ガーヤトリー・サーダナ

ガーヤトリー・マントラは、インドでも最高のマントラとして、多くの人々に唱えられています。そして、今では、世界中の人々に唱えられるようになってきました。ガーヤトリー・マントラは、唱える人々を悟りへと導くだけでなく、その周囲にもよい影響を与えると言われます。
その意味でも、毎日ガーヤトリー・マントラだけでも、欠かさずに唱えるようにしたいものです。
ここで、日頃、ガーヤトリーのサーダナ(修行)をされている方々、またこれから始めようとされている方々のために、Sadguru Sant Keshavadas著”GAYATRI: The Highest Meditation”より、目的別のガーヤトリー・サーダナの方法について記載された部分をご紹介いたします。
インドではクリスマスはお祝いされることはあまりありませんが、ガーヤトリー女神とともに、神聖なクリスマスをお過ごしください。
『ガーヤトリー・サーダナ
1. 瞑想を行うには、明け方は東の方角、昼間は北の方角、夜間は西の方角を向いて座るのがよい。
2. トゥラシー、ルドラークシャ、あるいはサンダルウッドの数珠を準備しなさい。
3. 瞑想の場所は、清潔で静寂を保てる神聖な場所にしなさい。
4. 瞑想の前には、手足を洗うか入浴しなさい。
5. 全宇宙の聖母としてのガーヤトリーを瞑想する人は、ガーヤトリー女神の絵などを用意し、瞑想の前後に礼拝しなさい。
6. 光の神としてのガーヤトリーを瞑想する人は、光のシンボルとして太陽神を瞑想しなさい。
7. 無形の神を瞑想する人は、輝く光として眉間の中心に真理の光輝を瞑想しなさい。
8. 強力な浄化儀式としては、ガーヤトリー・マントラの後に「スヴァーハー」を追加して唱え、その後、火の中にギー(溶けたバター)を注ぐとよい。
すなわち「オーム ブール ブヴァッ スヴァハー
オーム タットゥ サヴィトゥル ヴァレーニャム
バルゴー デーヴァッシャ ディーマヒー
ディヨー ヨー ナッ プラチョーダヤートゥ スヴァーハー」
と唱えた後、火の中にギーを注ぐ。
願望を叶えるためのガーヤトリー・マントラ
願望を叶えるために、母なる女神ガーヤトリーに祈願する人は、瞑想の前後に上記と同じことをするとよいでしょう。神聖な炎にギーを注いでいる間に、願望の成就を祈願します。ガーヤトリー・マントラは、主に知性の開花のために唱えられます。しかし、信者の願望が成就した後に、はじめて無欲の状態に至ることに間違いはありません。
記憶力に悩む男性、女性、子供も、同様の方法で記憶力を増大させることができます。シャワーを浴び、朝日(東の方角)に向かって立ち、ガーヤトリー・マントラを10回唱えます。これを4週間実践することで、記憶力が増大し、子供は非常に知性的になるでしょう。
よい仕事を得たい人々や、お金が無くて困っている人々、またキャリアやビジネスで成功を望む人々は、ガーヤトリー女神のラクシュミーの側面を瞑想するとよいでしょう(ガーヤトリー女神は、サラスヴァティー、ラクシュミー、カーリーが一体化したものです)。
1. 毎週金曜日(ラクシュミーの日)に、定期的に以下のサーダナを行います。入浴前に、オイルとターメリック・パウダー(ハルディ)を混ぜたものを身体に塗り、それから入浴します。
2. 瞑想時に座る椅子には、黄色の布を敷きます。聖紐にターメリック・パウダーを振りまき、黄色い服を着て、プージャー(儀式)の間は、ガーヤトリー女神の絵や写真に、黄色の花を捧げます。女神に黄色のフルーツや穀物を捧げ、儀式の後には、プラサーダとして捧げ物をいただきます。
3. ラクシュミーとしてのガーヤトリー女神を瞑想するときは、黄色のサーリーを纏い、象に座る女神を思い浮かべます。
4. 最後に「シュリーム」(ラクシュミーのビージャ・マントラ)を追加して、ガーヤトリー・マントラを唱えます。
「オーム ブール ブヴァッ スヴァハー
オーム タットゥ サヴィトゥール ヴァレーニャム
バルゴー デーヴァッシャ ディーマヒー
ディヨー ヨー ナッ プラチョーダヤートゥ シュリーム」
これは次のような意味になります。
「母なる女神ガーヤトリー・ラクシュミーさま、
どうかわたしの献身をお受け入れください。
健康、富、喜び、平安をお与えください。
わたしのすべての願いを叶えてください。
ガーヤトリー・ラクシュミーに栄光がありますように。」
このサーダナを3ヶ月間、毎週金曜日に行います。女神ガーヤトリー・ラクシュミーによって、すべての障害は取り除かれ、願望が叶えられるでしょう。
ラクシャー・カヴァチャ(護符)
原因不明の不治の病に冒されたり、悪霊に取り憑かれたり、悪魔に怯えたりする方々が見受けられます。そのような、カルマや星の影響が要因となる問題に対しては、ガーヤトリー女神の護符(ラクシャー・カヴァチャ)を身に着けることが有効です。通常、そのような護符は、マントラ瞑想に熟達した僧侶によって用意されるものです。しかし、次に与えられる指示を守れば、自分で用意することも可能です。
紙または銅や銀の薄いシートの上に、5つの「オーム」の文字を書きます。できれば、サンスクリット語で「ॐ」と書くのがよいでしょう。紙の四隅に、4つの「オーム」を書き、中央にも1つ書きます(合計5文字)。そして、それを丸めて、一端を折り曲げます。少量のサンダルウッド・パウダーまたはクムクマ(クムクム、赤いパウダー)を丸めた紙の中に入れ、ガーヤトリー・マントラを10回唱えます。これで、護符が完成しました。丸めたもう一端を閉じ、紐を用いて、腕や首に身に着けます。ガーヤトリーの波動の力によって、すぐに病状が回復し、すべての恐れは消え去るでしょう。この護符は、障害児に対しても、ヒーリングをもたらします。
子供を授かるために
流産で子供が授からない場合、男の子ばかり生まれるために女の子が欲しい場合、その逆で、女の子ばかり生まれるために男の子が欲しい場合など、このような特定の願望を叶えるためには、夫婦ともに以下のガーヤトリー・サーダナを実践するとよいでしょう。
夫婦ともに日曜日には断食をします。少量のフルーツ、フルーツ・ジュース、またはミルクなどは摂ってもよいでしょう。シャワーを浴び、授かりたい男の子または女の子を想いながら、次のプラーナーヤーマ(呼吸法)を10回行います。
両方の鼻孔から、深く息を吸い込み、息を止めた状態で、「オーム」と3つの「ヤム」(ビージャークシャラ、種字)を追加したガーヤトリー・マントラを心の中で次のように唱えます。
「オーム ヤム ヤム ヤム
ブール ブヴァッ スヴァハー
オーム タットゥ サヴィトゥル ヴァレーニャム
バルゴー デーヴァッシャ ディーマヒー
ディヨー ヨー ナッ プラチョーダヤートゥ」
そうして、息を吐きます。
「ヤム(Yam)」はヴァルナ(水の神)のビージャ・マントラです。ヴァルナは、性中枢にいる神です。したがって、ヴァルナに祈願することで、夫婦の肉体に必要な変化が起こります。
さてここで、手にサンダルウッドの数珠を持ち、白い服を着て、蓮を手に持っている子供の姿のガーヤトリーを思い浮かべてください。
瞑想の後、ミルク、蜂蜜と炊いたご飯を捧げ、聖母ガーヤトリーを礼拝します。そして、そのプラサーダ(神に捧げた食物)をいただきます。これには、祈りの果実をもたらすガーヤトリーのパワーが含まれています。すなわち、やがては、夫婦の間には望んだ子が授かるでしょう。その子は、健康で美しく、知性的で、長生きする子です。
次の全宇宙の聖母ガーヤトリーへの祈りは、信仰と献身を込めて唱えるならば、すべての願いを叶え、悟りへと導きます。
ナマステー デーヴィ ガーヤトリー サーヴィトリー トリパダークシャレー
アジャレー アマレー マータス トラーヒ マーム バヴァサーガラート
namaste devi gAyatrI sAvitrI tripadAkSare
ajare amare mAtas trAhi mAm bhavasAgarAt (ガーヤトリー・ストートラム第1節)
太陽の女神、三行詩の女神、永遠の若さと不死の女神、ガーヤトリーに帰依します。
母なる女神さま、生死の大海から、わたしをお守りください。』
参照:
Sadguru Sant Keshavadas, “GAYATRI: The Highest Meditation”, p.60-63, Motilal Banarsidass, Delhi, 1978

マハームリティユンジャヤ・マントラ

マハームリティユンジャヤ・マントラは、インドではとても有名なマントラです。今回はこのマントラを取り上げてご紹介いたします。ムリティユとは「死」を意味し、ジャヤとは「勝利、克服」を意味します。すなわちマハームリティユンジャヤ・マントラは、死を克服する、死に打ち克つマントラ、すなわち輪廻の鎖を断ち切るマントラとして知られています。
このマントラは、次のように唱えられます。

「オーム トリヤムバカム ヤジャーマヘー
スガンディン プシュティ ヴァルダナム
ウルヴァールカミヴァ バンダナートゥ
ムリティヨール ムクシーヤ マー アムリタートゥ」
Om Tryambakam Yajaamahe
Sugandhin Pushti Vardhanam
Urvaarukamiva Bandhanaat
Mrityor Muksheeya Ma-Amritaat
タイッティリーヤ・ウパニシャッド 2.7

言葉の意味
マハー(Maha):偉大な、強大な
ムリティユ(Mrityu):「死」あるいは死の神マヤ。ムリティユは、ブラフマー、バヤ(恐怖)、あるいはマーヤー(幻)の子であるといわれ、彼らの子供は他にヴィヤーディ(病気)、ジャラー(老年)、ショーカ(悲しみ)、トリシュナー(渇き)、クローダ(怒り)であるといわれています[1]。
ジャヤ(Jaya):勝利、克服、征服、歓喜
したがって、マハームリティユンジャヤ・マントラは「死に打ち克つ偉大なマントラ」ということになります。このマントラを心を込めて唱えることで、死の恐怖を克服し、病を癒し、様々な事故から守られ、究極的には解脱をもたらすといわれています。
オーム(Om):宇宙創造の初音、聖音
トリヤムバカ(Tryambaka):「三つの目を持つもの」の意味で、シヴァ神の別名をあらわします。第三の目は、直観や洞察力、見識を司ります。この第三の目の機能により、我々はシヴァ神を悟ることが可能となります。
ヤジャーマヘー(Yajaamahe):崇める、礼拝する
スガンディン(Sugandhin):芳香、甘い香りの意味。第三の目が覚醒することにより、すべては芳しい香りを放ちはじめます。すなわち、すべてが神であると悟ります。
プシュティ(Pushti):成長、肥大の意味。真理はすべてのものをよい状態に養い、成長させます。
ヴァルダナ(Vardhana):増大、成長、繁栄の意味。真理はわれわれの理解を日々増大させます。
ウルヴァールカム(Uruvaarukam):キュウリの意味。マントラにキュウリが出てくるのは理解に苦しむかも知れませんが、この場合、キュウリは私たち個人を意味しています。それぞれのキュウリは各々の蔓に実り、ちょうどその時がくると、熟して落ちます。これは、私たちそれぞれが成長していく過程そのものをあらわし、やがて悟りを得る(熟す)ことによって、輪廻の鎖を断ち切る(実が落ちる)ことになります。
バンダナ(Bandhana):束縛、結合。
ムリティヨール(Mrityor):死、無知。
ムクシーヤ(Muksheeya):解放、解脱。
したがって、「バンダナートゥ ムリティヨール ムクシーヤ」の個所は、「どうか私たちを死の束縛(あるいは無知)から解放してください」の意味となります。
マーアムリタートゥ(Maa-amritaat):マーは「偉大な」、アムリタは「不死なるもの、永遠なるもの」を意味し、「すべての背後にある永遠の真理」の悟りをあらわします。
全体の意味
わたしたちすべてを養いくださり、芳香に満ちあふれる三つ目のシヴァ神を讃えます。熟したキュウリが自然と実り落ちるように、わたしたちが日々成長し、死や輪廻の束縛から解放されますように。そして、永遠の真理へ到達できるようにどうかわたしたちをお導きください。
マハームリティユンジャヤ・マントラは、ガーヤトリー・マントラとならび重要なマントラであるとされています。このマントラは、インドでは悟りをえるための、また人生のさまざまな問題を解決するための非常に強力なマントラとして広く唱えられています。また次のような問題の解決策として唱えられるのもよいでしょう。
・人生や仕事で行き詰まりを感じたときに、障害を打破し解決をもたらすために
・家庭や社会で問題が生じたときに、調和を取り戻すために
・精神的に落ち込んだときに、内なる力を呼び覚まし本来の自分を取り戻すために
・病床に伏しているときに、内在の力を目覚めさせ健康を取り戻す手段として
健康的な問題を抱えている方には、このマントラは特に効果的で、医者から見放された病気をも治すといわれています。また占星学上の惑星のあらゆる悪影響を滅ぼすマントラとして知られています。このマントラは、解脱へ至るための手段として、毎日繰り返し唱えることがすすめられています。
上記のような問題の解決策として、マハームリティユンジャヤ・ジャパを実践される場合は、毎日108回マハームリティユンジャヤ・マントラを唱え、それを40日間以上続けることがすすめられています(ジャパには108ビーズのマーラーを使用されるとよいでしょう)。こちらにマハームリティユンジャヤ・マントラのオーディオサンプルがございますので、ジャパを実践される場合は、この朗誦を参照されてみてください。
また、このマントラを唱えるのが難しいと感じられる場合は、音を省略したショート・フォームがあります。ショート・フォームは「オーム・ジューン・サハ・サハ・ジューン・オーム」と唱えられます。ショート・フォームも、これを唱えることで神の鎧を身につけることになり、上記と同様の効果が得られるとされています。こちらにこのマントラが収録されているCDがございますので、ご参照ください。
参照
[1] 菅沼晃編、「インド神話伝説辞典」東京堂出版
[2] Mrityunjaya Mantra – The Mantra for Realising the Death
http://www.mandalayoga.net/index.php?rub=newsletter_en&p=mrityun_jaya

マントラ瞑想

医学系ジャーナル「ARCHIVES OF INTERNAL MEDICINE」の2006年6月12日号の記事で、カリフォルニア大学ロサンゼルス校のノエル・ベイリー・メルツ教授らが、マントラを唱える瞑想(TM瞑想)によって、血圧やインスリン抵抗性に有効な効果があったとする論文を発表しました[1]。
この論文では、無作為に選出された冠状動脈硬化症の患者を対象に、16週間にわたってマントラを唱える瞑想(TM瞑想)を実践してもらうグループとアクティブ・コントロール(健康教育)を行うグループにわけ、その効果の違いを確認しました。この研究成果によると、マントラ瞑想を行ったグループは、アクティブ・コントロールのグループに比べて、血圧の安定化やインスリン抵抗性、心拍数の安定化に効果が見られたと結論づけています。
TM瞑想法は、広く欧米を中心に受け入れられたため、この瞑想法の効果に関する研究論文がしばしば発表されています。しかし、マントラを唱える瞑想は、インドでは古くから行われてきており、その効果が科学的な論文を通じて、一般に認知されつつあるのは、とても喜ばしいことです。ヒンドゥー教では、古代の文献や多くの聖者は、現代は世界の四分の三を不正が支配するカリ・ユガであるとしていますが、このような時代においては、ラーマ、シヴァ、クリシュナ、ヴィシュヌ、ブッダ、キリストなどすべての神の名前がもっとも強力なマントラとなり、この時代に神の名前を唱えることは巨大な功徳を積む行為であるといわれています。また神の名前に限らず、師から授かったマントラや、普段唱えているマントラを継続して唱えられるのも同様の効果があると思います。
「点滴石をも穿つ」という諺にもあるように、継続的に実行していけば、数年、数十年後には大きな進歩が確認できると思います。それを信じて、日々の小さな歩みを大切にしていきたいですね。
[1]Maura Paul-Labrador, et al. “Effects of a Randomized Controlled Trial of Transcendental Meditation on Components of the Metabolic Syndrome in Subjects With Coronary Heart Disease”, Arch Intern Med., 166, pp1218-1224, 2006

ビージャ・アクシャラ その3

前回は、スワミ・シヴァナンダの著書から、ビージャ・マントラの意味を抜粋いたしましたが、この説明の中には、それぞれのビージャ・マントラの最後に唱えられる「ム」の説明がないことに気がついた方もいらっしゃると思われます。
この「ム」の意味は、「オーム」の解説に記載されている“「ム」はイーシュワラとプラジュナの睡眠の状態です”の説明が当てはまるでしょう。睡眠の状態というと、われわれにとってはマイナスのイメージがあるかもしれませんが、ここでいう睡眠とは、われわれが眠くなるときにとる睡眠とは意味が異なります。サンスクリット語のことわざに、「聖者は、人々が目覚めているときに眠り、人々が眠りに就くときに目覚める」というものがあります。これは、一般に、人々は五大欲望に代表されるさまざまな欲望にとらわれ、その欲望を満たすために“目覚め”ます。しかし、聖者はそのような欲望には関心がないため、人々が目覚めているときには“眠る”のです。また、人々が関心の薄い解脱への道、神への欲求は、聖者の第一の関心事であり、そのために人々が“眠る”ときに聖者は“目覚める”のです。
「オーム」のマントラに代表されるように、はじめは世俗的な意義を示す語(「オ」)からはじまり、最後に神への道へと至る(「ム」)のように段階を踏む形式、つまり表層意識から深層意識へとつながる意味をもつマントラはしばしばみうけられます。他の代表的なマントラとしては、ガーヤトリー・マントラもそのような構造になっています。
そのようなことから、他のビージャ・マントラにある結びの語「ム」も、「オーム」に示されているものと同義語で、悟りへの道、終結をあらわす意味をもつと理解してよいでしょう。
ビージャ・アクシャラについては、今回スワミ・シヴァナンダの解釈を参照いたしましたが、同一の神でもさまざまに異なる呼び名があるように、その意味もじつは一義的なものにとどまりません。たとえば、「フリーム」は、マハーマーヤーのビージャであるとのことでしたが、ほかにも「フリダヤ」(ハート)へと通じるマントラであるとか、「サラスワティー」を示すマントラであるとの解釈もあります。また、「クリーム(KLEEM)」はカーマのビージャであるとのことでしたが、「クリーム(KREEM)」と同様、カーリー(あるいはドゥルガー)を示すマントラであるともいわれております。
マントラの一節で、「オーム・フリーム・シュリーム・クリーム…」というビージャをつなげたものがしばしば出てきますが、この一節は、その解釈にしたがうと「フリーム」がサラスワティー、「シュリーム」がマハーラクシュミー、「クリーム」がカーリー(ドゥルガー)という三位一体を示していることになります。精神的な側面に関する活動はサラスワティーが、物質的な側面に関する活動はマハーラクシュミーが、そして肉体的な側面に関する活動はカーリー(ドゥルガー)がつかさどります。この三位一体の女神の恩寵により、あらゆる面での幸福と繁栄があたえられます。
ところで、ガーヤトリー女神は、あるときはサラスワティーの姿を、あるときはマハーラクシュミーの姿を、そしてまたあるときはカーリー(ドゥルガー)の姿をとる三位一体の化身とされています。そのため、ガーヤトリー女神の恩寵を得ることで、神への解脱と至る叡智、またそのために必要な衣食住、身体的な強靱さのすべてがあたえられます。これが、ガーヤトリー・マントラが万能かつ最高位のマントラであるといわれるゆえんでもあります。
ビージャ・アクシャラは、すべてのマントラの基礎となると同時に、それ自身が強力なマントラともなっています。「すべての道はローマに通ず」ではありませんが、すべてのマントラはただひとつの至高神に通ずるということは真理です。それぞれ表現は異なるかもしれませんが、すべてのマントラは、ただひとつの至高神をあらわしており、どのようなマントラ(道)を選んでも、それを継続的に臆念し続けることにより、やがてはひとつの真理に到達することができます。

ビージャ・アクシャラ その2

前回のスワミ・シヴァナンダによるビージャ・マントラの解説の続きより
『「ハウム(HAUM)」
このマントラでは、「ハ(Ha)」はシヴァをあらわします。「アウ(AU)」はサダシヴァをあらわします。ナーダ【サンスクリット語で音の意味】とビンドゥ【点の意味。あらゆる創造的なエネルギーがこの点から湧き出るとされる。ビージャ・マントラは通常一文字からなるので、ビンドゥの概念があると考えられる】は、悲しみを払拭することを意味します。このマントラでは、シヴァ神を帰依の対象とします。
「ドゥム(DUM)」
このマントラでは、「ダ(Da)」はドゥルガーをあらわします。「ウ(U)」は守護をあらわします。ナーダは宇宙の母を意味し、ビンドゥは礼拝や祈りなどの行為を意味します。
「クリーム(KREEM)」
このマントラは、カーリカー【ドゥルガーの9つの姿のひとつ】のマントラです。「カ(Ka)」はカーリーをあらわします。「ラ(Ra)」はブラフマンをあらわします。「イー(Ee)」は、マハーマーヤー【マーヤーは幻の意味。非実在の神格としてのドゥルガーの別名】を意味します。ナーダは宇宙の母をあらわし、ビンドゥは悲しみを払拭することを意味します。
「フリーム(HREEM)」
このマントラは、マハーマーヤーあるいはブヴァネーシュヴァラ【世界の主の意味でシヴァ神をあらわす】のマントラです。「ハ(Ha)」はシヴァをあらわします。「ラ(Ra)」はプラクリティ【自然、本質、創造などを意味するサンスクリット語。精神原理プルシャと対比される】をあらわします。「イー(Ee)」はマハーマーヤーを意味します。ナーダは宇宙の母をあらわし、ビンドゥは悲しみを払拭することを意味します。
「シュリーム(SHREEM)」
これはマハーラクシュミーのマントラです。「サ(Sa)」はマハーラクシュミーをあらわします。「ラ(Ra)」は富をあらわします。「イー(Ee)」は充足感や満足感を意味します。ナーダはアパーラ【無限の、計り知れないの意】すなわちブラフマンの化身やイーシュヴァラをあらわします。ビンドゥは悲しみを払拭することを意味します。
「アイム(AIM)」
これは、サラスヴァティーのビージャ・マントラです。「アイ(Ai)」はサラスヴァティーをあらわします。ビンドゥは悲しみを払拭することを意味します。
「クリーム(KLEEM)」
これはカーマのビージャ・マントラです。「カ(Ka)」は欲望の神カーマデーヴァをあらわします。また、「カ」はクリシュナを意味するともいわれます。「ラ(La)」はインドラ【帝釈天】をあらわします。「イー(Ee)」は充足感や満足感をあらわします。ナーダとビンドゥは、しあわせと悲しみをもたらすことを意味します。
「フーム(HOOM)」
このマントラでは、「ハ(Ha)」はシヴァをあらわします。「ウー(U)」はバイラヴァ【恐ろしい者の意味で、シヴァ神の別名】をあらわします。ナーダは至高神をあらわし、ビンドゥは悲しみを払拭することを意味します。このマントラは、鎧のヴァルマ(鎖かたびら)の3部からなるビージャです。
「ガム(GAM)」
これは、ガネーシャのビージャになります。「ガ(Ga)」はガネーシャをあらわします。ビンドゥは悲しみを払拭することを意味します。
「グラウム(GLAUM)」
これも、ガネーシャのマントラです。「ガ(Ga)」はガネーシャをあらわします。「ラ(La)」はあらゆるものに浸透するものを意味します。「アウ(Au)」は、栄光や光輝をあらわします。ビンドゥは、悲しみを払拭することを意味します。
「クシュラウム(KSHRAUM)」
これはナラシンハ【人獅子。ヴィシュヌの化身】のビージャです。「クシャ(Ksha)」はナラシンハをあらわします。「ラ(Ra)」はブラフマーをあらわします。「アウ(Au)」は上を向いた牙をあらわします。ビンドゥは、悲しみを払拭することを意味します。
このほかにも、このようにさまざまな神々をあらわす多くのビージャ・マントラがあります。たとえば、聖仙ヴィヤーサのマントラは「ヴィヤーム(Vyaam)」、ブリハスパティ【祈祷の主の意味。神々の世界の祭官】のマントラは「ブリム(Brim)」、ラーマのマントラは「ラーム(Raam)」などがあげられます。』
このようにビージャ・マントラには、表面的には意味はあまりないといわれていても、内的には深い意味が隠されています。ビージャ・マントラを唱えるときには、このような意味をかみしめつつ、それぞれの神の栄光を想いながら唱えることで、より大きな恩寵がそそがれることでしょう。
参照文献
[1]Swami Sivananda, “Japa Yoga, A Comprehensive Treatise on Mantra-Sastra”, pp94-, The Divine Life Society, India, 1992
[2]菅沼晃編、インド神話伝説辞典、東京堂出版、1998

ビージャ・アクシャラ

「ビージャ」とは、サンスクリット語で「種」をあらわす言葉です。またアクシャラとは、「音節」をあらわします。したがって、ビージャ・アクシャラは、仏教では種字(しゅじ:天台系)または種子(しゅじ:真言系)といわれています。ビージャ・アクシャラ(種字)は通常、サンスクリット語1文字であらわされるものとなります。マントラは、このビージャ・アクシャラを基本にして構成され、またビージャ・アクシャラそのものもマントラとして唱えられます。師から弟子へと口伝によって伝授されるマントラは、このビージャ・マントラが多いでしょう。
ビージャ・アクシャラについては、かの有名なスワミ・シヴァナンダが、著作の中で詳しい解説をしていますので、ここでは、その一部をご紹介いたします[1]。
『ビージャ・アクシャラとは、種となる言葉(種字)です。それはとても強力なマントラです。すべての神々は、それぞれのビージャ・アクシャラを所有しています。すべてのビージャ・アクシャラの中で、もっとも偉大なものは「オーム」すなわちプラナヴァです。それは、パラ・ブラフマン【註:ブラフマンとは宇宙の根本原理であり、それを超越(パラ)するもの】あるいはパラマートマン【真我】の象徴です。オームはそれ自身の中に、他のすべてのビージャ・アクシャラをを含んでいます。オームは、あらゆるものの源泉、すなわちすべての特定音に共通の種であり、また経過音として二次的な種ともなります。アルファベットの文字は、すべての音と文字の根源であるオームから発生します。オームよりすばらしく偉大なマントラは他にありません。オームは、日常的に発音されるとき、きわめて繊細で、耳では聞こえない状態の音がかたまりとなって放出されます。それはアマートマ、すなわち第4段階の超越状態【註:第1段階では、口を使い音として発声する。第2段階ではささやき声で発声する。第3段階では唇だけを動かして、声には出さない。そして第4段階では、こころの中でマントラを唱えるようになります。アマートマとは境界のない、計り知れないの意味で、ここでは無音を意味します】に達します。さまざまな神々は、ひとつの至高的存在のさまざまな姿や側面をあらわしているように、ビージャ・アクシャラあるいはビージャ・マントラもまた、至高のビージャ、至高のマントラである「オーム」のさまざまな姿や側面をあらわしているにすぎません。「ア」「ウ」「ム」の文字だけでは、超越的かつ根本的な音の状態を与えることはまずありません。この3音から構成される音は、もっとも神聖で原初的なドゥヴァニ(波動)のあらわれでしかありません。オームの超越的な音は、通常の耳で聴こえるものではなく、ヨーギンたちによってのみ聴くことができます。オームの正しい発音は、太く調和的な波動とともに、へそから音が生まれ、アヌスヴァーラ【鼻音】つまりチャンドラビンドゥ【”月のような点”の意味で、鼻音】が発音される場所である鼻孔の上部まで段階的に少しずつあらわれていきます。
ビージャ・マントラは、時には数文字からなる場合もありますが、基本的には、一文字でできています。たとえば、ビージャ・マントラである「カム」は、すべてのビージャ・マントラを終結させるアヌスヴァーラあるいはチャンドラビンドゥで、一文字からなります。チャンドラビンドゥでは、ナーダ(音)とビンドゥ(点)がひとつに融合します。いくつかのビージャ・マントラは、「フリーム」のマントラのように複数の文字からできていることもあります。ビージャ・マントラは、その内部に重要な意味をもち、表面的には意味を持たないことが多いでしょう。それらの意味は、非常に微細で、神秘的なものです。ビージャ・マントラの姿は、それを示している神々の姿となります。
5つのマハーブータ(偉大な元素)、すなわち地、水、火、風、空のビージャは、それぞれラム(Lam)、ヴァム(Vam)、ラム(Ram)、ヤム(Yam)、ハム(Ham)となります。ここで、次に例としていくつかのビージャ・マントラの意味を示します。
「オーム」
オームは「ア」「ウ」「ム」の3つの文字からなります。それは時間の3つの周期、意識とすべての存在の3つの状態を示します。「ア」は目覚めの状態、すなわちヴィラートとヴィシュヴァ(目覚めの意識状態、有限宇宙)です。「ウ」は夢見の状態、すなわちヒランニャガルバとタイジャサ(夢見の意識状態)です。「ム」は眠りの状態、すなわちイーシュヴァラとプラージュナ(眠りの意識状態、叡智)です。オームの意味を理解するためには、マンドゥキョーパニシャッド(Mandukyopanishad)を詳細に学ぶといいでしょう。』
[1]Swami Sivananda, “Japa Yoga, A Comprehensive Treatise on Mantra-Sastra”, pp94-, The Divine Life Society, India, 1992

ガヤトリー・マントラ

ガヤトリー・マントラというと、「オーム・ブール・ブワッ・スワハー」ではじまる太陽神サヴィトリーに捧げられるガヤトリー・マントラが有名です。しかし、これが詩形を意味するということはあまり知られていません。
日本では、短歌や俳句、川柳のように五七五や五七五七七といった詩形があらかじめ決められています。この詩形にあわせて歌詞をつけると、覚えやすくまた心に響くメロディーの歌ができあがります。
古代のインドでは、師から弟子へと口伝(くでん)によって聖典などが伝えられていたため、音で記憶しやすいように、このような詩形がいくつか決まっています。シュローカというのも詩形のひとつで、これは「同じ音節をもつ、四つの句で組み立てられていて、リュートの音楽にものせられるような」[1]詩形といわれ、この詩形を用いた代表作品は、アジア各国で人気を誇るラーマ王子の物語「ラーマーヤナ」があります。
ガヤトリーも詩形のひとつですが、この詩形は特別なもので、このガヤトリー調で歌うことに大きな意味があり、神々はこれを歌う者を最後まで守護するとされています。インドでは、マントラにも楽器の伴奏をともなって、メロディーとともに歌われることもよくあります。しかしこのような場合も、同じような効果があるとされているので、何も心配することはありません。ガヤトリーは詩形を表しているので、メロディーを伴っても、その意味が変わることがないからです。CDのタイトルなどでは、「マントラム」などのように最後に「ム」が付けられているものが、楽器の伴奏を伴ったメロディー付きの歌になりますので、選ぶときの参考にしてみてください。
マントラを唱える上で最重要なことは、何よりもまず、こころを込めて唱えるということです。
こころがこもっていなければ、どんなにすばらしい言葉を並べたところで、相手のこころに響くことはありません。マントラを唱えるときには、神に語りかけるように、こころを込めて唱えましょう。
それができてはじめて、その意味を熟考し、神の御姿(みすがた)を臆念しながら唱えることの重要性が感じられるようになります。
世界中の聖者といわれる人々の中には、マントラを一心に唱え続けることで悟りを開いた聖者も少なくありません。ただ、共通していえることは、ひとつのマントラを生涯を通じて、唱え続けるということです。数多くのマントラが簡単に手にできるようになっている時代ですが、ひとつのマントラを一生の友として、唱え続けることで、計り知れない大きな恩寵を得ることができます。
数あるマントラの中でも、太陽神サヴィトリーに捧げるガヤトリー・マントラは、インドの聖典の中でも最高のものであるとされていますので、このマントラを選ぶことで、道を誤ることはまずありません。
[1]菅沼晃編、インド神話伝説辞典、p.74、東京堂出版、1998