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インド音楽

136、インド音楽の楽しみ方(9)南インド古典音楽の即興部分

南インド古典音楽に於いても即興音楽は、古典音楽体系が南北に別れる前後の時代では、古代インド音楽/科学音楽の伝統として基本であった筈です。

しかし、何時頃か即興音楽は二の次になり作曲の再現音楽が主体になったのです。

10世紀に北からイスラム勢力が侵攻し、13世紀には南インドまで支配され、その後ヒンドゥー勢力が盛り返すことも多少ありましたが、ヒンドゥー寺院・僧侶・寺院音楽家たちは、辛うじて寺院音楽やヒンドゥー王朝宮廷音楽を維持している小王国を点々とすることになります。

そのような時代に、科学音楽の系譜にある即興音楽を演奏するよりは、ヒンドゥーイズムを強調した讃歌が好まれた可能性は大いにあります。

そして19世紀には、Tyagaraja(1767-1847)、Shyama-Shastri(1762-1827)、Muthuswami-Dikshitar(1775-1835)の三大楽聖が現れ、膨大な数のラーマ讃歌クリティーの名曲を著わすことによって、以後の南インド古典音楽の主流は、それらの再現が基本となってしまうのです。これにはイギリスの統治政策の一環であるヒンドゥーイズムの高揚も大いに関係しました。即ち、数百年も間、南インド古典音楽は、科学音楽の土壌に根差しながらも、その実践よりもヒンドゥーイズムの維持、高揚に努めねばならなかった事情があるのです。

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ところが、この数十年。特にこの十年、南インド古典音楽の潮流は即興演奏に傾きつつあります。或る意味「マノーダルマ・サンギート・ブーム」とも言えます。

「Mano-Dharma-Sangit」は古代音楽の用語で、即興音楽を意味し、作曲の再現である「Ano-Dharma-Sangit」の対峙語です。この言葉を高らかに語ること自体、長年アノーダルマが主体であったことを南インド音楽家自身が認めていることになります。即興音楽が主体の北インドでは数千年、わざわざそんな言い方はして来なかったのですから。
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南インドに於ける即興音楽の再興には、二つの要素が考えられます。ひとつは、「古代音楽への回帰」という精神論であり、もうひとつは「北インド古典音楽の影響」です。
長年、19世紀の楽聖の作品を再現することに至高の喜びを抱いていた南インドの音楽家と聴衆の中から、1970年代に少しずつ「即興演奏」に重きを置く演奏家が現れました。それは主に器楽(撥弦楽器:Vina、竹の横笛:Kural、弓奏楽器:Violinなど)演奏家からでした。

しかし、声楽家のコンサートやレコード発表では相変わらず再現音楽が主体でした。

器楽も基本は歌詞のある音楽の模倣でしたが、そもそも声楽に於いて前唱曲:アーラーパナや、本曲第三部チャラナムの後に展開する即興部分:スワラ・カルパナは「歌詞の無い部分:即興部分」でしたから、器楽にとっても自然に思う存分個人の音楽性を発揮出来る様式だった訳です。

このことからも分かりますが、「即興演奏」は、「科学音楽の具現」という意味合いとは異なる「個人芸の披露、自己実現、営業的要素、大衆迎合的要素」が、分別出来ずに渾沌と混在する危険性があった訳です。

尤も、近年急速に流行している、即興性の極めて高い様式「Ragam-Tanam-Pallavi様式」は、20世紀中盤に既にあり、私が敬愛して止まない女流声楽家スッブーラクシュミ女史もかなり昔に素晴らしい「Ragam-Tanam-Pallavi」の録音を残しています。
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ただ女史位の水準になると、個人芸の披露や決してイヤラシくなく、「彼女自身の才能と芸・技法」の他に、「伝統と様式美」そして「ラーガとターラ」が三位一体となって昇華・昇天するような見事さがありました。

それと比べてしまうと、近年の「Ragam-Tanam-Pallavi」には、ラクシュミ女史などの往年の巨匠がバランス良く表現した「三位」の後二つが決定的に貧相なので、結果「個人芸の披露=自己顕示の塊」のようなことになってしまう訳です。

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「Ragam-Tanam-Pallavi様式」とは

Ragamは、そのままの単語では、旋法ラーガのことになってしまいますが、この様式の語意では、前唱曲:アーラーパナの三部構成の第一部:Ragam-Alapanamの事です。

Tanamも同様、中庸の2拍子(ターラ概念は無い)で展開するアーラーパナの第二部でしばしば演奏される「リズム・ヴァリエイションの妙技」の様式です。

図で示したのがターナムの基本的な概念で、同じフレイズ(図ではSRG:ドレミ)を異なるリズム型で繰り返します。ターラの概念は無い部分ですが、2拍子的なノリの上で演奏していますから、2の倍数から外れることはあまり芳しくないのです。

尤も近年、図のようなことを全て演る人はまず居ません。冒頭だけやって、「あっターナムが始った」と聴衆に分からせた後は、北インド古典音楽アーラープの第二部「ジョール」のように即興を自在に展開します。

Pallaviは、クリティー様式の冒頭に歌われる、最も重要な主題(第一主題)部分です。クリティーの基本は三部構成で、パッラヴィ(第一主題)、アヌパッラヴィ(第二主題)、チャラナム(展開部)となっており、歌詞はそれぞれ、一行、二行、四行となっています。少なくとも百年二百年の伝統があるクリティーの即興部分は、チャラナムの後に付加されます(しなくても良い)。この場合四行ある歌詞の三行目をパッラヴィや、ターラと太鼓を伴う北インド即興音楽の主題「スターイー」のように用いて「主題/即興/主題/即興」と展開します。従って、パッラヴィというよりは、「チャラナムの三行目」ということですが、固有の名称がないためか「主題」の意味合いで「パッラヴィ」と言っているような感じです。

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すなわち、「Ragam-Tanam-Pallavi様式」の基本となる「伝統曲の即興部分」は、「アーラーパナの自由リズムの第一部」「アーラーパナの2拍子の第二部」「チャラナムの後の即興部:スワラ・カルパナ」ということです。

「伝統曲の即興部分」は、この他に、アーラーパナの第二部で、ターナムとは別に、後の本曲の歌詞を自在な旋律で歌う「Niraval」がありますが、「Ragam-Tanam-Pallavi様式」では、第三部Pallaviの歌詞を自在に変奏します。
しかし、「Ragam-Tanam-Pallavi様式」は、ラーガ音楽よりも、ターラの技法や変奏の妙技をより重視しているため、逆に原曲の旋律のまま、拍数構成を替える方が好まれているようです。
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「Ragam-Tanam-Pallavi様式」の流行に見られるスタイルは、意識があろうとなかろうと、北インド古典音楽の模倣の要素が濃厚です。しかし、本来北インド古典音楽の即興性は、古代インド古典音楽に根差しているからであり、南インド古典音楽もそこに回帰する方向性にある、と言うことが出来る筈です。

しかし、実際の時代推移を見ますと、前述しましたように、まず器楽奏者から即興性が高まり、それを受けて声楽家が「Ragam-Tanam-Pallavi様式」を発展させた、という流れがある以上、精神論の「古代音楽への回帰」があったかどうか、は疑われるところです。

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北インド古典音楽の影響は、明らかな事実によって明確です。それは以下のような出来事が下地になっていると考えられます。

1)大元は南インド民族の血を引く、世界的に有名になったシタール奏者:ラヴィ・シャンカル氏の1960年代からの世界的な活躍。氏は、それまで北インド古典音楽音楽家がほとんどしなかった「南インド・ラーガの起用」を多く行いました。

2)南北インド演奏家の共演。これもラヴィ・シャンカル氏が発案者と言えるもので、南北古典太鼓の共演、南インド古典ヴァイオリンの起用を、欧米での音楽活動で積極的に行いました。

3)それによって、本来コテコテの伝統古典派の家柄のL・シャンカル、スブラマニアム兄弟が欧米で活動し注目され、L・シャンカルは、ジャズ・ギタリストでインド音楽に傾倒したジョン・マクラフリンのインド・ジャズ・アンサンブル「シャクティー」で大活躍します。そのコテコテの南インド古典音楽即興演奏の世界的な成功を南インドの若手音楽家たちが触発されない筈もなかったのです。

4)ラヴィ・シャンカル氏と同世代、同時代の南インド撥弦楽器ヴィ―ナの異色な巨匠バラチャンデルの活躍。

正確には活躍と言うより「派手で目立った」に過ぎないかも知れません。氏のヴィ―ナは、極太の象牙を糸巻にふんだんに使い、一般演奏家が、金箔どころか、日本の子どもが使う「折り紙」の「金紙」を貼る装飾部分に純金を施し、(派手なだけで、大した名演奏家でもないのに、何処からお金を得たのか?) 純金縁の眼鏡に、聴衆の眼が嫌でも行く左手には純金の大きな時計をはめて、ヴィ―ナをシタールのように弾いた御仁です。かと思えば、それまで誰も録音しなかった南インド古典音楽の基本ラーガの72を全集で発表したり、後にも先にも居ないような演奏家でした。

流石に温厚で朴訥とした性質の南インド人からは、そんな彼を真似る者は、未だに現れては居ないようですが、彼によって「堰が切られた/タガが外れた」はあると思われます。その他、マンドリンの超絶技巧で古典を演奏した天才少年(当時)、才色兼備の古典声楽三姉妹「ボンベイ・シスターズ」など、しばしば派手な人も現れていました。
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一方の北インド古典音楽も、宮廷音楽が終焉して、「芸術音楽」となった戦後、次第に科学音楽から遠のき、パーフォミング・アーツの方向に邁進しました。

既にアーラープの話しで述べたように、現行の最古の様式:ドゥルパドは、アーラープでも本曲でも、その「ラーガ具現展開」には、「スターイー、アンタラー、サンチャリー、アボーグ」の四節があったのです。従って、シタールなどの器楽:ガットの主題も南インドのクリティーよりひとつ多い、四つの主題(スターイー、アンタラー、サンチャリー、アボーグ)をきちんと演奏してからでないと即興に入れなかったのですが、既に19世紀頃には、サンチャリー、アボーグが割愛され、20世紀末にはアンタラーも冒頭に一回演奏するだけとなり、それも次第にアドリブ的に変化して行きました。

つまり、北インド古典音楽も、「Ragam-Tanam-Pallavi様式」のパッラヴィのようなことになっていたのです。
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また、北インド古典器楽:ガットでは、エンディング間近に、太鼓:タブラとの掛け合いなどの「見せ場」があります。また、ラヴィ・シャンカル氏は、欧米のコンサートで、「タブラ独奏」の演目を多く見せ、海外の聴衆の大きな興味を掻き立てました。

南インドでも、ある程度昔から、北インドの影響ではなく、「打楽器アンサンブル(ソロ回し):ターラ・ヴァディアム・カチェリ」や、太鼓ソロ「ターニ・アヴァルターナム」がありました。それが、「Ragam-Tanam-Pallavi様式」や「マノーダルマ音楽の流行」の時代になると「聴衆のお楽しみ」として、多用されるようになるのです。「Ragam-Tanam-Pallavi様式」ではしばしばパッラヴィの後に太鼓ソロが加えられます。

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カラー写真は、バラチャンデル氏のLP。三大楽聖のDikshitar作品を集めています。

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何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。

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https://youtu.be/wWmYiPbgCzg

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(文章:若林 忠宏

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