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雑記帳

ボーレーナータの慈悲

ヒンドゥー教の3大神に数えられるシヴァ神は、華やかに描かれる他の神々とは異なり、装飾品は頭の三日月のみともいわれ、その慎み深い姿が際立ちます。
そんなシヴァ神を崇める数多くの御名の中に、ボーレーナータという御名があります。
その御名には、純真、純粋、無邪気といった意味があり、破壊神でありながら寛大で慈悲深いシヴァ神の姿を象徴しています。

シヴァ神は、ヒンドゥー教の神々の中でも、祈りに対してもっとも簡単に祝福を授けてくれる神格として信じられます。
複雑な儀式などは必要なく、一杯の聖水を捧げるだけでシヴァ神は喜び、恩寵を注いでくれるのだといわれます。
祈りの背後にある意図を探るようなことはしないシヴァ神は、純粋にその行為に満足するのだと伝えられます。

シヴァ神にまつわる数ある神話の中で、シヴァ神は泥棒や邪鬼に祝福を与えることもありました。
そんなシヴァ神は、社会が悪魔と見なすような者たちに囲まれていることもあります。
帰依者を善悪で区別し、排除するようなことはなく、すべてを受け入れる寛大なシヴァ神は、誰しもが持つ神性を目覚めさせてくれる存在です。

私たちは、日々を生きる中で、気が咎めるような後ろめたいことをしてしまうことも少なくありません。
そうした行為の中で思い悩み、内なる神性が抑圧されていくことも往々にあります。
しかし、慈悲深い純真なシヴァ神に祈りを捧げる時、私たちはどんな時も受け入れられ、その喜びの中で神性を昂揚させることができます。

すべてを受け入れるということは決して容易いことではありません。
それは、究極の霊性修行のひとつとして実践される行いでもあります。
私たちにとって受け入れるということは、それを見つめる純粋な意識としての自分に気づくことに他なく、そこで不変の喜びを知ることが可能となります。

シヴァ神という純粋な存在を思うことは、自分自身を受け入れることに他ありません。
私たちはその過程で、何よりも豊かに成長していくことができるはずです。
万物の安寧を願い瞑想を続けるシヴァ神にもう一歩近づけるように、常に努力を重ねたいと感じます。

(文章:ひるま)

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