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雑記帳

神の御名を唱えることの栄光 – ヒンドゥー教における至高の実践

ヒンドゥー教において、神の御名を唱えることは最も重要な霊的実践の一つとされています。古来よりインドの聖典や聖者たちは、神の御名を唱えることの力と効果を強調してきました。本稿では、神の御名を唱えることの意義と効果について、聖典の言葉や聖者の教えを交えながら詳しく解説していきます。

マントラの力

ヒンドゥー教の伝統では、マントラは神秘的なエネルギーが音の構造に封じ込められたものと考えられています。各マントラはその振動の中に特定の力を含んでいるとされ、唱えることで様々な霊的効果をもたらすと信じられています。

そして、すべてのマントラの中でも特に重要とされているのが、マハーマントラ(ハレー・クリシュナ・マントラ)です。このマントラは、現在のカリ・ユガ(争いと混乱の時代)において、神を実現するための最も容易で確実な方法として広く推奨されています。多くの信者たちは、このマントラを唱えることで、霊的な成長と神との結びつきを深めることができると信じています。

ハレー・クリシュナ・マハーマントラは以下の通りです:

हरे कृष्ण हरे कृष्ण कृष्ण कृष्ण हरे हरे
हरे राम हरे राम राम राम हरे हरे
hare kṛṣṇa hare kṛṣṇa kṛṣṇa kṛṣṇa hare hare
hare rāma hare rāma rāma rāma hare hare
ハレー・クリシュナ ハレー・クリシュナ クリシュナ・クリシュナ ハレー・ハレー
ハレー・ラーマ ハレー・ラーマ ラーマ・ラーマ ハレー・ハレー

このマントラを唱える際には、その意味を心に留めながら、信愛と信仰を込めて唱えることが大切です。マントラを唱えながら、すべての悲しみや苦痛、失敗を取り除き、喜びと至福を与えてくださるよう、全能の神に祈りを捧げます。

ヴェーダ聖典における推奨

ヴェーダ聖典には、ハレー・クリシュナ・マハーマントラを唱えることが、霊的な実現への最も効果的で有益な手段であり、現代の問題に対抗する最良の方法であるという記述が数多く見られます。以下にいくつかの例を挙げます:

カリ・サンターラナ・ウパニシャッドには次のように述べられています:
「これら16の言葉—ハレー・クリシュナ、ハレー・クリシュナ、クリシュナ・クリシュナ、ハレー・ハレー/ハレー・ラーマ、ハレー・ラーマ、ラーマ・ラーマ、ハレー・ハレー—は、特に現代の争いと不安の時代の悪影響に対抗するためのものである。」

ナーラダ・パンチャラートラには次のようにあります:
「すべてのマントラと自己実現のためのすべてのプロセスは、ハレー・クリシュナ・マハーマントラに凝縮されている。」

ブリハンナーラディヤ・プラーナ(38.126)では、次のように強調されています:
「聖なる御名を唱えよ。このカリ・ユガ(争いと混乱の時代)において、他に道はない。」

ヴィシュヌ・プラーナ(6.2.17)にも同様の記述があります:
「この時代には、瞑想や犠牲、寺院での礼拝は役に立たない。ただクリシュナの聖なる御名—ハレー・クリシュナ、ハレー・クリシュナ、クリシュナ・クリシュナ、ハレー・ハレー/ハレー・ラーマ、ハレー・ラーマ、ラーマ・ラーマ、ハレー・ハレー—を唱えることによってのみ、完全な自己実現を達成することができる。」

シュリーマド・バーガヴァタム(12.3.52)には次のように記されています:
「サティヤ・ユガ(真理の時代)で瞑想によって、トレーター・ユガ(真理が三分の二を占める時代)で様々な犠牲の遂行によって、ドヴァーパラ・ユガ(真理が半減する時代)で主クリシュナ[寺院での神像]の礼拝によって達成された自己実現は、カリ・ユガ(争いの時代)では単に聖なる御名、ハレー・クリシュナを唱えることによって達成できる。」

神の御名と神の同一性

ハレー・クリシュナ・マントラを唱えることが非常に効果的なプロセスである理由は、主とその御名が同一であるからです。御名と主は同じ霊的エネルギーと考えられているため、ハレー・クリシュナを唱えることで、私たちは直接神と接触することができるとされています。

チャイタニヤ・チャリターミリタ(マディヤ・リーラ、17.131-133)では、主の御名、姿、人格の間に違いはなく、それらはすべて超越的に甘美であると説明されています。

クリシュナの御名はクリシュナ自身と同じであり、物質的なものではありません。御名は霊的な祝福を与え、喜びに満ちています。一方、物質界ではすべてのものが異なります。

さらに、チャイタニヤ・チャリターミリタ(アディ・リーラ、17.22)とパドマ・プラーナでは、ハレー・クリシュナ・マハーマントラはクリシュナの音的化身であり、このマントラを唱える者は誰でもクリシュナと直接交わり、物質的エネルギーの束縛から解放されると述べられています。

神の御名を唱えることの普遍性

神の御名を唱えることは、すべての人にとって成功への道であると説明されています。シュリーマド・バーガヴァタム(2.1.11)は、偉大な権威者たちの方法に従って神の御名を唱えることが、物質的欲望に満ちた者であれ、すべての欲望から解放された者であれ、霊的知識によって自己満足している者であれ、すべての人にとって疑いのない霊的成功への道であると明かしています。

神の聖なる御名を唱えることに頼るだけで、他のプロセス、儀式、道具、あるいは人に頼る必要はありません。マハーマントラを唱えるために霊的指導者からイニシエーションを受ける必要さえありません。チャイタニヤ・チャリターミリタ(マディヤ・リーラ、15.108)が述べているように、イニシエーションを受ける必要はなく、ただ聖なる御名を唱えればよいのです。このように、最も堕落した人々でさえ解脱の機会が与えられています。

ルーパ・ゴースワーミーは、パドヤーヴァリーで聖なる御名の力について次のように書いています:

「主クリシュナの聖なる御名は、多くの聖なる、寛大な人々にとって魅力的な特徴である。それはすべての罪深い反応の消滅者であり、非常に強力なので、それを唱えることのできない唖者を除いて、チャンダーラ(最も低い階級の人)を含むすべての人が容易に利用できる。クリシュナの聖なる御名は解放の富を制御し、クリシュナと同一である。単に舌で聖なる御名に触れるだけで、即座に効果が現れる。聖なる御名を唱えることは、イニシエーション、敬虔な活動、またはイニシエーション前に一般的に守られるプラシュチャリヤの規制原則に依存しない。聖なる御名はこれらすべての活動を待たず、それ自体で十分なのである。」(パドヤーヴァリー 29)

神の御名を唱えることの効果

神の聖なる御名を唱えることには、多くの素晴らしい効果があります。以下にいくつかの重要な効果を挙げます:

a) 罪の浄化
シュリーマド・バーガヴァタム(1.1.14)には次のように述べられています:
「誕生と死の複雑な網に絡め取られた生き物たちは、恐れの化身さえも恐れるクリシュナの聖なる御名を無意識のうちに唱えるだけで、直ちに解放されることができる。」

チャイタンヤ・チャリターミリタ(マディヤ・リーラ、15.107)も指摘しているように、クリシュナの御名を唱えるだけで、すべての罪深い反応から解放されます。

b) 霊的な愛の達成
賢者カヴィは、ニミ王に次のように教えています:
「至高の主の聖なる御名はすべて吉兆である。なぜなら、それらは主の超越的な誕生と遊戯を描写しており、それらは全ての制約された魂の向上と救済のために主が行うものだからである。この理由により、主の聖なる御名は世界中で歌われている。これらの至高の聖なる御名を唱えることによって、人は神への愛のレベルに到達し、主の永遠なる僕として固定される。」(バーガヴァタム 11.2.39-40)

c) 超越的な喜びの経験
聖なる御名を唱え続けると、信奉者は特定の御名と主の姿に非常に愛着を持つようになります。バーガヴァタムは次のように述べています:
「彼の心が法悦の愛に溶けると、彼は大声で笑ったり泣いたり叫んだりすることがある。時には狂人のように歌ったり踊ったりすることもある。なぜなら、彼は他人の意見に無関心になるからである。」(バーガヴァタム 11.2.40)

d) 解放への道
パドマ・プラーナは、聖なる御名の力について次のように述べています:
「ヴィシュヌの御名は、ここで必ず成功する名前であり、神性を与え、動かないものと動くものに救済を与える方に対して罪を犯す罪深い人々さえも守る。あらゆる種類の罪を犯した人でも、ヴィシュヌに頼れば解放される。」(パドマ・プラーナ 4.25.8-13)

死の瞬間における神の御名の重要性

ヒンドゥー教では、死の瞬間の意識状態が非常に重要であると考えられています。死の瞬間に神を思い、神の御名を唱えることができれば、より高い意識状態でこの世を去り、死後により高い霊的な次元に到達できると信じられています。

ヒンドゥー教の伝統では、死に際して可能な限り神を意識し続けることが推奨されています。意図的にすべての注意とエネルギーを頭頂に集中させ、至高の主について考えることは、魂が可能な限り最高の状態で体を離れるのを助けると考えられています。

このため、ヒンドゥー教徒は、死に際して痛みや不快な症状に耐え、明晰な心で死に向き合おうとすることがあります。症状をコントロールするために薬を使用することはありますが、意識を低下させるほど多くの薬を使用することは避けようとします。

インドの哲学者ラビンドラナート・タゴールは次のように言いました:
「痛みを鎮めることを乞うのではなく、痛みに打ち勝つ心を与えよ。」

死後の意識と記憶

ヒンドゥー教の考え方によれば、人が死ぬとき、通常は肉体だけが死に、心は世俗的な執着のために体と共に死ぬことはありません。死んだ人の心は彼と共に行き、死後しばらくの間、前世の記憶をすべて保持すると考えられています。

これは夢を見た後の状態に似ています。睡眠から目覚めた後、しばらくの間夢を覚えていますが、徐々に夢の記憶が薄れていくように、死後も前世の記憶は徐々に薄れていきます。死んだ人の肉体を持たない魂は、死後しばらくの間、前世、友人、親族を覚えていますが、この記憶はかなり苦痛を伴うものとされています。なぜなら、もはや彼らと関係を持つことができないからです。

この理由から、ヒンドゥー教では死後すぐに遺体を火葬することが一般的です。火葬は、死者の魂と過去の生活との間の橋渡しの役割を果たす遺体との同一性と執着をすべて破壊します。これは、旅立った魂のためになると考えられています。

突然の事故死などの場合、魂はしばらくの間、自分が死んだことを認識できないことがあります。突然死んだり事故で亡くなったりした人は、自分が死んだことを知らず、しばらくの間、体から分離されたことに驚き、当惑します。どこかで何かがおかしくなったのかもしれないと感じるのです。これは、体の中で実際に死ぬものは何もなく、ただ魂が体を離れるだけだからです。

死の瞬間における意識の重要性

ヒンドゥー教では、死の瞬間の意識状態が非常に重要であると考えられています。この教えによれば、神を意識して死ぬ人、つまり死の時に完全にクリシュナ意識を保ち、自覚している人は、実際には死なないとされています。

このような深い霊的意識を持つ人は、自分が不死であることを知っているとされます。彼らにとって、死は単に肉体を離れる過程であり、古い服を脱ぐように古い体を捨てているだけだと考えられています。

この考え方は、死を恐れるのではなく、むしろ霊的な成長の機会として捉える視点を提供しています。ヒンドゥー教の信者たちは、生きている間に神への意識を高め、死の瞬間にもその意識を保つことができるよう、日々の修行に励んでいます。

神の御名を唱えることの普遍性と簡便性

ヒンドゥー教の聖典は、神の御名を唱えることが、あらゆる人にとって最も簡単で効果的な霊的実践であることを強調しています。シュリーマド・バーガヴァタム(3.9.7)は次のように述べています:

「至高の主の活動について祝福された唱名と聴聞に従事しない者たちは、知性と幸運を奪われている。彼らは短時間しか続かない感覚的快楽を楽しむために罪深い活動を行う。」

一方で、神の御名を唱える実践を採用した人々は非常に高尚であると考えられています。しかし、神の聖なる御名の唱名を好まず、そのプロセスを冒涜したり、唱名する人々を批判したり抑制しようとしたりする人々もいます。このような態度は、彼らの罪深く攻撃的な活動と世俗的な事柄への執着によるものだと理解されています。

シュリーマド・バーガヴァタムは、定期的に主の栄光と御名を唱える人々は、死の瞬間まで意識を明晰に保ち、穏やかに最期を迎えることができ、さらには生死の輪廻から解放されると述べています。

神の御名を唱えることの実践方法

神の御名を唱えることは、非常に簡単で効果的な霊的実践です。以下に、実践のためのいくつかのガイドラインを示します:

a) 規則的な実践:
毎日一定の時間を設けて、神の御名を唱えることが推奨されます。朝と夜の静かな時間に実践するのが理想的です。

b) 集中と献身:
御名を唱える際は、その意味と重要性を心に留めながら、集中して行います。単なる機械的な繰り返しではなく、愛と献身の気持ちを込めて唱えることが大切です。

c) マーラー(数珠)の使用:
多くのヒンドゥー教徒は、108個の玉からなるマーラー(数珠)を使用して御名を唱えます。これは集中力を高め、唱える回数を数えるのに役立ちます。

d) キールタン(歌唱):
御名を歌として歌うキールタンも人気のある実践方法です。音楽と共に御名を唱えることで、より深い感情的な結びつきを感じることができます。

e) ジャパ(静かな唱名):
心の中で静かに御名を繰り返すジャパは、いつでもどこでも実践できる方法です。

f) サンキールタン(集団での唱名):
他の信者と一緒に御名を唱えるサンキールタンは、共同体の絆を強め、より強力な霊的体験をもたらすと考えられています。

現代社会における神の御名を唱えることの意義

現代の忙しい生活の中で、神の御名を唱えることは特に重要な実践となっています。以下に、現代社会における御名唱名の意義をいくつか挙げます:

a) ストレス解消:
神の御名を唱えることは、心を落ち着かせ、ストレスや不安を軽減する効果があります。

b) 内なる平和:
日々の喧騒の中で、御名唱名は内なる平和と静けさを見出す方法を提供します。

c) 精神的な中心の確立:
物質主義的な世界で、御名唱名は精神的な中心を確立し、人生の真の目的を思い出させてくれます。

d) コミュニティの形成:
集団での御名唱名は、同じ志を持つ人々とのつながりを作り、孤独感を軽減します。

e) 時間の有効活用:
通勤時や家事の合間など、ちょっとした時間を利用して御名を唱えることができます。

f) 簡単で効果的:
複雑な儀式や長時間の瞑想が難しい現代人にとって、御名唱名は簡単で効果的な霊的実践方法です。

最後に

ヒンドゥー教の伝統において、神の御名を唱えることは最も重要で効果的な霊的実践の一つです。古代の聖典から現代の聖者に至るまで、多くの権威者がその力と効果を証言しています。

特に、ハレー・クリシュナ・マハーマントラは、現代のカリ・ユガ(争いと混乱の時代)において最も推奨されるマントラの一つとされています。この実践は、罪の浄化、霊的な愛の達成、超越的な喜びの経験、そして最終的には解脱への道を開くと信じられています。

さらに、神の御名を唱えることは、死の瞬間において特に重要な役割を果たします。死の瞬間に神を意識し、御名を唱えることができれば、より高い意識状態でこの世を去り、より高い霊的次元に到達できる可能性が高まります。

現代社会において、神の御名を唱えることは、ストレス解消や内なる平和の獲得、精神的な中心の確立など、多くの実践的な利点をもたらします。その簡便性と効果の高さから、忙しい現代人にとって理想的な霊的実践方法と言えるでしょう。

最後に、シュカデーヴァ・ゴースヴァーミーの言葉を引用して締めくくりたいと思います:

「信仰を持って主の中の主であるヴィシュヌの様々な遊戯と化身の栄光を唱える人は、すべての罪から解放されるであろう。至高神格者シュリー・クリシュナの魅力的な化身の吉祥なる活躍と、主が子供として行った遊戯は、このシュリーマド・バーガヴァタムと他の聖典に描かれている。主の遊戯の描写を明確に唱える者は誰でも、すべての完成した聖者の目標である主クリシュナへの超越的な愛の奉仕を達成するであろう。」

この古代の知恵は、今日でも変わらぬ真理を持ち続けています。神の御名を唱えるという単純でありながら深遠な実践を通じて、私たちは自己の本質を発見し、究極の実在との結びつきを体験することができるでしょう。


参考文献:

"Glories of Chanting God's Name". Scribd, n.d. https://www.scribd.com/document/295626267/Glories-of-Chanting-Gods-Name

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