悠久の時を超えて語り継がれるバガヴァッド・ギーターは、クルクシェートラの地で繰り広げられた壮大な戦いを舞台としています。
その戦いでは、パーンダヴァとカウラヴァという二つの大きな勢力が相対しました。
パーンダヴァ側にはクリシュナ神の教えを受けるアルジュナがいる一方で、カウラヴァ側には盲目の王であるドリタラーシュトラの息子たちがいたことで知られます。
このクリシュナ神とアルジュナの対話を伝えたのは、ドリタラーシュトラ王の御者であるサンジャヤでした。
ドリタラーシュトラ王は光を失っていたために、戦場の様子を知るにはサンジャヤの目を必要としていたからです。
このサンジャヤという人物の存在を深く掘り下げると、バガヴァッド・ギーターの神髄により深く触れることができます。
サンジャヤは、聖仙ヴィヤーサから授かった神聖な視力(ディヴィヤ・ドリシュティ)によって、遠く離れた戦場で繰り広げられる出来事を克明に見通すことができました。
さらに、個人的な感情や判断を交えないサンジャヤの語りは、揺るぎない信頼性と清らかな客観性を帯びています。
このサンジャヤが語り手であることにより、バガヴァッド・ギーターの尊い教えはありのままの姿で私たちの心に届けられ、その戦場の真実を今ここで静かに見つめることができています。
サンジャヤの存在は、結果に執着せず、義務をまっとうし、正しい行為を実践するカルマ・ヨーガの教えを体現しています。
クルクシェートラの戦場で繰り広げられる激しい戦いを目の当たりにしながらも、サンジャヤは常に冷静さを保ち、事実をありのままに伝え続けました。
そうして淡々と自分の務めを果たすサンジャヤの姿勢は、真実を生きる者の理想を体現しています。
時に戦場のように荒れ狂う人生において、私たちは経験する出来事に心を揺さぶられ、真実を見失うことが少なくありません。
しかし、サンジャヤが戦いの混乱を冷静に観察する姿は、人生の出来事に惑わされず、義務をまっとうする理想的な姿をあらわしています。
その過程で生まれる視力こそ、私たちに真実を理解する力を与えてくれるものです。
こうしたサンジャヤの姿勢を学ぶことで、私たちは感情の渦に巻き込まれることなく、真実を見通す目を養うことが可能になります。
その神聖な視力は、すべての人に内在する崇高な意識への目覚めを意味するものでもあります。
そのような視力を持って生きる時、人生のいかなる試練も成長の糧として受け止め、究極の目的に向かって突き進むことができるはずです。
(文章:ひるま)
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