灼けつくような日差しが照りつけ、気温は50度にも迫るインドの夏。
数ヶ月にわたるその暑さに疲弊し始めた頃、突如として黒い雲が空を覆い、恵みの雨が乾いた大地に降り注ぎます。
およそ4ヶ月にわたる雨季の始まりです。
この雨季の始まりとなる最初の1ヶ月は、シュラーヴァナ月と呼ばれ、シヴァ神に捧げられる1年の中でとりわけ神聖な月にあたります。
枯渇した大地を緑が覆い、多くの命が動き出す雨季の訪れは、漲る生命力を感じる尊い瞬間です。
厳しい自然と共に生きるインドでは、畏敬の念を抱かせるこうした自然の動きに神々の表情を重ね、多くの人々が古くから祈りを捧げてきました。
そんなインドにおいて、この暑季から雨季へと移り変わる季節は、インドラ神とヴリトラの戦いにあらわされます。
かつて、ヴリトラと呼ばれる巨大な蛇の悪魔が水を閉じ込め、この地に旱魃をもたらしたことがありました。
そのヴリトラを打ち破り、この地に水をもたらしたのが、雷雨の神として崇められるインドラ神です。
インドラ神は、ヴァジュラと呼ばれる神聖な武器を用いて、不可能とも思えたヴリトラとの戦いに打ち勝ちました。
このヴァジュラの生まれを見ると、私たちが困難を乗り越え、人生の目的を達成するための術を得ることができます。
ヴァジュラは、聖仙ダディーチャの骨から作られたといわれます。
ダディーチャは、シヴァ神を熱心に崇める偉大な聖仙でした。
世界を苦しめるヴリトラを打ち破ることができるのは、シヴァ神への深い祈りから生まれるそんなダディーチャの強固な骨だけでした。
そして、ダディーチャは世界を救うためにその骨を求められると、快く命を差し出し、骨を与えたと伝えられます。
生き物が苦しみ悶えていた世界は、ダディーチャの無私無欲の精神によって救われました。
一説に、ダディーチャは偉大な聖仙を殺める罪を誰にも与えないよう、自ら灰になったとも伝えられます。
ダディーチャが躊躇うことなくそうして自らの命を差し出すことができたのは、シヴァ神という絶対の存在に定まった心を持っていたからでした。
万物に等しくシヴァ神を見るその心が倒した敵は、我執というもっとも困難な敵であり、今その心は世界を救う何よりも強い武器として崇められています。
灼熱の夏を乗り越え、降り注ぐ恵みの雨を浴びる時、究極の救いを感じる瞬間があります。
このインドの厳しくも美しい自然の様相にあらわされる神話は、強い我執によって困難に直面する私たちに、神々を心の中心に抱き続けることの大切さを示してくれているようです。
そうして人生を歩む時、私たちはどんな困難も打ち破り、究極の目的地に至ることができるに違いありません。
(文章:ひるま)
コメント