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雑記帳

ガネーシャ神の一本牙

神々の敵であるエゴを食べ尽くすと信じられるガネーシャ神には、エーカダンタという別名があります。
エーカダンタは一本牙の神を意味し、この姿でガネーシャ神はマダースラ(傲慢の悪魔)を倒すと伝えられてきました。
ガネーシャ神の牙が一本となった理由には、いくつかの有名な神話が伝わります。
その中に、ヴィシュヌ神の第六番目の化身である、パラシュラーマ神にまつわる神話があります。

パラシュラーマ神は、シヴァ神から授けられた斧で戦いに勝利した後、シヴァ神に謁見するべく、シヴァ神の住居があるカイラーサ山を訪ねました。
しかし、シヴァ神は就寝中であったため、息子であるガネーシャ神がパラシュラーマ神の申し出を断ります。

すると、怒ったパラシュラーマ神はガネーシャ神と争いになり、シヴァ神から与えられた斧をガネーシャ神に向かって投げてしまいました。
父を慕うガネーシャ神は、反撃せずにその斧を受け止めると、斧は牙にあたります。
そうして牙は断ち切られ、ガネーシャ神の牙は一本になってしまったと伝えられます。

この犠牲の精神に溢れるガネーシャ神の姿は、私たちに障壁を乗り越える力を与えてくれます。
自分自身を守ろうとする強いエゴを持つ私たちは、時に傲慢になり、崇高な存在にすら心が揺れ動くことが少なくありません。
そこではさまざまな障壁に直面し、困難に陥ることも往々にあります。
しかし、崇高な存在に心が定まったガネーシャ神は、その存在に身を委ね、自らを犠牲にすることも躊躇いませんでした。

そうして一本になってしまったガネーシャ神の牙は、善と悪、光と闇など、二つの相反するものを超越する意味が秘められています。
それは、二元性を打ち破り、一点に定まった心を生み出す象徴でもあります。

二つの眼で見るこの世界には、幸や不幸、喜びや悲しみが溢れ、私たちの心は大きく揺れ動きます。
そんな世界を生きる私たちは、一本牙のガネーシャ神の礼拝を通じて崇高な存在に心を定め、謙虚にただひとつの真実を見る力を育んでいくことが大切です。
その力は、どんな障壁をも乗り越える知識となって、私たちを導いてくれるに違いありません。

(文章:ひるま)

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