定

ガネーシャ・ギリによるヨーガクラス
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霊性修行の道のり

霊性修行を実践するための重要な期間であるシュラヴァナ月は、シヴァ神を礼拝する吉兆な時であると伝えられます。それは、シヴァ神がヒンドゥー教の天地創造神話である「乳海撹拌」において、生み出された猛毒ハラーハラを飲み干し、世界を救った時であると信じられているからです。

乳海撹拌は、不死の霊薬であるアムリタを得るために、神々と悪魔が協力し海を撹拌したと伝えられる神話です。この乳海撹拌は、私たちが歩む霊性修行の道のりが記された神話として伝えられることがあります。

クシーラ・サーガラといわれる神々と悪魔が共に撹拌をした乳海は、私たちの心として例えられます。さまざまな思考や感情が大きく波を立てる心という大海において、私たちはその波に飲み込まれ、大きな苦難を経験することも少なくありません。

そんな波立つ大海において内なる幸福を得るためには、ヨーガや瞑想といった、心の集中や欲望の制御を行う霊性修行が必要です。その過程では、乳海撹拌で猛毒ハラーハラが生み出されたように、時に混乱や動揺が生じ、猛毒のような試練が生み出されることもあります。それは、自分自身を破壊するほどの力を持つものかもしれません。

しかし、シヴァ神がその猛毒を飲み込んだように、私たちの内にはその試練を乗り越えるための、純粋な意識としてのシヴァ神の力が内在しています。その存在に身を委ねる時、霊性修行も確固たるものとなると、インドの霊的叡知を通じ幾度となく学ぶ機会がありました。

牛乳を撹拌し続けると豊かなバターが生み出されるように、乳海撹拌を通じては、猛毒だけでなく14の宝石も生み出されます。ラクシュミー女神のその宝石の一つです。14の宝石は14のシッディともいわれ、私たちが霊性修行を通じて得る恩恵であり、幸福です。

牛乳の中に遍在するバターのように、私たちの心という大海には大きな幸福が満ちています。常にその大海を撹拌しながら内なる世界を浄化し、幸福を得られるように、霊性修行を実践し続けたいと感じています。シュラヴァナ月を通じては、猛毒を飲み込むシヴァ神の大きな恩寵の中で、心強くその実践を行うことができるはずです。

(文章:ひるま)

93、万物の五元素と七つの楽音 図完、(五元素とTri-Dosha)

私の作図の今回の図版は、中央の円が「中医・漢方弁証論治」、中間の円が「アーユルヴェーダ」外側の円が「インド科学音楽」のそれぞれの「万物の五元素と生命体の臓器や機能の関係」を示しています。 いずれの「五元素」も、単純な「現実・結果・現象論」ではなく、或る種の「象徴的なもの」であります。

例えば「中医・漢方弁証論治とアーユルヴェーダ」双方に共通する「土」は、「有機的なもの、微生物、発酵、混合物、生命の温床」などを象徴し、「混じり合う」性質を持つと共に「吸収する」「留め置く」から「不活性的」な要素をも意味します。従って「土」が亢進し、「安定」の度を超してしまうと「停滞:何も起らない、動かない」ということを意味し、生命体の新陳代謝を阻害し、「気」及び「Purana」「血」「リンパ液」の流れを停滞させます。

同じく「中医・漢方弁証論治とアーユルヴェーダ」に共通する「火」は、他の物質にとっての「仲介・触媒」的なものであり、実質的には「エネルギー」です。同時に「化学反応」であり、物質と物質を単純な融合・合体を越えた次元で変化させ得る力を持っている訳です。言い換えれば、そのもの自体には「何かを作り出す力」は無い訳です。また、「常に変化させる力」ですから、亢進してしまうと、「維持の為のバランス」を阻害し、その手前では、回りの物質や要素を過度に刺戟して疲弊させてしまいます。

これも同じく「中医・漢方弁証論治とアーユルヴェーダ」に共通する「水」は、「潤い、命、運化(運搬)、伝達、維持」及び「貯蓄、熟成」などの働きの象徴であり、部分「触媒」の役割も含みます。「源であるとともに、還るところでもある土」「ひたすら触媒(刺戟)の火」だけでは、「新たな創造(新陳代謝)」も「消化吸収・代謝」も出来ませんし、それらを「生命体の体の隅々に行き渡らせ、潤すことは出来ませんから、「水」に象徴される存在、現代科学(医学)的に言えば「血液、リンパ液、その他の体液、粘液、一部の粘膜」であると言え、恐らく未だ解明されていない「水分とエーテルなどの中間的なもの」も含まれるのでしょう。

「中医・漢方弁証論治」に於ける「木」は、「土」から生じ「火」のエネルギーも持ち、蓄え、「水」の潤いも吸収する、或る種「二次的な生産物」即ち、より「命」に近い具現された存在の象徴です。同時に、「育つ、上に伸びる、横に広がる」という、「土、火、水」には無い「意志と目的や摂理」を持った存在たちの象徴でもあります。更に「全てを受け止め、包み込む」という詩質は「土」とも似ていますが、それらを「生かす・活かす」という点が特徴と考えられます。

この「中医・漢方弁証論治の木」は、「アーユルヴェーダ」では、「風」に当たりますので、「分かりにくい」と思われる方は少なくない筈です。そもそも「アーユルヴェーダ」の「風と空」の概念自体が分かりにくいに違いありません。

「風」は、「生まれては消えて行く」「時間が包括される」とともに「時間を抹殺する」というような力を持つものの象徴です。「水」も、生命体の体内では「川の流れ」のようであり、「滞ること」は大変危険ですが、それも「風」に象徴される物質や機能、作用によって「涼、流れ、乾燥、運化(運搬)」の力を得て「滞り」から解放されます。

つまり「源であり、或る種墓場でもあり、微細な生命のカオスでもある土」「触媒でありエネルギーである火」「運化(運搬)であり、貯蓄である水」は、「風」の力によって「制御(コントロール)される」と共に、「流れ・動き」を得ると考えるべきではないでしょうか。具体的には「気やプラーナ、及び波動」であり、「酸素や二酸化炭素などの気体」であり、「火のような熱を持たずに物質・機能・作用」を「作動させる力」であると言えます。それらを総合すると、「木」との共通点は大きく理解されます。が、「木」には動きが乏しいことも分かります。

もうひとつの「アーユルヴェーダ」に於いて分かりにくいと思われる「空」は、「体積を変え得る空間」であると考えられ、これは極めて「宇宙的」であるとともに、非常に高度な叡智を示唆しています。言わば「流石『何も無いことが在る=ゼロの発見』のインド」といった感じです。何故ならば、ご存知のように、宇宙空間でも、重力バランスによって、「空間」は、極めて濃厚な極小単位(ブラックホールなど)から、極めて希薄な「無限空間」迄様々に存在します。「SF宇宙もの」などの「ワープ航法」などは、これを利用し、「光の速度で数万年」の距離を「数万分の一以下」に縮めてしまう訳です。

この「アーユルヴェーダの空間の概念」は、「中医・漢方弁証論治」では「金」に相当しますが、「金」は、「GoldやMetal」とは限らず、極めて純粋なものの象徴です。化合物、混合物の場合でも、極めて正確なバランスによって維持・存在されるものたちの象徴です。従って「金」の概念から見れば「土」は「動かない(動きの鈍い)重たい混合物」であり、「水」は、「良く動く(落ち着かない、とめどもない)比較的軽い混合物」と言うことさえ出来ます。従って「土と水」にない要素「様々な重さ(物質や機能・作用の対峙に於いては互いの比重関係は大きな意味を持ちます)があるが、それ自体は安定している」というものたちを象徴(総称)した「金」の存在は、時には極めて重要且つ不可欠な「絶対条件」になり得る訳です。その意味では、アーユルヴェーダの「空」と極めて似た意味合いを説いていると言えます。

このように、論理的解釈を深めれば、「アーユルヴェーダ」と「中医・漢方弁証論治」で述べている「万物の五元素」は、必ずしも「遠くない」ことが分かるのです。これは「観念至上主義」や「印象至上主義」では至らない領域です。

しかし、その一方で、「五元素と臓器の関係性」に関しては、「アーユルヴェーダ」と「中医・漢方弁証論治」では、その相違はより顕著にも見えます。尤も古代に於ける「腎、肝、脾」などは、近代の認識の「腎臓、肝臓、脾臓」の範疇と全く同じではなく、より広域に関連する臓器や機能・作用を含んでいますから、単純な比較は出来ないことは言う迄もありません。

最も差異を感じるのが「中医・漢方弁証論治」に於ける「火=心」に対し、「アーユルヴェーダ」では「火=胃、肝、胆、脾」であり、「心」は、「肺」と共に、「風」の領域であり、「中医・漢方弁証論治」では、その領域は「木」であり、関連は「肝」であるということです。

私達日本人の感覚では、特に「中医・漢方弁証論治」の影響を受けずとも「Heart=火」と考えそうですが、「アーユルヴェーダ」に於いて「火」は、「消化・代謝のエネルギー」ですから、「胃、肝、胆、脾」になる訳です。そして「心」と「肺」がセットになっていることは、「中医・漢方弁証論治」でもある程度認識しています。しかし、その認識に於いて「心系統と肺系統は、互いに「相剋」の関係と説きますから、両者が結びつくということは、病状が劇的に悪化する場合を意味します。つまり「中医・漢方弁証論治」に於いての「心・肺」の関係性は、極めて緊張したものである訳です。それに対し、「アーユルヴェーダ」では、むしろ「相生・互助」のようにも思えます。

恐らく、この相違は、「中医・漢方弁証論治」に於いては「病邪」の侵入と病状の悪化と言う次元に於ける解釈に偏り、「アーユルヴェーダ」に於いては「健康維持のバランス」という観念に偏った説明であるということが出来る筈です。その結果「アーユルヴェーダ」に於ける「心と肺」は、「動脈・静脈=新旧の血液と酸素・二酸化炭素」の「運化(運搬)」に意味合いが集中し、「運化の元素=風」との関係性を強調しており、「中医・漢方弁証論治」では、「火=心」と「金=肺」は比較的独立していることが強調されていると読み解くことが出来ます。

外側の円で示しました「インド科学音楽」の場合、「七つの楽音」と「七つのChkra」との関係性の中で、「五元素」との関係が説かれます。
ドレミの順で言うと、「Sa、Re、Ga、Ma、Pa、Da、Ni」と並ぶ楽音は、体の下方のChakraと順に対応し、七種の最後のふたつは五元素を越えています。

古代インド・ヴェーダ科学は、古代ペルシア、及び古代ギリシア科学とも非常に深い関係がありますが、ここでは、その中の「テトラコルド(古代ギリシア音楽理論用語)」の観念が古代インド科学音楽にも存在することをご記憶下さい。

古代ギリシア語の「Chord」は、文字通り、「ギターのコード」「電線のコード」と同じで、字義は「紐」です。ピタゴラスなどが箱に弦を張って、重りで張力を変え音程を具現して見せたことから、「紐=弦=楽音」という観念になりました。「テトラ=4」ですから、オクターヴが「ドレミファ」と「ソラシド」に分けることが出来るという考え方です。

実際、古代ヴェーダ音楽に於ける「楽音」の起源。即ち、ヴェーダ詠唱の「三つの音」が「七音」になる為にも、この「テトラコルドの概念」は、不可欠です。大雑把に言うと「ヴェーダ詠唱の三音」は、下のテトラコルドで「ドレミ(シドレ)」上のテトラコルドで「ソラシ(ファソラ)」が転写的に得られ、後に、その中間音「ファ(ミ)」を加えて「七楽音」が生まれた」という考え方です。

古代には、もっと難しい名称が在ったと思われますが、中世以降のインド古典音楽では、「下のテトラコルド=プーラブ・アング(字義は東部)」「上のテトラコルド=ウッタル・アング(字義:北部)」と呼ばれます。

そして、「サレガマ(ドレミファ)のプーラブ・アング(プーラバァング)」は、最下方のChakraから「心・肺」のChakraに至り、これは「中医・漢方弁証論治の三焦」に於ける「下焦と中焦」に符合します。そして、インドでも中国でも、この領域は「生命力・精力・臓器の原動力・消化吸収代謝」という生命活動の根幹が存在します。

「上のウッタル・アング(ウッタラング)」は、喉のChakraから、登頂部(体外とも言われる)の七番目のChakraに至り、「三焦」の「上焦」に符合します。この領域は「外気の取込みと内気の排出」「感覚・知覚器官」「思考、霊感」などがあります。

私達の日常の体験で、「(下方の)胃を痛めると(上方の)肌荒れや口角炎・口内炎に出る」などの自覚症状がありますが、実際「アーユルヴェーダ」でも、及び「中医・漢方弁証論治」ではより一層、「体の下部と上部の関係性」を深く説いています。これは「インド科学音楽」でも極めて重要な概念です。

と、言うのも、「プーラバングの音の構造」は、「ウッタラングの音の構造」に、極めて多く「転写、転用、対句、鏡像的」に反映されているからです。

このように、「五元素」と「生命体の身体構造・働き」と、「波動」は極めて深い関係にあるのです。「万物が五元素だなんて、科学を知らない時代の無知な発想だ」と揶揄する人も少なくないかも知れませんが、「文字通りの安直で幼稚な解釈」では、確かにそうかも知れませんが、「論理的」に考察すれば、それらは極めて深いテーマを示唆しているのです。

しかし、これも近年の「合理主義的・結果論的・末梢的・近視眼的」な「樹を見て森を観ない」感覚・価値観の中では、単なる「昔の理屈」的にしか紹介されていません。その傾向は、私の印象では年々顕著になっていると思われます。

最後までご高読下さりありがとうございます。

You-Tubeに関連作品を幾つかアップしております。
是非ご参考にして下さいませ。

Hindu Chant講座Vol.1

Hindu Chant講座Vol.2

Hindu Chant講座Vol.3

Hindu Chant講座Vol.4

Vedic Chant入門講座(基本理解編)

Ayurveda音楽療法紹介(基礎理解編)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編1)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編2)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編3)

「いいね!」「チャンネル登録」などの応援を頂けましたら誠に幸いです。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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シュラヴァナ・マース2017

2017年7月10日~8月7日は、シュラヴァナと呼ばれる神聖な期間に入ります(地域によっては7月24日から8月21日となります)。

シュラヴァナ月(シュラヴァナ・マース)は、ヒンドゥー暦の5番目の月であり、もっとも神聖な月の1つです。この月は、チャトゥル・マース(4つの聖なる月)の最初の月にあたり、多くの祭典や吉兆の日で満たされています。
満月の日やシュラヴァナ月の期間は、ヴェーンカテーシュヴァラ神の誕生星である「シュラヴァナ」が天球を支配するため、この月はシュラヴァナ月と呼ばれるようになったといわれます。

特に、シュラヴァナ月の月曜日は、もっとも重要といわれます。この日は、シヴァ神に敬意を示し、多くの帰依者たちが、名高いソームヴァール・ヴラット(月曜絶食)を行います。
またシヴァ寺院では、この期間の月曜日は、一日中シヴァリンガムに聖水を浴びせ、シヴァ神を讃えます。

伝説によると、天地創造の神話であるサムッドラ・マンタン(乳海攪拌)は、この月に起きたといわれています。
シヴァ神が、世界を救うためにハラハラの毒を飲んだ結果、シヴァ神の喉は青くなってしまいました。そのため、シヴァ神は、ニーラ・カンタ(青い喉)と呼ばれるようになりました。
またその毒は、あまりに強力であったために、毒の影響を和らげるために、シヴァ神は三日月を頭に乗せて冷やしました。他の神々たちは、ガンジスの水をシヴァ神に浴びせ、毒の影響を和らげようとしました。
シヴァ神の頭に、三日月とガンジス河が描かれているのは、このような言い伝えがあるためです。

シュラヴァナ月の月曜日に、シヴァ神の象徴であるルドラークシャを身につけることはとても功徳ある行為とされています。
またシヴァ神像やシヴァリンガムに、ミルクやガンガージャルを浴びせることは、多くの功徳を積む行為とされています。

シュラヴァナ月に行うと良い行為には、以下のようなものがあります。
・ルドラークシャを身につける。またはルドラークシャ・マーラーでジャパを行う。
・シヴァ神像にヴィブーティをつける。または自身の眉間につける。
・シヴァリンガムにパンチャームリタ(ミルク、ヨーグルト、ギー、蜂蜜、ヤシ糖を混ぜた甘露)を捧げる。
・シヴァ・チャーリーサーやアーラティを唱える。
・マハー・ムリティユンジャヤ・マントラを唱える。
・月曜日に断食をする。未婚女性は、シュラヴァナ月のすべての月曜日に断食をすると、よい男性に巡り会えるといわれています。(シヴァ神はマッチメーカー(仲介役)としても有名な神様です)

またシュラヴァナはサンスクリット語で、「聴聞」の意味があるため、この期間は、グルの講話などを聞くことも大きな功徳を積む行為といわれています。
この神聖な期間を有意義に過ごしましょう。

参照:
Wikipedia, “Shravan”, https://en.wikipedia.org/wiki/Shraavana

ヨーガ・スートラ第2章第25節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


तदभावात्संयोगाभावो हानं तद्दृशेः कैवल्यम्॥२५॥
Tadabhāvātsaṁyogābhāvo hānaṁ taddṛśeḥ kaivalyam||25||
タダバーヴァートサンヨーガーバーヴォー ハーナン タッドリシェーヘ カイヴァリャム
その消滅によって、結合は消滅する。それが除去であり、見るものの独存である。

簡単な解説:前節において、見るものと見られるものの結合の原因とは、見るものと見られるものの二元性を知らずに混同する無知にあり、その潜在印象こそが両者の結合の原因であると説かれました。本節では、その無知がなくなった時、見るものと見られるものの結びつきもなくなると説かれ、これが除去であり、見るものの完全な解脱であると説かれます。

ガーヤトリーの光輝

太陽神サヴィトリへの賛歌として知られるガーヤトリー・マントラは、知性を司るマントラとして唱えられ、数々の霊的な恩恵が伝えられています。「ガーヤトリーは、ガーヤトリーを詠う者を守護する(Gayantam trayate iti Gayatri)」と伝えられ、その最大の恩恵を享受するには、まず、正しい発音が重要です。適切な恩恵をもたらすその神聖な音の波動は、心身に共鳴を生み出し、双方を純粋なエネルギーで満たします。

ガーヤトリー・マントラの詠唱は、最高神であるブラフマンを讃え、ブラフマンに語りかけるものでもあります。その実践は、人々を究極の次元へと導き、やがてその修行が成就した時、超越的なブラフマンの境地に達することができるでしょう。しかし、マントラの恩恵を十分に引き出すためには、弛まぬ継続的な努力が必要不可欠となります。

ヴェーダにおける最高峰のマントラとして伝えられるガーヤトリー・マントラは、シュリーマド・バーガヴァタムにおいても多くの言及がなされています。それは、神聖な世界の始まるところであり、霊的に豊かであった古代の論理が、このマントラにあると信じられています。

古代のインドの聖者たちは、優れた識別力を得るために、内なる精神修行のために、あらゆる霊的目標の成就のために、ガーヤトリー・マントラの修行に人生を捧げてきました。ガーヤトリー・マントラの詠唱は、修行者(サーダカ)としての自信と勇気を高め、その判断力、統率力を啓発し、内なる精神の浄化に影響を与えます。その恩恵は、人間関係や職業といった社会的な面に至るまで向上を促すでしょう。

真摯な気持ちでガーヤトリー・マントラを唱え続けると、潜在能力が刺激され、理想的な思考が生み出され、精神的な面と身体的な面の双方を向上させる門戸を開きます。これらは、ガーヤトリー・マントラの修行を真摯に続けてきた誰もに見られる事実です。

ガーヤトリー・マントラを唱える際に勧められる点は次の通りです。
・ガーヤトリー・マントラの句の意味を学び、暗唱できるようにしましょう。
・マントラを唱える時は、安定した穏やかな呼吸を保ちながら、光り輝く太陽や壮大な自然を思い描くと良いでしょう。
・ガーヤトリー女神の神像や絵を側に置き、マントラの詠唱の支えとするのも良いでしょう。

『まごころと、情熱と、あつい信仰さえあれば、宗教やカーストが違っていても、修行にガーヤトリー・マントラを選んでさしつかえない。あなたの人生は確実に祝福されるだろう。
 神を求める人々よ。偉大なるガーヤトリーの驚くべき可能性に気づくがいい。このマントラのもつ美しい遺産をあざやかに実現するのだ。太古の修行者(リシ)からわれわれに伝えられたこの聖なる力(シャクティ)を無駄にしてはいけない。』(“Sadhana” by Swami Sivananda 1985 p217~p220)

ガーヤトリー・マントラは、人類に授けられた最高の霊的鎧であり、その恩恵は誰もが享受することができます。ガーヤトリー・マントラは、人生という荒野を旅するための必需品であり、太陽の光のように、人々を正しい道に導き、計り知れない果実をもたらしてくれるでしょう。

(SitaRama)

2017年7月の主な祝祭

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2017年7月の主な祝祭をご紹介いたします。

今月の満月は、師を讃えるグル・プールニマーが祝福されます。そして、グル・プールニマー後からは、シヴァ神を讃えるもっとも吉祥なひと月とされるシュラヴァナ月が始まります。

7月4日 エーカーダシー/チャトゥルマースの始まり
7月9日 満月/グル・プールニマー
7月10日 シュラヴァナ月の始まり(主に北インド)
7月16日 カルカ(蟹座)・サンクラーンティ
7月19日 エーカーダシー
7月22日 シヴァラートリー
7月23日 新月
7月24日 シュラヴァナ月の始まり(主に南インド)
7月26日 ハリヤリ・ティージ
7月28日 ナーガ・パンチャミー/カルキ・ジャヤンティ

*地域や慣習によって、祝祭の日にちには差異が生じることがあります。

皆様もどうぞ学びに満ちた神聖な時をお過ごしください。

1年を通じた祝祭、またその詳細について、インド暦カレンダーでご紹介しております。

参照:http://www.drikpanchang.com/panchang/month-panchang.html