135、インド音楽の楽しみ方(8)南インド古典音楽の作品の構造

今迄のこの連載で、「南インド古典音楽を伝統的・古いと言っている人が多いが、それは間違い。現行の例えばクリティー様式などは19世紀に確立したもので、北インド声楽カヤールよりもモダンなもの」と述べ、「南インド古典音楽の宗教性の濃さは科学音楽からやや逸脱する」「南インド古典音楽に於いてクリティーなどの大流行によって淘汰されたより伝統的な様式も少なくない」「クリティーの流行やヒンドゥーイズムの興隆の裏にはイギリスのしたたかな策略があった」「南インド古典音楽のラーガ(旋法)の分類もまた、18世紀末から19世紀に掛けて、音階的に改編させられ、ラーガ(旋法)の真髄を失ったものも少なくない」「そもそも南インド古典音楽では、クリティーなどの讃歌の作品の再現に重きが置かれ、即興が二の次になっている」などとも述べて来ました。

それに対し、北インド古典音楽が、かろうじてであってもより古いドゥルパド様式などを残し、即興によるラーガ音楽の真髄を守る立場であり続けて来た(最近は?が着きますが)などと述べて来ました。

そのために、安直で短絡的な解釈をする人は「ああ、この人は北インド古典音楽至上主義で南インド古典音楽に理解が無いのだ」と決めつけるかも知れません。(そのような人は今の時代もの凄く増えている)
………………………………………………………………………………………………..

とんでもございません。上記の検証と判断は、私個人の意見でも感想でも、ましてや好みや価値観の問題でも全くなく、歴とした論理的検証の結果・事実です。言い換えれば、私個人の好み、価値観で言っている訳ではないのです。

この分別が出来ずに、物事をよろず感じたままで決めつけることしか知らない人々は、そもそも分別が出来ませんから、他者が言っていることの論理性と個人的感覚の違いも聞き取れない読み取れないのです。

個人的感想は、この連載では殆ど述べて来ていません。が、ここであえて申し上げさせて頂ければ、個人的には、「近代南インド古典音楽のクリティー」は、50年近く演ってきたシタール音楽以上に好きかも知れません。

なにしろ、中学二年生の時に、ラムナド・クリシュナン氏とナーラーヤナ・スワミ氏の米国盤LPをむさぼるように聴き、後者のクリティーやティッラーナを耳コピーしては中学校の昼休みに窓から校庭に向かって歌って練習していた程です。後で知れば学友たちは遠巻きに「とうとういっちまったか」と語り合っていたそうです。

………………………………………………………………………………………………..
今回ご紹介する曲は、そんな思い入れを込めたものです。
50年近く、世界の民族音楽をむさぼって来た中で、今回ご紹介する楽聖ティヤガラージャのクリティー作品の「Bantu Reti Koluviya Vayya Rama」は、「世界で最も好きな曲」のひとつです。

非常に有名であることと、聴き易い音階を用いるラーガ(Hamsa-Nada)であることから、「まぁ素人には好まれるだろうね」のような日本人マニアに多い冷ややかな陰口もあり得そうですが。様々な文化的、政治的、経済的苦境の19世紀にありながら、当時の南インドのヒンドゥー教徒が、このような明るくも力強く、そして深みと重みを併せ持った、何時の時代でもお洒落で格好良い曲・音楽を作り得たということは、メジャーな曲であろうとなかろうと、凄いことと素直に感動すべきとさえ思います。

確かに、あまり知られていない名曲も少なくありませんし、本記事冒頭に記しましたように、淘汰された名曲もありましょう。しかし、もしお時間があって、毎日十時間ほど、五年間、音楽を聴くならば「南インド音楽だけ」に徹して頂いて南インド古典音楽探訪をされるのであるならば、その暁には「南インド古典音楽はBantu Retiに始まりBantu Retiに終わる」という感想が自然に出て来るような気さえします。

また、メジャーついでで述べれば、これもマニアにはけなされそうですが、声楽家は、是非M.S.Subbulakshmi女史でお聞き頂きたい。その想いが強いので、「著作権関係が不明の場合は」の禁を破ってYou-Tube URLを記します。

Bantu-Reethi Kolu
Thyagaraja Kriti – Bantu Reeti by M. S. Subbulakshmi
https://youtu.be/N7PIrQwIR2A

………………………………………………………………………………………………..
Kritiの構造

掟破りついでに、記したURLの動画に収録されているものを題材に説明させて頂きます。

まずクリティーは、アーラーパナの後(動画には無い)主題:パッラヴィが歌われ、第二主題:アヌパッラヴィに続き、第三節.・展開部のチャラナムに至ります。その後、即興部分の「Swara-Kalpana」などを演じることもありますが、動画では、ほんの少し、チャラナムの中で(程度)行って、比較的短い時間で完結しています。そもそもこの曲は、或る演奏会の冒頭か、アンコールのような感じもします。

パッラヴィの主題は、その冒頭では、作曲された節回しのまま歌われます(動画では冒頭の二回)。
数え方は、ターラの第一拍目(Sam)に辿り着いた数です。この曲のパッラヴィは、アーディ・ターラ(4+4の8拍子)1サイクル分の一行の歌詞しかありません。
………………………………………………………………………………………………..

拍子は、南インド古典音楽の定型・慣習で、声楽家自身が右手で膝を叩いて示しています。動画でも「アーディ・ターラ」の(4+4)は「手を打つ、指で三つ数える」+「手を打つ/返す/打つ/返す」で示しますが、スッブーラクシュミ女史に限らず、倍テンポで打ったり、指を曲げなかったり様々です。北インド・カヤール声楽家の(何も楽器などを触らない)左手の動き(或る種のムードラ)の感情表現、というかラーガ・スワループとプラクリティーの自然な表現に類似します。

動画では、六回繰り返されるパッラヴィは、1回目と2回目を作曲通りに歌い、3回4回めと5回6回めは、それぞれセット感覚で似たようなヴァリエーション(或る種のNiraval)で歌っています。

パッラヴィの最後尾は、サムに至った語の母音が伸ばされます。ここではRamaのRa(もしくはRama)が伸ばされています。その間は、伴奏旋律楽器のヴァイオリンも余計なことをせずにサ音を伸ばしますが、両面太鼓ムリダンガムは、ここで格好良いフレイズを叩き込み、次の展開に見事に繋ぐことに命を注ぎます。

第二主題アヌパッラヴィ以降は、まず冒頭の歌詞の伸ばす部分(サムではない)で伸ばし、アヌパッラヴィに入ることを明示します。アヌパッラヴィは、パッラヴィの結論的詩内容に対して、より説得力の在る文言が多いこともあって、勢いや力の込め方はパッラヴィに勝ることが多くあります。

また、この曲のアヌパッラヴィの歌詞は、言葉がサムとズレています。この辺りが(良い意味で)ティアガラージャがモダンだと言う所以です。
………………………………………………………………………………………………..
アヌパッラヴィもその後のチャラナムも、パッラヴィを一回歌うことで冒頭に回帰します。なので、アヌパッラヴィからチャラナム迄の間は、やはり空白が心地良い余韻となります。
………………………………………………………………………………………………..

第三節・展開部:チャラナムは、名称からすると「より一層派手か?」と思いますが、「起承転結」の「転」なので、むしろしみじみとしている場合が少なくありません。もちろん派手な場合もあります。動画では前者です。

チャラナムの冒頭は、パッラヴィと同様に、原曲のまま二回(以上)歌われます。パッラヴィ歌詞が一行アヌパッラヴィ歌詞が二行に対し、チャラナムは四行あり、前半の二行と後半では音楽的意味合いが若干異なります。

動画では、後半の冒頭三行目が、より一層「展開部」を印象付ける部分に於ける「主題的な」重きを持たせています(歌詞Rama Namamaneの部分)。また動画では、それを即興演奏の節目の主題としています。

スッブーラクシュミ女史が「サリガム(音階名唱法)」で歌う部分が「スワラ・カルパナ(即興)」部分で、ヴァイオリンが掛け合いしています。
即興の後は、伴奏弦楽器(Tambura)を弾く二人の高弟(女性)も合唱して、盛り上げています。

………………………………………………………………………………………………..

そして感動的な一瞬がスッブーラクシュミ女史が突然、歌いながら想いを込めた表情で合掌するところです。

クリティーの歌詞は、チャラナムの四行目に作者の名を絵画の雅号のように織り込みます。これは北インドのバジャンも、イスラム教徒の叙情詩ガザルでも、バウルーの歌でも同じです。

女史が合掌した部分は、Tyagarajaの名が歌われた瞬間です。

LPジャケットの写真は、スッブーラクシュミ女史の名盤三枚のボックスで、数十年宝にして来ました。尤もとっくにCDなどに復刻されているかも知れませんが。もう一枚は、渋い長老:セムマングディー氏のLPです。スッブーラクシュミ女史とセムマングディー氏は仲も良いのか、1960~80年代の南インド古典音楽の双璧だったからか、数千人の聴衆と数百人の音楽家の合唱で繰り広げられるティヤガラージャ・アーラーダナー(慰霊祭)でも仲良く寄り添ってマイクに向かって歌っている映像があります。

また余談ですが、ちょっと感動したのが、スッブーラクシュミ女史がセムマングディー氏のコンサートで客席の最前列に座って鑑賞している映像がありますが、スッブーラクシュミ女史の十八番「ラーマ・ナンヌー・ブロヴァーラ」をセマングディー氏が歌い出した瞬間のスッブーラクシュミ女史の様子をカメラが詳細に捕らえていて感心・感動しました。

客席にスッブーラクシュミ女史を見付けて急遽歌い出したのでしょうか。そんな昔気質のヴィドワン(尊敬に値する巨匠)の様子が、まだ南インドでは残っていたのです。
ちなみにセムマングディー氏のLPでヴァイオリンを弾いているのはまだ古典音楽一筋の頃の若きL・シャンカル氏です。

…………………………………………………………………………………………………..

何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。

…………………………………………………………………………………………………

また、現在実施しております「インド音楽旋法ラーガ・アンケート」は、まだまだご回答が少ないので、
是非、奮ってご参加下さいますよう。宜しくお願いいたします。

https://youtu.be/wWmYiPbgCzg

4月~6月も、インド楽器とVedic-Chant、アーユルヴェーダ音楽療法の「無料体験講座」を行います。詳しくは「若林忠宏・民族音楽教室」のFacebook-Page「Zindagi-e-Mosiqui」か、若林のTime-Lineにメッセージでお尋ね下さい。 九州に音楽仲間さんが居らっしゃる方は是非、ご周知下さると幸いです。

………………………………………………………………………

You-Tubeに関連作品を幾つかアップしております。
是非ご参考にして下さいませ。

Hindu Chant講座Vol.1

Hindu Chant講座Vol.2

Hindu Chant講座Vol.3

Hindu Chant講座Vol.4

Vedic Chant入門講座(基本理解編)

Ayurveda音楽療法紹介(基礎理解編)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編1)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編2)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編3)

「いいね!」「チャンネル登録」などの応援を頂けましたら誠に幸いです。

(文章:若林 忠宏

‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥
若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥