62、リラクゼーションのRaga

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リラクゼーションのRagaは、アーユルヴェーダ音楽療法における様々なRagaの中で最も多く挙げられていることは、前回の「植物の根の音楽による生育の違いの実験」の話でも明らかです。しかし、実感で「心地よい」「癒される」と思えば、すべて「リラクゼーションを促進させた」と解釈するのは短絡的です。

頭頂部にあると言われる「第7のChakra:Sahasrara」は、7音の第七番目「Nishad(ニシャダ/シ)」の音と関わりがあるとされます。しかし、Ragaの実践の中でも、この「シ」と「ミ」及び「ファ」の使い分けは膨大なパターンがあり、Sahasrara-Chakraに関わるRagaの中にも様々なパターンがあります。

なので、「どれを聴いても確かに心地よい」では「プラセボ頼り」ということになってしまいかねないのです。

そもそも「リラクゼーション」とはどのような状態であるのか? 本人が心地よい」とか「眠くなった」という実感は、この場合、「当たらずとも遠からず」で、けっこう「近い」かも知れません。

まず、「自律神経」の領域で考えるならば、言う迄もなく「副交感神経」が優位になっている状態です。血管は弛緩し、血圧、脈拍数、呼吸数、体温は下がる傾向。その結果として、全身の緊張がほぐれ、脳波にも変化が現れるでしょう。

これは数在るRaga音楽療法の実践の中でも、最も理解し易く、効果も分かり易いものに違い在りません。

しかし、「恒常性」というテーマを考えた時、「弛緩させ過ぎた場合」反動が来るはずですし、そもそも副交感神経が優勢でありすぎる場合、(普通ここでは「亢進」とは言わないようですが) 過剰効果や逆効果は無いのか?も考え合わせるべきです。具体的には、アルコールや薬剤の副作用で、弛緩している場合に、過剰になる場合があります。

また、生き物の「恒常性」の仕組は、驚異的であり、まだほとんど解明されていないと言われますが、「二元性/相反するものが用意されている」ことは間違いないはずです。実際、免疫系にも二大分類があり、例えば、「アレルギー」と「自己免疫疾患」では、免疫系の系統も異なれば、アレルゲンを攻撃する武器も異なります。そして、これがやっかいなのですが、交感神経か?副交感神経か?どちらで活性化しどちらで沈静化するかも変わります。

なので、単に「リラックスは良いことだ」としても、交感神経の活性化によって保たれていた恒常性にとっては、良いことばかりではない可能性もある訳です。

具体的に、とても豊富なリラクゼーションのRagaについて見てみますと、中心的な音「主音:Vadi(ヴァーディ−)」が「シ♮」であるRaga、「シ♭」であるRaga、Vadiは、「シ」以外だけれど、「副主音:Sam-Vadi(サム・ヴァーディ−)」が「シ♮」であるRaga、「シ♭」であるRaga(後者は現実的に殆ど存在しませんが)、VadiもSam-Vadiも「シ」以外であるが、「シ」の存在に意味が深いRaga、意図的に「シ」を割愛したことで、逆に「シ」の存在が枯渇的に求められるRaga、そして、ふたつの「シ♮」と「シ♭」を持ち使い分けるRagaなどがあります。

それらの効果の結果、リラクゼーションのRagaと一言で言っても「A:どの様な状態の人でも弛緩させるRaga」「B:高ぶりがある場合、ニュートラルに下げるRaga」「C:高ぶりがあれば下げ、消沈していれば上げるRaga」があります。

AのRagaは、低血圧の人や鬱の人には適さないかも知れません。逆に「ならCが一番良いじゃないか!」と思いきや、Bが適している時には効き目が弱いかも知れません。

また、「リラクゼーション」を求めたとして、その後にどのような行動行為に移りたいのか? 「落ち着いて→ぐっすり睡眠を取りたい」のか、「落ち着いて→論理的に思考したい」のか、「単に興奮を納めたい」のか、によってもRagaは選択される必要があります。

また、究極のRagaを正しく演奏した場合、「落ち着いて→論理的に思考し→やる気が湧いて、知恵も出て」と、むしろ元気になる場合もあります。しかし、そもそも「論理的思考」の訓練をしていない人で、むしろ逆に、「くよくよ同じことや心配や被害者意識を考えすぎる人」には、その同じRagaが逆効果を与え「イライラする→落ち着かない」場合も在る訳です。

だからこそ、アーユルヴェーダは、「体質」にこだわる訳です。

しかし、先天的な「性質」と後天的な「性格」と、本来一過性であるだろうけれど、こだわってしまっている「執着や観念」というものをまとっている場合の「心の体質」を説くアーユルヴェーダは、殆ど廃れてしまったか、迫害によって壊滅してしまったか、近現代人がその価値に気づかなかったのか? 充分に説かれているとは思えないのが現状ではないでしょうか。

(文章:若林 忠宏

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