ガーヤトリーとガヤトリー、ルドラークシャとルドラクシャ、ヨーガとヨガ

前回のブログの最後に、デーヴァナーガリー文字の表記について少し述べました。外国語を日本語に表記する場合、とても難しいのがその表記方法なのですが、まず頼ってしまうのが、実際に聴いた音をそのまま日本語に書き表すという方法だと思います。
実際にインド人の言葉を聴くと、「ガーヤトリー」というよりは「ガヤトリー」、「ルドラークシャ」というよりは「ルドラクシャ」の方が音自体としては近いように聞こえます。
現在、「ヨーガ」と「ヨガ」の間で、表現の仕方が別れていますが、これは、1950年代に沖正弘氏が「ヨガ」の火付け役となって「ヨガ」ブームが日本で始まり、その後、1970年代に大阪大学名誉教授の故佐保田鶴治氏[2]が「ヨガ」ではなく「ヨーガ」という読み方を広めたからであると言われています[1]。
デーヴァナーガリー文字の表記では、yogaの「o」は長音となるので、「ヨーガ」という方が実際の表記に近い表現のようです。しかし、人によっては、「ヨガ」と聞こえる人も多いようなのですが。
サンスクリットによる朗誦は、デーヴァナーガリー文字の表記にあるような長音を用いることで、朗誦がスムーズに、きれいに聞こえます。しかし、日常会話などでは、あまり長音を多用すると言葉が悠長になってしまうので、「ガヤトリー」や「ルドラクシャ」のように発音されるのかもしれません。般若心経でも「かんじーざいぼーさつ ぎょうじんはんにゃーはーらーみったーじー…」と日常会話で読み上げていたら、話す方も聴く方もとても大変ですよね。
いまの「ヨガ」と「ヨーガ」事情をみていると、「ガヤトリー」と「ガーヤトリー」、「ルドラクシャ」と「ルドラークシャ」も同じような道をたどって、後々混乱をまねく恐れがあります。情報を発信する立場としては、話し言葉よりも書き言葉を重視して、デーヴァナーガリー文字の表記にしたがった表記をするべきかもしれません。そこで今後は、書き言葉としてなるべく正確な表記をすることを心掛けて、「ガヤトリー」は「ガーヤトリー」、「ルドラクシャ」は「ルドラークシャ」などと、表記を書き改めていきたいと思います。
再度混乱を誘うようで申し訳ございませんが、ご理解の程どうぞよろしくお願い申し上げます。
[1]日本のヨガ史とヨガ事情 http://yoga.1ne.cc/nihon-yoga-rekishi.htm
[2]日本ヨーガ禅道友会http://www.yogazen-doyukai.com/

ガヤトリー・マントラ

ガヤトリー・マントラというと、「オーム・ブール・ブワッ・スワハー」ではじまる太陽神サヴィトリーに捧げられるガヤトリー・マントラが有名です。しかし、これが詩形を意味するということはあまり知られていません。
日本では、短歌や俳句、川柳のように五七五や五七五七七といった詩形があらかじめ決められています。この詩形にあわせて歌詞をつけると、覚えやすくまた心に響くメロディーの歌ができあがります。
古代のインドでは、師から弟子へと口伝(くでん)によって聖典などが伝えられていたため、音で記憶しやすいように、このような詩形がいくつか決まっています。シュローカというのも詩形のひとつで、これは「同じ音節をもつ、四つの句で組み立てられていて、リュートの音楽にものせられるような」[1]詩形といわれ、この詩形を用いた代表作品は、アジア各国で人気を誇るラーマ王子の物語「ラーマーヤナ」があります。
ガヤトリーも詩形のひとつですが、この詩形は特別なもので、このガヤトリー調で歌うことに大きな意味があり、神々はこれを歌う者を最後まで守護するとされています。インドでは、マントラにも楽器の伴奏をともなって、メロディーとともに歌われることもよくあります。しかしこのような場合も、同じような効果があるとされているので、何も心配することはありません。ガヤトリーは詩形を表しているので、メロディーを伴っても、その意味が変わることがないからです。CDのタイトルなどでは、「マントラム」などのように最後に「ム」が付けられているものが、楽器の伴奏を伴ったメロディー付きの歌になりますので、選ぶときの参考にしてみてください。
マントラを唱える上で最重要なことは、何よりもまず、こころを込めて唱えるということです。
こころがこもっていなければ、どんなにすばらしい言葉を並べたところで、相手のこころに響くことはありません。マントラを唱えるときには、神に語りかけるように、こころを込めて唱えましょう。
それができてはじめて、その意味を熟考し、神の御姿(みすがた)を臆念しながら唱えることの重要性が感じられるようになります。
世界中の聖者といわれる人々の中には、マントラを一心に唱え続けることで悟りを開いた聖者も少なくありません。ただ、共通していえることは、ひとつのマントラを生涯を通じて、唱え続けるということです。数多くのマントラが簡単に手にできるようになっている時代ですが、ひとつのマントラを一生の友として、唱え続けることで、計り知れない大きな恩寵を得ることができます。
数あるマントラの中でも、太陽神サヴィトリーに捧げるガヤトリー・マントラは、インドの聖典の中でも最高のものであるとされていますので、このマントラを選ぶことで、道を誤ることはまずありません。
[1]菅沼晃編、インド神話伝説辞典、p.74、東京堂出版、1998

ブログをはじめました

いつもお世話になっております。SitaRamaの薗田です。
この度、SitaRamaブログをはじめるにいたりました。このブログでは、ウェブショップでは紹介しきれない情報を紹介していく予定です。
例えば、インドのCDには歌詞カードがついていることは、滅多にありません。サンスクリットのマントラや詩句はただでさえ、聴き慣れない言葉であるのに、テキストも意味も分からなければ、その意義が半減してしまうと思います。そこで、ここでは、マントラのテキストや意味などをひとつひとつ解説していく予定です。
またインドでは、毎月のようにお祭りがありますが、そのお祭りの情報、ヴェーダにまつわる情報や知識など、ウェブショップに関心をもっていただける人々に楽しんで頂けるような内容にしていきたいと思っておりますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
ところで、インドでは木曜日は神聖な日とされています。この日に断食をしたり、瞑想をしたり、ジャパを普段より多く行うことで、解脱にいたるまでの道のりがスムーズになると信じられ、実際に多くの人々が、この日を敬い、毎週木曜日には断食をしたり、瞑想をしたり、ジャパなどに多くの時間を当てています。
木曜日は、木星が支配する日であり、また木星は霊性をあらわす星であるという占星学上の理由、そして当店で扱っている「日々のプージャ」では木曜日に捧げるプージャが「サイ・プージャ」となっていますが、これは、インドでは神の化身として信仰されている(シルディ・サティア)サイババが、木曜日に霊性修行に深く取り組む者は、わたしが解脱まで面倒を見るという趣旨の発言をしたということに由来しているようです。
もちろん、一日一日を無駄にすることなく、何事にも取り組んでいくことが大切ですが、人間である以上、調子のよい日もあれば悪い日もあります。そこで、少なくとも週に一度、この木曜日は霊性修行をとくに強化してみてはいかがでしょうか。
次回は、マントラの紹介をしたいと思います。