116、サラスワティー女神のラーガ(1)Raga:Saraswati

サラスワティー女神も、Vol.113で因むラーガをご紹介したクリシュナ神と同様に、その、母性的とも言える優しさと、「学問の神」の理知的さで、とても親しまれている神です。

しかし、本来は、ヴェーダどころか、北インドに移住しヴェーダを説いたアーリア人がペルシアに居た頃からの神で、後世(かなり後)に、その宗教を大変革させたゾロアスター教でも同系女神が生き残っています。

また、インド・スピリチュアル・グッズのお店、このSita-RamaさんのBlogでも、何度か詳しく紹介されている同系だが別派の女神「Matangi」などは、むしろ逆のイメージがあります。と言いますより、むしろそちらの方が、本来、より古いサラスワティー女神のイメージであると考えられます。

同じこと。即ち、本来「愛と恐怖/優しさと惨忍さ/包容力とヒステリー」といった、全く相反するイメージが共存した結果、そこには「畏怖の念」しか感じ得ないような有り様が「神々」であったのが、紀元前2~3千年頃、世界各地でほぼ同時に変革され、以後は「人間本意(人間に都合の良い)の優しい神々」に偏る傾向があります。

言い換えれば、そのイメージに反した神。神話的に言うと、「人間に迎合するなどあり得ん!」と叛旗を翻した「古いタイプの神々」は、「悪神」として、むしろ攻撃され、蹂躙され、従属隷属させられた、という歴史もまた、世界の異なる宗教に同時に存在します。

また、インドの場合は、悪神とはされずとも、古い神が、新しい神の配下に置かれたり、力の差が顕著に説かれたりした結果、極めて陰が薄くなった例は沢山あります。
そのような中に於いて、サラスワティー女神は、「優しくなっただけ」で、存在し続けており、ヴェーダ期からの長く根強い信仰のあつさを物語っていると言えます。

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サラスワティーのラーガ(旋法)
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サラスワティーに因んだラーガ(旋法)で、最も有名な、その名も「Raga:Saraswati」は、偶然かも知れませんが、「本来の姿」を彷彿とさせる、形而下的・感覚的な言い方をすれば、「厳しい・おどろおどろしい・迫力がある」イメージを起こさせるラーガと言えます。

Raga:Saraswatiが属する「音階群」は、Khamaj-Thatとされていますが、ファが「ファ#」であることの容認は、同That(タート)ではかなりキビシイ感じもします。つまりそもそも「分類不能(に近い/PP-Raga)」ということなのですが。

好意的且つより高次の解釈をすれば、Khamaj-Thatのラーガ(かなり多い)の殆どに於いて、基音Saに対してテンション性が低い「フラットのシ」を特徴としつつも、テンションがある「ナチュラルのシ」もある意味多用(二つのシの使い分け)します。その「四度五度展開」と考えれば、属音「Pa(ソ)」に対し、「シのナチュラル同様の性質を持つのがファ#」と言えなくもありません。

しかし、Khamaj-Thatが、上行と下行で、このテンションを切り替えるのに対し、Raga:Saraswatiでは終始一貫して「ファ#」ですから、違和感も否めません。

逆に、Khamaj-Thatの根拠が、「シのフラット」であろうと思われますが、「テンションがキツいファ#」を使っておきながら、「シは終始フラット」というのも矛盾です。
勿論、「シのフラット」の、「如何にもKhamaj-Thatらしいフレイズ」も多々見られますが。

しかし、この連載の初期にもお話ししましたが、そもそも「神々のラーガ」は、その他のラーガと比べて、むしろ「アンバランス・不条理」なものが多いのです。
七音音階は、「Sampurna(満たされた/完全な)」と呼ばれますが、神々のラーガの多くは五音音階、言わば不完全なのです。

このRaga:Saraswatiは、上行音列で五音、下行音列で六音です。「Ga(ミ)」は始終割愛です。上行音列の「ド、レ、ファ、ソ、ラ、ド」は、Vol.10でご紹介した「Raga:Druga」と同じですが、ファが#で、全く赴きが異なります。

Raga:Saraswatiの上行音列は「SRMPDS(ドレファ#ソラド)」で、下行音列は「SnDPMRS(ドシ♭ラソファ#レド)」で、主音は「Pa(ソ)」、副主音は「Re(レ)」ですが、「レから始るフレイズが多い」「シラソ」のフレイズが多い、の他、取り立てて強調されている感じでもありません。

と言うのも、「同じ音階だが異なるラーガ」に於いては、前回Vol.113で、クリシュナ神に因むラーガと類似(いささ紛らわしい)ラーガの比較で説いたように、「音の動きの違い=主音の違い」は大きな要素となりますが、このRaga:Saraswatiのように「前半(下のテトラコルド)は「テンション系(ファ#だから)」と「後半(上のテトラコルド)は、非テンション系(シ♭だから)」という、或る意味「ミスマッチ」な異例さ、奇抜さがあるので、「音階だけでラーガが同定されてしまいそう」とも言えます。実際、そのような「初心者レベル」でRaga:Saraswatiを平・Rと演奏しているプロも少なく在りません。言い換えれば「類似のラーガがほぼ無い」ことに助けられているに過ぎません。

が、もし上に挑むならば、第二ステージでは、「テンションと非テンションのバランスの妙」、その上のステージでは、「Khamaj–Thatたる所以」を表現(Avir-Bhav)」してしかるべきでしょうが、残念ながら他者の演奏ではまだ、それを聴いたことがありません。

むしろ、インド音楽ファンなら殆どの人が知っているだろう有名なプロが、スケール的に弾く。つまり、上記の「初歩的な際立つ個性」ばかりを強調していますので、いささか論外な感じです。と言いますか、「流石、売れただけあって、大衆迎合性に長けている」と感心します。

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印日・弁天比較
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今回の図は、言う迄もなく、上段三柱が、インドのサラスワティー女神(系)で、下段三柱が日本に伝わった「弁財(才)天系」の女神たちです。

上段左は、南インド型のヴィーナ。通称「Saraswati-Vina」もしくは「Karnatik-VIna」を持ち、中央は、南インドでは用いない北インドの「Sitar」、右は、北インドのヴィーナ(古楽器)である、通称「Vin」または「Rudra-Vina」を持つ「Matangi女神」です。

南インド型のヴィーナを「より古い」と勘違いをしている人も少なく在りませんが、そもそも「木を刳り貫いたスプーン型(の胴と棹の様子)」は、西域からイスラム教徒が南インドに伝えたもので、今日ではもっぱら伴奏楽器となっている「(南の)Tambura」の形状に倣って「Vin」を改造したものです。よって、中央の、シタールを持たせていることに対し「イスラム宮廷の楽器だと違和感がある」というのも共感しますが、音楽史の理屈では、どっこいどっこいとも言えます。

その点で、南のヴィ―ナやシタールで描かれるマタンギ女神もあるようですが、「二つの干瓢共鳴胴を、その豊かな二つの乳房に充てて響かせた」という神話の故事通りの、上段右図の形状の「Vin」が南北ともに相応しいとも言えます。勿論、胸にあてがう大きさの楽器は、仏跡の石彫に残るだけで、音楽史の中では古くから、絵と同じかより大きな楽器になっています。

下の日本の江戸時代の図版には、実は「弁天様」はいらっしゃりません。下段の左は「妙音天」。中央が「光明王菩薩」で右が「金曜星の象徴図」です。

中国唐代に西域楽器を元にしてこの姿になった、良く知られた形の「琵琶」を持つことから、インドの女神とは風情が大分異なりますが、仏跡の石彫を見れば、変化したのはむしろインドの方とも言えます。つまり、日本図の方が、より古いSaraswatiの風情かも知れないということです。

「妙音天」は、その文字でも分かるように、「弁天様」の幾つかの要素の中の「音楽」が特化したもので、現在執筆中の本でより詳しく説きましたが、戦前から今日に至る、日本の学会の定説に叛旗を翻し、戦前に淘汰された「九州伝来説」を書いていますが。伝来修行僧(琵琶法師)の多くが、この妙音天・妙音菩薩の経文を吟じていました。遡れば、初期ヴェーダ時代、否、ペルシア時代に繋がる「(元祖・原点)Saraswati派」が野に下り、放浪大道芸人としてたくましく生き続けていた姿なのです。

中央の「光明王菩薩」または「光明大菩薩」は、音楽以外の要素を総合した本来のSaraswatiで、むしろ「弁財(才)天」が俗称であることが思い知らされます。

ところが謎は、右の「金曜星の象徴(具現)図」です。「七曜」を同様に具現したもののひとつですが、「金曜=金星」の守護神は、近代インド占星術では「Rama」な筈です。
前述しましたように、ヴェーダの教えの多くが仏教によって、むしろ守られ継承されている(が、残念ながら重要なものの多くが形骸化している)のですから、「Vishnu系のRamaか?Saraswati系か?」は、マタンギ女神の解釈とも合わせて、かなり重要でデリケートなテーマとも言えます。そもそも「近代インド占星術」では、Saraswatiは、殆ど皆無と言ってよいほどオミットされています。

しかし、古代ペルシア、(勿論ゾロアスター教以前)の宗教と占星術は、古代ローマに於いてさえも流行した程の力を持っていました。が、それ故に反対勢力の叛意が高まり、殆ど壊滅させられてしまうのですが。その一旦を垣間見るミトラ教などとの関連も含め、Saraswatiの存在の奥深さを感じてやみません。

ちなみに、下段中央の光明王菩薩は、上段右のMatangiや、ここにはありませんが、多くのSaraswati図同様に「蓮花(Pundarika)」に乗っています。
ところが、上段左のSaraswatiと、下段左の妙音天は、「大樹の切り株」に腰掛けています。

何れも絵画ながらに、細かい重要な点は、しっかり守っているのです。その点、上段中央のシタールを弾かせている図は、後ろの孔雀の羽が、Vishnu系の「多頭蛇(Naga)」の真似のようであり、腰掛けている岩も、何だか適当な感じがします。Matangiが座す蓮花が浮かぶ河は、言う迄もなく、伝説のSaraswati河であり、遠望の山はヒマラヤであり須弥山であり、やはり細かく描かれていることに感心させられます。

ヤントラ(ペンダント)の写真は、ここSita-Ramaさんのネット・ショップで販売しているものです。もしかしたらインド最古の信仰のひとつかも知れないサラスワティー。その波乱万丈の数千年の中で、平安~明治時代、今日に至る日本人さえも支えて来た頼もしい神。びっくりするほどお手軽なお値段ですから、勉学や音楽修行の励ましに良いのではないでしょうか。前回ご紹介したDurga女神や、Shiva神のヤントラとは異なり、蓮華の象徴が落ち着いたバランスを感じさせます。

https://sitarama.jp/?pid=111968228

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Vedic Chant入門講座(基本理解編)

Ayurveda音楽療法紹介(基礎理解編)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編1)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編2)

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(文章:若林 忠宏

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