【マントラ学習】オーム シュリーハヌマテー ナマハ

ॐ श्रीहनुमते नमः
om śrīhanumate namaḥ
オーム シュリーハヌマテー ナマハ
ハヌマーン神に帰命したてまつる

om【間投詞】(聖字)、祈念または祈祷文の開始の際・ヴェーダ読誦の前後において、あるいは敬虔なる挨拶として用いられる。多くの神秘的解釈あり。
śrī【女性】光輝、美;繁栄、幸運、富;高位、栄光、威厳、王者の威厳;王のしるし;ラクシュミー女神の名(美または繁栄の女神、ヴィシュヌ神の妃);【合成語の始めに追記して】(有名な、または栄光ある)神々、人間、場所の名前、書物の表題において(特異性または卓越を表現するため)
hanumate【男性・単数・為格 hanumat】[〜に、〜のために]猿将の名(hanumānはhanumatの単数・主格形)、風神の子で、シーターを取り戻すためランカー島へ遠征するラーマの同盟者 【形容詞】(強い)顎を持つ
namas【中性・単数・主格 namas】[〜は、〜が]頭を下げること、敬礼、帰命(言葉または態度による)【漢訳】帰依、帰命、礼、敬礼、帰礼
参照:http://sitarama.info/blog/?eid=183

【マントラ学習】オーム ナモー バガヴァテー ヴァースデーヴァーヤ

ॐ नमो भगवते वासुदेवाय
om namo bhagavate vāsudevāya
オーム ナモー バガヴァテー ヴァースデーヴァーヤ
神聖なるクリシュナ神に帰命したてまつる

om【間投詞】(聖字)、祈念または祈祷文の開始の際・ヴェーダ読誦の前後において、あるいは敬虔なる挨拶として用いられる。多くの神秘的解釈あり。
namas【中性・単数・主格 namas】[〜は、〜が]頭を下げること、敬礼、帰命(言葉または態度による)【漢訳】帰依、帰命、礼、敬礼、帰礼
bhagavate【男性・単数・為格 bhagavat】幸運を持つ、幸運な、恵まれた;崇拝すべき、尊敬すべき、神性ある、尊厳な、著名な、神聖な(聖者) 【男性名詞】ヴィシュヌ神・クリシュナ神、またはシヴァ神の呼び名;仏陀・菩薩またはJinaの呼び名
vāsudevāya【男性・単数・為格 vāsudeva】[〜に、〜のために]ヴァスデーヴァの子孫;クリシュナ、ヴィシュヌの名;プンドラの王の名;人名
参照:http://sitarama.info/blog/?eid=242

【マントラ学習】シュリークリシュナハ シャラナン ママ

श्रीकृष्णः शरणं मम
śrīkṛṣṇaḥ śaraṇaṁ mama
シュリークリシュナハ シャラナン ママ
聖クリシュナは、私の寄る辺です

śrī【女性】光輝、美;繁栄、幸運、富;高位、栄光、威厳、王者の威厳;王のしるし;ラクシュミー女神の名(美または繁栄の女神、ヴィシュヌ神の妃);【合成語の始めに追記して】(有名な、または栄光ある)神々、人間、場所の名前、書物の表題において(特異性または卓越を表現するため)
kṛṣṇas【男性・単数・主格 kṛṣṇa】[〜は、〜が]黒い羊飼い;クリシュナ神 【中性】黒いこと、暗黒 【形容詞】黒い、黒色の;暗黒の
śaraṇam【中性・単数・主格 śaraṇa】[〜は、〜が]庇護物、小屋、住み家;保護、避難
mama【単数・属格、一人称代名詞 mad】[〜の、〜にとって]私
参照:http://sitarama.info/blog/?eid=232

【マントラ学習】オーム マハーラクシュミャイ ナマハ

ॐ महालक्ष्म्यै नमः
om mahālakṣmyai namaḥ
オーム マハーラクシュミャイ ナマハ
偉大なるラクシュミー女神に帰命したてまつる

om【間投詞】(聖字)、祈念または祈祷文の開始の際・ヴェーダ読誦の前後において、あるいは敬虔なる挨拶として用いられる。多くの神秘的解釈あり。
mahā【形容詞 mahat】偉大な、大きな、巨大な、広い
lakṣmyai【女性・単数・為格 lakṣmī】[〜に、〜のために]繁栄と美との女神、ラクシュミー女神;標章、しるし(リグ・ヴェーダ);悪いしるし、不幸(アタルヴァ・ヴェーダ);善いしるし、幸運;(王の)守護神、(王の)威厳、栄光;富;美、光輝
namas【中性・単数・主格 namas】頭を下げること、敬礼、帰命(言葉または態度による)【漢訳】帰依、帰命、礼、敬礼、帰礼

【マントラ学習】オーム シュリーガネーシャーヤ ナマハ

ॐ श्रीगणेशाय नमः
om śrīgaṇeśāya namaḥ
オーム シュリーガネーシャーヤ ナマハ
栄光あるガネーシャ神に帰命したてまつる

om【間投詞】(聖字)、祈念または祈祷文の開始の際・ヴェーダ読誦の前後において、あるいは敬虔なる挨拶として用いられる。多くの神秘的解釈あり。
śrī【女性】光輝、美;繁栄、幸運、富;高位、栄光、威厳、王者の威厳;王のしるし;ラクシュミー女神の名(美または繁栄の女神、ヴィシュヌ神の妃);【合成語の始めに追記して】(有名な、または栄光ある)神々、人間、場所の名前、書物の表題において(特異性または卓越を表現するため)
gaṇeśāya【男性・単数・為格 gaṇeśa】[〜に、〜のために](シヴァ神の従者の首長)、ガネーシャ神(知恵の神、障碍の除去者、シヴァ神とパールヴァティーとの子
namas【中性・単数・主格 namas】[〜は、〜が]頭を下げること、敬礼、帰命(言葉または態度による)【漢訳】帰依、帰命、礼、敬礼、帰礼

ハムサ 〜 呼吸に潜むマントラ

 近年の脳科学では、実際に使用されている脳は、脳全体に比べると、ごく僅かであることが明らかにされています。それと同様に、わたしたちが意識している領域は、無意識の領域に比べると、芥子粒のようでしかありません。
 古代の聖者たちは、この無意識の領域に普遍的真理が潜んでいることを体験的に悟り、無意識の領域を意識するために、瞑想やヨーガなど、さまざまな行を探求してきました。
 わたしたちが普段、無意識に行っている呼吸は、生命維持に欠かすことができません。探求者たちは、この無意識に行っている呼吸を意識的に行うことで、広大な無意識の世界を探求できることに気がつきました。現代の情報化社会では、古代の探求者が見出した果実を容易に享受でき、ヨーガや瞑想法では、真理に到達する手段としての多くの呼吸法が紹介されています。
 無意識の領域を探求する別の方法として、マントラ(真言)があります。マントラは、無意識の領域に流れている音を聖者が見出し、真理とつながる方法として伝わっています。マントラは、宇宙創造時に生まれた音であり、それを唱えることにより、真理を悟ることができると信じられています。探求者たちは、真理を悟るために数多くの苦行を行ってきましたが、マントラを繰り返し唱えるジャパは、誰もが容易に、安全に、そして確実に真理に到達できる方法として、古くから行われてきました。
 ともに真理に到達するための方法である呼吸法とマントラは、しかしながら、同時に行う事もできます。それが、アジャパ・ジャパ(ジャパでないジャパ※注1)と言われる、ハムサ・ガーヤトリーです。ハムサ・ガーヤトリーは、舌や数珠を使わずに唱える、呼吸と共に、自然と湧き出るマントラです。それは、声に出す必要のない、自身と融合したマントラであり、生きとし生けるものが一生涯唱え続けているジャパです。このマントラは、他のマントラとは異なり、聖者やヨーガ行者が発見したものではなく、神自身がわたしたちに授けてくれたものといわれています。それは、呼吸と同じく1日に21,600回繰り返されるといわれます。
 ガルヴァ(胎児)・ウパニシャッドによると、胎児は7ヶ月目の時に、魂が過去世からの知識を引き継ぐといわれています。そして、胎児が母体の中で、身動きがとれずに泣き始めるとき、神がハムサ・ガーヤトリーを授けるのです。しかしながら、この究極のマントラを授かりながらも、多くの胎児は、母胎から生まれ出るときに「クワン、クワン」(コーハム、コーハム)と泣き叫び、私は誰か?(※注2)という疑問を持ちながら、生き続けることになります。
 シヴァ派の聖典では、「マントラがそれを唱える人と分離し、目的を異なるものにするならば、その人はマントラの果報を得ることはない」と述べています。多くの人々が、生まれながらにして究極のマントラを授かりながらも、そのマントラから果報を得ることができないのは、ハムサの正しい意味と目的を理解していないことに原因があります。ハムサの正しい知識を得ることは、自己を理解することであり、それは自身と神との融合、すなわち二元性の消滅をあらわし、究極の平等と心の平安をもたらすものです。それは、プラーナーヤーマ(呼吸法)や瞑想法の最終目的です。究極の平安に達することは、自身の中の神の顕現につながります。
 シヴァとその妃であるシャクティの対話を記した聖典であるヴィジュニャーナ・バイラヴァでは、ハムサについて、ダーラナー(集中すべきもの)として、シヴァがシャクティに次のように説いています。「万物を創造する至高の女神は、肉体の中心より上方においては呼気の姿で、下方においては吸気の姿で、自身を表現する。」
 またシヴァ派にとって重要な聖典のひとつであるスパンダ・カーリカーでは、「呼気と吸気の脈動は、シヴァとシャクティのダンスである」と述べています。ハムサの音は、原初音オームより生じたとされ、吸気である「ハム」はシヴァ神に、呼気である「サ」はシャクティに対応します。逐語訳では、ハムはサンスクリット語の「私」、サは「それ」を意味し(※注3)、ハムサは「私はそれである」と訳されます。マハー・ヴァーキヤ(偉大な箴言)には、「アハム・ブラフマースミ」(わたしはブラフマン【宇宙の根本原理】である)、「タット・トヴァム・アシ」(汝はそれである)という箴言があります。ハムサは、このマハー・ヴァーキヤと同一の意味であり、ハムサを理解することは、宇宙の根本原理と自己の同一性を悟ること、すなわちすべてを超越した至高の真理に到達することにつながります。グル・ギーターでは、「ハム・ビージャム」(ハムは種子である)とされ、ハムとサは世界の源泉であることが述べられています。
 ハムサを理解するためには、まず宇宙に満ちた生気であるプラーナを理解する必要があります。プラーナには、専門語として呼気の意味があります。プラーナは、ハートの上方に上り、生命を支え、肉体と宇宙を維持するために必要不可欠な力です。ウパニシャッドでは「プラーナは神である」といわれ、またシヴァ派の聖典では「蟻からシヴァまで、万物はプラーナによって生きる」といわれています。
 プラーナに対するアパーナは、吸気に対応し、ハートの下方に下り、ジーヴァとしての個人の魂を意味しています。
 宇宙につながるプラーナは「サ」(それ)の音に、個人の魂を意味するアパーナは「ハム」(私)の音に対応しています。ハムサが、究極の瞑想法かつ呼吸法であるといわれる所以は、「それ」(宇宙の根本原理)と「私」の融合を象徴しているからです。
 「ハム」(私)が吸気として、自身の内に取り込まれるとき、呼気である「サ」(それ)との間に一瞬だけ、完全な静寂の状態が訪れます。吸気と呼気の間にある完全な静寂に意識を集中することは、もっとも高度な瞑想法といわれています。ハムサの真の目的は、吸気と呼気(または呼気と吸気)の間であるマディヤーダーシャに意識を集中し、ハム(私)とサ(それ)が完全に融合することを知ることにあります。
聖ブラフマーナンダは次のように述べています。

サードゥよ、高貴な人々よ
ソーハム(ハムサ)・マントラを熟考し
ソーハム(ハムサ)・マントラを知りなさい
指は数珠を括る必要なく
舌は声を出す必要もない
この唱える必要のないマントラは、
四六時中、あなたの内に流れ続けている
観察しなさい
呼気としてのソー(サ)の音を
吸気としてのハムの音を
昼夜、あなたが寝ても覚めても
このマントラは常にあなたの内にある
1日21,600回、このマントラは流れ続けている
歓喜をもって、常にそれを瞑想しなさい

聖ブラフマーナンダはまた、「このマントラを瞑想するとき、あなたは至高の状態に達するだろう」と述べています。
 普段、わたしたちが無意識に行っている呼吸には、偉大な真理への気づきが潜んでいます。ハムサは、日常生活において、誰もが行うことのできる究極の瞑想法であり呼吸法です。あなたを完全に変える力を持つこのマントラに、意識を集中してみてください。そこには、「それ(ブラフマン)」と「私」とが融合した至高の状態と、完全な静寂が隠されています。
参考文献:
Swami Muktananda, “I am that : the science of Hamsa from the Vijnana Bhairava”, SYDA Publication, 1978
注1:ジャパは、マントラ(真言)を繰り返し唱える霊性修行のこと。
注2:コーハム(ko’ham)は、サンスクリット語で「私は誰か」の意味。
注3:ハムとサを置換して読む場合、サンスクリット語の連声の規則により、ソーハム(so’ham)と変化します。ソーハムは「それは私である」と訳されます。一般的なウパニシャッドの慣例では、「ソー」を吸気に、「ハム」を呼気に対応させてソーハムが唱えられますが、シヴァ派の教典ヴィジュニャーナ・バイラヴァ(155a節)では、「サ」を呼気に、「ハム」を吸気に対応させてハムサを唱えることが述べられています。どちらも実際は同じマントラであると考えられていますが、ここではハムサに対応するヴィジュニャーナ・バイラヴァの記載に従っています。
※この原稿は、「ハムサの会 会誌No.35 2011年11月号」に掲載されました。

死の恐怖から身を守る優れたマントラ

初めまして。今回からコラムを書かせていただくガネーシャ・ギリと申します。
初回からいきなりこんな内容で恐縮ですが11日(金)の地震は本当に酷いものでした。被災された皆様に心よりお見舞い申し上げるとともに、不幸にも亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。
地震の瞬間、私の住む埼玉でもすごく揺れました。自宅にいた私は倒れてくる家具をよけながら、気づくと必死に「マハー・ムリティユンジャヤ」のマントラを唱えていました。ものすごい揺れだったため、無意識に唱えてしまったのだと思います。
圧倒的な自然の力の前に、人間の出来ることは限られています。マントラを唱えることはもしかしたら、そういった場合の何らかの助けになるのかもしれません。
「マハー・ムリティユンジャヤ」のマントラは死の恐怖から身を守る優れたマントラと言われています。私は過去にヒマラヤでの修行中に死にそうな体験をしたことがあります。このときも必死で「マハー・ムリティンジャヤ」を唱えました。当時私の星回りは、死を予感させるものでしたが、無事生き抜くことができました。今となってはマントラの効果かどうかはわかりませんが、私は効いたかもしれないと思っています。
この「マハー・ムリティユンジャヤ」は、自分で唱えるのが一番ですが、他のマントラと同じように聞くだけでも効果があるもと思われます。インドでは非常にポピュラーなマントラの一つですのでCDなどもたくさんの種類が出ています。またムリティユンジャヤのコンビネーションと言われる4面・5面・6面のルドラークシャを身につけるのも効果があると言われています。もちろんヤントラも効果的でしょう。
このマントラは死の恐怖から身を守るだけでなく、占星術的な意味での効果も多岐にわたります。火星や土星の問題、とくにサディサティといわれる星回りのときなどに良く処方されるようです。さらには、健康長寿や輪廻の輪からの解放に向かわせる働きもあるとされています。また、代表的なシヴァ神のマントラのひとつであるので、シヴァに興味がある方にも向いています。
(文章:ガネーシャ・ギリ)

大地、水、火を鎮めるシャーンティ・マントラ(平安の祈り)

11日に発生した東北地方太平洋沖地震で犠牲になった皆様には、心よりお悔やみ申し上げます。
また現在も被災地で苦しんでいる多くの被災者の皆様には、心よりお見舞い申し上げます。
被災地では、言葉にできない状況の中、多くの方々が日々困難に立ち向かわれているかと思います。
このような状況において、一日も早く平安な暮らしを取り戻せるよう、インドをはじめ、世界中の方々が日本に向けて真摯な祈りを捧げています。
以下は、サンスクリット学者であるシュリー・アシュワートから届いた「大地よ平安あれ…水よ平安あれ…火よ平安あれ」という1節を含んだシャーンティ・マントラ(平安の祈り)です。
一人ひとりの祈りの力は、たとえ小さいものであっても、多くの方々の祈りがひとつになることで、大地や水、火をも鎮める力を持つものと信じています。

पृथिवी शान्ता साग्निना शान्ता
pṛthivī śāntā sāgninā śāntā
プリティヴィー シャーンター サーグニナー シャーンター
सामे शान्ता शुचग्ं शमयतु ॥
sāme śāntā śucagṁ śamayatu ||
サーメー シャーンター シュチャグン シャマヤトゥ
अन्तरिक्षग्ं शान्तं तद्वायुना शान्तं
antarikṣagṁ śāntaṁ tadvāyunā śāntaṁ
アンタリクシャグン シャーンタン タドヴァーユナー シャーンタン
तन्मे शान्तग्ं शुचग्ं शमयतु ।
tanme śāntagṁ śucagṁ śamayatu |
タンメー シャーンタグン シュチャグン シャマヤトゥ
द्यौश्शान्ता सादित्येन शान्ता
dyauśśāntā sādityena śāntā
ディヨウッシャーンター サーディッティイェーナ シャーンター
सा मे शान्ता शुचग्ं शमयतु ।
sā me śāntā śucagṁ śamayatu |
サー メー シャーンター シュチャグン シャマヤトゥ
पृथिवी शान्तिरन्तरिक्षग्ं शान्तिः
pṛthivī śāntirantarikṣagṁ śāntiḥ
プリティヴィー シャーンティランタリクシャグン シャーンティヒ
द्यौश्शान्तिर्दिशश्शान्तिरवान्तरदिशाश्शान्तिः
dyauśśāntirdiśaśśāntiravāntaradiśāśśāntiḥ
ディヨウッシャーンティルデシャッシャーンティラヴァーンタラディシャーッシャーンティヒ
अग्निश्शान्तिर्वायुश्शान्तिरादित्यश्शान्तिश्चन्द्रमाश्शान्तिः
agniśśāntirvāyuśśāntirādityaśśāntiścandramāśśāntiḥ
アグニッシャーンティルヴァーユッシャーンティラーディッティヤッシャーンティシュチャンドラマーッシャーンティヒ
नक्षत्रानिशान्तिरापश्शान्तिरोषधयश्शान्तिः
nakṣatrāniśāntirāpaśśāntiroṣadhayaśśāntiḥ
ナクシャットラーニシャーンティラーパッシャーンティローシャダヤッシャーンティヒ
वनस्पतयश्शान्तिर्गौश्शान्तिरजाशान्तिः
vanaspatayaśśāntirgauśśāntirajāśāntiḥ
ヴァナスパタヤッシャーンティルゴウッシャーンティラジャーシャーンティヒ
अश्वश्शान्तिः पुरुशश्शान्तिर्ब्रह्मश्शान्तिः
aśvaśśāntiḥ puruśaśśāntirbrahmaśśāntiḥ
アシュヴァッシャーンティヒ プルシャッシャーンティルブラフマッシャーンティヒ
ब्राह्मणश्शान्तिश्शान्तिरेव शान्तिः
brāhmaṇaśśāntiśśāntireva śāntiḥ
ブラーフマナッシャーンティッシャーンティレーヴァ シャーンティ
शान्तिर्मेस्तुशान्तिः ॥
śāntirmeastuśāntiḥ ||
シャーンティルメーアストゥシャーンティヒ

オーディオファイル
テキストファイル(デーヴァナーガリー)
テキストファイル(ローマ字)
Courtesy of Dr. Cynthia M. Churchill of Mindflow Learning Systems.

ガーヤトリーQ&A

ヴェーダについての啓蒙をすすめる「ヴェーダマンディール」より、ガーヤトリーのQ&Aについて、スワミ・ラーマスワルーパの回答を以下にご紹介します。

バルティ・グプタは、スワミ・ラーマスワルーパにガーヤトリー・マントラについての詳しい質問をしました。
(1) マーラー(数珠の意。マントラを108回唱えること)は奇数回でなければならないでしょうか?私は、以前に、1、3、5、7、9回などの奇数回行うように言われました。
そうだとすると、朝の8時前にガーヤトリー・ジャパを3マーラー(108×3回唱える)行い、それから、夜8時前に1マーラーを行うのは正しいと言えるでしょうか?つまり、1日に4マーラーを行うことになります。ご説明お願いいたします。
スワミ・ラーマスワルーパ:最高のマーラーは、すでに呼吸器系の神によって与えられています。ガーヤトリー・マントラを唱える最も良い方法は、プラーナーヤーマ(調息法)にるものです。それはまた、ガーヤトリー・アヌスターナ(行)と呼ばれます。しかし、プラーナーヤーマは、学識のあるアーチャリヤ(師)から直々に学ばなければいけません。サーマ・ヴェーダによると、朝と晩の1日2回の行で十分です。
(2) マーラーを行うのにもっとも効果的な吉兆の時間帯はいつになりますか? また、午後にガーヤトリー・マントラのマーラーを行って良いのであれば、何時から何時の間に行うのが良いか教えてください。
スワミ・ラーマスワルーパ:朝は午前5時頃、午後は午後5時〜10時頃の時間帯が適しています。
(3) ガーヤトリー・マントラを詠唱するとき、アガルバティ(お香)あるいはディーヴァ(油またはギー)を灯す必要はありますか?
スワミ・ラーマスワルーパ:アガルバティは使用しますが、それでもやはり、ヴェーダの永遠の哲学が必要です。ヴェーダでは、神聖なハヴァナやヤジュニャ(護摩供養)を行なうように述べています。
(4) ガーヤトリー・マントラを唱える前に沐浴する必要はありますか?
スワミ・ラーマスワルーパ:神は穢れとは無縁の純粋な存在なので、沐浴するのはとても良いことです。神は清浄を望みます。しかし、何らかの事情があれば、沐浴は必ずしも必要ではありません。
(5) 敷物の上に座り、足を組んで座る必要はありますか?
スワミ・ラーマスワルーパ:そうすると良いでしょう。瞑想をすると、私たちの体内に電流が走るので、熱を通しにくいアーサナをする必要があります。ヨーガ・アーサナ、シッダ・アーサナ(達人座)、スカ・アーサナ(安楽座)やパドマ・アーサナ(蓮華座)が良いでしょう。
(6) マントラを唱えた後は、毎回「オーム・シャーンティ・シャーンティ・シャーンティ」を唱える必要がありますか?例えば、3マーラーのジャパを行ったとき、3マーラーすべて終えた後に「オーム・シャーンティ・シャーンティ・シャーンティ」と唱えるべきなのか、それとも、1マーラー毎に「オーム・シャーンティ・シャーンティ・シャーンティ」と唱えるべきなのでしょうか。
スワミ・ラーマスワルーパ:オーム・シャーンティを唱える場合は、ヤジュル・ヴェーダによると、断片的であってはならず、一番最後に唱えなければなりません。アタルヴァ・ヴェーダでは、ヴェーダ・マントラの断片的な詠唱に警鐘を鳴らしています。
(7) 家事をしながら聞くのに適したガーヤトリーのCDやテープがあったら教えてください。
スワミ・ラーマスワルーパ:そのようなものは私は知りません。お店の人に聞いてみると良いでしょう。希望でしたら、ガーヤトリーのカセットを製作して差し上げますが、まずはお店に尋ねてみてください。
ジャイデーヴァ・シャルマ:ガーヤトリー・マントラをどのように瞑想したら良いでしょうか?詳しく教えていください。
スワミ・ラーマスワルーパ:ガーヤトリー・マントラとその意味は、ヴェーダ・マンディールのウェブサイトで知ることができます(http://vedmandir.com)。ガーヤトリー・マントラの瞑想には、二つの方法があります。
一つは、スカ・アーサナ(安楽座)、シッダ・アーサナ(達人座)、パドマ・アーサナ(蓮華座)などの適切なアーサナで座ります。そして、眉間にあるアージュニャー・チャクラに集中します。外界の対象に気を向けてはなりません。それから目を閉じ、意味を吟味しながらガーヤトリー・マントラを毎日唱えます。
2つ目は、アーサナで座りながら、プラーナーヤーマ(調息法)を行う方法です。息を大きく吸ってから、呼吸を止めて目を閉じ、アージュニャー・チャクラに集中します。それから、ガーヤトリー・マントラを唱え続けます。呼吸を止めることができなくなったら、できるだけゆっくりと息を吐いて、息を吐ききったところで、再びガーヤトリー・マントラを唱えます。そして、この方法を何度も繰り返します。このような3段階のプラーナーヤーマを毎日行います。このような方法は、バーヒャーンタル(内と外)とアービャンタラ(内部の)と呼ばれます。さらにガーヤトリー・マントラを用いてハヴァナ(護摩)を行うこともできます。すべては礼拝です。

引用:http://www.vedmandir.com/node/21

あうんの瞑想

お互いの息がぴったり合うとき、あうんの呼吸といわれます。
この「あうん(阿吽)」という言葉はよく聞きますが、これがサンスクリット語に由来するというのは、あまり知られていないかもしれません。
聖音オームを3つの音に分解すると「ア・ウ・ム」になり、「あ・う・ん」との間に大きな共通点が見えますが、一般的な説明によると、あうんの言葉は「アー・フーン」のマントラに由来しているとされています。
チベット仏教では、仏教における三業である身語意(身口意)を清めるマントラとして、「オーム・アー・フーン」(ॐ आ हूं :om ā hūṁ)が用いられ、単独で唱えられたり、また他のマントラの前に置かれて唱えられることもよくあります。
「オーム」は、身体にあらわれるすべての動作をあらわす身業を清める音として、
「アー」は、言語に関する口の動作をあらわす語業を清める音として、
「フーン」は、心や意識のはたらきに関する意業を清める音として、用いられます。
以下に、「オーム・アー・フーム」の瞑想法について、「Lama Yeshe Wisdom Archive」よりご紹介いたします[1]。

瞑想するときは、常にリラックスしていましょう。あなたが普段しているように、楽な姿勢で座り、呼吸のエネルギーが自然に流れるようにします。
そのとき、「私は瞑想をしている」と考える必要はありません。「私は謙虚です」とも、「私には自信がある」とも考える必要はありません。何も考えず、ただありのままであれば良いのです。
瞑想
身体の浄化
あなたが楽だと思うところに手を置き、目を閉じます。頭の中に白い「オーム」を、喉に赤い「アー」を、そして胸に青い「フーム」をイメージします。これらの文字から光が放射されていることをイメージしましょう。チベット語あるいはサンスクリット語でこれらの文字をイメージすることができなければ、英語や他の言語でもかまいません。
まず、頭の中の白いオームに集中します。この白いオームが、仏陀や菩薩の神聖な身体の清らかなエネルギーであることを意識します。
「オーム」と声に出して、その音から白く輝く光が放射されていることをイメージします。そして、それがあなたの霊的な中心経路を降りていき、至福に満ちた白い光の放射で、全身が満たされることをイメージします。
すべての思考と、身体の不浄なエネルギーが清められ、浄化されていきます。
頭からつま先まで、至福に満ちた白く輝く光のエネルギーで、完全に満たされていることをイメージすることが大切です。白い光で満たされて、至福であることを感じてみましょう。2〜3分間、「オーム」と唱え続けて瞑想し、心身の浄化を行います。
復唱を止めるときも、何もすることなく、何も考える必要もありません。じっとして、心を開き、善悪を考えず、何にも反応せず、心中の雑談から自由になり、ただ頭の中にある光の意識に集中しましょう。
ありのままでいてください。怠慢にならず、気を散らさず、期待せずに、意識を広げて自由になります。
自己を知ることは、ゼロすなわちエゴのない無の体験へと導きます。この自己認識を知って、自身を解放させましょう。
言葉の浄化
夕焼けのような赤の「アー」を、喉のチャクラのところでイメージします。そしてこの赤い「アー」が、仏陀や菩薩の清らかな言葉であることを意識します。
2〜3分間、「アー」と声に出して、その音から赤く輝く光が放射されていることをイメージします。そして、それがあなたの霊的な中心経路を降りていき、至福に満ちた赤い光の放射で、全身が満たされることをイメージします。
すべての思考と、身体の不浄なエネルギーが清められ、浄化されていきます。
また復唱を止める時は、自分の心に集中するだけで、何の期待や意識をせずに、ただありのままでいましょう。
自己という区別なく、至高存在と一体になる体験をし、ゼロ・無・空が真理であり実在であることを理解しましょう。これによって、実在(霊魂)を理解するのためのエネルギーが増加します。この体験は、あなたが目覚めて体験しているこの空想的な感官の世界よりも、より現実的なものです。
瞑想をしているとき、コントロールできない雑念が生じたとき、あなただけではなく、感情をもつ存在はすべて、あなたと同じように心がコントロールできない状態にあるのだと理解してください。この理解によって、心が落ち着き、生きとし生けるものすべてに対する慈愛が芽生えます。
こうして、コントロールできない雑念は、他者への愛を育むためのエネルギーとなります。その場合には、慈愛の意識をあなたの心へ向けましょう。
さて、これまで2種類の瞑想を行いました。あなたの心に対して意識を向ける方法と、雑念が生じたときに、あなたの心に対して慈愛の意識を向けることです。この2つの方法を交互に行いましょう。
そうすれば、愛と慈しみが、あなたの心中に満月のように現れるでしょう。
心の浄化
あなたの満月のような心の中に、青く輝く「フーム」をイメージします。その青い「フーム」は、仏陀や菩薩すべての一元的智慧であると意識しましょう。あなたの心は、純粋で穏やかに落ち着いて、輝く月光と「フーム」によって開かれています。無限の青い光が、「フーム」から放射されています。あらゆる偏狭な考え、優柔不断な思い、雑念は消え去ります。
月と「フーム」から放射される青く輝く光は、あなたの全身を満たします。そして、あなたの身体は、至福に包まれます。光で満たされると、偏狭的な考え、二元的な概念の居場所はもうありません。同時に、2〜3分間、「フーム」と声に出してみましょう。それから、あなたの意識のような無限の青い光が、実在(霊的)世界のすべてを包み込んでいくことを感じてみてください。あなたの強い意識が、実在(霊的)世界のすべてを包み込みます。期待も憶測もせずに、ただ感じ、ありのままでいましょう。
まとめ
この瞑想を通じて達成できる重要な体験が2つあります。ひとつは、智慧であり、もうひとつはメソッドです。
智慧の体験とは、あなた自身の心の自己認識です。
メソッドの体験とは、あなたの気が紛れたとき、そのコントロールの欠如を、慈愛の心を育むためのエネルギーとして利用することです。そうして、再び集中力を取り戻して、智慧の体験に留まることができます。
要するに、うまく集中できるときは、意識を智慧に向かわせ、集中力が落ちたときは、慈愛の心を育むことを意識します。
「オーム・アー・フーム」のマントラの詠唱はとても有益です。長いマントラを唱える時間がない人でも、この短いマントラなら唱えることができます。そして、このマントラは、他のすべてのマントラを代表するマントラなのです。特に「オーム」と唱えるとき、自己認識が活性化され、あなたの心が内部から覚醒します。
この瞑想の目的は、無知の深い眠りから、私たちを覚醒することです。それは、いつもの空想的な現実世界ではなく、実在(霊的)世界への覚醒です。マントラは、広範な実在に作用するため、とても有効なものです。

出典
[1]Lama Thubten Yeshe, “OM AH HUM Meditation”, http://www.lamayeshe.com/index.php?sect=article&id=45#