富の祝祭−ダンテーラス2017

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2017年は10月17日に、ディーワーリー祭の始まりとして祝福される「ダンテーラス(ダントラヨーダシー)」を迎えます。「ダン」は富を、「テーラス」は13日目を意味し、満月から数えて13日目に行われる富の祝祭です。新しいものや、金や銀といった価値あるものを購入したり、また新しい事業を始めるにも吉兆な日として知られ、マーケットは大賑わいとなり、富と幸運の女神であるラクシュミー女神もまた盛大に礼拝されます。「富」を祝福するこのダンテーラスには、富だけではないとても深い意味が秘められています。

そこにはこんな言い伝えがあります。ある若王は、結婚から4日目に蛇にかまれて死ぬという運命をホロスコープに持っていました。若王が結婚した後、妻となった女性は、その4日目にありとあらゆる宝石や装飾品で家を飾り付け、美しい歌を歌い始めます。蛇となって現れた死の神ヤマは、輝く装飾に目がくらみ若王の下に近づけず、また若妻の歌う美しい歌に酔いしれました。結局死の神ヤマは、若王に死を与えることなく、その場を去って行ったと伝えられます。

この日がダンテーラスにあたり、若王の妻が行ったように家々を煌びやかに飾りつけることで、悪いものが追い払われると信じられています。実際に多くの家庭では、この日からディーワーリー祭に向けさまざまな飾りつけを行い、光を灯し始めます。

またこの言い伝えは、ホロスコープに書かれた運命すらも、私たちは正しい行いによって変えることができるということを物語っています。若妻の夫を思う心が生み出した美しい行いは、夫の運命を、また若妻自身の運命を変えました。このように、一瞬一瞬の出会いや行いを、大きな気づきと共に正しい思いで全うすることで、その先には明るい未来が待ち受けていることを私たちに伝えています。

一部の慣習では、アーユルヴェーダの神であるダンヴァンタリ神もまた、このダンテーラスの日に誕生したとして盛大な祝福が行われます。この日から、ディーワーリー祭が始まります。このダンテーラスに始まる美しい祝祭を、光と共に迎えられますよう、この日家々を美しく飾ってみるもの良いかもしれません。

(文章:ひるま)

参照:”Dhanteras”, https://en.wikipedia.org/wiki/Dhanteras

カルヴァー・チャウト2017

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2017年10月9日、インドではカルヴァー・チャウトの祝福が盛大に執り行われます。

カルヴァー・チャウトは主に北インドで行われる、既婚の女性たちによる断食です。より良い結婚生活と夫の健康を願って行われるものであり、早朝に身体を清めた後、女性たちは陽が昇る前にフルーツなどの食事をとり、その後日没まで完全な断食を行います。陽が沈み、月の光が現れた頃、プージャーを行い花と水を月に捧げ断食を終えます。

この断食は、シヴァ神とパールヴァティー女神に捧げられるものと言われます。シヴァ神のために厳しい苦行を行ったパールヴァティー女神のように、女性たちはこの厳しい行いを通じて、夫の幸せと、円満な結婚生活を祈ると伝えられています。

女性たちは結婚時を象徴する赤色などのサリーを身にまとい、メヘンディ(へナ)やバングルで美しく着飾ります。家族間ではプレゼントが交換され、プージャーが執り行われます。女性たちが集まり、カルヴァー・チャウト・カター(カルヴァー・チャウトの神話の読誦)が行われる慣習もあります。

この慣習は、お嫁に行った女性達が結婚を通じ得るさまざまな問題を女性達の間で共有し助け合うことから始まったと伝えられています。また一説には、北インドを支配するムガル帝国と戦うため、戦地へと赴く夫の健康と幸福を女性達が祈っていたことに始まりがあるとも伝えられています。

参照:http://en.wikipedia.org/wiki/Karva_Chauth

アムリタの満月

秋の澄んだ夜空に浮かぶ満月の輝きは、心を奪われるほど美しいものです。インドには、そんな月夜を喜ぶ、甘美な祝祭があります。ナヴァラートリー祭を終えた後に迎える、コージャーガラ・プールニマー(シャラダ・プールニマー)と呼ばれる満月です。2017年は10月5日(日本時間の満月は6日)となるこの満月は、インドの各地でさまざまな祝祭が執り行われます

一説に、この満月の月明かりは、不老不死の霊薬であるアムリタのような恩恵を私たちの心身に授けるといわれます。この夜、人々はキールと呼ばれるミルク粥を作り、月明かりの下に捧げます。この月明かりを浴びたものはアムリタになると信じられ、人々は心地よい月明かりの下で、アムリタとなったミルク粥を食します。

この夜にミルク粥を食する理由には、生命の科学に基づいた教えがあります。インドでは、長く続いていた酷暑期と雨期が終わり、夏から秋に向かう季節です。日中はまだとても暑く、夜は少しずつ冷え始めます。この時、私たちの身体では熱の性質をもつピッタが乱れ、心身にさまざまな不調があらわれ始めます。夜にミルクと米を食することは、このピッタを落ち着かせるための最善の方法として勧められてきました。

月夜の下に置かれたミルク粥は夜風に冷まされ、私たちの心身に入るとピッタを落ち着かせます。健康と幸福を授けるミルク粥、それはまさに、霊薬であるアムリタに他ありません。

収穫祭にあたる地域も多いこの満月は、豊穣の女神であるラクシュミーを夜通し礼拝する時でもあります。この夜、ラクシュミー女神は目を覚ましている者を見つけると、その者に喜びを授けるのだといわれます。美しい自然の情景、特に、満月を眺めることはピッタを落ち着かせると信じられてきました。ラクシュミー女神は、私たちに健康と幸福を授けるために、この夜にあらわれるのかもしれません。

神々の力のあらわれである大自然に調和をしながら、身体と心と向き合い、幸せに生きる術がインドには溢れています。次の満月、皆様もどうぞ、月明かりを浴びながら至福の時をお過ごしください。

(文章:ひるま)

マハートマー・ガーンディー生誕祭

広大で様々な宗教や慣習が入り混じるインドでは、それぞれの祝祭に合わせ多くの祝日がありますが、国全体が祝日となる日は年に3日しかありません。そのうちの一日が10月2日に迎える、マハートマー・ガーンディーの生誕祭です。

バガヴァッド・ギーターを指針とし、非暴力と不服従を基にインドの独立を率いたガーンディーは、偉大な魂として現代でも多くの人々から崇められています。

「幸福とは、考えること、言うこと、することが、調和している状態である。」
―マハートマー・ガーンディー

“Happiness is when what you think, what you say, and what you do are in harmony.”
― Mahatma Gandhi

ガーンディーが望んだように、世界平和と幸福を心よりお祈りしております。

ナヴァラートリー祭の始まり

2017年9月20日は新月です。この新月を過ぎると、いよいよ9日間に渡る秋のナヴァラートリー祭が始まります。2017年は9月21日から9月29日まで祝福されます。

このナヴァラートリー祭の初日に欠かすことができない行いに、ガタ・スターパナ(カラシャ・スターパナ)という儀式があります。プージャーを行う部屋には祭壇と共に苗床を準備し、大麦の種を蒔いて女神を呼び覚まします。この祭壇を通じ、9日間に渡ってプージャーを執り行い、苗床には毎日水を捧げ、敬虔な人々は9日間に渡って灯りを灯し続けます。大麦が芽を出すと、宇宙を育む根源のエネルギーである女神の力を崇めることができます。

ガタ・スターパナの様子。

秋が深まるこの季節、その天候の移り変わりは、私たちの身体にさまざまな影響を与えます。太陽の高さ、風の向きは変わり、受けるエネルギーにも大きな変化が生じます。こうした季節の変わり目に祝福されるナヴァラートリー祭は、断食や女神のへ祈りを通じ、その変化に均衡と安定をもたらすといわれます。変化が生み出すものに打ち勝ち、不変のものと繋がる術を、女神を通じ学ぶ時がこのナヴァラートリー祭です。皆さまの下にも、女神たちの恩寵が多くありますよう心よりお祈り申し上げます。

光の祭典−ディーワーリー(ディーパーヴァリー)

2017年10月19日は、ヒンドゥー教の三大祭のひとつであるディーワーリーの祝日です。このお祭りは、別名ディーパーヴァリーともよばれ、サンスクリット語では「光の列、夜のイルミネーション」を意味します。
この祭典期間中は、ろうそくや煌びやかな照明がインド全国の街中で灯され、その美しさはおおくの人々を魅了します。

このお祭りは、以下のように解説されています[1]。

「ディーパーヴァリーは「光の祭典」として知られ、正義が悪に打ち勝った象徴である。ランプには、その勝利の祝福と人類の希望の記として、灯が点される。ディーワーリーまたはディーパーヴァリー(陶器製のランプの列)を祝う理由は、ラーマが宮殿から追放され14年間を森で暮らす間に、シーターを奪った羅刹王ラーヴァナを殺し、凱旋したラーマを祝福するためである。ラーヴァナを殺した日は、ダシャラー(ディーワーリーの19〜21日前日)として祝われる。祭典は、光とランプに焦点がおかれ、地域によっては、花火が打ち上げられるところもある。

ディーパーヴァリーは、ヒンドゥー暦のアーシュヴィン月に6日間連続で祝われる。おおよそ10月あるいは11月に行われるが、インドでは、もっとも人気があり、待ち望まれている祭典のひとつである。ヒンドゥー教徒、ジャイナ教徒、シーク教徒は、この祭典を、人生の祝福、そして家族と社会の絆を深めるために祝う。ジャイナ教徒にとっては、もっとも重要な祭典であり、ジャイナ教暦では新年にあたる。またシーク教徒にとっても、信仰上重要な祭典である。

・ヒンドゥー教における意義
祭典は、悪に対する正義の勝利を象徴する。サンスクリット語のディーパーヴァリーは、光が暗闇に勝利したことをあらわす光の列を意味する。サンスクリット語の知識が廃れるにしたがい、特に北インドでは、名称が一般にディーワーリーと変化した。

ディーワーリーの日は、多くの人は新しい服を身につけ、お菓子を分け合い、爆竹を鳴らす。北インドの経済界では、事業年度はディーワーリーの日に開始され、新しい商業帳簿はこの日から付けられる。

ヒンドゥーでは、この祭典を祝う理由を、次のようにいくつか挙げている。

・スカンダ・プラーナによると、女神シャクティは、シヴァ神の半身を手に入れるために、シュクラ・パクシャのアシュタミー(月が満ちる時)から21日間の苦行を行った。この誓願(ヴラタ)は、ケーダラ・ヴラタとして知られる。ディーパーヴァリーは、この苦行が完了した日である。この日、シヴァ神は左半身にシャクティを受け入れ、アルダナーリーシュヴァラとして顕現した。熱心な帰依者は、空間を意味するカラシャと呼ばれる容器に21本の紐を入れ、35日間21種類の供養を行う。最終日はケーダラ・ガウリー・ヴラタとして祝われる。

・ディーワーリーは、アヨーディヤの王ラーマが羅刹王ラーヴァナを殺し、シーターと弟のラクシュマナとともに、アヨーディヤへと凱旋した祝いでもある。道に沿ってオイルランプに灯りを点すことで、暗闇にある人々の道を照らすと信じられている。北インドでは、祭典はヴィクラム暦の最終日に行われる。次の日は北インドの新年にあたり、アンナクットと呼ばれる。

・クリシュナの妻のひとりであるサティヤバーマーによって、大破壊をもたらした悪鬼ナラカースラ(地獄のアスラの意味)が倒された祝日。クリシュナのアヴァターの時代であるドゥヴァーパラ・ユガにもたらされた。別の解釈では、悪鬼はクリシュナ自身に倒されたともいわれる。南インドでは、シャリヴァハナ暦にしたがうため、ディーワーリーの新年は一致しない。
(以下略)」

地方によっては、女神ラクシュミーをお祀りするところなどもあるようです。この日はインドの習慣にならって、ランプに灯を点し正義の復興を願ったり、日頃お世話になっている人々に贈り物をしてみるのもよいかもしれませんね。

出典
[1] Wikipedia “Diwali”, http://en.wikipedia.org/wiki/Diwali

ヴィシュヴァカルマン・プージャー2017

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2017年9月17日はヴィシュヴァカルマン・プージャーの吉日です。

ヴィシュヴァカルマン・プージャーは、北インドや東インドにて行われる祝祭です。

ヴィシュヴァカルマンは、インド神話においてあらゆるものを設計した神として知られています。現在でも、物造りや技術の神様として、工場などにおいて広く祀られ崇められています。

ヴィシュヴァカルマン・プージャーはヴィシュヴァカルマンの生誕日だとする説もありますが、あらゆるものを設計し、創造したとされるヴィシュヴァカルマンは全ての起源であるとされることから、生誕日が存在することはつじつまが合わないとする信仰もあります。

それでもこの日は特に、物造りに関わる人々にとってはとりわけ吉兆な時であり、ヴィシュヴァカルマンへのプージャーが熱心に執り行われます。

※ヴィシュヴァカルマン・プージャーは、ガネーシャ降誕祭の最終日であったり、カニャー・サンクラーンティ(太陽が乙女座に変遷する時)であったり、地域や慣習によって異なります。

参照:https://en.wikipedia.org/wiki/Vishvakarman

ピトリ・パクシャ2017

日本において先祖供養が行われるお彼岸の中日は、秋分の日(昼と夜の長さがほぼ同じになる日)として知られています。悟り(仏)の世界を彼岸、煩悩に満ちた世界を此岸と呼ぶ仏教では、彼岸は西に、此岸は東にあるとされてきました。太陽が真東から昇り真西に沈むこの秋分(また春分)は、彼岸と此岸がもっとも通じやすくなるとされ、この時に先祖を供養する行いがされるようになったと言われます。

インドではこの先祖供養の時にあたるのが、2017年は9月7日から9月20日までの約2週間、ピトリ・パクシャと呼ばれる期間です。この間は、先祖が地上にもっとも近づくと言われ、熱心な先祖供養の行いが執り行われます。それにはこんな言い伝えがあります。

マハーバーラタに登場する不死身の英雄カルナ王は、多くの人々に金や銀を与えてきましたが、天界にいった時、食事と水を与えられず空腹に苦しみました。それは、カルナ王が人々に金と銀しか与えず、食事と水を施さなかったことに理由がありました。神々はカルナ王に、地上に戻り人々に食事と水を施す機会を与えます。再び地上に戻り、人々へ食事と水を施したカルナ王は、その後、天界で幸せに暮らしたと言われています。

カルナ王が地上に戻ったのが、このピトリ・パクシャの約2週間であるとされ、人々は先祖だけでなく、貧しい人々への食事の施しを熱心に行います。インドでは、私たちは先祖と血縁関係で結ばれているだけでなく、先祖の行いや思いの影響を非常に強く受けていると信じられています。先祖を飢えさせないよう、先祖だけでなく、貧しい人々にも食事や水を恵むことで、先祖の魂は満たされ、私たちもまた祝福されると伝えられてきました。何より、そうして行われる善行は私たち自身の行いを清めるものでもあり、これから先をより良い方向へ導くものに他ありません。

さまざまな聖典の記述に従って複雑な儀式が執り行われるインドの先祖供養では、シュラーッダと呼ばれる儀式が重要視されます。「信頼」や「信念」を意味するシュラーッダは、信愛から生じる不変的な気づきに他なく、家族という身近な存在を敬う気持ちが、私たちをより良い道へと導きます。起こる物事にはすべて大切な意味があり、それらが私たちのこれからを最善に導いていることに気づき、こうして与えられた今という機会を大切に生きていきたいと感じています。

(文章:ひるま)

参照:”Significance of Pitru Paksha”, http://www.speakingtree.in/blog/significance-of-pitru-paksha

アナンタ・チャトゥルダシー2017

2017年は8月25日、インドで盛大に祝福されたガネーシャ・チャトゥルティー(降誕祭)は、それから10日間続く祝祭として知られ、ガネーシャへの礼拝がより一層深く行われる時が続いています。そしてその10日目にあたるのが9月5日のアナンタ・チャトゥルダシーと呼ばれる吉日です。

ガネーシャ降誕祭を祝福するこの10日間、伝統に従う人々は、土でできたガネーシャ神像をそれぞれの家庭に祀り、プージャーを行い、供物や祈りを捧げ、いつも以上にガネーシャとの大切な時を過ごします。そしてこのアナンタ・チャトゥルダシーにおいて欠かすことができないものが、その神像を川や海へと流す行いです。土でできたガネーシャが、人々のカルマを吸い取り、自然に還る過程でそのカルマを溶かしていくと信じられているからです。

この10日間に捧げられるガネーシャへの祈りや想いは、いつもよりも増して大きくそして深いものです。それらが込められた神像を海や川へ流す行いは、時に悲しみや苦しみを伴うものでもあると、人々のその心の内を耳にしたことがありました。

この時こそが、離執の実践でもあると言います。姿や形といった目に見える物に対する執着心をまず手放さなければなりません。この間において育まれたガネーシャという神、その私たちの本質との繋がりは、物質を超えた所にあるものです。姿や形が見えなくとも、そうして強まった繋がりを見失わず、常に私たちに本質のあるところに気づいていなければなりません。

10日間に深く捧げられたさまざまな祈りや想いは、私たちの内なる世界を確実に浄化し、そしてすべてを、最後にガネーシャが取り去っていきます。神聖な存在を礼拝する行いによってさまざまなカルマが浄化され、その中で生み出される強い繋がりが、私たちをより純粋なものとへ導いてくれるに違いありません。

こうした祝祭に込められた意味、そしてそこで経験する一つ一つの物事から多くを学び、本質へと向かう生きる日々での修行を続けていきたいと感じています。皆さまにもガネーシャの祝福がどんな時もありますように、心よりお祈りしております。

(文章:ひるま)

オーナム祭2017

聖なる4か月といわれ、大きな祝祭で溢れるチャトゥル・マースが続いているインド。このチャトゥル・マースの間、ヴィシュヌ神は眠りにつくと信じられています。そんなヴィシュヌ神が寝返りを打つ日として知られるのが、パリヴァルティニー(パールシュヴァ)・エーカーダシー(2017年は9月2日)です。寝返りを打ったヴィシュヌ神は、5番目の化身である矮人ヴァーマナへと化身したといわれます。

この5番目の化身ヴァーマナは、ケーララ州でこれから迎えようとしている年に一度の盛大な祝祭、オーナム祭に深い繋がりがあります。オーナム祭は、王国を追われたマハーバリ王が年に一度だけ愛する国民たちの下へ戻る日、またそのマハーバリ王が解脱を得た日として祝福されるものです。このマハーバリ王を倒したのが、ヴァーマナでした。

マハーバリ王は神々と敵対するアスラの生まれでしたが、非常に信心深く献身的で、国民から愛される偉大な王として知られます。地と空と天の3界は、そんなマハーバリ王に統治され、神々は力を失っていました。ヴィシュヌ神は世界を神々の手に戻そうと、ヴァーマナに化身しマハーバリ王に歩み寄ります。そして、3歩分の土地が欲しいと述べると、マハーバリ王は快く、その土地を与える約束をしました。すると、矮人であったヴァーマナが巨人となり、2歩で世界を跨いでしまいます。

信心深いマハーバリ王は、約束通りヴァーマナに3歩分の土地を与えようと、最後に唯一残った領地である自らの頭を差し出します。そうしてヴァーマナはマハーバリ王の頭を踏みしめ、世界を神々に取り戻させました。マハーバリ王がアスラでありながらも国民に深く愛されたのは、潔く自らの頭を差し出したように、信心深く献身的な姿勢があったからだといわれます。それでも王国を追われたのは、マハーバリ王がアスラであったということと、王としてのエゴがあったからでした。

ヴァーマナが要求し、マハーバリ王が差し出した3歩分の土地は、地と空と天にあたります。それはまた、物質と精神と魂、現在と過去と未来などともいわれます。これらは、私たちが潔く神々へと差し出すべくものに他ありません。そうする時、私たちは神々に統治され、エゴは静まり、真の豊かさや平和をその内に築くことができるのだと感じます。

マハーバリ王が国民の下へ戻る日は、2017年は9月4日のオーナム祭です。マハーバリ王が解脱をした日でもあるこの日、皆様にとっても実りある時となりますよう心よりお祈りしております。

(文章:ひるま)

参照:https://en.wikipedia.org/wiki/Vamana