ヨーガ・スートラ第2章第5節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


अनित्याशुचिदुःखानात्मसु नित्यशुचिसुखात्मख्यातिरविद्या॥५॥
Anityāśuciduḥkhānātmasu nityaśucisukhātmakhyātiravidyā||5||
アニッティヤーシュチドゥフカーナートマス ニッティヤシュチスカートマキャーティラヴィディヤー
無常、不浄、苦痛、自己の本質でないものを、常、清浄、幸福、自己の本質と見なすことが、無明である。

簡単な解説:前節において、5つある煩悩(無明、我想、欲望、憎悪、生命欲)のうち、無明は常に、我想、欲望、憎悪、生命欲の4つが生まれる地として存在していると説かれました。本節では、その無明について、無常を常として、不浄を清浄として、苦痛を幸福として、自己の本質でないものを自己の本質としてみなすことであると説かれます。

ヨーガ・スートラ第2章第4節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


अविद्या क्षेत्रमुत्तरेषां प्रसुप्ततनुविच्छिन्नोदाराणाम्॥४॥
Avidyā kṣetramuttareṣāṁ prasuptatanuvicchinnodārāṇām||4||
アヴィディヤー クシェートラムッタレーシャーン プラスプタタヌヴィッチンノーダーラーナーム
無明は、眠り、弱まり、中断し、高まる、その他の煩悩の地である。

簡単な解説:前節において、煩悩には、無明、我想、欲望、憎悪、生命欲の5つがあると説かれました。本節では、その煩悩について、我想、欲望、憎悪、生命欲の4つは、眠ったり、弱まったり、中断したり、高まったりするが、無明は常にそれらの生まれる地として存在していると説かれます。

ヨーガ・スートラ第2章第3節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


अविद्यास्मितारागद्वेषाभिनिवेशाः क्लेशाः॥३॥
Avidyāsmitārāgadveṣābhiniveśāḥ kleśāḥ||3||
アヴィディヤースミターラーガドヴェーシャービニヴェーシャーハ クレーシャーハ
無明、我想、欲望、憎悪、生命欲が煩悩である。

簡単な解説:前節において、日常的な行為のヨーガは、三昧を生み出すことが目的であり、また煩悩を弱めることが目的であると説かれました。本節では、その煩悩について、無明(アヴィディヤー)、我想(アスミター)、欲望(ラーガ)、憎悪(ドヴェーシャ)、生命欲(アビニヴェーシャ)の5つがあると説かれます。

ヨーガ・スートラ第2章第2節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


समाधिभावनार्थः क्लेशतनूकरणार्थश्च॥२॥
Samādhibhāvanārthaḥ kleśatanūkaraṇārthaśca||2||
サマーディバーヴァナールタハ クレーシャタヌーカラナールタシュチャ
三昧を生み出すことが目的であり、また、煩悩を弱めることが目的である。

簡単な解説:第2章が始まった前節において、まず、心の働きを止滅させるための日常的な行為のヨーガとして、苦行、学習、そして至高神への祈念があると説かれました。本節では、その行為のヨーガについて、三昧を生み出すことが目的であり、それはまた煩悩を弱めることが目的であると説かれます。

ヨーガ・スートラ第2章第1節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


तपःस्वाध्यायेश्वरप्रणिधानानि क्रियायोगः॥१॥
Tapaḥsvādhyāyeśvarapraṇidhānāni kriyāyogaḥ||1||
タパハスヴァーディヤーイェーシュヴァラプラニダーナーニ クリヤーヨーガハ
苦行、学習、至高神への祈念が、行為のヨーガである。

簡単な解説:本節より第2章が始まり、まず、心の働きを止滅させるために行う日常の行為としてのヨーガが説かれます。それには、心のけがれを取り去るための苦行、聖典の読誦などを通じた学習、そして至高神への祈念があると説かれます。

ヨーガ・スートラ第1章第51節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


तस्यापि निरोधे सर्वनिरोधान्निर्बीजः समाधिः॥५१॥
Tasyāpi nirodhe sarvanirodhānnirbījaḥ samādhiḥ||51||
タスヤーピ ニローデー サルヴァニローダーンニルビージャハ サマーディヒ
それさえも止滅する時、全てが止滅することから、無種子三昧がある。

簡単な解説:前節において、真理を保持する智慧から生まれる潜在印象は、心の働きによって生じていた他の潜在印象を抑圧すると説かれました。本節では、その真理を保持する智慧すらも止まるとき、一切の心の働きが止まることから、解脱である無種子三昧が生じると説かれます。「ヨーガは、心の働きを止滅することである」とはじめに説かれた第1章は、この節をもって終わります。

ヨーガ・スートラ第1章第50節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


तज्जः संस्कारोऽन्यसंस्कारप्रतिबन्धी॥५०॥
Tajjaḥ saṁskāro’nyasaṁskārapratibandhī||50||
タッジャハ サンスカーローニャサンスカーラプラティバンディー
それから生じる潜在印象は、他の潜在印象を抑圧する。

簡単な解説:前節において、清浄な内面の中に生じる真理を保持する智慧は、その対象が特別な目的であるから、伝承や推理の智とは対象が異なると説かれました。本節では、その真理を保持する智慧から生まれる潜在印象は、心の働きによって生じていた他の潜在印象を抑圧すると説かれます。

ヨーガ・スートラ第1章第49節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


श्रुतानुमानप्रज्ञाभ्यामन्यविषया विशेषार्थत्वात्॥४९॥
Śrutānumānaprajñābhyāmanyaviṣayā viśeṣārthatvāt||49||
シュルターヌマーナプラジュニャービャーマニャヴィシャヤー  ヴィシェーシャールタトヴァート
伝承と推理からの智とは、異なる対象であり、特別な目的による。

簡単な解説:前節において、無伺定(識別を超えた定)の修習が熟達すると内面が清浄となり、その清浄な内面の中に、真理を保持する智慧が生じると説かれました。本節では、この真理を保持する智慧は、その対象が特別な目的であるから、伝承や推理の智とは、対象が異なると説かれます。

ヨーガ・スートラ第1章第48節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


ऋतम्भरा तत्र प्रज्ञा॥४८॥
Ṛtambharā tatra prajñā||48||
リタムバラー タットラ プラジュニャー
そこには、真理を保持した智慧がある。

簡単な解説:前節において、無伺定(識別を超えた定)の修習が熟達すると内面が清浄となり、真実を見る光に満ちると述べられました。そして本節では、その清浄な内面の中に、真理を保持する智慧が生じると説かれます。

ヨーガ・スートラ第1章第47節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


निर्विचारवैशारद्येऽध्यात्मप्रसादः॥४७॥
Nirvicāravaiśāradye’dhyātmaprasādaḥ||47||
ニルヴィチャーラヴァイシャーラディエーディヤートマプラサーダハ
無伺定が熟達する時、至高の自己は静澄になる。

簡単な解説:前節までに、有尋定(問いのある定)、無尋定(問いのない定)、有伺定(識別のある定)、無伺定(識別を超えた定)の四つの定について、それらは有種子三昧(種子のある三昧)であると説かれました。本節では、無伺定(識別を超えた定)について、その修習が熟達すると内面が清浄となり、真実を見る光に満ちると述べられます。