128、インド音楽の楽しみ方(1)インド古典音楽の全容

スピリチュアル・インド雑貨のお店(web-Shop)シーターラーマさんのご支援で、古代インド科学音楽とその音楽療法、およびアーユルヴェーダ音楽療法についてご紹介している連載コラムです。
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Vol.128の今回からしばらく、Vol.126でご説明しました、古代科学音楽を覆い尽くすように発展・流行したガンダールヴァ音楽の末裔である、今日聴くことが出来るインド古典音楽について述べたいと思います。

それによって、より多くの方が、今迄以上にインド古典音楽に対する興味関心と理解が高まって下されば、その奥の世界に対する向学心も宿って下さるのではないかと願っているところです。
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まず、インド古典音楽は、北インド古典音楽と南インド古典音楽に大別出来ます。南インド古典音楽は、19世紀以降、作品の再現に重きを置くようになりました。その理由はこの連載で既に述べております。その為、インド古典音楽に於ける三大重要要素である「ラーガ(旋法)/ターラ(拍節法)/即興演奏法」は、「作品の再現と、歌詞」の次に位置づけられております。よって、三大要素をより詳しく述べ、ご理解頂くには北インド古典音楽を軸にお話した方が良いということになります。
また、今回シリーズでご紹介します北インド古典音楽の構造や展開の方法は、南インド古典音楽と別れて発展する以前に確立したものが少なくないので、南北を問わず、古代インド古典音楽からの継承の部分も含め、北インド古典音楽を例に挙げた方が、最も基本的な部分ご説明出来ると考えられます。

その上で、どこが北インド古典音楽の独特なもので、何が南インド古典音楽と別れる以前の基本に根差しているかは、その都度明記して行きたいと思います。
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まず、北インド古典音楽は、「声楽」と「器楽」に分類されます。そして、双方とも、ターラ(拍節法)を伴わないラーガ紹介のような前唱・前奏曲と、ターラを伴う本曲の二部構成になっています。これは南インド古典音楽も同様です。

そして北インド古典音楽では、成立時代が異なる幾つかの様式があります。現行の最古の様式は「Dhrupad(ドゥルパド様式)」と呼ばれ、声楽を基本にし、声楽家が歌の合間に(喉休めの意味もあるのか?)器楽を演奏しました。

他の国々の感覚では「楽器の弾き語りをすれば良いじゃないか」と思うでしょうが、ここがインド古典音楽のある種の真骨頂です。それは「声楽も人間の声を用いた器楽である」そして「人間の声は最も崇高な楽器である」という概念があるからです。この基本概念については、連載の冒頭で述べておりますが、「真言オームを発する」のも「マントラを唱える」のも「人間の喉・声」ですから、その辺りの意味合いもあろうかと思われます。

「歌詞が有る(声楽)のと無い(器楽)のでは大きな違いじゃないか!」とお考えになるかも知れませんが、ひとつには「声楽に於いても歌詞の重要性は二の次(これが近代南インド古典音楽が特異な発展(逆行)をした、という根拠です)」であること。逆に、「器楽に於いても、歌詞に替わる、まるで言葉のような説得力が求められる」というダブルな意味合いがあります。

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以前にも述べましたが、古代インド古典音楽では、声楽であろうと器楽であろうと、最優先される最重要課題は、「ラーガの具現」です。それはラーガの精霊を降臨させるという意味でもあります。従って演奏者は、青森・恐山のイタコのような霊媒師のような存在でもあるのです。インドで「ラーガ音楽家」と言う概念はそういった意味合いです。「あいつは手先が器用なシタール奏者だが、ラーガ音楽家とは言えないね」などという文句もあります。
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奇しくも、同じ意味合いがおそらく日本人にとってはインド音楽と真逆のイメージのキューバ音楽にもあります。「Musico」は、スペイン語の辞書を引けば単に「音楽家」ですが、キューバでは滅多にそう呼んで貰えません。

また以前もお話しましたが、長崎佐世保ハウステンボスでのサルサ・イベントにゲスト演奏者(勿論キューバ音楽演奏)で呼んで頂いた際、キューバ人の審査員が来ていました。真剣に見入って審査などしていなくて、クーバリブレなどを飲みながら隣の女の子を口説いておりました。ところが審査発表となった時に、会場の誰もが納得する金賞チームの他に、彼が発表した「審査委員特別賞」には満場がざわつきました。彼はマイクを片手にこう言いました。「みなさんが驚かれるのは分かります。確かに彼らのパフォーマンスにはまだまだ足りないものがあります。しかし、彼らのダンスは、上から見た時に一番美しかったのです」と。

なんと、キューバ人は、「自分が楽しむ・他人に褒められる見事な踊り」ではなく、第一に「天上の神様に見てもらう」感覚なのだそうです。

彼は単なる酒好き女の子好きではなかったのでした。
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パフォーミング・アーツには、非凡な才能と並んで非凡な自意識が求められますが、「他人にどう見られるか?思われるか?」以上に「神々に見て貰っている」という感覚が、全く古代インドと同じなのです。

これはあながち偶然でもなく。インド・ブラフマン教~ヒンドゥー教と並んでアニミズムの要素が濃厚な西アフリカ・ナイジェリアが故郷の黒人が多くのキューバ人の先祖です。
他方、宗教上、表面では「歌舞音曲好ましからず」の不文律を守っているようで、中世、特に北アフリカ~イスラム王朝スペインでは、かなり神秘主義音楽だったアラブ古典音楽の感覚が、アラブ人を追い出した後のスペイン人にも根強く残っていた可能性があります。

そのようなスペインと西アフリカの融合がキューバであるとすれば、古代インド古典音楽と深いところで似て来るのも当然かも知れません。

インド古典音楽の場合、「神々に聴かせる」以上に、そもそもラーガ(旋法)自体が、「精霊」であり、ある種の神格化された存在であり、「ラーガ(神)を招く」という大それたことをしようというのですから、聴衆のウケや、言語として通じる歌詞を介在した理解や楽しみ、などが二の次になるのも当然なのでしょう。
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「Dhrupad(ドゥルパド様式)」の後に成立したのが、声楽様式では「Khayal(字義は:想像性)」で、器楽では「Gat(字義は:定められた)」です。

最早カヤール声楽家は、合間にシタールなどを弾かず、シタール奏者もステージで歌ったりはしませんでした(戦後はぼちぼちこの禁を破る人も現れましたが)。

これには、「Dhrupad」の時代から引き継がれた「格」の意識があって、声楽は圧倒的に器楽より格が高いのです。よって、カヤール歌手が、格下のシタールなどをステージで弾けばすべての格が下がりますし、シタール奏者がシタール演奏会でカヤールを歌えば、声楽家が黙っていなかったのです。

よって、カヤールとガットは、全く異なる家系・流派で継承されました。これは日本の歌舞伎伴奏音楽である長唄で「唄方」と「三味線方」が家・流派が異なるのと同じです。

より詳しく実状を言えば。元々シタールは花柳界と修行僧の楽器だったのですが、かつて特集してご紹介した16世紀の宮廷楽師長ターン・センの一族の中からシタールを弾く者が現れ、もちろん当時は「一族の恥だ!」的な疎外を受けましたが、二代目三代目の頃になると、それまでのシタールとは異なる高い水準の演奏に昇華し、次第に認められて行ったのです。しかし、既にシタールを手にした段階で、シタールを弾くステージではDhrupadを歌うことは禁じられ、混同することは決してありませんでした。
これも日本の伝統音楽の事情と良く似ています。例えば琵琶は、宮廷雅楽の楽器(雅楽琵琶/楽琵琶)でしたが、別系統の盲僧琵琶もありました。雅楽琵琶で、貴族たちが「今様(当時のポップス)」なども弾くようになって来た頃、藤原の某や源の某といった貴族(豪族)階級の者が琵琶法師に学んで新たなスタイルを創始したのですが、やはり当初は「一族の恥」とされたものです。それらが、有名な平家琵琶の水準を上げ、後々には筑前琵琶や薩摩琵琶の源流ともなるのです。

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カヤールとガットは、音楽構造上は大変良く似ています。それは、基本に「Dhrupad」があるからに他なりません。しかしガットの場合、18世紀後半や19世紀に創始されたスタイルが大変流行し、その他を淘汰してしまった結果、今日聴ける北インド古典器楽は、「Dhrupad」の組み立て方とは大分異なっています。

ひとつめの図は、ドゥルパドの声楽・器楽を基盤にした、カヤール声楽とガット器楽の位置づけを現しています。

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ふたつめの「インド古典音楽の樹」の図について解説致します。

基本(土壌)にヴェーダがあることはもちろんですが、すでに説きました12~22の微分音(Shurti)を得、7つの楽音(Swar)を得る「科学」は、タントラの叡智に多くを委ねています。

太枝に分離する際のガンダールヴァ音楽やデースィ音楽の解釈や範疇は、その時代毎に、音楽界で権力を握っていた勢力が、自身に都合の良い解釈をしています。
また、枝葉に在るバジャンやキールターンなどの宗教音楽はそもそも全く異なる系譜であり、単純にデースィ音楽の範疇とは言えません。しかし、いずれもラーガ(旋法)とターラ(拍節法)を用い基づいている以上、科学音楽の幹から滋養を得てない筈はないという解釈が成り立ちます。

また、北インド古典音楽には、西アジア古典音楽や神秘主義音楽も多く加わるとともに、各地の民謡にも多く取材しています。図には現しませんでしたが、それらは「接ぎ木」のようであり、「鳥(外来の)が飛来した」であり、「蛇や登って来た」ような感じです。

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何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。

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また、現在実施しております「インド音楽旋法ラーガ・アンケート」は、まだまだご回答が少ないので、
是非、奮ってご参加下さいますよう。宜しくお願いいたします。

https://youtu.be/wWmYiPbgCzg

4月~6月も、インド楽器とVedic-Chant、アーユルヴェーダ音楽療法の「無料体験講座」を行います。詳しくは「若林忠宏・民族音楽教室」のFacebook-Page「Zindagi-e-Mosiqui」か、若林のTime-Lineにメッセージでお尋ね下さい。 九州に音楽仲間さんが居らっしゃる方は是非、ご周知下さると幸いです。

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You-Tubeに関連作品を幾つかアップしております。
是非ご参考にして下さいませ。

Hindu Chant講座Vol.1

Hindu Chant講座Vol.2

Hindu Chant講座Vol.3

Hindu Chant講座Vol.4

Vedic Chant入門講座(基本理解編)

Ayurveda音楽療法紹介(基礎理解編)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編1)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編2)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編3)

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(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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