大地を救う猪の神

世界中が深い祈りに包まれた3月11日。
インドは、暑い夏を迎える前の、束の間の春の穏やかな気候が続いていました。
この季節になると、あの時に感じた強く大きな祈りを思い出します。
何年経っても、風化することはありません。

大自然の豊かなあらわれが神々として崇められるインドの神話には、宇宙の大海に沈んだ大地を救う、猪の姿をしたヴァラーハと呼ばれる神様がいます。
ヴィシュヌ神の化身として崇められるヴァラーハ神について、シュリーマド・バーガヴァタムでは以下のように記されています。

『あらゆる犠牲を楽しむ至高の方は、大地の繁栄を願い猪の姿としての化身を受け入れました。彼はそして、冥土に沈む大地を持ち上げました。』(Srimad Bhagavatam 1.3.7)

『究極の力を持つ至高神が、気晴らしとして猪の姿をとったとき、地球の生命はまさにガルボーダカと呼ばれる宇宙の大海に沈んでいました。大地を沈めた悪魔ヒラニヤークシャが現れたとき、神はその牙で悪魔を突き刺しました。』(Srimad Bhagavatam 2.7.1)

ヴァラーハ神が倒した悪魔ヒラニヤークシャの名は、「金の目を持つもの」を意味します。
富と欲望によって地球全体を征服しようとしたヒラニヤークシャは、計り知れない恵みをもたらす大地の女神を誘拐し、宇宙の大海へと沈めてしまいました。
神々が助けを求めると、ヴィシュヌ神は猪の姿となってヒラニヤークシャを倒し、沈んだ大地を持ち上げたのだと伝えられます。

猪は、犠牲の象徴として崇められてきました。
泥浴を好む猪が雨雲のように黒い姿となって、凄まじい勢いで突進する姿には、ヴァラーハ神があらゆる犠牲を恐れることなく真っ直ぐに突き進み、大地を救う姿が見えるようです。

ヴァラーハ神の牙の上で均衡をとる地球を見ると、世界の調和のためには、どんな時も、一人一人の胸で生きるヴァラーハ神が必要のように感じます。
自分自身の欲望を倒し、誰しもがより大きな世界のために生きる時、そこには究極の平安があるに違いありません。

大惨事を乗り越え、前に突き進む強さの根底には、人々の深い祈りが支えとしてあったことと思います。
世界が一つの大きな祈りに包まれたあの瞬間を忘れることなく、今を大切に生きたいと感じています。
皆様にとっても、この時が安らかな時でありますよう、心よりお祈り申し上げております。

(文章:ひるま)

瞑想とこころの平安のためのパンチャ・シャーンティ・マントラ

瞑想は、内面にいる神との対話をたのしむための魂のことばです。最善をつくして神に祈り、すべてを神にゆだねましょう。サンスクリット語での祈りは、思考をただし、瞑想の糧となるといわれています。それは、人を「魂の歓び」という大河に完全に浸してくれます。また平安の道を歩み、永遠なる神の住みかへと導きます。平安のもっとも妨げとなるものは、強欲、ねたみ、怒り、そしてうぬぼれです。瞑想によってそれらの障害はかき消され、至高の平安の究極のよろこびへと導かれます。

マントラによる祈りは、天界へと飛びたつための翼であり、瞑想は神をみるための目です。ゆるぎない信仰、信頼、そして想いをこめてとなえられる祈りは、関係する神々を呼びおこし、無限の宇宙エネルギーからの力を呼び覚まします。

瞑想とこころの平安のためのマントラにしずかに耳を傾け、瞑想にふけることで、神々の力とのつながりをもちます。繁栄、幸運、成功、名声、勇気、精神的強さ、英知、そして神の至福とともに、こころの平安を手にいれることができます。

瞑想とこころの平安のために唱えられるマントラの一つ、パンチャ・シャーンティ(シャーンティ・パンチャカム)です。シャーンティ・マントラは、最後にシャーンティを三度唱えて終わります。自身の内面(アーディヤートミカ)、精神世界や霊界(アーディバウティカ)、神々の世界(アーディダイヴィカ)の三界における祈願をするために、同じマントラが三度唱えられます。

生と死の喜び

カラフルな色粉が飛び交い、この上ない喜びに満ちるホーリー祭は、毎年2~3月の満月に祝福されます。
その満月の3日前となる2月27日、聖地ヴァーラーナシーでは、少し異なったホーリー祭が祝福されました。

このホーリー祭が祝福されるのは、火葬場があることで有名なマニカルニカー・ガートです。
満月の4日前は、ラングバリー・エーカーダシーと呼ばれ、シヴァ神とパールヴァティー女神の結婚が成就した日であると信じられます。
そして、次の日にかけ、シヴァ神は群衆とホーリー祭を祝福したと信じられ、現在でもシヴァ神の帰依者たちがこの時にホーリー祭を祝福するのだといわれます。

マニカルニカー・ガートで祝福されるホーリー祭では、色粉の代わりに、荼毘にふした際の薪の灰が用いられます。
解脱の地であるヴァーラーナシーで死すことを求め、世界中から人々が訪れるマニカルニカー・ガート。
朝から晩まで、死者を荼毘にふす煙が立ち込めます。
人々の肉体を焼いたその灰を用いるこのホーリー祭は、死とは喜びであることを伝えているようです。
私たちは、恐れることなく、死を喜びとして受け入れることができるでしょうか。

シヴァ神とパールヴァティー女神の結婚の成就は、プルシャ(精神:男性原理)とプラクリティ(物質:女性原理)の結合によって世界が生まれることを象徴します。
その世界において、生まれ持った肉体という現象を通じ、私たちはさまざまな苦難を経験しながら、永遠の魂に気づくための歩みを続けています。
そして、限りある物質世界から、いつしか解放された魂となるとき、肉体の死すらも喜びとして受け入れることができるのかもしれません。

シヴァ神は、瞑想の邪魔をした愛神カーマデーヴァを焼き払い、その灰を身体に塗りました。
それは、苦難を生み出す欲望に打ち勝つことを意味し、身体に塗られた灰は、変化に富む物質世界のさまざまな影響から私たちを守ると信じられています。

古代より、輪廻からの解脱が説かれてきたインドの地。
そこでは今も、永遠の魂を喜ぶ祝祭が続いています。
恐れることなく死を受け入れることができるように、日々の苦難も喜びとして、魂の向上のための歩みを続けていきたいと感じています。

(文章:ひるま)

2018年3月の主な祝祭

2018年3月の主な祝祭日をご紹介いたします。

3月の満月には、インドの3大祭りの一つにも数えられるホーリー祭が盛大に祝福されます。その後の新月を過ぎると、女神を讃える9日間の夜、春のナヴァラートリー祭が始まります。

3月1日 ホーリー祭
3月2日 満月/ホーリー祭
3月5日 サンカタハラ・チャトゥルティー
3月6日 ラング・パンチャミー
3月9日 シータラー・アシュタミー
3月13日 エーカーダシー
3月15日 ミーナ(魚座)・サンクラーンティ/シヴァラートリー
3月17日 新月
3月18日 ナヴァラートリー祭の始まり/ウガーディ/グディー・パードゥヴァー
3月20日 マツシャ・ジャヤンティ
3月23日 ヤムナー・ジャヤンティ
3月26日 ラーマ・ナヴァミ/ナヴァラートリー祭の終わり(インドでは25日となる地域もあります)
3月27日 エーカーダシー
3月31日 満月/ハヌマーン・ジャヤンティ

※地域や慣習によって差異が生じます。

1年を通じた祝祭、またその詳細について、インド暦カレンダーでご紹介しております。

参照:http://www.drikpanchang.com/panchang/month-panchang.html

クジャクのアーサナ

ヨーガの思想について説かれるダルシャナ・ウパニシャッド。
サーマ・ヴェーダに付属するそのウパニシャッドでは、マユーラーサナと呼ばれるヨーガのポーズについて説かれます。
マユーラはクジャクを意味し、現代では強力な解毒効果のあるポーズとして実践されています。

インドの国鳥でもあるクジャクは、神々の側に描かれることも多く、古代より崇高な存在として捉えられてきました。
大きく羽を広げた豪華絢爛な姿は、輝きや高潔さをあらわす一方で、毒虫や毒蛇を好んで食す、その高い解毒力が神聖視されています。
そんなクジャクの名を持つこのポーズの実践は、私たちの内のもっとも強い毒を取り除くと信じられています。

クジャクによって消化される毒虫や毒蛇は、私たちのもっとも強い毒である欲望や執着を象徴します。
私たちの内なる世界には、無数の毒虫や毒蛇が渦巻き、時に私たちを悩ませ、苦しませます。
このポーズに取り組む時、そうした欲望や執着という毒が消化され、精神的な幸福が授けられると信じられます。

マユーラーサナが持つ解毒効果は、そのポーズの過程で、マニプーラ・チャクラが刺激されることにあります。
太陽神経叢に関連し、身体の中心に位置するマニプーラ・チャクラは、このポーズで肘を深く臍の周囲に入れる過程で刺激されます。
火を象徴し、消化を司るマニプーラ・チャクラがこのポーズによって正常に働き始めると、消化力が向上し、ネガティブなエネルギーすらも消化できるようになるといわれます。

マユーラーサナは、強い体幹力と確かなバランス感覚を必要とする難しいポーズの一つです。
身体の中心に繋がるこのポーズを繰り返し練習することは、何よりも、身体と心の調和を促します。
マニプーラ・チャクラの働きによってあらゆる毒素が消化され、健康な心身を得る時、そこでは究極の至福にたどり着くことができるはずです。

ヨーガのポーズは、決して身体的な取り組みだけを意味するのではありません。
その一つ一つには、精神的な恩恵を授ける深い意味が秘められています。
そうした意味を理解しながらポーズに取り組む時、より大きな恩恵を感じることができるに違いありません。

(文章:ひるま)

インドで女性達がトゥリングを身につける理由

ヒンドゥー教の結婚式では、花婿が花嫁の両足の人差し指にトゥリングを身につける儀式があります。
トゥリングは結婚指輪のように、既婚女性の証として生涯に渡って身につけられます。
 
そこには、ラーマーヤナに伝わる神話があります。
魔王ラーヴァナに連れ去られたシーター女神は、その途中、夫であるラーマ神に見つけ出してもらえるようにと、目印として、身に着けていたトゥリングを落としたと伝えられます。
シーター女神とラーマ神は理想の夫婦像として捉えられ、現代でもその象徴的な結婚の証として、トゥリングが身につけられます。
 
トゥリングは親指と小指を除いた3本の指に身につけられることが多く、既婚女性は人差し指に身につけることが勧められます。
未婚女性は、中指に身につける場合もあります。
また、その材質は一般的にシルバーが好まれます。
インドでは、足の人差し指は子宮と繋がっていると信じられ、この指に良導体であるシルバーのトゥーリングを身につけることで、月経の周期が調整され、身体のエネルギーのめぐりが良くなると信じられています。
 
トゥリングは、現代ではファッションの一部として身につけられることも多くあります。
華やかでさまざまなデザインや材質のトゥーリングが見られますが、シルバーは大地からのエネルギーを吸収し、心身の負のエネルギーを放出する力がとりわけ強いといわれます。
(価値のある金は、一部の慣習で腰から下に身につけてはならないとされるため、避けられる場合があります。)
 
心身に健康をもたらす叡智が秘められたインドの文化。幸せな生活のために、取り入れてみるのも良いかもしれません。
 
参照:https://en.wikipedia.org/wiki/Toe_ring

愛のためのカーマデーヴァのマントラ

人生で恋愛ほど祝福に満ちたものはありません。人生は恋愛と結びついてこそ、実りあるものとなります。それはこころを和らげて美しくし、またあなたの魂を本来のあるべき場所へと導きます。この世の音楽で、天使たちのいる天界へと届く音楽は、愛の賛歌を奏でたものです。

この世の幸福の中で、夫婦間で信頼し合い、仲良く生活できることほど幸せなことはないと、H.ガイルズ博士は述べています。意中の異性に惹かれ、また互いに深く愛し合うことは、間違ったことではありません。近い魂がお互いに惹きあい、自然と互いの愛が形となることは、宇宙の創造主がつくりだした創造原理です。しかし、このような真理を知らないで、人々は恋人や夫婦の仲を永く保つことができず、結果として離別がおとずれ、気落ちすることになります。

インドには、魂の幸福な結合に関する古代文献から、サンスクリット語の天界に響く音の波動を通じて、愛情の念を成就させるマントラが伝わります。深く集中して耳を傾けて、サンスクリットの音の波動を吸収することで、この波動がさまざまな方法によって感覚器官と魂を揺さぶり、2つの魂が互いに惹きつけられるようになります。

愛のために唱えられる数あるマントラの中に、愛の神であるカーマデーヴァのガーヤトリー・マントラが伝わります。愛の感情を支配することで知られるカーマデーヴァを崇拝することは、熱意と活力をもたらし、人々を惹きつける魅力をもたらすと信じられています。愛に満ちた生活のために広く崇拝されるカーマデーヴァと妃であるラティは、男性と女性の魅力を映し出す美しさの典型としても考えられています。

シャイラプートリー女神の恵み

女神を讃える夜が9日間続くナヴァラートリー祭では、ドゥルガー女神の9つの姿である「ナヴァドゥルガー」が1日ずつ礼拝される習わしがあります。
そんなナヴァドゥルガーの中で、最初の女神として崇められるのがシャイラプートリー女神です。

シャイラプートリー女神は、シヴァ神の最初の妃であるサティーの生まれ変わりと信じられ、霊性修行を行う中で、まず初めに礼拝されるべき存在として崇められています。
その名前には、「山の娘」という意味があります。

空を突き破るように高く隆起する山々は、インドでは古代より、偉大なエネルギーの象徴として崇められてきました。
この地の本質として、あらゆるものを宿すと考えられてきたそのエネルギーは、私たちを育む、慈しみに満ちた存在です。

そんなエネルギーの象徴であるシャイラプートリー女神は、私たちの身体において、第1番目のチャクラであるムーラーダーラ・チャクラに眠っていると信じられます。
ナヴァラートリー祭の最初において礼拝されるシャイルプートリー女神は、霊性修行において、私たちがまずこの偉大なエネルギーを呼び覚ます必要があることを伝えています。

シャイラプートリー女神は、シヴァ神と同じ雄牛を乗り物とします。
内なる世界で彼女が目覚め、雄牛に乗って霊的な旅を始める時、私たちのエネルギーは、頭頂で待つシヴァ神に向かい始めます。

春と秋の2回、季節の変わり目に祝福されるナヴァラートリー祭は、世界を動かすそんな女神のエネルギーが活発になる時です。
このナヴァラートリー祭を通じて9日間に渡る断食や霊性修行を努め上げると、そのエネルギーはシヴァ神に結びつくと信じられてきました。

大自然のさまざまな動きが神々として崇められてきたインドにおいて、高くそびえる山々ほど、この地が生み出す偉大なエネルギーを覚えることはありません。
そのエネルギーは、私たちの内なる世界にも存在しています。
自分自身の努力によって、そのエネルギーを呼び覚ますことで、やがて限りのない至福にたどり着くことができるに違いありません。

もっとも神聖で、吉兆の日であるといわれるナヴァラートリー祭の始まりに、皆様にもシャイラプートリー女神の大きな祝福がありますよう心よりお祈り申し上げます。

(文章:ひるま)

断食を行う理由

シヴァ神を讃えるもっとも神聖な夜であるマハー・シヴァラートリー。
この夜、多くの人々は断食を行い、シヴァ神への祈りを捧げ、プージャーを執り行います。
インドでは、こうした祝祭やプージャーを受ける際、一般的に断食を行うことが勧められます。
この断食を行う理由には、宇宙の生み出すエネルギーを享受するための深い意味が秘められています。

インドの祝祭の多くは、主に太陽や月といった天体の運行に基づく暦法によって決められ、毎年の日付が多少前後します。
そうして計算される祝祭は、宇宙全体が喜びのエネルギーを放つ瞬間に他ありません。
神々のエネルギーを呼び覚ますプージャーが行われる間も、同じように吉兆なエネルギーが生み出されます。
断食は、そうして放たれる宇宙の幸福に満ちたエネルギーを最大限に吸収するための大切な方法として捉えられてきました。

私たちの身体において、消化や吸収といった代謝を司るのは、マニプーラ・チャクラであると伝えられます。
臍のあたりに位置するマニプーラ・チャクラでは、消化の炎が燃え盛り、黄色の太陽のように輝いているといわれます。

食事を行うと、マニプーラ・チャクラでは食物をエネルギーに変換するための消化の活動が始まります。
一方で、断食や節食をする時、私たちは神々のエネルギーを吸収することに集中できるようになります。
そうして、祝祭やプージャーにおいて生み出される、宇宙の幸福に満ちたエネルギーを最大限に吸収することができるのです。

この他にも、断食は身体の浄化を助けるなど、多くの恩恵が伝えられます。
何より、食欲という欲望を克服することは、感覚の制御を成し遂げることに他ありません。
感覚が制御されると、意識は解き放たれ、より崇高な力を呼び覚ますことが可能となります。

祝祭やプージャーを受ける際、断食や節食をして、心と体の調和をとってみるのも良いかもしれません。
宇宙が放つ偉大なエネルギーを享受し、その大きな恩恵を感じられることと思います。

(文章:ひるま)

カーマデーヴァの5つの矢

カラフルな色が飛び交い、インド中が歓喜に包まれるホーリー祭は、芽吹く陽春の喜びをそのままに象徴する心が浮き立つ祝祭です。そんなホーリー祭は、愛の神であるカーマデーヴァが礼拝される時でもあり、この美しい季節の祝福の中で、愛しい気持ちを感じる瞬間が多くあります。

春の神格であるヴァサンタを親友とするカーマデーヴァは、この春の季節に活発になると古くから伝えられてきました。ホーリー祭とカーマデーヴァの間には、シヴァ神にまつわるある有名な神話が伝わります。

最初の妻であるサティーを亡くしたシヴァ神は、悲しみのあまり、深く長い瞑想を続けていました。サティーがパールヴァティーとして姿を現し再び結ばれる時を迎えるも、シヴァ神は目を開けることはありません。そんなシヴァ神を目覚めさせようと、カーマデーヴァが愛の矢を打ち放ちます。すると、シヴァ神の第三の目が開き、そこから鋭い閃光が放たれたのだといわれます。それが、このホーリー祭であると一説に信じられています。

カーマデーヴァは、「花の矢を持つ者」を意味する「クスマシャラ」と呼ばれることがあります。カーマデーヴァの持つ花の矢は5つあり、それは、チャンパカ、ロータス、ジャスミン、マンゴー、アショーカといわれます。どれも、香しい芳香を放ち、世界を魅了する麗しい花の数々です。

美しい香りを放つカーマデーヴァの矢は、私たちの感覚を魅了します。豊かな感情を生み出すその力は、時に、心の平安を奪うものとして捉えられることがあります。しかし、春を引き連れ美しい花を運ぶカーマデーヴァの矢は、死や腐敗に包まれ荒廃していた世界に、命や再生をもたらし、再び繁栄を呼び覚ましました。

冬から春へ、巡る大自然がそうであるように、私たちは常に、調和の中で生きることを学ばなければなりません。そこでは、愛するという感情を大切に育み、より豊かな日々を送ることができるはずです。

一年に一度、心の奥深くから溢れる喜びを感じるホーリー祭のように、人生の一瞬に喜びを見出し、調和をしながら生きることを学びたいと感じます。皆様にも、うららかな春の喜びが訪れますように、心よりお祈り申し上げます。

(文章:ひるま)