102、インド音楽に於けるサブカルチャーとは

インド古典音楽文化論のおさらい
ここ何回か、インド古典音楽のその「文化論」について説かせて頂いていますのは、世界の民族音楽の中でも、最も保守的なインド古典音楽でさえも、この十年二十年で急速に変化して来ているからでもあります。

インド古典音楽に於ける「保守性/保守的」とは、伝統の継承に他なりません。 世界各地でその為に、楽壇の長老や国の文化省などが強く主張・先導して、「意識して守る」や「伝統文化の正しい保護と継承を促す」というものもありますが、かつてのインドの場合、それ以上に自発的な性質や、自然の性質が多く見られていたのです。しかし、近年では、その性質さえも変化して来てしまいました。

詳しくは、おいおいお話するとして、前回と前々回で、インド古典音楽に於ける「メイン・カルチャー」の性格、及び、「その概念は構築し得るか?」について述べました。今回は、インド古典音楽に於ける「サブ・カルチャー」について考えてみたいと思います。

以前、そもそも「サブ・カルチャー」が「メイン・カルチャー」に反抗・対立、及び「メインカルチャーの破壊や敵対的な冒涜」などといった「アンチテーゼ」であること自体が「不自然(或る意味不健康)である」と述べました。ところが、そのような(「間違った」とさえ言いたい)感覚は、戦後70余年の間に、ほぼ定着してしまった感もあり、むしろ近年では、「サブカルに攻撃された対象としてメインカルチャーが浮かび上がる」とさえ言いたいような、或る種の「ていたらく(文化性の崩壊)」が見られるとも述べました。

また、異なる次元の検証も述べました。それは、「生命体のみならず、宇宙の摂理にも通じる=恒常性の為の対峙する二極の共存」こそが「健康・健全・自然・維持」の基本であるという話しです。

インド古典音楽に於いては、奇しくも16世紀から今日に至る間、北インド古典音楽の総本家的存在に君臨し続けている、16世紀の楽聖ミヤン・ターン・センを祖とする巨大流派が、「二極の共存」を見事に果たしたことも述べました。

「二極の共存」を守り通したターン・センとその子孫
ターン・センの音楽をより具体的に言うと、晩年は、宮廷音楽の楽壇を嫌い隠匿生活を送りながら、古代のインド科学音楽の真髄を極めんとしたヒンドゥーの恩師スワミ・ハリダースが継承した音楽を享受し、他方では、13世紀にアミール・フスロウも行った、西アジア(ペルシア、トルコ、アラビヤ、シルクロードの主にタジク族、パミール高原の音楽と、アフガン人の音楽)音楽の導入と、イスラム系神秘主義の師匠からの教えがあり、ターン・センとその一派の音楽は、この「対峙する二極」からなっていると言えるのです。

奇しくも、ターン・センは、前者を、自らの娘とその婿で、若き日のターン・セン同様にグワリオールのヒンドゥー藩王国の楽師出身のナウバット・カーンに継がせ、後者を息子ビラス・カーンに継がせました。ナウバット・カーンは、ターン・センの娘と結婚したことでイスラムに改宗したのですが、なんと娘の名は、サラスワティーなのです。

前者(サラスワティーとナウバット・カーン夫妻の分派)は、古代から伝わる弦楽器「ヴィーナ(Vina/Vin/Rudra-Vina)」を専門とし、後者(息子ビラス・カーンの分派)は、ターン・センが、パミール高原の三味線「Rubab(ルバーブ)」にインド音楽式の「サワリ音」を取り付けた新楽器「ラバーブ(Rabab/TanSen-Rabab)」を専門としました。勿論両者とも、「古典声楽:Dhrupad」をそれら弦楽器よりも格上音楽として継承しました。その結果後世、前者は「Seni-Vinkar(ヴィーン奏者)Gharana(家)」、後者は「Seni-Rababiya(ラバーブ奏者)Gharana」と呼ばれました。

しかし、言い換えれば、両分派は、「Dhrupad声楽と、それを弦楽器で表した音楽(器楽という概念は、弦楽器Sarod音楽の確立以降になり、この時代には、独立した呼称が無いのです)を専門とする、という意味では「全く同じ流派」なのです。 しかも、前者は、プライベート(弟子へのレッスンなど)ではラバーブも弾き、教え。後者もプライベートではヴィーナも弾き、教えました。

奇しくも「ヴィーナ」は、やや広い弦楽器の総称的な性質も持つ呼称ですが、或る種の琵琶のひとつのルーツでもあります。指先に義爪をはめて弾き、駒の下には皮を張りません。「ラバーブ」は明らかに「三味線のルーツの一派」であり、駒の下は山羊皮を張り、小さな撥を持って弾きます。従って、ターン・センは、自らの一族と流派に「インド科学音楽系の琵琶」と「西アジア系・神秘主義系の三味線」を併せ持たせ、娘と婿の分家は、「(表だっては)琵琶」、息子の本家は「(表だっては)三味線」を専門とさせつつ、いずれも「古典声楽」をメインとし、表では弾かない他方の楽器の名手であり名教師であった、ということです。

具体的な例を挙げると、世界的に有名なシタール奏者:ラヴィ・シャンカル氏の師匠:アラウッディン・カーン氏は、ラバービヤ派と関係が深いサロードの名手ですが、そのまた師匠は、ターンセン直系のヴィーンカル派のワズィール・カーンです。つまり、琵琶(系楽器)奏者:ラヴィ・シャンカル氏は、三味線(系楽器)奏者:アラウッディン・カーン氏に学び、アラウッディン・カーン氏は、ターンセン直系の琵琶派のワズィール・カーンに学んだということなのです。

私(筆者)の師匠、Ud.イリヤス・カーン師は、シタール(琵琶系)の最古の流派(Lucknow-Kalphi-Gharana)に学びましたが、家柄はサロード(三味線系)の最古の流派で、元々の先祖はアフガン楽師です。流派(Lucknow-Shahjahanpur-Gharana)の中興の祖は、ターン・セン直系のラバービヤ(三味線系)に指示し「セニ派」の一員となりました。私は同時に、Ud.イリヤス・カーン師の兄で、流派の(前)家元Ud.ウマール・カーン師にサロードも学びました。

シタールは、ドゥルパド声楽の数百年後に生まれた新様式「Khayal(カヤール)」や、花柳界の叙情詩「Thumri(トゥムリ)」の影響を強く受けた流派が少なく在りません(Gayaki(歌の)-ki-Ang(様式)が、弟師匠のシタールは「完璧なDhrupad-Ang/Tantra-Baj」として知られていました。

サロードの音楽もまた、前述のワズィール・カーンの時代には、新様式「Gat」が主流でしたが、それより100年近く古い兄師匠のサロード音楽もまた「Dhrupad-Ang/Tantra-Baj」でした。日本の音楽に喩えると、「Dhrupad-Ang/Tantra-Baj=雅楽、平家琵琶、地歌、古浄瑠璃」であり、「Khayal=長唄」「Thumri=小唄」「Gat=津軽三味線」のような感じです。

そして、ターン・セン系の「Dhrupad-Ang」には、前述の「インド科学音楽と西アジア・神秘主義音楽」が合わせもたされていますが、「Khayal=長唄」「Thumri=小唄」「Gat=津軽三味線」は、その限りではありません。

こもように、ターン・セン系の音楽は、「生命体の基本原理=対峙する二極の共存」を見事に守り、具現し、継承しているのです。そして、注目すべきは、その「摂理」は、古代インド科学音楽の基本原則であり、とりも直さず「ヴェーダの叡智の最重要基本」でもあるばかりか、なんとイスラム系神秘主義の科学と、それが説く摂理と一致するのです。

「生命体の大原則:二極の対峙と共存」を狂わす「合理性と利便性」

ここで、一旦「生命体の恒常性と二極対峙の様子」を振り返ってみましょう。分かり易い例では「血圧が上がり過ぎれば下げる、下がり過ぎれば上げる」「血液や尿のpHが上がり過ぎれば下げる、下がり過ぎれば上げる」もしくは、それぞれ「上げるべき時には上げ、下げるべき時には下げる」というものがあります。

ところが、実際の「神経系統やホルモン系統、及び代謝回路系統や免疫系統」は、もっともっと複雑で、例えば「免疫系」では、仮に上記の(恒常性の基本)対峙を「AグループとBグループ」としますと。先ず「Aグループの免疫細胞が侵入した外敵(細菌やウィルス)を確認しマーキングする」すると、「Bグループの免疫細胞がそのマークを確認して第一次攻撃を行うと共に、或る種の信号を出す」その後、「Aグループの別な免疫細胞がその信号によって臨戦態勢になり第二次攻撃を行う」などの複雑な仕組みがあるのです。

これは極めて複雑であり、現代人間社会の主流の価値観である「合理性」からすれば、極めて「非合理的」「不合理」なシステムです。

しかし(簡略した幾分幼稚な極論ですが)この(非合理的に思える)システムでないと、「誤認逮捕や誤射・誤爆」があり得る訳です。何故ならば「AB各グループ単独」では、その「性質、検証法、価値観、判断力」が偏りってしまうからに他なりません。これも分かり易く言うと、現代社会人に極めて多い(もしくは増加の一途である)「アレルギー」「自己免疫疾患」「鬱」「アパシー」なども皆、この「機能の変調」が基本原因に他なりません。

そもそも「合理化の観念」が確立してから、まだ百数十年。二百年にも至っていないのですが、地球に生命体が生まれてから、哺乳類が生まれてからでさえ、数千万~数億年? であることを考えて下さい。「摂理に則った自然な姿」がどちらにあるか? どちらに見出すべきか? は明らかな筈です。

つまり、今日の私たちは、「合理的」や「便利」というものに如何に洗脳されているか? をしっかり自壊・再検討しないと、とんでもなく「不自然・不健康」なことになるに違いないのです。

極論を言えば、「それが分からない人」は、「アレルギー」「自己免疫疾患」「鬱」「アパシー」などや「依存症」や「様々な心の病」及び「その手前の生き辛さ」などになり易いということは、何方も否定出来ない筈なのです。

何がインド音楽に於ける「サブ・カルチャー」なのか?
これ以降の僅かな文言で、やっと表題について語る本末転倒をお詫びせねばなりません。しかし、これがより真実に近い話しなのです。

結論から言えば、「より正しいメイン・カルチャーとは、自らの内面に、対峙する二つの要素を併せ持っている」と言うことが出来ます。音楽や文化を評する時には、「対峙する二極」の一方を「メイン」とし、他方を「サブ」とすることも全く不可能ではないかも知れませんが、「生命体の自然の摂理」に照らすと、それは正しくないと言えます。

幼稚な比喩で恐縮ですが、「理知的で身も心も健康な規範的な人間像」という定義や概念があったとして、それを説明する場合、「性質が相反する男女」が揃っていてしかるべきで、例えば「正しい人間像=男」「女性はサブ」というのは、自然の摂理に反します。つまり「陰陽の双方を併せ持ち、そのバランスが取れた姿」こそが「メイン・カルチャー」の在るべき姿である、と言える訳です。

この概念にとって、他方の「サブ・カルチャー」は、インド音楽の場合、二つの性質が存在しました。それは、10世紀からターン・センの時代迄では、「西アジア系古典音楽」がそれでした。13世紀のアミール・フスロウが導入した西アジア系・神秘主義系の音楽であり、私の師匠の先祖が持ち込んだアフガン系の音楽です。しかし、当時のそれらもまた「自らの中に対峙する二極の要素を併せ持っていた」立派な「メイン・カルチャー」でもありました。

つまり、「インド古典音楽に於けるサブ・カルチャー」の基本的な姿は、インドという土俵に於ける、「西アジア系音楽」だった訳です。

ところが、早くも18世紀後半から続々と誕生した「新様式」は、「サブカルチャー」の二つ目の性質を持っていました。具体的にそれらは、前述した「Khayal」「Thumri」「Gat」などですが、これら「第二種サブカル」の決定的な特徴は、「繁殖能力が無い」ことです。

自然の摂理に照らせば当然のことですが、「相反する二つの要素を併せ持つ」は、上記で「男女ペアで人間像を語る」ことと同じですが、「第二種サブカル」では、それが一方しか存在しないう、もしくは極端に偏っているが為に、「子孫を残せない」のです。

私は、最初の保護猫との出逢いで「生き物と暮らした幼少期」がリバウンドしてしまい、淡水魚飼育、クワガタ・カブトムシ・直翅目飼育に没頭していた時期(5年程)がありますが、奇しくも「クワガタ・ブーム」と重なりました。

不景気の時代に突入した頃で、一説には通産省が「この時期貴重な成長産業」とクワガタ飼育を高評価し、厚生省にプレッシャーを与えて次々と「輸入解禁種」を増やしたほどです。

私の本音は、もし二者択一ならば「昔懐かしい日本固有種」だけで良かったのですが、「外国産クワガタ」が「主流=メイン・ストリーム」の中では、「国産に執着する」ことは、何だか卑屈な感じもありました。後に思えば、それは、メインストリームが必ずしも「クワガタに於けるメイン・カルチャー」でもないのに、むしろ「国産専門」の方が、正当性があるかも知れないのに「日の目を見ない地味なサブカル」のイメージが濃厚だったのです。勿論、国産でも「オオクワ」はメイン・ストリームでしたが、私は「図体ばかりでかいが臆病なオオクワ」よりも、小さいくせに勇敢な「ヒラタ、コクワ、ノコ」が大好きでした。

程なく、「クワ飼育界」は、エスカレートの一途を突き進み、「貴重種」から「輸入禁止種の密輸」などに走る一方で、「異なる種の交配」や「雌雄同体を作り出す」ことさえもがメイン・ストリームを闊歩するようになりました。その頃には、世界の異なる地域のDNAなども滅茶苦茶になりつつありました。高校教師がネパールの両面太鼓(Madal)の中にクワガタを詰め込んで密輸して逮捕された頃です。

私がそれ以前に昆虫飼育に没頭していた幼少期に、「ライオンと豹のハイブリッド=レオポン」が作り出され話題になったことがあります。ここでいう「ハイブリッド」とは、本来の狭義の、「種を継承出来ない(子どもを作れない)」という意味です。「異なるクワガタのハーフ」や「右半身が♂で左が♀のクワガタ」のようなものを作り出して自慢気な人が増える一方となりましたが、いずれも、それらは「子を作れない」のです。なので、「作り出す」と書きましたが、そのような突然変異を産みやすい「真っ当な親クワガタ」を交配によって作り出すということです。

この話しと全く同じく、前述した「Khayal」「Thumri」「Gat」は、今日迄の200年以上経ても、新たな音楽様式を生み出してはいません。

正確には、「Thumri」は、古代花柳界から存在し、極めて流動的にその様式を変えて来ました。日本の花柳界音楽(端唄・小唄)も同様です。なので、「常に細胞分裂している」ようなもので、「どれが親、何が子」という概念からは外れます。しかし、 「Khayal」と「Gat」は、明らかにターンセンが交流させた「インド系音楽と西アジア系音楽」の交配から生まれたハイブリッドだったのです。そして、見事に「それらの子孫」は、未だ生まれていないのです。

「ハイブリッド」である根拠は、 「Khayal」「Gat」の中には、「相反する二極」が存在していないことです。いずれにも「重い様式と軽い様式」がありますが、「相反する」と言うより、「同じ様式の時代差」のようなレベルとも言えます。

ただ、このような「ハイブリッドなサブ・カルチャー」でも、明らかに「メイン・カルチャー」を良い意味で刺戟します。

クワガタ飼育界では、やがて、そのような奇抜な試みは飽きられ、「自然が良い」「生態系を守ろう」という意識が生まれ始めました。
ところが、不景気が更に進み、都心の各駅に数軒あった「クワガタ屋」はほとんど姿を消し、自然志向に至らなかった人々は、昆虫飼育からさえ離れたようです。

ターン・センの息子の流派に学んだ、私の師匠の先祖は、或る意味で「当時の第一種サブカル(ローヒルカンディー・アフガン楽師)」でしたが、師からセニ・ラバーブを学ぶと共に、自らの楽器アフガン・ルバーブを改造して「インド音楽用のサロード」を発明しました。つまり「子を産んだ」訳であり、「第一種サブカル:ローヒルカンディー・アフガン音楽」は、ハイブリッドではなかったということを証明します。

そして、なんと、セニ一族の師匠が、それを面白がって弾くようになり、やがて、セニ派も新楽器「Sur-Singhar(スル・スィンガール)」を創作するのです。弟子が師匠を触発したということです。

このように「第一種サブカル」は、直接的に「メインカルチャー」を刺戟し、影響を与えると共に、自らも子孫(派生形)を生み出す訳です。

他方の「第二種サブカル」は、そのような直接的な影響力は持ちません。ただ、「危機感」は与えるようで、メインの「伝統派・保守派」は、一層の研鑽・修行を積み、その質を高めた訳です。

これらが、インド古典音楽に於ける「メインカルチャー」と「サブカルチャー」の実際の姿であり、あるべき姿な訳ですが、恐らくインド古典音楽に限らず、あらゆる文化にも通じることではないでしょうか。

ところが、インド古典音楽に限らず、現代は、「(奇抜・奇を衒った第二種)サブカルの存在でメインが想起される」というようなていたらくで、「メイン・カルチャー」は、あたかも「陥落寸前の天守閣」のような有り様となってしまっているものが急増しています。

これはひとえに、連載三編で長々とお話ししましたような「メインカルチャーのより正しい定義(概念)」、及び「サブカルチャーには二種あること」が専門家さえしっかり把握していないことにあると言わざるを得ません。

写真の「絵画」は、ヴィーナを弾くターンセンの娘婿:ナウバット・カーン

白黒写真は、私の師匠の一族(流派)の中興の祖が師事した、ターンセンの末裔:ラバービヤの巨匠ムハマド・アリ・カーン師で、弟子が発明したサロードをセニ・ラバーブ式の縦構えで弾いています。

昆虫をお嫌いな方には申し訳ございませんが、カラー写真は、インドシナの「笙」に止まらせた、我が家で卵から育ったインドシナのクワガタ(♂)とカブト(♀)です。いずれも羽の色は、枯れた葦や竹の色で、背中は、笙の管を音響体に固定する「蜜蝋の黒」と見事に一致します。クワガタの場合、その背の中央は、「音響体の紫檀の濃エンジ」さえ持っています。
葦も紫檀も、いずれも成虫・幼虫の「食草」ではありませんが。「民族楽器は、その土地の自然の素材から多く作られ」「昆虫はその土地の自然の色に擬態して生まれる」ということが見事に表れています。

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101、Jotisha(インド占星術)とインド科学音楽

インド占星術の混乱
前回、「カルチャー論」に留まらず、近現代の人間社会のありとあらゆることが、「自然の摂理」に反して、渾沌とし、対立し合い、急速に偏重を増大させ、或る種の破滅の方向に向かっていると説きました。

近年、インド・ファンのみならず、むしろ旧来の「占い好き」や「西洋占星術ファン」をインドの魅力の世界に誘っているとも言えるほど関心を呼んでいる「インド占星術(Jyotish)」もまた、決して例外ではない筈です。

しかし、インド占星術の場合、ヴェーダの時代から「渾沌・混乱」を余儀なくされたという事実もあります。

そもそも占星術に限らず、古代ペルシア(ソロアスターより遥か以前)と共有であった「アーリアン科学」に於いて、インド勢がペルシア勢と何らかの理由で決定的な決別をした頃に、既にあらゆる「理論」が渾沌とし、或る種の「確執」と「歪み」が生じたことは否めず、「やむを得ない」とも考えられます。

そして、その後、ペルシア勢は、ミトラ教、ゾロアスター教、その他の新興勢力及びアブラハム系3新興宗教と対峙し更に渾沌とし、インド勢は言う迄もなく、仏教と様々な反仏教勢力、ヒンドゥーの台頭などによって混乱します。

この史実は、或る側面では、「西洋占星術」と「インド占星術」が、同源の分派同士であることをも意味していますが、同時に「各混乱の時代に守られた理論と守られなかった理論」があることをも意味しています。

その結果「同情する」などと言ったら極めて無礼ですが、インド占星術では、様々な「理論」、有名なところでも三四種類を「混在させながら説かねばならない」という、極めて複雑で難解なことが要求されているのです。

インド科学音楽と占星術

しかし、上記しました「渾沌の歴史」や、「様々な勢力の恣意・思惑」の所為だけでもなく、本来「あらゆる物事」は、そもそも複雑な関係性を持って居ることも事実であり、或る種それこそが「最大の基本」かも知れません。
その意味では、否応が無しに「遠隔的(非直接的)である天体・宇宙」との関係性を説く「占星術」ですから、「アーサナや生薬や施術」と言った「直接的」なヨガやアーユルヴェーダよりも「複雑」に思えるのも無理ないことかも知れません。

しかしそれも、何度も申し上げているように、「直接的なものの方が、表面的な認知感覚(表層的・日常的な自我/意識)にとって分かり易い」からに他ならず、実際、ヨガもアーユルヴェーダも、一般に理解されている程単純ではないということでもあります。

インド科学音楽にとっての占星術は (今更言うのも表題と矛盾していますが)、そもそも「占い」が基本にあった訳ではありません。しかし、古今東西で、為政者・権力者が、「占い」で物事を決断しようとしたことが「占星術」の発展及び継承の原動力であったが為に「(所謂)占い」がメインになったということです。本来の「基本」は、あくまでも「神学」です。「神が創りたもうた物事を分かりたい」のひとつに尽きます。

より正確に言えば、「表面的な自我よりも論理的思考を伴って悟った摂理を重視する精神性」にとっては、「全てが天啓に従って決められる」「天啓を知る=占い」という意味では「Jotish」は「占い」以外の何ものでもありません。

しかし、数百年千数百年前のインドの為政者・権力者から今日の私たちに至る、人間の多くが陥る「不安に負けて、占いの助言を欲する」感覚や、「都合の良い肯定的な答えを求める」とか「不遇・苦しみの理由を知り、少しでも心を落ち着かせる」などなどといった、「表層意識の満足」のための「答え探し」という次元に於いての意味の「占い」では断じてないのです。

この違いを端的に言うならば、前者は「絶対的に従うべき答え」であり、後者は「感情にとって都合の良い答えを探す(だけを取込む)」ということです。

ヴェーダやヒンドゥーが「アニミズム的である」などと言うと、誤解や反発を招きかねず、その説明の為に膨大な文言が必要になってしまいますが。仮に「アニミズム的である」とした場合、同様の文化が近年迄根強く残っていたアフリカと日本にも、「絶対服従」的な「天啓/教え」というものが存在しました。

仮にそれらを「真実」とするならば、人間は、その「真実の厳しさ」に対し、負けそうな精神力を高めることこそが、与えられた最重要課題であるということなのではないでしょうか。 しかし洋の東西を問わず、人間はその逆ばかりして来ただけでなく、時代と共に増長し、近年ではその放蕩振りは年々酷くなっています。

インド科学音楽では、オクターブに存在する「楽音(12~22の)」は、先ず「9惑星(Nava-Graha)」と関係します。「9惑星」は、「七曜の七惑星(太陽は恒星ですが)」に「月の軌道の南北の交点」を「惑星」に見立てて加えたものです。

次に「楽音」は、「12星座(12Rasi)」との関係性を持ち、その後、本来は「淘汰(滅ぼされた)された筈」の古い概念(理論)である「27(28)の星宿(Nakshatra)」との関連が説かれ、これは日々及び一日の中で刻々と変化します。

「滅ぼされた筈」と言うのは、紀元前数千年前に、世界的レベルで行われた「太陰系と太陽系の価値観の決戦(主導権争い)」によって、破れた筈の太陰系の理論の名残だからです。

「世界的レベル」と言ったのは、ヴェーダの時代以前の古代ペルシアから地中海、北欧にさえその片鱗が見られ、日本の神道神話にも確かに見られます。

しかし、何故か、世界中で、「太陰系の理論」は、根絶やしにはならず、細々であっても生き続け、更に不思議なことに、「世の中が荒廃する(要するに人間の人間力(精神力と思考力)が衰える・荒廃するということですが)」と、突然、「暗黒の世界(悪い意味ではない)」からその存在感を増し始めるのです。

従って、この「Nakshatra」は、太陽系の概念と理論とは、全く別な概念・理論ですから、「センチメートルで体を計り、布を切り、服を作っていた」ところに、「インチ」で同じことを始め、その双方の答えを無理矢理関係させるというほど複雑なことなのです。しかし、より高度な占星術では、実際この「併用」が、より正確な「占い(答え)」を導いてしまうため、専門家は、この複雑で難解な課題を必死で学ばねばならない訳です。

尤も、言い換えれば「センチもインチも、オクターブの分割も」何れも、本来「無限のように分割出来得ると共に、決して割り切れないもの」を「便宜上分割した一例」に過ぎないのですから、「センチとインチ」「太陽系と太陰系」などの「二点測量」は、、最低限不可欠なのかも知れません。

一方、「インド科学音楽とJyotishの関係性」をより複雑にしているのが、「枝葉のように分岐し伸びる関係性」の存在です。

上記しましたように「楽音→惑星の関係性」が解明されると同時に、「惑星の守護神→楽音の関係性」も説かれます。
更に、「星座」には、「星座の守護星(中心星)」と「星座の守護神」があり、当然「星座の守護星の守護神」が別に(奇しくも同一の場合も)存在し、それと楽音の関係も説かれます。

これらに加えて、実際の「インド科学音楽=そもそも療法音楽の性質が濃厚」では、「単音を聴かせる」のではなく、「科学の真髄であり唯一の具現方法」である「ラーガ(旋法)の即興演奏」によって施術が為されます。

したがって、七音音階の「或る選ばれたラーガ」には、「七つの音の役割」があり、「全体像(Swarup)」と「本質(Prakriti)」があり、それらが、上記の「惑星守護神と関係の深い他の星、星座守護星、星座守護神と関係の深い他の星」との関係性も深く理解しないとならないのです。

加えて、「Jyotish」も同様ですが、「持って生まれた性質(特性)」「後天的な性格」「総論的な人生」「現在現時点の位置づけ」という「占星術からの考察」と、「ラーガ(旋法)とその音が直接的に心と体に作用するテーマ」と、「ラーガとチャクラの関係」「ラーガとドーシャ・バランスの関係」が同時に作用しますから、気が遠くなるほど複雑です。

従って、「ラーガ(インド科学音楽)と天体の関係」は、「クライアントの関心事(学び理解すべきこと)」というよりは、「施術側の絶対的な重要情報」ということが出来るかも知れません。

何故ならば、体質や症状がほぼ同じでも、「星が異なる」場合に、同じラーガで効果が得られない場合があるどころか、反作用、副作用も大いにあり得るからです。

従って、悲しいかな、少なくとも言えることは、「これが貴方の誕生ラーガ(旋法)ですから、これを聴くと元気になりますよ」程度の類いは、殆ど「まゆつば」だろう、ということです。

何時も最後まで、ご高読をありがとうございます。

近いご案内で恐縮ですが、来る9月30日と10月1日、福岡市の自宅スタジオで、「インド太鼓Tabla無料体験」「弦楽器Sitar半額体験」を行います。是非、近郊のお友達にお知らせください。詳しくは、若林の音楽教室のページ「Zindagi-e-Mosiqui」で、

https://www.facebook.com/Zindagi-e-Mosiqui-1239545602790300/

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(文章:若林 忠宏

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100-2、インド音楽に於けるメイン・カルチャーとは (その2)

アンチテーゼのサブカルチャーが及ぼした「心と体」への大きな弊害
前回、メイン・カルチャーとサブ・カルチャーを都市と田舎の文化の異なりを例にあげ、それは「十字路と一本道のような違いであり、必ずしも互いは対峙せず、一方が他方に対するアンチテーゼを原動力として生まれた訳ではない」と説きました。

しかし実際のところ西洋に於いては、或る意味では16世紀の宗教改革以降。本格的、及び世界的な規模では、第二次世界大戦以降。「サブ・カルチャー」=「メインカルチャーに対するアンチテーゼ」のようなものになってしまい、その結果、極めて多くの人間が、そう誤解していると考えます。

「そういうもんだろ?」「mそうならそれで良いじゃないか」とおっしゃる人も少なくないかも知れませんが。
「人間の心と体の健康」のテーマに於いて、これは極めて危険であり、残念なことです。

そう言う理由は、今日の多くの人々の「心と体の変調の元凶」の多くに、「恒常性の重大な変調」が見られることと深く関連します。

このコラムで何度も申し上げていますが、「恒常性」の基本は、「相反するものの対峙・拮抗」です。それは(例えば)「血圧が上がり過ぎ」の非常時(極めて不健康で危険な)に「血圧を下げる」為には「相反する要素(機能)」が紛れも無く不可欠であるからです。

「対峙・拮抗」の次元に於いては、それらは互いに「敵対的/アンチテーゼ的」とも言えなくはありませんが、どちらがメインということではありません。しかも、「一個の生命体」の中に「共に必要不可欠なものとして対等に共存・常在」されているのです。この有り様を「カルチャー論」に利用するのであるならば、「個々の人間の中で、二つのカルチャー観が対等に共存」していなければなりません。

しかし実際、近代以降の人間は、洋の東西を問わず極めて「我が儘・身勝手」になって来ており、「百害あって一利無し」であるばかりか、或る意味幻想(錯覚)の「被害者意識」を増長させ、「対峙構造」を「敵対構造」のような短絡的・感情的にしか理解しない傾向にあります。

加えて現代社会は、確かに多くの「クレイジーなシステム」「本末転倒なシステム」を増大させ溢れ返っています。「使い活用する為に作り売る」のではなく「売るために作り売る」などが、その最たるものです。

その結果「ストレス」は、常に「悪性的」なものとなり、享受する「心と体」も「悪性のもの」として処理しようとし、更に、その処理能力がオーバーヒート気味になり、様々な悪因になって行きます。すると実際の「心と体の自然な機能」も、問題を「中和・解毒」させることばかりが優先され、結果として「癒される・慰められる・労られる」という「機能(例えば、もっぱら副交感神経系をサポートするような)」ばかりが重用されがちになります。

その一方で、或る意味「冷遇された他方の機能」は、例えば「交感神経系、アドレナリン・ドーパミン系の機能」などは、「楽しみ・盛り上がり・興奮」を強く求めるようになり、多くの場合コントロールの利かない「依存状態」に陥らせます。極端な場合(意外に多いかも知れません)「癒され依存症」「楽しみ依存症」的な様相も見られるようになって来ました。

現代人の多くは同時に、「癒される・和む」と逆の性質の「外因」に対しての「過剰防衛」と「自らを過保護すること」が進み、例えば「暑ければ直ぐにエアコン」「寒ければヒーター」と自ら自律神経の力を衰えさせることを、何の疑いも無く行います。「心と精神」に対してもしかりで、「耳に痛い言葉」などは、享受する以前にシャットアウトされてしまい、「見なかった、聞かなかった、読まなかったこと」にされてしまいます。

当然「思考回路」は、脆弱になり、狂って行きます。

「相反する要素」に対して、「均等・対等に反応」していた「自然の機能」が、一方を敵対し、過保護し過剰防衛し、他方ばかりを歓迎したり求めたりすれば、狂わない筈はありません。

つまり、「サブカルチャーのアンチテーゼ性」は、人間の二つの感情=「容認・慣れ」と「改革・進歩」という根源的に対峙する本質的構造を破壊しながら、「不平不満を擁護し増長させた社会風潮」の現れであると言うことが出来ます。
しかもそれらは時と共に更に増長し、「社会風潮が個々の精神を病ませ」「個々の人間の病んだ精神が社会を更に病ませる」という「悪循環」を作っている訳です。

次に、実際の「インド音楽の歴史」を振り返り、「何時何処で異常な解釈が台頭したのか?」を探ってみたいと思います。
結論から言えば、それは紀元前数千年前から、常に生じていたものとも言えます。

インド音楽に於けるメイン・カルチャーとは

ヴェーダの時代、ヴェーダが説いた物事の解釈と説明は、極めて「二元論的」です。しかしその「二元論」は、正に「陰陽論」であり、「地球が求心力と遠心力によって、太陽の回りを回り続ける」にさえ至る、「自然の摂理」に基づいた「相反する作用の拮抗」を宇宙から地球の大自然、そして、個々の生命体の体に見出したものに他なりません。

しかし、仏教の反ヴェーダ宗教改革によって、それは大きく変化を余儀なくされ、或る意味「反仏教派」的に発展したとも言える様々なヒンドゥー勢力の統合の際に、極めて複雑な説明を余儀なくされ、「単純(良い意味ではSimple)な陰陽論」は淘汰されてしまいました。

従って、ヴェーダの時代までは、「科学音楽と非科学音楽」は、「寺院伝統古典音楽と大衆音楽(所謂民謡)」と同義であり、それは「理論的音楽と無教養な音楽」などとも呼ばれ、基本的な矛盾も間違いもなかったのです。
ところが、ヒンドゥーの時代になると、前者にも「亜流」や「異端」が多く現れた結果、「何が本道=メインか?」「何が亜流=サブか?」を総論的に言える立場の人間が居なくなってしまったのです。

従って、例えば「シヴァ派の音楽家」にとっては、自らが信じ学んで来たものが
唯一のカルチャー」であり、対峙するヴィシュヌ派やサラスワティー派は、別なことを言う訳です。
即ち、紀元前の段階で、すでに「純然たるメインとサブの関係性は、とうに失われていた」ということが、或る意味「結論」ということが出来るのです。

この認識の上で「現実論」で「古代~中世のインド音楽の文化論」を述べるならば、結果的に「権力」を得たものが「メイン」となり、そうでないものが「サブ」となったと言わざるを得ないこともまた事実です。

しかし、私たちはここで、「正しい対峙が歪曲した対立に変化した状況」に於いてでさえ、「より理想的な対峙性質」を持つ姿(人間の叡智)を見ることが出来ます。それは、「世界の他には無い」と迄は良い切れませんが、世界的には極めて希だが、インドには存在する、不思議な「力」とさえ言いたいものです。

その最たるものが、16世紀の楽聖ターン・センのヒンドゥーの師匠であった、スワミ・ハリダースの存在、ある意味ではそrを上回る、弟子のターン・センの存在です。

ハリダースもまた、若かりし頃は、「宮廷(イスラム・ヒンドゥーを問わず)楽師として、名声と富を得る」ためと「インド科学音楽の習得」を平行させ、或る部分渾沌とさせながら修行に明け暮れて居たと言われます。

しかし晩年は、かつて追い求めて居た「現象的・物質的な満足と結果」を全て捨てて、ヴリンダーヴァンの森で隠匿生活を送る出家者「スワミ」に転じます。

そこに至る迄に、「家庭を顧みずに音楽に没頭した結果、娘の人間教育に失敗し、悲しく苦しい離反を受けた」とか、その反動で、「孤児を保護し音楽教育を施した」などなどの、極めて「人間臭い」エピソードが多く語られています。
もし、その部分を特筆するならば、ハリダースが守った音楽文化もまた、「その原動力にはアンチテーゼが不可欠だった」ことになります。

しかし、結果論で言えば、彼(師スワミ・ハリダース)の存在を弟子ターン・センは、自らの20数代末裔に至る迄払拭出来なかったのです。結果、ターン・セン一族を筆頭(総本家)とするイスラム宮廷古典音楽は、ハリダースが守った「インド科学音楽」と、西アジア(イスラム文化圏)で生まれた「神秘主義音楽」を、宮廷楽師の古典音楽の中に、数百年継承させ続けたのです。

つまり、奇しくもターン・センは、「一音楽家としての自らの音楽」と「イスラム宮廷芸術・古典音楽」の中に、「相反する対峙する要素を同居させた」という、極めて「自然の摂理に則った」ことを成し遂げたということなのです。

「メインか?サブか?」という論点に於いては、「メインとサブの同居」ということになります。しかし、「自然の摂理=本来のヴェーダの教え」の意味と、「原点と結果(因果)」の双方から見ても、本来「これ」が、「在るべき姿」であるということが出来ます。

しかし、当時も現代も、ヒンドゥー原理主義(歪んだ)に偏重する者は、「ターン・センは、ハリダースには敵わなかったのだから、ハリダースが上だ!」的な感覚で古典音楽のヒンドゥー性を強調し、逆側は、ターン・センの音楽のイスラム系神秘主義性を強調し、いずれも「恒常性=自然の摂理」と「音楽」を結びつけて考える発想は無いようなのです。

そして、この「短絡的で幼稚な理解」は、世界的規模であらゆるジャンルに広まった「同質の精神性」と全く同質であり、その結果、「何がメインで何がサブか分からない」という「文化のカオス」を作り出しているのです。

否、最早これは「文化論」に収まらず、「人生論」「人間論」にまで通じるとんでもない異常事態なのかも知れません。

写真は、現在も巨匠として活躍する演奏家の若い頃のLPレコードですが、取り組んだラーガは、写真のロケーション通りにその名も「Darbari=宮廷(Darubar)のラーガ」。16世紀にターン・センが創作しアクバル大帝に献上したと言われ、「王の為のラーガでラーガの中の王」のサブタイトルがあります。

何時も最後まで、ご高読をありがとうございます。

近いご案内で恐縮ですが、来る9月9日と10日、福岡市の自宅スタジオで、「Hindu-Chant無料体験」「Ayurveda音楽療法半額体験」を行います。是非、近郊のお友達にお知らせください。詳しくは、若林の音楽教室のページ「Zindagi-e-Mosiqui」で、

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100、インド音楽に於けるメイン・カルチャーとは (その1)

サブカルチャーのアンチテーゼによって浮かび上がるのがメインカルチャーか?
本来の「文化論」。すなわち「メインとサブのカルチャー論」は、文化、芸術のみならず、私たちの生活感、ひいては人生観、生き様といったテーマに始まり、社会とその仕組みに至るまで、それこそ、何百年何千年もの長きに渡って広く深く関わって来ました。

しかしながら、少なくとも日本では、1990年代からの、所謂「サブカル・ブーム」によって、それら「本来の文化論」は、大分歪められて理解されるようになってしまったと考えます。

勿論、世界的規模で「サブカルチャー」という観念が顕著に現れ社会現象になったのは、1960年代、70年代、80年代であり、それらには「それぞれのサブカル意識」が存在しました。しかし、日本に於いては、所謂「サブカル」などと言うようになって、あたかも「自分たち向けの心地良い文化感」であると感じて疑わなくなったのは、やはり1990年代に入ってからに他なりません。

そもそも1945年の第二次世界大戦の終結以降、世界的規模で、「旧態」に対するアンチテーゼ的な「流行や風潮」が生じました。同時に、社会制度、福祉、人権問題に於ける「変革・改革・改善」の必然的な要求が、社会全体に「風潮」として波及し、「アンチテーゼ」と「改革」の区別線引きがなされないまま、「大きなサブカル意識(ムード)」のようなものが固まってしまった感もあるのです。

確かに、「人権、社会制度、福祉」の改善・改革の、或る意味「闘い」に於いては、旧態及び、そこから生じた「既得権益を守らんとする考え方」との熾烈なぶつかり合いが避けられません。

「文化・芸術」に於いても同様に、「旧態」に対する「反発・アンチテーゼ」というもは、文化全体に強い影響を与え、その新陳代謝に大きく貢献し、数十年単位では、伝統に対してさえも、大いに変革を与え、結果論として、それが「伝統」にさえなり得ます。

つまり、結果論と現実論の上では「サブカルチャー」は、現代の理解のまま、「反発・アンチテーゼ」があたかもその本質であるかのようですし、その意味に於いての価値は確かに存在すると考えることが出来ます。

しかし、「サブカルチャー」というものは、そもそもそのような「アンチテーゼ」である必要や必然があったのでしょうか? そもそも「反発・アンチテーゼ」でなくてはならなかったのでしょうか? これについて明確な説明をしている例を、私は未だ発見出来ていません。

「規則があれば、逆らいぶっ壊す」「既成の観念があれば逆らいぶっ壊す」という図式では、「親の言うことを聞かない」「約束やモラルを守らない」という、単純な「自己中・我が儘・身勝手」の領域と線引きが出来ませんし、総体的に総じて延べれば、「いずれも幼稚なふてくされ、逆らい、へそ曲がりに過ぎない」とも言えます。もしそうだとしたら、そのようなものを果たして「文化」と呼んで認めてしまって良いのでしょうか?

そして、今回の表題のテーマに於いて、最も重要な問題が、頼みの「メイン・カルチャー」というものが、上記しましたような、もしかしたら「極めて幼稚な精神構造が生み出した」かも知れない「サブ・カルチャー」の存在によって「相対的に認識される(やり玉に上げられたかのごとく)もの」のようである、という情けない状況であると考えます。

ところが事実、私達の身の回りにも、「アンンチテーゼではないサブカルチャー」というものが確かに存在します。そのひとつが「都市(都会)と郊外(所謂田舎)の対極的な性質」に見られます。

例えば、「都会」では、「流行」が最も人々の関心と、言動に大きく作用するとします。言わば「流行の変遷に乗り遅れないようにすること=変化し続けること」が「都会カルチャーの本質」にあるという見方です。それに対して「田舎カルチャーの本質」は、「変わらないこと」であり「変わるとしても極めてゆっくりと」であると言えます。

両者は全く逆ですが、「対峙し競い合い、アンチテーゼの関係である」訳では全くありません。同様に「物や言葉や、心の価値」「時間の流れる早さ」なども「都会と田舎」では、全く逆とさえ思える程の違いがありますが、対立構造から生まれた訳ではありません。

このことを「基本」に考えて検証すると、
じつは「都会=メインカルチャー」である根拠は全くないのです。ましてや「ハイ・カルチャー」であるとも全く証明出来ません。むしろ、「逆」かも知れないことに気付かされます。

勿論、「田舎の閉塞感」に被害者意識を抱き、「都会で自由奔放に生きること」を夢見て田舎を飛び出すような「アンチテーゼ」の精神性に於いては、自ずと「自分の感覚を認めて貰いたい」意識が、強烈に存在しますから、自分が「墜落している/退化している/向上の逆である」とは思いませんし、思いたくないですし、言われたくもない。

その結果、「都会がより良く、田舎は駄目だ」的な幼稚な比較意識が、或る種の「正当化(言い訳)」的に生じ、自ずと「都会の風潮=メイン(ハイ)カルチャー」「田舎の価値観=サブ(ロー)カルチャー」的な自負が固まってしまうことはあり得ます。

しかし、皮肉にもこの精神性は、むしろ「田舎をメイン(ハイ)カルチャー」であり「都会のそれを平凡で俗(大衆的)で、移り気な(軽薄)で、決して長く生き残って行かない(伝統にならない)価値の低い(カルチャーとも呼べないような?)」ものであると、証明しているかも知れません。

しかし、いずれにしても、「メイン・カルチャーとサブ・カルチャーの関係」が個々の人間の気分感情の次元に於いて論じられるはずもないのですから、この「都会がより良く、田舎は駄目だ的な幼稚な比較意識」が「カルチャー論」であろう筈もないのです。

では、何故に「都会と田舎では、全く逆の文化性が存在するのか?」

それは実に単純なことです。

例えば、前回のコラムで「ラウンド・アバウト式」についてお話しました「交差点」ですが、「車が様々な方向から集結する」その姿こそ「都会」を意味しています。

「様々な方向」は、「様々な価値観」であり、それが、融合することなく「混在」すれば、或る種の「カオス」になるのも当然。そして、そこでは「ぐずぐずするな!」とけたたましくクラクションが鳴り響き、当然「時間が早く流れる」訳です。

それに対して「田舎」は、やがては「交差点」に通じるかも知れませんが、「田畑の中を通る、果てしない一本道」のようなものです。「急かす人」も居ないところに、回りの景色の移り変わりが少なく単調なために、当然「時間はゆっくり流れる」感覚に至ります。むしろ人間は、そのような「自然的な単調さ」に心や目を奪われ、何らかのささいな変化を見ようとすれば、「真っ正面だけみて猛進」ではない、「ゆとりあるドライブ」を楽しむかも知れません。

余談ですが、しばらく前のNHK特集で、そんな「互いに見晴らしの良い田舎道の交差点」で、むしろ「あり得ない衝突事故が多い」ことを説いていました。
田舎の長閑な風景が、相対的に認知させる「距離感・スピード感」が狂るわせてしまうところに、相手の車の存在を相対的に感じさせる対象物が、あまりにも回りに存在しないかららしいのです。

言い換えれば、「都会には都会の魔性があり、それに慣らされ鈍らされる感性」もあれば、「田舎には田舎の」「それ」があるのだろう、とも言える訳です。

しかし、ここではっきりと言えることは、「時間がゆっくり流れ、物事がゆっくり変化する」風土(環境と条件)の中で、育まれたものの方が、「逆の風土」で生まれては消えて行くものと比べて、「圧倒的に高密度・高純度・高確率で、後世(次代)に継承される」ということです。

その結果、この「風土」を象徴的に表す「田舎」が、より「伝統的である」ことと、「都会」が、より「流行(文字通り流れて行ってしまい残らない)」こともまた、必然である訳なのです。さすれば「どっちが良い、どっちが駄目」のような低次元の「好みの問題」ではなく、「田舎の風土と文化性」の方が「メイン・カルチャー」であることは、紛れもない事実であるとも言える訳です。

そもそも「流行」さえも「文化」である、と思う考えるようになったのは、記録がより定かになった、「紀元以降の人間の歴史」の中で、つい一昨日位最近のことです。それほどに「メイン・カルチャー(ここでは田舎都会は論じず、何処であれ)」が衰退し、「文化」そのものが「落ちるところまで落ちた」結果、「流行や風俗」さえも「文化」とせねばならなくなったに過ぎません。

これらのことを基本的かつ論理的に充分に理解していないと、今を生きる私達は、「文化とは何か?」「そのメインとサブとは何か?」というものをより正しく理解・認識することは出来ません。

何故ならば、この「基本概念」の上に、それを時には踏みにじるような「作為的・恣意的な力」が与えられ、「文化」は愚か、その「土壌」の価値観さえも歪めて私達に強い印象を与えるからです。

それは、古今東西の「為政者」の巧みな政策であり、「ごく一部の権益者」が作り出す「まやかしの社会構造」であり、それが生み出した「錯覚の価値観」が、今日の「メインだサブだ」などの「文化論」の基本に、殆ど誰も疑いもせずに収まってしまっているという大問題です。

そもそも「都会と田舎」は、「交差点と一本道」のような、「価値の上下もない」ありのままの必然的な姿でした。

しかし、前述したように、「都会という十字路の性質」の所為で、「都会」では、もっぱら「情報交換」と「消費」が最優先され、二次的に「換金→商業活動」が派生し発展します。その結果、「生産」や、本来の在るべき姿の「創造・創作」は、反比例して割愛されます。

それどころか近代以降は、「商業活動=経済」の潤滑と発展が、全てに先走って求められ。「売る為に作る」「次を買わせる為に壊れるように作ったり」「新しいデザインの商品を流布し未だ使える商品を古臭いと思わせたり」という、明らかに「本末転倒」「本来の目的を見失った」姿さえもが当たり前に思われるようになってしまいました。

一方の「田舎」は、もっぱら「生産」と「創作」そして「継承と維持」という極めて「生命的な行為」が主体となっており、本来「自給自足」も成り立っていました。

ところが、そもそも「都会」には、「生産能力」というものが大巾に割愛されているのですから、「都会」に構える為政者は、当然のように「田舎」を隷下に置きたいと思う訳で、そこに「搾取」や「アンフェア」が生じ、ひいては、他国・他民族にそのターゲットを転化させて「植民化」や「隷属」といった不条理が平然と行われ、それらが、皮肉にも後の「サブカルチャーの主格」である「差別・人権問題の改革・革新」や「既成の価値観や社会制度に対するアンチテーゼ」という姿の源泉を生み出すのです。

つまり、本来は「十字路と一本道」のような、非作為的な結果論の違いでしかなかった「都会と田舎」が、為政者の恣意・作為から生じ、都会の人間たちがそれに何の疑問も反論も示さず容認することで成り立ってしまった「歪んだ階級差」が形作られてしまったのです。

結果、「田舎」は、「都会の食料庫・材料庫」的な立場で隷属させられ、「人生観から生活感」を含むあらゆる価値観が、「都会感覚」に或る意味「毒される」結果となってしまったのです。

また、一方で、かつての炭坑で栄えた街や、ニシン漁などで栄えた街のように、「生産(と言ってもどちらも狩猟・採集的ですが)」が先行し「都会」が後から形成された場合もあります。しかし、これは例外的ですし、そもそも「バブル的」とも言えるもので、実際「石炭の時代の終焉」や「ニシンの不漁」によって、あっと言う間に廃れてしまいました。

このように、「文化論」は、「本来の自然発生的な姿」と「為政者」及び「都会の人間」の恣意・作為によってねじ曲げられた側面とを、しっかり分別して見て考える必要があるということです。後者には、「階級意識、差別意識」が生じ易いという本質も忘れてはなりません。

巷で殆ど語られていないことを、敢えて強調するならば、「アンチテーゼ」や「差別・階級」から生まれたり、更にそれらを増長させるような「サブ・カルチャー」は、「本来の姿ではない」ことも熟考して頂きたいと思います。

そもそも「田舎の一本道文化」は、「都会」に対抗心を抱いて作られたものではないことは言う迄もなく。「都会」とは全く異なる人生観・生活感によって、自然発生し、何百年も何の不便も無く継承され続けて来たものです。

また一方の「都会の十字路文化」の特性もまた、自然発生的に生まれたものであって、そこで必要不可欠な分の「換金や商業」そして「流行や風俗」が生じ、人間の喜怒哀楽を反映して励まされたり癒される職業があってもしかるべきです。しかし、何時の間にか、それが「全て」であり「生きる目標」であるかのようになってしまうのは、やはり本末転倒と言わざるを得ません。

勿論、「全てがそうだ」とは言いませんが、「売る為に売れるものを作る」「ウケるためにウケる芸術を創作する」という発想が当たり前であり、当然、自然と感じて疑わないような風潮もまた、「本末転倒」の極みでもあると言えるのです。

ずいぶん古い写真で恐縮ですが、
原っぱの向こうに、小さな集落がある写真は、インド国鉄の車窓から見た、名も知らぬ農村の風景です。写真の時点で、そしておそらく今日も、きっと数百年姿も暮らし振りもほとんど変わっていないのだろうと思います。

白い牛が台車を引く雑踏の路の写真は、アワド王朝の都だったラクナウの裏路地。片側二車線の大通りから一本入っただけで、台車の車輪が中古のタイヤであること以外、やはり数百年前とほとんど変わっていないのではないでしょうか。

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99、生命体の構造と七つの音の役割 (その1)

七つの音の不思議
世界には、様々なジャンルに於いて、様々な不思議なこと。現代科学でも説明も解明もされていないことが数多く在ります。

中学二年生の頃から世界中の民族音楽を学んで来ました私にとって、何故、洋の東西を問わずにオクターヴには「七つの音」があると考えたか? は、長年の謎でした。

しかしそれは、「古代インド科学音楽の存在」と「その論理性」、及び保護猫たちの為がそもそもの発端だった「全身医療・予防医療・自然治癒サポート」を学ぶことによって、実に明快に理解することが出来たのです。

「七つの音」とは、西洋ラテン諸国の「ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ」であり、ドイツ語の「ツェー、デー、エー、エフ、ゲー、アー、ハー」であり、英語の「C、D、E、F、G、A、B、」日本語の「ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、イ、ロ、」であり、インドの場合は「サ(Sadaj)、レ(Reshabh)、ガ(Gandhara)、マ(Madhyam)、パ(Pancham)、ダ(Dhaivat)、ニ(Nishad)、」です。

ちなみに西洋とそれを邦訳した日本で、「普通始りはABC….(イロハ…)だろ?」がズレているのは、古くは、今日の「ハ長調」ではなく、「A(ラ、ハ)から始るイ短調」が「基本音階」であったことの名残で、言い換えれば「未だに基本音階の開始音はAであり、ハ長調(C-Major)は、(第三音=Cから始めた)派生型」という概念が存在するということになります。
ですが、インドの場合「Sadaj」は、極めて重要な「原点」であり、紛れも無い「不変的な基本音」です。

勿論、西洋には「12の半音」があり、ペルシアでは「24の微分音」があり、これを引き継いだトルコは後世「1音を九分する」理論を構築しました。古代インドでは「22の微分音」がありましたが、中世前に「24音、もしくは12音」にほぼ統一されてしまいましたが、私の師匠の代迄は、「このラーガ(旋法)に於いては第三音は微妙に低い」などの具体例として生き続いていました。
東南アジアの有名な民族音楽「ガムラン」もまた、古代インド音楽の影響を受けつつ、五音音階や九音音階を構築しました。

しかし、いずれも「7音以上の微分音を7音に大別し、それから選択や割愛して7音以下の数の音階(六音音階や五音音階)を作る。という考え方が共通しているのです。

勿論、物事には例外が付きもので、ガムランの「九音音階」もある意味この考え方から逸脱しているかも知れません。また、タイ古典音楽は、古代インド仏教音楽を踏襲しながらも、後世(と言っても古代)に「オクターヴを平均に七分した」ので、そこには、「7音以上の微分音の観念」は存在しないとも言えます。

何故、世界中でシンクロニシティー的に「微分音を7音でまとめた」のでしょう。これは、古代の人間が、如何に「自然の摂理」を人間の諸生活形態に取り入れようとしたか?を物語っています。

「7」は、言う迄もなく「週の日数/七曜」であり、「七曜」は、言う迄もなく「主要七惑星(太陽は恒星ですが)」であるからです。これとは別に、「虹の七色」も、人間が「7」を選択する理由のひとつの現れとも考えられます。
そして、「古代インド科学音楽」でも、その他のアーユルヴェーダやヨガ同様に「チャクラ」の数も、基本的に「7」を基準にしています。

しかし、実際の「虹の色」は、その境目はグラデーション的に「あらゆる色がある」訳で、音もまた、「西洋の12、ペルシアの24、インドの22、トルコの54」と言わず、実際は無限にある訳です。即ち、それら「微分音」も、「無限」の中から「選ばれた代表」に過ぎないのです。そして、その代表をまた「7」に束ねたということです。

従って「古代インド科学音楽〜インド古典音楽の七音」と、「チャクラの数」が一致するのは、或る意味「感動的」でもありますが、「当然」でもあるということです。

そして「チャクラ」もまた、無限とも思える様々な「ナーディ、経絡」や「血管、神経、リンパ管、その他の様々な関係性」の中の、「選ばれた、主要なジャンクション」と言うことも出来る筈です。つまり、細かな横道、十字路は沢山在るけれど、大きな交差点が「七つ」ということです。

Chakraの意味するもの
実際、より深く検証した「チャクラと楽音の関わり」では、幾つかの「チャクラ」には、「中心のチャクラ」の他に、「左右のサブ・チャクラ」が説かれています。

一見話しが逸れるようですが、

1980年の初渡印で、驚いたことのひとつに、ほぼ全ての交差点が「ラウンド・アバウト(環状交差点)」だったことです。日本でも多くないですが見ることが出来ると思います。ここ福岡でも他所者の私でさえ、ひとつ知っています。

交差点の中心には、大概椰子の木のようなものが植えられており、その回りを2〜4車線の環状の道があって、(右回りに入る地域の場合)直進したい車は(蛇行した直進の感じで)半周回り、右折は四分の三、左折は外側の車線に居れば四分の一周ですが、内側に居れば「一周と四分の一」回らねばなりません。

ですが、理論上は、「どの車も止まる(待つ)必要が無い」「衝突事故が起らない」という賢い仕組みです。

しかし、実際のインドのラッシュアワーでは、3〜4車線に5列以上もの車、バイク、バイク力車が溢れ。不都合な車線に居た車が強引に斜めに行こうとしますし、ぶつかりそうになるとバイクの運転手は他人の車を足で押しやりますから、「スリル満点」と言いますか、危険極まりないのが現実です。

事実、世界的には交通量の増加と共に廃れる傾向にあるようです。日本は何故昔から殆ど無かったのか? インド人などに言わせると「日本人の生真面目さと辛抱強さの賜物」だそうですが。

しかし、これを「科学音楽の音の流れとチャクラ周辺の様々な機能への様々なものの流れ」に当てはめて考えると、恐らくチャクラのジャンクションは、十字交差のようなものではなく、「準ラウンド・アバウト」的なものであろうと考えることが出来るのです。

つまり、「右のサブ・チャクラ」に関わって流れて行くべきものと、「左のサブ・チャクラ」に関わって流れて行くべきものは、チャクラの中で渦巻くように交差するのではなく、その前後に自然な路線を選んでいるのだろう、ということです。従って、「サブ・チャクラ」を認めない考え方であっても、「チャクラの右寄り、左寄り」的な解釈の余地はあろうと思われます。

要するに、「チャクラ」と言えば、下(尾てい骨付近)から上(頭頂部のそのまた上)に「抜ける、通る」ことばかりをイメージしがちですが、各チャクラと周辺の臓器や、関わり合いながら平行する様々なナーディとの関わりを深く理解すれば、必ずしも「下から上へ一直線」的な、世間で一般的に考えられているイメージ通りではないと考えるべきでしょう。

少なくとも、古代インド科学音楽のより深く正しい解釈に於いては、「音の影響」は、チャクラ・センターに直接的に関わった後に、縦横無尽に様々な臓器やナーディに至って作用すると考えられています。

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98、音楽とパトロン

「パトロン」などと言うと、「援交(援助交際)」という語句が流布される遥か以前から、異性交遊関連の語句のイメージで捕らえる人が少なくありませんでした。それは世界的規模で、第二次世界大戦以前と以後で大きくその意味合いが変化したからに他なりません。 つまり、より正確な意味合いでの「パトロン」は、戦前の「アンシャン・レジューム(旧体制)」の崩壊と共に消失した、言わば「滅んだ概念」ということなのです。

私がすべき仕事ではないのに、黙って見ていても誰もしないので、やむなく説かねばならないことが少なくありませんが。ここで、「パトロン」「スポンサー」「援交(援助交際)」の語句の意味合いを再確認せねばなりません。

簡潔に言えば、「パトロン」は「見返り」の要素が「在っても50%である」と言うことが出来、「スポンサー」は、ほぼ100%でありますが対象者を選びます。「援交」に至っては、その「見返り(目的)」が不埒・不道徳であるばかりでなく、対象者を選ばない(ほぼ誰でも良い)ということが本質、と定義することが可能です。

なので、この三種が、「似たり寄ったり」に解釈されたり、「誤用」されることなど、本来あってはならないことなのです。

尤も、バブル経済期に、世界中から「儲け過ぎだ」と批判された日本経済界と大企業が、こぞって「企業メセナ」を実施しましたが、穿った見方で悪く云えば「売名行為的な宣伝行為」とも言えなくもないかも知れません。何故ならば、その後不景気になれば、簡単に中断してしまうからです。

一方、江戸時代、明治時代迄の「パトロン」は、急に羽振りが悪くなろうとも、密かに慎ましい食事に切り替えて迄も、支援者を支援し続けたという話しは幾つもあります。

勿論、総体的に言えば、「パトロン」も「企業メセナ」も、「見返り」は充分にある訳です。それは「アカラサマな売名行為・宣伝行為」や「余った資金の好評価を得る使い道」から、「人知れず密かに支援する」迄様々であり、言わばグラデーションであり、それらの「何処からがイヤラシい売名・偽善行為」であり、「何処迄が、純粋な社会貢献・文化芸術支援」であるか?は、誰も線引きは出来ない筈です。

「人知れず密かに支援する」といった、明らかに「売名行為ではないだろう」というものでも、その人自身がそれで精神的な満足が得られ、それが或る種の自己実現である以上、「見返り/メリット」が無いとは言えません。

ヴェーダ時代に「古代インド科学音楽」を探究したバラモン僧たちもまた。研究に専念出来るだけの「お布施」を得ていたのでしょう。中世イスラム宮廷音楽、及びヒンドゥー藩王国宮廷音楽もまた、王(シャーやマハラジャ)、太守(ナワーブ)、及び、その下の貴族の「お抱え楽士」となることで、「芸を究める」「伝統を守る」ことに専念出来たのです。

これは、西洋クラッシックのバッハ、モーツァルトからベートーヴェンなどと全く変わりませんし、アラブ、トルコ、北アフリカも同様であり、マレーシア、インドネシア、タイ、ウイグル、ウズベク、そして、アフリカ各地も同様です。

即ち前述で、「パトロン」「スポンサー」「援交」に於ける「見返りの有無と対象者の限定の違い」というのは、厳密に言えば「遠からずとも当たらず」とも言えます。

ところが、「パトロンに於ける自己満足的な見返り」と、「スポンサーや援交の見返り」に、はっきりとした大きな「線引き」を着けることも一方で可能かも知れません。

それは「大衆迎合性の有無」です。

「スポンサー」は、支援対象の社会的な活躍や売れること。つまり「多くの人々に歓迎されること」がなくては、出資の意味を失います。明らかに最も「大衆迎合性が強い」関わり方であると言えます。「援交」に直接的な「大衆迎合性」を見ることは出来ませんが、それが性欲を満たすだけであり、対象者の人格や信念・理念を選ばないのであるならば、極めて俗的であるという意味では「大衆性以下」である訳ですから、言わば「論外」とも言えます。

ところが、「(戦前の本来の意味の)パトロン」の場合は、出資者が「売れるか売れないかは分からない(どうでも良い)」「だが、俺はこの仕事(創作者の創作や研究者の探究)には価値(その国の文化などに於ける価値や人間的・人類滴な価値など)があり、それを支援することには深い意味があると信じるのだ」というような信念があった訳です。結果論として、極めて「非大衆的」であり、極めて「非商業的」だった訳です。

結果として、晩年や死後に、その創作が社会~世界から高く評価された創作者(研究者)はおびただしく存在します。勿論、もしかしたら人間社会、及び自然界や地球にとってより価値の高いものが、遂に「パトロン」を得られないまま、道半ばで潰えたものも無数にあることでしょう。

現実、今日私達が聴くことが出来る「インド古典音楽」もまた、「非商業的なパトロンの支援」と、その後の「メインストリームに於ける成功」によって「生き残ったものだけである」ということも出来る訳です。

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97、季節と一日の時間帯

「意識」が抱くイメージと「心と体」に伝わるものの違い
インド古典音楽の旋法:ラーガには、その用いる基本音列(所謂『音階』にほぼ同義)の音によって、「演奏すべき時間帯」や「季節」が定められています。

当コラムでも前述しましたが、これこそ「極めて形而上学的な側面のひとつ」と言えます。何故ならば、この概念に於いては、私達が感じる「時間や季節のイメージ」と「音を聴いて感じるもの」などが全く無視されているからです。

そもそも日本人とインド人では、「時間帯」や「季節」に対するイメージは大きく異なるでしょう。日本人は、怪談などで「草木も眠る丑三時」などのフレイズによって、「夜は怖い・物騒だ」という感覚がありましょうが、インド人(ヒンドゥー教徒)の場合、「神々の宴の時間帯」的なイメージもきっと強いと思われます。つまり日本人が「幽霊が出る」と恐々とする深夜の闇に、インド人は、神々や妖精をイメージするかも知れないという大きな違いがあるのです。

余談ですが、幽霊と言えば、或る時インド人の友人と「日印幽霊怖さ比べ」をしたことがあります。私が「日本の幽霊は足が無いんだぞ! どうだ怖いだろ!」と言ったら、友人は、「無いのか?!」「なら全然怖くないさ!」「なにしろインドの幽霊は、踵が前でつま先が後ろなんだぜ」「それ以外は全く普通の人間のように思って話しをして居て、良く見れば!」と返されました。
確かに言われてみれば、日本の幽霊に勝っているような気もしました。

このように、人種や民族、個人によって多様に変化する「感覚(Ahamkara)」やイメージ、固定観念や常識を遥かに超越した「不偏で普遍的な(しかも、内面的で本質的な))関連性」が、「音と時間帯/音と季節」の関係性である訳です。

一方、単に全てが「形而上的」ではなく、極めて「現実的な側面」もあります。

アーユルヴェーダに少し詳しい方ならご存知のことですが、一般に「元凶」的な解釈に偏っているきらいもあります「Tri-Dosha」(この名称の字義自体が元凶的なので、しかたがない部分もありますが)と「時間帯」の関係との「ラーガ(旋法)」とその「音」との関わりです。これは極めて現実的な概念であり、科学であるということが出来ます。

「Tri-Dosha」の三つの要素は、良く言って「燃焼・活性」「運化(運搬・代謝)」「鎮静・熟成」ですが、悪く言って(バランスが壊れた場合)「活性過剰・亢進」「流れ過ぎる」「固まる・滞る」でもあります。

つまりあくまでも「バランス」であると同時に「タイミング」なのです。更にそれらの「バランス」と「タイミング」は、「消化・吸収・代謝・還元・解毒のサイクル」という大きな流れと、そのスケジュールの上に成り立っています。

そして、これらは「天体の一日と一年の動き」とも当然のごとく、深く関わっています。古代インド科学音楽では、それらの「自然の摂理」の上に成り立った「大きな流れとサイクル」に基づいて、その「ラーガ(旋法)」とその「音」との関わりを説いています。

従って、生命体の外側(Annamaya-Kosha/食物鞘)の動きの一日の中での変化「働く~休む」といったものについてだけの単純で安直な解釈ではなく、体の奥底で、夜間も地道に繰り広げられている「働き」に応じて、「旋法;ラーガ」の、より相応しい音が「時間帯や季節」に対応して定められているのです。しかもそれは、生命体の「外側から三番目の層:Manomaya-Kosha/意思鞘」及び、更にその内側に直接的に作用すると共に、「外側から二番目の層:Pranamaya-Kosha /生気鞘」に対しても「二番目の層」を介して間接的に働き、後述します「臓器や酵素等の様々な『作業現場』のそれぞれに、順に作用するのです。

東洋医学専門家も陥る大誤解

アーユルヴェーダ・インストラクターさんの中には、誤解?説明不足?も少なからず見られますのが、この「タイミング」の解釈です。

例えば「食物の摂取→消化吸収→代謝活用」の流れの中で、多くのインストラクターさんが、「生命体の三つのステージ(現場)」のご説明と、「時差」についてのご説明に大きな不足か考え落ちがあるようです。つまり、「朝起きて仕事をし、夜休み、睡眠を取る」という「人間の社会的(対外的)な行動のサイクル」と、「体の内部の働き(作業)のサイクル」を分別出来ず、混同して説明していることの問題です。

「三つの現場(ステージ)」は、「胃腸」「小腸・肝臓・腎臓」「腸内細菌と代謝回路」ですが。まず、食物は、言う迄もなく、「胃腸」で「栄養素の塊」に変化されます。これには、健康で元気な者でも二三時間要します。その後、「小腸・肝臓・腎臓」に於いて、「利用可能な栄養素」に「変換(第一次的な代謝)」が為されます。ここでも二三時間、またはそれ以上の時間が必要です。

その後、同じ栄養素が、幾つかの「代謝回路」によって、様々な「部品(素材)的な栄養素」に細かく変換され、各部署に運ばれ、そこでの過不足に応じて、更に「再加工(再代謝)」されます。これには、第一陣でさえも二三時間必要で、その後の「再代謝」は、その後も続いてくり返されます。

恐らく、現代医学(現代西洋系)も、現存(現代解釈)の東洋医学でも、ここに存在する「生命体の基本的な大矛盾を見逃している」か? もしくは、「そもそもの不理解」があります。

それは、「殆ど全ての生命体が、太陽の動き(日中と夜間)の24時間に合わせて活性している」という大原則と。しかし「現実的には、上記の消化吸収・代謝には、最低でも九時間・十時間必要である」という大矛盾・大問題です。

更に加えて、何らかの不調や病気、精神的な弱さを持っていれば、当然この「ギャップ(自然のサイクルに対する消化吸収・代謝還元の作業能率の隔たり)」はより大きくなります。

言い換えれば、「Tri-Doshaの偏り」もまた、その「ギャップの問題」がより根底にあり、更に大きな問題は、その「ギャップを作り出してしまった原因」に在る、ということが出来る筈なのです。

故に、現在のアーユルヴェーダの主流である、「Tri-Doshaのバランス改善・是正」もまた、「現代西洋化学対処療法」的であるとさえ言えるのです。

つまり「健康で長生き」を目指すのであるならば、「一日三度の食事を改める」か、七時間・八時間で負担無く吸収出来るような「食物の質と消化吸収代謝の効率向上を計る」が大前提の基本である訳です。

しかし、この理解と意識で説いている専門家を、私の知る限りでは日本でも現地でもほとんど見ることがないのです。

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96、音楽会議の頓挫の訳は



全国音楽会議の実施と頓挫

奇しくも20世紀の前半の同じ時期に、インドとアラブ諸国で「音楽会議」が開催されました。しかし、いずれも数回・数年で頓挫してしまいました。

インドは、ご存知のように州単位で主要言語と文字が全く異なります。英語とスペイン語では、文字は二三しか違わないのと比べて、同じ国なのにそれ以上の違いがあるという感覚です。結果的に、同じ古典音楽の同じ旋法:ラーガが、地域によって名前は勿論、その内容(主音、副主音の解釈など)から基本の音階さえも異なったりするのです。

ところが、インド音楽数千年の歴史の中で、インドの音楽家がこのことを理解したのは、つい最近(20世紀初頭)のことなのです。基本的に異なる流派・異なる師匠を渡り歩くような不埒な生徒は居ませんでしたので、各流派、各地域の音楽家は、自分たちの流儀以外を殆ど知らないし興味がない。演奏会などで他流と同じ舞台になったとしても、そこから何かを学ぼうとはしなかったのです。

これはインド音楽に限らず、世の中のあらゆる物事に通じる「収斂収束系・血が濃くなる」という方向性が持つ必然的で、或る種切ない負の要素です。

勿論、この連載でもお話致しましたように、13世紀のアミール・フスロウとゴパール・ナヤック。16世紀のターン・センとバイジュ・バウラ。18世紀のハッドゥー・ハッスー兄弟とムハンマド・カーンなどの、「王が余興に求めた歌比べ」などのような場面で、「密かに相手の手の内を事前調査すること」はありました。

結果的に、他流の良いところを部分的に盗み取り、我流に変換させることで得られる新陳代謝もありましたが、精神性としては「他流に学ぶ=他流に対する敬意」という感覚ではない場合が主でした。

これは「我が流儀こそは最高である」という「誇りと自尊が入り交じった」感覚によって、一層頑強なものになっていたのです。

私が現地修行をした1980年代は、宮廷楽師の父親の姿を知る戦前生まれの巨匠に学ぶ事が出来た最後の時代ですが。その頃でさえ、師匠(及びその弟子達)によっては、私が「○○派ではこう言っていますが」などと言うと不機嫌になったり「あり得ない!」と感情的になったり、「だからあそこはインチキだと言うのだ!」的な言葉を臆さない人が少なくありませんでした。

勿論、「何かが正解で、それ以外は間違い」ということではない筈です。音楽の理論や解釈がそう変わったからにはそれなりの理由があり、それらが何百年もの間継承されて来たのですから、いずれも尊敬に値する確固たる伝統である筈です。

つまり、「自尊が入り込まない純粋な誇り」があれば、「違い」や「特殊性」が明らかにされたとしても、そこには一切の「恥」も「劣等感」もなければ、「勝ち負け」もない筈なのです。むしろ「違い」を学び合い、それぞれの「共通項」はより高め、「違い」こそは「その流派の歴史的財産」として、未来永劫に大切にする意識が強まってしかるべきでしょう。

インドでもアラブでも紛れも無く。「音楽会議」を提唱し主催した人々の情熱と主旨もまた、これと同じだった筈です。そして、それに参加する為に、場合によっては数日の長旅を強いてインド全国各地から。アラブに至っては、地球の四分の一周近くも旅したかも知れません。そのような各地の高名な音楽家、各流派の代表者の多くもまた、参加意欲と情熱は純粋だったに違いありません。

しかし、その一方で、「俺様の実力を誇示してやろう!」「我が流派の素晴らしさを痛感させよう!」「あの流派を辱めねばならん!」「これで白黒決着が着くだろう!」という感覚もまた、人間からは中々取り除けないものなのでしょう。

勿論、そのような意識が、全て「音楽の実力」で為された場合には、ある程度容認せざるを得ないとっころがありますが、演奏家列伝の項でお話ししましたように、実力で負けた腹いせに「タントラの呪文」で仕返しをした18世紀の話しもありますから、何時の時代でも「枝葉の感情」に支配される人間は尽きないのでしょう。

数百、千数百年の伝統の歴史を背負い、常に数十・数百の弟子を抱える巨匠であっても、必ずしも「人格者」とは限らない。

これは私が父の代から二代に渡って「心の仕事=芸術」を生業として来たからこそ痛感するものです。

やはり「芸術」は、明らかに「枝葉の領域」にのみ存在します。それは、その時代、その瞬間に、その時代に生きる人間の心に届く為には不可欠の立ち位置に違いありません。

しかし、「太枝や幹」という「伝統とその歴史」「先人たちの厳しい教え」から逸脱し、安直に「ウケれば良し」であったり、その時その場の「地位、名声、財産、評判」や「嫉妬、妬み、不平不満、損得や勝ち負け意識」に負けてしまえば、あっと言う間に「太枝・幹」からの滋養が滞ってしまうのです。

古今東西で、その過ちに陥った芸術家は驚く程多く存在します。
その様を見て、昔の心ある人々は「芸が荒れた」とか「陳腐になった」と直ぐに分かったものですが、近年ではそのような厳しい批判に繋がる「心の目」を持つ人は少なくなってしまいました。

「音楽会議が頓挫した、学術的(表向き?)な理由」は、「インド音楽会議」でも「アラブ音楽会議」でも不詳のままです。

良さ気に言いたい人は「やってみて良かった!」「実に多様であることが良く分かった!」と言い。けなしたい人は「あまりの多様性の為に、全ての音楽家が、自らが根を張る大地そのものが揺らいだ気がしたに違いない」と辛辣に言いました。

残念ながら、それらの「違い」を乗り越えてまで、その先にある領域にまで自らとその背負った伝統を導かんとする程の芸術家・人物は、必ずしも優勢ではなかった、ということなのでしょう。

今回の写真は、1956年の、恐らく公平で不偏的な最後の会議の際の記念撮影のものです。 ネット上では誤って1948年としているものもあります。

今日ではネット上で自由に見ることも入手することも出来ますが、私がこの写真を入手した1981年当時は、インド政府と写真の音楽家の一族しか持っていなかったもので、私の師匠、故Ustad Ilyas Khan師は、なんと私にその貴重な一枚を「日本にもって帰って質の良い複製を作って来てくれ」と託してくれたのでした。

最前列には、当時の首相を中心に、まだ声楽が最も高尚と言われた時代の名残を感じさせる、各声楽流派のお歴々が座ります。その中で、サロードのアムジャット・アリ・カーン氏の父親、ラヴィ・シャンカル氏の師匠(義父)が座っています。この二人と共に、当時「サロード三羽烏」と呼ばれた私の師匠の父、Ustad Sakawat Hussein Khanは、残念ながら前年に逝去しており、ご健在だったならば並んでいたに違いありません。後継であり、私のサロードの師でもあるUstad Umar Khansahebは当時、コルカタの太守の音楽教師をしていて、重要な演奏会の為にデリーに行けなかったのでした。

声楽家に並んでサロード奏者が座り、同時代のシタール奏者が居ないことも、サロードの格を示していますが、この後、ラヴィ・シャンカル氏の世界的な活躍によって、シタール人気がサロードを上回ったのでした。

二列目は、20世紀後半の巨匠達の若かりし頃の姿です。言う迄もなく、今日の巨匠・長老の親・先代です。

最前列の中央の白い帽子の首相の右上に、ラヴィ・シャンカル氏が。その右隣には義弟アリ・アクバル氏が、言ってしまえば、いささか「ふてぶてしいほど堂々とした腕組み」をしています。その右のヴィラヤト・カーン氏が寡黙に見えます。シャンカル氏の左二人、年配の声楽家と、斜めにポーズを取ったタブラ奏者の更に左で、他より背が高く、ニコニコと笑っているのは、「シャーナイ(インド・オーボエ)」を古典音楽の領域に至らしめた、ビスミラフ・カーンで、その左で、小柄な上に体を捻らせピントもずれてしまっているのが、私の師匠:Ustad Ilyas Khan師です。

なんとシャッターの瞬間、何を思ったか?ビスミラフ・カーンは私の師匠の横腹をつねり、師匠は体を捻らせてしまった。ビスミラフ・カーンは、「してやったり」の笑顔なのです。しかし、これがラヴィ・シャンカル氏だったら、つねられても微動だにしなかったに違いなく。そもそもそんなことをさせないオーラとバリアーに満ちていた筈です。

無理に穿った見方をせずとも、記念撮影でさえ、或る種の「勝負」のような「音楽会議」だったこともまた、この貴重な写真から伺い知ることが出来るのです。

この政府主催の音楽会議の後、今日に至る迄、様々な「音楽会議」を称するプライベート(非政府の意味での)・イベントが行われていますが、表裏とも純粋且つ、高尚な意義を持ち、派閥闘争や政治の絡みを拒絶・排除したものは、残念ながら行われていません。

「ヴェーダの土壌」に至る迄の「太枝・幹」にその意識を回帰させることをしなくなり、「枝葉の違いの自尊」の精神性に陥ったことよりも、より深刻な問題は、「表立って他流を批判しなくなった」ということでしょう。

当然、文化人、有識者、評論家も、人脈・政治絡みだったり、当たり障りのないことしか発言しなくなり、裏では散々陰口・悪口を叩きながらも、表立って「正々堂々と音楽論を闘わせる」という風潮が無くなったということです。

その結果、今日では、ネット上で、「言った者勝ち」「言いたい放題」を許してしまう。これは取り立ててインド古典音楽に関してのことではないのでしょうけれど。

まるで「苛めは良くないよ」などと言うと、逆に袋叩きの目に合う事と同じように、「それは間違っている」などとは決して言わせない風潮。最早、これは文化のあるべき姿とは言えないのではないでしょうか。

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95、Tri-Doshaと七つの楽音 図完、

今回の私が作成した図の中心の円は、「Tri-Dohsa」を示し、その回りは、「Pancha-Bhuta(この場合は、五元素)」です。ご覧のように、「Kapha-Dosha」は、五元素の「土/Prithvi」と「水/Jalaの半分」の「1.5Bhuta」と関係し、「Pitta-Dosha」は、「火/Agni」と「水/Jalaの半分」の「1.5Bhuta」と関係し、「Vata-Dosha」は、「風/Vayu」と「空/Akasha」の「2Bhuta」と関係すると説かれます。

その回りの円は、科学音楽の「七つの楽音」で、「S、R、G(サレガ/ドレミ)」の三音が、五元素の「土/Prithvi」と関係し、、必然的に「Kapha-Dosha」と関わります。「M(マ/ファ)」は一音で、五元素の「水/Jalaの半分」と関係し、「Kapha-Dosha」と「Pitta-Dosha」に関わります。「P(パ/ソ)」も単音で、五元素の「火/Agni」と関わり、「Pitta-Dosha」と「Kapha-Dosha」に関わります。
「D、N(ダニ/ラシ)」もまた、それぞれ「風/Vayu」と「空/Akasha」に「一対一」で関わり、双方とも「Vata-Dosha」と関わります。

ここで大切なことは、「関わる/関係するとはどういうことか?」を普遍的に理解すべきであるということです。極めて基礎的で重要なことですから、「分かった気になる」「文字的には分かった」では駄目ということです。

「関係性の概念」に関しては、「中医・漢方弁証論治」の方いささか長けているところがあります。「漢字」の共通性によって、日本人にも分かり易いということも含めて借用して来ますと、「関係性」には、「相生=互助相乗効果」「相剋=闘う」「相殺/相悪=打ち消し合う」「相反=想定外の結果(多くの場合副作用)が生じる」などがあります。

つまり、「七つの楽音」と「五元素、3Dosha」との関係性も単純ではない、ということです。加えて、「Dosha」は、その字義と近年のアーユルヴェーダ専門家さんの多くが言うような「元凶」という負のイメージではなく「あくまでもバランスの上で考えるべき、むしろ必須の要素」で或る訳です。更に、「Dosha」は、仮に「最も良いバランス(Sattuva)」の場合でさえも、「一日の時間帯」によっても「季節」によっても大きく変化します。なので、「○○には○○が効く」といった類いの単純で短絡的な謳い文句のようにはならない訳です。

例えば、同じ「生命体の各種機能の維持に欠かせないバランス機構:恒常性」の代表格のひとつ「pHバランス」に関して西洋科学(医学)でも常識になっている筈のことを例に挙げれば。例えば「ストルバイト結石(膀胱や尿道を傷つけ、最悪尿路閉塞となる)」が怖いからと言って「尿pHを下げましょう」の謳い文句に釣られてしまうと、下げ過ぎれば、「蓚酸カルシウム結石」というより重大な(閉塞したら手術しなない)問題に至る場合もありますし、そもそも「pHが低い状態が長く続く」と腎臓にはかなりのダメージです。

ところが、胃袋に食物が入っていれば、「胃酸製造」の為に、体内から「酸」がごっそりかき集められますから、血中、尿pHは当然下がります。しかし、その後、小腸で吸収されるころには復活します。また、全力疾走でもすれば,数分でpHがガクンと下がるとも言われます。このような働きを「pHを上げよう!下げよう!」の謳い文句に乗ってどうこうすることが、そもそも「出来るのか?」「して良いのか?」ということです。加えて言えば、そのような要素も含めて「貴方の体質です」と決めつけてしまうことにももっと熟慮が必要なのでは?と思う訳です。

これらのことを総合して、「科学音楽の楽音とDoshaの関係」を、大まかに申し上げますと。まず、当連載コラムの前回の私の「Doshaバランスの9パターン図」の左側、「何かひとつのDoshaが亢進し過ぎている場合」で、「そのDoshaが普遍的に活性する季節と時間帯」には、明らかに、「即効的にそのDoshaの働きを押さえる音を聴かせるべきである」と言えます。

逆の発想で、「明らかに、そのDoshaの亢進によって、既に症状が出ている場合」も当然です。しかし、これこそは「現代西洋医学の局所対処療法」的であると戒める必要があり、これと比較して、前述した考え方は、「予防医療」であると言えます。
しかし「中医・漢方弁証論治」でも、「標本緩急」という概念があり、「急の場合は、本来の『全身・根治療法=本治』に、『局所対処療法=標治』を優先する」とされます。分かり易く「先表後裏」とも言われます。

次に、何か「2種のDoshaが亢進している場合」は、「その2種を抑える」という「順手」の他に、「残され衰退した1種をサポートする」という「逆手」が考えられ、「科学音楽」では、「同時進行」する場合があります。

「中医・漢方弁証論治」でもこれは最も難しいテーマで、中級以上分かっている漢方薬局薬剤師さんでも、「証の看たて」を誤ることがあるようです。基本は「虚補瀉実」で「弱いものを助け,過剰を削ぐ」ですが、その際に、「虚則補其母、実則瀉其子」という、「側手」があります。即ち、「虚(衰弱している部分)」のみならず、その「母(相生関係にある親的存在)」を優先して助ける。「子が実(亢進)の場合は、その子を瀉して母を助ける」という手法です。

これを人間の「母子」に置き換えるとかなり過激です。「子が弱まった結果で母子が苦労している時は、子を指導するのではなく、「母親に元気・激励・栄養・休息・義援金を与えよ」であり、「子が暴れまくっている結果」の場合、「直接その子を叩け!」ということです。過激なようで「理に叶っている」とも思えます。

一方、「アーユルヴェーダ生薬」にも「中医・漢方生薬・方剤」にも、「インド科学音楽」にも、大別して以下の基本要素があります。
「何かを抑えるもの=瀉薬/抑薬」「何かを助けるもの=補薬/益薬」「何かのバランスを保つもの」

三番目の存在は、「ガチガチの現代性要医学のお医者さん」が最も「認めたがらない」ものでしょうか。例えば「下痢と便秘に効く」「高血圧と低血圧に効く」などです。しかし、実際多くの存在が太古から語られています。尤も私の経験では、やはり「即効性」には欠けるようで、「局所対処療法」には不向きで「予防医療」や「慢性症状の体質改善」なのかも知れません。

私の作図の最も外側の円には、具体的な「ラーガ(旋法)とひとつ内側の3Doshaとの関係」が書かれています。しかし、これが極めて難解かつ重要なテーマですが、「ラーガを正しく弾く」ということは勿論の最重要課題ですが、インドの今日の「音楽療法士」を自称する人でさえ、「あやしい」場合が少なく在りません。

加えて、前述の「Doshaのバランスに応じて、同じRagaを正しく弾きつつも、音のバランス(Bahutuva)を加減する必要」がある訳ですから、そこ迄分かっている療法演奏者となると、かなり厳しいというのが現実と思われます。

何故ならば、ひとつ内側の円で「Doshaと関わる音(単音~3音)」を示しましたが、外側の円のRagaで用いられる音を全て書き出すと、いずれも「12音楽の全て」が登場してしまうのです。

この難しさは「中医・漢方生薬・方剤」や西洋、アーユルヴェーダHerbのブレンドの難しさと全く同じです。厳密に考えれば、「古来からのレシピ」の経験を重んじつつ、何かを加減する必要がある、ということなのです。私の場合、八件目で、やっとその「加減」に快く応じてくれる「漢方薬局」さんに巡り合いました。「そこまで厳密でなくても」と言われそうですが、利き目が全く違いますし、副作用も変わりますから、或る意味、基本的な大問題でもあります。

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(文章:若林 忠宏

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94、インド古典音楽の概念

インド古典音楽は、「極めて理論的」ですが、その理論は、決して難しいばかりではありません。何故ならばその理論は極めて「論理的」に整理整頓されているからであり、それは「アーユルヴェーダ」や「Yoga」同様に、「Vedaの叡智」に基づいているからです。

しかし、そもそも「概念」という言葉やその意味するところが、現代人の多くが理解出来なくなっています。その証拠に、彼のNHKのアナウンサーやキャスターは元より、解説委員さえもが、しばしば「固定概念」などというあり得ない言葉を平然と発しています。

この様は、所謂「Q&Aサイト」等をご覧になると「概念と観念の違いを教えて!」が結構あることでも分かります。また私の見た限りでは「固定観念と固定概念の違いは?」の中で、「固定概念などと言う言葉は無い」と、幸いにも明確に答えている人もいました。ところが、他に「固定概念=古くから確立した概念」などと珍妙な答えを御自身で創造(想像?)されている方が居て、これもまた「概念の崩壊→観念主義の時代」を証明する事例かと、哀しくも呆れた次第です。

先ず「観念」は、「地域、民族、宗教、思想、社会、時代」に則しており、同じカテゴリーでも変化し得るもので、「辞書サイト」によれば「固定観念」は、「間違いと批判されても頑固に変えようとしない個人的な考え方」であるとされます。つまり「観念」は、「流動的」であることで、何らかの価値と意味を持つのでしょうが、それを「変えようとしない」即ち、依存・執着している姿が「固定観念」という解釈のようです。

喩えるならば「執着・依存」は、「浮き袋を手放せない」状態のようであり、「観念」としては「海やプールでは、自分の命を守るのは浮き袋しかない」というものが相当します。そして、「波打ち際」か「幼児用プール」で、間違いなく足が着き「溺れる方が難しい」ような場所でも「浮き袋を放さない」ような時の「浮き袋」を「固定観念」と言う訳です。

他方の「概念」は、「歴とした存在事実」を、淡々と、無感情に述べているだけであり、「地域、民族、宗教、思想、社会、時代」によって「変わりようがない」ものでありますから、「固定概念」と言う言葉は、無用な訳です。ましてや「確立した概念」として言う必要もないのです。

従って、本来「観念と概念」は、同一の机上では論じられないものですが,無理矢理「浮き袋」に関して言うならば、「浮き袋という道具」「浮力という物理」「溺れるという状態」の説明と認識が「概念」であり、そこに「安全、安心、実は危険、使いようによっては危険、自由な泳ぎが出来ない」などの主観に至り易い事柄さえも含まれないのが「概念」です。

そもそも「概念が何故生まれ必要だったのか?」は、人間による「違いを乗り越えるため」に他なりません。例えば、「犬」という生き物について、或る民族では、「美味しい重要な食材」という観念が固定しているとします。ところが別な民族では「忠実で従順な狩りの友」であり、ある民族や個人にとっては、「害獣や泥棒に対する番人」「可愛い癒されるもの」でありますから、「統一見解」が生まれようがありません。

このようなものが「生き物や物体」でない場合、「計測でも規約・規定でも共有出来なくなる」場合が多いですから、「概念の共有」が極めて重要になるのです。しかし、人間は時代と共に、特に19世紀の後半に、この「概念」を世界的に遠ざける方向性が生まれました。入れ替わりに、「現実主義・合理主義・印象論・個人主義」が台頭し、それらを「個別の民族、社会で統制する為」に「観念論」の価値・必要性が高まり、より一層「概念」が駆逐されたと言う経緯があります。

例えば、音楽の「音階」には、「長調と短調」がありますが、私の数百人の生徒・弟子の経験、及びその中にイタリア系アメリカ人、ポーランド系アメリカ人、イギリス人、ドイツ人も居て、アジア各国の友人、アフリカ・中南米・太平洋を含む師匠たち、と言った世界中の千人前後の様々な民族の人々との向い合いでの体験即では、いずれもが「長調は明るい」「短調はもの哀しい」と感じるようでした。

しかし、話しがここで終わってしまえば、それは「観念」であり、「ほぼ世界中に通じる」とは言っても、「極めて普遍的な観念」に過ぎないのです。

ところがインド科学音楽の場合、「何故、地域、民族、宗教、思想、文化、習慣、環境を越えて同じ意見になるのか?」ということを科学的・論理的に解明せんとしたのです。
従って、結論を言えば、「概念が構築されなかったもの」も多く存在してしまったのです。
つまり、それは言わば「論理の隙」であり、「観念論」が入り込む落ち度である訳です。

加えて、論理的な理論がほぼ完璧であろうとも、意図も簡単に「観念」に負けてしまう場合もあります。
この連載コラムの前々回で述べました「アーユルヴェーダ薬学に於けるRasaとVipaka」がその典型的な例です。Rasaは「現実的(形而下)な意識(Ahamkara)が感覚(Indriya)で認識する味)」であるのに対し、「Vipaka」は、「消化吸収後の味」と言われます。即ち、「臓器や細胞にとっての味(意味・価値・効果効能)」と説かれます。同じように、インド古典音楽の「Raga(ラーガ/旋法)」にも「RasaとVipaka」があるのですが、「Vipakaの概念」は中世以前に廃れてしまい、「Rasa」だけが残り,むしろ中世の「観念論的なインド古典音楽の改編」の主軸となりました。

本来「Rasa」は、「概念が完成しなかった準概念/非概念」であり「極めて観念に流され易いもの」なのです。

ところが一方、「Rasa」と同時期にインド古典音楽で取沙汰された「概念風な理論」の中の「音やRagaと時間の関係」の方は、逆に「観念」にとっては入り込む隙が無く「概念」の天下となりました。何故ならば、「ラーガの時間帯(その時間帯に演奏するのが正しい」は、「朝(午前)、昼、午後、宵(夜)、真夜中、夜明け前」の古くは六種、後世では、括弧を独立させた八種に、「境目の時間(Snadhi-Prakash)の「夜明け/日没」を加えた「8~10の時間帯」で、「12の半音の何を使うか」を定めたものだからなのです。

なので、Ahamkaraが「朝のイメージだ!」と感じようが「いいや!真夜中」もあり得るばかりか、極めて規則的ですから,対角線での共通項が半数を超えます。具体的には、「朝のラーガの構成音と対角線の宵のラーガの構成音は半数以上が共通する」などです。
言い換えれば、この「ラーガの時間帯(Gayan-Smae)」は、「非Ahamkara的」であるという意味で「Vipaka-Samae」であるということが出来、幸いに、「Rasa-Samae(人間の情感に合わせた時間帯)」を考え主張し並列させることをしなかった希な例なのです。

しかし「薬味」ともなると、「Rasaが苦い」と感じているものを、「Vipakaでは甘いなのだから、その苦さを甘い!と認識しろ」という訳には行きません。
つまり、「アーユルヴェーダ医療」も「古代インド科学音楽」も、「ヴェーダの叡智」は、決して「観念」や「個人的情感」を否定している訳でも卑下している訳でもありません。

ただただひたすらに「味(や音の印象)は、Ahamkaraが感じるRasaだけでなく、Ahamkara以外の体の内面や心、魂、純正意識などが感じるVipakaがあるのだ」と説いているのです。

しかし、「論理と概念」が、「情感、印象」を否定せず、むしろ認めつつも「答えはそれだけではない」と説いているのにも関わらず、「観念、印象、感情」とその「至上主義感覚」は、「Rasa(Ahamkara)こそ事実(=信じれる事実=真実)」として譲らない場合が極めて多く,現代年々その傾向が高まっているのです。

つまりAhamkaraが「苦いRasa」と感じれば、「Vipakaの甘いなど知らん、関係ない、何の意味があるのだ?」という感覚です。

近年、年々その傾向が強くなる」と述べたのは、そもそも「SNS」が成り立つ基軸が、「AhamkaraのRasaの共有(共感・連帯感)」だからです。勿論,それを二の次にして,あくまでもビジネス上の利で、連帯するものもあります。ですが、逆に、「Vipakaで連帯するSNS」や「SNS内のグループやサークル」は、まずありません。

例えば、私が「インド音楽の今日の理解の間違いについて問題意識を持つ人集まれ」としても良くて二三人。しかし「インド音楽好きな人、興味が或る人集まれ」は、数万人、数十万人になるでしょう。同様に、「猫に癒されたい」も数十万人。ところが「猫に癒される間違いについて語り合おう」は、もしかしたら皆無かも知れません。
同様に、「アーユルヴェーダ」が今よりもっと普及したとしても、「Rasaに捕われず、Vipakaを主体にした薬膳を考えよう」で募っても、中々難しいのではないでしょうか?

更に重大な問題が、この「観念論」及び「印象論」による「概念の淘汰」は、「樹を見て森を観ない」感覚を認め増長させ、「Vedaの叡智」のみならず世界の様々な伝統文化を崩壊、もしくは変質させ、社会を荒廃させ、最終的には、生き残った人間であっても、個々の人間の「心と体の健康」を蝕むことです。

大袈裟なようですが、前述した「犬」の例で見ても、「忠実で賢い狩りの友」という「観念」では、極端な最悪の場合、「お馬鹿で、鈍足で我が儘な子」は「お前なんか犬じゃない」となってしまうのです。しかし「概念の犬」は、「ネコ目・イヌ亜目・イヌ亜科・イヌ科の生き物=命」として、賢かろうとお馬鹿であろうと、狩りが上手でも下手でも、「存在は平等」なのです。もうお分かりと思いますが、この「概念」を駆逐し、「観念」至上どころか「利害や印象」を最優先することは「差別、不平等、虐め、排他主義」を台頭させるに違いないのです。

また「個々の人間の心身を蝕み、変調がこうじて歪な生き物になる」と言う根拠は、「右脳左脳・自律神経・各種ホルモンの活性・亢進・衰退」と、最終的には「自律神経失調~恒常性破綻~多臓器不全・精神障害」に至るからです。その前に「重度の依存症」も訪れます。

従って、最悪な極論を言えば「樹を見て森を観ない個人主義」が台頭すれば、「枝葉を括るような全体主義」でしか「統率」がとれなくなり、現実、それに似た社会現象に、「依存症」が加わった「民族主義・保護主義・排他主義」が世界的に台頭しています。それに夢中になり邁進する人々の多くは、既に「右脳左脳・自律神経失調」に至っているかも知れず、その場合は「固定観念を改めよ」などは最早手遅れであり、全く「聞く耳」を持たないだろうと考えられるのです。

このように、時代は最早「ヴェーダの叡智を正しく理解する」どころか、「健康な心身を維持すること」すら難しくなりつつあるのかも知れません。

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