ヨーガ・スートラ第1章第49節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


श्रुतानुमानप्रज्ञाभ्यामन्यविषया विशेषार्थत्वात्॥४९॥
Śrutānumānaprajñābhyāmanyaviṣayā viśeṣārthatvāt||49||
シュルターヌマーナプラジュニャービャーマニャヴィシャヤー  ヴィシェーシャールタトヴァート
伝承と推理からの智とは、異なる対象であり、特別な目的による。

簡単な解説:前節において、無伺定(識別を超えた定)の修習が熟達すると内面が清浄となり、その清浄な内面の中に、真理を保持する智慧が生じると説かれました。本節では、この真理を保持する智慧は、その対象が特別な目的であるから、伝承や推理の智とは、対象が異なると説かれます。

ヨーガ・スートラ第1章第48節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


ऋतम्भरा तत्र प्रज्ञा॥४८॥
Ṛtambharā tatra prajñā||48||
リタムバラー タットラ プラジュニャー
そこには、真理を保持した智慧がある。

簡単な解説:前節において、無伺定(識別を超えた定)の修習が熟達すると内面が清浄となり、真実を見る光に満ちると述べられました。そして本節では、その清浄な内面の中に、真理を保持する智慧が生じると説かれます。

ヨーガ・スートラ第1章第47節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


निर्विचारवैशारद्येऽध्यात्मप्रसादः॥४७॥
Nirvicāravaiśāradye’dhyātmaprasādaḥ||47||
ニルヴィチャーラヴァイシャーラディエーディヤートマプラサーダハ
無伺定が熟達する時、至高の自己は静澄になる。

簡単な解説:前節までに、有尋定(問いのある定)、無尋定(問いのない定)、有伺定(識別のある定)、無伺定(識別を超えた定)の四つの定について、それらは有種子三昧(種子のある三昧)であると説かれました。本節では、無伺定(識別を超えた定)について、その修習が熟達すると内面が清浄となり、真実を見る光に満ちると述べられます。

ヨーガ・スートラ第1章第46節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


ता एव सबीजः समाधिः॥४६॥
Tā eva sabījaḥ samādhiḥ||46||
ター エーヴァ サビージャハ サマーディヒ
これらは、まさに有種子三昧である。

簡単な解説:前節までに、粗大な対象に関する定に、有尋定(問いのある定)と無尋定(問いのない定)があり、精妙な対象に関する定に、有伺定(識別のある定)と無伺定(識別を超えた定)があると説かれました。本節では、これらの四つの定には対象があり、また、束縛の因子があることから、種子のある三昧であると説かれます。

ヨーガ・スートラ第1章第45節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


सूक्ष्मविषयत्वं चालिङ्गपर्यवसानम्॥४५॥
Sūkṣmaviṣayatvaṁ cāliṅgaparyavasānam||45||
スークシュマヴィシャヤトヴァン チャーリンガパリヤヴァサーナム
精妙な対象は、非顕現の根本原質に完結する。

簡単な解説:前節において、精妙な対象に関する定に、有伺定(識別のある定)と無伺定(識別を超えた定)があると説かれました。本節では、その精妙な対象について、万物の根源である自性に至るまでの、形をもっていない諸原理の総括であると説かれます。

ヨーガ・スートラ第1章第44節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


एतयैव सविचारा निर्विचारा च सूक्ष्मविषया व्याख्याता॥४४॥
Etayaiva savicārā nirvicārā ca sūkṣmaviṣayā vyākhyātā||44||
エータヤイヴァ サヴィチャーラー ニルヴィチャーラー チャ スークシュマヴィシャヤー ヴャーキャーター
これにより、有伺定と無伺定が、さらに精妙な対象に関するものとして説明される。

簡単な解説:前節までに、粗大な対象に関する定である、有尋定(問いのある定)と無尋定(問いのない定)について説かれました。本節では、それらよりもさらに精妙な対象に関する定に、有伺定(識別のある定)と無伺定(識別を超えた定)があると説かれます。

ヨーガ・スートラ第1章第43節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


स्मृतिपरिशुद्धौ स्वरूपशून्येवार्थमात्रनिर्भासा निर्वितर्का॥४३॥
Smṛtipariśuddhau svarūpaśūnyevārthamātranirbhāsā nirvitarkā||43||
スムリティパリシュッダウ スヴァルーパシューニェーヴァールタマートラニルバーサー ニルヴィタルカー
記憶の浄化によって、あたかもそれ自体の性質が存在しないかのように、対象物のみ輝き出るのが、無尋定である。

簡単な解説:前節において、言葉、それが示す対象物、それに関する知識、それらを分析する知が混ざった状態は、問いのある定(有尋定)であると説かれました。本節では、定が深まると、記憶が浄化され、あたかも意識自体がなくなってしまったかのように、対象物のみが輝き出るとされ、それが問いのない定(無尋定)であると説かれます。

ヨーガ・スートラ第1章第42節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


तत्र शब्दार्थज्ञानविकल्पैः सङ्कीर्णा सवितर्का समापत्तिः॥४२॥
tatra śabdārthajñānavikalpaiḥ saṅkīrṇā savitarkā samāpattiḥ||42||
タットラ シャブダールタジュニャーナヴィカルパイヒ サンキールナー サヴィタルカー サマーパッティヒ
その中で、言葉、対象物、知識の混合した状態が、有尋定である。

簡単な解説:前節において、心の働きが弱まると、透明な水晶が対象物の色に染まるように、心は、認識主体、認識器官、認識対象のいずれかに定まり、それを定というと説かれました。本節では、その定について、言葉、それが示す対象物、それに関する知識、それらを分析する知が混ざった状態は、問いのある定(有尋定)であると説かれます。

ヨーガ・スートラ第1章第41節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


क्षीणवृत्तेरभिजातस्येव मणेर्ग्रहीतृग्रहणग्राह्येषु तत्स्थतदञ्जनता समापत्तिः॥४१॥
Kṣīṇavṛtterabhijātasyeva maṇergrahītṛgrahaṇagrāhyeṣu tatsthatadañjanatā samāpattiḥ||41||
クシーナヴリッテーラビジャータスイェーヴァ マネールグラヒートリグラハナグラーヒェーシュ タットスタタダンジャナター サマーパッティヒ
心の働きが弱まると、透明な水晶のように、認識主体、認識器官、認識対象の中に留まり、その色に染まる。これが定である。

簡単な解説:前節において、さまざまな術を通じ心が平安になった者には、原子からもっとも巨大なものに至るまで、あらゆるものに対する支配力が生じると説かれました。本節では、心の働きが弱まると、透明な水晶が対象物の色に染まるように、心は、認識主体、認識器官、認識対象のいずれかに定まると説かれます。

ヨーガ・スートラ第1章第40節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


परमाणुपरममहत्त्वान्तोऽस्य वशीकारः॥४०॥
Paramāṇuparamamahattvānto’sya vaśīkāraḥ||40||
パラマーヌパラママハットヴァーントースヤ ヴァシーカーラハ
極小から極大まで、完全に支配する。

簡単な解説:前節までに、心に平安を生じさせるためのさまざまな術が説かれてきました。本節では、そうした術を通じ心が平安になった者には、原子からもっとも巨大なものに至るまで、あらゆるものに対する支配力が生じると説かれます。