シーズインディア支援事業にご協力をいただいている皆様、温かいご支援をいただき誠にありがとうございます。
ご挨拶
インドでは、各地で雨季を告げるモンスーンの到来が伝えられています。今年のモンスーンは、例年よりも1週間ほど早い5月24日に、シーズインディアが活動する南インド・ケーララ州で始まりました。これは、2009年5月23日以来、実に16年ぶりの早期到来となります。
ここ数年、ケーララ州ではこの時期に厳しい暑さが続いていたため、この恵みの雨の訪れは、地域の人々にとって大きな喜びとなりました。しかし、モンスーンの到来が早くても、それがシーズン全体の十分な降水量を保証するわけではないという側面もあります。実際に、早期にモンスーンが始まった2009年には、結果として年間の降水量が不足したという記録もあり、今後の推移を注意深く見守る必要があります。
インド気象局が発表した2025年の長期予測によれば、今季のモンスーンによる降水量は全体として「平年をやや上回る」と見込まれています。これは農業をはじめとする多くの産業にとって朗報である一方で、同局は今年のモンスーンが変動性が高く、「地域による偏り」や「極端な降水」を引き起こしやすいという警告も発しています。近年、ケーララ州を含むインドの多くの地域で観測されている極端な気象傾向が、今季も顕著に現れると予想されており、突発的な豪雨による洪水や土砂災害のリスクへの警戒が強まっています。
こうした状況を踏まえ、たび重なる自然災害を経験してきたケーララ州では、モンスーン期間中の気象予測の精度向上に向けた取り組みが進められています。国の経済にも深く関わる重要なモンスーンが、どうか大きな災害をもたらすことなく、穏やかで豊かな恵みの雨となることを心より願ってやみません。
こうした期間中も、皆様からお寄せいただいた変わらぬご支援により、様々な取り組みを滞りなく実施することができました。現地の人々や子どもたちにとって、皆様からのご支援は単なる物質的な援助に留まらず、明日への希望を繋ぐ光として輝いています。この間の活動についてご報告をさせていただきます。
子どもたちの教育支援について
ケーララ州では、雨季の訪れとともに新しい学期が幕を開けます。子どもたちの成長を告げるこの季節は、喜びに満ちた時期である同時に、多くの困難を伴う時期でもあります。今年は例年よりも早い時期から激しい雨が降り続き、支援を必要とする家庭が暮らす地域においても、洪水が発生するという厳しい状況に直面しました。このような困難な環境の中にあっても、現地の子どもたちは希望を失うことなく、前向きに学習に取り組む姿勢を見せてくれています。その強い意志と屈託のない明るい笑顔は、何物にも代えがたい大きな励みとなっています。
雨季の始まりと新学期の開始が重なるこの時期の支援は、子どもたちの一年間の学習環境を左右する礎となるものです。今回は、制服と通学用バッグの購入を目的とした補助金として、支援対象となる子どもたち一人ひとりに対し、1,200ルピー(日本円で約2,000円)を支給いたしました。子どもたちが学校生活を送る上で必要不可欠な制服を整え、学用品をきちんと収納して通学できる環境を確保するためのものです。制服は、子どもたちが学校の一員であるという誇りを持ち、集団生活における規律を学び、そして何よりも学業への参加意識を高める上で、極めて重要な役割を果たしています。
さらに、学習活動に直接的に必要となるノートや筆記用具、教科書といった学用品についても、直接子どもたちの手へとお渡ししました。これらの学用品は、子どもたちが日々の授業に積極的に参加し、新しい知識を意欲的に吸収していくために不可欠な道具です。特に、筆記用具は消耗品であるため、定期的な補充が必要となりますが、経済的に困難な状況にある家庭にとっては、それが決して小さくない負担となっています。今回の支援を通じて、子どもたちがこうした心配をすることなく、安心して学習に集中できる環境を整えることを目標としています。
子どもたちの学習意欲を維持し、さらに向上させていくことも、支援活動の重要な目標の一つです。支援物資を配布する際には、現在は隔月となっていますが、子どもたちに施設へ集まってもらう機会を設けています。これは、単に物を手渡すだけでなく、保護者や子どもたちが直接顔を合わせ、言葉を交わすことで生まれる温かい交流を大切にしたいという思いからです。この交流を通じてかけられる励ましの言葉や、寄せられる期待が、子どもたちにとって学習を継続していくための強い動機付けとなっています。
しかしながら、近年深刻化する気候変動の影響は、教育支援活動にも大きな課題を突きつけています。特に、豪雨による休校の増加は看過できない問題です。支援対象となる家庭の多くは、地理的に低地に居を構えており、大雨が降るたびに近隣の川が氾濫し、住居が浸水する危険性と常に隣り合わせの生活を送っています。過去には、配布した学習道具や教科書が、水害によってすべて流されてしまうという痛ましいケースも発生しました。このような不測の事態への対応策を講じることは、継続的な課題であり、より効果的で持続可能な支援のあり方を模索し続けています。












病院での配給について
公立病院における食事の配給活動では、引き続き、パンやバナナ、飲料水などを、入院されている患者さんやお見舞いに来られたご家族に直接お配りする活動を継続しています。雨季が始まったばかりの現時点では、病院内の状況は比較的落ち着いていますが、これから本格的な雨季の季節を迎えると、蚊を媒介とするデング熱などの感染症が増加する傾向にあります。状況を注意深く見守りながら、衛生管理に万全を期して活動を行っています。
この病院での配給活動は、ケーララ州が抱える社会的な課題を映し出す鏡のような存在でもあります。ケーララ州は、インド国内において識字率が際立って高く、平均寿命は長く、そして乳児死亡率が低いことで世界的に知られています。その優れた社会開発指標は「ケーララ・モデル」として国際的な賞賛を集め、「福祉国家の縮図」とまで呼ばれてきました。しかし、その成功の光の裏側で、近年深刻化しているのが、経済的な「格差」の問題です。
この格差を生み出す要因は複合的であると指摘されていますが、その中でも特に大きな要因とされているのが、海外、とりわけ湾岸諸国への出稼ぎ労働者からの送金が、特定の家庭に集中しているという点です。ケーララ州からは多くの人々が中東地域へ出稼ぎに出ており、彼らが故郷の家族へ送るお金によって、一部の家庭の消費水準は飛躍的に向上しました。一方で、様々な事情で海外へ出ることができない家庭や、送金の恩恵が及びにくい農村部の人々との間には、著しい「消費能力の差」が生まれています。
この格差がもっとも顕著に現れる分野の一つが、医療とされます。1980年代以降、インド全土で私立医療機関の台頭が加速しましたが、ケーララ州もその例外ではありません。活動する地域の周辺にも、近代的な設備を誇る大規模な私立病院がいくつも存在します。海外からの送金を得た比較的に裕福な家庭は、高度で快適な医療サービスを求めて、こうした私立病院に多くの費用を支出する傾向があります。その一方で、低所得層の家庭にとって、私立病院の医療費はあまりにも高く、その壁は大きく立ちはだかります。結果として、公的な医療機関に頼らざるを得ないものの、そこでは受けられる医療に限界があり、必要な治療を受けられないまま症状が悪化してしまうというケースも少なくありません。
このような医療へのアクセスの格差は、単に個人の健康問題に留まるものではありません。病気の長期化や、突発的に必要となる高額な治療費は、家庭の経済全体を深刻に圧迫します。貯蓄を切り崩し、借金を背負うことで、子どもたちの教育機会が奪われたり、日々の生活水準が著しく低下したりと、その影響は多岐にわたります。結果として、医療における格差は、さらなる教育格差や所得格差へと繋がり、社会全体の分断をより一層深めてしまうという負の連鎖を生み出しているとされます。
公平な医療制度を実現するためには、公的医療のさらなる機能強化と、私立医療との適切な連携が不可欠であるとされています。しかし、現在のケーララ州政府は深刻な財政難に直面しており、その改革への道のりは決して平坦なものではありません。
食事の配給を続けている公立病院には、まさにこうした社会の中で、日々の生活に困難を抱えながら懸命に生きる人々が多く訪れます。提供できるのは、一食分の食事かもしれませんが、その一食がその日の痛みを和らげ、明日を生きるための唯一の支えとなる人がいることもまた事実です。それは、目に見えるような大きな変化をもたらすものではないかもしれませんが、この支援の一つひとつが、社会に調和と希望の灯をともす力になることを願い、活動を続けています。
また、シーズインディアの施設では、不定期ではありますが医療キャンプも実施されています。このキャンプでは、簡易的な健康診断や軽度の症状に対する治療が行われており、普段なかなか医療機関を受診できない方々にとって、臨時の診療所として重要な役割を果たしています。さらに、衛生管理や栄養、家族計画といった基本的な知識の普及にも力を入れており、地域住民の健康意識の向上にもつながっています。こうした医療支援を通じて、地域全体の福祉向上にも大きく貢献しています。









災害支援について
2025年の雨季は例年よりも早い時期に、そして極めて激しい形で始まりました。断続的に降り続く豪雨は、支援活動を行っている家庭が多く暮らす地域にも洪水被害をもたらしました。幸いにも、今回の洪水被害の規模は、過去に経験したような甚大なものには至っていません。しかしながら、地域の一部では複数の住宅が床上まで浸水し、住民の方々が安全を確保するために、近隣の学校施設などへ一時的に避難を余儀なくされるという事態が発生しています。
被災された家庭に対しては、当面の生活を維持するために不可欠な食料品や生活必需品が配布されています。しかしながら、雨季はまだ始まったばかりであり、本格的な降雨シーズンはこれからが本番です。過去の経験から、洪水被害がもたらす影響は、家財や生活用品、そして子どもたちの学習道具の損失といった物理的なものに留まりません。住み慣れた家を離れ、不自由な避難所での生活を強いられるという経験は、子どもたちの心にも大きなストレスを与えます。度重なる避難によって生活基盤が不安定になることで、子どもたちが落ち着いて学習に専念することが困難になるという状況も発生します。こうした方々に常に寄り添えるよう、今後の支援体制の在り方を模索しているところです。
また、他州からの出稼ぎ労働者を含む、過去の被災経験を持つ方々に対しても、生活物資の支援を定期的に実施しています。厳しい環境の中で安定しない生活を余儀なくされている労働者の方々を少しでも支え、希望を届けられるよう努めています。物資の提供だけでなく、温かな輪を広げることで、前を向いて歩む一助となることを願っています。






ケーララ州の社会変容と新たな課題について
シーズインディアの活動の背景にあるケーララ州の社会経済状況について、ケーララ州が歩んできた発展の歴史と、現在直面している新たな課題について整理し、ご報告させていただきます。
手厚い福祉政策で知られる現在のケーララ州ですが、1970年代頃まではインド国内でももっとも貧しい州の一つであり、その平均所得は全国平均の約3分の2に過ぎなかったとされています。しかし、その後の数十年間で目覚ましい経済成長を遂げ、現在では一人当たりの所得が全国平均を大きく上回るまでになりました。特筆すべきは、経済的に貧しい状態にあった当時でさえ、ケーララ州は高い識字率、優れた医療水準、そして長い平均寿命といった人間開発に関する指標においては、他の多くの州を凌駕していたという点です。
この「経済成長よりも先に社会開発が進んだ」というユニークな発展モデルの成功要因としては、いくつかの点が指摘されています。中でも、ケーララ州の発展を語る上で欠かすことのできない重要な出来事が「土地改革」です。その主な施策は、小作制度を廃止し、長年土地を耕してきた小作人たちにその土地の所有権を与えるという画期的なものでした。また、一人の地主が所有できる土地の面積に上限を設け、それを超えた土地は政府が強制的に買い上げ、土地を持たない農民たちに再分配しました。この改革により、土地を得た農民たちの所得が安定したことは、彼らが子どもの教育や家族の保健衛生に投資することを可能にし、その後の農村部における識字率の向上や女性の社会進出へと繋がっていったとされます。この土地改革こそが、「ケーララ・モデル」と呼ばれる高い社会指標と福祉水準を達成するための強固な土台を築いたと言われています。
しかし、かつての成功モデルも、時代の変化とともに新たな課題に直面しています。その一つが、「少子高齢化」と、それに伴う「労働力不足」です。高い教育水準や医療制度の充実、そして女性の社会進出の促進といった、「ケーララ・モデル」がもたらした社会政策の輝かしい成果は、人々の価値観の変化を促し、結果として出生率の低下を招きました。ある報告によれば、2014年に約53万4千人だったケーララ州の新生児数は、2024年には約34万5千人にまで落ち込み、わずか10年間で約35パーセントも減少したとされています。この若年層の人口減少は、将来の労働力不足を深刻化させ、経済成長や社会保障制度の維持に大きな影響を及ぼすことが懸念されています。すでに州内の一部の学校では、生徒数の減少により閉鎖の危機に直面しています。ケーララ州は、この労働力不足を補うため、他州からの出稼ぎ労働者を積極的に受け入れていますが、彼らの多くは不安定な雇用環境に置かれており、社会保障や福祉の面で多くの課題が残されています。
さらに、近年の急速な都市開発の進行は、かつて土地改革によって守られた農地が住宅や商業施設へと転用される事態を招き、「農業離れ」を加速させています。これにより、州内の食料生産が減少し、食料自給率の低下という新たな問題も浮上しています。
ケーララ州は今、新たな改革を求められる転換期にあります。こうした複雑で大きな社会のうねりを常に注視しながら、その中でもっとも脆弱な立場に置かれている人々に寄り添えるように、シーズインディアにできる草の根の活動を引き続き努めて参ります。
最後に
シーズインディアの活動は、皆様からの温かなご支援に支えられ、社会が大きく揺れ動く中でも、子どもたちの学びの場を守り、地域に暮らす人々の暮らしを支えるという大切な使命を一歩一歩果たすことができています。「ケーララ・モデル」として知られ、世界的にも高く評価される社会福祉の先進地域でも、新たな困難は次々と現れています。どのような変化の中にあっても、助けを必要とする人々のそばに寄り添い、希望の光を絶やさず届け続けることが変わらぬ想いです。
シーズインディアはこれからも、現場の声に寄り添いながら、途切れることのない支援を届けてまいります。変化する状況の中で柔軟に動き、連携の輪を広げながら、ひとつひとつの活動を確かな歩みへとつなげていく所存です。皆さまから寄せられる温かな想いが、いま必要とされている場所に確かに届き、小さな希望がやがて大きな力となって未来を照らしていくことを、心から願っています。
いつも温かいご支援を頂き、改めまして心より御礼申し上げます。
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。
(スタッフ:ひるま)
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