インド古代科学音楽に端を発する、古典音楽の旋法「Raga(ラーガ)」は、5~7(しばしばそれ以上)音の基本音階に基づきながら、個性的な音の動きが定められており、それによって、同じ音階から幾つものRagaが生まれています。
例えば、この連載の19回目でも例に挙げてご説明しました、日本の唱歌「赤とんぼ」と「海」を見ますと、二曲とも同じ「ドレミソラド」の五音音階を用いていながら全く異なる「音の動きの特徴」を持っています。インド科学音楽~古典音楽では、この特徴を「法則」の域まで論理的に突き詰めることで、即興演奏さえも可能なもの、すなわち「Raga旋法」の域に高めたわけです。
具体的に「赤とんぼ」の「音の動きの特徴」をインド科学音楽の分析と定義の方法で見ると、「ソラド」という上行旋律が単純にでてくる。高域のドに到達しても留まらず、中域の基音の属音であるソにも到達しても留まらない。ソにある程度長く留まる時には、上のラから至る。全体的にオクターブの半分以上大きく飛ぶことが多い、その反面「ドラ、ソラ、ソミ、ソミ」などの小刻みな動きも見せる、基音のドに至る場合は、単純な「ミレド」ではなく、「ドミレド」などで大きく展開して至る。などがはっきりと分かるのです。
対する「海」では、「ミレド」という素直にドに降りる動きが見られるけれど、低域のソやラからはドに至らず、ドに帰着するならば、一度レを取って回り込んでドに至るという極めて大きな特徴が見られます。
Raga音楽の即興演奏は、どれだけ盛り上がろうと、どれほど早いパッセージで演奏しようと、この法則を厳しく守るのです。
次にこれらの特徴や法則が何故生じ得たのか?について説きます。
例えば「海」の「ミレド」ではなく「ドミレド」と動くことで「ミ」の役割が極めて高くなります。「ドとソ」は、以前説明致しました「地平性、水平線」の様な基本ですから、重要であるのは当たり前ですが、一旦「ミ」に力強く投げつけてから降りて行く動きによって、「ミ」の立場、価値はいや応が無しに高まると理解できるのです。
また、この曲では一節に24の音がありますが、各音の配分を見ますと、ド=6回/レ=5回/ミ=5回/ソ=4回/ラ=4回となっています。ドは当然として、レとミが、属音のソよりも多いことに驚かされます。これは、「主音(Vadi/古くはAmsha)、副主音(Sam-Vadi)、開始音(Amsha-Swar/古くはGraha)、終始音(Niyasha-Swar)」の存在を示しているのです。
「海」の場合、解釈によっては、「ド」が主音で「ミ」が副主音と考える流派もあるかもしれませんが、上記の音の動きにおける立場・価値を考慮すると、「ミ」が主音であることはほぼ間違いないでしょう。
「レ」は、意図的に留まり伸ばされていますが、本来、安定・帰着する音ではありません。しかし、ある特殊な「終始音」と考えることができます。不安定な終始音の存在によって「基音:ド(最終的な帰着音)」がより強調されるという手法です。 この「主音、副主音、開始音、終始音」は、Ragaによって、「基音のドや属音のソ」と重なる場合も多く、「主音、副主音」が「開始音、終始音」と重なる場合も多くありますし、「主音」は、顕著に現れつつも「副主音」が目立たない場合や、「開始音」と「終始音」が同じ場合も当然有り得ます。
また、「Amsha-Swar(開始音)」は、より古い理論における「主音」であると言う説もあり、古いRagaでは混同も見られ、また地域の流派の異なりも当然あります。 そもそも「海」「赤とんぼ」のような五音音階。つまり、音数が少ない場合は、四つの主要音を別にすることは難しいですし、不必要でもあります。逆に、以前紹介しましたRaga:Yamanのような「シンメトリック構造」の七音階Ragaでは、四つの主要音は、独立し存在感を際立たせています。
(文章:若林 忠宏)
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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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