2018年9月の主な祝祭

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2018年9月の主な祝祭をご紹介いたします。

待ちに待ったクリシュナ降誕祭、ガネーシャ降誕祭など、9月は大きな祝祭が続きます。その後、満月を過ぎると、先祖供養の期間がおよそ2週間入り、続いていた大きな祝祭がひと段落する時を迎えますが、先祖供養のための儀式が熱心に執り行われます。

9月2日、または3日 クリシュナ降誕祭
9月3日、または4日 ダヒー・ハーンディー
9月6日 エーカーダシー
9月8日 シヴァラートリー
9月10日 新月/シュラヴァナ月の終わり(主に南インド)
9月12日 ヴァラーハ・ジャヤンティ
9月13日 ガネーシャ降誕祭
9月14日 リシ・パンチャミー
9月17日 ヴィシュヴァカルマン・プージャー/カニャー(乙女座)・サンクラーンティ/マハーラクシュミー・ヴラタの始まり/ラーダー・アシュタミー
9月20日 エーカーダシー
9月21日 ヴァーマナ・ジャヤンティ
9月24日 アナンタ・チャトゥルダシー(ガネーシャ降誕祭最終日)
9月25日 満月/ピトリ・パクシャ(先祖供養の2週間の始まり)
9月28日 サンカタハラ・チャトゥルティー

*地域や慣習によって、祝祭の日にちには差異が生じることがあります。

1年を通じた祝祭、またその詳細について、インド暦カレンダーでご紹介しております。

参照:http://www.drikpanchang.com/panchang/month-panchang.html

マニプーラ・チャクラを活性化するルドラ・マントラ

インドの偉大な聖者たちは、内的な経験に基づいて、人々のスピリチュアルな運命を予見できる霊能力者でした。
彼らは、肉体を神の神殿ととらえ、それが精神世界への偉大な旅路の基盤となるものとみていました。
脊柱の基底に渦巻くクンダリニーの力やチャクラのような発見は、彼らによってなされました。
チャクラの健康と正しいバランスは、実りある生活を与え、神々の領域へと意識を拡大させます。

シヴァ(吉兆)の怒りの側面を表した神格として知られるルドラは、第3のチャクラであるマニプーラ・チャクラに作用する神格です。
第3のチャクラであるマニプーラ・チャクラは、個々人の力の変換点、つまりエネルギーを与える中枢です。
その言葉が意味しているように、マニプーラ・チャクラは光沢のある宝石のように輝きます。

しかし、そこは火の要素の中心であるため、当然のことともいえます。
このチャクラが浄化されるとき、世俗的な快楽に対する、燃えるような欲望から自由になることができるとされています。
あらゆるネガティブなエネルギーや、エゴによる不純な動機は、この火炎の中枢である祭壇で燃やし尽くされます。

ルドラすなわちアグニは、地上における物質的生活を破壊し、再建する神です。
彼は本性として怒りの性質を持ち、私たちの中で、火の属性すなわち怒りとして表現されます。
過度の怒りは、病気の元となり、肉体や心を傷つけます。
しかし、自己の肉体を維持し、社会生活向上の手段として、怒りは時として必要不可欠な性質です。

「ルドラ」は、本質的な意味として、「困難を超越する」と解されます。
ルドラは、文字通りの意味としては、「恐ろしいもの」「恐怖のもの」「暴風神」などが挙げられますが、この文字が、「ル」と「ドラ」に分割される場合、「悲哀からの脱却」「悲しみからの解放」「困難を超越した状態」を意味する言葉となります。
これらはすべてルドラ・シヴァの本質であり、サマーディすなわちサダーシヴァと呼ばれる無の境地を示し、心の束縛から解放され、かつてない吉兆(シヴァ)と光輝をもたらすものです。

チャクラに対応した神々の波動のリズムに乗り、調和と成功に満ちた生活を生み出しましょう。

マハーバリ王の願い

美しい自然が織りなす、豊かな生活が生きる南インドのケーララ州。
今年は激しいモンスーンの豪雨に見舞われ、その美しさは壊滅的な被害を受けました。
これから、人々が心待ちにするケーララ州のもっとも大きな祝祭、オーナム祭を迎えようとしていた時でした。

収穫祭でもあるオーナム祭は、かつて王国を追われたマハーバリ王が、年に一度だけ愛する国民たちのもとへ戻る日として知られます。
マハーバリ王は、神々と敵対するアスラの生まれでしたが、非常に信心深く献身的で、国民から愛される偉大な王であったといわれます。

しかし、アスラであったマハーバリ王は、後にヴィシュヌ神の5番目の化身であるヴァーマナに倒されます。
年に一度、愛してやまない国民のもとへ戻ることを条件に、自らを犠牲とし、マハーバリ王は国民の繁栄と幸福を守ったのです。

オーナム祭は、そんなマハーバリ王が年に一度だけ愛する国民たちのもとへ戻る日です。
それは、マハーバリ王があらゆる苦難を乗り越え、解脱を得た日として祝福される時でもあります。

このオーナム祭の神話には、多くの学びが伝えられます。
マハーバリ王は、愛する国民のために、自らを犠牲とし、王としての地位も失いました。
それは、この世のすべての現象が、絶えず変化をしているということを伝えているようです。
私たちの身体、所有物、地位や名誉など、決して永遠であるものはありません。

しかし、自分という小さな個人を捨て、愛する国民と一つになることを望んだマハーバリ王。
他を想い、自我を捨て、全体と一つになることは、神に至る永遠の至福に他ありません。
その真実の理解のみが、私たちを永遠のものとします。
事実、マハーバリ王は今でも国民たちから温かく迎え入れられ、その魂は時を超えて崇められています。

およそ10日間に渡って続くオーナム祭のもっとも盛大なお祝いは、今年は8月25日にあたります。
酷暑期から雨季、その季節の移り変わりが生み出す収穫に感謝をするオーナム祭は、変化の恵みに感謝をする時でもあります。
暗闇から光輝へと向かうよう、この時を通じて、被災地の一日も早い復興と、被災された方々の平安を祈りたいと感じます。
マハーバリ王がいつの時も人々とともにあり、苦難を乗り越える力と、安寧が授けられますように。

(文章:ひるま)

ガネーシャ神のミルク粥

全世界に幸運をもたらすガネーシャ神は、幸せに生きるための大切な教えを私たちに示しています。
ガネーシャ神にまつわる神話を通じ、はっとする気づきを得ることも少なくありません。
そんな神話の中に、ガネーシャ神とミルク粥の神話が伝わります。

一年に一度のガネーシャ降誕祭を迎え、人々がお祭りの準備で忙しくしていた時のことです。
一握りのお米と、スプーン一杯ほどのミルクを手にした小さな男の子が、ミルク粥を作って欲しいと人々を訪ね歩いていました。
男の子は貧しく、身体も汚れ、お腹をすかせています。
しかし、人々はお祭りの準備に忙しく、男の子の願いを聞き入れることはありませんでした。

諦めずに人々を訪ね歩いた男の子は、ある年老いた女性に出会います。
女性は願いを聞き入れるも、とても貧しく、家にはミルク粥を作る鍋すらありません。
男の子は女性に、誰かから一番大きな鍋を借りてくるよう伝えます。

あるのは一握りのお米と、スプーン一杯ほどのミルク。
どうして大きな鍋が必要なのかと女性は不思議に思います。
しかし、男の子の希望通り、一番大きな鍋を借り、ミルク粥を作り始めました。

その間、男の子は身体を洗いに川へ出かけます。
しばらくしてミルク粥の甘い香りが漂い始めると、女性は驚きます。
大きな鍋がミルク粥で溢れそうになっていたのです。
出かけた男の子を待ちきれず、女性は祭壇のガネーシャ神にミルク粥を供えると、自らも食べ始めました。

男の子が戻った時、待ちきれずに先に食べてしまったことを女性は謝るも、男の子はもうお腹いっぱいだと答えます。
その男の子こそ、女性がミルク粥をお供えしたガネーシャ神だったのです。
貧しく汚れた男の子の願いを聞き入れた女性は、ガネーシャ降誕祭という吉日に、溢れんばかりの祝福に満たされました。

私たちは日々忙しく、姿や形にとらわれ、本質を見失うことが多くあります。
しかし、自分自身のもとに訪れる出来事を真摯に受け入れ、できる精一杯を努めた女性には、何よりも大きな祝福が授けられました。

大切なものは、なかなか目に見えません。
日々の出来事を一つ一つ大切に受け入れ、その意味に気づきながら学びを深めることで、私たちはもっとも大切なものを見ることができるはずです。
私たちを幸せに導くガネーシャ神は、きっと、すぐそばにいるに違いありません。

(文章:ひるま)

聖者の心から生まれた蛇の女神

酷暑期を終え、恵みの雨が降り続くシュラヴァナ月(7月~8月)は、一年のうちでもっとも神聖な時といわれます。
そんなシュラヴァナ月の新月から5日目、インドの各地では、ナーガ・パンチャミーと呼ばれる蛇神を讃える祝祭が祝福されます。
2018年は8月15日です。
雨季に入り、さ迷い出る蛇の被害を受けないよう、人々が捧げた祈りに起源を持つ祝祭です。

古代より、多産や豊穣の象徴として崇められてきた蛇。
脱皮を繰り返す姿には、死と再生の象徴を見ることができます。
一方で、蛇の持つ毒と、くねくねと動き回る姿は、せわしなく動き続け苦悩を生み出す心の象徴して捉えられることがあります。

人々に畏怖の念を抱かせてきた蛇は、古代より神格化され、重要な役割を担ってきました。
蛇神は数多く、それぞれの存在は霊性を高めるための深い意味を持ち合わせています。
そんな蛇神の中に、マナサー(マンサー)と呼ばれる女神がいます。

蛇の毒を癒す力を持つ女神として崇められるマナサー女神は、サプタリシ(七聖仙)に数えられる聖者カシュヤパの心から生まれたと伝えられます。
心(マナス、意)から生まれたために、マナサーと名づけられたこの女神を祀る寺院は、インドの各地に存在します。
マナサー女神は、帰依者の願望を満たすと信じられ、寺院は願望が満たされる聖地として崇められてきました。

私たちは、心の動きを通じ、さまざまに突き動かされています。
その結果、甘露のような恩恵を味わうこともあれば、猛毒のような苦悩を味わうこともあります。
しかし、その突き動かす力なしに、願望を達成することはできません。
時に猛毒のような苦悩を生み出す心の動きも、神々の支配下にある時、それは願望を達成する大きな力となるはずです。

自然と密接に生きていた古代の人々の生活において、蛇の毒による死は身近であったといわれます。
聖者の心から生まれ、そんな猛毒を癒す力を持つマナサー女神は、私たちの心の働きを正し、願望を達成する力を与えてくれるのかもしれません。
その力の下で突き動かされる私たちは、清らかで満たされた人生を歩むことができるはずです。

(文章:ひるま)

スヴァーディシュターナ・チャクラを活性化するヴィシュヌ・マントラ

脊椎の基底から、頭頂までには、チャクラと呼ばれる微細なエネルギー領域があります。
これらは、わたしたちすべてが持っている神聖な意識の力であるクンダリニー・シャクティの通路です。
チャクラを開花させることは、より高次の意識と平安へと導き、制限的な人間の力から、限りない神的な力へと変遷させます。

チャクラの不調和は、視界を曇らせ、さまざまな肉体的・精神的な疾患の原因となります。
神秘的な音楽は、霊的なエネルギーを呼び覚まし、チャクラの力を実感する助けとなります。

宇宙の維持者として知られるヴィシュヌ神は、生殖器官の根幹に位置するスヴァーディシュターナ・チャクラに作用し、生殖器に関する大切なバランスを整えるといわれます。

スヴァーディシュターナは、下から2番目のチャクラであり、美、安定、性的達成をもたらします。
このチャクラの不調和は、活力の欠乏、抑制、疑念、間違った知識、残酷な行為などの原因となります。

「自らが宿る場所」という意味を持つスヴァーディシュターナは、水の要素を持ちます。
水があらゆる生命の源であるように、自分自身の全てが眠っていると伝えられています。
ヴィシュヌ神は、永遠であり、万物に浸透する精神であり、宇宙創造の前から存在する原初の水に関連があるといわれ、「水に住む者」という意味のナーラーヤナと呼ばれているという説もあります。

チャクラに対応した神々の波動のリズムに乗り、調和と成功に満ちた生活を生み出しましょう。

ダーモーダラの喜び

常にフルートを手にし、愛のメロディーを奏でるクリシュナ神は、バガヴァッド・ギーターで教えを説く偉大な師の姿から、牛飼いの乙女たちと戯れる愛に満ちた姿まで、さまざまな姿を私たちに見せます。
いたずら好きな愛らしい子どもの姿も、忘れることはできません。

そんな幼少のクリシュナ神には、ダーモーダラと呼ばれる姿があります。
愛らしいダーモーダラの姿をみると、クリシュナ神がこの地にあらわれた大切な目的に気づくことができます。

クリシュナ神は、幼少の頃からさまざまないたずらをし、育ての母であるヤショーダーを困らせることがありました。
クリシュナ神に何かあっては大変だと、ヤショーダーはクリシュナ神の身体をロープで臼に結びつけようとします。

しかし、クリシュナ神は宇宙の主であり、あらゆるものを制御する存在です。
そんなクリシュナ神を、なかなかロープで結ぶことができません。
困り果てたヤショーダーを見たクリシュナ神は、ヤショーダーに身体を結ばせました。
お腹をロープで結ばれたこのクリシュナ神の姿は、ダーモーダラと呼ばれます。

クリシュナ神の育ての母であるヤショーダーは、かつてヴィシュヌ神を熱心に崇めていた一人の牛飼いの女性でした。
そのクリシュナ神への愛は、誰よりも深いものでした。
クリシュナ神は、あらゆるものを制御する存在でありながら、そんなヤショーダーのロープに結ばれます。
そのロープが、どんなものにも限定されない純粋な愛のロープだったからかもしれません。

愛するという力は、誰しものうちにあるものです。
その力は、姿や形に限定されるものではありません。
ヤショーダーの愛のロープに結ばれたクリシュナ神は、そんな愛に征服されることを渇望しているのかもしれません。

クリシュナ神がこの世に生まれた主要な目的の一つは、喜びを広めることであるといわれます。
クリシュナ神が行なった数々のリーラー(神の遊戯)は、私たちを常に魅了し、その喜びの中へ引き込みます。

そんなクリシュナ神の姿を見つめることで、私たちは真の愛と喜びの意味を知ることができるはずです。
そうして愛や喜びが広まることにより、この世界はクリシュナ神の望む、愛や喜びの下で結ばれるに違いありません。

(文章:ひるま)

2018年8月の主な祝祭

2018年8月の主な祝祭をご紹介いたします。

8月は、一年のうちでとりわけ神聖なシュラヴァナ月が続きます。この間、毎週月曜日にはシュラヴァナ・ソーマヴァール・ヴラタ(シヴァ神に捧げられる祈りや断食)、火曜日にはマンガル・ガウリー・ヴラタ(ガウリー女神に捧げられる女性たちの断食や祈り)が執り行われます。皆様もどうぞ神聖な時をお過ごしください。

8月8日 エーカーダシー
8月10日 シヴァラートリー
8月11日 新月
8月12日 シュラヴァナ月の始まり(主に南インド)
8月14日 ハリヤリ・ティージ
8月15日 ナーガ・パンチャミー/独立記念日
8月16日 カルキ・ジャヤンティ
8月17日 シンハ(獅子座)・サンクラーンティ
8月22日 エーカーダシー
8月24日 オーナム祭/ヴァラ・ラクシュミー・ヴラタ
8月26日 満月/ラクシャ・バンダン/ガーヤトリー・ジャヤンティ/シュラヴァナ月の終わり(主に北インド)
8月30日 サンカタハラ・チャトゥルティー

*地域や慣習によって、祝祭の日にちには差異が生じることがあります。

1年を通じた祝祭、またその詳細について、インド暦カレンダーでご紹介しております。

参照:http://www.drikpanchang.com/panchang/month-panchang.html

御足に触れる行い

霊的叡智の宝庫であるインドの美しい文化。
その継承において、重要視されてきたのが導師であるグルの存在です。
グルの存在に心を寄せ、黙々と日々を歩む人々が現代でも少なくありません。
そんなグルの礼拝において欠かすことのできないものが、グルの御足を象徴するパードゥカーです。

パードゥカーは、聖なる履物として崇められます。
その起源は、叙事詩のラーマーヤナに遡ります。
義母の偽計により王位を退いたラーマ神は、14年間の隠遁生活を強いられていました。
ラーマ神を慕う異母兄弟のバラタは、ラーマ神の身代わりとしてその履物を譲り受けると、王座に祀り、ラーマ神を王として礼拝を続けます。
その履物のもと、バラタはラーマ神の臣下として、王国を治めたと伝えられます。

インドの文化において、古代より最高の礼拝として捉えられてきたのが、足に触れる行いでした。
グルだけでなく、親や年長者といった尊敬する人物や目上の人物に会う際、人々は手や額でその足に触れ、敬意をあらわします。
チャラナスパルシャ(接足作礼)と呼ばれるこの行いは、現代でも廃れることなく受け継がれています。

御足に触れる行いには、数多くの恩恵があると伝えられてきました。
一説に、頭頂から流れるエネルギーは、足を通して放たれるといわれます。
そのため、尊者の足に触れることで、その崇高で吉兆なエネルギーを受け取ることができると信じられています。

一方で、上方にある尊い頭に比べ、下方にある足は不浄とされる考えもあります。
尊者の足に触れることは、その不浄さえも尊いものであるということを意味し、そうして謙遜する行為は、自我を滅し心に平安をもたらすと伝えられます。
その心は、多くの学びと祝福を得るための大切な器となるものです。

御足に触れる動きは、全身を動かす礼拝でもあり、身体の健康にも大きな恩恵が授けられると伝えられます。
こうして日々の祈りを捧げることで、心身はより吉兆なエネルギーを受け取ることができるに違いありません。

(文章:ひるま)

ムーラーダーラ・チャクラを活性化するガネーシャ・マントラ

人々の生命エネルギーは、通常、脊椎の基底(ムーラーダーラ・チャクラ)に潜在し、それらは微細なエネルギー中枢である一連のチャクラに通じています。したがって、チャクラがアンバランスである場合は、何が起こるか想像に難くありません。チャクラの調和が重要であるといわれるのはこのためです。

さまざまなチャクラは、対応の神々によって支配され、適切なマントラや讃歌によってその神々を瞑想することで、チャクラのバランスをとることができるといわれます。

障害を取り除く象の頭をもったガネーシャは、脊椎の基底に位置するムーラーダーラ・チャクラを司り、ガネーシャ・ガーヤトリー・マントラによって瞑想される神様です。

基底のチャクラであるムーラーダーラ・チャクラは、生命エネルギーの拠点となる重要なチャクラです。物質的生活の要であり、繊細な霊的意識の根本にあたります。このチャクラが活性化することは、物質世界での成功を示しています。

チャクラに対応した神々の波動のリズムに乗り、調和と成功に満ちた生活を生み出しましょう。