悪を飲むカーリー女神の舌

季節が移り変わろうとしている今、インドでは春のナヴァラートリー祭が始まろうとしています。
今年は4月6日の新月より、9日間に渡って祝福が続きます。
大自然を動かす女神たちが礼拝されるこの9日間は、自分自身の変わらない本質と向き合う、大切な機会となる時です。

広大なインドの地において、さまざまな姿で崇められる女神の中に、恐ろしい姿を見せるカーリー女神がいます。
ドゥルガー女神の9日間に渡る凶悪な力との戦いの中で生まれたカーリー女神は、その恐ろしい姿とは反対に、深い愛をその内に秘めています。

暗黒の女神と称されるように、カーリー女神が見せる姿はおぞましく、そこには戦慄すべき光景が広がります。
血が滴る斧を手に、骸骨の首飾りと切り落とされた無数の人間の腕を身につけるカーリー女神。
その姿を際立てるのが、悪魔ラクタヴィージャの滴り落ちる血を飲む真っ赤な舌です。

カーリー女神には、悪魔ラクタヴィージャと戦う有名な神話が伝わります。
ラクタヴィージャは、地面に滴り落ちると無数の分身を次々と生み出す恐ろしい血を持っていました。
戦いに挑んだドゥルガー女神は、ラクタヴィージャを倒そうとするも、悪魔が次々に生まれ、窮地に立たされます。
すると、長く伸びた真っ赤な舌を持つカーリー女神があらわれ、ラクタヴィージャの血をすべて飲みつくしました。
そうして、ラクタヴィージャは倒されたと伝えられます。

滴り落ちるラクタヴィージャの血から次々と生まれる悪魔は、まるで、私たちの内で次々と沸き起こる、怒りや憎しみ、嫉妬や嫌悪、憂慮や苦悩のようです。
消えては生まれるこうした負の感情を滅することは、容易いことではありません。
それがどれほど難しいことなのか、息づかいが聞こえるほどむき出しに迫ってくるカーリー女神の姿が物語っています。

カーリー女神は、手に負えないそんな負の感情をすべて飲み込みながら私たちを浄化し、解放していきます。
その女神の姿と真正面から向き合う時、繰り返される輪廻から、女神は私たちを救い出してくれるに違いありません。

悪を倒す女神たちの戦いは、私たちの内なる世界でも起きています。
季節の変わり目を迎え、さまざまな変化が起ころうとしている今、女神と向き合いその力を呼び覚まし、自分自身の本質と向き合いたいと感じます。

(文章:ひるま)

2019年4月の主な祝祭

2019年4月の主な祝祭日をご紹介いたします。

4月の新月を過ぎると、いよいよ女神を讃える9日間の夜、春のナヴァラートリー祭が始まります。また、その後の満月には、主に北インドで、猿神ハヌマーンの降誕祭が祝福されます。

4月1日 エーカーダシー
4月2日 プラドーシャ
4月3日 シヴァラートリー
4月5日 新月
4月6日 ナヴァラートリー祭の始まり/ウガーディ/グディー・パードゥヴァー
4月8日 マツシャ・ジャヤンティ
4月11日 ヤムナー・ジャヤンティ
4月14日 ラーマ・ナヴァミ/ナヴァラートリー祭の終わり/メーシャ・サーンクランティ
4月15日 エーカーダシー
4月17日 プラドーシャ
4月19日 満月/ハヌマーン・ジャヤンティ
4月22日 サンカタハラ・チャトゥルティー
4月30日 エーカーダシー

*地域や慣習によって、祝祭の日にちには差異が生じることがあります。

1年を通じた祝祭、またその詳細について、インド暦カレンダーでご紹介しております。

参照:http://www.drikpanchang.com/panchang/month-panchang.html

あらゆる悪から帰依者を守るハヌマーン神の千の御名

神は、人々の真摯な祈りに必ず応えます。神は彼らの帰依心に応える「義務」があるため、心からの祈りに対して限りない恩寵を降りそそぎます。この点からみると、ハヌマーンへの礼拝は効率的です。それは彼が、神の性質、卓越した人格、奉仕の精神、謙虚さ、自己犠牲、帰依心、決断力、神への献身の持ち主だからです。ハヌマーンは、模範的な帰依心、神への献身を通じて、人々の心の中に住み給います。身体的には、彼は超人的な能力を持ちあわせています。ラーマに対するハヌマーンの帰依心を見て、シーターはラーマへの帰依者たちを救うため、ハヌマーンが不死(チランジーヴィ)となるための祝福をしました。

人々は、彼が地上に今なお生き続けていると信じ、勇気と自信、悲しみからの脱却、悪霊や不幸からの保護を求めて祈りを捧げます。ハヌマーンは、悪の勢力にとっては、この上ない恐怖です。シヴァ神が、強大な神の力を与えるための祝福をしたからです。ナンディ(シヴァ神の乗りものである聖牛)は、全てのヴェーダと、聖典の知識をハヌマーンに授けました。

ハヌマーンは、武器として職杖を持ち、色々な姿で礼拝されます。いっぽうの手に山を持ち、もういっぽうの手には職杖を持ち、スーパーマンのように空を飛ぶ姿で描かれることもあります。ハヌマーンはプラサンナンジャネーヤ、ヴィーランジャネーヤ、ディヤーナンジャネーヤ、バクタンジャネーヤなどの多数の名前を持ち、それぞれの名前は彼の御力をあらわしています。ハヌマーンは、誰かに進言されない限り、真の力を忘れてしまうと言われています。したがって、ハヌマーンの千の御名を唱え、ハヌマーンに千の御力を思い出させ、彼の恩恵と祝福を祈願しましょう。

シーターとラーマの結婚

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移り変わろうとしている季節の中、インドでは女神を讃えるナヴァラートリー祭が祝福されます。
その9日間の夜は、変わることのない自分自身の本質と向き合う、この上ない時間を与えてくれるものです。
そんなナヴァラートリー祭は、ラーマ・ナヴァミーの祝福をもって終わりを迎えます。
今年のラーマ・ナヴァミーは、4月14日です。

ラーマ・ナヴァミーは、正義の化身であるラーマ神が降誕した日として祝福されます。
美徳に秀でた最高の人物として崇められるラーマ神は、完璧な人格者でもありました。
そんなラーマ神の行状記が書かれたラーマーヤナは、さまざまに読み解かれ、私たちに霊性を育む多くの教えを示します。
その一つに、ラーマ神とシーター女神の結婚の神話があります。

シーター女神の父であるジャナカ王が、婿を選ぶ儀式であるスヴァヤンヴァラを開いたときのことです。
シヴァ神のピナーカと呼ばれる神聖な弓を手にしていたジャナカ王は、この弓に弦を張ることに成功した者が、シーター女神の夫となることができると決めていました。
しかし、弓はとても重く、弦を張るどころか、その弓を持ち上げることができる者すらあらわれません。

ラーマ神にこのスヴァヤンヴァラへ行くよう勧めたのが、師である聖仙ヴィシュヴァーミトラでした。
スヴァヤンヴァラにあらわれたラーマ神は、弓に弦を張るだけでなく、2つに折ってしまうほどの力を見せます。
そうしてシーター女神と結ばれたラーマ神は、美しい愛を通じて、数々の苦難を乗り越えていきます。

ラーマ神とシーター女神を結びつけたこのピナーカは、かつてシヴァ神とヴィシュヌ神との間に、戦いを引き起こしそうになったことがあります。
そこには、シヴァ神とヴィシュヌ神のどちらが強いかという無益な議論がありました。
その戦いは直前で阻止されると、ピナーカはシヴァ神の手から離れ、この地に落ちたといわれます。

そんなピナーカを折ってしまったラーマ神は、正義のあらわれとして崇められます。
ピナーカを折る行為は、まるでエゴを破壊することを象徴しているかのようです。
そこには、純粋の象徴であるシーター女神への愛がありました。
そしてそれを導いたのは、聖仙ヴィシュヴァーミトラという偉大な師の指示でした。

こうして結ばれたラーマ神とシーター女神は、究極の美しさを見せます。
私たちは、この神話のように、常に純粋さを求め、師の導きの下、エゴを破壊しなければなりません。
そうして結ばれる日々は、正義のもとで、究極的に美しい人生を築くはずです。

深い教えが秘められたラーマーヤナを読む時、人生で向き合う物事の意味を、より明確に理解することができるに違いありません。
その人生においては、美しい真理を実現することができるはずです。

(文章:ひるま)

経済的な問題を克服するラクシュミー女神の18人の息子の名前

ヴィシュヌ神との間に幸せな家庭を築いたラクシュミー女神。そんなふたりは、18人の息子に恵まれたと伝えられます。この18人の息子の名前を真摯に唱える時、あらゆる経済的な問題を克服することができると信じられます。

ラクシュミー女神の子どもは、聖典によって異なる神話が伝えられますが、これは主に北インドに伝わる言い伝えです。金銭的な問題に直面している人々は、金曜日にこの18人の息子たちの名前を唱えると、救いを得られると信じられています。また、毎日唱えることでラクシュミー女神が喜び、限りのない成功と、降って湧いたような富の増加に恵まれると信じられます。

ラクシュミー女神の18人の息子を礼拝するマントラ
 デーヴァナーガリー  IAST  カタカナ
 ॐ देवसखाय नमः  oṃ devasakhāya namaḥ  オーム デーヴァサカーヤ ナマハ
 ॐ चिक्लीताय नमः  oṃ ciklītāya namaḥ  オーム チクリーターヤ ナマハ
 ॐ आनन्दाय नमः  oṃ ānandāya namaḥ  オーム アーナンダーヤ ナマハ
 ॐ कर्दमाय नमः  oṃ kardamāya namaḥ  オーム カルダマーヤ ナマハ
 ॐ श्रीप्रदाय नमः  oṃ śrīpradāya namaḥ  オーム シュリープラダーヤ ナマハ
 ॐ जातवेदाय नमः  oṃ jātavedāya namaḥ  オーム ジャータヴェーダーヤ ナマハ
 ॐ अनुरागाय नमः  oṃ anurāgāya namaḥ  オーム アヌラーガーヤ ナマハ
 ॐ संवादाय नमः  oṃ saṃvādāya namaḥ  オーム サンヴァーダーヤ ナマハ
 ॐ विजयाय नमः  oṃ vijayāya namaḥ  オーム ヴィジャヤーヤ ナマハ
 ॐ वल्लभाय नमः  oṃ vallabhāya namaḥ  オーム ヴァッラバーヤ ナマハ
 ॐ मदाय नमः  oṃ madāya namaḥ  オーム マダーヤ ナマハ
 ॐ हर्षाय नमः  oṃ harṣāya namaḥ  オーム ハルシャーヤ ナマハ
 ॐ बलाय नमः  oṃ balāya namaḥ  オーム バラーヤ ナマハ
 ॐ तेजसे नमः  oṃ tejase namaḥ  オーム テージャセー ナマハ
 ॐ दमकाय नमः  oṃ damakāya namaḥ  オーム ダマカーヤ ナマハ
 ॐ सलिलाय नमः  oṃ salilāya namaḥ  オーム サリラーヤ ナマハ
 ॐ गुग्गुलाय नमः  oṃ guggulāya namaḥ  オーム グッグラーヤ ナマハ
 ॐ कुरुण्टकाय नमः  oṃ kuruṇṭakāya namaḥ  オーム クルンタカーヤ ナマハ

参照:Children of Goddess Lakshmi and Lord Vishnu

プリティヴィー・ムドラー

万物を支え、食物を育み、私たちに生きるエネルギーを与え続ける母なる大地。
時に破壊的で、無秩序な姿を見せるも、最後には私たちをあたたかく包み込むその慈悲深い恩寵は、何ものにも代え難いものです。
インドでは古代より、そのエネルギーは女神として崇められてきました。
そして、それは一人ひとりの身体の内にも生きています。

私たちの身体の奥深く、脊椎の基底には、土の要素を持つムーラーダーラ・チャクラがあるといわれます。
そのムーラーダーラ・チャクラには、生命エネルギーの源である、蛇の姿をしたクンダリニーが静かに眠っています。
このチャクラが活性化すると、生きるエネルギーに満たされ、地に足がついたように人生は安定し、豊かさを享受することができると伝えられてきました。

私たちの内にある、そんな土の要素を活性化させるムドラーがあります。
大地を意味するプリティヴィー・ムドラーです。
プリティヴィー・ムドラーでは、親指と薬指の先端をあわせ、残りの3本の指はまっすぐに伸ばします。
どちらの手でも実践できるこのムドラーで重要となるのは、それぞれ火と土を象徴する、親指と薬指です。

このムドラーの実践を通じて親指と薬指を合わせる時、自分自身の内で火の要素が落ち着き、土の要素が向上するといわれます。
5元素で成り立つとされる私たちの身体において、土の要素は身体を構成する骨や筋肉を司り、それは成長や土台としてあらわれます。
一方で、身体の熱を司る火が乱れると、炎症や消化不良といった不調があらわれると伝えられてきました。

このムドラーを通じて生まれるエネルギーは、身体をどっしりと強化するとともに、身体にあらわれるさまざまな症状を癒すと信じられます。
深く影響し合う身体と心を持つ私たちにとって、身体の不調が少しでも軽減すれば、心は自然と安定していきます。
焦りや苛立ちのない落ち着いた心は、自信や気力を生み出し、より豊かな歩みへと私たちを導いてくれるものです。

まずは自分自身のエネルギーの源につながり、健やかな身体を築きながら、揺らぐことのない心を育むこと。
そうして一人ひとりの心身から生み出される安定は、この大自然にも、大きな平安をもたらすはずです。
こうしてシンプルに実践できるムドラーを通じて、世界の平安を願いたいと感じます。

(文章:ひるま)

9つの惑星と金属

インド占星術では、9つの惑星に対応する宝石があるとされ、占星術的な処方として用いられることがあります。
同じように、それぞれの惑星に対応する金属があるとされています。

対応した金属は、惑星のエネルギーに共鳴しながら、それぞれの惑星がもたらすさまざまな悪影響を軽減し、より良い影響を向上させると信じられています。

9つの惑星と金属
惑星  金属
 太陽  金(または銅)
 月  銀
 火星  銅
 水星  青銅(または真鍮)
 木星  金
 金星  銀
 土星  鉄
 ラーフ  鉛
 ケートゥ  合金


※宗派や占星術師によって、対応する金属が異なる場合があります。

ヴラタ(誓願)に勧められるアールー・ティッキーのレシピ

ヴラタ(誓願)に勧められるアールー・ティッキー(आलू टिक्की)のレシピをご紹介いたします。

インドではそれぞれの信仰に基づいて、さまざまなヴラタが行われます。その多くは、瞑想や断食を通じた祈りや、マントラの詠唱などがあります。特に断食は、感覚器官を統制し、自己を清めるための重要な行為とされます。完全な断食を行うこともあれば、身体を浄化する果物や牛乳などの摂取は行うことも多くあります。

断食の中で、特に多くの人々が実践するのが、ナヴァラートリー(春と秋に訪れる女神を讃える9日間の祝祭)です。季節の変わり目において、断食や食の節制を行うことで、健やかな心身がもたらされると信じられます。

インドには、こうしたヴラタの際に勧められるさまざまなレシピがあります。その一つ、アールー・ティッキーをご紹介いたします。

アールー・ティッキーは、衣のないコロッケのようなもので、軽食として日常的に食されるものでもあります。材料の菱の実の粉は、シンガーレー・カー・アーター(सिंघाड़े का आटा)と呼ばれ、ヴラタの際に用いられます。入手できない場合は、蕎麦粉でも構いません。しかし、ヴラタの際は小麦粉の摂取は勧められないため、小麦粉の使用は控えることが勧められます。また、ヴラタの際は通常の塩ではなく、ミネラルを多く含んだセーンダー・ナムク(सेंधा नमक)と呼ばれる岩塩を用いることが勧められます。また、心身に刺激を与える玉ねぎや大蒜の摂取も控えることが勧められます。

★アールー・ティッキー★

【材料】
・じゃがいも:400グラム
・菱の実の粉:50グラム
・ピーナッツ:50グラム(ローストし、粗く砕いておく)
・コリアンダー・リーフ:大さじ2〜3(細かく刻んでおく)
・ギー:大さじ3〜4
・生姜:1片(細かく刻んでおく)
・グリーンチリ:1〜2本(細かく刻んでおく)
・ブラックペッパー:8〜10粒(粗く砕いておく)
・岩塩:小さじ1

【作り方】
・じゃがいもを茹でて皮をむき、冷めたら、おろし器で粗めにすりおろしておく。
・おろしたじゃがいもの中に、岩塩、ブラックペッパー、グリーンチリ、生姜、菱の実の粉、ピーナッツ、コリアンダーリーフを入れてよく混ぜる。
・よく混ぜたら、丸めて平たく潰す。
・フライパンにギーを入れて温め、きつね色になるまで両面をよく焼く。
・出来上がったら、チェツネやソースと一緒に頂く。

アールー・ティッキーの作り方は、以下の動画が参考になります。

魚の目をもつ女神

多様性に富む広大なインドの地には、さまざまな表情を見せる豊かな自然が溢れています。
古代より、人々の祈りの中心となってきたそうした自然のあらわれは、神格化され、その多くが女神として崇められてきました。
自然の移り変わりの中で祝福されるナヴァラートリー祭では、インドの地を育むそんな女神たちが熱心に崇められます。

インドの各地において、さまざまな姿で崇められる女神の中に、ミーナークシーという女神がいます。
パールヴァティー女神の化身とされるミーナークシー女神は、南インドのマドゥライを中心に繁栄したパーンディヤ朝において、継承者となる王子を求めていた夫妻のもとに、王女として生まれたと伝えられます。
シヴァ神は、王女を後継者として育むように、夫妻に求めました。
事実、王女は偉大な力を持ち、王国を統治すると、後にシヴァ神の妻になったと信じられます。

アーリア文化が根づく北インドに比べ、ドラヴィダ文化が根づく南インドでは、女性の力を重視する慣習が見られます。
例えば、女性が寺院を訪れる際には頭を覆う北インドの慣習に対し、南インドにそのような慣習は見られません。
そんな文化の中で崇められるようになったミーナークシー女神の名前には、魚の目という意味があります。

海に面した地域で崇められてきたミーナークシー女神は、もともとは漁民の女神であったと伝えられます。
その目は、魚のように常に見開き、閉じることはありません。
それは、神々が常に私たちを見つめ、恩寵を注いでいることを意味しているかのようです。

その姿は、魚の子育てにも例えられます。
子育てをする魚の多くは、外敵を追い払ったり、新鮮な酸素を送ろうと水をあおったり、遠くから見守るように子育てをするといわれます。
ミーナークシー女神は、私たちにそのような愛を常に注いでいるのかもしれません。
しかし、私たちは日々の中で、その愛を見失いがちです。
日々の一瞬一瞬において、常に神々に見つめられていることに気づく時、私たちは平安の中で善行に努め、幸せとともに生きることができるはずです。

季節の変わり目に祝福されるナヴァラートリー祭は、その大自然の動きに調和をしながら、こうした女神の力に繋がるとりわけ神聖な時です。
私たちを育む大自然を敬い、その恩寵に気づく時、その行為からは、自分自身の内を統治し、幸福をもたらす偉大な力が生まれるはずです。

(文章:ひるま)

世界を破壊し、万物に限りない恵みをもたらすシヴァ神の千の御名

神の言語であるサンスクリット語による祈りは、精神的・肉体的な問題を癒すヒーリング・サウンドとして作用し、人々の願望や、魂の欲求を満たすことができると信じられています。
その一つに、破壊神であるシヴァ神を讃える千の御名(シヴァ・サハスラナーマ)があります。

シヴァ神の御力と栄光は、宇宙全体に浸透し、生きとし生けるものすべての内に、意識として輝いています。
シヴァ神の偉大なる性質を賛美し、また伝統的な方法で礼拝することは、あらゆる分野での勝利をもたらし、究極的には内なる神の存在を悟り得ます。
シヴァ神は、もっとも微細な象徴のアーカーシャでもある至高の存在です。

ヴェーダにおけるルドラとしての姿では、真理の悟りへの障害となる暗黒と悪を滅ぼします。
ダクシナームールティの姿においては、シヴァ神は究極の教師であり、熱意を持って帰依者を指導し、知恵と叡智を授けます。
アルダナーリーシュヴァラの姿においては、男性性と女性性のように完全に相反する形態でさえも、完全な調和がとれることを示し、結婚生活やその他の社会生活における調和を帰依者に祝福します。
チダムバラムを踊るナタラージャの姿においては、広大な宇宙とわたしたち内部に存在する神聖エネルギーを鼓舞する踊りを舞います。
マールガヴァンドゥの姿においては、シヴァはわたしたちの守護神として、人生という旅の期間、護り導いてくれます。
カーラヴァイラヴァの姿においては、帰依者が時間を最大限有効に使い、人生の目的に到達できるよう手を差しのべます。
光のリンガを意味するジョーティリンガの姿においては、あらゆる神々の中心的存在としての姿で顕現し、帰依者に祝福と叡智を授けます。
5文字からなるマントラ、ナマーシヴァーヤの姿においては、神聖光輝への道標となり、導き手となります。
ムリティユンジャヤの姿においては、帰依者を健康と長寿で祝福し、不死を授けます。

真摯に心を込めてシヴァ神への祈りに耳を傾けることで、誰もがその祝福を得ることができるでしょう。