周回の礼拝

神々を礼拝するさまざまな方法が伝わるインドには、プラダクシナと呼ばれる礼拝があります。
プラダクシナは右回り(時計回り)を意味し、主にヒンドゥー教において寺院を参拝する際、神像が祀られた聖所を中心として、右回りに周回を行う礼拝です。

プラダクシナは、パリクラマとも呼ばれます。
その方法は、宗派や地域によって異なることがありますが、神聖な対象を右回りに回ることに大きな違いはありません。
この周回を通じては、最大限にそのエネルギーを受けることができると伝えられる一方で、神聖な対象を右回りに回ることには、大切な意味が伝わります。

プラダクシナは寺院だけでなく、神像の周りや儀式の火の周り、その他に、聖なる木や植物の周りを回ることもあります。
聖地の巡礼においても、右回りに回ることが多くあります。
右は清浄、左は不浄とされるインドにおいて、清浄な自分自身の右側が常に神々を向くように回る行為は、正しい行為の実践を意味します。
それは、自分自身の中心に、神々を定める行為でもあります。

たとえば、右回りに回る時計の針は、日時計を利用していた北半球の文明に起源があるとされます。
東から昇り西へ沈む太陽の動きに従って、日時計の影は、北半球では右回りに動きます。
万物に命を吹き込む太陽は、インドでも古来より最高の光として崇められてきました。

プラダクシナは、私たちがそうした偉大な存在を中心に動いているという瞑想でもあります。
中心点なしに美しい円を描くことが難しいように、偉大な存在なしに、私たちが正しい行為を努めることは容易いことではありません。
こうして偉大な力を中心に回る行為を繰り返す時、その存在は、自分自身の内でより一層きわ立っていきます。
その存在への気づきを通して得られる安定は、私たちの歩みを正しく導く、何よりもの支えになるものです。

私たちは、あらゆる行為の中心にある存在に、常に気づきながら行動しなければなりません。
先の見えない不安に包まれ、暗いニュースが続く時こそ、光を中心に据え、行動することを心がけたいと感じます。
そこでは、自ずと正しい導きを得ることができるはずです。

(文章:ひるま)