魚の目をもつ女神

多様性に富む広大なインドの地には、さまざまな表情を見せる豊かな自然が溢れています。
古代より、人々の祈りの中心となってきたそうした自然のあらわれは、神格化され、その多くが女神として崇められてきました。
自然の移り変わりの中で祝福されるナヴァラートリー祭では、インドの地を育むそんな女神たちが熱心に崇められます。

インドの各地において、さまざまな姿で崇められる女神の中に、ミーナークシーという女神がいます。
パールヴァティー女神の化身とされるミーナークシー女神は、南インドのマドゥライを中心に繁栄したパーンディヤ朝において、継承者となる王子を求めていた夫妻のもとに、王女として生まれたと伝えられます。
シヴァ神は、王女を後継者として育むように、夫妻に求めました。
事実、王女は偉大な力を持ち、王国を統治すると、後にシヴァ神の妻になったと信じられます。

アーリア文化が根づく北インドに比べ、ドラヴィダ文化が根づく南インドでは、女性の力を重視する慣習が見られます。
例えば、女性が寺院を訪れる際には頭を覆う北インドの慣習に対し、南インドにそのような慣習は見られません。
そんな文化の中で崇められるようになったミーナークシー女神の名前には、魚の目という意味があります。

海に面した地域で崇められてきたミーナークシー女神は、もともとは漁民の女神であったと伝えられます。
その目は、魚のように常に見開き、閉じることはありません。
それは、神々が常に私たちを見つめ、恩寵を注いでいることを意味しているかのようです。

その姿は、魚の子育てにも例えられます。
子育てをする魚の多くは、外敵を追い払ったり、新鮮な酸素を送ろうと水をあおったり、遠くから見守るように子育てをするといわれます。
ミーナークシー女神は、私たちにそのような愛を常に注いでいるのかもしれません。
しかし、私たちは日々の中で、その愛を見失いがちです。
日々の一瞬一瞬において、常に神々に見つめられていることに気づく時、私たちは平安の中で善行に努め、幸せとともに生きることができるはずです。

季節の変わり目に祝福されるナヴァラートリー祭は、その大自然の動きに調和をしながら、こうした女神の力に繋がるとりわけ神聖な時です。
私たちを育む大自然を敬い、その恩寵に気づく時、その行為からは、自分自身の内を統治し、幸福をもたらす偉大な力が生まれるはずです。

(文章:ひるま)