インド科学音楽、およびそれに基づく古典音楽のリズム「ターラ」は、幾つかの小節「Vibhag(ヴィバーグ)」に分割されています。その構造を学ぶ為に、字義通りの「Tala(手拍子)」が不可欠になって来るわけです。
現在の認識では、「ターラ」は、「ラーガ」の語よりも古くに現れていると言われますので、紀元前からインド科学音楽では、リズムを理解するのに、特殊な手拍子を用いていたことが分かります。
叩き方は、「叩く」「手のひらを返す」の二種しかありません。「手のひらを返す」部分は、「Khali(カーリ)」と言われ、字義は「空(から)」です。とは言え、「空」と書くのもニュアンスが異なるので、「開」や「返」が良いと思われます。
いずれも「打、打、返、打」と打たれる 「4+4+4+4の16拍子」と「2+3+2+3の10拍子」の全ての拍子を羅列して確認しますと、
16拍子は、「打、2、3、4、/打、2、3、4、/返、2、3、4、/打、2、3、4、」となり、10拍子は、「打、2、/打、2、3、/返、2、/打、2、3、」となるわけです。
もうお気づきかも知れませんが、「Khali(手のひらを返すところ)」は、サイクルが巡って来たことを理解するために存在しているのです。
それは、後に詳しくご説明しますが、インド音楽では、「サイクルの第一拍目」が極めて重要であるからに他なりません。
例えば、「4+4+4+4の16拍子」は「打、打、返、打」ですが、これを「打、返、打、返」と手拍子を取ってしまうと、「2拍子」や「8拍子」などの2小節のターラとの違いが分からなくなります。
ならば「打、打、打、返」はどうか? むしろ「最重要なサイクルの頭(第一拍目)がより分かる」とも思えますが、そこがインドならではの感覚で、そうはならないのです。
「生と死」「浄と不浄」などなど、よろず「二元論」的な発想や両極の共存が多いインドですから、「最重要なサイクルの頭(第一拍目)」に対し、それを教えるための「Khali」には、堂々とした「対峙」の位置を与えるのが基本なのです。従って、16拍子の丁度半分の「折り返し地点」の9拍目に、「Khali」を置いたわけなのです。
また、ほぼ半分のところに「折り返し地点=Khali」が置かれる場合、「打、打、返、打」は、インドに端を発するとも言われる「起承転結」の感覚とも一致します。
ところが、全てのターラがこのような単純な構造ではないのです。例えば「2+2+2+2+2+2の12拍子」、実は「3+3+3+3の12拍子」より遥かに有名で多用されていますが、あまりに細かく2拍子が羅列する上、重い声楽曲では1拍が4~5秒という超スローテンポで歌われるので、尚のこと「今何拍目だ?」と混乱します。なので、そのようなターラには、「Khali」が二ヵ所以上あるのです。「2+2+2+2+2+2の12拍子」のターラ(手拍子)は、「打、返、打、返、打、打」です。そうすると、「打、返」の連続的、常同的なものが続いた後、それをくつがえす「打、打」が来ることで「その後がサイクルの頭(第一拍目)」を認識できる訳です。
ちなみに、「3+2+2の7拍子」は、「3+4+3+4の14拍子」を半分でループさせたと前述しましたが、「3+4+3+4の14拍子」のターラ(手拍子)は「打、打、返、打」で、この後半の「返、打」の「3+4」を取り出し、「3+2+2」に変換させたのが「3+2+2の7拍子」なのです。その結果、この拍子は、極めて例外的に「Khali」がサイクルの第一拍目に来るという珍しいものです。
(文章:若林 忠宏)
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