スピリチュアルインド雑貨SitaRama

雑記帳

気づきという光

神々にまつわるさまざまな神話に基づいて、ディーワーリーの祝祭には深い意味が存在しています。そこに欠かすことのできないものが、「光」です。祝祭を通じ、家々に灯る一つ一つの小さな光が辺り一面を明るく灯すこの時の美しさは、決して忘れることのできないものであり、家族が一つとなって暖かい時を過ごす瞬間には大きな至福を感じることがありました。
光はインドの日常において非常に重要な意味を持つものです。日々の礼拝や儀式において、また、霊性を向上させる教えの中でも、欠かすことのできないものとして伝えられてきました。そこでは「無知」を「暗闇」として捉え、そこに「気づき」という「光」を灯すことが、「悟り」であると説かれます。それはまた、日々をより豊かに生きる術にも他ありません。
ディーワーリーは、新月の真っ暗な夜に光をもって祝福されるものです。誰しもの内に存在し得る無知という暗闇に、神々の祝福する光が、大きな灯りを灯すことを象徴しています。新月の真っ暗な夜だからこそ、光は強くその存在を際立たせ、自分自身の内に深く残ることを実感しました。その明るさを決して見失わずにいることを、私たちは日々努めなくてはなりません。
自分自身の本質である神という存在を、真実として自身の内に現実化すること、それには何よりも、継続的な気づきが必要不可欠です。私たちは日常生活の中で、気づきを失い無知となる瞬間に溢れています。自分自身の存在が至福であるという、そのシンプルな本質すら、いとも簡単に忘れてしまいます。
しかしこうしたインドの日常は、神々を礼拝し崇拝することが、深い気づきを生み出し、自分自身をどんな時も本質に繋げてくれるものだということを、常に語り続けています。そうして本質を万物に見出す時、私たちはすべての源との繋がりに気づき、大きな至福の内に在ることができるに違いありません。
小さな一つ一つの光が全体を明るく照らすディーワーリー祭のように、私たち一人一人の気づきによって、世界がが大きな幸せに留まることを願っています。
(文章:ひるま)

コメント

この記事へのコメントはありません。

CAPTCHA


RANKING

DAILY
WEEKLY
MONTHLY
  1. 1
  2. 2
  3. 3
  1. 1
  2. 2
  3. 3
  1. 1
  2. 2
  3. 3

CATEGORY

RECOMMEND

RELATED

PAGE TOP