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男子としての成長と共に変遷するクリシュナ信仰
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既に述べましたが、ブラフマン・ヒンドゥー僧侶にとってのクリシュナは、もっぱら『バガワト・ギータ』に於ける、叡智に満ちた崇高な師匠であり導師であったのですが、Vol.123~125でご紹介したBhajanの項で述べましたように、中世の数百年に隆盛した「民衆献身運動:Bhakti」を通じて、一気にインドの民衆にとって、最も親しみ深い神の一柱になりました。
民衆の日常生活に於けるクリシュナは、以下のような物語の時代毎で信仰が若干異なるようです。
プロローグ:
1、悪王(カンサ)に日々苦しめられるが、一向に助けてくれないブラフマンの古い神々に辟易としている民衆がヴィシュヌに訴える場面。
2、カンサの身内:デーヴァキーと夫:ヴァスデーヴァの間の「人間の子」としてヴィシュヌが降臨することとなり、カンサは、生まれて来る子を次々に殺した。(カンサと夫婦は身内ではない話しや、「その村の新生児全て」という話しも。)
3、夫婦は、七番目の子「バララーマ」と、八番目の子「クリシュナ」を牛飼い:ナンダと妻:アショーダに生まれた子とすり替える。嵐の深夜、揺り籠を頭上に掲げて荒れ狂うヤムナー河を渡るヴァスデーヴァの絵が描かれています。勿論そこには竜王が見守っています。
Krishna-Bhajanで頻繁に登場する「Nandakishor(ナンダの息子)」は、このプロローグに因み、「神格化」とまでは行かないかも知れませんが、ナンダや養母:ヤショーダのポスターも売られています。
幼児時代
幼児のクリシュナがヤショーダに抱かれている姿や、ギーを盗み食いする様子、その所為で石柱に括り付けられた姿などがポスターに描かれています。「Makkanchor」は、盗み食いの所為で付けられた徒名です。「ギーの盗み食い」ではなく、「ミルクの壷を割った」とも語られ、また石柱ではなく、「大きな石臼」の話しもあります。石臼では、それを引きずって大木を倒したりの話しも。何しろ「重さ(力)が宇宙と等しい」ので、超怪力な訳です。
マッカンチョールは、青年期から母親時代のインド女性に人気で、母性本能がくすぐられるようです。前述のヤショーダ人気とは、微妙な心理差異があるようです。
古典声楽の或る曲には、この時代を想起させる「こら!早く起きなさい!何時迄寝ているんですか!」という有名なものがあります。
少年時代
牧童:Gopalとなって、乳搾りの娘:Gopiたちと遊んで暮らす日々が描かれています。特に、ホリー春祭りや、このコラムの今回のテーマである、「ブランコ遊び」では、数多くの物語やポスターのみならず、芸術絵画も描かれています。
青年時代
カンサ王に存在がバレてからの物語や、ブラフマン教の神「インドラ」に苦しめられる村人を「山を持ち上げ傘にして助ける:Giridhara-Nagar」なども、音楽の素材やBhajanに於ける伏せ名に多く登場します。
マハーバーラタで、主人公:アルジュナの親友となって登場し、『バガワト・ギータ』を語るのも、この青年期。
時期を同じくして、長閑にヴリンダーヴァンの森で、羊飼いとして過ごす物語も多く描かれています。尤も、殆ど仕事をしている様子はなく、もっぱら横笛「Bansi/Murali」を吹いてばかり。その笛の音は、何故か若い娘たちだけをじっとさせない魔力があるそうな。
少年時代からの延長の「Gopi-Krishna」の物語ですが、それと交差して、乳搾りの娘の成長した一人、人妻のRadhaとの物語「Radha-Krishna」も、とりわけVrindavanが近いアワド王朝で隆盛したラクナウ宮廷のカタック舞踊と、その伴奏音楽であり、花柳界の叙情詩である、「Lucknow-Thumri」や「Varanasi-Thumri」の素材に多く取り入れられています。
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クリシュナが愛したブランコ:Hindol
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Raga:Hindolは、神々の名前を持っている訳ではないので、このようなクリシュナ物語に全く関係の無いイスラム教徒の音楽家は、そう考えることも、そうと聞いても「へー」とも思わないかも知れませんが、「ヒンドール」は「ブランコ」であり、「ブランコ」と言えば「クリシュナ」な訳です。
図で表したように、Raga:Hindolは、「ドミファ#ラシ」の五音音階を用いるラーガですが、上行音列で、「シ」が「Vakra音」なので、「ラシド」とは行けず、「シ」にぶちあたったら、一歩引いて、「ラ」から、飛び越えて「ファラシ....ラドーー」と進行します。従って、「音階型:Jati」は、一般で言われるものを図に記した「Audava-Audava」ではなく、厳密には、「Vakra・Audava~Audava」ということになります。
ですが、前回の「ヒンドゥーの神々のラーガ:ラクシュミのRaga:Shri」で述べた「順Vakra」とは、また微妙に異なります。その説明が一層難解なのが、この「Raga:Hindolの上行音列に於ける『シ』の扱い」です。強いて言えばShriに登場した「半Vakra」ではなく、「準Vakra」で、「Pakad(個性が際立つ特殊フレイズ)」と「半Vakra」の中間的な存在と言えます。
このラーガが、「弾くと聴くとでは大きく異なる点」は、「ソ」を用いないことから生じる「伴奏基音の処理」の問題です。
インド音楽に欠かせない「基音持続」の為に、通常「ソとド(SaとPa)」を鳴らしますが、「ソが割愛」なのですから、他を考えねばなりません。数或るラーガの中で、そのような例は、二三割あり、その場合、同じく倍音系の「完全四度:ファ(Ma)」を鳴らします。しかし、このラーガや、「Marwa-That」の多くのように、「ファ#」の場合、実に奇妙な響きとなります。
「ファ#」とした以上、最早倍音ではないのですから、ファ#を鳴らす音楽的な意味は無いのですが、伴奏楽器も旋律楽器も、通常「四度~五度」の為の弦が張ってありますから、ミュートする訳にも行かないので、「聴いた感じの効果」を兼ねて「ファ#」に調弦する訳です。
しかし、すると、例えば「Raga:Marwa」の「ド、フラットのレ、ミ、ファ#、ラ、シ、ド」から「レを割愛した」ラーガと、このヒンドールは、「音階上」では同じになってしまうのです。
ヒンドールが割愛した「レ」は、カリヤーン・タートに属するが故の「レ・ナチュラル」なのです。幸にして、マルワー・タートの同じ音の五音音階は、北インドでは殆ど演奏されません。南インドでも希で、演奏される場合も、近代の南インドの場合、即興よりも作曲の再現が主ですから、そうそう問題にはならないようです。問題になる例は、この連載のVol.113「クリシュナのラーガ(1)」で、Raga:BhupaliとRaga:Deshkarについて述べました。
シタールはフレット上で弦を大きく引っ張り、三度四度は当たり前に音程を変えます。スライド奏法が主の弦楽器サロードはスライドで、このラーガの「音幅=音程が広い」
「ドとミ、ファとラ」で大きく揺れる装飾をふんだんに用い、その名「ブランコ」の面目を見事に表現することが出来ます。
特に、私が属するインド最古のシタール流派の場合、花柳界叙情詩起原の民謡調のコブシ「Murki」は殆ど用いず、Dhrupad-Angの大きく重たい装飾を重用しますので、師匠は敬虔なムスリムでしたが、このラーガはお得意でした。
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何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。
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(文章:若林 忠宏)
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