86、インドの民衆音楽の現代と未来

インドの民衆音楽、民俗音楽、所謂「民謡」の類いは、私達日本人には計り知れないバリエーションがあります。まず、インド紙幣には17もの文字で金額が書かれており、同じ文字を用いても、例えばヒンディー文字圏でも、方言のレベルを越えているのでは?と思わされる程の異なりを感じます。

イギリス人宣教師が書いた、世界で初レベルのインド音楽研究誌には、「驚いたことに、インドでは100マイルも行くと言語も音楽(この場合は民謡に限定されていると思われる)も全く変わってしまうのだ」とあります。日本に置き換えると、東京から静岡に至った段階で、言語も音楽も変わってしまう、ということです。

勿論、「科学音楽」の後継である「古典音楽」は、民族の壁を越えており、その様は、ヨーロッパ中でイタリア人バッハの曲、ポーランド人ショパンの曲が演奏されることと同様です。北インド古典音楽は、ネパール、パキスタン、バングラデシの他、スリランカでも演奏されています。

また、日本でも「民謡」や「郷土料理」は、それこそ100マイル、県単位、地方単位で変わりますから当然かも知れませんが、「言語も民族も変わる」となると流石に実感が湧かないのではないでしょうか。これは多民族国家では、当たり前のことのようです。

1970年代の末、私が初めて在日インド人会のパーティーに呼ばれて演奏した際、驚く程褒めて頂いた後の歓談で、今からすれば恥ずかしい不勉強振りを呈したことがあります。愚かにも「皆さんヒンズー教徒なんですか?」と訊いたのです。
優しいインド人は、「何だい? ヒンズーって?」と言いつつ「もしヒンドゥーのことならば、答えはYESだ」「だが、もしヒンディーのことならば、答えはNOだ」
「この夫婦なんか、かみさんがヒンディーで語りかけると、旦那はウルドゥーで答えているさ」と丁寧に教えてくれました。

ご夫婦の旦那さんは、デリー生まれ育ちなので、ヒンドゥー教徒ですがウルドゥー語に染まっていたのでした。なので、地域民謡があまりなく、慣れ親しんだ非古典音楽は、ヒンドゥー讃歌「Bhajan」の他は、「Qawwali」や「Ghazal」と、何れもイスラム文化圏の音楽でした。

同様なことはパキスタンでも同じでした。在日パキスタン人が300人程集まった「建国記念日」のイベントで演奏を頼まれた際、冒頭の数曲は、最前列から殆どの聴衆が、「やんや」の喝采を送ってくれました。ところが、その後、南東部「Sindh」の民謡を演ったとたん、さっき迄「笑顔と喝采」だった大多数が、「笑顔」だけになって、手拍子も掛け声も無し。ところが、気付けば、最後尾の4~5人程が、席を立って会場の真後ろで無我夢中で踊っているのです。聴衆の2%ほどがSindh族だったことが歴然と分かりました。Balouchの曲は、中程右側のたった二人。そして後半、Punjab曲のメドレーともなると、会場は怒濤のごとく盛り上がりました。

冒頭の曲は、ウルドゥー語でしたが,その数倍の興奮度でした。

日本でも、地方の祭りや民謡となると、ネットの時代であろうとも、古式のままに演奏されます。最も流行に流され易い日本人ですから、「神輿の掛け声」は、一時全国で「せいや!」になったこともありましたが。

ところが、伝統に対して厳しい私の邦楽の師匠のひとりは、「1970年代に日本の民謡は死んだ」とさえおっしゃいます。その根拠が、「尺八の穴の位置が、全国でほぼ統一されてしまったからだ」とのことです。尺八で民謡を伴奏するようになったのは、明治初期に「普化宗」が廃止になり、尺八が民間に自由に用いられるようになってからですが、全国各地で、固有の「音感」に合わせて、穴の位置が異なっていたのです。
ところが1970年代にNHKの民謡番組が大流行し、各地から足代程度でアマチュア名人を呼び寄せていた頃に、番組専属の尺八奏者が、「俺が全部伴奏してやる」と言い出したとかで、局も、「歌い手ひとり呼べば良くなる」と簡単にそれを認めた結果、音程が揃ってしまったということらしいのです。歌い手さんも、アマチュアですから、「何だか音程がやりにくい」と思いつつも、相手はプロ演奏者。文句も言わずに謳っている内に、数百年続いた音程を忘れてしまった、ということなのです。

このレベルで見れば、確かに日本の民謡も大きく変化しているかも知れません。が、津軽三味線のコンテスト優勝者が、ジャズやロックとコラボしようとも、コンテストでは古曲で勝負していますから、優勝後の音楽活動はともあれ、伝統伝承曲の本懐自体には、そうそう「洋楽」が入り込む余地はないのだろうと楽観しています。

勿論、これには西洋音楽の「和声」が東洋音楽には不必要であることも大きなバリアーになっているに違いありません。例えば、国の三分の一から半分は「インド古典音楽圏」と言うことが出来るアフガニスタンでは、1990年代に入ってようやく「ギターにコード進行が登場」しましたが、1980年代にアフガン人の兄貴分から頂いた貴重な国営放送のVTRを観て仰天しましたのは、「ドラム・ベース・ギター」のロックバンド編成なのに、コード進行をしないのです。コード進行の為にこそあるベーズは、ずっと同じ音を刻んでいました。しかも、「リバーブ/ディ・激C・マシーン」といった音をズラして反復させる残響音効果が「よくあれでリズムが取れるものだ」という程、異常なまでに大きく掛けられていて、「これぞモダン・サウンドだ!」とばかりに演奏していました。しかし、ギターが演っていたことは、伝統民族弦楽器のそれに他なりませんでした。同じことは、タイ東北地方「イサーン」の伝統民謡「モーラム(掛け合い演歌)」や「プータイ舞踊」でも観られます、

同じ頃私は、意図的にアフガン伝統音楽や新民謡に「コード付け」を試みたことがありますが、ジャズの代理コードを駆使しても極めて難しいものでした。結果にはかなり満足していますが、決して「新しい音楽」にはなりませんでした。むしろ伝統曲の真髄が引き立ったかも知れません。もしこれが多くの人々に認められるならば、「コード進行(和声学)の無い東洋伝統音楽」の本筋は、コード進行を付けても、洋楽器を加えても「壊れない」ということです。恐らくこれは、日本の伝統邦楽の江戸時代の名曲でも同じであろうと思われます。

そして、とうとうアフガニスタンでも一般的になりつつある「コード進行のあるモダン・ポップス」の場合は、初めから「洋楽」として作られています。

このことを、野菜や鶏卵に喩えるならば、幾らポリ容器に入れようが、容器の中で育てて「真直ぐな胡瓜」を作ろうが、胡瓜、鶏卵自体は昔と変わらないということです。勿論、「化学肥料」や「抗生剤、化学栄養剤」を添加しているかも知れませんが、「生卵」を割ったら、既に醤油味やカレー味が添加されていた、というところには至っていません。。

写真は、比較的近年のインド北部のヒマチャル・プラデーシの祭りの楽団です。二人が叩く、比較的「浅胴」の両面太鼓は、中世初期に西アジアから伝わったものであろうと考えられますが、「S字」に湾曲した大型のトランペット「ナラシンガ」は、数千年前から存在する「蛇」を模した古楽器です。

その他、You-Tubeなどで多くの実例を観ても、伝統民族太鼓の「ヘッド(鼓面)」がプラスティックやファイバーに変わろうとも。演奏法に「ウケが良い」古典太鼓「タブラー」の奏法を取り入れようとも、基本的な大部分は、数千年継承されて来た伝統と替わりが認められませんでした。

「より難しい伝統技法」は大分廃れたかも知れないことを考えると、いささか楽観かも知れませんが、「インド(亜大陸)の民衆音楽」の伝統は、まだまだそう易々とは滅びないような気がします。逆に恐れるのが、昨今世界的に台頭している「民族主義・保護主義・排他主義」の思想やムード、そして政治に、それらが利用されることです。

中国人チェリストのヨーヨー・マ氏が、イスラム教の一派の財閥のスポンサーを得て1990年代末に行った「旧ソ連とイランなどの民族音楽紹介プロジェクト」の音楽監督に音楽之友社の依頼でインタビューをしたことがありますが、監督曰く、「民主化となった今後がむしろソ連時代より伝統に危機的なダメージを与えるだろう」と言っていました。事実、それから十年も経たない内に、例えばアゼルバイジャン伝統民族音楽の場合、「12曲の内、ウケる半数しか演らない」「その一曲の5楽章の内、ウケる部分しか演らない」ということが平然と行われるようにな・閧ワした。

音楽関係者も世界のリスナーも、その「部分」の「伝統技法とその超絶のテクニック蚤毎さ」に充分過ぎる程満足していますから、「間引きされた伝統」についての危惧・懸念・危機感を抱きようがないのです。
そこに、何らかの思想・政治・宗教活動の恣意による利用が加われば、「小手先とムード」ばかりが「伝統的」であっても、その「精神性」は、大巾に退化している筈です。さすれば、その「音」も、初めは感動しても、やがて、その「奥深さや厚み」に欠けることが分かるかも知れません。しかし、現代は、あらゆる事柄に、そのような「深みや精神性」を求めず「分かり易く、現状や自分を肯定してくれるものばかり」を求める方向性に大きく偏っているとも思われますから「分かる人」も激減して行くのかも知れません。

最後までご高読下さりありがとうございます。

You-Tubeに関連作品を幾つかアップしております。
是非ご参考にして下さいませ。

Hindu Chant講座Vol.1

Hindu Chant講座Vol.2

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Hindu Chant講座Vol.4

Vedic Chant入門講座(基本理解編)

Ayurveda音楽療法紹介(基礎理解編)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編1)

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アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編3)

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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