古代インドの総合芸術

Beautiful clay dolls of miniature folk musicians performing in a band of classical Indian music

インド古典音楽についての記述が見られる最古の文献は、「Natya-Shastra(ナーティア・シャストラ)」であるとされます。ところが、本文献は、タイトル「Natya(演劇)のShastra(科学)」にあるように演劇書であり、舞踊書であり、音楽に関しては関連して述べられているに過ぎないのです。しかも、諸説ある成立年代の最も遅い説では8世紀、早くてもB.C.5世紀ですから、「科学音楽」が成立し、最も充実していたであろう時代より、優に千年、もしくはそれ以上後世の文献なのです。
そもそも古代インドにおいて、演劇と舞踊と音楽は、芸術はひとつの「芸術」、すなわち現代感覚で言うと「総合芸術」であったわけで、「Natya-Shastra」の時代には、分けて論じる観念が無かったとも言われます。

実は、この件に関する今迄の研究者の説明には考え落ちがあるように思えます。
まず、Natya-Shastraにて説かれている「総合芸術」が如何にして存在したか? 一言で言えばそれは、庶民に対する教育・啓蒙のためであったと考えます。

そもそも「科学音楽」以外の寺院音楽と舞踊は、一般大衆に見せる芸能ではなく、神々にささげる供養楽、供養舞であったのです。現代でも寺院で演奏されるBhajanなどの讃歌は、しばしば演奏者は聴衆に背を向けて神棚に向かって演じます。近年でこそ、信徒の方を向いて演じられるようにもなりましたが、その場合は、ある種の「説教」なのです。そうとは知らず見事な歌と演奏だったので、一曲終ったところで私独り思わず拍手をしてインド人聴衆(信徒)たちに笑われたことがあります。
演劇は元々、供養劇の要素よりも、庶民への啓蒙・教育の要素が強かったであろうことは想像出来ますが、これに舞踊、音楽を加えた「総合芸術」のプログラムもまた、ヒンドゥー神話の普及、布教的要素が濃かったと考えられるのです。さすれば、自然と「Performing-Art」の性質を帯びて来るに違いありません。

つまり、古代インドで音楽は、ヒンドゥー科学の実践としての「科学音楽」と、ヒンドゥー布教のために聴衆に向けて演じられる「総合芸術」の伴奏音楽と、宮廷儀礼音楽や宴楽、などの異なるジャンルがあったということです。
それらの複数を兼業した演奏家も居たかもしれません。古典的な音楽の場合、その理論や技法は、「科学音楽」に根ざしていたに違いありません。
さすれば、全く目的が異なるそれぞれのジャンルは、どのようにしてその精神性、意識を分別、けじめたのでしょうか。

古代中国、とりわけ唐代では、異なるジャンルが入り交じることを必死に防ごうとした様子が見られます。ところが、インドの場合、元々が多民族国家の中で育まれた多様な複合文化であったことや、その上で比較的頑強なヒエラルキーが構築されていたこと、本質的に、厳格な論理の幹があれば実践の枝葉は柔軟で由のような懐の大きさ、などなどで、芸術文化のジャンルの線引きやけじめが極めて曖昧であったのです。

言わば、免疫機能、拒絶反応、アレルギー反応のいずれも生じないかのごとくです。その結果、10世紀以降のイスラム文化圏からの音楽の流入に対しても、実にすんなり受入れ、吸収しました。それと同時に、内部、すなわちヒンドゥー文化の担い手の中での精神性の変化に対しても寛容であったのです。

結論的に言えば、その結果、古代インド古典音楽は、常に活き活きと発展し続けて来たと言える反面、その精神性は、決定的な変貌を遂げてしまったと言えるのです。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
世界の著名人の名言のサイト「癒しツアー」さまでの、「猫の名言」連載コラム
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インド音楽だけが堅持する基音持続法

Om symbol on the sand at the beach near the ocean

世界各地の音楽の起源を探ってみますと、ほぼ全てが「単旋律」から始まっています。そして、いずれもほどなく「基音」を伴う手法「基音持続法」が開発されました。ドレミで言うと、ドの音を鳴らしながら、ドレミなどの旋律を奏でるという手法です。世界の様々な地域で、シンクロニシティーにこの手法が生まれながら、ほとんどの地域で、後にこれをやめているという不思議な現象があります。それに対し、インド音楽では、科学音楽から民謡に至るまで、今日まで、これを継続しているのです。言うまでもなく、世界的に希なことであるとともに、「基音持続」の発祥と割愛、もしくは継承の全ての答えがインド音楽に在るということなのです。

この「基音持続法」は、英語で「Drone(ドローン)」と呼ばれます。字義は「雄蜂の羽音」であり、「ブーン」という持続音が由来なわけですが、恐らく昨今話題流行の「超小型ヘリ・無人飛行カメラ」の語源でもあるのでしょう。

ところが意外にも、用語が豊富なインド音楽にもかかわらず、この「基音持続法」を指す用語が見当たらないのです。強いて言えば「Shrti(シュルティー)」なのですが、「Shrti」は、古代の一時期の「オクターブの分割音」のことであり、「基音」を指す語ではありませんでした。おそらく、その言葉が死語になった後に、「基音」を指すようになったらしいのですが、実は論理的にも理論的にも正しくないうえに、演奏家でもその呼称を言わない、知らない人は少なくありません。それほどに基音はインド音楽にとっては「当たり前」「在って当然」のものであったのでしょう。

かと思うと、どうしても「基音持続」を言わねばならないとき、例えば、オーボエの元祖管楽器である「Shahnay(シャーナイ)」楽団で、何時間も「ド」だけ吹いている伴奏専門楽器は「Shrti-Upangi(シュルティー・ウパンギ)」と言いますし、近代になって声楽家やセミクラッシックの歌手の演奏旅行用に開発され、そこそこ人気の「基音」を出す、ラジオ型の電子楽器は「Shrti-Box」という商品名ですから、「Shrti」の呼称は、全インドで共通に認識されているのでしょう。

そもそも「基音持続」は、絶対音感でもない限り、「ドレミのド」なのか? 「ファソラのファ」なのか?は、誰も決めつけることができないはずです。そこで、旋律とは別に「ド」を鳴らし続けると、それが水平線、地平線、または絵画のキャンバスのような役割を担い、上下に動く旋律の曲線がイメージできる、というのが世界各地で「基音持続」が生じた理由です。

西洋でも、スコットランドのバグパイプは、いわゆる「コード進行」を持つ音楽であるにもかかわらず、「ドローン管」の音が常に鳴らされています。西洋における不協和音になってしまっても「基音持続」を堅持している楽器と音楽は、古楽器を別として、おそらくバグパイプだけと思われます。

日本でも津軽三味線の曲弾きの冒頭に鳴り響きますが、ほどなく、旋律弦だけになってしまいます。シルクロードや西アジアでは、民謡楽器では少なくありませんが、古典音楽ではほとんど「基音持続」をしません。

つまり、インド音楽以外では、「基音持続」を捨てることが、「新しい」「洗練された」と考えられた歴史があるのでしょう。

しかし、インド音楽は、数千年の長きに渡って、決して捨てることをしなかったばかりか、一曲の間に途切れることさえしないのです。

それは「基音」こそが「全ての原点、源」であるかれでもあり、「基音=OM」を捨てるはずがないからに他なりません。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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即興演奏とエゴイズム

drums

インド科学音楽と古典音楽は、近代の南インド古典音楽を例外として、極めて即興性の高い音楽です。しかし、その即興性は、「思うがまま」「意のまま」というものではなく、厳格な法則に基づいたものなのです。私はこのこともレクチャーコンサートでは、日本の唱歌「赤とんぼ」と「海」を例に実際インド弦楽器シタールで弾いて説明しています。

「海」という唱歌は、「ドレミのミから始まり一気に下降する」「ラレドーやソレドーという大きく巻き込むような動き」という珍しい特徴を持っています。一方の「赤とんぼ」は、冒頭で最低音から最高音まで一気に上昇し、「ソドラソー」のような急な上下行や、「ラドドー」と大きな幅で急降下したかと思うと「ドラソラソミ」のような隣り隣りへのジグザグな細かい動きもみせます。

この二曲は、いずれも「標題音楽」ですが、偶然か、作者の天才的叡智か、上記の動きの特徴は、正しく「海の波」であり、同じ広場に留まり自在に飛び回りつつも、蚊などを捕食するため急激な動きの変化を見せる「赤とんぼ」の様子そのものです。

ところが、このように、明らかに定義つけることができる「音の動きの特徴」を同定し、それに基づく即興のデモ演奏をやってみたとき、それは最早、私自身が「海」や「赤とんぼ」をイメージして表現するというものではなくなるのです。

あくまでも原曲の「海」と「赤とんぼ」が持つ音の動きの特徴を法則として捕らえ、原曲には無いけれど矛盾しない新たな旋律を即興的に演奏してみせるのです。言うまでもなく、それは原曲が持つ「標題性」を失い、原曲の法則の具現が目的の「絶対音楽」となるわけです。

例えば、「海」の特徴的な動き「ラレド」と「ソレド」は、全く異なる方向性を持っています。「ラレド」は、その後に「ソ」が来ることが大前提であり、「ド」に辿り着いたとしても帰結しないのです。「ド」に帰結したければ「ソレド」を取らねばなりません。また「ラ」は、そのような未完成な動きの経過音として重要ですが、「ソラド」の動きは禁じられます。さすれば、原曲に無くとも「ソラソレド−」は有り得ますが「ソララレドー」は有り得ないばかりか、誰が聴いても違和感を覚えるに違いありません。このようなことを熟考、熟知して即興を繰り広げるのがインド科学音楽の「Raga(ラーガ)」の世界なのです。故に、即興演奏とは言っても「意のまま」「感情のほとばしり」のようなわけにはいかないのです。

もちろんインド科学音楽や古典音楽のプロであるならば、まるで「意のまま」「感情の赴くまま」のように自在に弾くに違いありません。しかし、それはもの凄いスピードでラーガの法則を考えているのです。もちろん、手が勝手に動くほどの練習を積んでいることもありますが、そればかりではありません。

実際は、練習したことしか出来ない、しないプロも少なくありませんが、昔気質の演奏家には見破られるに違いなく(緊張感が全く違いますし)、そのような演奏は、自らの恥どころか師匠や流派の名誉を傷つけるものでした。

ところが、ラーガを知れば知るほど、分かれば分かるほど、難しいと痛感させられる一方で、「何か(誰か)に弾かされている」という不思議な実感を多く体験するのです。

上記の「海」で、「ラレド」と弾けば、自ずと「ソ」を取らざるを得ない。もしくは、「ラレドーララレドー」と復唱するしかない。そのような選択肢が無数に積み重なってゆき、その即興演奏を何度も繰り返してゆくと、全く新鮮な組み合わせに遭遇することもあれば、全く新しい、弾いたことがないような音の動きにも遭遇するのです。しかし、その「Raga」の個性や全体的な「色合い」は、汚してないのです。

まるで自分の手が勝手に。言わば「手が勝手に意のままに」なので、そこには、演奏者の意図や恣意はほとんど存在しないのです。

これは正に「無我の境地」であり、自らの感情を表現する「標題音楽」的な即興演奏のエゴイズム、自己中心の世界とは全く異なる世界なのです。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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標題音楽と絶対音楽

singing bowl made of seven metals surrounded of colorful autumn

世界の音楽は、その表現形態の違いで「標題音楽」と「絶対音楽」の二種に大別されますが、インド科学音楽・古典音楽は、後者の代表格です。
「標題音楽」はさらに、実在する何らかの風景や物を描写するものと、人間の情感や出来事を表現すものの二種に分類できます。一方の「絶対音楽」は、音の動きそのものの個性を創りだし鑑賞するものですが、いくつかのバロック音楽のように、その多くは複雑な形式やシステムが先行していると言えます。インド科学音楽も、厳格な形式やシステムがありますが、それ以上に音や旋法の存在感(命)を高く認識しています。

これらを他の芸術に喩えて説明するとむしろ分かりにくくなりますので、あえて料理に喩えます。

「風景などを表現する標題音楽」は、素材の持ち味を生かし、味付けや盛りつけに料理人の技と個性を見せる料理のようなもので、ある程度食材を加工しますが、加工食材は用いません。「情感を表現する標題音楽」は、料理人のオリジナリティーを表現するものであり、個性が際立てば、伝統性や技術はさほど問われず、加工食材でも可能な料理のようなものです。一方の「絶対音楽」は、新鮮な旬の素材を極力そのままの形で調理する刺身や活け造りのような料理であり、料理人の包丁さばきの技で、その鮮度と歯ごたえ風味を引き出す料理に当てはまります。

その昔、味噌や佃煮、高野豆腐、ハム、チーズなどの加工食品は、保存や輸送の設備技術が無かった時代、自然の恵みに恵まれなかった地域で発展した人間の叡智の産物です。ところが、愚かな人間は、自然環境を破壊し続けていますから、さほど遠くない未来に、食材のほとんどが加工食材となり、やがては、ほとんどが化学物質をペースト状やゼリー状にして食する時代に至るかもしれません。

音楽の世界も同じように、「絶対音楽」は、時代が変わる毎に廃れ、「風景などの標題音楽」さえも廃れつつあり「情感を表現する標題音楽」ばかりになりつつあります。これは食材・料理の場合と同じ人間のエゴと愚かさがそうさせていると考えることが出来ます。
何故ならば、「医食同源」という言葉があるように、食物は、「食べたいからたべる」「美味しい、好きだから食べる」だけでは駄目だったはずです。同じ様に、「アーユルヴェーダの音楽療法」などの考えでは、音楽も「好きなものを聴く」「楽しむために聴く」だけでは駄目だったはずですが、今の時代、そんなことを言っても誰も耳を貸さないのではないでしょうか。

また、自然の素材を生や姿のまま食することからは、「命をいただく」という意識が常につきまといました。しかし加工食材で作った加工食品には「いただく」という意識はさほど必要ありません。ゼリー状ペースト状になればなおのことで、化学物質になれば、何から抽出したのであろうと、最早「有り難み」さえもなくなるかもしれません。音楽も同じように、音や旋法の命や魂をこの世に呼び寄せる感覚であったものが、いつしか自己表現の道具のようになってしまい、楽しみや癒しの為に消費されて当然なものになってしまっています。

食事と料理の世界では、近年になって「スローフード、マクロビオティック、ローフード」などが提唱され、原点回帰のような考え方や、その土地、地域の伝統的な食文化が見直されて来ています。
インド科学音楽は、音や旋法そのものが「生きている」という、古今東西の「絶対音楽」の中でも、最も厳格な考え方ですから、豆の弦(つる)を切り捨てたり、魚の尻尾を切り捨てたりさえしません。また、後に詳しく述べますが、旋法「Raga(ラーガ}」には演奏すべき時間帯や季節が定められていました。つまり「旬」さえもあるわけです。
インド科学音楽は、言わば音楽における「究極的なスロー、マクロビ、ローフード」とさえ言えるのではないでしょうか。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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禁忌で重要な楽器:太鼓

Drummer

リズム楽器の代表である太鼓は、言うまでもなく、古今東西のほとんどで獣皮を用います。ところが、ご存知のようにヒンドゥー教徒の多くは菜食主義者であり、インド科学音楽の担い手であった僧侶は、より厳しい菜食の掟を守る人々です。獣皮の楽器は、触ることは勿論、出来ることなら「見たくもない」という立場なのです。
では、どのようにして、太鼓を音楽に活用したのでしょうか。

このことをご説明する前に、「菜食主義」「浄不浄」「カースト制度」「禁忌(タブー)」について、改めて考えてみて欲しいと思います。
まず、俗に言う「カースト制度」は、神さまの頭から僧侶、腕から職人階級、足から奴隷階級が生まれたことに端を発する、と言われますが、これがそのまま為政者にとっては「支配の大義名分」になったわけです。しかし、そもそものヒンドゥー教の科学における分別や論理の中で、頭と足には、優劣があったのでしょうか? 
また、異なった尺度で考えれば、僧侶は、そのカルマから、苦役に苦しむ奴隷階級と同じほど、必死で頭を駆使せねばならない。地位階級が上であるから、ふんぞり返って楽をしているわけではない。その意味では、これは分別、役割分担であり、優劣や差別ではない、という考えも可能なはずです。

インドおよび周辺には、自然を尊ぶ教義が豊富にあります。チベット仏教では殺生を禁じたり、人間のみならずあらゆる生き物への慈愛を説きます。インドのジャイナ教もしかり。衆生に優劣はないのです。
また古代ペルシアのゾロアスター教は、「拝火教」の俗称で知られますが、実際は「万物の四元素」である、火、水、地、空気の全てを拝し、けっして汚してはならないと教えました。ここで肝腎なことは「汚す」という概念は何か?ということですが、端的に言えば、「混ぜない」「分別する」ということです。
お酒が好きな人が二日酔いの朝、冷たい美味しい水を求めたとき、親切心でお酒を入れたらどうなるか? その水は、混ざり物が混入しているという意味では、泥水と何ら変わりがないのです。 では、「泥」は汚れているのか?というとそうではない。微生物が豊かに育つ健康な土は、あらゆる生き物にとって掛け替えの無い宝です。 しかし、そこに何か不純なもの(自然に存在しなかった化学物質など)を混入させてしまうと、「汚れた土」となる。という考え方です。

また、現代日本人には、「浄と不浄」の観念も実は分かりにくいのではないでしょうか。殆ど「清潔と不潔」程度にしか理解していないのでは?
これら「二元論」的な概念は、極端な例を挙げるならば「男性と女性」や「生と死」のようなものですから、優劣では決してないのです。しかし、観念の世界では、長年女性が虐げられて来たように、恐れも手伝って「死」を忌み嫌い考えずにいたように、何時しか「二元論」を「優劣」のように短絡的に理解する風潮が蔓延したと考えられます。

実際のインド科学音楽および古典音楽における太鼓の立場は、以下のようになっています。
まずバラモン階級の音楽家は本来太鼓に触ることをしませんでした。従って、太鼓奏者は、クシャトリア以下の階級ということになります。
また、近現代でこそ、太鼓奏者の立場やその妙技がインド内外で高い評価を受けて居ますが、昔は、太鼓奏者は、まるで黒子のように主奏者や歌手の方を向き、聴衆には横顔を見せていました。さらに、南インドでは、今日も筒型の両面太鼓を用いますが、筒に布を巻き締め皮が見えないようにしてあります。横向きですから歌手や主奏者は、鼓面さえも見ずにすむわけです。
このように、言わば徹底して禁忌な扱いであったわけです。が、それでも太鼓が無いと音楽が成り立たないのです。

かと思うと、私のバラモン階級の友人には太鼓奏者がいます。しかもベナレス生まれ育ち。生真面目で短気で自尊心旺盛な人でしたから、「皮を触って良いの?」とは訊きませんでしたが、この辺りの柔軟さもインドならではのものではないでしょうか。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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「ターラ」を示す太鼓と打楽器

Indian sitar

インド科学音楽および古典音楽のリズム「Tala」は、太鼓・打楽器が無くても、手拍子で理解し、表現することができます。南インドの弦楽器「Vina(ヴィーナ)」の場合は、右手の人差し指と中指で、旋律弦を弾きながら、それが如何に複雑であろうと、小指で、側弦を「Tala」の手拍子のように一定に弾くという離れ業を当然のようにやってのけます。それゆえに、「Vina」は、「Sampurna-Vadhyam(サンプールナ・ヴァディヤム)」つまり「完全なる楽器」と呼ばれています。

北インドの弦楽器ではシタールが有名ですが、シタールの一方の元祖の北インドのヴィーナである「Vin(ヴィーン)」も古くは南の楽器と同様の「ターラを刻む弦」とその奏法があったと思われますが、中世からその奏法は止めてしまった様です。これも北インド音楽が即興を主とし、南インド音楽が作品を主とすることの違いから生じています。

南インドのVinaを例外とすれば、弦楽器は、両手が塞がっているので、「ターラ」を示すことが出来ません。歌い手は可能ですが、北インドの声楽家は、生徒向けのデモ歌唱でもない限り、ターラを取りながら歌うことはしません。ここに南北インドの音楽的価値観の大きな隔たりがあります。

南インドは、前述しましたように、作品の再現が主体で、その作品は、非常に凝った作りになっており、シンコペーションが多くあるので、うっかりすると聴衆は、元のビートを忘れてしまいかねません。それを防ぐためと、如何に作品が凝っているかを客観的に示すために「ターラ(手拍子)の実演」は、むしろ不可欠になるのです。

それに対し、北インドでは、即興が主体なので、一二時間に及ぶ演奏(歌唱)であろうとも、作曲された主題などは、数小節しかない場合がほとんどなのです。

もちろん、即興演奏では、南インドの作品に劣らぬ複雑なリズム分割をすることは大いにありますが、そこで、物差しを示さないのが北の粋でもあるのです。かと言って、全く何もないのでは、聴衆も基本ターラが守られているか?そうでないか?が分からなくなりそうですし、演奏者も、間違いに気づかないということも有り得るわけです。南インドの場合、作品が有名なので、少しでも間違えれば、演奏者も伴奏者も聴衆も直ぐに気づきますが、北インドでは即興ですから気づかない可能性もあるわけです。

そこで、太鼓が重要なパートナーであり、物差しであるわけです。とは言っても、太鼓奏者が基本パターン「Teka(テカ)」ばかりを叩くとも限りません。

一方南インドでは、手拍子が実際の舞台の演奏にも加わる他、大きさの少し異なる二枚のハンドシンバルを叩くこともあります。舞踊音楽では不可欠で、その名も「Talam」と言います。逆に、手拍子やTalamがある為、南インドの太鼓は、「Teka」に相当する基本パターンはほとんど叩かず、めまぐるしく複雑なリズムを即興的に叩きまくります。

北では歌や弦楽器が即興的で、太鼓が基本的なのですが、南では、歌や弦楽器は、作品の再現を主にしていますが、太鼓は北インド顔負けなほど即興的というおもしろい現象が見られるのです。かと言って、北のシタールと南の太鼓が共演したらさぞかしスリリングだろう、と期待しても、不思議なことにインドの玄人が聴いても「ぐちゃぐちゃな音楽」にしかならないのです。このあたりに、インド音楽の太鼓が如何に主旋律を盛り上げサポートするために存在するかが、良くわかるというものです。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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「ターラ」の第一拍目は、シヴァ神の領域

Statue of Shiva Nataraja - Lord of Dance at sunlight

インド科学音楽および古典音楽のリズムサイクル「Tala(ターラ)」では、その第一拍目は最も重要な拍で「Sam(サム)」と呼ばれます。「Sam」は、Veda経典の中の音楽経典ともいえる「Sama-Veda(サーマ・ヴェーダ)」で知られる「讃歌」の意味合いが有名ですが、おそらく「Tala」における「Sam」は、「一致、等しい」「集合、帰結」などの意味合いと思われます。
そして、インド音楽を他の音楽と大きく隔て特徴付ける点が、インド音楽は、「必ずサムの拍で終る」ということです。

正確には、ターラがサムで終ったのち、歌い手や、弦楽器は、リズムの無い余韻のように音を流すことはありますが、太鼓は、最後のサムで静止した後、決して叩かれることはありません。

これは言うまでもなく、「創造と破壊の神シヴァ神」の領域です。「破壊は新たな創造の第一歩(始まり)」つまり、「終わりは始まり」ということなのです。
そして、これも言うまでもなく、リズムサイクルは、「輪廻」そのものに他なりません。

例えば「4+4+4+4の16拍子」を細長く短冊に切った紙テープで表現しようとするとき、1cmを1拍にして、16cmでは駄目なのです。
「4.5拍子から0.5拍子刻みで108拍子まで」あると言われる「ターラ」の全てにおいて、「1サイクル」を示したり演奏したりする場合、必ず「Sam」で終りますから、「○拍子+1(Sam)」でなければならないのです。なので、16拍子を表す紙の短冊は、17cmでなくてはならず、最後の1cmは、最初の1cmと貼り合わせる「糊しろ」なのです。そして出来上がったものは、輪に繋がったものとなるわけです。

この「サムで終る」という感覚は、様々な点で共通性の高いオリエントの音楽や、古代インド音楽の弟子でもあるはずのインドシナ半島やインドネシアなどの東南アジアの音楽とも異なる、インド音楽独特の性質であると言えます。
東南アジアなどの音楽が「サムで終らない」のは、それぞれに深い理由があり、音楽的輪廻構造の解釈の違いがあるのですが、ここではややっこしいので説明を割愛します。
オリエントの音楽は、何となく尻切れに終るのが好みのようでもあり、イメージ通り、砂地に消えて行く感じです。具体的には、16拍子だとして、最後のサイクルの12、13拍目あたりからゆっくり(リタルダント)して、13、14拍目くらいでなんとなく終わり音を伸ばし(フェルマータ)で流します。

日本の音楽も同様で、何度か例に挙げています唱歌「チューリップ」や「もみじ」も、「4+4+4+4の16拍子」のようでありながら、インド人には堪え難いほど気持ちの悪いところで終ります。「チューリップ」の最後のサイクルは、「どのはな/みてもー/きれいだ/なーーー」ですし、「もみじ」は、「すそもよ/おーーー」で、インド音楽的に解釈すれば、「16拍子の13拍目で終った」ということで、有り得ない終り方なのです。むしろアラブ的とも言えます。
もしこの唱歌をインド音楽にするならば、「チューリップ」の最後は、「きれいだ/なとおも」「うーーーーー」にせねばならず、「もみじ」は「すそもよ/おのよう」「だーーーー」にせねばならないのです。

このように徹底した「サイクル感」は、正しく「輪廻」の発想と同じなのですから、同じリズムサイクルを厳守するオリエント、北アフリカ、西アフリカ、カリブ海とは、この「サムで終る」という点で全く次元が異なってくるわけで、インド音楽のリズムの観念を極めて個性的に特徴つけている点である、と言えます。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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宇宙の律動 「ターラ」の小節の役割

Man playing on traditional Indian tabla drums close up

インド科学音楽、およびそれに基づく古典音楽のリズム「ターラ」は、幾つかの小節「Vibhag(ヴィバーグ)」に分割されています。その構造を学ぶ為に、字義通りの「Tala(手拍子)」が不可欠になって来るわけです。

現在の認識では、「ターラ」は、「ラーガ」の語よりも古くに現れていると言われますので、紀元前からインド科学音楽では、リズムを理解するのに、特殊な手拍子を用いていたことが分かります。

叩き方は、「叩く」「手のひらを返す」の二種しかありません。「手のひらを返す」部分は、「Khali(カーリ)」と言われ、字義は「空(から)」です。とは言え、「空」と書くのもニュアンスが異なるので、「開」や「返」が良いと思われます。

いずれも「打、打、返、打」と打たれる 「4+4+4+4の16拍子」と「2+3+2+3の10拍子」の全ての拍子を羅列して確認しますと、

16拍子は、「打、2、3、4、/打、2、3、4、/返、2、3、4、/打、2、3、4、」となり、10拍子は、「打、2、/打、2、3、/返、2、/打、2、3、」となるわけです。

もうお気づきかも知れませんが、「Khali(手のひらを返すところ)」は、サイクルが巡って来たことを理解するために存在しているのです。

それは、後に詳しくご説明しますが、インド音楽では、「サイクルの第一拍目」が極めて重要であるからに他なりません。

例えば、「4+4+4+4の16拍子」は「打、打、返、打」ですが、これを「打、返、打、返」と手拍子を取ってしまうと、「2拍子」や「8拍子」などの2小節のターラとの違いが分からなくなります。

ならば「打、打、打、返」はどうか? むしろ「最重要なサイクルの頭(第一拍目)がより分かる」とも思えますが、そこがインドならではの感覚で、そうはならないのです。

「生と死」「浄と不浄」などなど、よろず「二元論」的な発想や両極の共存が多いインドですから、「最重要なサイクルの頭(第一拍目)」に対し、それを教えるための「Khali」には、堂々とした「対峙」の位置を与えるのが基本なのです。従って、16拍子の丁度半分の「折り返し地点」の9拍目に、「Khali」を置いたわけなのです。

また、ほぼ半分のところに「折り返し地点=Khali」が置かれる場合、「打、打、返、打」は、インドに端を発するとも言われる「起承転結」の感覚とも一致します。

ところが、全てのターラがこのような単純な構造ではないのです。例えば「2+2+2+2+2+2の12拍子」、実は「3+3+3+3の12拍子」より遥かに有名で多用されていますが、あまりに細かく2拍子が羅列する上、重い声楽曲では1拍が4~5秒という超スローテンポで歌われるので、尚のこと「今何拍目だ?」と混乱します。なので、そのようなターラには、「Khali」が二ヵ所以上あるのです。「2+2+2+2+2+2の12拍子」のターラ(手拍子)は、「打、返、打、返、打、打」です。そうすると、「打、返」の連続的、常同的なものが続いた後、それをくつがえす「打、打」が来ることで「その後がサイクルの頭(第一拍目)」を認識できる訳です。

ちなみに、「3+2+2の7拍子」は、「3+4+3+4の14拍子」を半分でループさせたと前述しましたが、「3+4+3+4の14拍子」のターラ(手拍子)は「打、打、返、打」で、この後半の「返、打」の「3+4」を取り出し、「3+2+2」に変換させたのが「3+2+2の7拍子」なのです。その結果、この拍子は、極めて例外的に「Khali」がサイクルの第一拍目に来るという珍しいものです。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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宇宙の律動 「ターラ」の小節構造

Man playing on traditional Indian tabla drums at sunset tropic background

インド科学音楽、および、それを基にして発展したインド古典音楽のリズム「Tala」は、幾つかの「小節」が足し算的に加算された「付加リズム」構造を持っています。例えば、「4+4+4+4の16拍子」や「3+3+3+3の12拍子」は、四つの小節の全てが同じ4拍を持っている均一な構造ですが、「3+2+2の7拍子」は、二小節目と三小節目は同じですが、一小節目は異なります。また、「2+3+2+3の10拍子」は、二分すると、前後は同じ構造を持っています。
では、この構造は、具体的にどのように耳に聞こえてくるのでしょうか?
インド映画主題歌で、軽音楽の名歌手Pankaj Malikが歌った(古いですが)有名な7拍子の曲があります。(You Tubeにも上がっています) 歌詞も形式も、中世の献身歌「Bhajan(バジャン)」の様式で、「貴方のお寺の灯火に導かれて,,,,,,,,」のようなことを歌っています。
冒頭の歌詞は、

Tere Mandir Ka Hoon Deepak Jal Raha ですが、「3+2+2の7拍子」に合わせると、以下のようになります。

Teーre/Ma n/di r/Kaー Hoon/De e/pa k/Ja l Ra/haー/ーー

もちろん、この同じ歌詞を10拍子、16拍子で歌うことも可能です。私は、このターラや7拍子の説明の際、Beatlesの「Let it be」を、インド太鼓を叩きながら7拍子で歌ったりします。私に染み付いたインド音楽の感覚では、あの曲の歌詞は、7拍子の方がしっくり来るのです。このように、歌詞とターラには、「こうでなくてはならない」という原則はありませんが、「似合う」という感覚は、インド音楽やターラを良く理解すれば、なんとなく存在するものです。

では、実際このリズムをどのように感じて歌うのか? これこそが、インド音楽独特な感覚であり、リズムを「ターラ」と言うことの原点です。
西洋音楽やポップスの場合、ほとんどが四拍子ですから、四拍か二拍に手拍子を入れたり、足踏みをして「ノル」ことが出来ますが、インドのターラの場合、均一でない小節をどう感じ表現するのか? それがターラの字義である「手拍子」のシステムです。手拍子は、各小節の頭の拍で、打たれ(もしくは手のひらを返す)ます。
「4+4+4+4の16拍子」と「2+3+2+3の10拍子」は、手拍子で「打つ、打つ、返す、打つ」と打たれます。

この「手のひらを返す」という動作は、殺生ですから不謹慎な喩えですが、蚊を叩いた後、「仕留めたか?」を手のひらを広げて見るような動作です。
私は、このシステムを中学二年生の時に当時日本で唯一のインド音楽の本で読み、今では笑い話のとんでもない誤解をしていました。
インドに長く駐在した、音楽愛好家のキリスト教宣教師が書いたものを日本人の音楽家が翻訳したものでした。私はその翻訳家の先生には大変お世話になったのですが、先生もこの訳では苦労されたのでしょう。「手を振る」と原典にあれば、そう訳すしかないのです。なので、中学生だった私は手製シタールを弾きながら、親友に手製タブラ(太鼓)を叩いてもらって、二人で、その拍で「手を振って」練習したのでした。
16拍子ですと、9拍目に来ると、二人で演奏を中断して手を振る。「ほんとうか?」と言いながら。

ほどなく、どのレコードを聴いても、音に途切れが無いことに気づき、演奏中に頻繁に「手を振る」ことはやめる訳ですが、本に書かれたその言葉の意味はしばらく分かりませんでした。
実際は、動作としての「Tal」は、北インドではターラを学ぶ時にのみなされ、演奏中には行いません。南インドでも演奏者は行いませんが、聴衆の多くが正しくターラを叩いたり、専門の手拍子役が舞台に上がっていたりします。この南北の異なりは、即興演奏の重要度と楽曲の複雑さのせいですが、いずれお話することとなると思います。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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宇宙の律動 「ターラ」の分割構造

Tabla drum Indian classical music instrument close up

インド科学音楽、および、それを基礎にした後世から今日に至るインド古典音楽のリズム「Tala(ターラ)」のふたつめの重要な要素「付加リズム」は、平たく言えば「足し算リズム」というもので、リズムサイクルが、拍数の塊を足して作られた構造を持っているというものです。

例えば、日本の唱歌「チューリップ」や「もみじ」のような、四分の四拍子が四小節でひとまとまりのリズムをインド科学音楽のリズムサイクルで解釈すると、「4+4+4+4」の16拍子ということになります。唱歌「さくら」は、一行目が「4+4+4+4」なのに、二行目が「4+4」で終ってしまっている。これはインド科学音楽から見れば、極めて「非科学的」なのです。もし正すならば、「4+4+4+4」+「4+4」の24拍子として、常に厳守せねばなりません。

この「付加リズム」も、オリエントに共通し、ひいては北アフリカ、西アフリカ、カリブ海に共通します。しかし、カリブ海では、もっぱら「4+4」か「3+3」の二種類で、オリエントでも、「4+4」「3+3」「3+2+2+3」の10拍子、が良く演奏される曲の80%を占めます。しかし、理論的には、とりわけオスマントルコ宮廷音楽では、数曲しか演奏されないリズムパターンを多く含み、百数十種あると言われて居ます。

ところが、インド科学音楽では、数百種あるのです。

一説には、「4拍子から0.5拍刻みで108拍子まである」と言われます。つまり、4拍子、4.5拍子、5拍子、5,5拍子………….107.5拍子、108拍子ということです。108が「おしまい」なのは、流石に仏教を生んだ国です。

4拍子が最少なのは、3拍子は二分したとしても「1,5拍の2小節」では、音楽が作り得ないという、突然非論理的で現実的な考えからのようです。4拍子は、ぎりぎり「2+2」で作り得るのだそうです。

しかし実際は、ある程度の長さを持たせたもの、かつ長過ぎないものが多く起用されています。例えば、「3+2+2の7拍子」「4+4の8拍子」「4+3+2の9拍子」「2+3+2+3の10拍子」「4+4+1.5+1.5の11拍子」「3+3+3+3の12拍子」「4+4+4+4の16拍子」などが群を抜いて多用されています。

これらは、「重たいターラ」と「軽いターラ」に二分されています。その根拠は、各拍の塊は、「小節」のような感覚で「Vibhag(ヴィバーグ)」と呼ばれますが、「Vibhag」の拍数が多い方、全体の拍数が多い方がより「重い」であり、更に全体が均一に二分できることも「重たい」の重要な条件です。

故に、10拍子、12拍子、16拍子は、真ん中で二分できますから、重たいと言えます。8拍子も二分できますが、各「Vibhag」の拍数はまだしも、全体が短か過ぎます。

例外的に、7拍子が古典音楽に多用されているのは、実は、より古くは、倍の長さの「3+4+3+4の14拍子」を、洒落で半分のところでループして生まれ、一時大流行したからであると考えられます。

この7拍子は、中世インド・イスラム宮廷音楽の担い手に多く含まれていたアフガン人楽師の故郷の民謡に多く、西アジアから東欧に掛けても人気のリズムなので、それにあやかりつつ、古典音楽の要素を持たせたターラであるかも知れません。しかし、古典音楽で多用されても、やはり「重たいターラ」とは、言えない訳です。

この「重たい、軽い」を簡単に説明しますと、まず「重い曲」というのは、厳格で難しい楽曲様式を用い、難しいRagaを用い、意味深い歌詞を持つものであり、「軽い曲」はその逆であるわけです。何度か申し上げましたが、インド科学音楽、およびそれを基礎としたインド古典音楽は、非常に周到な論理的探究を行う一方で、具体的な実演では、突然現実的な感覚になるのです。しかし、これも何度も申しましたが、「論理的、科学的考察」によって「森全体を把握」したからこそ、現実論に専念できるわけなのです。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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