28、Shivaと音楽

Shiva Statue in Murudeshwar, Karnataka, India.

ヒンドゥー教の二大勢力とも言える、Shiva系(の神々や信仰、宗派閥)とVishnu系とでは、庶民文化および音楽、伝統芸能においては圧倒的にVishnu系が優勢と思われます。それはひとえに、「創造と破壊の神Shiva」よりも「その間の維持の神Vishnu」の方が庶民生活に身近であるからと考えられます。
言い換えれば、より厳格なもの、厳しいもの、高貴高尚なものには、Sihva系のイメージの方が相応しいという、庶民感覚もあるわけです。

実際、Shivaをテーマにした演目や「Raga(ラーガ/旋法)」は、Vishnu関連の神々をテーマにしたり因んだ演目より重たいものがほとんどで、おそらくそのような観念が大分失われた今日でさえ、Shiva系の演目をVishnu系の演目よりも重きを置いた位置に演じるということは誰もしないのではないかと思われます。

インド音楽を聴き慣れない日本人の耳には、例外的に「軽やかに聴こえる」と思われるのが「Raga:Shivaranjani(シヴァランジャーニ)」ですが、それでさえも、演奏会のアンコールや、Vishnu系Ragaの後に演奏する人は、今でも居ないと思われます。これは、そのようなしがらみに無縁のはずのイスラム教徒の演奏家でも同様であるところがインドの不思議なところでもあります。Raga:Shivaranjaniは、日本の唱歌に多用される「四七抜調」を短調にしたような五音音階を用います。

私の師匠は、イスラム教徒でありながら、「Raga:Durga」を得意としていました。ご存知Durgaは、Shivaの妃Parvatiの化身とも言われる女神ですが、師匠にとっては関係無いはずです。しかもその音階は、日本人の耳にもとても親しみを感じさせます(なんと「炭坑節」と同じ音階です)。
しかし、師匠は、Raga:Durgaを常に渾身の想いで奏でていました。ヒンドゥーの女神を知らず、イメージせずとも、温かく柔らかい旋律であるにもかかわらず、「Raga音楽」の巨匠にとって「Raga:Durga」は、決して軽くも親しみ易くもないのです。これこそ、「Raga」の真髄の奥深さを物語り、イスラム宮廷古典音楽になって数百年経った後、イスラム教徒の演奏家にさえも継承される「科学音楽」の「科学性」ではないでしょうか。

例外が、「Raga:Bhairavi」で、フラメンコ旋法のひとつや、西洋人にも「オリエンタル・マイナー」として親しまれたアラブ・トルコ古典音楽で多用される旋法(マカーム)と類似する、切なさ、もの哀しさ、柔らかさを感じさせる音階を用います。
ヒンドゥー神としての「Bhairavi」は、一説にはShivaの従者のひとりとも、Shivaそのものの別名とも言われる「Bhairaw」の妃、即ち、Durga同様Parvati系列の女神で、多くの場合、Durgaよりも凶暴でおどろおどろしく描かれます。
ところが、中世花柳界の叙情詩でひじょうに流行し、あまりに多くの艶っぽい名曲が継承され、既に19世紀頃にはヒンドゥー教徒の音楽家でさえも「重い曲」のイメージは失っていた様子です。なので、演奏会の最期のデザートのような位置づけで演じられるほどポピュラーなRagaとなっています。
もっとも、Raga:Bhairaviにも、二三の異なる解釈や表現法があり、演奏会のラストに演じられるスタイルではない二三種は、少なくとも録音では、この30年新たなものを聴いたことが無いほど、本来は難しいRagaなのですが。

(文章:若林 忠宏

‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥
若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
世界の著名人の名言のサイト「癒しツアー」さまでの、「猫の名言」連載コラム
‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥