43、中世の聖者:Swani Haridas

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16世紀の楽聖:Swani Haridas(スワミ・ハリダース/1478?/1512?~1573?/1575?)は、13世紀のGopal Nayak以後、300年振りに現れたインド音楽史に輝く伝説的かつ神秘的な偉人と考えられています。

彼の存在からは、古典音楽がイスラム宮廷古典音楽(芸術鑑賞音楽)の立場をとってからもなお、ヒンドゥー科学音楽を継承していた音楽家が存在したこと、そのような音楽家の存在が、ヒンドゥー藩王国宮廷楽師のみならず、イスラム宮廷楽師にも多大な影響を与えていたことが分かります。

また、Gopal Nayakと「歌合戦」を展開したデリー・イスラム宮廷の楽壇トップにあったAmir Khusrawが、正派イスラム教徒である立場とは別に、Chishti教団のスーフィー神秘主義者で、教団の重要な導師であるニザムウッディン‥アウリアを師と仰いでいたのと同様に、16世紀のデリー・イスラム宮廷の楽壇トップにあったMiyan Tan Senが師と仰いだのが、このSwami Haridasなのです。

Swami Haridasは、腰巻き一枚の姿で森の中で伴奏弦楽器「Tampura(タンプーラ)」を奏でる姿で描かれます。しばしば二人の男が訊ねて来る図も描かれますが、それがSwami Haridasの弟子でもある楽聖Tan Senとムガール王朝君主Akbarです。

Sawami Haridasについては、神話的な言い伝えが多いのに対して、実際の経歴はほとんど知られていません。何時どんな師匠から古典音楽とVishnu派のタントラの教義を学んだのかも良く分からないのですが、父とも師とも言われる人物の教えに従って、krishnaの森でもあるVrindavan(ヴリンダーヴァン)の森に籠って修行を続けたことは事実のようです。

20世紀の末代まで、その子孫が宮廷楽壇の最高位に君臨し続けられたほどの実力者Tan Senが師と仰ぐほどの音楽家ですから、ラージプート諸国か、グワリオールなどのヒンドゥー藩王国の楽士か楽師を勤めた可能性もあろうかと思いますが、言わば出家状態で森に籠った様子は、中国三国時代(3世紀頃)の「竹林七賢人」の様子に似ています。七賢人の多くも音楽・楽器をたしなみ、一時登官しつつも森で隠匿生活を送ったのですが、七賢人は酒を飲み、肉を喰らい、当時隆盛し始めた儒教に対しての抵抗心旺盛だったのに対し、Swami Haridasの行為は、社会や俗世に対するアンチテーゼでは全く無かったに違いありません。

何度も申し上げていますが、インド思想の根底にある「二元論的観念」では、「聖/清」も「俗」も、同等の価値として存在するのです。「俗」を極めるのは簡単なことですし、何時でもできるでしょうが、それと釣り合うだけ「聖/清」を極めるのは容易なことではないわけです。故に、「俗世を捨てて」などという感覚ではなく、場合によっては、自らの「俗」を温存し、それに釣り合うだけの「聖/清」を求める為だけでも「森に籠って修行する」ことは必要不可欠の行為かもしれません。そこに、インド科学音楽を探究する、などという目的が加われば、その意識の純粋さは如何程のものか推測に難くないと思われます。

このことに関しても、インドならではの不思議な感覚の逸話があります。

Swami Haridasは、一応普通に妻を得たらしいのですが、全くと言ってよいほど夫婦らしい有様を持たず、挙げ句に「森に籠る」と言い出した。その際、彼は妻に「お前が共に来たいと言うなら、拒否はしない」と一言言ったそうです。すると妻は、可燃性の塗料で仕上げた腕輪に火を付け炎の中に消えて行ったと言います。最後の言葉は、そうすることで、夫と常に共に居られることを喜ぶ言葉であったとされます。しかし、妻の実家では、その後数百年もの間、その素材の腕輪を身につけてはならない掟があったそうです。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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42、東西音楽の融合を果たした:Amir Khusraw

Beautiful clay dolls of miniature folk musicians performing in a band of classical Indian music

Hazrat Amir Khusraw(1253~1325年)は、デリーのイスラム王朝三代に使えた文官で、同時代の南西アジア~西アジアを代表とする詩人にも挙げられ、かつ様々な音楽様式、旋法:Raga、楽器の発明者とされ、現地でも「インド音楽のバッハ」などという人が居る、インド音楽史に輝かしく記された、文句無しの「楽聖」のひとりです。

が、その功績に関しては眉唾も多く、また誤解や安直な理解を招く表現が多いのも事実です。より正当に評価し讃えることこそ、偉人に対する敬意だと考えるのですが、如何でしょうか?

Khusrawが創作したとされる声楽様式に関して、比較的論理的信頼性がある解説では、「Qaul:ペルシア・アラビヤ語だが、インド歌曲Geetの様式」「Tarana:ペルシア語の歌曲」「Qawwali:ペルシア語とヒンディー語の歌曲」とあります。が、私は、「Qawwali」は未だ成立しておらず、「Qaul」は、おそらくKhusraw創作で、それに「アラビヤ語の語彙が含まれるペルシア語」と「ペルシア語の語彙が含まれるヒンディー語(もしくはウルドゥー語)」の二種が混在していたと考え、後継者の末裔たちが後世、後者を「Qawwali」と区別し、後世の新作を加え大きな「Qawwali歌曲体系」が形作られたと考えます。

いずれにしても、近代の「Qawwali」の、スーフィーの聖者廟で演じられる合唱様式の反復性の強い歌謡と、Khusrawの「Qaul」を結びつけるには、間に多くの形態が存在したことを忘れてはならないと思います。

特筆すべきは、「Tarana」ですが、パキスタンから南北インドにかけてたいへん流行した歌曲で、面白いことに、北インドですでにヒンドゥー教徒歌手には「意味の無いスキャット様式」の理解で歌われ、南インドでは、「Tirana/Tilana/Tillana」として現在でも古典舞踊の重要な演目のひとつですが、Khusrawの創作であるなどはもちろん、北インドから伝わったことさえ知らない、認めない音楽家も少なくない印象を受けました。実際は、ペルシア語による神秘詩が織り込まれた「意味のある(どころか深い)歌詞」の歌曲です。

Khusrawの逸話も、インド・ムスリム系とパキスタンでのものと、インド・ヒンドゥー系のものとでは、その扱いもニュアンスもかなり異なるのですが、比較的好意的な記述であるにもかかわらず、Gopal Nyakとの歌合戦の「裏話」を記したものがあります。

それによると、Khusrawは、王Alllauddinに許可を懇願し、王座の下に身を隠してGopalの御前歌唱を六日間毎日盗み聴きし、その後の「歌合戦」に備えたと言うのです。それによって、Gopalの「Prabandha様式」の技法の模倣や、類似する西域旋法の技法などを披露し、宮廷サロンの聴衆を唸らせたというのです。

この「王に頼んでこっそり隠れて」は、後世の「歌合戦」の逸話にも何度か現れます。インド人のフェア感覚を疑ってしまうのですが、それ以上に、このような逸話が「卑怯者」という意味ではなく、むしろ「凄い!」という賞賛のニュアンスで語られることです。西洋感覚とも、東アジアの儒教的感覚とも違う、計り知れないインド感覚を感じさせる典型的な例ではないでしょうか。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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41、科学音楽の継承者:Gopal Nayak

Indian sitar

13世紀のデリー王朝宮廷楽壇で見せた非凡な才能でインド音楽史に名を遺したGopal Nayak(ゴパール・ナーヤク)は、中世インド古典音楽の楽聖の中でも、比較的信憑性の高い逸話が残されている最も初期の音楽家であろうと思われます。
インドに限らず、中世の偉人の逸話には、いわゆる眉唾ものがかなり多いのですが、相当量の記述を照らし合わせ解読するとおおよその姿は見えて来るものです。

Gopal Nayakの特筆すべき逸話のひとつが、次回詳しく述べますHazrat Amir Khusrawとの「歌合戦」の話です。当然のことながら、勝敗については、インドのヒンドゥー教徒音楽家の伝承とパキスタンのイスラム教徒音楽家の伝承では全く逆のものが多く、パキスタン側の伝承では、「Khusrawは、見事にGopalの技法を真似てみせたが、Gopalはその逆が出来なかった」と記し、インド側の比較的公平な伝承でさえも、「勝負には負けたが、音楽は負けていなかった」と記します。

事実、Khusrawが持ち込んだ西域の楽風が「新音楽」としてインド古典音楽に定着するのは、500年も後のことです。一方のGopal Nayakが歌った声楽様式「Prabandha」の系譜は、16世紀ころには、多分に簡略化されたとは言え依然重厚な音楽であり、科学音楽の厳格さも保つ「Dhrupad」に受け継がれ、18世紀以降は、「新音楽」に主流を譲りましたが、品格と地位は1945年の宮廷音楽の終焉まで保たれていました。

ほとんどの音楽家がイスラム教に改宗した宮廷音楽楽壇において、この事実は奇跡的とさえ思えます。西域渡来の宗教に帰依し、服飾から料理に至るまで西域へのあこがれを強く示し、詩や散文は多分に西域風となったにもかかわらず、何故音楽だけは、ヒンドゥー科学音楽~寺院古典音楽の系譜が最高位のまま継承され得たのか?は、大きな謎です。
ヒンドゥー様式の重厚さと論理性の品格、そして、科学音楽が伝える「音の力」は、普遍的に人間の価値観に強く訴え、心を捕らえ、魂に響くのでしょうか。だとしたら、技と感覚的印象的評価では負けても、「音楽は負けてなかった」も、あながち眉唾でもないのかもしれません。

Gopal Nayakの逸話や伝承から学ぶべき点のもうひとつは、推測から計り知るべき事実です。
私がとりわけ強く関心を抱いたのは、Gopalの出身がカシミールのバラモン僧侶の家柄であることです。カシミールは、様々な宗教宗派が、布教的活動とは逆の側面、すなわち、探求や修行を行った多宗教アシュラムのような土地であり、広く定説にまでは至っていないようですが、タントラ密教などもカシミールで大いに育まれたように思います。
奇しくも、対戦相手のAmir Khusrawもまた、イスラム教正派の信徒であると共に、亜大陸で隆盛したスーフィー神秘主義の一派「Chishti(チシュティ)教団」の熱心な信徒でもありました。教団の活動拠点は、パキスタンからインド西北部にまたがる地域ですが、やはり精神的拠点のひとつにカシミールが挙げられます。
重要なことは、Amir KhusrawとGopal Nayakは、いずれも恵まれた天性の才能と、それを鍛え磨く機会に恵まれたことの他に、科学的探究心の厚い、神秘主義傾向が強い信仰環境に在ったという共通項です。
さすれば、その「歌合戦」も、様式や技法の優劣以上に、音楽的深み、精神性、人間力が露になったはずではないでしょうか?
しかし、「歌合戦」の様子を伝える伝承は、いずれも「技」や「知識」ばかりが取りざたされています。人間の心が信仰から離れがちで、知識や情報ばかりに価値を見出し、精神性はおざなりな現代ならともかく、1700年前の当時の人々でさえ、他者や次世代に伝える表現方法を持っていなかったようで残念です。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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40、輪廻のリズムからの解脱

Closeup of a tibetan bowl and red  mala beads for meditation on wooden background.

西洋の音楽家にとって、インド音楽独特の旋律およびリズムのアゴーギクの技法が如何に衝撃的であったか、については、1889年のパリ万博で、彼のドビュッシーが感化された(インドネシア・ガムラン音楽の方がより、の説もありますが)と言われることに始まり、ロックでは、ビートルズ、ジャズではコルトレーンのみならず、マニアが驚く様なマニアックなミュージシャンさえもが(むしろか?)インド音楽の技法に大いに感心を抱き、何かを得たいと取り組んだ様子で良く分かります。

リズムのアゴーギクの中で、少しインド・リズムに関心を抱き、ある程度学んだ人が、強烈にハマるのが、「Tihai(ティハーイ)」という終止形の技法でしょう。
これは、「三回(繰り返す)」の字義通り、同じフレイズを三回繰り返すことで、「或る拍から或る拍迄の拍数を、基のリズムにズレながら三分する」というものです。
具体的には、「4444の16拍子」の「第一拍目(Sam)から、数サイクル後のSam迄の拍数」を三分するものには、「9+(3)+9+(3)+9」「11+11+11」「15+(2)+15+(2)+15」などがあります。試しに、指を四本迄繰り返し折り曲げ数えながら、上記の数字を言ってみて下さい。親指から始めれば親指で終るはずです。

括弧の中は、休符です。休符かあっても、「三つの塊」の間にありますから「三度繰り返される感じ」を壊すことはありません。 また、上記の「15」を用いたTihaiや、同様に「21」など、それ自体を三分できるものは、「(3+3+3)+(2)+(3+3+3)+(2)+(3+3+3)」のように「三回繰り返し」を二重に演じてみせ、その名も「Chakkradar-Tihai(チャックラ/チャッカルダール・ティハーイ)」と呼びます。「Chakkra/Chakkar」は、「輪」のことで、もちろん語源は、「チャクラ」です。

逆に言えば、サイクルの拍数が如何であろうとも、Tihaiは、「サイクル数X○+1(Sam)」を三分し、余りが出れば、それを二分して上記のような二ヵ所に配すればよいということになります。なので、実際数えずとも演奏せずとも、75拍子ならば、76÷3=25+余1ですから「25+(0.5)+25+(0.5)+25」が一例となります。

このTihaiの技法は、「終わりは次の始まりである」、言い換えれば「永遠に終らず輪廻するTala(リズムサイクル)」の唯一の「終る手段」、つまり唯一の「解脱法」なのです。もちろん、ここに「3」という「秘数」を用いたことも意味深いものがあります。同時に「二度ある事は三度ある」と言う民族を超えた普遍的感覚に訴えているとも言えます。二回ではそれは感じませんし、四回は「無理矢理」な感じがして感動がありません。

従って、どんな巨匠でも、どんな名演奏が、何時間もの熱演で繰り広げられようと、インド古典音楽の最後は、必ずこのTihaiで終るのです。そして、もし間違えでもすれば、それまでの数時間の名演奏が一気に覚めてしまい、聴衆は「あーあ」の表情で拍手をせずに退席してしまうのです。

ふたたび唱歌を例に挙げますと、「もみじ」は、「すそもよ/おのようだ」と歌詞を足さずとも、「やー、まの、ふ、も/と、ー、の、ー/すそ、もよ、お-、すそ/もよ、お-、すそ、もよ、/おーーーー、でインド式に終ることができるのです。
このTihaiは、演奏の最後のみならず、アドリブの〆には必ずと言って良いほど用いられます。なので、上級者やプロは、「SamからSam」ではなく、「様々な拍から、(作曲された)主題の歌い出しの拍の手前」に演じることが多くあります。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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39、リズムの克服:Layakari 

drums

インドの音楽を聴いた人は、古典音楽のみならず、民謡でも世俗歌謡でも、最近の映画音楽でさえも当たり前のように着けられる「大きく揺らすビブラート」や「コブシ」に強い印象を受けるでしょう。
この「旋律的/音程的アゴーギク」は、聴いて直ぐ分かるものですが、インド音楽の特徴には、もうひとつ「リズムのアゴーギク」があります。
これは、旋律的なものと比べて、ある程度の理解や訓練を積まないと完璧には受け止めきれないかもしれない高度なものを多く含みます。
その入門編が、「Ar-Laya/Ari-Laya(アール/アーリ・ラヤ)」と呼ばれるもので、端的に言うと「偶数に奇数(の3)をぶつける手法」です。

またも、日本の歌を例に挙げますと、かなり前ですがご記憶の方も少なくないと思いますが、大阪の歌手が歌ってヒットした”夢想花”という歌で、「飛んで、飛んで、飛んで、飛んで、飛んでー、回って……….」というフレイズがありましたが、あれが最も簡単な「Ar-Laya」の分かり易い例です。
つまり、八分の音符三つの言葉「とんで」、すなわち「1.5拍」を基の拍にずらして歌い、計算された回数、拍で終始する手法です。

しかしインドでは、これを数種類演じてみせます。
つまり、「1.5拍」の一種類で終らず「3拍、1.5拍、3連符、四分の3、6分の3、8分の3」をやってみせなければ「中途半端」ということになります。  前述の歌謡曲でやるならば、「とん、でと、んで」だけでなく「と、ん、で、と/ん、で、と、ん/で、と、ん、で/とん、でと、んで、とん/でと、んで、とん、でと/んで、とん、でと、んで/とんで、とんで、とんで、とんで/とんでと、んでとん、てとんで、とんでと/んでとん、てとんで、とんでとんで、/とんでとんでとん、てどんでとんでとん,……………..」 まで演るわけです。

そして、これは「3」だけでは終らないのです。
以前、「3、7の秘数」を挙げてコメントを下さった方がいらっしゃいましたが、まさにその世界であり、4拍子や偶数の基本ビートには、「3、5、7、9」の数を当て込んで行くのです。
逆に、奇数:3には、2や4で束ねる手法を取りますが、これはアフリカでも、関連のカリブ・ブラジルでも行われています。が、「3、5、7、9」を偶数に組み込むのはインド古典音楽ならではのものではないでしょうか。

彼等インド人は、これを一旦「文字/言葉/韻」に置き換え、分かり易くして慣れてかえ数字に置換えています。例えば、四手拍子の間に五を言う」は、「はなかつお」に置換えます。それの「四つ束ね」は、「はなかつお、かづにたべ、たらうまい」に置換え、慣れてから「12345、12345、12345、12345」→「12341、23412、34123」にして行く感じです。
これら「リズム面のアゴーギク」を総称して、「Laya-Kari(ラヤ・カリ)」と俗称しますが、字義では「リズム式(風)」でありますから「リズム風リズム」ということになります。が、「リズムに於いてリズムを演る」というようなこの意味は、インド音楽では、「普通(並)じゃない」ということなのです。
同様に、「歌に於いて歌風に」「楽器演奏に於いて楽器風に」など、「歌に於いて楽器風に」や「楽器に於いて歌風に」よりも高度なものと考える、おそらくインドならではの感覚は少なくありません。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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38、末尾にこだわるインド音楽

Beautiful clay dolls of miniature folk musicians performing in a band of classical Indian music

世界の様々な伝統的な民族音楽を展望しますと、旋律や歌、フレイズの「始まり」と「終わり」のどちらに「こだわり」があるか? の傾向で、大きくふたつに分かれることに気付きます。
具体的に言うと、西アフリカ系の音楽が伝わった、カリブ海とブラジルの黒人系音楽は、「始まり」にこだわります。つまり、音楽演奏(演唱)のスタートに、もしカウントを入れたとしたら、カウントの「4」(や「3」)の裏拍から始まる感じです。なので、曲のエンディングも、「1」や「3」以外の拍の裏で終ったりが多い傾向があります。
もちろんこれはインド音楽家にとては「不気味」な終り方です。以前にもお話したようにリズムサイクルの「第一拍目」で終わってくれないと、「まだ終っていない」解釈になってしまうからです。

逆に、インド人がいくら「終わりは始まり、始まりは終わり」「だからインド音楽はどちらもこだわっているのだ」と力説しても、オリエントやアフリカ、カリブ、ブラジルの音楽家には「終わりにこだわっている」としか思えないでしょう。

リズムサイクルの「第一拍目」まで伸ばし届かせるこの「掟」は、次第に習慣化(当たり前)して、四つの大きな個性(特性)をインド音楽に与えたと考えられます。
それは、第一に「音を伸ばす」ということ、第二に「伸ばした音に装飾を着ける」ということ、第三は、第一の特性と第二の特性を合わせて「末尾の密度が上がる」ということです。第四の個性は、それらとは逆の発想で、「始まりをずらす」ということです。これはかなり「発展的な解釈」であり、基本から見れば、かなり上級編です。

以前、唱歌「もみじ」は「インド人には不愉快な拍で終っている」と述べました。が、実は、インド人の感覚においても、「もみじ」の歌詞は、「裾模様」で、完結しているのです。しかし、「第一拍迄届かない」。なので、「裾模様の様だ」と「蛇足」を足さねばならないのです。そうこうしているうちに、その「蛇足」に、「洒落、味、粋、妙技」を見せるようになったと考えることができます。「蛇足」ゆえに、あれこれイジルことが可能だからに他なりません。即興性や演奏家の個性の見せ処とも言えます。そして、その為には、「余韻が長いこと」が大きな武器になります。声楽家の場合は、「息が長く続くこと」です。その結果、いずれ詳しくご説明したいと思いますが、インド楽器の多くは、とにかく「余韻を伸ばすこと」に、命を掛けたと思えるものばかりです。

ところが、第四の特質は、これらと全く逆の発想で生まれました。唱歌「もみじ」で言うならば、原曲のままでは「4+4+4+4の16拍子」の「4小節目の第一拍目」で終ってしまい、「サイクルの第一拍目(Sam)」まで4拍足りないのです。なので、始まりを「2小節目の第一拍」から初めてしまえば解決する、という手法です。つまり「もみじ」の合唱で、識者が「3、ハイ!」と言っても、インド人は、更に四拍待ってから歌い出す、ということです。
しかし、このままでは、サイクル感がありません。もちろん「終わりが第一拍に到達」してしまえば、徒競走や競馬のゴールと同じで問題ないのですが、「サイクル感」を重視するならば、「空白の4拍」は、インド人とて放っては置かないでしょうし、そもそも「終わりは始まり」と言う限りには、「音を伸ばしコブシで工夫」をしても物足りなさや誤摩化しらしさは否めません。なので、完璧を期するならば、冒頭に「お山の」という歌詞を足すのです。そうすれば、末尾の「もよお」の「お」と始まりが同じ音になりますから完璧です。「模様は”う”だ」とおっしゃるならば、「裏山の」でも「美し」でもかまいません。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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37、ラーガの本質:Prakriti

singing bowl made of seven metals surrounded of colorful autumn

インド古典音楽の根底にある古代科学音楽は「絶対音楽」である、とされながら、「Nava-Rasa(九つの感情)」と関連させたり、時間や季節と関連させるなど、私たちの日常の生活観や情感にイメージを与えるような説明も多くなされます。
しかし、インド科学音楽の「絶対音楽としての効果効能」は、何度も述べているように、私たちの情感や印象に普遍的に効果・影響を与えるというものではなく、心と体の細胞やプラーナ、チャクラなどに効果・影響を与えるものなので、極論すれば、「音楽は楽しむものだ」とか「癒されたい」というような、表層的、末梢的、現象的、局所的に偏ったイメージや要望に対して奏でられるべきものではないのです。  などと言うと、演奏家の巧妙な逃げ、言い訳、責任転嫁のようですが、その代わり、音楽家は、Ragaの本質「Prakriti」を如何に正しく、より多く、より深く具現するか、という厳しいテーマと向かい合うべきなのです。

以前「人間で初めて音楽を奏でた聖者:Naradaへの戒め」の神話的伝承をご紹介しました。若干不謹慎で語弊がありますが、「Raga演奏は、降霊術のようでもある」とも述べました。また、「もの皆神が宿る」のアニミズムにも根ざす、「Ragaの精霊」の存在が信じられ、実際、多くの音楽家が「歌わされた(弾かされた)」という神秘的な体験を多く語っています。

これらは、「科学的合理性や現実論」を重んじる人に説くことも可能です。「Raga音楽を演じること」すなわち「Ragaの具現(精霊の降臨)」は、 或るRagaという人物のドキュメントを紹介するTV番組のようなものです。
番組では、予め作られ、打合せをした台本的なものがありますが、即興演奏の場合、司会者(インタビューアーや対談相手)にとって、その人物を視聴者に紹介する手順や技(Raga演奏法)は、常に基本通りで、事前にその人物を知っていたかもしれないし、以前にもドキュメントやインタビューをしたかもしれない。しかし、台本が無い即興では、思いもしなかった物語(エピソード)が飛び出してくるかもしれないし、想定した訊き方がハズレの場合もあれば、大当たりで話が進む場合もあるかもしれません。
この「聴き手」と、紹介される「人物」の関係が、音楽家とRagaの関係なのです。

古今東西で、音楽および様々な芸術は、「自分の世界」と「受け手の客観」との狭間で苦悶するものであり、そのバランスや、駆け引きは、普遍的な永遠のテーマとも言えます。しかし、インド科学音楽の場合「自分の世界」でもなく「Ragaの世界」「真理、マントラ、科学の世界」なのですから、それにのめり込む姿を「受け手を忘れたプロにあるまじき姿」とは言えないはずです。
理想を言えば、インタビューアーがのめり込んで行くのを観で学ぶ番組のように、科学者が失敗や試行錯誤を繰り返しながら寝食を忘れて研究や実験に埋没する姿を見て楽しむ「メイキング番組」のように、インド音楽を聴いて下さるのが一番「本質」に近いのですが……..。

実際、古代の科学音楽の音楽家は、そうだったはずです。本業は僧侶で、喜捨で食べて行けた。しかし、寺院音楽の時代後半でさえ、そればかりではいられなくなり、宮廷音楽においても、真髄の表現ばかりでは許されなくなっていったのです。
同時に、メイキング番組のような理想型は、ある意味「理想的な啓蒙・布教」でもあるわけで、受け手が、自分たちの「楽しみ、癒され」を求めず、自分たちも真髄に迫り、創作、具現に努める意識があれば、理想は「あたりまえ・当然」の姿に変わるはずなのです。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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36、九つの感情:Rasa

この連載の始めの方で、インド科学音楽・古典音楽は、「絶対音楽」の立場であり、その中でも最もその性格が顕著であり、厳格な音楽として、世界に類を見ない、というように述べました。にもかかわらず、唱歌「赤とんぼ」や「海」を例題にしたり、神々のRagaやTalaの説明の中では、あたかも「標題音楽」であるかのようなニュアンスも感じられたかもしれません。  

しかし、以前にも述べましたように、「赤とんぼ」「海」の作者は、確かに標題とその具現を意識していますが、私がインド科学音楽の手法で解析し説明したそれには、標題性が無いのです。  
しかし、原曲の科学を解析し、再現するならば、正しければ正しいほど、その旋律は「赤とんぼ」の動きを見せるでしょうし、聴く人も「ああ、正に赤とんぼの飛ぶ姿を見ているようだ」と思うでしょう。
ですが、もし「タイトル」を知らなかったら?

実際、私は演奏会で、「赤とんぼ」「海」「炭坑節」を、曲名も意図も言わず、Ragaとして弾き始め、優に30分は、百人、二百人の聴衆の方々が、原曲に気付かなかった実例を何度も行っています。
最後の最後に、「余興性」で、「実は、原曲は○○でした」が分かる様に弾くのですが。それ迄、殆ど全てのお客さんが気付きませんでした。 北九州・若松の演奏会での「Raga:五平太囃子」では、最後に原曲をそのまま弾いて居るのに、数分誰も気付かず。あちこちで、一人二人「まさかな?」と気付き始め「やっぱりそうだ!」と笑い声と喝采が興るまでにかなり引き続けたこともあります。
それまでのインド音楽としての演奏も、原曲をそのまま示した最後の方の演奏も、聞いている人のイメージや頭、心の中には、遠賀川を石炭を積んで行く木造小舟の風景は思い描かれていないのです。故に、紛れも無い「絶対音楽」なのです。

もちろん、お客さんの中には、山が見えた人も、正に大当たりで川下りの風景が見えた人もいるかもしれませんが、Ragaは、それらを否定もしなければ、限定も強いることもしません。何故か?
そもそもが、私たちの情感に訴える為の音楽ではなく、心の奥や魂、細胞ひとつひとつ、チャクラやナーディに作用するように奏でられる音楽なのです。
細胞からチャクラに至る数万の命を、ひとつの小学校だとイメージしてみて下さい。私たちの意識(や情感、印象、イメージなど)は、たった一人の校長先生のようなものです。
私たちの体や神経、心、プラーナたちは、近くて遠い「北○○」という国の「マスゲーム」の子供たちのように、ほぼ全て同じ感情と表情で、完璧なシンクロ動作を繰り広げるようなものではないのです。
なので、如何に校長先生が芸術鑑賞会の始まりに自分の意見を押しつけた解説をしようと、始まってしまえば、全校生徒たちは、まさに千差万別に感じているに違いありません。

実はそれぞれのRagaは、「Nava-Rasa(ナヴァ・ラサ)」という、九種の情感と関連着けられる理論があります。
ご存知これは、ヨーガやアーユル・ヴェーダが説く「九つの感情」とRagaを関連させた概念で、「Bakti(献身)」を入れるならば十種になるものです。が、これの解釈の誤りのために、日本の研究者はもちろん、インド現地の研究者さえもがインド科学音楽~古典音楽を、まるで「標題音楽」的に解釈してしまっているのです。
正しくは、上記しましたように、タイトルが「Raudra(恐れ)」であろうと、校長先生が「怖いですよ~」と前振ろうと、私たちの臓器や細胞、チャクラの中には、「けらけら」笑っている子も居るかもしれません。
しかし、如何に西洋医科学におけるエビデンスが得られてないとしても、私たちの心と体、神経、チャクラ、ナーディに何らかの、大まかな総合的作用を与えることは大いに有り得ることです。
例えば、Raga:Bihagのテーマは「夢」ですから、Nava-Rasaでいうならば、「Shanti(シャンティー/平和)」でしょう。しかし、「テーマ」と言っても、標題でもイメージでもないのです。音そのもののと、動きそのものが、「夢」そのものなのです。強いて分かり易く言うならば、「副交感神経の働きを優勢にする」可能性は大いにありそうなRagaです。プラセボ効果も手伝えば、「不眠症に効く」可能性も大いに有り得ます。ただ、「眠り」ではなく「夢」であるところがミソなのですが。  

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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35、ジグザグ音:Vakra

Tabla drums

インド科学音楽~古典音楽のRagaが用いる音階には、幾つかの主要な音があります。主音は「Vadi(バーディー)・Swar(スワル)(V)」で、対比的な副主音は「Sam-Vadi(サム・ヴァーディー)・Swar(SV)」それ以外の音は「Anu-Vadi(アヌ・ヴァーディー)・Swar(AV)」と呼ばれ、Raga:Yamanでは、V=ミ(Ghandara)、SV=シ(Nishad)、となり、それ以外のレ、ファ#、ラがAVとなります。ド(Sadaj)とソ(Pancham)は、基本の音(字義的には「不変の音」)ですから、この概念では論じられません。

その他、より古い理論の名残である「Amsha(アムシャ)・Swar/開始音」「Niyasha(ニヤーシャ)・Swar/開始音」もありますが、主音・副主音ほどRaga毎に変わらないことや、「歌い始め(弾き始め)」や「個性的な終止形」は、「開始・終始音」の存在よりも、連続したフレイズで認識されることが多いため、近代ではほとんど論じられません。

例えば、イスラム宮廷で生まれたため「Raga of King、King of Raga」のタイトルを持つ「Raga:Darbar(ダルバーリ/宮廷内の広間のこと)」の「シ♭ドレー」の終止形は非常に個性的で有名ですが、「レ」が終始音であることだけを論してしまうと「ミ♭ファレー」でも良いということになりますが、この動きも存在しますが、前者の終止形ほどの重要性はありません。
これらの「主要音」と、「特徴的な動き(Pakad/パカル)」は、寓話の「卵と鶏」の関係で、どちらが先行とは言い難いものがあり、Ragaによっても異なります。

ところが、上記でRaga:Darbariのフレイズの例に、「ミ♭ファレー」を挙げましたが、Darbariでは、これは「絶対的」で、ほんの一瞬でも「ファミ♭レー」と弾いてしまったら、その瞬間に演奏を止め、聴衆に頭を下げて退場しなければならないほどの間違いなのです。
これは、Raga:Darbariに定められている「音階の形」が、そもそもその様な「ジグザグ進行」であるからです。

Raga:Darbariの上下行音列は、「ドレミ♭ファソラ♭シ♭ドードシ♭ラ♭シ♭ソ、ファミ♭ファレドー」と定められています。よって、「ドシ♭ラ♭ソー」「ファミ♭レドー」は有り得ないのです。これは、文字通り「Vakra(ヴァクラ/ジグザグの意味)・Swar(VkS)」と呼ばれ、Raga:DarbariのようなRagaを「Vakra-Raga」と言います。
「Sawar」は、何かの一音を指す言葉ですが、ジグザグは、2~3音に渡って表現されます。が、「VkS」は、確かに単音で存在します。  Raga:Darbariの場合、「下行旋律においてのラ♭と、ミ♭」がそれです。

このVakra-Swarは、「またぐには高過ぎるハードル」とイメージしてみて下さい。「一歩下がって助走を着けて一気に飛び越える」しかないのです。つまり高いドから「ドシ♭ラ♭ー」と降りて来ても「ラ♭」が「VkS」ですから、シ♭に戻って飛び越す。「ソファミ♭ー」と降りて来ても「ミ♭」が「VkS」ですからファに戻って飛び越すしかないのです。
と、理論的にも難しい話ですが、実演ではもっと難しいものになります。旋律は常に、4~7音の長いものではありませんから、しばしばVkS辺りの2~4音を行き来するかもしれない。「上行的モチーフなのか?」「下行的モチーフなのか?」曖昧な時もあるかもしれない。しかし、この法則は、「Pakad」の様な「洒落」ではありませんから、どんなに超絶的に早く弾こう(歌おう)が、自分でも初めて弾いてしまった即興上の奇跡的・ハプニング的なフレイズであろうとも、決して法則に違うわけにはゆかないのです。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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34、特徴的フレーズ:Pakad

Indian harmonium, a traditional wooden keyboard instrument

以前から、日本の唱歌「赤とんぼ」「海」を例に説明致しました、各Ragaの特徴的な音の動き・フレイズは、「Pakad(パカル)」と呼ばれます。その他にも、幾つかの呼称と用語がありますが、これが最も基本的なものです。

唱歌「赤とんぼ」ならば、「ラを飛ばしたソドー」「回り込んでソに至る、ミソドラソー、やミラソー」「一気に二音も飛ばすラドー」「一転して細かなソラソミ」「旋回してからドに帰着するドミレド」などがそれで。
唱歌「海」では、「勢い良く回り込んでドに至るラレドーやソレドー」「ラを飛ばしてレという非帰着音で終始するソドレー」「主音ミを中心としたミソミレド」などが「Pakad」ということが出来ます。

この他、原曲に無かろうと、「赤とんぼ」では、「ミソドラソー」からは、「ソドラソー」「ミソミソドラソー」が創り得ますし、複合型の「「ラソドラソ」「ソラソミドラソ」なども有り得ます。

つまり、「Pakad」を充分に理解していれば「一を聞いて十を知る」がごとく、新たな「Pakad」を見出すことも可能な訳です。尤も、以前にも述べましたように、「Ragaは精霊である」訳ですから、「Ragaに弾かされている」とも言えます。

この「Pakad」の存在が何を意味し、Ragaに何を与えるのか? もしくは、私たち人間に何を伝えるのか?

少なくとも直ぐ分かることは、RagaおよびRaga音楽歌唱(演奏)は、音階を基にして作曲されるものでもなく、音階を用いて即興演奏するものでもない、ということです。何故ならば、「同じ音階でもPakadが異なればRagaが異なる」からです。

もちろん、ジャズやブルース、ロックの即興演奏でも、ある種一定のムードというものが維持されているはずです。が、厳密に理論的、論理的に説明は為されないはずで、理論的に論じられるとしたら、それは「コード進行」に応じた音の使い分けであったり、転調感を出すための技法であったりです。

そもそも音階(Scale)が同じであれば、ジャズの即興の最中に、唱歌「海」と「赤とんぼ」が交互に出て来ても、混ぜてしまっても問題は無いはずですし、興が乗れば短調の四七抜調に転調しても「面白み」ということになるでしょう。が、インド科学音楽~古典音楽ではありえません。

極端な言い方をすれば、ジャズやロックに於ける「音階や旋法の変化や転調」は、「面白み(楽しみ)」のために、「それ(音階・旋法)」を或る種の道具(素材)としていじくり回しているようなものです。

それを「それ(音階・旋法)」の立場で考えれば、「たまったもんじゃない!」。極めて失礼。それどころか陵辱的であるとさえ言えます。従って、インド科学音楽では、「精霊であるRaga」に対してそのような冒涜は厳しく禁じられているのです。否、ここで大切なのは、「禁忌であるか否か」ではなく、そもそもの理解と分別、精神性、意識の問題です。

もちろんインド古典音楽でも、「面白み」を全く否定している訳ではありません。また、そのようなことが可能な軽いRaga(Khurshid/Kshudra)」と、全く許されない重たいRaga(Asharya/Vachak)は明確に区別されています。

例えば面白みのひとつとして、「Raga-Malika(ラーガ・マーリカ)」と呼ばれる「Ragaの転調」をむしろテーマとした演奏法があります。3~5のRagaに次々に移行してゆくのものです。
ですが、如何に関連のRagaを巧みに繋ぐかという理論的理解度、如何に自然に、かつRagaの本質を見事に表出させられるかの技量と音楽性が求められるもので、遊び心があるとは言え、かなり真剣な芸なのです。また、上記のような理由で、どんなRagaでも起用できる訳でもありません。

この例外のことをも含めて考えると、「Pakad」は、或るひとりの人間の物語や歴史を紹介するドキュメンタリーのように、Ragaの物語を語るためのエピソードのようなものと考えると分かり易いのではないでしょうか。そもそも、前述のようにRagaは命や性格がある「精霊」なのですから。

ところが、ややここしいのは、この「特徴的なフレイズ:Pakad」は、常に厳格に守られるべきでもないことです。

以前から喩えに上げている日本の唱歌「海」と「赤とんぼ」の場合、元来インド音楽のRagaとして生まれた訳ではありませんから、その特徴は、かなり厳格に守らねばRaga音楽にはなり得ませんが、Ragaによって、およびPakadによって、その厳格さにはかなりバラツキがあります。

例えば、言わば「ハ長調」とも言える音階を用いる「Raga:Bilawal(ビラーワル)」の場合、しばしば「ソラシドー」と行かず、「ソシラシドー」や「ファミレド」と行かず「ファミファレド」の様な動きを見せます。が、このRagaの場合、「ソラシドー」も「ファミレド」も間違えではないのです。
言い換えれば、「ソシラシド」や「ファミファレド」は、「贅沢で豪華な装飾品の様なフレイズ」であり、言わば「洒落」なのです。

また、別な説き方で言いますと、「Pakad」は、紛れも無く「常套句」であり、もし、Ragaの精霊自身が言葉(音/フレイズ)を発するとした場合の「口癖」であり、「決まり文句」な訳です。
従って、私たち「Raga演奏家」は、言わば「Ragaの精霊の物まね(形態模写)」からスタートし、理解と具現が向上するに応じて、その質が高まり、本質(Prakriti)に迫って行くことが「本懐」なのです。

逆に、「物まね」の段階では、「このセリフを言えば○○さんっぽい」のレベル程度なのです。実際、プロの演奏家でもそのレベルという人は少なくなく。むしろ「お笑い番組の物まね」のように、「っぽい」ことや「デフォルメ」の方が「一般ウケする」ということはあります。

しかし、真摯に「Ragaを具現(精霊を降臨)する」ことを目指すのであるならば、その「ことば」は、時と場合や脈絡、文脈に応じて変幻自在に(自然かつ必然的に)変化(使い分ける)べきであることは言う迄もないことなのです。

「Pakad」によっては、「洒落」であったり「本音」であったり、「とっておきの決めセリフ」だったりしますから、
それらを理解も考えもなしに羅列してしまえば、その「Raga(という人/存在)」は「変な人!」「意味が分からない!」となってしまうか、それ以前に、「言葉に重みが無い人」と同じになってしまいます。

勿論、それら全て私たち演奏家の責任であり、その結果は、私たち演奏家そのものの実態・事実なのですが。

何時も、最後迄お読み下さってありがとうございます。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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