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雑記帳

黄金のマングース

一年の大吉日といわれるアクシャヤ・トリティーヤーは、クベーラ神が財宝の神としての地位を得た日であるといわれます。
そんなクベーラ神は、口を開くたびに宝石を吐き出す黄金のマングースを手にしていると伝えられることがあります。
このマングースは、クベーラ神が宝石の守護者であった蛇を打ち倒した象徴であると信じられます。
マングースは、蛇の天敵とされていたためです。

一方、聖典のマハーバーラタに見られる神話からも、クベーラ神とマングースの大切な関係を理解することができます。

かつて、クルクシェートラの戦いに勝利したユディシュティラは、多くの人々を招き、盛大な祭祀を執り行なったことがありました。
人々に高価なものを贈り、人々もその豪勢な祭祀を賞賛しました。
そこに、体の半分が黄金色をしたマングースがやってくると、何かを期待するように地面を這い出します。
しかし、そこでは何も起こらず、マングースは賞賛に値しない祭祀だと口にしました。
そして、あるバラモン一家にまつわる話を説き始めます。

そのバラモンは、妻、息子、義理の娘と慎ましく暮らしていました。
バラモンが暮らす村が大飢饉に襲われた時、蓄えがなかったバラモン一家は命が絶えそうになるも、どうにか少しの大麦を手にします。
それを4人で分けようとすると、お腹を空かせた1人の客がやってきました。
バラモンは自分の大麦を差し出すも、客の空腹は満たされず、妻と息子と義理の娘の3人が、次々に自分の分を差し出します。

客はその惜しみない犠牲に心から満足し、このバラモン一家が世界でもっとも偉大な祭祀を行なったと、その犠牲の精神を讃えます。
客は、人間の姿をしたダルマの神でした。
そして、4人はその場で天国に導かれます。

4人が天に昇った後、これを見ていたマングースがその偉大な祭祀が行われた地を踏むと、体の半分が黄金色になったといわれます。
マングースはそれ以来、体のもう片方を黄金色に変えられる偉大な祭祀を探し続けるも、ユディシュティラの祭祀では何も起こりませんでした。
マングースは、虚栄心に満ちたユディシュティラの祭祀は賞賛に値せず、偉大な祭祀ではないと結論づけます。

この神話は、たとえそれが少しの量であっても、自分自身の持てるすべてを捧げる犠牲に敵うものはないという大切な事実を伝えています。
バラモン一家は、自分という個への執着のない、全体とひとつになった限りのない豊かさに溢れていました。
空腹という耐え難い感覚にも心を乱されず、その真理とともにあった犠牲の精神は、豪勢でも虚栄心に満ちた祭祀に勝るものでした。

私たちは、豊かさを願ってクベーラ神を見つめる時、その側でこの神話を伝えるマングースに気づいている必要があります。
そうすれば、限りのない真の豊かさを知り、その人生には何よりも価値ある祝福が授けられるはずです。

皆様にクベーラ神の尽きることのない恵みが注がれますように、心よりお祈り申し上げます。

(文章:ひるま)

参照:The Mahabharata, Book 14: Aswamedha Parva: Anugita Parva: Section XC

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