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雑記帳

ダッタートレーヤと少女のグル

ブラフマー神、ヴィシュヌ神、シヴァ神の三位一体をあらわすダッタートレーヤ神は、全人類を導く偉大なグルとして崇められる存在です。
その究極の存在には、24のグルがいたことが広く知られます。
そのグルは、私たちを育むこの世界のあらわれが見せる、さまざまな動きのひとつひとつでした。
その動き通じて真理を会得したダッタートレーヤ神は、究極の知識を持つ永遠の導き手として現代でも崇められています。

24のグルの中には、ある少女の存在が伝えられます。
その少女は、家族が不在の日に将来の花婿の候補となる数人の男性を迎えました。
少女は台所に立ち、もてなしのための食事の準備を始めます。
しかし、米の籾すりをしている時、少女の腕輪がじゃらじゃらと音を立てました。

少女は、その音を通じて自らが食事の支度をしていることが知られ、使用人のいない貧しい家庭なのではないかと思われることを不安に感じます。
すると、少女は両腕にふたつずつ腕輪を残し、他の腕輪をすべて外しました。
しかし、それでも音が鳴るため、少女は両腕からさらにひとつずつ腕輪を外します。
すると音が止み、少女は食事の支度に集中することができたといわれます。

これを見たダッタートレーヤ神は、異なる経験を重ねた肉体を持つ人が多く集まれば、意見の衝突が生まれ、必ず不和が起こることを理解します。
それは、ふたりでも生じます。
そうして抱く不安や憂慮が、私たちの心を惑わし、集中を妨げるものとなることを、ダッタートレーヤ神は悟りました。

少女が最初に残したそれぞれの腕のふたつのバングルは、善と悪、生と死、精神と物質、自分と他者、こういった相反する象徴を示すものでもあります。
これらの狭間で揺れ動く私たちは、多くの困難に直面し、少女のように心を悩ませることが少なくありません。

私たちは人生において、これらの相反する面を必ず経験するということを理解し、少女のようにその狭間で調和を見つける努力をする必要があります。
そうして少女が最後に残したひとつだけのバングルは、自分の真の目的に焦点をあてることで、究極の平和を得ることができるということを示しています。

ダッタートレーヤ神は、時を超えてこの少女の姿から得た真理を私たちに伝え続けています。
その教えが示す内なる声に耳を傾け、真の目的に集中する時、私たちは最高の境地に辿り着くことができるはずです。

(文章:ひるま)

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