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ムドラー

ガジャ・ハスタ・ムドラー

窮極の解脱を授ける神として崇められるガネーシャ神は、象の頭とともに長く伸びた鼻を持ちます。
このガネーシャ神の鼻には、私たちを解放に導く大切な象徴があります。
それは、ヨーガにおいて、ガジャ・ハスタ・ムドラーとして実践されています。

ガジャ・ハスタ・ムドラーは、舞踏王であるナタラージャ神としてのシヴァ神の姿によく見ることができます。
このナタラージャ神の姿から見ると、ガジャ・ハスタ・ムドラーを深く理解することができます。

ガジャ・ハスタ・ムドラーは、身体の前を交差するように左腕を右側に伸ばし、指先を下方に向けるムドラーです。
この腕の形が、象の鼻のようだとされてきました。
このムドラーを組むナタラージャ神は、高く上げた左足を、右足の前を交差させるように、右側に伸ばしています。
そして、右足は無知や忘却の象徴であるアパスマーラという小鬼を踏み潰します。

地面に足をつけるのではなく、片足で小鬼を踏み潰した状態で立つナタラージャ神は、非常に不安定な姿勢にあるように見えます。
これは、日々を生きる私たちの姿に重なります。
目まぐるしく変化する物質世界を生きる中で、永遠の至福である自分自身の本質を見失う私たちは、常に揺れ動き不安定な状態にあります。
しかし、ナタラージャ神はこのガジャ・ハスタ・ムドラーを組んで安定を保っています。

象の鼻は、識別力の高さとして例えられることがあります。
象は、その鼻で草を摘み取ることができる一方で、木を根こそぎ倒すこともできる力を持ちます。
状況に応じて正しい力を用いる方法を知る象は、知性の高さの象徴として崇められてきました。

ガジャ・ハスタ・ムドラーは、そんな識別力の高さを象徴する象の鼻を示す腕が、身体の前を交差するように左から右へと伸びていきます。
これは、正しい知性によって、相反するものを超越していくことを象徴しています。
その先にあるものは、解放です。

善と悪、生と死、精神と物質、自分と他者、さらには梵と我。
肉体を持って生まれた私たちは、こういったものの狭間で揺れ動き、多くの障壁に直面しながら自分自身の本質を見失っていきます。

しかし、ナタラージャ神は時を超えてその均衡を維持し、私たちに平和を保つように教えを示し続けています。
こうした神々の姿を中心に据えて生きることができれば、私たちは自分自身を本質から遠ざける障壁を取り除き、人生という舞台を安定の中で生きることが可能になります。
そうして命をまっとうする時、私たちは真の解放へと辿り着くことができるはずです。

(文章:ひるま)

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