アタルヴァヴェーダの天変地異を鎮めるマントラ

Space sunrise

自然は人間に豊かな恵みを与えてくれるだけでなく、
ときに恐ろしい姿を人間に見せつけます。
初期のヴェーダ聖典、リグヴェーダには、
そうした様々な自然現象とともに神を感じ、
純粋に神を畏怖し、崇め奉る聖なる詩があります。
一方、リグヴェーダよりも新しいアタルヴァヴェーダでは、
より人間的な心情に近い詩、現世利益を願ったり
敵の調伏を願う詩が残されています。

アタルヴァヴェーダには 1章すべて
天変地異に対する鎮静(シャーンティ)の祈りが
こめられているマントラがあります。
九州地方で地震による災害が続いている今、
ヴェーダの詩人達が捧げた祈りを
共有したいと思い、ここに和訳しました。

<アタルヴァヴェーダ 19巻9章>

天は平安であれ、大地は平安であれ、この広い中空は平安であれ。
波打つ海は平安であれ、水は平安であれ、我らのために薬草は平安であれ。(1)

前兆は平安であれ、なされたこともなされなかったことも我らのために平安であれ。
現在も未来も平安であれ、我らのために全てが平安があれ。(2)

彼女は至高なる言葉の女神、祈祷により磨かれた女神。
呪言をかける女神によりて、どうか我らに平安があれ。(3)

あるいは、それは至高なる心、祈祷により磨がれた心。
呪言をかける心によりて、どうか我らに平安があれ。(4)

それらは五つの感覚、第六には意識を備え、我が心にある、祈祷によって磨かれたもの。
呪言をかける五感によりて、どうか我らに平安があれ。(5)

我らに対してミトラは温和であれ、ヴァルナは温和であれ、ヴィシュヌは温和であれ、プラジャーパティは温和であれ。
我らに対してインドラは温和であれ、ブリハスパティは温和であれ、アリヤマンは温和であれ。(6)

ミトラは温和であれ、ヴァルナは温和であれ、ヴィヴァスヴァットは温和であれ、死の神(アンタカ)は温和であれ。
大地と中空の凶兆や天を進む惑星は我らに温和であれ。(7)

揺れている大地は我らに温和であれ、流星は温和であれ。
赤い乳を出す牝牛は温和であれ、沈む大地は温和であれ。(8)

流星に刺されたナクシャトラ(星宿)は我らに温和であれ、呪詛は我らに温和であれ、魔法は温和であれ。
大地に埋まった手綱は我らに温和であれ、流星は温和であれ、土地の災難は我らに温和であれ。(9)

ラーフによって蝕された満月は平安であれ、またラーフによって蝕された太陽も平安であれ我らに。
死は平安であれ、隕石は平安であれ、威力あるルドラたちは平安であれ。(10)

ルドラたちは平安であれ、ヴァスたちは平安であれ、アーディトヤたちは平安であれ、アグニたちは平安であれ。
偉大な聖仙たちは平安を、神々は平安を、ブリハスパティは平安を我らに。(11)

ブラフマン、プラジャーパティ、ダートリ、世界、ヴェーダ、七仙人、アグニたち、
彼らにより恩寵がなされた。インドラは我に庇護を与えよ、ブラフマーは我に庇護を与えよ。
一切の神々は我に庇護を与えよ。全ての神々は我に庇護を与えよ。(12)

世界で七仙人たちが知っているどんな平安も、
その全てが平穏であれ。我らのために。我らのために平安あれ。我らに安泰あれ。(13)

大地が平安であれ、中空が平安であれ、天が平安であれ、水が平安であれ、薬草が平安であれ、木々が平安であれ、一切の神々が我に平安であれ、全ての神々が我に平安であれ、平安によりて平安あれ。
今この災いが、今この危機が、今この罪が、鎮静し、緩和し、どうか一切が我らに平安であれ。(14)

サンスクリット原文

शान्ता द्यौः शान्ता पृथिवी शान्तम् इदम् उर्व् अन्तरिक्षम् | 
शान्ता उदन्वतीर् आपः शान्ता नः सन्त्व् ओषधीः ||1|| 
śāntā dyauḥ śāntā pṛthivī śāntam idam urv antarikṣam | 
śāntā udanvatīr āpaḥ śāntā naḥ santv oṣadhīḥ ||1||
शान्तानि पूर्वरूपाणि शान्तं नो अस्तु कृताकृतम् | 
शान्तं भूतं च भव्यं च सर्वम् एव शम् अस्तु नः ||2|| 
śāntāni pūrvarūpāṇi śāntaṃ no astu kṛtākṛtam |
śāntaṃ bhūtaṃ ca bhavyaṃ ca sarvam eva śam astu naḥ ||2||
इयं या परमेष्ठिनी वाग् देवी ब्रह्मसंशिता | 
ययैव ससृजे घोरं तयैव शान्तिर् अस्तु नः ||3|| 
iyaṃ yā parameṣṭhinī vāg devī brahmasaṃśitā | 
yayaiva sasṛje ghoraṃ tayaiva śāntir astu naḥ ||3||
इदं यत् परमेष्ठिनं मनो वां ब्रह्मसंशितम् | 
येनैव ससृजे घोरं तेनैव शान्तिर् अस्तु नः ||4|| 
idaṃ yat parameṣṭhinaṃ mano vāṃ brahmasaṃśitam | 
yenaiva sasṛje ghoraṃ tenaiva śāntir astu naḥ ||4||
इमानि यानि पञ्चेन्द्रियानि मनःषष्ठानि मे हृदि ब्रह्मणा संशितानि | 
यैर् एव ससृजे घोरं तैर् एव शान्तिर् अस्तु नः ||5|| 
imāni yāni pañcendriyāni manaḥṣaṣṭhāni me hṛdi brahmaṇā saṃśitāni | 
yair eva sasṛje ghoraṃ tair eva śāntir astu naḥ ||5||
शं नो मित्रः शं वरुणः शं विष्णुः शं प्रजापतिः | 
शं न इन्द्रो बृहस्पतिः शं नो भवत्व् अर्यमा ||6|| 
śaṃ no mitraḥ śaṃ varuṇaḥ śaṃ viṣṇuḥ śaṃ prajāpatiḥ | 
śaṃ na indro bṛhaspatiḥ śaṃ no bhavatv aryamā ||6||
शं नो मित्रः शं वरुणः शं विवस्वां छम् अन्तकः | 
उत्पाताः पार्थिवान्तरिक्षाः शं नो दिविचरा ग्रहाः ||7|| 
śaṃ no mitraḥ śaṃ varuṇaḥ śaṃ vivasvāṃ cham antakaḥ | 
utpātāḥ pārthivāntarikṣāḥ śaṃ no divicarā grahāḥ ||7||
शं नो भूमिर् वेप्यमाना शम् उल्का निर्हतं च यत् | 
शं गावो लोहितक्षीराः शं भूमिर् अव तीर्यतीः ||8|| 
śaṃ no bhūmir vepyamānā śam ulkā nirhataṃ ca yat | 
śaṃ gāvo lohitakṣīrāḥ śaṃ bhūmir ava tīryatīḥ ||8||
नक्षत्रम् उल्काभिहतं शम् अस्तु नः शं नो 'भिचाराः शम् उ सन्तु कृत्याः | 
शं नो निखाता वल्गाः शम् उल्का देशोपसर्गाः शम् उ नो भवन्तु ||9|| 
nakṣatram ulkābhihataṃ śam astu naḥ śaṃ no 'bhicārāḥ śam u santu kṛtyāḥ | 
śaṃ no nikhātā valgāḥ śam ulkā deśopasargāḥ śam u no bhavantu ||9||
शं नो ग्रहाश् चान्द्रमसाः शम् आदित्यश् च राहुणा | 
शं नो मृत्युर् धूमकेतुः शं रुद्रास् तिग्मतेजसः ||10|| 
śaṃ no grahāś cāndramasāḥ śam ādityaś ca rāhuṇā | 
śaṃ no mṛtyur dhūmaketuḥ śaṃ rudrās tigmatejasaḥ ||10||
शं रुद्राः शं वसवः शम् आदित्याः शम् अग्नयः | 
शं नो महर्षयो देवाः शं देवाः शं बृहस्पतिः ||11|| 
śaṃ rudrāḥ śaṃ vasavaḥ śam ādityāḥ śam agnayaḥ | 
śaṃ no maharṣayo devāḥ śaṃ devāḥ śaṃ bṛhaspatiḥ ||11||
ब्रह्म प्रजापतिर् धाता लोका वेदाः सप्तऋषयो 'ग्नयः | 
तैर् मे कृतं स्वस्त्ययनम् इन्द्रो मे शर्म यछतु ब्रह्मा मे शर्म यछतु | 
विश्वे मे देवाः शर्म यछन्तु सर्वे मे देवाः शर्म यछन्तु ||12|| 
brahma prajāpatir dhātā lokā vedāḥ saptaṛṣayo 'gnayaḥ | 
tair me kṛtaṃ svastyayanam indro me śarma yachatu brahmā me śarma yachatu | 
viśve me devāḥ śarma yachantu sarve me devāḥ śarma yachantu ||12||
यानि कानि चिच् छान्तानि लोके सप्तऋषयो विदुः | सर्वाणि शं भवन्तु मे शं मे अस्त्व् अभयं मे अस्तु ||13|| yāni kāni cic chāntāni loke saptaṛṣayo viduḥ | sarvāṇi śaṃ bhavantu me śaṃ me astv abhayaṃ me astu ||13||
पृथिवी शान्तिर् अन्तरिक्षं शान्तिर् द्यौः शान्तिर् आपः शान्तिर् ओषधयः शान्तिर् वनस्पतयः शान्तिर् विश्वे मे देवाः शान्तिः सर्वे मे देवाः शान्तिः शान्तिः शान्तिः शान्तिभिः | 
यद् इह घोरं यद् इह क्रूरं यद् इह पापं तच् छान्तं तच् छिवं सर्वम् एव शम् अस्तु नः ||14|| 
pṛthivī śāntir antarikṣaṃ śāntir dyauḥ śāntir āpaḥ śāntir oṣadhayaḥ śāntir vanaspatayaḥ śāntir viśve me devāḥ śāntiḥ sarve me devāḥ śāntiḥ śāntiḥ śāntiḥ śāntibhiḥ | 
yad iha ghoraṃ yad iha krūraṃ yad iha pāpaṃ tac chāntaṃ tac chivaṃ sarvam eva śam astu naḥ ||14||

(文章:pRthivii)

サンスクリット語 現在形 1類動詞パラスマイパダ

サンスクリット

前回の記事では、サンスクリット語の動詞には
パラスマイパダ(能動態)とアートマネーパダ(反射態)という
区別がある、という話をしました。
 
パラスマイパダとはサンスクリット語で「他者のための語」を意味する文法用語で、
動作主以外の何かのために行為を行うときの活用。
 
アートマネーパダとは「自分のための語」を意味する文法用語で、
動作主自身のために行為を行なうときの活用。
 
ヴェーダ聖典ではそれぞれ意味の区別がはっきりありましたが、
時代が下るにつれてその違いは曖昧になっていき、
パラスマイパダだけで活用する動詞、
アートマネーパダだけで活用する動詞、
(文脈や韻律に合わせて)両方で活用する動詞
と、固定化されていきました。
 
今回は、現在形パラスマイパダの例として
√bhū (~なる、~ある)の活用を紹介します。
この動詞は、いわゆる「be動詞」と考えればよいでしょう。
また、bhū-(大地)、bhuvana-(世界)、などの語根でもあります。
 
もともとの「語根」√bhū が、
実際に活用するときには、bhava-という「語幹」に変身し、
その後に「語尾」がくっつきます。
 
サンスクリット語の文法家は、動詞を語幹の形によって10種類に分けました。
√bhū- は「1類」の動詞です。
 
「1類」の動詞は
 
1.語根の最後に-a-を添えた形が語幹になる。
2.最後に母音がくる語根(例:√bhū-、√ji-)、または、
最後が1個の子音でその前が短母音の語根(例:√ruh-)は、その母音はグナになる。
 
と説明ができます。
 
グナというのは母音の段階的な種類のこと。
サンスクリット語 グナとヴリッディ(以前投稿した表を参照してください)
√bhūの母音-ū-のグナは-o-なのですが、
最後に幹母音-a-がつくために、-av-a-、結果的にbhava-となります。
 
その他の動詞の語幹の例を見て、母音の変化に注目してください。

√bhū- (~なる)→ bhava-

√nī- (導く) → naya-

√ji- (勝つ) → jaya-

√pat- (落ちる)→      pata- (aのグナはaなので母音の変化は無し)

√ruh- (登る) →      roha-

 

このように形を変化させた「語幹」の後に付くのが「語尾」。
現在形パラスマイパダの語尾は、次のようなものです。

単数 両数 複数
1人称 -mi* -vaḥ* -maḥ*
2人称 -si -thaḥ -tha
3人称 -ti -taḥ -anti+

 
*語幹母音-a-は、m、vの前で長母音になります。
+語幹母音-a-は消滅します。

 

これらの語尾を、さきほどの√bhū -の語幹bhava-にくっつけてみましょう。

√bhū(~なる)の現在形パラスマイパダ
単数 両数 複数
1人称 bhavāmi
(私は~なる)
bhavāvaḥ
(私たち二人は~なる)
bhavāmaḥ
(私たちは~なる)
2人称 bhavasi
(あなたは~なる)
bhavathaḥ
(あなたたち二人は~なる)
bhavatha
(あなたたちは~なる)
3人称 bhavati
(彼は~なる)
bhavataḥ
(彼ら二人は~なる)
bhavanti
(彼らは~なる)

 

例文:

(1)देवाः असुरान् जयन्ति।
devāḥ asurān jayanti|
「神々はアスラたちに勝つ。」
(2)गजः गिरेः पतति।
gajaḥ gireḥ patati|
「象が山から落ちる。」
(3)कृष्ण त्वम् मनुष्यान् देवलोकम् नयसि।
kṛṣṇa tvam manuṣyān devalokam nayasi|
「クリシュナよ!あなたは人間たちを天界に導く。」
(4)मम पतिः वने भवति।
mama patiḥ vane bhavati|
「私の夫は森にいる。」

(文章:prthivii)

サンスクリット語 動詞の種類:パラスマイパダとアートマネーパダ

サンスクリット語は名詞の格変化の種類もたくさんあるうえに、
動詞にもたくさんの種類の語尾があります。

サンスクリット語の動詞で大事なのは、

「語幹」という部分で動詞の意味を伝えることと、
「語尾」という部分で主語を限定すること。

「語尾」の違いによって

「私は」「私たち二人は」「私たちは」
「あなたは」「あなたたち二人は」「あなたたちは」
「彼は」「彼ら二人は」「彼らは」

と、いずれかの主語であることを区別できます。

さらに語尾は、時制を区別したり、
話し手の気持ちや態度をあらわす場合もあります。

今回取り上げるのは、語尾で区別される
「パラスマイパダ(能動態)」と「アートマネーパダ(反射態)」。

パラスマイパダとはサンスクリット語で「他者のための語」を意味する文法用語で、
動作主以外の何かのために行為を行うときの活用。

アートマネーパダとは「自分のための語」を意味する文法用語で、
動作主自身のために行為を行なうときの活用。

 

動詞 √यज्- yaj- 「祭祀する」を例にすると、

(1)यजति। yajati.「彼(=祭官)は(祭主のために)祭祀を行なう」
(パラスマイパダ:能動態)

主語「彼」とは祭祀を行なう祭官のことで、
祭祀の依頼主である祭主のために祭祀を行ないます。

一方、

(2)यजते। yajate.「彼(=祭主)は(自分のために)祭祀を行なう」
(アートマネーパダ:反射態)

主語の「彼」は、祭祀の執行を祭官に依頼した祭主のことです。

最後の母音が違うだけで、こんなにも意味が変わってくるところが
サンスクリット語の奥の深さでもあります。

 

しかし、全ての動詞が両方の態を持つわけではなく、
どちらかだけで活用する動詞も多数あります。
古典サンスクリット以降、態の区別はあまり意味をなさなくなっていきます。

とはいえ、リグヴェーダなどの古い聖典で使われていた
ヴェーダ語の場合は、アートマネーパダとパラスマイパダの
区別は明確に意識されており、意味を知る上でかなり重要です。

(文章:prthivii)

【サンスクリット語豆知識 春の訪れとホーリー】

holi3_1280

3月23日はホーリーですね。
春を迎える季節のお祭りにふさわしく、
色とりどりの粉や水を掛け合う、賑やかな祭礼です。

サンスクリット語では होली holī、होलिका holikā、होला holā

などといいますが、古典文学作品などには

春祭り
वसन्तोत्सव (वसन्त-उत्सव)
vasantotsava(vasanta-utsava)
ヴァサントートゥサヴァ(分かち書きするとヴァサンタ・ウトゥサヴァ)

とか、

カーマ神の祭り
कामोत्सव (काम-उत्सव)
kāmotsava(kāma-utsava)
カーモートゥサヴァ(分かち書きするとカーマ・ウトゥサヴァ)

のような名前で出てきます。

カーマ神は「愛」の神様で、
南の暖かい空気をもたらす春の風は
しばしば「カーマ神の軍」と文学的に表現されます。
春になると人々の心がウキウキしたり
胸がときめいたりするのも カーマ神のしわざかもしれません。

7世紀に書かれた文学作品
दशकुमारचरित
daśakumāracarita
ダシャクマーラチャリタ

では、ホーリーにあたる春の祭りについて少し触れています。

その中から、春の訪れを詩的に表わしている部分を紹介します。

「さて、南の風はカーマ神の軍を引き連れて、
マラヤ山の木々に絡まり棲みつく蛇の残餌のごとく、ごく微かに
白檀の芳しい香りという荷を抱いて優しくそよぎ、
別れの心に愛の炎を燃え上がらせました。
また、サハカーラ樹の新芽や蜜を喜ぶコキーラ鳥たちや
蜜蜂たちの甘いささやきの 低くざわめく南風で
地上を騒がせ、頑なな女の心にも気まぐれを起こさせるのです。
そして(略)木々に蕾をつけ、 春の大祭を待ちわびる人々の心を弾ませながら、
春の季節はやって来ました。」

日本語では複数の文に分けて訳しましたが、
実は原文ではひとつの文章です。
原文をデーヴァナーガリーで書くとこうなります。

अथ मीनकेतनसेनानायकेन मलयगिरिमहीरुहनिरन्तरावासिभुजङ्गमभुक्तावशिष्टेनेव सूक्ष्मतरेण धृतहरिचन्दनपरिमलभरेणेव मन्दगतिना दक्षिणानिलेन वियोगिहृदयस्थं मन्मथानलमुज्ज्वलयन् सहकारकिसलयमकरन्दास्वादनरक्तकण्ठानां मधुकरकलकण्ठानां काककलकलेन दिक्चक्रं वाचालयन् मानिनीमानसोत्कलिकामुपनयन् माकन्दसिन्दुवाररक्ताशोककिंशुकतिलकेषु कलिकामुपपादयन् मदनमहोत्सवाय रसिकमनांसि समुल्लासयन् वसन्तसमयः समाजगाम १।५।१

これが全部ひとつの文章なのには驚かされます。
いくつもの語をずらずらと繋げて一つの単語としたり、
韻を踏んだり、言葉遊びがあったり、
技巧的に凝ったこういう文体のことを
「美文体 काव्य kāvya」といいます。

原典からの和訳は平凡社東洋文庫から出版され(現在は絶版)、
日本語のタイトルは「十王子物語」です。

物語のあらすじは、
敵に国を奪われた王子とその友人たち(大臣や豪商の息子など)が
森でちりぢりに生き別れ、知略と勇気をもって様々な冒険をしながら
途中で恋人も得て、16年後に全員再会して敵を破り
王座につく、というお話です。

敵と戦ったり、魔術を使って敵を欺いたり、
神の恩寵によって神通力を得たり、運命的な恋に落ちたり、
と、ファンタジー小説のような盛りだくさんの内容。

インドの古典文学を読むと
当時の文化や社会が分かって面白いですよ。

(文章:prthivii)

サンスクリット語 動詞の特徴

これまでは主に名詞の格変化を取り上げてきました。
今回からは動詞の説明を交えていきます。

動詞、とは、動作や状態を表わし、述語になるものですね。

次は名詞と動詞を使った簡単な例文です。

देवम् पश्यति। devam paśyati. 彼は神を見る

devam は、男性名詞deva-の対格単数の形で、「神を~」の意味になります。

そして、paśyatiは「彼は~を見る」の意味になります。

『「彼は」という単語はどこにあるの?』

そう思われる方もいるかもしれません。

単語はなくても、ちゃんと「私は」「あなたは」「彼は」という
主語が分かる仕組みが、
サンスクリット語の特徴の一つである「語尾」の発達。
動詞の最後にくっついている「語尾」によって
主語が何であるかを示すことができるのです。

では、サンスクリット語の動詞の特徴をざっくりと挙げていきます。

(1)語幹+語尾 という形で成り立つ
前述の文と重なりますが、次の例文を見てください。

paśyāmi (私は見る)
paśyasi (あなたは見る)
paśyati (彼は見る)

この三つに共通している部分はpaśya ですね。
これが語幹です。
ami、si、tiの部分は、
それぞれ主語が「私は~」「あなたは~」「彼は~」の場合の語尾です。
(-āmiは、語幹の最後の母音aとamiが繋がった形)

語幹+語尾、という形は、現在形以外の時制でもあてはまりますが、

語根に直接語尾を付ける動詞の形もあります。

(2)語幹は、語根から派生する
paśyaという語幹も、もともとは√paś-(見る)という語根からできていて、
「現在形のときの語幹はpaśya」と決まっています。

語根と語幹の関係は、「根っこから幹が生えてくる」というイメージ。
また、語根を英語で「ルート」と言うので、
語根であることを表わすために
数学の √ 記号がよく使われます。

<語根 → 語幹 の例>

√भू- bhū-(なる) → भव- bhava-

√स्था- sthā-(立つ)→ तिष्ठ- tiṣṭha-

√पत्- pat-(落ちる) → पत- pata-

√गम्- gam-(行く) → गच्छ- gaccha-

こうした語幹の作られ方にはある法則があるのですが、
このように、元の語根と似ている語幹もあるし、
全く似ていない語幹もあります。

さらには未来や完了などでは別の語幹に変わります。

(3)単数、両数、複数、という数の区別を語尾で表す
これは名詞の場合と同様で、

主語が一つのもの、あるいは、一人のとき…単数
主語が二つのもの、あるいは、二人のとき…両数
主語が三つ以上のもの、あるいは、三人以上のとき…複数

と語尾で区別します。
名詞と異なり、性別の区別はありません。

(4)1人称、2人称、3人称、という人称の区別を語尾で表す
インドの伝統的文法学では
「彼」が主語の場合を1人称といい、
「私」が主語の場合は3人称というのですが、
これまでに私達は英語を中心とした外国語学習で
私=1人称、あなた=2人称、彼=3人称
という使い方が身についてしまっているので、
ここでは混乱を避けるために、欧米式の人称の呼び方を使います。
ご了承ください。

実際に、√paś-という動詞の語尾変化を表形式にしてみましょう。

√paś-(見る) 現在形 能動態
単数 両数 複数
1人称 paśyāmi
私は見る
paśyāvaḥ
私たち二人は見る
paśyāmaḥ
私たちは見る
2人称 paśyasi
あなたは見る
paśyathaḥ
あなたたち二人は見る
paśyatha
あなたたちは見る
3人称 paśyati
彼は見る
paśyataḥ
彼ら二人は見る
paśyanti
彼らは見る

ここに挙げたのは現在形・能動態の語尾です。
現在形には他にも反射態というものもありますが、
態についてはまた別の機会に詳しく説明します。

例文:

 प्रयागभूमौ तिष्ठामि।
 prayāgabhūmau tiṣṭhāmi.
 プラヤーガの地に私は立つ。

प्रयाग- prayāga- 「プラヤーガ」(ガンジス川、ヤムナー川、サラスヴァティー川の合流地点)
भूमि- bhūmi- 「大地」女性名詞、単数、処格)
√स्था- sthā- 「立つ」現在形、能動態、1人称、単数)

राहुः देवेभ्यः अमृतं चोरयति।
 rāhuḥ devebhyaḥ amṛtaṁ corayati.
 ラーフは神々からアムリタを盗む。

राहु- rāhu- 「ラーフ」(日食を起こす魔物)男性名詞、単数、主格
देव- deva- 「神」男性名詞、複数、奪格
अमृत- amṛta- 「アムリタ、不死(の飲物)」中性名詞、単数、対格
√चुर्- cur-「盗む」現在形、能動態、3人称、単数

अर्जुन देवलोकं गच्छसि।
 arjuna devalokaṁ gacchasi.
 アルジュナよ!あなたは神の世界へ行く。

अर्जुन- arjuna- 「アルジュナ」男性名詞、単数、呼格
देवलोक- devaloka- 「神の世界」男性名詞、単数、対格
√गम्- gam- 「行く」現在形、能動態、2人称、単数

(文章:prthivii)

【サンスクリット語豆知識】サンスクリット語とヒンディー語、読み方の違い

Hindi; Learning New Language Writing Words on the Notebook

インドには全土で800とも1000ともいわれる言語が存在しています。
そのなかで、連邦公用語として定められているのが、
インドで最も話者の多いヒンディー語です。

サンスクリット語の文法とは似ていないけれど、
サンスクリット語からの借用語は多く、
両者ともデーヴァナーガリー文字を使って表記(*1)します。
この文字はネパールでも使われていますし、
インド亜大陸を旅行される方は
覚えておくととても便利ですよ。

ただ、その「読み方」はサンスクリット語とヒンディー語では
大きく異なる部分があります。

例えば、神を意味する「バグワン」
あるいは「バグワーン」という言葉は
サンスクリット語では「バガヴァーン」(*2)と言います。

文字で書くとどちらも
भगवान् ですが、読み方が違うのです。

本来、デーヴァナーガリーの子音を表わす文字は
子音+母音a(発音記号では ə =弱いa )を含んでいて、
भ は bha(バ)、ग は ga(ガ)です。
そして、サンスクリット語では綴りのとおりに
bha ga vā n バガヴァーンと読みます。

それに対してヒンディー語は、
位置によってaを発音しない場合があります。

最初のbhaの母音aは発音するけど
二番目のgaの母音aは省略されてgだけになって、
バグワン(またはバグワーン)になります。

サンスクリット語に由来する単語に関して、本来とは違う
ヒンディー語での読み方の特徴をまとめました。
上の規則ほど適用の優先順位が高くなります。

(1)語頭の子音字に含まれる短母音aは発音される。(全ての語頭の母音は発音される)
(2)語末の子音字に含まれる短母音aは省略される。
例:(サ)ガネーシャgaṇeśa →(ヒ)ガネーシュ ganesh
例:(サ)シヴァśiva →(ヒ)シヴ shiv

(3)重子音(連続する二つの子音)の前後ではaは発音される。
例:(サ)ナマステー namaste →(ヒ)ナマステ namaste(-st-が重子音)

(4)ある文字の直前または直後の子音字に含まれるaが規則によって
発音されない場合は、その文字自身のaは発音される。
たとえば、短母音aを含む子音字が三つ続くとき、(2)の規則に
よって語末のaが省略されるので、その前のaは発音する。
例:(サ)ナガラnagara →(ヒ)ナガル nagar (nagraではない)

(5)ある文字の直前または直後の子音字に含まれるaが規則によって
発音される場合は、その文字自身のaは発音しない。
たとえば、語頭のaは必ず発音されるので、その次のaは省略される。
例:(サ)ガナパティgaṇapati →(ヒ)ガンパティ ganpati

(6)長母音が短めに発音されることがある。
例:(サ)ヨーガyoga →(ヒ)ヨガ、ヨグ yoga
例:(サ)アーサナāsana →(ヒ)アサンasan
例:(サ)シローダーラー śirodhārā →(ヒ)シロダラ shirodhara
(語末が本来長母音āのときは、短いaを発音します)

(7)व vaの文字をwaと読む場合がある。
例:(サ)イーシュヴァラīśvara →(ヒ)イーシュワルishwar

細かい法則はこれら以外にもありますし、
インドは広い国土のため、方言による違いもかなりあって、
ここに挙げた発音は一例です。

サンスクリット語に由来する単語も日常語として
使われている以上は、現代的な発音になるのは
仕方ないかもしれません。

ただ、古代より連綿と引き継がれてきたサンスクリット語の
優美な音から受ける印象と、ヒンディー語読みの音の印象とは
大きく違います。おそらく音に敏感な方であれば
その影響は少なくないでしょう。
サンスクリット語による読み方に注意を払って、
音の違いを感じてみてくださいね。

*1 サンスクリット語には固有の文字はないので、
南インドでは丸っこいグランタ文字、タミル文字、
マラヤーラム文字を使うこともあります。
*2 バガヴァッドギーターの「バガヴァッド」と同じ言葉

(文章:prthivii)

サンスクリット語 グナとヴリッディ

Close-up of the open Bible

これまでに母音で終わる名詞の格変化をあげてきました。
そろそろ「動詞」についても紹介したいところですが、
動詞を学ぶ前に大切な
「गुण (guṇa グナ) と वृद्धि (vṛddhi ヴリッディ)」
について説明します。

和書であれ洋書であれサンスクリット語の文法書のほとんどが
グナとヴリッディを真っ先に挙げています。
そもそも、サンスクリット文法の規定を定めた
紀元前5世紀の文法家パーニニによる
「अष्टाध्यायी Aṣṭādhyāyī」(八つの章)の
冒頭にも出てきます。

1.1.1 वृद्धिरादैच्। vṛddhirādaic. 「ā、ai、auはヴリッディである」
1.1.2 अदेङ् गुणः। adeṅguṇaḥ. 「「a、e、oはグナである」

耳で聞いて覚えるための簡潔な文体であるため、
これだけでは何のことか分からないと思います。
サンスクリット語では、

動詞語根から語幹が派生するとき、
(例:√जि ji-(勝つ)→ जयति jayati 彼は勝つ)

動詞語根から名詞が派生するとき、
(例:√सू sū-(元気付ける)→ सवितृ savitṛ サヴィトリ)

名詞の語尾が変化するとき、
(例:गिरि giri-(山)→ गिरेः gireḥ 山から または 山の)

など、
頻繁に「母音が交替する」現象があり、
そうしたときに現れる音の種類を「グナ」や「ヴリッディ」と定義しています。

こうした「母音の交替」は
サンスクリット語と同じインドヨーロッパ語族の現代語にもあります。
英語でも不規則動詞では
begin began begun「始まる」
のように、語幹の母音が交替する例がありますね。

サンスクリット語では、
この母音の交替が頻繁に、また規則的に起こるため、
単語の成り立ちを理解するにはどうしても必要な知識です。

サンスクリット語の研究をした欧米の研究者たちは
インドヨーロッパ語族のラテン語等との比較から
グナとヴリッディを「母音交替」「母音階梯」として把握しました。

弱韻
(元の母音)

a

ā

i, ī

u, ū

guṇa
(グナ)

a

ā

e

o

ar

al

vṛddhi
(ヴリッディ)

ā

ā

ai

au

ār

 

上記のパーニニの説明ではarやārは
グナ、ヴリッディの定義に含まれていませんでしたが、
他の部分でのパーニニの説明(1.1.51 उरण् रपरः ।)や
語幹母音の実際の変化から、補記した表になっています。
インドの伝統的な教え方にはない手法ですが、
母音交替の理解の助けになるかと思います。

例えば、「作る、する」という意味の√कृ kṛ- は
動詞語根 のときは弱韻(元の母音ṛ)、
現在形能動態3人称単数 のとき करोति karoti(ar、グナに相当)、
現在形使役3人称単数 のとき कारयति kārayati(ār、ヴリッディに相当)、
と変化しています。

(文章:prthivii)

【サンスクリット語の豆知識】 単語と単語をつなげて書く表記法

英語では「Come on!(カム・オン)」という言葉は
「カモン!」と聞こえますね。
それと同様に、サンスクリット語でも
単語の最後と単語の最初の音が変化しあったり
繋がって発音したりする「サンディ」という規則があります。

でも英語では、発音が変わったからといって
comeとonを繋げて書いたり発音に合わせて文字が変わったりはしません。
しかしサンスクリット語では、発音が変化するだけでなく、
文字の上でも変化した音の通りに書かれます。

例えばシャーンティマントラの冒頭
सह नाववतु saha nāvavatu の
नाववतु  nāvavatuは、
分かち書きをすれば
नौ nau / अवतु avatu
という二つの単語から成り、
サンディの影響でnau → nāvと変化した上で
繋がって唱え、繋がって書きます。

sahanā vavatu のように書いてある例がありますが、
これだと元の単語とは異なってしまうので注意が必要です。

また、語尾が子音で終わっている場合は
しばしば次の単語と繋げて書かれます。

ガーヤトリーマントラの冒頭
तत्सवितुर्वरेण्यम् tatsaviturvareṇyamは、
तत्  tat/ सवितुर् savitur / वरेण्यम्  vareṇyam
という三つの単語が繋がっています。

こうした「サンディ」と「独特な続け書き」は
サンスクリット語学習者にとって、かなり手ごわい壁。

でもこれはサンスクリット語に限った話ではなく、
実は身近な日本語でもあります。

「わたしはははにわにがわのかばんをおくった」という例文。
ひらがなだけで表記すると、どこで単語が区切れるのか、
日本語をよく知らない外国人には読み取りにくいですね。
でも日本語文法を理解する人であれば、
「わたし」という単語の次の「は」は助詞で「wa」と読む、
続く「はは」は「母」、さらにその次の「に」は助詞…
ということが自然と理解できますね。

サンスクリット語もおなじで、
語彙と語尾変化を知ることで
読解力がついていきます。

(文章:prthivii)

サンスクリット語 これまでの振り返り

Male head icon with an om sign

これまでに、短母音、長母音で終わる名詞の格変化を紹介してきました。
母音で終わる名詞としては、ほかに二重母音で終わる名詞もあります。
例えば、
रै rai- (富)男性名詞、まれに女性名詞
गो go- (牡牛)男性名詞/牝牛:女性名詞←意味によって性が変わる
नौ nau- (舟)女性名詞

二重母音で終わる名詞は数が少なく、
しかも格変化をするときの変化の仕方が複雑なため、
初歩の学習段階では難しいです。
今回はこれらの格変化は挙げませんのでご了解ください。

ここで一度、今までの内容を簡単に振り返ります。

サンスクリット語の名詞の特徴は主に4つあります。

(1)語幹+語尾から成り立つ

文において名詞は 【 語幹+語尾 】という形で成り立っています。

देवः devaḥ 神は
देवम् devam 神を

この二つの単語を比べてみると、
共通している部分deva-が「語幹」、単語の基本の形です。
辞書の見出し語にもなります。
最後の違っている音の部分が「語尾」です。

日本語は、助詞を使って単語動詞の意味を繋ぎますが、
サンスクリット語には助詞がなく、
その代わりに語尾を変化させることで、文の中での役割や
他の単語との関係を明らかにしているのです。

英語も、名詞に複数形がありますね。
語末にsを付けるのも、語尾の一種です。

(2)文法的な性の区別(男性名詞、中性名詞、女性名詞)がある

文法的な性は、生物学的な性別と一致している場合があります。

たとえば、देव deva- 男の神は男性名詞で、देवी devī- 女神なら女性名詞。
अश्व aśva- 牡馬は男性名詞で、अश्वा aśvā- 牝馬は女性名詞。

けれども、無生物名詞や抽象名詞の場合は全く恣意的に見えます。
たとえば、「命」や「人生」という意味のजीव jīva- は男性名詞ですが、
同じような「命」という意味のआयुस् āyus- は中性名詞です。
これらは格変化の仕方に応じて分類された文法的性別です。

意味によって性が変わる場合もあります。
宇宙原理としてのब्रह्मन् brahmanは中性名詞ですが、
その神格化したブラフマー神は男性名詞となります。

(3)数(すう)の区別(単数、両数、複数)がある

単数は、ひとつのもの、
両数は、ふたつのもの
複数は、三つ以上のもの
を表わします。

पुत्रः देवलोकम् गच्चति। putraḥ devalokam gaccati|
「息子は、天界へ行く」

पुत्रौ देवलोकम् गच्चतः। putrau devalokam gaccataḥ|
「息子二人は、天界へ行く」

पुत्राः देवलोकम् गच्चन्ति। putrāḥ devalokam gaccanti|
「息子たちは天界へ行く」

主語「息子」の人数が違っていることは日本語訳からも分かりますが、
述語動詞の「行く」gacchati、gacchataḥ、gacchantiも
主語の数に応じて、それぞれ単数、両数、複数になっています。

(4)名詞や形容詞の文中における役割=「格」が、全部で8つある

それぞれの格を簡単に説明すると、

主格・・・主語や述語。また、それらを修飾する形容詞。「神は」「神だ」
対格・・・目的語「神を」
具格・・・方法、手段、共有「神によって」「神とともに」
為格・・・間接目的語、動きの向かう先「神へ」(マントラでナマハと共に使われる格)
奪格・・・理由、発端、動きの始まり、比較「神より」
属格・・・所属、所有「神の」
処格・・・場所、空間「神において」
呼格・・・呼びかけ「神よ!」

他にも、慣用句としての使い方や特殊な用法はありますが、
まずは一般的な上記の用法を覚えておけば大丈夫です。

格語尾の形は、さらに
語幹がaで終わる男性名詞、中性名詞、
āで終わる女性名詞、
iで終わる男性名詞、中性名詞、女性名詞、
īで終わる女性名詞、
uで終わる男性名詞、中性名詞、女性名詞
ūで終わる女性名詞、、、etc.
というふうに、
語幹が違えば、それぞれ違った変化をします。

実は、「基本的格語尾」というものがあります。
これについては後で触れる予定です。
語幹にこの基本的格語尾をくっつければ全ての格変化に対応可能
といいたいところですが、実際には不規則な変化が多かったり、
語幹の母音が変化する規則を理解しなければならないため、
まずは語幹ごとの格変化を学んだ方が
初学者にはむしろ分かりやすいと思います。

もし本当にサンスクリット語を学ぼうと思うならば、
小さめのノートやルーズリーフの1ページごとに
それぞれの格変化の表を手で書き写すことをお勧めします。
印刷するよりも、自分の目で見て、
手で書いて、口に出して、耳で聞く、
その方が記憶に残りやすいからです。

最初からキッチリ格変化を覚えようとしなくても大丈夫。
とりあえず、いろいろな格変化の表を眺めたり
比べたりしてみてください。

その後に、母音の変化の規則を知ると、
「あ、そういうことか」と合点がいきますよ。

(文章:prthivii)

【サンスクリット語の豆知識】「ヨギーニ」と「ヨーギニー」(サンスクリット語的に正しい言葉は?)

Yoga near banyan tree

インドの神々や思想やヨーガに親しんでいる方が増えて
サンスクリット語に由来する単語をよく見かけるようになりました。

ところが、本来のサンスクリット語と
世間に流布している読み方や発音との間には
大きなズレが生じている場合があります。

そうした原因は、インドの諸現代語の発音や
英語表記の影響があげられます。

例えば、「ヨガ」と「ヨーガ」。
サンスクリット語ではoの発音はどんなときも
必ず長母音なので、正しくはヨーガですね。

でも現代のインド人の発音を聞くと、
ヨゥガ、のように、短めに聞こえます。
それを音写すればヨガとなるでしょうし、
英語圏でyogaと表記されればoが長母音であることは
ほとんど意識されません。

もっと複雑なのは、योग yogaと語源を同じくする
「yogini」という単語。
一般的に「ヨギーニ」と発音されて、
女性のヨーガ実践者の意味で使われていますね。

この単語の語源を詳しくみてみましょう。

もともとの語根は、√yuj 動詞「結ぶ」です。
योग yogaヨーガとは、√yujから派生した名詞。
心身を結び付けること。理念と実践を結び付けること。etc.

さらにこのयोग yogaヨーガという単語に対して、
-inという接尾辞をつけた単語योगिन् yoginヨーギンは
「ヨーガを行う者」「ヨーガを修めた者」という意味の名詞になります。

主格単数形はयोगी yogīヨーギー(=現代的発音ではヨギ)。

ところがयोगिन् yoginは男性名詞です。
つまり男のヨーガ行者を指していて、
女性のヨーガ行者の意味になるにはどうしたらよいのか?

女性名詞化させるためには、
योगिन् yoginの後に-īを付けます。

こうしてयोगिनी yoginīという女性名詞ができました。
カタカナであえて表わせば、ヨーギニーという発音です。

ところが、
英語では長母音も短母音も区別せずに
「yogini」という書くうえに、
インドの現代諸語や英語の発音の影響からか
「ヨギーニ」という発音が広がってしまいました。

言葉というのは「生き物」であり、
文法にしろ発音にしろ、
時代とともに変化していくのは仕方ないのですが、
2500年前に変化することを止めた
サンスクリット語本来の発音では、正しくは
योगिनी
yoginī
ヨーギニー
ということは頭の片隅においてくださいね。

ちなみにヨーギニーは、古典的には
「シヴァ神の妃ドゥルガー」
「シヴァ神やドゥルガーの侍女」
「シャクティ」と同一視されたり、
中世の説話文学では
おどろおどろしい役割を果たす
「タントラの修行をした魔女、妖女」として出てきます。
「ヨーガ実践者の女性」という意味は
ヨーガが広く普及した現代的な用例なのです。

(文章:prthivii)