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雑記帳

ダクシナームールティ神の恩寵

破壊神として崇められるシヴァ神には、ヒマーラヤの地で教えを説く崇高な師としての姿があります。
その姿は知識や悟りの化身として崇められ、ダクシナームールティという名前を持ちます。
誰もがグルとして崇めることができる、偉大な姿です。

ダクシナームールティ神の姿はさまざまに異なって描かれることがありますが、炎を手にし、小鬼である悪魔を踏みつぶした姿で描かれることが多くあります。
この悪魔はアパスマーラと呼ばれ、「忘却」の意味があります。
それは、私たちが自分自身の本質を忘れることによって生まれるものであり、その無知という暗闇を象徴しています。

ダクシナームールティ神には、有名な沈黙の教えがあります。
賢者たちが教えを求めてヒマーラヤにあらわれた時のこと、答えれば答えるほどに生まれる賢者たちの疑問に、ダクシナームールティ神は賢者たちの心に静寂がないことに気がつきます。
そして、ダクシナームールティ神は沈黙を保ちました。
賢者たちは、その静寂の中で深い気づきを得た後、あらゆる疑問が晴れ、解脱に至ったといわれます。

忙しなく動く心からふとあらわれる言葉に自分を重ねる私たちは、簡単に自分自身の本質を忘れ、疑いや迷いに苛まれていきます。
一方で、研ぎ澄まされた静寂は、あるがままの自分に気づきを生み出し、永遠の至福であるその本質に安住する力を授けてくれるものです。
しかし、動き回る性質がある心を持つ私たちにとって、静寂を保つことは容易ではありません。

ダクシナームールティ神は、私たちの動き回る心の動きを止めるかのように、アパスマーラを踏みつぶし、静かに座しています。
その手に握られた炎は、私たちの無知という暗闇を焼き尽くし、気づきという光をもたらすようです。

そんなダクシナームールティ神の姿を礼拝することで生じるエネルギーは、私たちの心を静めてくれるものに他ありません。
そうして神々の存在を中心に生きる時、私たちは自分自身の本質を忘れることなく、光の中で生きることができるはずです。

今年は7月24日の満月に、グルを讃えるグル・プールニマーが祝福されます。
この吉祥な時、皆様にも豊かな恩寵が注がれますように、心よりお祈り申し上げます。

(文章:ひるま)

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