ダーナ(布施)の実践

一年の大吉日といわれるアクシャヤ・トリティヤは、ダーナ(布施)を行うもっとも吉祥な時でもあります。この日に行われた物事は、輝きと共に永遠に続いていくと伝えられるように、寄付や施しは、時間とともに人々の心を育み、その幸福は社会全体に平和を生み出します。

ダーナは、霊性修行における重要な行いの一つとして、インドでは古代から重要視されてきました。それは、人生における義務の一つとも捉えられ、現代では、誕生日や結婚記念日、先祖供養時など、さまざまな機会において人々は進んでダーナを実践します。NGO大国ともいわれるほど、インドは社会活動が非常に盛んな国の一つであり、聖人とされるグルたちの多くも、慈善活動を熱心に行なっています。

バガヴァッド・ギーターでは、3種の寄付について述べられます。

適正な時に 適正な場所で
それに価する相手に対して
何の報いも考えずに 自分の義務だと心得て
行う寄付はサットワである

報いを期待してする寄付行為
将来の見返りを望んでするりもの
また 惜しがりながら出す寄付
こうした布施はラジャスである

不適当な場所で 不適当な時に
それに価しない相手に賜る金品
相手を尊敬せず 無礼な態度でする寄付
これはタマスの行為である
(バガヴァッド・ギーター 第17章第20-22節 神の詩―バガヴァッド・ギーター田中 嫺玉 (著, 翻訳))

ダーナは、単に与えることではなく、自らの所有を放棄する修練でもあります。多くを持つことが良いと捉えられる物質主義の社会とは反対に、精神性を育む教えの数々は、所有の否定を説いてきました。見返りを求めるダーナは、その時点で、霊的価値を失います。執着や欲望を放棄した心は、自分自身の本質である、朽ち果てることのない至福に気づく瞬間を与えてくれるに違いありません。

インドで学んだ霊性修行は、決して、社会から離れることではありませんでした。与える人と受け取る人、その繋がりの中で、社会は心の平安を育むための大切な機会を与えてくれます。

一年の大吉日といわれるアクシャヤ・トリティヤにおいて、ダーナを実践してみるのも良いかもしれません。そこで得る心の平安を育むことは、何よりも意味のある霊性修行となるはずです。

(文章:ひるま)