厳しくも美しい自然が織りなす豊かなインドの地には、雲を編む者として崇められる偉大な象王がいます。
雷雨の神であるインドラ神が乗る白い象、アイラーヴァタです。
インドラ神が雷雨の神として雨を降らすことができるのは、このアイラーヴァタが水を運ぶことができるからであると伝えられます。
アイラーヴァタという名前には、「大海から生まれた者」という意味があります。
一説に、アイラーヴァタはヒンドゥー教の創造神話である乳海撹拌を通じて生まれた、14の宝石のひとつであると伝えられます。
アイラーヴァタの誕生にまつわるこの乳海撹拌の神話に触れると、豊かな霊性を学ぶことができます。
ある時、非常に怒りっぽいことで有名な聖仙ドゥルヴァーサが、神々の王であるインドラ神に花輪を贈ったことがありました。
インドラ神は、その花輪を乗り物であるアイラーヴァタの首に飾ります。
すると、美しい花々で彩られたその花輪に蜂が引き寄せられ、アイラーヴァタは蜂を追い払おうと花輪を投げてしまいます。
これに激怒したドゥルヴァーサは呪いをかけ、神々は力を失い、世界からは幸福が消えてしまいました。
神々は世界を救うために、力を取り戻す必要がありました。
そして、霊薬であるアムリタを得ようと、悪魔たちと協力をしながら乳海撹拌を行うことになります。
この神々と悪魔が協力して行った乳海撹拌は、私たちが歩む霊性修行の道のりともいわれます。
ドゥルヴァーサに無礼を働いてしまったアイラーヴァタは、この乳海撹拌の間、乳海の底でじっと耐えていたといわれます。
そして、乳海撹拌が終わりアイラーヴァタが真っ白な身体で再び姿をあらわすと、インドラ神は喜び、アイラーヴァタは象王として崇められるようになったといわれます。
大きな身体で鼻から吸い上げた水を降り注ぐ象は、肥沃や豊穣をもたらす働きや強さの象徴です。
インドラ神はこのアイラーヴァタなしに、雨を降らすことはできません。
古代より、肥沃な大地をもたらす水辺では、多くの文明が栄えてきました。
そこは、心身の穢れを清める聖地として、精神的にも人々の拠り所となる場所でした。
乳海の底でじっと耐えたアイラーヴァタは、その過ちを清められ真っ白な姿であらわれると、現代ではこの地に豊かな雨を降らす象王として崇められています。
私たち自身、日々の出来事のふとした瞬間に道を踏み外し、光の見えない水底に沈んでしまうことがあります。
しかし、その過ちから本質を得るための歩みが生まれる時、私たちはアイラーヴァタのように真の成長を遂げることができるはずです。
巡る日々の一瞬一瞬を成長の機会とできるように、豊かな自然の様相が描くこうした霊性に学びながら、大切に日を重ねていきたいと感じます。
(文章:ひるま)
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