ガネーシャ神(गणेश gaṇeśa)に対するマントラには様々なものがありますが、
その中でもとくに起源の古いものは、
リグ・ヴェーダ(ऋग्वेद ṛgveda)第2巻、第23章、第1詩節に出てくる
गणानां त्वा गणपतिं हवामहे gaṇānāṁ tvā gaṇapatiṁ havāmahe
(ガナーナーン・トゥヴァー・ガナパティン・ハヴァーマヘー)
で始まるマントラです。
もともとリグ・ヴェーダにおいてこのマントラはブラフマナスパティ(ब्रह्मनस्पति brahmanaspati)直訳すると祈祷主=ブリハスパティ(बृहस्पति bṛhaspati)に対する19詩節からなる讃歌の冒頭の詩節で、神格の名前をとって、ブラフマナスパティ・スークタ(ब्रह्मनस्पतिसूक्त brahmanaspatisūkta)と呼ぶこともあります。
ガネーシャ神の別名「ガナパティ(गणपति gaṇapati)」という語が入っているので、今ではガネーシャ神へのマントラとしてポピュラーになっています。
19詩節の讃歌全体が岩波文庫『リグヴェーダ』(1970年、岩波書店)に訳が入っているので、機会があったらぜひ読んでみてください。
【逐語訳】
ॐ गणानां त्वा गणपतिं हवामहे
oṁ gaṇānāṁ tvā gaṇa-patiṁ havāmahe
眷属のなかの眷属長たる汝を、我らは召喚します。
कविं कवीनामुपमश्रवस्तमम् ।
kaviṁ kavīnām_upama-śravas-tamam|
詩人達のなかの詩人を。高名なる者を。
ज्येष्ठराजं ब्रह्मणां ब्रह्मणस्पत
jyeṣṭha-rājaṁ brahmaṇāṁ brahmaṇas-pata
祈祷者のなかの最高の王を。祈祷主(ブラフマナスパティ)よ!
आ नः शृण्वन्नूतिभिः सीद सादनम् ॥ ṛgveda.2.23.1
ā naḥ śṛṇvan_ūtibhiḥ sīda sādanam||
恩恵とともに我らに耳を傾け、この座にお座りください。
【補足】
1行目を「oṁ gaṇānāṁ tvā gaṇapati guṁ havāmahe ガナーナーン・トゥヴァー・ガナパティ・グン・ハヴァーマヘー」と唱える場合がありますが、リグ・ヴェーダの詩節は、音節の数が決まっている韻文詩なので、gumが入ると韻律が崩れてしまうため、もともとはgumは入ってなかったと考えられます。
音節とは、単純に言えば一つの母音を含む音の塊のこと。
このマントラの場合は、一行あたり12音節×4行のジャガティー(jagatī)と呼ばれる形式で、つまり、一行あたり母音を12個含みます。
gaṇānāṁ tvā gaṇapatiṁ havāmahe (赤字の部分が母音)
また、4行目のśṛṇvannūtibhiḥを śṛṇvan - nūtibhiḥ(称賛)と区切って訳しているものも見受けられますが、「称賛」という意味の単語はnuti- でありnūti-ではありません。14世紀の注釈家サーヤナの注釈でも、śṛṇvan - ūtibhiḥ と区切られています。
短母音に続く語末の-nは、次に母音が来ると-nnと重なる、という連声(サンディ)のルールがあるので、śṛṇvan + ūtibhiḥ → śṛṇvannūtibhiḥ と発音されるのです。
【単語の意味と文法の解説】
左から、デーヴァナガーリー表記、ローマ字表記、<名詞の語幹形、動詞の語根形 >、語意、(文法的説明)、「訳」、という順番で説明しています。
ॐ oṁ <a-u-m> 聖音「オーン」
गणानाम् gaṇānām <gaṇa-> 眷属(男性名詞、属格、複数)「眷属たちのなかの」
त्वा tvā <tvat-> あなた(二人称、対格、単数)「あなたを」
गण- <gaṇa-> 眷属(男性名詞、複合語)「眷属の」
पतिम् patim <pati-> 主人(男性名詞、対格、単数)「主を」
हवमहे havāmahe <√hū-> 呼ぶ(現在形、反射態、1人称、複数)「私たちは呼びます」
कविम् kavim <kavi-> 詩人(男性名詞、対格、単数)「詩人を」
कवीनाम् kavīnām <kavi-> 詩人(男性名詞、属格、複数)「詩人たちのなかの」
उपमश्रवस्तमम् upama-śravas-tamam <upamaśravastama-> 名高い(形容詞)
ज्येष्ठ <jyeṣṭha-> 最高の(形容詞、複合語)「最高の」
राजम् rājam <rājan-> 王(男性名詞、対格、単数)「王を」
ब्रह्मणाम् brahmaṇām <brahman-> 祈祷者(男性名詞、属格、複数)「祈祷者たちのなかの」
*リグヴェーダでの「ブラフマン」の語は、ウパニシャッドで語られる宇宙原理のことではなく、神の言葉を聞く詩聖や神に祈祷する能力を持った司祭を指すと思われます。
ब्रह्मणस् brahmaṇas- <brahman-> 祈祷者(男性名詞、属格、単数)「祈祷者の」
पते pate <pati-> 主人 (男性名詞、呼格、単数)「主よ!」
आ ā ~に向かって(前置詞)後ろのशृण्वन् śṛṇvanに意味を付け加える
नः naḥ <asmat-> 私たち(一人称、対格、複数)「私たちを」
शृण्वन् śṛṇvan <√śru-> 聞く(現在能動分詞、男性形、主格、単数)「~聞いて」
ऊतिभिः ūtibhiḥ <ūti-> 激励、恩恵(女性名詞、具格、複数)「恩恵とともに」
सीद sīda <sad-> 座る(現在、命令法、能動態、2人称、単数)「座れ!」
सादनम् sādanam <sādana-> 座席、居所(中性名詞、対格、単数)「座席に」
(文章:pRthivii)
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