ヨーガ・スートラ第1章第22節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


मृदुमध्याधिमात्रत्वात्ततोऽपि विशेषः॥२२॥
Mṛdumadhyādhimātratvāttato’pi viśeṣaḥ||22||
ムリドゥマディヤーディマートラトヴァーッタトーピ ヴィシェーシャハ
温和と中位と熱烈があり、それにもまた差異がある。

簡単な解説:前節において、解脱を求める強い熱情を持つ者は、無想三昧の完成が早いと説かれました。そして本節では、その熱情について、温和と中位と熱烈があり、それに応じて無想三昧の完成の早さにも差異があると説かれます。

ヨーガ・スートラ第1章第21節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


तीव्रसंवेगानामासन्नः॥२१॥
Tīvrasaṁvegānāmāsannaḥ||21||
ティーヴラサンヴェーガーナーマーサンナハ
解脱を求める強い熱情を持つ者に、これは早い。

簡単な解説:前節において、誠実に、熱心に、忘れることなく、集中して瞑想をすることで真の知識を獲得し、無想三昧が生じると説かれました。本節では、解脱を求める強い熱情を持つ者には、この無想三昧の完成が早いと説かれます。

ヨーガ・スートラ第1章第20節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


श्रद्धावीर्यस्मृतिसमाधिप्रज्ञापूर्वक इतरेषाम्॥२०॥
Śraddhāvīryasmṛtisamādhiprajñāpūrvaka itareṣām||20||
シュラッダーヴィールヤスムリティサマーディプラジュニャープールヴァカ イタレーシャーム
別の者は、信念、勇気、記憶、瞑想、真の知識による。

簡単な解説:前節では、真に解脱をしていない者は、自然に生じる無想三昧があるが、再び輪廻の世界に生まれ変わると説かれました。本節では、そうでない者たちは、誠実に、熱心に、忘れることなく、集中して瞑想をすることで真の知識を獲得し、無想三昧が生じると説かれます。

ヨーガ・スートラ第1章第19節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


भवप्रत्ययो विदेहप्रकृतिलयानाम्॥१९॥
Bhavapratyayo videhaprakṛtilayānām||19||
バヴァプラティヤヨー ヴィデーハプラクリティラヤーナーム
肉体を離れた者、根本原質に没入した者には、存在の原因がある。

簡単な解説:前節までに、ヨーガの最終段階である三昧(サマーディ)について、有想三昧と無想三昧があると説かれました。本節では、誤って肉体を離れた者、また、根本原質に没入した者は、自然に生じる無想三昧があるが、再び輪廻の世界に生まれ変わると説かれます。

ヨーガ・スートラ第1章第18節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


विरामप्रत्ययाभ्यासपूर्वः संस्कारशेषोऽन्यः॥१८॥
Virāmapratyayābhyāsapūrvaḥ saṁskāraśeṣo’nyaḥ||18||
ヴィラーマプラティヤヤービヤーサプールヴァハ サンスカーラシェーショーニャハ
心の働きを止める修習を修めた後に生じ、潜在印象が残っている状態がもう一つの三昧である。

簡単な解説:前節において、ヨーガの最終段階である三昧のうち、有想三昧は、推理、熟考、至福、自我意識というプロセスをとると説かれました。本節では、もう一つの三昧である無想三昧について、推理、熟考、至福、自我意識もない、潜在印象だけが残っている状態であり、それは心の働きを止める修習を修めることで生じると説かれます。

ヨーガ・スートラ第1章第17節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


वितर्कविचारानन्दास्मितारूपानुगमात्सम्प्रज्ञातः॥१७॥
Vitarkavicārānandāsmitārūpānugamātsamprajñātaḥ||17||
ヴィタルカヴィチャーラーナンダースミタールーパーヌガマートサンプラジュニャータハ
推理、熟考、至福、自我意識を伴うのが、有想三昧である。

簡単な解説:本節より、ヨーガの最終段階であり、一般的に有想三昧と無想三昧として知られる三昧(サマーディ)について説かれます。まず、有想三昧とは、推理、熟考、至福、自我意識の4つのプロセスがあり、こうして瞑想が深まっていくと説かれます。

ヨーガ・スートラ第1章第16節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


तत्परं पुरुषख्यातेर्गुणवैतृष्ण्यम्॥१६॥
Tatparaṁ puruṣakhyāterguṇavaitṛṣṇyam||16||
タットパラン プルシャキャーテールグナヴァイトリシュンヤム
その最高は、プルシャを悟得することで、グナに対する渇望がないことである。

簡単な解説:前節において、心の働きを止滅する方法の一つである離欲について、見たり聞いたりしたものに対し欲望を抱かない制御された意識であると説かれました。そして本節では、その離欲の最高の状態について、プルシャ(本当の自分)を真に理解することで、グナ(一切事物の創造における三つの基礎的性質)に対する欲望さえなくなった状態であると説かれます。

ヨーガ・スートラ第1章第15節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


दृष्टानुश्रविकविषयवितृष्णस्य वशीकारसञ्ज्ञा वैराग्यम्॥१५॥
Dṛṣṭānuśravikaviṣayavitṛṣṇasya vaśīkārasañjñā vairāgyam||15||
ドリシュターヌシュラヴィカヴィシャヤヴィトリシュナッスャ ヴァシーカーラサンジュニャー ヴァイラーギャム
見たり聞いたりした対象への渇望がない者の、克己の意識が、離欲である。

簡単な解説:前節において、心の働きを止滅する方法の一つである修習について、絶え間なく真の献身をもって行われることで、しっかりとした基礎を築くと説かれました。そして本節では、心の働きを止滅するもう一つの方法である離欲について、見たり聞いたりしたものに対し欲望を抱かない制御された意識であると説かれます。

ヨーガ・スートラ第1章第14節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


स तु दीर्घकालनैरन्तर्यसत्कारासेवितो दृढभूमिः॥१४॥
Sa tu dīrghakālanairantaryasatkārāsevito dṛḍhabhūmiḥ||14||
サ トゥ ディールガカーラナイランタルヤサトカーラーセーヴィトー ドリダブーミヒ
そしてそれは、長い時間休むことなく、敬意をもって行われることで、堅固な基礎を築く。

簡単な解説:前節において、心の働きを止滅する方法の一つである修習について、心が働かないよう留まろうと努力することであると説かれました。本節では、その修習について、絶え間なく真の献身をもって行われることで、しっかりとした基礎を築くと説かれます。

ヨーガ・スートラ第1章第13節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


तत्र स्थितौ यत्नोऽभ्यासः॥१३॥
Tatra sthitau yatno’bhyāsaḥ||13||
タットラ スティタウ ヤトノービヤーサハ
それにおいて、留まろうとする努力が修習である。

簡単な解説:前節において、自分自身が本来の姿であることを妨げる心の働きを止滅する方法として、修習と離欲があると説かれました。そして本節では、そのうちの修習について、心が働かないよう留まろうと努力することであると説かれます。